日本の南極観測70周年を記念した特別展「大南極展」が7月1日、日本科学未来館(東京・お台場)で始まった。同館や国立極地研究所(極地研)などが主催し、9月27日まで開催する。来場者は観測隊の一員として9つのエリアを回り、氷河やオーロラの映像、ブリザード、昭和基地での生活など、南極観測・研究に関するミッションに取り組むようになっている。「見て学ぶ」だけでなく「体験しながら理解する」ことができる内容だ。地球の素顔が残るとされる南極を知ることで、地球の過去を紐解き、未来を考えることにつながる。
「ミッションシート」を手に楽しく学ぶ仕掛け
日本の南極観測は、1956年に南極観測船「宗谷」が晴海埠頭(東京)を出航したことに始まる。観測は70年にわたり継続され、オゾンホールの発見や古気候の解明などの成果を上げている。
ただ、南極観測には大きな負担を伴う。第61次南極地域観測隊で副隊長を務めた国立極地研究所の熊谷宏靖広報室長は、「地球の将来予測に資する研究を行うため、過去の地球の気候や環境を調べます。そのためには古い氷を採取する必要があり、南極に行けばその古い氷を手に入れることができるのです」と、特別展に先立って南極観測の意義を話した。
特別展では、来場者が「特別南極観測隊」の一員として「ミッションシート」を手にする。南極で得られた資料やデータを見て、各エリアの「隊長スポット」でミッションに取り組む。これまでの南極観測隊員が行ってきた観測や調査を追体験することで、現地での活動や生活を安全に楽しく学んでいく仕掛けだ。

1万4000キロを旅した氷に触れる
展示の初めには、氷の洞窟を思わせる白いトンネルを進む。東京から「南極」へ行くような気持ちになったところで、ひんやりした空気を頬に感じ、「南極上陸エリア」にたどりつく。
出迎えてくれるのは約1万4000キロメートルも離れた南極から旅してきた氷だ。来場者は氷に触れ、耳を澄ましながら観察する。近くで見ると、冷凍庫にある氷とは違って小さな気泡がたくさん閉じ込められていることがわかる。大陸に積もった雪が数万年もの時間をかけて押し固められることでできる南極の氷には、大昔の空気がそのまま氷の中に気泡として閉じ込められているそうだ。耳を澄ますと微かにプツプツと氷が溶けて中の空気が飛び出す音がした。

氷の冷たさと太古の空気に触れてから先に進むと、南極観測隊の歩みの紹介や、隊員の装備品、現地に持ち込む私物なども並ぶ。観測隊がどのような準備を整え、活動に臨んでいるのかを知ることができる。
20年ぶりのアイスコア一般公開
先に進むと、アイスコア(柱状の氷サンプル)の展示や隕石探査、生き物の観察など7つのエリアがある。来場者は、ミッションシートに書かれたクイズの答えを探しながら展示を巡り、南極での観測や研究について学んでいく。
数ある活動の中でも、アイスコアの採取は重要なミッションの一つという。第54次隊で越冬隊長、第62次隊、第65次隊で隊長を務めた極地研の橋田元・南極観測センター教授は、会見で「標高3800メートル、酸素はここ(東京)の半分くらいしかない過酷な環境でアイスコアの掘削が行われています」と紹介した。
今回展示されているのは約2500メートルの深さから採取され、約34万年前の情報を含むサンプルだ。2900メートルの深さまで掘削が可能になった現在、3回目の掘削計画が進められており、100万年前までの古い氷の採取を目指しているという。

アイスコアが一般公開されるのは約20年ぶり。「寒い環境を作るのは簡単ではない。いかに溶かさず、きれいに見ていただくようにするか(が大変だった)」と熊谷さんは今回の展示を実現するにあたっての苦労を語っていた。「南極上陸エリア」の氷のように触れることはできないが、未来の地球を探る手がかりとなる“タイムカプセル”を間近で見る貴重な機会だ。
隕石の重さ体感、ペンギンを見上げて観察
アイスコアの展示の奥には隕石探査エリアがある。ここでは大阪・関西万博でも注目を集めた隕石スライスに触れられるほか、鉄隕石を持ち上げてその重さを体感できる。鉄隕石をつるした棒を片手で軽く持ち上げようとすると、びくとも動かない。筋力のない筆者は腰を痛めないように気を付けつつ両手で数ミリ浮かせるのがやっとだった。
また「生き物エリア」では、ペンギンやアザラシなど南極の生き物の剥製や模型が並ぶ。氷の地面を模した展示台の側面には大人が四つん這いになってやっと入れるほどのトンネルがある。中に入って氷の地面から顔を出すと、動物たちを見上げる形で観察できる。外から見ていると、生き物たちの足下からひょっこり来場者の顔がのぞくのが面白く、実際に中に入ってみると生き物に見下ろされる不思議な感覚を味わえる。

平衡感覚が奪われるブリザード
南極での観測は危険も伴う。南極で発生する吹雪は「ブリザード」と呼ばれ、隊員の平衡感覚や視界を奪うため、発生時には外出が制限され活動の大きな妨げとなる。ブリザードの体験展示では、まずは平衡感覚が奪われる状況を、次に視界不良を、そして強い向かい風を順に体感する。
最初の平衡感覚が奪われるトンネルでは、目が回り車酔いのような気持ち悪さを感じた。これと同時に視界が遮られ、強風と極寒の空気に襲われると想像すると、たしかに恐ろしく、とても観測どころではない。こうした自然の脅威を体で感じることで、南極での観測が決して容易ではないことを実感する。

ほかにも地質調査や海洋観測、大気観測、オーロラ観測と、南極での多岐にわたる観測・調査活動に関する展示・体験があった。ミッションに取り組みながら巡るうちに、南極観測の奥深さが見えてくる。
昭和基地での食事、人気はキャベツの千切り
「観測」を終えたら基地へ帰ろう。来場者が最後に訪れる「昭和基地エリア」では、観測隊の生活に触れられる。極地研の橋田教授は、南極滞在中の楽しみとして「食事」を挙げた。本エリアには現地の食事を再現したサンプルが展示されている。
麻婆豆腐やサンマの塩焼き、スパゲティなど、日本でもおなじみのメニューが並ぶ中で「最も人気を集める」のはキャベツの千切りというのが意外だった。昭和基地での食糧補給は年1回のため新鮮な食材は貴重で、届いた日にはメインディッシュになるそうだ。普段は基地内で水耕栽培が行われており、弱い光でも育てることができるかいわれ大根やルッコラなどが食卓に彩りを与える。

観測隊には研究者だけでなく、こうした食事や健康管理などの面で生活を支える役割を担うたくさんの人々が参加している。会見での「すべての人に南極に行くチャンスがある」という熊谷広報室長の言葉が印象的だった。
食事の展示が目を引く一方で、個人的には除夜の鐘をドラム缶で再現しているという展示が印象に残った。季節の行事を大切にする観測隊の暮らしぶりが伝わる。そのほか超高精細の8Kによる南極ライブ中継映像も上映されており、運が良ければ現地のオーロラをリアルタイムで見ることができるという。
オーロラのトンネルをくぐり「帰国」
展示を巡りながらミッションシートを完成させた来場者は最後に「特別南極観測隊」の認定を受け、オーロラのトンネルをくぐって「帰国」した。

本物の氷に触れ、観測活動の最前線をのぞき、観測隊の暮らしを知る。こうした体験を通して見えてきたのは、南極が特別な環境でありながらも、私たちと無縁の世界ではないということだ。遠い世界だと思っていた南極との距離が縮まったように感じられた。
関連リンク
- 日本科学未来館 特別展「大南極展」