クマ被害が深刻なレベルになり社会問題となっている。これまで人間が遭遇するとしても山奥などに限られ、ぬいぐるみの「テディベア」やキャラクター「くまのプーさん」などに代表される親しみやすいイメージもあった。その野生動物のクマが、登山客らが行き来する山道ばかりでなく、住宅地や学校周辺、観光地などでも目撃されるようになった。人間との遭遇機会が増えただけでなく、人身被害は過去最多、死亡例も最悪水準で報告されている。
事態を重視した環境省や自治体などは住民らの安全対策などを強化し、被害を減らすためにクマの個体数管理に乗り出した。出没急増の背景としてクマの生息域の拡大などいくつかの要因が指摘されているが、人間とクマの適切な距離をどのように「棲み分ける」か、新たな知恵による長期的な対応策が求められている。


2025年度の人的被害は238人で死亡13人
環境省が発表した速報値によると、2025年度のクマによる人的被害者数は238人で、うち13人が死亡した。これまで最も多かった23年度の被害219人、死亡6人を大きく上回った。都道府県別人的被害では、秋田県が67人で最多。次いで岩手県40人、福島県24人。東北6県を合わせると158人となり、国内全体の6割を超えた。死亡者は岩手県が5人、秋田県4人、北海道2人などだった。
同省によると、2026年度に入ってからも人的被害が相次ぎ、4月に岩手県内でクマに襲われたとみられる女性の遺体が見つかった。5月には岩手県と山形県でやはりクマ被害の可能性のある遺体が見つかっている。
また2025年度の全国のクマ出没件数は、非公表の北海道と、生息していないとされる九州・沖縄県を除いた集計で5万801件。人的被害同様に過去最多だった23年度の2万4348件の倍以上を数えた。都道府県別出没件数では、人的被害同様に秋田県が1万3592件で最多。次いで岩手県9739件、宮城県3559件、新潟県3528件、青森県3334件、山形県3124件の順で多い。
今年3月の出没数は329件を数え、ここ5年間では最も多く、冬眠明けのクマが多く目撃されている。6月に入って栃木県宇都宮市でも目撃情報が相次いでいる。環境省の6月2日付の統計では今年度に入ってからの出没数は1759件を数えている。

目立つ住宅地、市街地での出没
環境省は捕獲数についても統計している。2025年度の捕獲数も統計を取り始めてから最多の1万4720頭に上った。都道府県別では秋田県2690頭、北海道2139頭のほか、青森、岩手、山形、福島も1000頭以上で、北海道と東北各県で全体の7割以上を占めたという。
こうした数字はクマがいかに人間の生活圏に侵入しているかを如実に示している。石原宏高環境相は5月12日の閣議後記者会見で「春になり、クマが冬眠から覚め、各地でクマの出没が相次いでいる。この春は人の生活圏での被害に加えて、この時期の特徴として山菜採りで山に入った際の被害も発生している。自治体が発信する出没情報などに十分注意してほしい」と呼びかけた。
過去のクマ被害は山菜・キノコ採りや農作業、登山・ハイキングが多かったが、環境省や各自治体が重視しているのは近年、住宅地や市街地での被害も増加していることだ。東京都八王子市の住宅地付近、福島県喜多方市の小学校敷地内、宮城県仙台市の市街地などに出没し、住民や児童らを不安がらせた様子が報道されている。
環境省などによると、クマの個体数そのものが増えていることに加え、人里に餌があることを学習したクマが増える傾向にあるという。このため同省は、住宅や学校周辺などの人間の生活圏ではクマの「誘因物」となる放置された農作物や夜間出された食品ごみを適切に管理するよう要請している。

個体管理の強化へ
国はこれまでも「クマ類の出没対応マニュアル改定版」(環境省、2021年3月)を作成するなど、クマ対策の周知を図ってきた。同マニュアルでは「クマ類に遭遇した際にとるべき行動」として「クマを見ながらゆっくり後退」「至近距離で突発的に遭遇したら直接攻撃など過敏な反応が起きる可能性が高くなり顔面や頭部が攻撃されることが多いため、両腕で顔面や頭部を覆い、直ちにうつ伏せになる」など比較的知られる具体的な防御策を改めてまとめている。
同マニュアルでは同時に「地域個体群を安定的に維持するために人とクマとの棲み分けが鍵になる」とも指摘していた。その後、出没数や人的被害の増加を受け、環境省は2024年4月に鳥獣保護管理法に基づいてクマを「指定管理鳥獣」に指定し、「個体管理強化」に大きく舵を切った。「個体数を適正にしなければ被害は繰り返される」との認識だ。
「個体管理」の具体策として環境省は今年4月に全国の都道府県が独自のクマの保護や管理策を策定する際のガイドラインを改定。各地の「個体群」ごとに捕獲方針を定めて一定頭数以上の個体群は被害低減のために積極的な捕獲を推奨している。また「緊急銃猟」のガイドラインも改定し、クマが市街地に出没して危険度が増した際の猟銃使用の細かい手順を記した。同省によると、昨年9月から市街地での緊急銃猟が自治体の判断で可能になり、実際に実施するケースが増えているという。
また、政府は環境省が中心となり、3月27日のクマ被害対策等に関する閣僚会議で個体数管理の強化を柱とした「クマ被害対策ロードマップ(工程表)」も決定した。この中で2030年度の目標個体数を東北地方1万2000頭(現在推定1万9237頭)、関東地方2000頭、中部地方1万1000頭などとした。そして26年度の捕獲目標は東北地方3800頭、関東地方600頭、中部地方3500頭などとしている。これらは当面の目標数。環境省は同年度以降、全国で統一された手法で個体数の調査・推計を実施する方針で、その結果を受けて各自治体が適切な捕獲目標を定める見通しだ。


子ども向け対策動画も作成
政府は捕獲作業などを実際に担当する人材の確保策も進めており、石原環境相は閣議後記者会見で「専門人材やガバメントハンターを17都道府県で100人程度の雇用を交付金で支援する」と述べている。
このように政府は関係省庁が中心となってクマ対策を強化していたが、5月にあった福島県喜多方市の小学校敷地内のクマ出没は学校関係者や保護者らに大きな衝撃を与えた。環境省と文部科学省はこれまでも「クマに注意!―思わぬ事故をさけよう―」(環境省)や「クマの出没時の対策を家族で確認しましょう」(環境、文科両省)など、家族や子ども向けの小冊子やチラシなどを作成、ホームページで公開して注意を呼びかけていたが、子どもも巻き込まれかねない事態になったことを受けて新たな動画を作成、公開した。
この動画は、「クマにおそわれないための3つのお約束」と題した約1分半のアニメーションで、文科省のホームページで視聴できる。クマの生息地の確認や通学時の注意点、クマと遭遇してしまった時は、静かにその場を立ち去ることなどを小学校低学年でも分かるよう説明している。石原環境相は5月29日の閣議後記者会見で「子どもたちの安全を守るため、ご家庭でもクマ対策を話し合ってほしい」と述べた。

新たな共存へ「棲み分け」が課題
かつてクマの問題は主に生息域の山間部の課題とも言えた。しかし、今や市街地にまで出没するようになり、多くの、特に東北地方の人々にとって看過できない問題となった。野生動物としてのクマは日本の生態系を支える重要な生き物でもある。人間に危害を与える危険な動物として単純に駆除し、個体数を管理するだけでは長期的な問題の解決にはならない。
やはり人間の生活圏とクマの生息域・行動圏を人間側が知恵を絞って分ける「棲み分け」が重要な課題になる。人間とクマとの共存を図るための活動・調査・検討・情報交換を行っている「日本クマネットワーク」(代表・小池伸介・東京農工大学教授)は昨年秋季のクマ出没急増を受けて同年11月6日に見解と提言をまとめて発表した。
提言は「中・長期にわたるこれまでにない科学的な対応・制度の改変が急務」と指摘し、「クマ類と人間のゾーニング(棲み分け)の実現と維持」「行政の体制整備」「個体群管理のための科学的モニタリングの実施と(その結果に基づいて施策を調整・修正する)順応的管理」「行政間や大学・研究機関・NPO・民間企業等との連携強化」「上記各施策を着実に実施するための法整備と予算確保」の5項目の提言をした。いずれも説得力を持つ内容だ。
クマの最近の生態についての研究も行われている。東京農工大の小池教授らと島根県中山間地域研究センターの研究グループはツキノワグマの脂肪量とドングリの豊作・凶作との関連を分析した。その結果「ドングリの不作年にクマの集落への出没を引き起こした要因は“ひもじさ”ではなく、集落内に放置された未収穫の果実など魅力的な誘因物の可能性がある」との研究成果を1月に発表した。
生ごみを放置しない、果実類の管理を徹底するなど、クマをなるべく寄せ付けないために人間側ができることはいろいろありそうだ。

関連リンク
- 環境省「クマに関する各種情報・取組」
- 文部科学省「児童生徒等のクマ被害防止対策について」
- 東京農工大学プレスリリース「クマのボディメンテナンス術」