2025年8月~26年1月に国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在した宇宙飛行士の油井亀美也(ゆい・きみや)さん(56)が、会見やサイエンスポータルの取材に応じた。滞在を振り返り「やりきった気持ち。経験を日本や世界のため、また後輩の育成に役立てていく」と話した。米主導の「アルテミス計画」により、人類が半世紀ぶりに有人月周回飛行に成功したことを「宇宙大航海時代の始まり」と表現。わが国の新型物資補給機「HTV-X」の将来像も語るなど、発言は多岐に及んだ。HTV-X初号機は26日、計画通りに運用を終えた。
早期帰還の影響「比較的小さかった」

油井さんは日本時間昨年8月2日、米露3人の飛行士と地球を出発し、5カ月半のISS滞在を経て、今年1月15日に帰還した。2015年のISS長期滞在に続き、自身2回目の飛行だった。先に滞在していた大西卓哉さん(50)との1週間の同時滞在も実現。滞在中は科学実験や機器の維持管理、HTV-X初号機のロボットアームによる捕捉や関連作業などをこなした。帰還後の医学検査やリハビリテーションを終え、活動報告などを続けている。
油井さんの滞在は約半年の計画だったが、宇宙船に同乗した飛行士1人の医療対応のため、やや短縮された。飛行士の健康を理由とした早期帰還は、ISS史上初めて。帰還後の2月末、米国人のマイケル・フィンクさん(59)が、その飛行士が自身だったことを米航空宇宙局(NASA)を通じ公表した。フィンクさんは声明で「1月7日に体調不良となり、迅速な対応が必要になった。容体はすぐ安定した。緊急事態ではなく、高度な画像診断のため綿密に調整した帰還だった。皆様の支援に感謝する」などとした。
油井さんは今回の事態について「宇宙開発では計画変更は当たり前で、できる仕事を前倒しで進めていた。しっかり引き継ぎができ、影響は比較的小さかった。自分ができることは全てやった」との認識を示した。
HTV-Xの発展性に期待

HTV-XがISSに到着したのは昨年10月30日。油井さんはロボットアームを使った捕捉の作業を「HTV-Xは金色の宝箱のようだった。(ISSとHTV-Xとの間の)相対速度がゼロで止まっている感覚で、簡単に捕まえられると感じた」などと振り返った。
HTV-Xの将来像を「ミニステーションになり得る」と表現した。「発展性があり、いろいろな形態に変更できる。例えばHTV-X同士でドッキングさせ、小型のステーションにすることも見据えて設計されている。(空気のある)与圧部に窓をつけたり、生命維持装置を使ったりすれば、(機内で)飛行士が実験もできる」
初号機はISSに物資を届けた後、廃棄物を積んで3月7日に離脱。その後も宇宙空間にとどまり、超小型衛星の放出や測距、パネル展開などの技術実証に挑んだ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)によると、26日午後11時すぎに大気圏に突入して燃え尽き、順調に運用を終了した。
ISS「想定より長く使えると思った」

運用の延長が繰り返されてきたISS。現行計画では2030年で退役させることになっているが、米国内ではさらに32年までの延長が議論されている。後継となる民間基地の準備の遅れなどが理由だが、ISSは建設開始から30年が経とうとしている。設計上の寿命も迎えつつあり、老朽化も指摘されている。
これに対し、現場を知る油井さんは強調する。「簡単に延長した方が良いとは言えないが、10年ぶりに行って、そんなに老朽化している感じはしなかった。空気や水、トイレのことなど、生活環境はさらに快適になった。予防整備というのだろうか、『ここが壊れそうだ』となる前に(機材を)うまく交換しており、実際の想定より長く安全に使えると思った。(ISSの滞在が途切れずに)既に25年間にわたり宇宙に人が住み続けており、この記録が途絶えたら残念。月や火星を目指す時代にも、(地球上空の)低軌道で実験や地球観測をすることの意義は変わらない」
ISSのロシア棟の一つ「ズベズダ」付近では、空気漏れが続いている。「NASAも(ロシア宇宙公社の)ロスコスモスも危険と認識し、問題にならないようにしている。古くなっているのは事実。運用でカバーし、例えば空気が漏れている所の使用頻度を減らす、加圧と減圧の繰り返しを減らすなどの対応を、考える必要があると思う」
一方、中国は低軌道有人基地「天宮」を運用し、月面への着陸や基地建設も目指している。ISSの度重なる延長の動きには、宇宙分野での優位を維持するため、有人基地を途切れさせる訳にはいかない米国の事情もうかがえる。
紛争の光「とても悲しい気持ちに」

油井さんは、ISS滞在中の膨大な数の撮影でも知られる。今回も休み時間を利用し「何十万枚というレベルで」、地上や天体などにレンズを向けた。「『こんなの面白いのでは』などと考えながら撮影し、(SNSに投稿して)いろいろな人の返信を見るのが楽しかった」
こうした撮影も含め、油井さんが眺めた地上の様子から、前回飛行時以来の変化が分かったという。「夜景を見ると、10年間で発展した国は明らかに明るくなり、成長しきった国はあまり変わっていなかった。台風は今回の方が、勢力の強いものが多かった感じがする。人間が仲良くやっている部分と仲の悪い部分も見えた」
記者から「具体的にどの地域で何が見えたか。軍事攻撃や爆発などは見えたのか」と問われると「ニュースで扱われるような紛争、戦争をしている所は、明らかに宇宙からも見える。(攻撃による)光を見ると住む所を失ったり、命を失ったりする人がいるのが分かり、とても悲しい気持ちになった」と率直に明かした。
「それを見て、飛行士が話し合うこともあった。私の滞在中にはロシア人、米国人、日本人がいたが、国により報道が違うことについてよく話した。『どちらかが正しいとか悪いとかでなく見方の違いで、互いに納得できる真実や妥協点、解決策は多分、両方のニュースや考え方の真ん中ぐらいにあるのだろう』『地上でリソース(資源)を争うのではなく、協力して明るい未来を作れるのでは』などと話した」
アルテミス計画変更は「リーズナブル」
4月にはアルテミス計画で、米国とカナダの計4人の飛行士がアポロ計画以来、実に53年ぶりに月上空の周回飛行に成功して注目された。「(宇宙船などが)人が乗って安全に帰れるシステムであることを、証明できたのが大きい。歴史に残る宇宙大航海時代の始まりだ」と油井さん。
そのアルテミス計画をめぐっては2~3月、NASAが大きな変更を発表している。有人月面着陸を2027年から28年に延期。月面基地の構築を優先し、予定してきた月上空の周回基地「ゲートウェー」の建設を休止するなどとした。わが国はゲートウェーの居住棟の環境制御・生命維持機構や、地球から物資を届ける補給機などを提供することが決まっている。今回の変更は、わが国の役割分担に影響を与える可能性もある。
油井さんはこうした変更についても認識を示した。「非常にリーズナブル(妥当)。私はテストパイロット(出身)なので、新しい物を開発して飛ばすのは非常に時間がかかることを知っており、(変更前は)急ぎすぎだと思っていた。これで私も納得できる計画になりそうで、歓迎している。ゲートウェーはいったん停止だろうが、優先順位が変わっただけだとみている。必要となれば、また予算が配分されていくと思うので、あまり心配していない」

火星飛行の課題「解決できる」
冒頭で触れた医療対応のための早期の地球帰還は、油井さんらの計画変更を余儀なくする一方、現代の宇宙開発が、飛行士の健康を最優先する成熟した意識の下で行われていることを印象づけた。ただ、ISSは東京~大阪間の直線距離にあたる、地表からわずか400キロにある。何かあればすぐ引き返せる。一方、米国が2040年代に有人探査を目指す火星は、地球から5500万~4億キロ離れ、現地滞在も含め往復2年半ほどかかるとされる。道中に飛行士の身に何かあっても、数日で帰還という訳にいかない。飛行士の人権や倫理、特に精神衛生も含めた医療上のリスクを考えると、どんなに技術を磨いてもハードルが高そうだ。
このことを油井さんに問うと、こう語ってくれた。「それは大きな課題だが、私は解決できると思っている。準備は相当に必要で、例えば薬や機材を事前に火星に送っておくことが考えられる。また、精密なロボットを地上から動かし、AI(人工知能)も使って遠隔で地上と似たようなこと(医療など)ができる時代が来るのでは」
果たして、人類が火星に立つ日は来るのだろうか。
飛行士の信条生かせば「家庭も会社も円滑に」
油井さんは会見で、飛行士たちがISSで意識共有のために決めた手書きの「信条(Tenets)」を、写真で紹介した。近年、長期滞在の期間ごとに自主的に話し合っているという。「これを最初に決めて本当に良かった。これがあって滞在が大成功した」と評価した。

74次長期滞在の信条の和訳(筆者による)は次の通り。
・明確である(遠回しでなく、率直に言う)ことが親切だ。
・地上(の関係者)に、互いに、自分たちに、寛容であれ。
・助けを求め、助けを差し伸べることは、信頼と愛を育む。その時に助けが不要だったり、望まれていなかったりしてもそれで良い。私たちは皆、学んでいる!
・私たちは一つのクルー(飛行士)だ。
・互いの目標や考え方を支え、励まし合おう。
4月23日の個別取材で尋ねたところ、この信条は、油井さんの前回滞在時にはなかったという。内容は飛行士たちが対等に、1時間ほどかけて話し合った。目に付きやすいよう、飛行士が食事をする米国棟「ユニティー(第1接合部)」に張り続けた。
例えば、最初の項目「明確であることが親切だ」に着目したい。“相手を気遣って遠回しに言った結果、真意が伝わらなかった”という経験が思い当たる人は多いのではないか。宇宙開発という巨大計画の長年の経験や、現場が編み出した知恵から、私たちが日常生活に生かせることがありそうだ。油井さんは会見で軽く触れた程度だったが、そんな意味でも、この信条は興味深い。
信条の中身は、油井さんが加わった長期滞在の73次と74次で似ていたが、毎回話し合うこと自体が大切という。「当たり前のことでも確認し合う。すると、個々人の目標の微妙な違いや、物事の優先順位、週末の過ごし方などの話が出てくる。そして例えば…助け合いは当たり前のようだが、本当に『助け合おうね』『助けてもいいよ』と話しておくことで信頼が生まれる。そうしないと、特に若い人は『これを頼んだら、自分にその能力がないと思われてしまう』などと考えてしまう。『自分たちが頼んでいるのだし、君たちが頼んでもいいよ』、あるいは逆に『手伝ってと言われても、断ってもいいよ』と言っておくと、だいぶ雰囲気が変わるものだ。家庭でも会社でもどこでも、こうすると物事がもっと円滑にいくのでは」
油井さんは1970年、長野県生まれ。92年、防衛大学校理工学専攻卒業、航空自衛隊入隊。防衛省航空幕僚監部を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選抜された。15年、ISSに約5カ月滞在し、物資補給機「こうのとり」5号機をロボットアームで捕捉する作業や実験などを行った。16年11月から23年3月まで、JAXA宇宙飛行士グループ長を務めた。昨年8月~今年1月、2回目のISS長期滞在をした。

関連リンク
- JAXA「油井亀美也」