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レビュー

日本で珍しく増え続けるクマ、実はヒトを避けて暮らしている?

2026.05.21

滝山展代 / サイエンスポータル編集部

 クマによる人身や農地への被害が相次いでいる。クマとヒトの生活圏は本来であれば重なりがなく、世界の流れで見るとクマは減少傾向にある。しかし、日本では珍しく個体数が増え続け、ヒトがクマに襲われるニュースが流れる。いま、国内のクマはどのような生態なのだろうか。最新のツキノワグマ・ヒグマのクマ研究から見えてきたのは、実際にはクマはヒトを避けるようにして暮らしている実態だった。

ツキノワグマにGPSを付けて個体の動きを観察

 「一般的にクマは人間を避けて行動していました。クマがヒトをエサにするなら、道路を避ける行動の説明が付きません」。こう話すのは、東京農工大学でクマの生態を研究しているペク・スンユン特任助教(野生動物生態学)だ。ペクさんは現在、銅山で知られる栃木県・旧足尾町(現・日光市)の国有林でツキノワグマにGPSを付けて個体の動きを観察している。

 加工したドラム缶の中にハチミツを置き、クマが中に入り込むと板が落ちて安全に捕獲できるトラップを現在、6個設置している。ドラム缶にクマが入るたび、麻酔をかけてGPS機能がついた首輪を付ける。体重など大きさを測り、血液や毛などのサンプルを採って再び野に放つ。

ペクさんらが仕掛けているツキノワグマトラップのイメージ図
ペクさんらが仕掛けているツキノワグマトラップのイメージ図

 こうしてモニタリングが可能になったクマについて、先行研究では道路を避けている様子が見られたものの、道路を横切らなければ移動できない場所にも行っていることが分かっていた。このため、詳細な動線を調べることにした。どのような「道」を歩いているのか、車の通行量が多めの主要道路・人間が通行するために使われる1車線の生活道路・限られた人間だけが通れるゲートが付いた狭い道の3種類に分け、周辺を含めたクマの出没頻度を調べた。

オスはメスに比べて道路に出没

オスは夏から秋にかけて道路を横断していた。一方でメスは秋になると道路を横断する傾向があった(東京農工大学提供)
オスは夏から秋にかけて道路を横断していた。一方でメスは秋になると道路を横断する傾向があった(東京農工大学提供)

 その結果、大まかには、3種類の道路に対して、クマはまず回避行動をとっていた。人間を避けようとする習性のためだ。しかし道路付近に出没あるいは横断したケースを細かく観察すると、オスとメス、季節や時間帯によって行動に違いがみられた。観察の結果、クマが道路に接近しているのは主に夜間であることから、基本的にはクマは道路を通じて人間の存在を認識していることが分かる。

 オスは繁殖期の夏場は、道路の種類を問わず出没する傾向にあった。一方メスは、夏場は道路周辺には出てこないが、食物を探すために秋になると主要道路、生活道路付近にも出没していた。時間帯で見ると、夜間の方が道路周辺に近づくなど活動的になっていたものの、昼間は道路付近にあまり出てこなかった。

 秋の行楽シーズンでヒトとクマが遭う確率が高まるのは、冬眠前の「食いだめ」で行動範囲が広くなり、オスのみならずメスも道路付近を通る必要が出てきて、ヒトと遭遇しやすくなるからだと考えられる。人通りの少ない道路付近ほど出没する可能性が高まっていることも分かった。

日光・足尾のクマは、道路周辺に出没する際はヒトを避けるために夜間を選ぶ(東京農工大学提供)
日光・足尾のクマは、道路周辺に出没する際はヒトを避けるために夜間を選ぶ(東京農工大学提供)

冬「眠」といっても、完全に眠っていない

 クマは夏に繁殖期を迎え、秋には過食期としてブナ科のドングリなど果実を食べる。ドングリ類が豊作の年はたくさん食物を食べようと12月頃まで活動している。一方、凶作の年は食物を探してもありつけないため、11月初旬には冬眠に入る。冬「眠」といっても、完全に眠っているわけではなく、うたたねのような眠りなので、ヒトの気配がすると起きてしまう。冬眠の場所は安易にヒトが近づけないような急な斜面であることが多く、捕獲は難しい。

 クマは縄張りを持たない生き物だが、ある程度の範囲内で暮らしていることも分かっている。あまりにも広すぎる生活圏は、他のクマとの社会関係が生じるためと考えられる。繁殖のために動き回るオスであっても、限られた範囲で暮らしている。

 繁殖期の夏場は、オスは多くの子孫を増やすために、メスを探して頻繁に移動する。メスは自ら長距離を移動せず、狭い範囲で食物を食べながらオスを待つと考えられる。このオスの行動範囲が広くなる過程で、ヒトの住むエリア近くに出没することがあり、この時にばったり遭遇してしまうと、クマとヒトとの事故につながることがある。

学習すると、リスクを冒しても人前に出てくる

クマはヒトを怖がっているが、一度ヒトに近づいてもヒトから何もされない「成功体験」をすると、容易にヒトに近づくと話すペクさん(2025年7月、東京都府中市の東京農工大学)
クマはヒトを怖がっているが、一度ヒトに近づいてもヒトから何もされない「成功体験」をすると、容易にヒトに近づくと話すペクさん(2025年7月、東京都府中市の東京農工大学)

 現在、国内でヒトが襲われる事案が相次いでいることに、「クマはヒトがいないと思っているのに、突然現れると驚いて襲うのでは」と分析している。また、「木の実が不作だと、人里の食物に誘引されやすくなる」としており、その学習能力の高さから、「もしクマが本来避ける民家周辺でも、栗や柿のような食物を食べることが一度でもできた場合、山での食物が足りなくなれば、その後もまた民家に来る可能性が高い」と注意を呼びかける。クマはヒトをわざわざ「エサ」にすることはない、というのがペクさんの持論だ。

 ヒトへの警戒心が強いクマであっても、生ゴミや果樹が容易に食べられると学習したクマは、先ほどの道路に出没した実験のように、ヒトと鉢合わせるかもしれないリスクを冒しても人前に出てくる可能性が高い。そして、「食物をあさっているときは警戒心が薄くなり、そこにヒトが急に現れると、驚いたクマはヒトを襲うのではないか」と、ペクさんは仮説を立てている。

日本だけの個体数増加、人口減と気候変動が原因か

ヒグマとツキノワグマの捕獲数。平成に比べ、令和になって捕獲件数は上昇傾向にある(環境省HPより引用)
ヒグマとツキノワグマの捕獲数。平成に比べ、令和になって捕獲件数は上昇傾向にある(環境省HPより引用)

 筆者が隣国でも社会問題になっているのでは、と思い、ペクさんの母国である韓国のクマ事情を尋ねると、意外な答えが返ってきた。「韓国では一度、クマが絶滅しそうになったので、今、増やそうと保護しています」。その他の諸外国でもクマは減少傾向にあり、日本のように頭数が増加している国は、欧米などの別のクマの種類が生息する国を含めても珍しい。

 クマを含め、日本の大型哺乳類がなぜ分布を拡大しているのかについて、ペクさんらは2024年に論文を出している。その論文では、人口減少と気候変動が主な原因と結論づけた。こうした分布の拡大を背景に、各地でクマ被害が相次ぎ、駆除の必要性が高まっている。しかし、一律に排除するのではなく、ヒトを避けるクマの一般的な行動にもかかわらず、なぜ人里に接近し被害を引き起こす個体が生じるのかというメカニズムを解明するとともに、その知見を基に被害を防ぐ管理へとつなげていく必要がある。

ヒグマを10年記録、日の出と日没時に遭遇の可能性高く

カメラで撮影されたヒグマの様子。基本的には夜間に行動するが、たまに日中にも活動していた(森林総合研究所北海道支所提供)
カメラで撮影されたヒグマの様子。基本的には夜間に行動するが、たまに日中にも活動していた(森林総合研究所北海道支所提供)

 それでは、国内に生息するもう一種類のクマ、ヒグマはどのような行動をとっているのだろうか。信州大学山岳圏森林・環境共生学コースの池田敬助教(野生動物管理学)は、北海道の西興部村(にしおこっぺむら)にカメラ24台を設置し、10年間記録した。カメラに写ったクマは350枚。人目に見えないセンサーが付いているため、「動物の勘」からか壊されることもあり、正確に捉えられた静止画を解析した。

西興部村は旭川の東側、網走の北西に位置する人口940人ほどの村だ
西興部村は旭川の東側、網走の北西に位置する人口940人ほどの村だ

 その結果、クマは夜に動いており、日中に活動するヒトを避けるように行動しているため、活動パターンの重複率は低いと考えられた。だが、必ずしもヒトが忌避されるわけではなく、クマは日中にも動いていた。日の出と日没の時間帯はとりわけ活発に動いており、ヒトが遭遇する可能性が否定できないことが分かった。

午前は6~10時台、午後は1時~5時台に頻出

西興部村でのカメラによるヒグマの調査を行った信州大学の池田敬助教(ご本人提供)
西興部村でのカメラによるヒグマの調査を行った信州大学の池田敬助教(ご本人提供)

 実は池田助教はクマではなく、シカを専門に日頃、研究している。シカもクマと同様に農作物被害などが報告され、捕獲の対象となっている。「シカは母数が多く、データを取りやすいが、クマは行動圏が広く、カメラで撮影するのが難しい」と話す。2016年に同様の調査を行った際は、2年間で60回ほどしかヒグマを撮影できなかったため、より正確な実態を把握するため、今回のような長期の観察を行った。

 詳しく解析すると、クマとヒトが遭遇する可能性のある時間帯は午前6時11分~10時54分、午後1時43分~5時54分になっていた。この地域では地元のNPO法人によるガイド付きの狩猟が実施されており、シカを狙ったハンターが活動する時間帯と重なっていることから、ハンターにとってヒグマと遭遇する危険性が高まっていることが明らかになった。

 そのため、池田助教は地元のハンターらに遭遇しやすい時間を啓発するなどして、クマによる人身被害の防止を図るべきと主張する。「ヒトとクマの接触を減らし、最終的にはお互いの死傷者を減らすことが大切。そのためにより研究が行われるべきだ」としている。

 そして、池田助教は「知床のようにヒトに慣れてしまっているクマもいる。リスクを正確に判断しないことで、観光などにも影響が出る。現に、長野では上高地で観光客とクマが近接する事案が起こっている。今回の研究を通し、ヒトとクマがどのように生活圏での重なりがあるのかという知見を深めたら良いと思う」と語った。

観光客が誘引、地元の人が被害に遭いやすく

 池田助教が指摘するように、見逃せないのが観光客の問題だ。観光地のクマは昼間の活動量が増える。そのため、観光客が帰った後に、そこで暮らす人々がクマとばったり出くわす可能性が高くなる。最終的に、観光客ではない地元の人と遭遇するリスクが高まり、昨今増加しているクマとヒトとの事故が起こりやすくなる。

 ある別の研究では、ヒトに慣れたクマから生まれた1歳のオスのクマは死亡リスクが高いとされている。これは、ヒトに慣れてしまうがゆえに、人間の暮らしと近くなり、処分される確率が上がるためだとされる。

 西興部村は「平成の大合併」でも合併を選ばず、人口が非常に少ない。また、他の北海道の自治体に比べ、年間3万人ほどと観光客は少ない自治体だが、クマにとっては自治体の線引きなど与するところではない。そのため、近隣自治体の観光地化がクマとの遭遇を誘引することは否定できない。シカやイノシシはヒトとの共生を図るために、ヒトの存在を知らせるなど様々な対策が取られているが、国内のクマとの関係性はまだ分からないことも多く、研究の余地が大きい。

 クマは一度ヒトと出くわすと、襲撃の確率が高くなることはこれらの研究から明らかだ。クマとヒトとの生活が近くなりすぎないよう、観光客はもちろんのこと、クマが生息する地域の人々も気をつけていくことが大切といえそうだ。

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