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レビュー

ハンタウイルス感染で死者も 各国で高い関心 WHO、冷静な対応呼びかけ

2026.05.14

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 大西洋を航行していたクルーズ船内でネズミなどのげっ歯類動物が媒介する「ハンタウイルス」の感染が確認された。さまざまな国籍の乗船客から複数の死者が出たことから関係各国で関心が高まり大きく報道されている。世界保健機関(WHO)は警戒は必要として感染経路などを調査しながらも、各国内で感染拡大するリスクは低いと冷静な対応を呼びかけている。

 今回この感染例に国際的な関心が高まった背景には「ウイルス感染症」という言葉が多くの人に新型コロナウイルス感染症の世界的流行(パンデミック)を想起させたことがある。乗船客に日本人も含まれたことから国内でも連日大きく報じられているが、木原稔官房長官は11日、「必要な感染対策に万全を期す」としつつ、「現時点で我が国に大きな影響が及ぶ状況ではない」と強調した。

 WHOだけでなく国内外の感染症の専門家もハンタウイルスは新型コロナウイルスよりヒトからヒトへの感染力が低いとされることなどから、各国内で感染が拡がる可能性は低いとの見方で一致している。SNSなどでの誤情報やデマの流布にも注意が必要だ。

ハンタウイルスの電子顕微鏡画像(米疾病対策センター(CDC)提供)
ハンタウイルスの電子顕微鏡画像(米疾病対策センター(CDC)提供)

ウイルスは「ヒト・ヒト感染」の可能性ある型

 WHOは6日、感染者からハンタウイルスの「アンデス型」を確認したと公表した。この型はこれまで主に南米で確認され、ヒトからヒトへの感染がまれに起きるとされている。クルーズ船内は生活空間が限られて濃厚接触が起きやすく、「ヒト・ヒト感染」が起きた可能性があり、WHOのほか関係国の保健当局も詳しく調べている。

 WHOなどによると、感染者が見つかったクルーズ船「MVホンディウス」はオランダの会社が運航し、4月1日に南米アルゼンチンを出港。南極圏や大西洋の島々を経てアフリカ西方の島国カーボベルデへ向かう航行中に乗船客の感染が確認され、5月2日にWHOに「集団感染の疑いがある」などと報告が入った。WHOの発表では日本時間14日午前現在、死者は3人で、感染者は9人、感染疑いがある人は2人。潜伏期間が長いことから今後発症する人が増える可能性がある。

 ロイターや共同通信、米CNNなどの海外からの報道によると、クルーズ船は船内で集団感染の疑いが出てからアフリカ大陸西方沖で停泊していたが、スペイン保健省は5日、クルーズ船をスペイン領カナリア諸島で受け入れると表明した。

 同船は10日にカナリア諸島に到着した後、日本人1人を含む約150人の乗船客らは健康状態の検査で問題がないと判断されて下船。乗船客の出身国などが手配した航空機で順次帰路に就いた。乗船客全員はWHOの勧告により健康観察が求められる。日本人は英国ロンドンで45日の健康観察を受けているという。

アフリカ西方沖の島国カーボベルデでハンタウイルスの感染の疑いがある人を搬送する様子(5月6日)(WHOのホームページから/WHO提供)
アフリカ西方沖の島国カーボベルデでハンタウイルスの感染の疑いがある人を搬送する様子(5月6日)(WHOのホームページから/WHO提供)

ハンタウイルス肺症候群の可能性

 WHOなどによると、ハンタウイルスには複数のタイプがある。いずれもRNAウイルスで、ウイルス粒子は正確な球形ではなくシャボン玉のような多形性を示す。ハンタウイルス感染症はウイルスを持っているげっ歯類動物にかまれたり、排せつ物に触れたり、排泄物を含んだほこりを吸い込むことなどで感染する。

 この感染症のうち、ハンタウイルス肺症候群(HPS)は南北アメリカ大陸に分布するウイルスが原因で、1993年に米国南西部で初めて確認された呼吸器疾患だ。潜伏期間は通常1~8週間程度と幅がある。これまで米国、カナダ、中南米で患者が確認されている。主に頭痛、発熱、吐き気などのほか、進行すると深刻な呼吸器疾患症状を示し、死亡率は最大50%という。承認済みの特効薬やワクチンはない。このため対症療法が中心となる。

 もう一つのハンタウイルス感染症は腎症候性出血熱(HFRS)で、ユーラシア大陸全域に分布するウイルスが原因の腎臓疾患が特徴。古来各地で風土病として知られ、「韓国出血熱」「流行性出血熱」など流行ごとに名前が付いていた。潜伏期間は通常1~2週間程度とされ、最大8週間との指摘もある。初期症状は突然の発熱、頭痛などだ。重症型では出血傾向や血圧低下、尿量の異常(多寡)や重い腎機能障害を起こす。死亡率は軽症では1%未満だが重症型では5~15%程度とされる。日本国内では1970年代から80年代にかけて実験用ラットからの感染例が報告されている。

 今回クルーズ船内で起きたハンタウイルス感染症は死亡者の1人が肺炎症状を起こしていたことなどから肺疾患群とみられている。

ハンタウイルスを媒介するげっ歯類動物(WHO提供)
ハンタウイルスを媒介するげっ歯類動物(WHO提供)

「もう一つの新型コロナではない」とテドロス氏

 WHOの感染症対策担当者のバンケルコフ氏は記者会見で「世界的なパンデミックになった新型コロナウイルスとは感染の仕方が全く異なる」などと強調し、感染拡大を防ぐためにWHOを中心に各国が連携して情報共有することの重要性を訴えている。

 またWHOのテドロス事務局長は9日、クルーズ船が寄港するカナリア諸島の住民らに向け「感染拡大という言葉を耳にするとまだ完全に(心の)整理がつかない。(新型コロナの)記憶がよみがえるだろう。あの苦しみを私は一瞬たりとも軽視していないが、これ(今回のハンタウイルス感染例)は“もう一つの”新型コロナではない。公衆衛生上のリスクは低い」と訴えた。

 日本国内でも厚生労働省はいち早く6日に「国立健康危機管理研究機構のリスク評価をした結果、仮に感染した乗客が日本に入国した場合でも国内でヒトからヒトへの感染で感染拡大する可能性は低い」と発表している。

クルーズ船でのハンタウイルス感染について会見するWHOのテドロス事務局長(WHO動画から/WHO提供)
クルーズ船でのハンタウイルス感染について会見するWHOのテドロス事務局長(WHO動画から/WHO提供)
クルーズ船でのハンタウイルス感染について会見するWHOの感染症担当のバンケルコフ氏(WHO動画から/WHO提供)
クルーズ船でのハンタウイルス感染について会見するWHOの感染症担当のバンケルコフ氏(WHO動画から/WHO提供)

誤情報・デマに注意を

 こうした国際機関や各国政府の働きかけにも関わらず、各国で多くの誤情報やデマ、陰謀論が流布されている。SNSでは全く異なった死亡者の数や感染力などに関する投稿も見られ、悪質な陰謀論も流れているという。

 不正確な情報が流布すると、対応策が定まらなかった新型コロナ禍初期のような不安心理が再び刺激されかねない状況だ。このため厚生労働省のほか、WHOや米疾病対策センター(CDC)、欧州疾病予防管理センター(ECDC)などの公的保健衛生機関もハンタウイルス感染症に関する情報を積極的に公表して誤った情報に注意を呼びかけている。

 「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」などは地球温暖化により感染症は増えると予測している。米CNNは「南米アルゼンチンでハンタウイルス感染症例が過去1年でほぼ倍増した」と報じた。専門家は気候変動とげっ歯類動物の生息地の環境破壊が原因と指摘したという。今後世界でさまざまな感染症の発生が増える可能性があり、それだけに感染症対策と感染症に対する正しい理解が大切になる。

米ジョージア州アトランタにあるCDC本部(CDC提供)
米ジョージア州アトランタにあるCDC本部(CDC提供)
厚生労働省が入った中央合同庁舎第5号館(東京都千代田区)
厚生労働省が入った中央合同庁舎第5号館(東京都千代田区)

正しい情報でリスク管理を

 日本では「クルーズ船と感染症」と聞くと2020年初頭に発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での集団感染を想起して過剰に反応しやすいとも言える。それだけに国内外の保健衛生当局の正しい情報を正しく理解することが求められている。

 厚労省によると、新型コロナ感染症については国内で最近でも年間推計3万人以上が死亡している(2024年時点)という。決して「終わった感染症」ではなく、引き続き注意が必要だ。命や健康に関わる一人一人のリスク管理は正確な情報が大前提となる。感染症を巡る多種多様で多くの情報の中でも適切な対応策を含む正確な情報を見分けるリテラシーと的確なリスクコミュニケーション技術を身につけたい。

2020年2月13日に横浜市鶴見区の大黒ふ頭に停泊中の「ダイヤモンド・プリンセス」(筆者撮影)
2020年2月13日に横浜市鶴見区の大黒ふ頭に停泊中の「ダイヤモンド・プリンセス」(筆者撮影)

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