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オピニオン

「異なる」を否定しない科学的姿勢:巡回展「ポケモン化石博物館」の中の古生物学(相場大佑/深田地質研究所 主査研究員)

2026.03.27

相場大佑 / 深田地質研究所 主査研究員

 古生物学は過去の地球に存在していた生き物について研究する学問だ。この分野には、過去の環境変動に対する古生物の応答を調べ、未来の地球で起こりうる出来事を予測しようとする研究もある。しかし、私たちの暮らしへ直接的な貢献を果たせるものばかりかというと、決してそうではない。古生物の謎を明らかにしても生活が便利になるわけではなく、社会的課題の解決につながるわけでもない。では古生物の研究を行い、その成果を多くの方々に知ってもらう意義はどこにあるのだろうか。

 筆者は中生代に繁栄したアンモナイトの進化や生態を専門に研究する一方で、執筆や講演、展示などを通して、化石や古生物学に関する普及活動も行ってきた。これまでの経験を振り返りながら、私なりの考えを述べたい。

相場大佑氏
相場大佑氏

古生物と比べて楽しむ「ポケモン化石博物館」

 以前、私は北海道の三笠市立博物館に研究員・学芸員として勤務し、期間限定展示会の企画も担当していた。その中でも特に思い入れがあるのが「ポケモン化石博物館」である。この展示会は株式会社ポケモンの全面的な協力のもと国立科学博物館と地方博物館による全国巡回展として実現され、2021年7月からこれまでに国内15都市を巡回した。26年5月からは海外に展開される予定である。

 人気ゲーム『ポケットモンスター』シリーズには、「ポケモン」と呼ばれる不思議な生き物が登場する。ポケモンの中には、大昔に絶滅してしまい、その「カセキ」から復元することで仲間にできるポケモンや、絶滅したとされていたものが一部で細々と生き残っていたポケモンがいる(そのようなポケモンを展示会では「カセキポケモン」と呼ぶことにした)。

 展示に登場した28種類のカセキポケモンの姿をよく見ると、私たちの世界で知られる古生物によく似たものがいることに気が付く。例えば、うずまきポケモン「オムナイト」は私の研究対象である古生物アンモナイトにとてもよく似ている。姿だけでなく、絶滅の理由や生態までもがよく似ているものもいる。

 「ポケモン化石博物館」はこのようなカセキポケモンと古生物の化石を見比べて、楽しみながら最新の古生物学を学ぶ展示会である。さまざまな意図のもとに本展示は制作された。

巡回展「ポケモン化石博物館」の展示の様子(愛知県の豊橋市自然史博物館で開催時の写真)
巡回展「ポケモン化石博物館」の展示の様子(愛知県の豊橋市自然史博物館で開催時の写真)

「違うこと」は「間違いであること」ではない

 ゲームの中で起きる、ポケモンが別のポケモンになる「進化」は、私たちの世界における生物学的な「進化」とは異なる現象である。高校理科の授業や大学の生物学系の講義でよくこれがネタにされ、SNSなどでもたびたび話題になるが、私も過去に聞き覚えがある。多くの場合、「ポケモンの進化は間違いである」と、生物学の立場から誤った例として紹介されるようだ。果たして、「違う」ということは「間違えている」ということなのだろうか。

 そもそも進化という言葉は、現代では日常の中でも物事の進歩を表す意味合いで使われるほか、他の学問分野でも学術用語として用いられている。例えば天文学では「惑星系の進化」といったように、生物学の「進化」とは異なる現象を指す場合がある。展示会ではポケモンの世界の「しんか」と私たちの世界における「進化」を分けて説明し、「それぞれの世界でその現象は異なるようだ」と括った。

 数えきれないほどのポケモンファンが世界中にいる。もしかしたら古生物学のファンよりも多い可能性すらある。その大勢のポケモンファンにも古生物学を好きになってもらおうとした時に、ポケモンの世界の出来事を「間違えている」と否定してしまったら、古生物学のことをそれ以上知ろうとはしなくなるだろう。古生物学をより多くの人々に好きになってもらうために大切なのは、「ファンタジー」を「サイエンス」で斬ることではなく、尊重することであると考えた。

 一方で、「異なる」ということは紛れも無い事実であり、これを示すことは重要だと思っている。Aと異なるBを横に置いてみることでAが相対化され、その比較によりAの理解がより深まる可能性があるからだ。「進化」の場合も、「同じ個体間で起きる」というポケモンにおける現象と対比させることで、生物学の進化はそうではなく「世代を超えて集団レベルで起きる」という事実を理解する助けになるはずである。「異なる」こと自体は物事を相対化する上で意味を持つが、その説明の際に片方を否定する必要は必ずしもないのである。

「見ること」に追加される「比べること」

 進化だけでなく、カセキポケモンと古生物を並べると得られることも「相対化による理解の促進」である。例えば、爬虫類と鳥類の両方の特徴を有している「始祖鳥」の復元画だけが示され、「どんな特徴があるか」と問われても、答えるのはなかなか難しいかもしれない。

 しかし、始祖鳥によく似た、さいこどりポケモン「アーケン」とその進化形「アーケオス」をその横に置いてみると、もしかしたらカラフルなアーケン・アーケオスと比べて始祖鳥の体が黒っぽい地味な色合いであることに気づくかもしれない。復元画で始祖鳥の体が地味な色合いで描かれている背景には、2020年に羽毛からメラニン色素胞が確認され、その形状の解析により羽毛に少なくとも黒色の部分を含むことを明らかにした研究がある。

 並べられた2つを見比べて何かに気が付くことは、一方的に知見を説明されるのとはまったく異なる体験である。古生物学に限らず、自然科学の研究は誰かに教えてもらうのではなく、これまで誰も知らなかったことに自らが気付くことで展開される。ポケモンのカセキと古生物の化石を並べたのは、科学の基礎である「見ること」「比べること」「気づくこと」を子どもたちに体験してもらうための展示工夫であった。

「アーケンとアーケオス/始祖鳥」のコーナー(国立科学博物館開催時の写真)
「アーケンとアーケオス/始祖鳥」のコーナー(国立科学博物館開催時の写真)

展示とは研究成果である

 博物館は研究機関としての側面も持つが、世間的にはそのイメージがやや弱いのではないかと個人的に感じている。しかし、研究機能が博物館にとって不可欠なのは明らかだ。単純に言えば、何かしらの資料を展示する時に、その資料の正体・特性が明らかでなければ展示することはできない。

 例えば、アンモナイトには1万種を超える種類が知られているが、展示しようとするアンモナイトが、どのグループに分類される種類で、どの種から進化したのか、どのようにして生きていたのかなどを明らかにした上で、何かしらの意図を持った順序で並べられ、解説文が用意され、初めて展示が成立する。そのために研究をしているわけである。化石に限らず、植物、昆虫、動物、岩石・鉱物、考古学的遺物や民具、古文書や写真、さらには絵画などの美術資料においても基本的には同じことが言えるだろう。

 ポケモン化石博物館の展示の終盤には「化石研究のこれまで・これから」というコーナーを設けた。「これまで」では、恐竜ティラノサウルスにフォーカスを当て、ぼうくんポケモン「ガチゴラス」と対比させながら研究の変遷を紹介し、「これから」のコーナーでは、「過去に生きたすべての生物を描き尽くすこと」が古生物学の目標であると説明した。

 そして、その目標に向かって今現在も新たな発見が一つひとつ積み重ねられていることを示す一例として、当時発表されたばかりの新種のアンモナイト化石を展示した。新種記載に用いられた標本の多くは、展示業務の合間を縫って私と当時の同僚が山を歩いて採集したものであり、博物館の研究活動の成果の一つである。博物館で開催される展示会は博物館の研究成果により構成されているという当然のことを、この展示を通して改めて伝えたかったのである。

「かせき研究のこれから」のコーナーに展示されている新種アンモナイト エゾセラス・エレガンス (三笠市立博物館開催時の写真)
「かせき研究のこれから」のコーナーに展示されている新種アンモナイト エゾセラス・エレガンス (三笠市立博物館開催時の写真)

劣ってはいない異常巻アンモナイト

 冒頭で説明したように、アンモナイトの進化や生態を明らかにするのが私の研究で、「ポケモン化石博物館」で展示したものを含めて、これまでに3つの新種を発見した。それらはいずれも「異常巻」と呼ばれる、少し変わった巻き方をしたものだ。

白亜紀後期に繁栄したさまざまな異常巻アンモナイトの化石(すべて三笠市立博物館所蔵標本)。下段右側3点は筆者が新種記載したもの
白亜紀後期に繁栄したさまざまな異常巻アンモナイトの化石(すべて三笠市立博物館所蔵標本)。下段右側3点は筆者が新種記載したもの

 20世紀前半までは、異常巻アンモナイトは進化の袋小路に入り込んだ存在、より直接的に表現するとしたら“進化の失敗作”と解釈されることがあった。しかし、その後の研究の進展により、一見不規則に見える巻き方にも一定の法則性があることや、これが病気や奇形ではないことが明らかになってきた。さらに、アンモナイトの絶滅において異常巻は特別な存在ではなく、天体衝突時まで、平面螺旋巻の、いわゆる“普通の”アンモナイトと共に生存していたことも分かってきた。

 過去の誤った解釈の背景にあったのが、進化を進歩と同一視するような直線的・目的論的・運命論的な進化観と、生物のあいだに優劣があるとする考え方だった。このような発想はやがて人間社会にも当てはめられ、「社会進化論」と呼ばれる思想へと展開した。そしてそれが歴史の中で、帝国主義的な植民地支配、さまざまな差別、戦争といった出来事を正当化する理論として利用されたことも事実である。

自分との違いをどのように理解するのか

 私たちの常識からは大きく外れて見える奇妙な姿をした古生物の化石を地層から掘り起こし、一つひとつの姿を記録し、生命史を明らかにすること、進化のメカニズムを明らかにすること。それは単に過去を復元する作業ではなく、世界をどう理解するのかということであり、すべての人が人らしく生きることとも遠くで地続きなのである。

 過去の生命現象の謎を解き明かすことの意義は、私たちの足元にあり、他者や世界と向き合うための心を育むことにあるのではないかと私は考えている。多様化が進む一方で分断も起こりがちな現代では、自分とは異なるものと対峙した時に、その違いをどのように理解するのか、どのような姿勢を示し、どのような言葉を選ぶのかが特に重要であるはずである。

 「ポケモン化石博物館」は、ファンタジーからサイエンスへ、そしてサイエンスからファンタジーへ、異文化に対する優しい目線を人々に育んでもらうことを願って生まれた展示会である。これから島国を飛び出して世界へ広がり、この展示を見た一人でも多くの人の心に、何かが芽生えてくれたらと思う。

相場大佑(あいば・だいすけ)

深田地質研究所 主査研究員

1989年東京都生まれ。横浜国立大学大学院環境情報学府博士課程修了、博士(学術)。三笠市立博物館 研究員・学芸員を経て、現在、深田地質研究所 主査研究員。専門は古生物学で、特に化石頭足類アンモナイトの進化や古生態を研究している。著書に『アンモナイト学入門:殻の形から読み解く進化と生態』(誠文堂新光社)、『僕とアンモナイトの1億年冒険記』(イースト・プレス)、ほか監修書・協力書多数。博物館学芸員時代に巡回展『ポケモン化石博物館』を発案し、総合監修を務めた。

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