レポート

ノーベル賞研究者らから学んだ情熱と伝え方

2015.08.17

山下慶太郎 / 東京工業大学大学院 修士課程1年

 独創的な研究者は、頭の中で沈思黙考するだけでなく、聴衆にも自分の成果を知ってもらいたいとの強い意欲にあふれていました。ジョークを交えて話すなど、アイデアやサービス精神の豊かな人が多いとも感じました。私もいつかはこんな魅力的な雰囲気(オーラ)のある人になりたいと思いました。

 スウェーデン第二の都市、ヨーテボリのチャルマース大学で、今年5月3日から5日間開かれた「ノーベルワークショップ」と「先端分子学シンポジウム」に参加して、世界のトップの研究者から滅多に体験できない貴重な刺激を受けました。その一端をご紹介します。

 この二つの催しは、元ノーベル賞委員会化学部門議長で、同大学のベングト・ノルデン教授がノーベル財団の支援で設立した先端分子学財団が開催したものです。私は、研究室の指導教授から勧められ、東京工業大生に与えられた招待枠を利用して参加しました。

 ワークショップとシンポジウムでは、主に生物学や材料科学、エネルギー、ナノテクノロジー分野に関するテーマが取り上げられました。講演者は、昨年青色発光ダイオード(LED)でノーベル物理学賞を受賞した米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の中村修二(なかむら しゅうじ)教授ら11人のノーベル賞学者と、40人の世界トップの科学者たちで、講演や観客参加型の公開討論会が行われました。

ワークショップの会場となったホール
写真1.ワークショップの会場となったホール

 講演は、「加齢の分子メカニズム」や「高分子の生化学的な動きの理解」、「単一分子分光」、「青色LEDの発明に関して」など非常に多岐にわたっていました。討論会も「生命科学の研究」の挑戦や重要性についてなど、さまざまなテーマがありました。

 会場は写真のようなホールで、連日200人近い観客でうずまりました。中でも高校生を対象にした9、10日の「先端分子シンポジウム」は近隣都市の学生たちでにぎわっていました。

 気軽に楽しめたのは、毎日午前と午後に1回ずつ開かれた30分程度のコーヒーブレイクです。軽食や飲料を片手に、高名な講演者らと気軽に話せるチャンスとあって、私も中村修二教授や、脳機能と情報科学の融合の研究で知られる大阪大学の柳田敏雄(やなぎだ としお)教授、ナノテクから生物物理、複雑系の科学まで広範な独創的研究で知られる米マサチューセッツ工科大学のジョージ・ホワイトサイズ教授らとお話させていただきました。

 講演会は「一般向け」と案内書にあったので、当初はさほど難しいことはあるまいと考えていたのですが、予想に反して多くの研究者は研究の成り立ちや業績を詳しく話し、どのような科学的発見であるのかを得意げに説明していました。私の専門は制御工学ですので、医学・生物学や化学系の先端内容を理解するにはいささか難儀しました。

ホワイトサイズ教授と記念撮影
写真2.ホワイトサイズ教授と記念撮影

 私はこのかた、小学生向けの理科実験教室運営ボランティアや、大学のコミュニケーション授業のティーチングアシスタントを務めてきました。関心を持っている「サイエンスコミュニケーション」の観点から、今回の講演を見つめ直すと、なかなか興味深い発見があったように思います。

 会場で聞いていた参加者の多くは研究者の卵か、科学に強い興味を持った人だったはずです。講演者もノーベル賞受賞者など一流の研究者です。ですから多くの参加者にとっては、またとない素晴らしい講演会になるはずです。しかし、みんながみんな興味深く聞き、理解していたかどうかとなるとはなはだ疑問ではなかったでしょうか。よく注意して会場を見わたすと、講演者によって聴衆の反応が明らかに違っていることに気づいたのです。

 それは質問をする人数などにくっきりと現れていました。例えばマイクの設置された演台から一歩も動くことなく、自分の研究内容について学会発表のように硬い表情を崩さずにしゃべっていた人には、会場の反応は少なく、一部の専門家らしい方の質問で終わっていたようです。

 これに対し身振り豊かに、ジョークや物語性を織り込むなど、興味を引くように工夫を凝らしながらも内容の豊かな講演者の話には、参加者の反応が明らかに違っていました。一つの質問が終えるとたくさんの手が上がり、バトンリレーのように次々と質問が出るなど、活発で広がりのある議論を生んでいたのです。

 例えば、米スタンフォード大学ウィリアム・モーナー教授(2014年、超高解像度蛍光顕微鏡の開発でノーベル化学賞受賞)は、「ここでいったん、みんなが私の話についてきているかどうかを確認しよう」といって、会場の反応を見るゆとりを示していました。さらに自分の研究の進展具合を登山に例えながら、ストーリー性を持たせて話すなど、参加者を引きつける工夫がありました。

 モーナー教授と同時受賞したドイツ・ゲッティンゲン大学のシュテファン・ヘル教授も、話の佳境に入るとゆっくりと間を置いて丁寧に説明するなど、講演の濃淡がはっきりしていてとても分かりやすかったのです。

 傑出していたのはマサチューセッツ工科大学のロバート・ランガー教授です。幼少期からずっと過度の緊張症をもっていたことから、発表のたびに大変苦労したと、笑いや冗談を交えて紹介し、参加者の関心を引いていました。そのうえ講演中に緊張からくる体の震える様子を、専門の分子の動きに例えて説明をしたのには驚かされました。こうした講演を聞いていると、参加者が強く啓発され影響を受けていることが手に取るように分かります。

 さらに公開討論会では、「研究に取り組む姿勢」とか「科学を研究する魅力」についての議論がありました。その中で、「異なる分野を(自分の専門に)混ぜ合わせるべきだ」との提案が出ました。ジョージ・ホワイトサイド教授は「(自分の性格は殻に閉じこもりがちだが)研究はできるだけ他人と話した方がいい」と、異分野への関心や異なる背景を持つ人との交わりを発展させることや、科学と社会をつなぐ運動の重要性を強調していました。

 「自分の情熱を追い続けなさい」、「重要なことは、まず行動を起こすことだ」などの励ましの表現もありました。科学研究には失敗がつきものですが、それを苦にせず根気よく追求してきた一流の研究者たちの情熱あふれる姿を強く感じさせられました。

 私は、科学技術と経済の融合領域の研究に関心を持ち、サイエンスコミュニケーション活動などにも参加してきました。この講演会に参加して研究に挑む基本的な精神や、物の見方・考え方、あるいは多様性の重視や、たくさん人々との意思疎通の大切さを教わって、有意義な5日間を過ごしました。

 修士課程を終えたあとさらに研究を続けるか、企業などに就職するかはまだ流動的ですが、どちらを選択するにしても、今回のノーベル賞学者たちの自信にあふれた貴重な一言一言が、私の背中を強く動かしてくれたことは間違いありません。

 最近は日本人学生が海外留学をしたがらないとか、国内に閉じこもりがちな人が多いと言われています。でもこうした機会が見つかれば、皆さんも積極的に参加してみてはいかがでしょうか。短くとも海外での貴重な経験が、きっと役に立つはずです。

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