レポート

米国の臨床教育に学ぶ -北海道大学病院がワークショップ-

2012.11.29

成田優美 / SciencePortal特派員

米ケース・ウェスタン・リザーブ大学(CWRU)医学部内科学ダニエル・ウォルポー 教授
米ケース・ウェスタン・リザーブ大学(CWRU)
医学部内科学
ダニエル・ウォルポー 教授

 「自立した専門医を育むオール北海道プラス1」というプログラムが2008年、文部科学省「大学病院連携型高度医療人養成推進事業」に採択された。その一翼を担う北海道大学病院卒後臨床研修センターが今年10月31日、米国ケース・ウェスタン・リザーブ大学(CWRU)医学部内科学のダニエル・ウォルポー(Daniel R. Wolpaw)教授を招き、同大学医学部でワークショップを行った。

 タイトルは「Seeing Eye to Eye:Conversations and Learning at the Bedside(患者と向き合う:ベッドサイドでの会話と学び)」。医学部6年生を中心に、看護や医療の関係者など40人近くが参加した。同センターの宮田靖志・ 副センター長が開会の挨拶を述べ、同大学医学教育推進センターの大滝純司教授が、ウォルポー教授の略歴や開催趣旨などを説明した。

大滝教授によるウォルポー教授の紹介

 ウォルポー教授は、医学の道を志す前にマサチューセッツ州のアマーストカレッジを卒業した。北大の「クラーク博士」の後輩にあたる。CWRUは五大湖近くのオハイオ州クリーブランドにある研究大学の1つで、ノーベル賞受賞者を多数輩出している。教授は、2004年に大規模な「医学部臨床カリキュラム改革」の責任者を務めた。家庭医の専門資格も持つが、現在は総合内科と救急科でフルタイムで診療し、卒業前の臨床教育全体のディレクターでもある。また、ハーバード大学で教員のトレーニングに当たるなど、エネルギッシュな方だ。

 研究としては、「SNAPPS」※1という症例検討モデルで知られる。これは「所見などを端的にまとめ、最終的に、症例から学習テーマを自発的に選択できる研修医」を目指すものだ。CWRUの教育担当の副学長である夫人と共に開発したモデルで、私は日本における効果を共同研究させていただいている。

 2011年11月、世界的に有名な総合医学誌『The New England Journal of Medicine(NEJM)』の「perspective(概観・見地)」欄に、教授の論説が掲載された。そのタイトル「Seeing Eye to Eye」を、今回のワークショップでも使った。原題は「the Talking Stool (話す椅子)」だったそうで、実際、「回診のときに折りたたみ式の椅子を持ち、患者のベッドサイドに座って話をする」ことが書かれている。「患者とのコミュニケーション」というテーマは、普遍的であり奥が深い。今日は、インタラクティブ(双方向)な意見交換を体験してもらいたい。

※1. SNAPPS:学習者主体で取り組む6ステップ。Summarize(病歴などを端的にまとめる)、Narrow(疾患の可能性を絞る)、Analyze(比較・検討・区分する)、Probe(不確かな点などを尋ね・調べる)、Plan(患者のマネジメントプラン)、Select(自習テーマの選択)。

ワークショップ「患者と向き合う:ベッドサイドでの会話と学び」

 ウォルポー教授はパワーポイント(一部日本語訳)で要点を示しながら、ゆっくりと語り始めた。大滝教授が時々解説を入れた。

立って聞く、座って聞く

 《エクササイズ1》これまで学習者あるいは教師として経験したなかで、“最も気恥ずかしかったとき”の状況を1-2分間思い浮かべる。隣同士で2人組みになる。1人が立ち上がり、座っている人からその状況の話を聞く。役割を交代して繰り返す。

 終わってから教授は、「立っている相手を見上げて、言いにくい話をするのはどんな感じがしたか」と問いかけた。さらに教授は、重篤な病を何とか持ちこたえていた男性が、自分に挨拶をしなかった研修医に水鉄砲をかけたという出来事を紹介して、「なぜ腰を下ろして患者と接する必要があるのか」について考察を促した。「話す椅子」の命名は、ネイティブ・アメリカン(インディアン)の風習の「The Talking Stick(話すスティック)」にちなむという。話をする順番にスティックをリレーするもので、話者に敬意と傾聴を示す優れたツールだと、私には思えた。

 そしてスツール(肘掛けと背もたれのない椅子)は「座る」という機能にとどまらない作用を持っていることが、ワークショップの進行につれて明らかになった。患者の反応について、会場から質問があった。教授は「感謝された。米国の平均入院期間は平均4日くらいだが、いつも喜んで受け入れてくれた。医学生も慣れてくると、進んで使うようになった」と答えた。

参加者がペアとなり取り組んだエクササイズの様子
参加者がペアとなり取り組んだエクササイズの様子

ステレオタイプがもたらす落とし穴

 《エクササイズ2》自分が貧しいアフリカの国に医療使節として派遣され、現地の家庭に滞在すると仮定する。どんな経験をするか、彼らの生活を思い描き、1-2分間隣の人と話し合う。そのイメージを言葉にする。それをウォルポー教授が英語で黒板に書き取る。

 主なイメージとして「子沢山、親しみやすさ、汚染、不健康、栄養不良、衛生状態の悪さ、仕事や食べ物など、日常生活に問題が多いこと」が挙げられた。ウォルポー教授は「アフリカに対する見方はいつも固定していて、“1つのストーリー”しか生まれない」と話し、ナイジェリアの若い女性作家、チママンダ・アディーチェ氏の「TED Talks」を紹介した。

 「The danger of a single story: 1つの物語の危険」と題したビデオが、ところどころ映された。中流階級出身のアディーチェ氏は、留学先の米国で、アフリカへの決まりきった先入観に何度も遭遇し、困惑したという。ウイットをまじえて原因を分析し、「固定観念は、人間を対等に見ることを難しくする。人間の尊厳を奪う」と訴えている。

 ウォルポー教授は「医療においても同様に、いかにして患者に対する“1つの物語”から脱却するかが重要だ。バイアスがかかると、診察・診断に至る“clinical reasoning(臨床推論)”において間違いが起きる。患者との不十分な人間関係は、アドヒアランス(adherence)※2が弱まり、治療成果の低下を招く。患者と目と目を向けてスツールに座るとき、その患者について何を知らないのか、なぜ知らないのか。それらを考えることは、人間への洞察力を養う源泉につながる」と、参加者たちを諭(さと)すように解説した。

※2. アドヒアランス:患者自身が、積極的に治療内容や治療方針の決定に関わり、治療に取組むこと。

医療における文学の効用、多様な人生に触れること

 続いて、あるホームレスの患者が、画家ピカソの初期の頃の「青の時代」について、突然話し出した逸話を語った。患者の意外な「アナザーストーリー」の現れで、そういう教養あることを知って驚いたそうだ。また、『NEJM』の文学の効用を論じた一節や、20世紀の米国の詩人にして小児科・産婦人科医の言葉、パレスチナ系の詩人の作品を朗読し、参加者がいままでに読んだ文学や詩の中で参考になったところを、隣同士で打ち明けるように求めた。

 さらにウォルポー教授は、客員教授として9年前に滞在した東京大学医学教育国際協力研究センターの加我君孝センター長(当時)の医療活動を紹介した。加我教授は耳鼻咽喉科を兼務していて、がん患者の辛い状況に心を痛め、末期がんの方々を中心に短歌を作るように勧めて出版した。その頃、大滝教授も同センターに勤務しており、ウォルポー教授と親交を結んだ。大滝教授は「その作品集からは、患者の多様な面を教えられる。ウォルポー教授は、患者がいろいろな想いを抱えていることを知る手がかりの例として、今回紹介されたと思う」と話した。

 最後に、P.ブリューゲルの絵画「イカロスの墜落のある風景」と、この絵に着想を得たW・H・オーデンの詩「美術館」の末節が表示され、参加者たちはその寓意的な情景に見入った。大滝教授は、これらのモチーフであるギリシア神話を説明して、「大変なことが起きていることに、周りの人は気がつかない。医療現場にも通じるいろいろなことを象徴的している。今回のトピックス“一つの話(一面的な見方)を超えていくこと”に関係しているので、例示されたと思う」とウォルポー教授の解説を補足した。

ウォルポー教授との質疑応答

Q: 眼の手術を受けた高齢の患者に対して、話し方や何か工夫は?
A. 基本的に他の患者と同じように接する。ただ、患者の話を真摯(しんし)に聞こうとするドクターの姿勢は、目に見えなくても相手に気持が伝わるのではないか。病状のことだけでなく、天気や、ほんのちょっと違ったことを2、30秒だけでも話すのも良いだろう。
Q. お年寄りで話しが止まらなくて長引いたとき、失礼じゃない対応の仕方は?
A. 話したがるのは睡眠時間や、家族関係にもよるだろう。その患者と良い関係があれば、「すまないが、他の患者さんが待っている」とか言うことで、ストップしやすい。※参加者からは「経験上、逆にドクターが患者に質問することで、止めるきっかけが生まれるのではないか」との発言も。
Q. 対応の難しい、厄介な患者や家族について
A. 英語にも「difficult patient」という概念がある。患者の多くが不安やいろいろな背景を抱えている。それを斟酌(しんしゃく)しながら繰り返し接するうちに、いつもとは限らないが、ふっと状況や原因が分かるようになって解決することも結構ある。

 ほかにも、さまざまな質問が寄せられ、結びに米国の医学教育の一端が語られた。「履修課程に書かれていないが、“Hidden Curriculum(隠れたカリキュラム)”と呼ぶ、自動的に身につけていくものがある。例えば“目と目を合わせて話す”という場を作ることが、患者との新しい関係を見いだすチャンスになる。しかし臨床現場では習ったようには行かず、とにかく非常に忙しく動き回る。1つのことをしていて、先ほどのイカルスの場面のように、周囲のことに何も気がつかない状況が起こりうる。やはり大事なのは、コミュニケーションを意識することだ」。

ダニエル・ウォルポー 教授

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