レポート

寄り添い合う科学と伝統—沖縄科学技術大学院大学の一分子生物学者が沖縄の「やちむん」の陶工たちと協働する

2019.06.05

西岡真由美 / ノンフィクションライター

 伝統と匠の技術が、数値やデータに置き換わる。それは無味乾燥なものなのだろうか。

 「そうかこれは命なんだな……」
沖縄県伝統の焼き物、「やちむん」の陶工、松田米司さんが、愛おしそうにそう呟いた。
その手の中にあるのは、色見壷と呼ばれる小さな焼き物だ。ころんと丸く、手のひらにちょうど収まる色見壷。人が目の前の物を自分の「命」と表す瞬間と、はじめて出会った。

4人の親方が共同で運営する「北窯」で焼かれた色見壷
4人の親方が共同で運営する「北窯」で焼かれた色見壷

 この松田さんをはじめとするやちむんの陶工たちと二人三脚で、伝統の技を科学的に分析し、その成果を伝えることに情熱を傾ける研究者がいる。

 伝統と科学、相対するようなもの同士の協働が、どのように生まれ、何を伝えようとしているのか。その活動と、そこに込められた想いを追った。

色見壷の役割

 青、緑、赤、黄。やちむんには色鮮やかな彩色が施される。唐草や野花などの植物、魚やエビなどの海の生き物が、素早いフリーハンドで描きつけられる様は、いつ見ても飽きることがない。

 彩色に使う釉薬(ゆうやく)は、ガラス質の光沢膜となる成分と、色味となる金属からできていて、窯で焼くこと(窯焚き)で初めて発色する。

窯から取り出した完成したばかりの器(やちむん)たち。松田さんのやちむんは、素朴で落ち着いた色合いのものが多いが、鮮やかな藍や朱色の映えるダイナミックな図柄が特徴の作り手もいる。親方たちの人柄や個性が表れる
窯から取り出した完成したばかりの器(やちむん)たち。松田さんのやちむんは、素朴で落ち着いた色合いのものが多いが、鮮やかな藍や朱色の映えるダイナミックな図柄が特徴の作り手もいる。親方たちの人柄や個性が表れる

 絵付けの段階では、灰白色や土色に見える数種の釉薬を使い、出来上がりをイメージしながら「色」を重ねていく。色は、焼き加減によって大きく変化し、イメージ通りの発色を得る加減を見極める作業が、窯焚きの中で必要となる。

 「色見壷」は、焼きながら釉薬の発色を確認するテストピース(供試体)の役割を果たす。ひとつの色見壷には、複数の釉薬が一筆ずつ塗り付けられていて、それぞれの釉薬がイメージ通りの発色を示す火加減をさぐっていく。三日三晩続く窯焚きの中で、特に緊張感の高まる見極めのときだ。

 約4か月間、登り窯(のぼりがま)がいっぱいになるまで作り続けた器が、思い通りに仕上がるか否か、運命づけるその時々、陶工の手元には「色見壷」がある。これが松田さんの命なのだ。

伝統職人と科学者の出逢い

 沖縄県恩納村には、外観もコンセプトもユニークな沖縄科学技術大学院大学(OIST)がある。東シナ海を臨む2011年創立の新しいキャンパスには、世界各国から教員、研究員と大学院生が集い、公用語として英語が飛び交う。分野の壁を越えた交流や共同研究が推奨され、どのオフィスやラボもモダンで開放的なつくりとなっているのが目を引く。

 その校内に、やちむんがずらりと並ぶ不思議な空間がつくられた。

 仕掛人は、所属研究員の佐二木健一さんだ。やちむんづくりのさまざまな工程を科学的に解析し、これまで人の手から手へ、言葉や五感を通して伝えられてきた「伝統の技」に、科学的な解釈を試みた。

 やちむんに使われる土の成分は? 釉薬の成分と焼き付け温度の関係は? キャンパス内の最新機器を用いて解析を行った。その成果が「北窯×OIST〜伝統と科学〜」と称し、やちむんと、解析結果のパネルが並ぶ展覧会として実を結んだのだ。

「北窯×OIST〜伝統と科学〜」の展示。メイン会場のみならず、キャンパスのいたる所に作品が展示された
「北窯×OIST〜伝統と科学〜」の展示。メイン会場のみならず、キャンパスのいたる所に作品が展示された

 実は佐二木さん、専門は文化人類学でも材料工学でもない。分子生物学の研究に携わる研究者だ。細胞周期の制御についての研究を行っている。

 「細胞再増殖の必須遺伝子発見」という見出しが地元新聞を飾ったのは昨年の夏。この仕事を成し遂げたのも、染色体一筋で50年以上研究を続けてきた、柳田充弘教授率いる研究ユニットの佐二木さんのグループだった。

 生物の体をつくる細胞は、分裂と増殖を繰り返す性質を持つが、その周期から外れた休止状態をG0期(休止期)と言う。そして人間の体細胞の9割以上は、この状態を維持している。細胞がG0期に入らず、分裂と増殖を繰り返し続けたら、私たちは同じ姿、安定した状態を維持することができなくなる。活動と休止のバランスをとることはとても重要なことなのだ。

 佐二木さんの所属する研究ユニットでは、このG0期の細胞の性質と、遺伝子の関係を明らかにすることを研究テーマとしている。そして、一度G0期に入っても、しかるべき時に再び細胞が増殖する能力(増殖能)を維持するために働く85の遺伝子群を発見した。GZE遺伝子群と名付けられたそれらの発見が、ニュースとなったのだ。

 生物とやちむん、科学と伝統。相反するような研究対象、そしてなぜ科学者が? と不思議に思った。この疑問に、佐二木さんはこう答えた。

 「科学技術を、どうやって使わないといけないか、やちむんづくりから教わりました。研究は、新しいものを取り入れ続けないと置いていかれる世界。いろいろなものが早く進み過ぎる中で、たどり着く場所が分からないと感じるときがあるんです」

 そんな時に出会ったのが、やちむんと松田さんだった。

 毎週土曜日、佐二木さんが工房を訪れるようになる。そのうちに、見よう見まねで器を作り始めた。陶芸教室は行っていない。ふらりと立ち寄る観光客も笑顔で迎え、時にお茶まで振る舞う松田さんだが、素人が作るとなるとそうはいかない。週に一度だけという弟子は取らないし、趣味の作品を、同じ窯で焼くこともしない。

 そんな松田さんの工房に、いつしか佐二木さんの居場所ができるようになった。出会った時、二人は年の離れた友人のようにも見えたことを覚えている。

 佐二木さんは作るだけでなく、囲炉裏を囲んだり、野外にスクリーンを下ろしたりしながら、工房の職人たちと科学を語ることも始めた。それは、やちむんへの考えを、科学者なりに伝える術でもあった。

 「科学は神様の世界の話だと思っていたから、自分たちの仕事を、科学者はどういう見方をするのか、興味があったんです」

 やちむんの材料となる土。土の起源は、宇宙の誕生までさかのぼる。地球上の土も鉱物もみな、46億年前のビックバンとともに誕生、放出された。

 「やちむんは、宇宙の歴史を再構成し、新たなものを生み出す科学的な営みに他ならない」

 そんな佐二木さんの話に、松田さんはあっけに取られた。そして同時に、ある想いがよぎった。

 「伝統は素晴らしいもの、それはよく知っている。でも、理屈で考えるとどうなのか……沖縄の焼き物のすごさ、自分たちの窯の果たす役割、それはこれからどうあるべきか、科学が道を示してくれるのではないか」

 伝統をつなぐ人にも迷いがある。ただ続けるだけに留まらないものが。科学者との出会いで、松田さんの中にくすぶるものが顕在化したのだろう。

 やちむんを科学的に解釈するとどうなのか? それは続けるに値するものなのか? そんな想いが重なり合い、「やちむんを科学する」というユニークな協働が始まった。

科学で解き明かされたこと

 佐二木さんは、調査研究員のアニャ・ダニさんの協力を得て、やちむんの分析を開始した。ダニさんは、沖縄の陶器や楽器、漆、木工品など、文化財の保存と修復に関する研究を行っている。この試みには、欠かせない存在だ。

調査研究員のアニャ・ダニさん。持ち運び可能な蛍光X線分析装置を用いて、焼き物の元素組成の解析をしているところ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)
調査研究員のアニャ・ダニさん。持ち運び可能な蛍光X線分析装置を用いて、焼き物の元素組成の解析をしているところ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)

 陶土は何でできているか、まずは材料となる土の成分を分析した。

 やちむんの陶土は、6つの沖縄県産の土を混合して作られる。つまり前兼久(めがにく)、谷茶(たんちゃ)、為又(びいまた)、石川(いしかわ)、屋嘉(やか・赤と白の二種)を7:6:3:2:1:1の比率で混ぜ合わせたものを標準土としている。

 この配合が、成形しやすい粘りと高い耐火性を実現する。さらに成形した器に流しかける化粧土との相性のよさや、やちむん独特の風合いを生み出す土台となる。

 伝統的に用いられてきた陶土のこれらの特徴と、その構成成分の間には、どのような関係があるのだろうか。

 6つの土の主要成分は、ケイ素、カリウム、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、チタン、そして鉄で、土によってその配合率に違いがある。

 標準土に最も多く使われる「前兼久」は、6つの土のうちケイ素を最も多く含んでいることが分析により明らかとなった。ケイ素は耐火度を上げる元となる成分で、窯焚きに欠かせない性質を生み出す。だが同時に、前兼久には粘りが少なく、割れを生じやすい特徴も見られた。

 次に多く配合される「谷茶」は、赤い色味の元となる鉄を最も多く含んでいた他、粘りが高く、割れが生じにくい。前兼久の短所を補う性質を持つと言える。

 「為又」は、6つの土の中間的な構成成分であり、「石川」は、カリウムとアルミニウムを他の土より多く含んでいた。アルミニウムは白い色味の元となり、成形した陶土の表面に流し掛ける化粧土(白土)との相性がよい。カリウムは耐火度を下げる元となるが、石川には粘りが高く、割れを生じにくいといった欠かせない特徴もある。理想の陶土に一役をかっていると考えられた。

 それぞれの特徴が絶妙に補い合い、成形にも焼きにも適した陶土となっていることが説明できそうだ。

6つの土の分析データ(一部)(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)
6つの土の分析データ(一部)(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)

 続いてやちむんを特徴づける「色」。彩を生み出す釉薬と、焼き加減の関係についてはどうだろうか。

 松田さんの使う窯は、松田さんをはじめとする4人の親方たちが共同で運営する13連房の登り窯で、県内最大の規模を誇る。かまぼこ状の房が13、傾斜に沿って並んでおり、最下段の焚口から火を入れる。

13連房の登り窯。三日三晩続く窯焚きで使われる薪が積んである。いよいよ火入れが始まる。
13連房の登り窯。三日三晩続く窯焚きで使われる薪が積んである。いよいよ火入れが始まる。

 炎は房を充満し、次の房へと登り、伝えられていく。炎の強さや回り方は、生き物であるかのように、周囲の環境に大きく左右され、変化する。それぞれの房には薪の投入口が設けられ、房ごとに温度調整される。

窯焚きの初日、最前線の焚口に火が入ったところ。火加減を調整するお弟子さんの後ろでは、親方たちが炎に鋭い視線を送る。
窯焚きの初日、最前線の焚口に火が入ったところ。火加減を調整するお弟子さんの後ろでは、親方たちが炎に鋭い視線を送る。

 焼成の途中、房の天井近くにある色見口から、わずかにもれる炎の高さや揺れ方から、内部の温度を見極めるという熟練の技が、ここでも発揮される。

房内の棚。窯焚きの日には、焼成を待つ器で埋め尽くされる。
房内の棚。窯焚きの日には、焼成を待つ器で埋め尽くされる。

 器は窯の中に入れて焼きさえすればよいというわけではない。房内に設置された棚と器の位置関係によっても、釉薬の発色が異なってくる。

 深い藍色に発色する「コバルト釉」を使った器は手前に、パステル調の明るい緑に発色する「緑釉」は中央に、深緑に発色する「呉須釉」を使った器は置き場所を選ばない。陶工たちは、この伝統的な配置を踏襲しながら、イメージに近い色彩を得る。

 佐二木さんらは、この位置関係と焼成温度についても詳しく分析を行った。棚の手前から奥まで、各釉薬のテストピースを配置。さらに温度の測定チップを房内各所に設置してこの関係を探ることにした。

釉薬のテストピースと温度測定チップ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)
釉薬のテストピースと温度測定チップ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)

 測定チップの融解度(チップの直径)から換算した房内の温度は、棚の前方が1360度に達するのに対し、器がぎっしり詰まった棚奥は1250度までしか上がらない。実に100度以上の差が生じることが分かった。そしてこの差が、テストピースの発色にも大きく影響していた。

 コバルト釉は、窯内の高温域では鮮やかな青い発色をするが、徐々に温度が下がるにつれ、黒い溶け残りが増し、鮮やかさを失う。緑釉もそれに近い結果となり、より高温域での発色が良いことが分かった。呉須釉は、どの温度域でも概ね同じ発色を得る。

 釉薬の発色の違いは、房の構造や配置環境によって生じる約100度の温度差によって生み出されていた。

九割の過去と一割の未来を形作ること

 この分析結果は何を示すのだろうか。

 陶工だけが熟知する技と、そこから生み出されるもの。伝統と呼ばれる、その歳月と歴史に潜む言葉にならないものに、私たちはどこか惹かれているのではないだろうか。

 「伝えられてきた技を、科学的に分析してしまったら、機械的に作り出せるものになるのでは?」

 この取り組みの本質に、疑問を持って松田さんに尋ねてみた。

 「解析結果は過去のものなんですよ。ぼくたちのつくっているのは、九割が経験だから過去のもの。あと一割は新しい何か、もっと良いものをつくるにはどうしたら良いかを考えてつくるんです」

 松田さんの言葉の中にうかがえた「迷い」のようなものを思い起こした。

 この取り組みは、経験知が理にかなっていることを科学的に記述したに過ぎないかもしれない。しかし、無形の智の姿を浮き彫りにし、その仕組みと成り立ちの一端を、私たちの前に示すものとなった。そして何より、人から人へ、自らの経験と感覚を信じて受け継いできた技が、確かなものであるという手応えは、陶工たちの営みを力強く肯定するものとなった。

 伝統は古いものではなく、常に新陳代謝をして変わりゆく。九割の過去の軌跡に、一割の試行錯誤やひらめきを重ねて、「やちむん」を完成させるのは人であり、未来の担い手なのだ。そしてそれは、常に未来へと続いていく。

 松田さんの掴んだひとつの答えと、誇りが伝わってきた。

佐二木さんが、松田米司親方と松田共司親方に釉薬サンプルの画像を見せているところ。画像は走査型電子顕微鏡を用いリアルタイムで撮影されたもので、釉薬の成分の同定に役立つ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)
佐二木さんが、松田米司親方と松田共司親方に釉薬サンプルの画像を見せているところ。画像は走査型電子顕微鏡を用いリアルタイムで撮影されたもので、釉薬の成分の同定に役立つ(画像提供/沖縄科学技術大学院大学)

 佐二木さんは、ある講演会でこう話している。

 「窯から出たばかりの、光り輝く美しさは、人間一人の力ではどうこうできるものではない、人間の生活の歴史の、圧倒的な力を感じます。その美しさに出会えたことに感謝し、その美しさを次の世代にも見せてあげなければいけないという責任を強く感じます。(中略)こうした経験から、私は、科学技術は人の営みを省くためではなく、人の営みを守り支える存在であるべきだと教わりました。

 伝統工芸の現場にある、ゆとりや寛容の精神は、大切に時間をかけなければ生まれてこないものであり、私には、それこそが、パワフルになっていく科学技術を使いこなすために必須な人間性のように思えます」

 佐二木さんは最先端の科学技術を用い、研究を続けている。同時に、時間と人々の手が育んできた営みを守り続けるために、科学技術を使いたいと奮闘している。

陶工と研究者らのユニークな協働を通して、人から人へと大切に伝えられてきた技、そして心と、科学の新しい在り方を見た気がする。進み続ける科学は、伝統に寄りそう術をも持っている。それどころか伝統は、科学社会に必要な人の在り方を示してくれる、ひとつの存在なのかもしれない。そう期待しつつ、今後の活動からも目が離せない。

佐二木 健一 氏

佐二木 健一 氏プロフィール
沖縄科学技術大学院大学 G0細胞ユニット 研究員。1974年生まれ。米国ウィスコンシン大学で、遺伝学を専攻後、科学捜査を志し、千葉県警察に勤務。より専門性を高めるため、奈良先端科学技術大学院大学で山中伸弥教授、別所康全教授、柳田充弘教授に師事。その後、現職。細胞周期の制御についての研究を行う傍ら、沖縄伝統の焼き物「やちむん」の解析を通じた、伝統技術の持続可能性を模索する活動にも精力的に取り組んでいる。

松田 米司 氏

松田 米司 氏プロフィール
1954年、沖縄県読谷村生まれ。那覇市 石嶺窯にて修行を積んだのち、1992年に双子の兄弟である松田共司、宮城正享、與那原正守とともに読谷村字座喜味に読谷山焼北窯を開窯。土地開発などの影響から不足している陶土の確保のため、沖縄伝統の陶土に近い性質を持つ土を求め、海外調査に出かけるなど、伝統を未来につなぐため精力的に活動している。
(c)ART TRUE FILM 「あめつちの日々」

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