レポート

人材育成・活用で危機意識明確に 知識集約型社会目指す産学共催シンポジウム

2019.03.20

小岩井忠道 / 科学技術振興機構「客観日本」編集部

 日本の発展は知識集約型社会を構築できるか否かにかかっているとみる学界と産業界の代表者が3月7日開かれたシンポジウムで活発な議論を展開した。高度人材、社会で活躍できる人材をいかに育てるか、についてそれぞれ明確な主張を持つ講演者、パネリストたちからは現在の日本の状況に対する厳しい認識が一様に示された。また、有効な処方箋(せん)を示すことの困難さも会場の参加者たちに強く印象づける会合となった。

3月7日に開かれたシンポジウム「Society5.0に向けた産学共創のありかた」の様子(東京都千代田区大手町の経団連会館で)
3月7日に開かれたシンポジウム「Society5.0に向けた産学共創のありかた」の様子(東京都千代田区大手町の経団連会館で)

 都内で開かれた「Society5.0に向けた産学共創のありかた」と題するシンポジウムは、日本学術会議と日本経済団体連合会(経団連)が共催した。昨年2月以来、9回の会合を重ねている「日本学術会議科学と社会委員会政府・産業界連携分科会」(以下「分科会」という。)の議論を踏まえ、分科会委員の大半が講演者あるいはパネリストとして顔をそろえた。

 日本では産学連携が叫ばれて久しい。学界と産業界の代表者が意見を交わすシンポジウムも珍しくないが、なかなかかみ合った議論、あるいは白熱した議論が展開することはあまりなかったと言える。今回のシンポジウムは、日本学術会議と経団連が共催したという点でも斬新な試みだった。

 学界側から分科会の委員長でもある山極壽一・日本学術会議会長(京都大学総長)をはじめ、岡正朗・山口大学学長、田中優子・法政大学総長、小林傳司・大阪大学理事・副学長、渡辺美代子・日本学術会議副会長(科学技術振興機構副理事)が講演者、あるいはパネル討論のファシリテーター、パネリストとして参加した。

 一方、産業界からは分科会の副委員長でもある小林いずみ・経済同友会副代表幹事・ANAホールディングス社外取締役がパネリストとして、さらに分科会委員でもある五十嵐仁一・経団連未来産業・技術委員会産学官連携推進部会長・JXTGエネルギー株式会社取締役常務執行役員が講演者・パネリストとして参加した。

「選択と集中」政策のひずみ

 五十嵐仁一氏の講演で注目されたのは、これまで日本の科学技術政策で重視されていた「選択と集中」と呼ばれる研究開発方針の見直しを迫ったこと。「選択と集中」とは、国の研究開発資金が限られる中で特定の研究に対する「競争的研究資金」を増やす政策がとられたことを指す。これによって、国立大学においては、学内の研究者に満遍なく支給される「基盤的研究資金」が減少するという事態がもたらされた。「基盤的研究資金」とは、文部科学省から各国立大学に支給される運営費交付金と授業料を合わせた収入から教育経費を引き、そこから大学の教員に配分される研究費。運営費交付金が「選択と集中」政策によって年々減らされた結果、「基盤的研究資金」にそのしわ寄せが来た。

 こうした「選択と集中」政策に対しては、既に数年前から「競争的研究資金を増やしても論文数の増加にはつながっていない。それが大学ランキングで日本の大学の順位低下にも影響している」という指摘が大学人から出ていた。

 確かにOECD(経済協力開発機構)の報告書でも「産業界の研究費総額のうち大学への拠出割合」と「大学の財源に占める産業界からの拠出割合」がともに欧米先進国ばかりか中国、韓国に比べても劣るというグラフが示されている。英国の教育誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション」の世界大学ランキングでも、2015年までは日本で最上位の東京大学がアジアでも最も順位が高かった。しかし、2016年にはシンガポール大学と北京大学に抜かれ、2017年には清華大学にも抜かれ、最新の2019年のランキングでもこれら3大学に香港大学を加えた4大学より下位に位置している。

「戦略と創発」への政策転換を

 五十嵐氏は、こうしたデータを紹介し、企業のパートナーとして「知の源泉たる大学」に大きな期待をかけていることを強調した。さらに「選択と集中」に基づいた政策では、資金が投入されるのは既に競争が激化している分野になることが多いとして、「戦略と創発」への政策転換が必要だと提言した。これは昨年11月に経団連が公表した提言「Society5.0—ともに創造する未来」に盛り込まれている主張だ。「破壊的なイノベーション」は「選択と集中」から外れた想定外の分野から起きる。「戦略と創発」を重視する政策によって、課題や短期目標を設定せず、多様性と連動性により想定外の研究の創発が期待できる、という考えに基づく。

小林いずみ経済同友会副代表幹事・ANAホールディングス社外取締役
小林いずみ経済同友会副代表幹事・ANAホールディングス社外取締役

 産業界からのもう1人の発言者である小林いずみ氏が強調したのは、産と学の人の交流を抜本的に見直す必要。例えば、企業の中ですぐ事業化には規模が小さすぎるといったものでも大学と一緒にやることで新しいビジネスになり得ることはある。ところが、大学のどこに連携の相手がいるかを探すチャンネルが少ない。逆に大学の研究者も企業と同様の問題を抱える。企業の人間が大学で何年間か一緒に研究をする、逆に大学から企業に来て一緒に事業にかかわるといったオープンな人の交流が必要とされている。このような問題点を列挙した上で、小林氏は「産と学が全くイーブンな立場で産学連携しないと、モノカルチャーの日本が海外で競争していくのは難しい」と断じた。

 「選択と集中」政策によって基盤的研究費減少の影響がより深刻とされている地方大学を代表して、岡正朗・山口大学学長が、地方大学の特色を生かし自治体、産業界と連携したさまざまな取り組みを報告した。岡氏は、人材育成の重要性を指摘する中で、「学生を大学だけで教えられる時代ではない。企業と一緒になって教育することが大事」と、特に企業が実施するインターンシップの充実を訴えた。

 また、私立大学を代表して田中優子・法政大学総長が講演した。田中氏は私立大学連盟常務理事・総合政策センター政策研究部門会議部門長として2018年4月に「提言『未来を先導する私立大学の将来像』について」をまとめている。この提言にも盛り込まれた「大学院修了者の積極的な雇用」と「大学や大学院における成績を重視した採用活動」を産業界に強く求めた。

 「選択と集中」から「戦略と創発」への転換とともに経団連提言「Society5.0—ともに創造する未来」の中に盛り込まれている中に「出島戦略」という提言がある。これを五十嵐氏は大企業が採り入れるべき新しい戦略として紹介した。新規事業を創出するために会社本体と意思決定や評価制度を切り離し、物理的にも距離異質な組織を「出島」のように立ち上げる方策が有効としている。本体が「出島」に提供するのは、権限、人材、資金、技術と株式。「出島」側は、本体から切り離された異質な組織となることで、イノベーションを起こしやすくなるというわけだ。

 江戸時代の社会、文化が専門の田中氏は、この「出島」戦略を、むしろ江戸時代には広く行われていた効果的なやり方だと評価した。田中氏が例として挙げた一つは、日本最初の西洋医学書の翻訳書「解体新書」。原本を買ったのは一つの藩だが、翻訳作業をしたのは異なる藩から集まった人たちでどこかの組織に属していたわけではない。江戸時代には「連」、その後、「結社」と呼ばれたような小さな集団が、活発な議論をし、新しい日本をつくり上げるのに大きな役割を果たした。同じように組織の外に出た人に投資する「出島戦略」は、日本に合っている。今からでもできる…と田中氏は「出島戦略」に対する大きな期待を示した。

山極壽一日本学術会議会長・京都大学総長(右)、田中優子法政大学総長(左)
山極壽一日本学術会議会長・京都大学総長(右)、田中優子法政大学総長(左)

文部科学行政に注文も

 シンポジウムでの議論を通して明らかになったことは、新しい産業を興すには若者に期待すること。産学連携は人の交流が大事だが、双方向でなければならない。ダイバーシティを重視する、といったことだった。同時に、大学改革や科学技術政策に対する文部科学行政が果たしてきた役割に対する厳しい指摘や注文が少なくなかったのが目立った。

 小林傳司・大阪大学理事・副学長は、大学の厳しい現状を次のように報告した。「大学入試に関する国内の議論は、イノベーティブな人材を生み出そうという狙いと矛盾している。さらに40歳前後から下の世代の大学教員は、『選択と集中』政策の下での大学改革に追われている大学しか知らない。自由に研究ができたような大学を知っているのは、われわれ年配の教員だけ。教養課程をきちんと教えられる教員もいなくなりつつある」

 田中氏も、「大学教員の忙しさは文部科学省からもたらされるものが多い。研究者は書類を書くより研究をしたいが、研究費だけでなくいろいろな認可をもらうために大量の書類を書かされる。こうした状況を変えるには、産業界から圧力をかけてもらうのが効果的かもしれない」と、大学現場の悩みを明かした。

 山極氏は、「国立大学の法人化によって、大学院の運営がうまくいかなくなった。『選択と集中』も全く機能していない。イノベーションもユニコーン企業も生まれていない」と厳しい現状認識を示した上で、今後の大学が進むべき方向を次のように提示した。

「新しい時代が来たと考え、世界の舞台で活躍できる人材を育てる必要がある。それには高等教育、とりわけ大学院がどう力を発揮できるかが課題だ」

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