レポート

「第11回 みどりの学術賞」 受賞記念講演会

2017.07.28

楠見春美 / サイエンスポータル編集部

 梅雨の間の日差しを受けて、街路樹の緑が一段と深みを増したかに見える7月2日、日本科学未来館で、「みどりの学術賞 受賞記念講演会」が行われた。みどりの学術賞は、「みどりの日」(5月4日)にちなみ、2006(平成18)年の閣議決定で創設された。国内において、植物、森林、緑地、造園、自然保護等に係る研究や技術開発などの「みどり」に関する学術上の顕著な功績のあった個人に対して、毎年4月に天皇皇后両陛下の御臨席のもと行われる「みどりの式典」において内閣総理大臣より授与されている。11回目にあたる今年は、丸田頼一(まるた よりかず)千葉大学名誉教授に「都市緑地計画学の理論構築とヒートアイランド現象の緩和に関する政策反映」の功績によって、また、沈 建仁(しん けんじん)岡山大学異分野基礎科学研究所教授に「光合成の酸素発生機構の原子レベルでの解明」の功績によって、授与された。記念講演会では、この学術賞について理解を深めるため内閣府が任命した「みどりの科学コミュニケーター」(日本科学未来館・科学コミュニケーターの本田ともみさん、武田真梨子さん)がナビゲーターとサポート役を務め、終始、柔らかな雰囲気で進められた。

ヒートアイランド現象を見つめ都市緑化計画を進めたパイオニア

 「みなさんは、ご自身を身近な環境に敏感だと思いますか?身近な環境というと、どんなことを思い浮かべるでしょうか?」。みどりの科学コミュニケーター本田さんは、初めに会場にそう問いかけ、「身近な環境を感度高く見つめ、緑の効果の客観的な指標を見出して、実際の街づくりに貢献した研究者」と、丸田さんの講演へと誘った。

丸田さん(左)とみどりの科学コミュニケーターの本田さん(右)

 丸田さんは、1960年代、都市部の気温が上昇する「ヒートアイランド現象」にいち早く注目し、以来、長年にわたって都市緑地計画と、気温上昇の緩和を研究してきた。講演の冒頭で、「今日も暑くてその必要性を感じますが」と切り出し、「明治時代の気温は最高でも25度程度だったといいますね。日本は狭い国ですから、欧米式とは違う“自然を使った生き方”、つまり植物を通して自然のクーラーを有効に使う生活が必要だと考えました」と大学院生だったころの研究の動機をふり返り、「昭和45年に最初にクーラーが登場してから、何の制約もなく来てしまいました」と、人工の風に満ちた現代の都市のくらしに静かな口調で苦言を呈した。

 研究内容の紹介は、今ではおなじみのパソコンは用いずに大量のスライドを一枚一枚映写しながら行われた。次から次へ、淡々と紹介されるスライドには、フィールドワークで撮影したモノクロの景観写真や、手書きで記録した測定結果などが映されていた。ヒートアイランド現象の裏付けを得るために、あるいは緑地がもたらす緩和効果を確かめるために、丸田さんが地道な実地調査の数々を記録してきたものであり、年輪を重ねた研究の足取りが伝わってくる。

 現在では、観測ターゲットを遠隔からポイントして温度を瞬時に測る赤外線温度計などの便利なツールがあるが、丸田さんが観測を始めた頃には、そのようなデジタル温湿度計もなければ、広域にわたる地域の観測結果を統計したり、変化率を効率よく導き出したりできるコンピュータもなかった。そんな時代に、温度への影響に配慮してあえて自動車は使わずに、自転車や徒歩で移動しながらの観測が丹念に続けられた。

 調査対象は、新宿御苑をはじめとする大きな公園内の樹木や水面などの多様な観測ポイントや、アスファルトの街路、コンクリートの建物群と街路樹との関係、杉並区や庄和町(埼玉県)など都市のスケールで見た住宅街と緑地、農地、河川との比較など、多岐にわたる。対象のエリアを細分化し、多数の観測地点を設定して、時間の推移で変化する小さな温度差や湿度の違い、風の通り道などが確かめられた。

アスファルト面と緑化面の温度比較。アスファルトやコンクリートの部分は50~60℃まで上昇(右)。 出典:東京都 駐車場緑化ガイドより、撮影:山田宏之(和歌山大学システム工学部)
石川植物園の夏季における気温分布調査結果より。左が14時、右が0時。中側は植物園でも常緑の箇所で温度が低く、14時には周辺の温度が徐々に高くなっていく。日中は南風が多く吹くため、北側に涼しいゾーンができる 出典:『環境緑化のすすめ』(丸田頼一著、丸善)
観測結果をもとに、緑被率と温度上昇の緩和効果を数値化した図。「緑地が10%増えれば0.2~0.3℃緩和される」と丸田さん 出典:「都市における公園内外の気温分布特性について」(日本造園学会誌 J.JILA 61 (5),1998)

 「緑地と街路の間には、気圧差が生じて、冷涼な空気が徐々に“滲み出して”いきます。晴れた日には、光合成が活性化され、植物自体の動きが活発化して、蒸発散が盛んになり、滲み出しが広がっていきます」。温度変化の概観とともに、自身の“発見”が紹介される。配布された資料には、丸田さんが実証した緑地の緩和効果は気温だけにとどまらず、空気の乾燥や騒音、振動、火災の延焼遮断など多方面にわたるとある。また丸田さんは、それらの実証的研究の成果をもとにして、緩和効果を実現するための緑地配置計画論を提唱し、政府が2004年に定めた「ヒートアイランド対策大綱」へと結びつけ、今では全国の都市計画で活かされている「緑の基本計画」の礎づくりにも貢献したという。

 地道な実地調査から理論を抽出し、技術開発や政策提言まで、一連の偉業を成し遂げた丸田さん。だが、講演の終盤では、その志がまだ途半ばであることをうかがわせた。ミュンヘン(ドイツ・バイエルン州)や、アントニオ・リバー周辺(米国・テキサス州)の風景写真を映写し、「水面を活かした気持ちの良い環境」の好例と紹介する一方で、「日本にも、御茶ノ水にせよ、水面を活かした都市になるポテンシャルをもつ場所があるのですが、なかなか実現できません。今後の課題です」と語る。また、みどりの科学コミュニケーター本田さんの「行政は都市の緑地化を進めているのですか?」との問いかけに対し、「今はまだ、行政のそれぞれの部局がばらばらに現状を把握している状況というのが実情です。各部局が一体となり、積極的に温暖化対策に取り組むのは、これからだと思います」と答える。自然の力を最大限に活かした街に作り変えていくには、未だ難しい壁があることを示唆した。

植物の光合成をつかさどる極小世界のしくみに迫る

 「では皆さん、私と一緒に深呼吸をしてください。今吸い込んだ空気に含まれる酸素は、すべて、植物が光合成の反応で作り出したものです。沈先生はその光合成で、水から酸素と水素が作りだされるしくみを、世界で初めて原子レベルで明らかにしました」。みどりの科学コミュニケーター武田さんの紹介に、場内の興味が高まるなか、沈さんが登壇した。

みどりの科学コミュニケーターの武田さん(左)と沈さん(右)

 「今ご紹介があったように、私は、植物が光を使って水を分解し、酸素と水素を作る反応を研究してきました。光合成の全体像をお話すると、植物は、水と二酸化炭素から太陽の光を使って酸素と糖(有機物)を作ります。有機物は私たちの栄養になり、酸素は私たちが毎日吸うもので、どちらもとても重要です。さらに有機物は、私たちが消費するエネルギーにもなっています。産業革命による産業構造の変化によってエネルギー消費量は急速に増加しました。そのエネルギーのほとんど(約80%)が化石燃料で、これは、光合成が作り出した有機物が、数億年かけて蓄積したものです。その有機物を、私たちは数百年で大量に消費しています。消費にともなう二酸化炭素の排出は、大気中の二酸化炭素濃度を上げ、気温を上昇させます。1955年以降、気温は急激に上昇しています。IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル/Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告では、今後、何の対策も施さなければ、最悪の場合で2100年までに気温が4℃上昇し、もしも二酸化炭素の排出量を70%削減できれば、上昇は1℃以内に抑えられるとしています。二酸化炭素の排出は、一方で海洋の酸性化も進め、たいへん懸念されています」。

 沈さんは、自身の研究を紹介する前段で、現代社会を悩ませる地球温暖化の課題と植物の光合成をからめ、総論した。その上で、「私たちが光合成のなかで研究してきた水分解のしくみは、光合成における最初の反応です。この分解で出る4つの水素イオンと電子は、その後の光合成のエネルギー供給源として、化合物の合成に使われます」と語る。その研究が、生命現象の解明だけでなく、エネルギー生成のメカニズムに迫るものであるというのだ。

 地球上の植物や動物のほとんどは、光合成が生み出すエネルギーと、そのエネルギーが蓄積された有機物で支えられている。エネルギーの源は太陽であり、もしも光合成の中でエネルギーが変換されるしくみを分子レベルで解明し、人工的に再現できれば、水と太陽光と大気中の二酸化炭素から、クリーンなエネルギー源を創出できるかもしれない。

 「エネルギーと合わせて、光合成から作られる酸素も生物にとって重要なものです」。地球スケールの話は、さらに続いた。46億年前に地球が誕生し、30~35億年前にラン藻(シアノバクテリア)が繁殖して、その光合成によって大気中に酸素が生み出された。大気中の酸素の濃度は約10億~20億年をかけて現在と同じ割合になり、酸素呼吸する生物が生まれた。他方、酸素は大気の上層部にオゾン層をつくり、4~6億年前に今と同じ大気構造になった。オゾン層は地上の生命を宇宙からの有害な紫外線から守る役目を果たし、その環境下で、生命の種類が爆発的に増大し(カンブリア紀大爆発)、生物のしくみはさまざまに進化した。それらは全て光合成が支えてきたものだ。その中で、沈さんらが発見した光合成に深く関与する超極小の構造体だけは、何十億年もの間、唯一の形を守り続けているという。

 では、その構造体とは一体どんなものなのか?話は一気にオングストローム(1,000万分の1ミリメートル)の超極小スケールに切り替わった。

酸素発生触媒中心のゆがんだイス型構造。大きさは、2 x 5オングストローム。構造中の「O5」の酸素の結合が弱く、光合成でこの部分の結合が切れて酸素を作り出す可能性が見えてきたという 出典:講演資料より

 「この歪んだ椅子のような形の化合物(Mn4CaO5)が、水を分解しています。マンガンとカルシウム、酸素からなる錯体で、その先は葉緑素とつながっていて、光子を1つ吸収すると葉緑素の一つから電子が飛び出し、電子が足りなくなった葉緑素が近くの分子を通してこの錯体から電子を奪い取り、結果的にこの構造体は外の2つの水分子から4つの電子を奪い取り、酸素1つと4つの水素イオンを出します。このときに、この歪んだ構造がとても重要で、柔軟性を持つ構造であるがゆえに、光子1個という小さなエネルギーで構造を変化させながら反応を触媒し、水を分解することができるのです」

※ 金属と非金属の原子が結合した化合物

 この錯体は、葉緑体の「チラコイド膜」上に存在する「光化学系Ⅱ複合体(PSⅡ)」と呼ばれる構造体の中にあるという。PSⅡは、20のたんぱく質が集まってできている巨大な複合体で、光合成のしくみをつかさどるものとして、これまでにも多くの科学者が注目し、研究を行ってきた。この極小の錯体についても研究が続けられてきたが、正体はつきとめられなかった。沈さんは、まず、独自の方法を開発してPSⅡを取りだし、その良質な結晶を作ることに成功した。そして大型放射光施設SPring8(参考:文部科学省HP)を使い、X線による構造解析を行った結果、この歪んだ椅子の構造と組成を解明することに成功したという。

葉の細胞内にある葉緑体(左)と、チラコイド膜の中にある光化学系Ⅱ複合体(PSⅡ)(中)、さらにその中にある酸素発生触媒中心(右) 出典:講演資料より、3者の関係を編集部が図式化

 Mn4CaO5錯体構造の発見は2011年、「Science」の10大ブレイクスルーに選ばれ、「生命に不可欠なだけでなく、クリーンエネルギー源の鍵となる」と評価された。だがその後、「歪んだ椅子構造は、解析で使われるX線の影響で損傷した可能性がある」との疑問が出たため、X線の影響を受けない解析手法として、X線自由電子レーザー施設SACLA(参考:文部科学省HP)を使い、10フェムト秒(fs。光が0.003ミリメートル走る時間)という極めて短時間でのX線パルス照射で解析を行った。その結果、この構造が本来の形であることを突き止めたという。

 「この構造体には、3つの優れた特徴があります。1つ目が、ほぼ100%に近い光の利用効率の高さ、2つ目が光エネルギーの吸収と、電子の伝達、水分解反応を適切に分業して共役する巧妙なしくみ、3つ目がマンガンとカルシウムという自然界に豊富にある毒性のない金属のみを使っている点です。これが、自然界が進化の中で得た優れた触媒なのです」と沈さんは話す。また会場から「歪んだ構造はなぜ安定になったのですか?」と問われると、「それこそが“たんぱく質の力”です。未だに人工的に再現できないのですが、地球の生物のしくみのなかで、水を分解できるものはこれしかなく、形もこれが唯一の構造です。シアノバクテリアから高等植物まで、自然界にはこれしか存在しないのです」と、自身の驚きを強調する。

 現在も、沈さんらの研究は、日々、進行している。水分解反応途中のMn4CaO5錯体を解析し、太陽光エネルギーを使って人工光合成を利用する具体的なモデルの提供や、Mn4CaO5錯体に類似したモデル化合物の合成、「光化学系I複合体(PSI)」の構造解析などへと発展している。講演の最後に沈さんは、この構造体の可能性について語った。

 「地球上に照射される太陽光エネルギーは、年間150ペタワットを越えます。一方で、人類が消費するエネルギーは年間15万テラワット程度です。つまり1年間の太陽エネルギーの1時間分にすぎません。太陽電池は、太陽から電気エネルギーをつくるところまでしかできません。しかし、もしも人工光合成が使えるようになれば、太陽光と水から、高い効率で水素エネルギーと簡単な有機物を作り出すことができるでしょう」。自然の恩恵に比べれば人間社会の営みは小さく、自然に目を向ければ、新たな可能性がある、そんな確信が伝わってくる。

 丸田さんも沈さんも、自然のもつ力に強く魅せられ、人工物と自然、あるいは社会と自然のあり方を深く追求してきた。両者の講演は、「みどり」に秘められたメカニズムや潜在力を科学的に解明しようとする不屈の探求心を印象づけるものだった。

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