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海外レポート [シリーズ] 諸外国における製造業強化のための研究開発戦略 〈第6回〉中国:更に二歩、先進製造技術へ

2016.01.08

周 少丹 氏 / 科学技術振興機構研究開発戦略センター海外動向ユニット

 この[シリーズ]では、諸外国の製造業強化のための研究開発戦略や政策をレポートする。第6回は、中国。欧米の先進諸国と同様、中国も製造業強化に取り組んでいる。重点分野は、次世代をにらんだ「先進製造技術」。研究資金の配分でも拡大策を打ち出している。

迫られた選択:製造業のイノベーション

 中国は2008年以降、輸出総額が5年連続で世界第1位となり、第2位のドイツとの差を広げつつある。「Made in China」はすでに世界各国の日常生活に浸透しており、「製造大国」という名を手に入れた。しかし、外資からの技術導入への依存度が高いことや、製造プロセスにおける高い環境負荷、低いエネルギー効率と生産技術力、人件費の上昇といった課題を抱えている。生産技術力は、大半の企業が第2次産業革命レベルである電気エネルギーによる大量生産にとどまり、情報技術を駆使した生産自動化のような第3次産業革命レベルに達していない。中国が「製造強国」になるまでには距離がある。

 2008年のリーマンショックの後、欧米の先進諸国は製造業の重要性を再認識し、それぞれ次世代製造技術に関する政策を打ち出し、最新のICT技術や材料技術などを融合し、製造業強化に向けた支援を行っている。中国は上述の国内固有の課題を抱えながら、いかにして次世代製造技術の舞台で先進国と競争あるいは協力するのか──という二歩先を考えざるをえない。中国はイノベーションを創出するしかないという選択を迫られている。

先進製造技術に関連する2つの科学技術政策

 2000年以降、「製造大国」の地位を確立しつつある中国は、資源依存型・労働集約型生産方式から脱却し、イノベーションによる国民経済の持続可能な発展を狙い、国務院※1 によって「国家中長期科学技術発展計画綱要2006-2020年(以下「中長期計画」)」が打ち出された。

※1 内閣府に相当し、その傘下には、科学技術部、教育部、工業と情報化部などの省庁や、中国科学院や自然科学委員会(ファンディングエージェンシー)等もある。国の基本政策を策定する機関である。

 「中長期計画」は、一点突破で国力を向上させることや、現在中国が所有していない技術の空白領域を埋めることを目的として16重大特定プロジェクトを指定すると同時に、将来有望な新市場のニーズを見据え、新しい産業を育成する際の基盤となる「先端技術(8項目)」も指定した。本稿のテーマである先進製造技術は先端技術のひとつであり、「情報技術との融合」「極限製造※2」「グリーン製造(低環境負荷製造)」という方向性が定められ、極限製造技術、次世代ロボット技術※3、重要製品や大型設備の寿命予測技術が重点分野とされている。

※2 極限製造とは、高温や低温、強磁場など極端的条件において、極めて複雑な性能を持つ巨大または微小な部品・システムを生産することを意味する。例えば、マイクロ電気機械システム、マイクロ・ナノシステム、超精密・微細加工技術など。

※3 構造化されていない環境で人類に特定のサービスを提供するロボット。例えば、警備ロボットや医療ロボットなど。

 2008年のリーマンショック以来、欧米や日本は自国の産業の優位なところを強める姿勢を示している。中国政府も中期的に産業構造の調整が必要と考え、2011年7月に中国科学技術部が「中長期計画」の二期目の施策として「国家第十二次科学技術発展五カ年計画(以下、「十二?五計画」)」を打ち出した。先進製造技術は「先端技術」という位置付けは変わらないが、方向性はグリーン製造とインテリジェント製造※4に絞られている。また、5つの最優先課題と10の重点技術が指定されている。

※4 IM Intelligent Manufacturing。自動的に環境の変化や生産プロセスの調整に適応し、オペレーターから最小限の管理と援助で多種多様な製品を生産する製造方式のことである。

先進製造技術に関する方向性と分野の変遷
図1.先進製造技術に関する方向性と分野の変遷

 図1の通り、当初の「中長期計画」の技術分野を分化したり、統合したりしたため、「十二?五計画」の技術分野はより明確になった。ただし、次世代ロボット技術の具体的研究分野は「十二?五計画」では言及されていない。また、「十二?五計画」では「情報技術との融合」の表現が消えたが、代わりにそのバージョンアップ版である「インテリジェント製造」が目指す方向とされおり、製造業サービス化技術における特定の技術分野になっている。

研究資金の配分

 中国中央政府の研究基金は、主として科学技術部「ハイテク研究発展計画(以下「863計画」)」と国家自然科学基金委員会(以下「NSFC」)が先進製造技術の競争的資金を提供している。

表1.863計画およびNSFC が拠出する先進製造に関する競争的資金
表1.863計画およびNSFC が拠出する先進製造に関する競争的資金

2008〜14年、科学技術部は「863計画」で2億550万元(約46億円)を投入した。特筆すべきは、「863計画」の資金を受け取るには、研究者が競争的資金と同額の研究資金を自前で用意しなければならないということである。つまり、研究資金総額が倍の5.1億元(約92億円)になるわけである。一方、NSFCは2015年までに2,180万元(約3.8億円)しか投入しなかったが、2014年に国家航天局傘下の中国航天科学技術グループと協議し、これからの2年間で宇宙向けの先進製造技術に1.5億元(約27億円)を投入する。これは、先進製造に関する競争的資金の35.2%を占めるほど多額で、新たに宇宙技術分野に重点を置き、強く推進する狙いが自明であろう。

研究開発:中国科学院の取り組み

 中国科学院(CAS:Chinese Academy of Sciences)は1949年に創立された、中国最高レベルの自然科学とハイテクの総合研究機関である。中国国務院に直属するため、純粋な科学研究にとどまらず、国の政策にも深く関与している。統計によると、2012年時点で104の研究所と5万2,250名の研究者を擁する。

 先進製造への取り組みに関し、中国科学院は2009年に「中国2050年に向けた先進製造技術発展ロードマップ」を発表した。グローバル化、情報化、インテリジェント製造、グリーン製造といった分野融合が進展する中で、先進製造を発展させるためにグリーン製造とインテリジェント製造という2つの方向を示し、それらを代表するユビキタスベース製造システム(図2)およびグリーン製造技術について、「~2020年」「~2030年」「~2050年」の3段階に分けてロードマップを掲げている。

図2.中国2050年に向けた先進製造技術発展ロードマップ(ユビキタス製造システム例)
図2.中国2050年に向けた先進製造技術発展ロードマップ(ユビキタス製造システム例)

 ロードマップに合わせて、中国科学院は製造技術レベルが高い地域の地方政府と連携し、先進製造技術向けの研究機関を数多く設立した。

期待される産業界の動き

 2015年5月に、中国国務院は中国版インダストリー4.0といわれる『中国製造2025(Made in China 2025)』政策を発表した。この政策は、製造業を国民経済の基盤として位置付けており、2049年までに「3ステップ※5」で製造強国という戦略目標を実現するためのステップ1に当たる。また、具体的には表2のような「革新能力」「品質・効率」「工業化・情報化融合」「グリーン発展」の4つの側面において、2020年・2025年の製造業主要指標が決められた。

※5 [ステップ1] 2025年までに、製造強国の仲間入りをする。[ステップ2] 2035年までに、中国の製造業を全体として世界の製造強国の中等レベルと到達する。[ステップ3] 2049年(建国100周年)までに、世界の製造強国の先頭グループに入る。

表2.2020年・2025年製造業主要指標。以下、表中※1~5の注釈
表2.2020年・2025年製造業主要指標。以下、表中※1~5の注釈

※1 一定規模以上製造企業の主要業務収入1億元当たりの有効発明特許数=一定規模以上製造企業の有効発明特許数/一定規模以上製造企業主要業務収入。

※2 製造業の品質競争力指数は、中国の製造業の品質の総体レベルを反映する経済技術総合指標であり、品質レベルと発展能力の2つの方面の12項目の具体的な指標から得られたものである。

※3 ブロードバンド普及率は、固定ブロードバンド世帯普及率を採用した。固定ブロードバンド世帯普及率=固定ブロードバンドユーザ世帯数/世帯数。

※4 デジタル化研究開発設計ツール普及率=デジタル化された研究開発設計ツールを応用した一定規模以上企業数/一定規模以上企業総数(関連データはサンプル企業3万社をもとにしている、以下同様)。

※5 カギとなる工程のデジタル制御率は、一定規模以上工業企業のカギとなる工程のデジタル制御化率の平均値を指す。

 また、中国製造2025では、次世代情報通信技術、先端デジタル制御工作機・ロボット技術、宇宙・航空技術、海洋建設機械・ハイテク船舶技術、先進軌道交通技術、省エネ・新エネ自動車技術、電力設備製造技術、農業用機械設備製造技術、新材料技術およびバイオ医薬・高性能医療機械技術など、次世代先進製造技術において10の技術分野を指定している。

 将来的には重点産業の転換・アップグレードと次世代情報技術、インテリジェント製造、3Dプリンティング、新材料、バイオ医薬などの分野の革新発展の基盤となる重大なニーズを視野に、幾つかの製造業イノベーションセンター(産業技術研究拠点)を形成し、産業基盤・要素技術の研究開発や成果の産業化、人材育成などの事業を重点として展開する。また、製造業イノベーションセンターの選出・審査・管理の基準とプログラムを制定・整備する。2020年までに15カ所程度の製造業イノベーションセンター(産業技術研究拠点)を重点として形成し、2025年までに40カ所程度の製造業イノベーションセンター(産業技術研究拠点)を形成し、技術開発の主役を担当させる。

 中国は、中国独自の取り組みだけではなく、2014年10月、李克強(り・こくきょう)総理がドイツを訪問した際に、メルケル首相と「インダストリー4.0」における中独間協力を含める「中独アクションプラン」を発表した。具体的には、協力の主体を両国の企業にし、「インダストリー4.0」を中独標準化協力委員会のアジェンダにする。そして、中独両政府は協力のフレームワークを構築し、支援策を策定する。また、中国工業・情報化部(以下「MIIT」)、中国科学技術部(MOST)、独連邦経済・エネルギー省(BMWi)、独連邦教育研究省(BMBF)の間でダイアログを設置する。

 このような背景の中で、中国の産業界は次世代製造技術への関心が高まり、瀋陽机床(工作機械メーカ)が代表する一部の大手企業はすでに動き出している。13億人の巨大市場の中で、企業はいざ研究開発による競争優位性を獲得すれば、数十年の間で世界規模の企業に成長することが可能である。中国の製造業にとって、先進製造技術はまだ二歩先の目標であるが、決して遠くはない。

「産学官連携ジャーナル」の記事を一部改変

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