レポート

伝えることの難しさと楽しさ

2011.10.28

立田由里子 氏 / 理化学研究所 システム糖鎖生物学研究グループ

 理化学研究所(ケミカルバイオロジー研究領域システム糖鎖生物学研究グループ疾患糖鎖研究チーム)での本務と並行して、サイエンスコミュニケーションにも興味を持ち、研究所外でさまざまな活動に関わってきました。愛・地球博(愛知万博)地球市民村「ホールアース自然学校」や国立科学博物館・国立近代美術館共催「ミュージアム 何でも探検」のインタープリターなどです。

 先日、埼玉県立松山高校(理数科)の化学の授業枠で講義をする機会をいただきました。最近は理科教育に力を入れる学校が増えていますが、今回の依頼もその一環でした。専門的かつ最先端の研究の話を、高校1年生にも分かるように、今現在生徒たちが学んでいることに絡めながら話してほしい、というのが先方の依頼です。

 これはなかなか難しい注文です。専門的な内容をまだ基本的な知識が少ない生徒たちに伝える。専門用語はなるべく使わず、平易な言葉で表現しつつも専門性を損なわないように、さらには興味を持ってもらわないといけません。これにはさまざまな要素が必要になってきます。頭の中で講義構成を考え、スライドは時間をかけて作りました。

 そしていよいよ本番。どの程度興味を持って聞いてもらえるかドキドキしながらの講義スタートです。生徒たちはいつもと違う顔が教壇に立っていることに興味津々。これを最後まで持続させることができるかどうかは私の講義の内容にかかっています。もう、やるしかありません。高校3年間では耳にすることのない専門性の高い研究分野の話を、なるべく身近な話題に落とし込み講義を進めます。コミュニケーションもとりつつ進めたためか、生徒のほとんどは飽きることなく、講義に耳を傾けてくれているようでした。それは私自身が驚くほど真摯(しんし)な姿でした。

 一通り話し終えた後、質問の時間を設けましたが、みんなもじもじして質問しづらそう。でも、何か言いたそう。そこで、生徒たちに近づき、各テーブルを回ることにしました。すると、質問の出てくること出てくること。これがまたいい質問なのです。よく理解してくれたからこそ出てくる質問だったり、素朴な疑問だったりします。素朴な疑問は実はとっても重要です。みんな「こんなこと聞いたら恥ずかしいかな?」と思って躊躇(ちゅうちょ)するようですが、そんな必要ないのです。疑問に思うこと、興味を持つことは何かを学ぶ一番強い動機付けになります。それらの質問に答えている私も「なるほどなるほど(そうきたかっ)」とうれしくなります。

 逆に「ちょっと待てよ?この質問にはどう答えたら一番よく伝わるのかな?」と考えさせられたりもします。もちろん、この世界には分からないことがまだまだたくさんあります。ですので、分からないことは分からないと答えます。だから、今、研究がされているのだ、と。彼らが質問し、私が答えて行く中で、何かを探求し、自らその答えを探し出すことの楽しさに少しでも気がついてもらえればいいなと思いました。そして、私たちの周りにはまだまだ計り知れないことが山のようにあるのだということ、世界は広いのだということに思いをはせてほしいのです。それは人を謙虚にし、ものごとに敬意を払うことにつながるような気がするからです。

 後半ではキャリアガイダンス的な内容も盛り込みました。ともかく「好き」と思えるものを何か一つ見つけてほしいと思っています。それが勉強でなくてもいいのです(先生たちには怒られそうですが)。掛け値なしに「好き」と思えるものは、その人の人生を豊かに彩ってくれます。そして道はたくさんあり、世界にはいろんな生き方をしている人がいて、何をどう選んでいくかはあなた方次第なのだと気がついてほしい。

 依頼をしてくださった先生と、こんな素敵な経験をさせてもらった生徒たちに感謝したい気持ちでいっぱいです。伝えることの難しさと楽しさを再確認させてもらいました。生徒たちがわくわくした目で聞いてくれたことが、私の「伝えたい」という気持ちの背中を押してくれていました。今回の講義が彼らの人生のどこかで何かのきっかけになることがあったとしたら、それは本当にうれしいことだと思っています。

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