レポート

「海洋生態系と水産食資源のサステナビリティ科学 -明日の水産食資源と海洋生態系を守るために-」

2008.08.25

成田優美 / SciencePortal特派員

基調講演 「世界の漁業の行方」井田 徹治 氏(共同通信社 科学部 次長)

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 表題について、漁獲量の推移やマグロ類を初めとする乱獲の影響がデータとともに明らかになり、日本近海でも水産資源が減少し、危機的な状況にある世界の漁業の状況が浮き彫りにされた。特に『公海の漁業資源は典型的なコモンズ(共有財産)である』と述べ、「コモンズの悲劇」と呼ばれる資源管理の困難な国際情勢と環境問題との相似を指摘、対策面の共通性を解説した。フリーライダーを排除する仕組みでは、強力な規制に加入しないことに対する逆のインセンティブを提案、CAP&TRADE(排出量取引制度)や市場メカニズムの活用を提起した。

 危機にどう対処するか。“生態系”をキーワードに、すべての関係者が解決に向けて努力する必要があること、さらにわが国の消費大国・漁業大国としての責任に言及、市場が大きな役割を果たしていることを論じた。続いてのキーワードは“持続可能性”。責任ある“漁業・企業・消費”を提唱、MSC(Marine Stewardship Council: 海洋管理協議会)漁業認証の獲得を例に、人類の共有財産の持続可能な資源管理・環境保全に向けた取り組みを切望した。『採る漁業から、作り育てる、さらに見せる漁業への転換』を語り、結びは海砂利水魚(無限を表わす)を例えに、現状の認識、迫りつつある危機へ想像力を強く訴えた。

「地球生態系と人類の食資源確保(The vulnerability of coupled marine and human ecosystems to climate and fishing)」イアン・ペリー 氏(国際GLOBEC*議長)

 Part1. 複数の海で変化が起きている

 IPCC 2007のデータを基に1955年からの世界の海の温暖化傾向を説明し、東京やパプアニューギニア、メコン川流域などへの深刻な影響を示唆した。もうひとつの重要点として、『海洋環境の相互作用の要因と複合的な影響は予測が難しい』と語り、海水温の上昇に伴う魚類分布域の変化、各海域での魚類個体群の生息数の推移、地球温暖化により海洋基礎生産量が受ける2050年までの予想される変化を詳細に分析した。『タラが北に生息域を広げるなど極域にシフト、冷水域は魚類豊度が増大する。二酸化炭素が多いほど海の酸性化が進み、海洋生物が影響を受ける可能性がある』

 次に、魚介類の供給を左右する世界の貿易と市場の面から論じ、水産食資源は人類の存続に欠かせないと位置づけ、世界のGDPへの寄与、『4200万人以上が漁業・養殖で生計を立てている。世界人口の約40%に、動物性たんぱく質の20%を供給している。特に貧しい人々にとって大事な資源、人類は大きな意味で海洋生態系の一員である』と述べた。そして経済活動や政治社会的環境などを包括研究する海洋社会生態系(marine social-ecological systems)の概念を紹介、『不確かな変動の時代にいるが、海洋生物の環境変化への適応がこれまでと同じと期待する』と結んだ。

 Part2. 人間活動が海洋生態系の応答にもたらすインパクト

 アラスカ紅サケや大西洋のマダラなどを例に漁業が個体群と海洋生態系に与える影響を解説した。『高齢魚を捕るとbottom-up control(生態系の下位の生物の影響が上位の栄養段階に及ぼす)が強まり、気候に対して脆弱(ぜいじゃく)性が増す。生態系を維持するために、自然回復力や個体群の多様性、魚類の分布パターン、初回産卵年齢の維持に努めるよう』提言した。

 Part3. 海洋生態系と人間社会の相互作用

 漁業に依存する人間社会が急激な海洋環境の変化にどう対応したのか。タラとエビを漁獲するグリーンランド西部の2つの地域が明暗を分けた要因を比較し、海洋生態系の地球変動への生物・物理学的な応答スケールを視野に2つの戦略を提示した。その短期的な対処(漁業強化、漁獲量と魚種の多様化、操業域移動、休漁)と長期的な適応(教育とスキルの高度化、他漁業、他産業への多様化政策)戦略は、小さな危機には対処と適応、両方の戦略が有効、大きな危機では対処戦略は不十分で長期的な適応戦略のみ有効と解説し、『人類が行ってきた幾つかの対処戦略は長期的に見ると自然生態系を脅かすものがある。教育機会の提供ほか幅広い能力と適応戦略を維持しなければならない』と結論づけた。

 「水産食資源の確保と海洋生態系の保全」 帰山 雅秀 氏(北海道大学大学院 水産科学研究院 教授)

 「世界漁業・養殖業白書 2006年報告」を踏まえて、2005年に世界の食糧輸入の首位が日本から中国になったこと、乱獲によりクロマグロが絶滅危惧(きぐ)種の指定を受けたことを挙げ、海洋生物資源と消費の現況を概説した。一方『増加が顕著な養殖の生産量は問題点が明らかになっている。日本に約23万トン輸出している養殖エビはマングローブ林の破壊や水質汚染を引き起こし、養殖サケはPCBなどの蓄積が懸念されている』と海洋生態系の保全にかかわる2種類のシステムを紹介した。まず生物多様性の保全に資する認証制度であるMSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)、次に3色のエコラベルで知られるSeafood Watchの取り組み。後者は地域別に魚を青Best Choices、黄Good Alternatives、赤Avoid で区分し、海に優しいシーフードを支えると語った。

 帰山教授は長年サケ類の研究にも携わり、キーストーン種として陸域と海域の間をつなぐサケの生態や環境・情操教育面を解説、さまざまなデータから地球温暖化による影響に迫った。持続可能な水産食資源管理をめざすために環境収容力に着目、バックキャスト的な検討、「漁業」のためのサイエンスから「海洋生態系と食」のためのサイエンスへの転換を提唱した。自然科学(生態系ベースのリスク管理、生物多様性、野生魚のリハビリテーション)と社会科学(食糧経済、地産地消、フードマイレージ)の両面からアプローチ、『サイエンスも重要だが100年後のきちんとしたビジョンを描き、ポリシーを持って進むことが重要』と将来を展望した。

 「温暖化に負けない持続可能な漁業をめざして」桜井 泰憲 氏(北海道大学大学院 水産科学研究院 教授)

 オホーツク海、道東海域(釧路沖)における水産資源の推移と気候変化、自主管理型漁業、世界遺産の知床を世界公園として生態系の多様性を保全と資源管理手法としての日本が発信するMPA海洋保護区(Marine Protected Area)についてほか。

 「持続的増養殖生産を目ざしたサケの健康管理とHACCPシステムによる安全・安心な秋サケ製品の提供」吉水 守 氏(北海道大学大学院 水産科学研究院 教授)

 安全性の確保と安心感の提供、環境と調和した孵(ふ)化場や種苗生産、北海道の水産物の品質管理高度化モデル計画、水産物の危害分析とリスク評価の必要性、HACCP対策、フェアトレードの普及、養殖魚の養育履歴、市場流通のとき薬が残留していないこと。コンプライアンス意識の育成。

 「低利用水産資源の複合的高度利用」佐伯 宏樹 氏(北海道大学大学院 水産科学研究院 教授)

 北海道の水産廃棄物の有効利用研究(ホタテのチョーク、イカの非可食部の資源化など)、一つの資源の多面的な活用、複数の資源を組み合わせた新しい価値の創造(産卵後のシロザケに海草由来の糖類を結合して高機能タンパク質を創成)、広範囲に利用可、血圧調節機能の高進や高血圧症予防の可能性。水産・海洋関連産業を持続的な環境調和型産業に。行政と自然科学をつなぐ橋渡し、社会経済学的な観点が必要になる。

パネルディスカッション「人類の水産食資源と海洋生態系の持続可能性」

パネリスト:桜井泰憲 氏、吉水守 氏、松尾直人 氏((株)ラルズ)、井田徹治 氏、宮村正夫 氏(北海道ぎょれん)
座長:目黒雄司 氏(北海道新聞 論説委員)

 フリーライダーの問題(規制を無力にする。解決すれば多くの問題を解決する。真面目にやっている人が損をしない仕組みを社会が作っていくこと)

 エコ認証、国際的な基準MSCと日本版エコラベル発足(輸出の際、欧米での認知度が違う。MSCには言語の壁に伴う費用と申請の難しさがある。それでも同じものを取得すべきだ、日本が一生懸命難しいものに取り組むことが評価される。国が補助してMSC支援システムを作り、うまく機能していけば)

 消費者との関係(日本ではHACCAPやISOすら一般に知られていない。原産地表示も時間が立つと注意を払わなくなる。値段の認証費用の上乗せは消費者に通用しないと思う。なぜ食の教育の重要さが流通なり生産者から消費者にうまく伝わらないのか)

 資源不足の危機の見えにくさ(日本に漁業問題を扱う環境団体やパブリックからの圧力がない。研究者、NGO、漁業者と行政のコラボレーションを回す仕組みが大事。巨大なマーケットチェーンは量を求めてしまう。量が不安定でも良いという買い方をする)

 ほかに海洋保護区の設定、行政と自然科学をつなぐ橋渡しと社会科学の観点の必要性、学問と産業の距離感についてなど活発な意見交換がなされた。

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  海洋生態系と水産食資源のサステナビリティ科学 -明日の水産食資源と海洋生態系を守るために-(要旨集)

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