レポート

「国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」」

2008.05.27

研究プロジェクト推進部 / 科学技術振興機構

渡海紀三朗文部科学大臣

 2008年5月11日(日)、12日(月)の2日間、国立京都国際会館において、JST主催(後援:内閣府、外務省、文部科学省、厚生労働省、経済産業省、京都大学、Cell Press)の国際シンポジウム「iPS細胞研究が切り拓く未来」が開かれました。
このシンポジウムは、京都大学の山中伸弥教授らによって生み出された画期的研究成果であるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究を一層推進することを目的としたもので、約1200名の聴衆を前に、幹細胞研究をリードする国内外の研究者16名が最新の研究状況について講演し、今後の研究の方向や国際協調のあり方について議論を行いました。

 シンポジウムの1日目は、まずJST研究開発戦略センター・井村裕夫首席フェローの開会挨拶から始まりました。続いて来賓の渡海紀三朗文部科学大臣が挨拶し、「iPS細胞の樹立は生命科学の歴史に残るすばらしい成果です。国も産業界も可能な限り協力していきたいと思います」との言葉をいただきました。

 その後、「iPS細胞関連研究の現状と今後への展望〜今後の幹細胞研究にどのような発展性をもたらすか〜」と題して、3つのセッションが行われました。セッション1「iPS細胞研究の最前線」では、山中教授と、アメリカ・マサチューセッツ工科大学のルドルフ・イェーニッシュ教授の講演がありました。

京都大学 山中伸弥教授
アメリカ・マサチューセッツ工科大学 ルドルフ・イェーニッシュ教授

 山中教授は、「ヒトiPS細胞の樹立は、マウスiPS細胞樹立からわずか1年で達成できました。これほど短い期間でマウスからヒトへ移ることができたのは、長きにわたるES細胞(胚性幹細胞)研究による基礎分野での蓄積があったおかげです。iPS細胞は強制的に作られた人工物であり、自然のものであるES細胞とは違います。今後、再生医療の実現に向けて幹細胞研究を発展させていくには、iPS細胞を用いるだけでなく、あらゆる手段で研究を続けていかなければなりません」と述べました。同趣旨の発言は、後に続く講演でも何度も出てきたことから、これがiPS/ES細胞に関わる研究者たちの共通認識であることがうかがわれました。

 イェーニッシュ教授は、iPS細胞が示した細胞分化の再プログラミングのメカニズム解明を目指して研究を行っており、そのためにはES細胞をよく知ることが重要であると述べました。具体的には、再生医療への展開におけるES細胞とiPS細胞の違いについて述べ、また、鎌状赤血球貧血症やパーキンソン病といった病気治療に対する最新の研究の進展具合にも話は及びました。

 セッション2「多能性の本態と誘導」では、3人の研究者が幹細胞の基礎的性質について講演しました。イギリス・シェフィールド大学のピーター・アンドリュース教授は幹細胞の多能性維持と分化誘導の決定要因について、アメリカ・スクリプス研究所のシェン・ディン准教授は化学物質による多能性誘導について、中国科学院上海生命科学研究院/上海交通大学医学院健康科学研究所のイン・ジン教授は多能性誘導因子の一つOct4の機能について、それぞれ述べました。

慶應義塾大学 岡野栄之教授
理化学研究所発生・再生科学総合研究センター 高橋政代氏

 「多能性幹細胞の組織コミットメント」と題したセッション3では、再生医療の実現に向けた幹細胞研究の進展を中心に4つの講演がありました。イスラエル工科大学のヨーゼフ・イツコヴィッツ教授は同国の幹細胞研究センターの現状と心臓や骨格の細胞への分化について、慶應義塾大学の岡野栄之教授は霊長類の中枢神経再生、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの高橋政代チームリーダーは網膜再生研究と臨床医としての立場からの意見、スウェーデン・ルント大学のヘンリック・セム教授はインスリンを生み出す組織の再生を視野に入れた1型糖尿病の根本治療について述べました。

イギリス・カーディフ大学 マーティン・エヴァンス卿

 2日目の最初に、2007年にノーベル医学・生理学賞を受賞した、イギリス・カーディフ大学のマーティン・エヴァンス卿による基調講演が行われました。

 エヴァンス卿は山中教授の業績を「iPS細胞は『魔法』を現実のものとした」との比喩で称える一方、これに浮かれるべきときではないとし、「われわれは、いまこそ基礎的な細胞生物学の知識とその理解を必要としているのです」と力強く述べました。オーダーメード医療などのiPS細胞を使った具体的な治療についてはまだ技術やコストの面で課題があるとしつつも、「未来は明るい」と期待も述べました。

 エヴァンス卿には、山中教授に劣らず、会場からの質問が集中しました。これまでの苦労、若い研究者に向けたエールなどの質問に、一つひとつ丁寧に答え、「すべての医療には科学的証拠が必要です」と語る姿からは、研究者としての誠実さがうかがわれました。

 続いて、「多能性幹細胞関連研究を加速させるために〜研究推進や国際協調のあり方とは何か〜」という副題のもと、内閣府総合科学技術会議の本庶佑議員の挨拶とイントロダクトリー・トークで政府のiPS細胞支援策が説明され、その後、二つのセッションが行われました。

 セッション4「多能性幹細胞関連研究の取組み」では、6人の講演者から、世界の幹細胞研究の最新動向が報告されました。アメリカ・スタンフォード大学のアーヴィング・ワイスマン教授から造血幹細胞について、ドイツのマックス・プランク研究所分子医薬研究所のハンス・シェラー所長から生殖幹細胞およびgPS細胞(人工多能性生殖幹細胞)について、シンガポール幹細胞コンソーシアムのアラン・コールマン氏からシンガポールの幹細胞研究事情について、それぞれ紹介がありました。

 続いて、韓国・浦項CHA大学のカンスー・キム教授が薬剤研究を目指したラットの神経系前駆細胞からのiPS細胞樹立について、日本のES細胞研究のさきがけである京都大学の中辻憲夫教授が京都大学のES/iPS細胞の研究体制と戦略について、オーストラリア幹細胞センターのステファン・リヴゼイCEOが自国の研究とともにアジア太平洋に広がる幹細胞研究ネットワークについて紹介しました。

 最後のセッション5はパネルディスカッション「多能性幹細胞関連研究における国際協調のあり方について」でした。理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの西川伸一副センター長をコーディネーターに、パネリストとしてイェーニッシュ教授、ワイスマン教授、イツコヴィッツ教授、シェラー所長、アンドリュース教授、それにアメリカ若年性糖尿病研究財団のロバート・ゴールドスタイン科学部長とインド細胞・分子生物学研究センターのジョウツナ・ダーワン グループリーダーが加わり、国際協調の具体的なかたちについてさまざまな議論がなされました。

パネルディスカッション

 ワイスマン教授が「宗教、政治、イデオロギーによって、それぞれの国の幹細胞研究に対する国民の姿勢は違ってきます。国際基準を作ろうとするとき、リスクが生じないように各国の規制をすべてとりいれてしまうと何もできなくなります」と述べ、それを受けたダーワン グループリーダーの「国際協調には『規制ではなく交流』が重要である」という言葉でディスカッションは終了しました。

 ほとんどの講演が同時通訳付きながら英語で行われ、その内容も最先端の研究成果が中心でかなり専門的でしたが、2日目の最後まで大勢の聴衆が熱心に聞き入っていました。最後に、主催者を代表して北澤宏一理事長から「幹細胞研究が大きな広がりをもっていることがよくわかりました。臨床の研究者がどうやったら患者さんを救えるかと悩む姿、そして研究に関わるみなさんの良心に、深い感銘を受けました」という挨拶がありました。iPS/ES細胞研究に関わる研究者たちに向けたこのエールをもって、シンポジウムは盛況のうちに幕を閉じました。

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