レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第65回「超サイバー社会でのシステム実装に関する課題」

2015.09.28

土井直樹 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム・情報科学技術ユニット

土井直樹 氏
土井直樹 氏

 昨今、インダストリー4.0※1やインダストリアル・インターネット※2など、企業内だけでなく、企業間で連携していく取り組みが始まっています。例えば、板金や溶接、組み立てなど各企業が強みを持つ工程をつなげて、ひとつの商品を作り上げていくバーチャルな工場を作ろうという取り組みも、そのひとつです。企業単独では商品を製造することができないものを、複数の企業が連携することによって実現します。今後は、これに加えて、社会システムやヒト、モノがつながり、連携し、最終的にはコンピューターに代表されるサイバー世界と、ヒトやモノなどの物理世界が融合する「超サイバー社会」が訪れるであろうと考えます。

 コンピューター、ヒト、モノなどは、超サイバー社会を構成する“機能”として存在します。これら“機能”を組み合わせて、必要なシステムを組み上げます。システム側から見れば、サイバー世界の“機能”を使っているのか、物理世界の“機能”を使っているのか、が分からない状態となっており、この状態が二つの世界の融合を意味します。

 すでにこのような融合が、配車サービスを展開しているUberというシステム※3で、始まりつつあります。配車アプリを通して、今居る場所への配車指示、目的地までの移動、決済などを行うことができます。現在は、人が運転する車(物理世界)が、“移動という機能”を提供していますが、将来的には自動運転車(サイバー世界)も、同様の“機能”を提供するでしょう。配車を指示した人は、人が運転する車、自動運転車を意識せずに、“移動という機能“を使用することになります。

 外部環境の変化に合わせて、素早く対応し、競合他社よりも一歩先を行くような、ビジネススピードの加速化が、他社優位性を確保します。“機能”を使って、迅速にシステムを組み上げることが、ビジネススピードの加速化に貢献します。グローバルな競争環境に置かれている現在の日本にとって、スピード感を持って優位性を確保することが、最重要課題であると考えます。

 CRDSでは、このような世界が訪れることを予見し、研究開発戦略立案を開始しています※4 。今回は、このような世界におけるシステムを実装する上での課題について考えます。

“機能”単位の明確化とインタフェースの共通化

 インタフェースを考える上で、“機能”の単位をどうするか、という点を検討する必要があります。“機能”の単位を小さくすれば、多くの人に使ってもらえる可能性がありますが、“機能”の使用料単価は安くなります。また、他社との差異化が難しく、競争が激化するかもしれません。逆に単位を大きくすれば、“機能”に自社の強みを反映でき、競合との差異を明確化できることで、単価を上げることができますが、使用頻度は下がるかもしれません。先ほどのUberの例で言えば、“決済機能”を独立させれば、Uberだけでなく、電子商取引などでも使ってもらえるかもしれませんが、同様の“機能”と競合します。配車サービスの中に組み込んでしまえば、配車サービスでは確実に使用してもらえますが、それ以上の市場拡大は期待できません。価値を最大化する“機能”の単位を明確化し、実装していく必要があります。

 また、同じ“機能”であるにもかかわらず、実装によってインタフェースが異なると、それを呼び出すシステムの負担が大きくなります。超サイバー社会では、サイバー世界と物理世界が融合しており、どちらの世界の“機能”かを、意識しないで使用することができます。これは、“機能”のインタフェースが標準化されているためで、不統一のままでは、それぞれの“機能”を意識せざるを得ません。標準化団体やオープンコミュニティーなどにおいて、“機能”単位のインタフェースを共通化・標準化しておく必要があります。

責任範囲の明確化

 “機能”を外部に公開するということは、アウトプットに対する責任が発生します。責任に関する漠然とした不安を持ち、その責任を回避するため、外部公開をためらうことが考えられます。“機能”の使用に関して代金を徴収できたとしても、それ以上の損失を憂慮すれば、外部公開しない、という選択をするかもしれません。システム全体の活性化が脅かされないよう、責任範囲を明確化しておく必要があります。

 例えば、A社に在庫している部品を使って、B社がある商品を製造しようとしたとき、B社はA社の在庫確認“機能”で在庫を確認し、製造計画、販売計画を立案、顧客Cに販売したとします。A社のミスで実際の部品の在庫がなかったとしたら、A社は、どこまで責任を負う必要があるのでしょうか。顧客Cのもとでは、この商品を活用したビジネスをしようとしていた機会損失が発生します。またB社も製造に関わる人員や設備などのコストが発生しています。A社は、どこまで責任を負えばよいのでしょうか。

迅速に対応可能なシステム構造・環境の実現

 Amazon.comでは11秒ごとに新しいコードがデプロイ(展開)されており、最も多いときで1時間に1079回デプロイが行われました※5。シリコンバレーのスタートアップ※6では、短いサイクルでの事業化とその検証を繰り返す「リーンスタートアップ※7」を実践する開発をしています。このようなスピード感が、他社優位性を確保し、企業の成長の原動力になっています。このように頻繁に修正を加えていった場合でも、その修正が他に影響を及ぼさないように、あらかじめ、システムやソフトウェアの構造を設計、構築しておく必要があります。

 また、プログラムの修正を最低限に抑えるために、ルールやプロセスを簡単に追加、修正できる仕組みを取り入れておきます。また、シリコンバレーには、ロケットスペース※8といったスタートアップが集まる拠点があり、彼らを応援するベンチャーファンドも多数存在します。ミートアップと称して、同じ課題意識をもった者が、インターネットの募集を見て、即座に集まり、議論を重ねていく環境ができています。自分自身だけで解決できない問題を、周囲の同業者や支援者の知恵を借りながら、スピード感を持って、事業化を進める環境が整っています。

国内の事例でも、携帯電話会社が何か新しい料金プランを出せば、他社が即座に追従します。契約時の料金のシミュレーションや、料金計算にはシステムが必要ですから、短期間で新料金プランに対応したシステムを開発していることになります。過去のプランも、契約者がいる限りは継続しますので、オプションまで含めると、その組み合わせは膨大な数になります。携帯電話各社では、このような複雑なシステムでも短期間で対応ができるように、開発手法、システム構造、ソフトウェアなどを工夫しています。

 このように、外部環境の変化に合わせて、必要な“機能”を組み合わせ、迅速にシステムを構築するために必要な開発手法、システム構造、ソフトウェアなどの工夫を、あらかじめしておく必要があります。このようなスピード感を持って、優位性を確保することが、最重要課題であると考えます。

 以上のように、システム実装に関して、多くの難しい課題がありますが、これらに早期に対応していくことで、主導権を握り、日本として、海外に対する優位性を確保できます。CRDSでは、引き続き、本研究開発戦略に関する検討を重ねて参ります。

※1インダストリー4.0/「IT media」関連記事
※2 インダストリアル・インターネット/「GE imagination at work」関連コンテンツ
※3 Uber – Tokyo
※4 情報科学技術がもたらす社会変革への展望-REALITY 2.0の世界のもたらす革新- pdf
※5 Amazon.comの高速デプロイ/「Publickey」より「AWS re:Invent」レポート記事
※6 スタートアップ/Startup。急成長が見込まれる新規ビジネスモデルの立ち上げ。
※7 リーンスタートアップ/Lean Startup。米国シリコンバレー発の事業立ち上げの方法。製品やサービスの設計、実装、修正を、迅速かつ最低限のコストで展開する。
※8 ロケットスペース/シリコンバレーのコワーキングスペース

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