レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第62回「創薬における橋渡し研究」

2014.12.09

峯畑昌道 氏 / 科学科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット

峯畑昌道 氏(科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット)

 本レポートでは、創薬橋渡し研究の国際動向に注目します。なお、本レポートの内容は、平成26年にJSTで実施した欧州(イギリス、ドイツ、フランス、スイス)における橋渡し研究に関する調査(JST経営企画部ライフイノベーションチーム(古市喜義研究監、川口哲研究監補佐)、戦略研究推進部(安達澄子主査)並びにCRDSによる共同調査)の結果を中心に紹介します。

「特許の崖」問題

 現在、世界の製薬業界は大きな課題に直面しています。2010年からの5年間、医薬品産業を牽引している主力製品の特許が相次いで切れることとなり、これは、「特許の崖」(Patent Cliff)と呼ばれています。例えば(米)Pfizer社の高コレステロール血症治療薬リピトール(一般名アトルバスタチン)は、2009年同社の総売り上げの4割に近い約1兆2,500億円を世界で販売しましたが、2011年にその特許が切れています 。これにより同様の効能を有する安価なジェネリック医薬品が上市されることとなり、企業としては、既存薬より効能の高い新薬を作り出す、もしくはターゲットとする疾患の種類を再編して創薬を行う等の必要に迫られます。前者に関して、現在大きな市場を有する疾患分野(例:がん、高コレステロール、肥満症等)では、試行錯誤の末に生み出された既存薬が多数存在し、これらの効能を上回る製品の開発は容易ではありません。後者に関しても、未開拓の疾患ターゲット(例:治療薬が少ない希少疾患分野)を選択した場合、市場規模は小さく投資リスクが高くなります。

創薬における高い研究開発コスト

 医薬品の研究開発は、基礎研究、ターゲット化合物の同定、スクリーニング、前臨床研究、ヒトを対象とする臨床試験等、数多くの研究開発段階を経て、5,000から10,000の候補化合物から薬事承認を得る1剤を上市するまで、通常10年から15年の期間がかかり、研究開発費用には平均1,200億円程度が必要とされ、最終的な創薬成功率は10%から20%であるといわれています 。このような中で、基礎研究の研究結果を、創薬へ効率よく「橋渡し」し、研究開発の失敗を軽減することは非常に重要となります。

「橋渡し研究」とターゲットバリデーション

 近年、遺伝子解析技術の急速な進歩に伴い、基礎研究で同定された生体因子(遺伝子やタンパク質等)の創薬標的(ターゲット)としての妥当性を検証する研究開発ステージ‐ターゲットバリデーション(TV)研究‐に関する産学連携事業のニーズが高まっています 。ここでのターゲットバリデーションとは、基礎研究で同定された疾患関連遺伝子やたんぱく質が、実際の治療や創薬の標的(ターゲット)として妥当かどうかを、特定の遺伝子を欠損させたマウスなどを利用して評価(バリデート)する研究ステージです。例えばNIH(米国国立衛生研究所)は、「医薬品開発加速パートナーシップ」(2014年2月)を発足させ、企業ボトルネックの解消に向けた研究開発の支援を始めました 。また、MRC(英国医学研究会議)は産学協同支援事業の中で、アストラゼネカ社との協定(2013年12月)に基づき、企業が保有する機能化合物の多面的利用を目的としたプロジェクトを発足させましたが、2014年7月にはMRCとの協定は7社に拡大してプロジェクトが継続されています 。TVのステージでは、遺伝子ノックアウトなどにより、その表現型の解析を行ったり、疾患モデル動物等での関連因子の過剰発現により疾患制御の概念構築を行います。また、基礎研究で得られた知見の病態との関係性を明らかにするために、臨床材料や臨床情報を用いた検証実験などを実施し、創薬標的としての価値が確認された因子は、化合物スクリーニングへ供され、医薬品の基となる機能化合物が創製されます。よってTVによる創薬標的の妥当性の検証は、その後の医薬品開発に大きな影響を及ぼすと考えられ、緊密な産学連携が求められる研究開発ステージとなります。

◆訪問機関における主な創薬橋渡しプロジェクト

*1 BMBF, ‘The Pharmaceutical Initiative for Germany’,
*2 KKS提供資料より}
*3 Wellcome Trust, Annual Report and Financial Statements 2012,
*4 NHS, National Institute for Health Research Annual Report 2012/2013, p.75,
*5 NHS, National Institute for Health Research Annual Report 2012/2013, p.75,
*6 BBSRC, ‘BRIC2: Research Projects’,
*7 MRC, ‘Biomedical Catalyst’,
*8 MRC, ‘Confidence in Concept Scheme’,
*9 MRC, ‘Biomedical Catalyst: Developmental Pathway Funding Scheme (DPSF),
*10 MRC, ‘Biomedical Catalyst: Regenerative Medicine Research Committee’, 2011年にTranslational Stem Cell Research Committee (TSCRS)がRMRCへ変更された
*11 MRC, ‘Stratified Medicine’,
*12 MRC, ‘MRC/AstraZeneca: Mechanisms of Disease Call for Proposals’,
*13 UK Regenerative Medicine Platform,
*14 ANR, Annual Report, 2012, p.32,74,
*15 ANR, Annual Report, 2012, p. 80,
*16 INSERM, ‘Key Figures’,
*17 INSERM Transfert, ‘Figures’,
*18 CTI提供資料より

本欧州調査における「橋渡し研究」の現状

 表が示すように、現在TVを含む橋渡し研究への国の投資が顕著となっています。ただ、今回の欧州訪問調査では、ターゲットバリデーションに特化したプロジェクトの存在は確認されませんでした。特化したプロジェクトを立ち上げない理由としては、バリデートするレベルが企業によって異なるVDI(ドイツ技術者協会)、産学共同プロジェクトの中でTVステージを含むプロジェクトが実施されているMRC、などが挙げられました。ターゲットバリデーションに特化したプロジェクトがない一方で、企業のニーズとしてのバリデート課題を分析し、大学とマッチメイキングしている研究が多数確認されました。例えばドイツVDIでは、標的分子の評価から臨床試験に至るステージでの企業バリデートニーズを把握し、ニーズごとに大学とマッチメークさせるプロジェクトが確認されました。

医療研究におけるインハウス研究および研究病院のあり方

 また本調査では、多くの医療研究で国立研究所と臨床病院の強固な連携が確認されました。疾患解明や治療技術を目的とした研究開発の多くで、国立研究所や臨床病院との連携が確認されました。例えば、NIHR(英国国立衛生研究所)が主宰する英国ケンブリッジの研究施設では、大学病院に隣接する形でMRCやBBSRC(英国バイオテクノロジー生物化学研究会議)の研究所が存在しています。また、院内やその周辺には、アストラゼネカなどの製薬企業の研究施設が設置されていました。一方、研究所を所有しないINSERM(フランス国立保健医学研究所)は、世界にある300以上の研究拠点の多くを病院内に設置し、大学や国立研究所の研究者を派遣することで、人レベルでの実質的な機関連携を行っています。

 このように諸外国がTV研究への支援を打ち出しはじめる一方で、我が国においても一部の大学で同様の取組みがはじまりつつあります。今後、我が国においても産官学による本格的な取組みが期待されます。

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