レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第55回「政策のための科学と政策形成の連携に向けて」

2014.03.31

松尾敬子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策ユニット フェロー

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策ユニット フェロー 松尾 敬子 氏

 研究開発戦略センター(CRDS)は科学技術分野全体を俯瞰しています。その中で政策ユニットは、“政策“をキーワードに活動を進めており、その成果の一つとして、2010年に戦略提言「エビデンスに基づく政策形成のための『科学技術イノベーション政策の科学』の構築」を提案(※1)しています。それに基づき、2011 年度に文部科学省「科学技術イノベーション政策における『政策のための科学』 推進事業」がスタートしました。この事業では、公募型研究開発プログラムの推進、基盤的研究 ・ 人材育成拠点における拠点整備等のプロジェクトを実施するとともに、「科学技術イノベーション政策の科学」 の構造化に向けた検討も試みています。エビデンスに基づいた政策形成実現を目指し、「政策のための科学」と「政策形成」が連携しながら共に発達していくことについて考えてみたいと思います。

政策づくりの実戦に活用

 政策のための科学は、政策を対象とするものです。ここでの「政策」の範囲は、行政の各分野において実現すべき基本的・包括的政策だけでなく、個別分野の施策、そして、それぞれの施策の下にある個別事業を含めた政策全般を示しています。政策を適用する対象の現状把握に始まり、課題設定、政策オプション作成、政策の決定、実施、評価に至る政策形成の各プロセスに対して、科学的合理性を付与しようとするのが、政策のための科学の目的です。研究・政策形成の基盤として有効な体系的統計やデータ基盤の構築と整備、社会経済的影響の測定、政策オプションの提案、社会との関わりなどが研究領域としてあり、その研究成果を、政策形成の“実践”で活用していくことが期待されます。

 例えば、政策研究や政策形成に有効な体系的統計やデータ基盤の構築と整備に関する基盤的研究では、統計作成機関とそれを活用する研究者が連携を図りながら、幅広くアクセスすることができる環境を整備する。そのことは、政策のための科学と政策形成の推進にとって重要な役割を担っています。自然科学の実験に例えると、研究するための実験機器や器具等を、研究を進めながら最適な状態に整えることに相当します。自らの研究に適した実験機器を最初から有している場合は少なく、研究結果と照らし合わせて試行錯誤しながら、研究に最適な状態に整備することによって、成果が生まれてきます。それと同様に、政策のための科学においても、政策研究や政策形成に有効な体系的な統計やデータ基盤の構築という研究環境を目的に応じて整えていくことが、政策のための科学の研究と政策形成という実践の場で活用する際の鍵となります。

連携のためのコミュニケーション?

 政策のための科学に関する調査分析や研究への取り組みは、各国で実施されています。基盤的な研究については、アメリカのSTARMETRICS、日本でのNISTEPの取り組み(データ・情報基盤整備)などが挙げられます。しかし、政策の科学が発達・成熟することで、それら成果のうち、何がどのように「政策形成」につながるのかという課題があります。つまり政策の科学における成果は、科学としての確固たるものであると同時に、政策形成を通じて社会へと実装されなければならないのです。政策のための科学で調査分析や研究成果を政策形成につなげていくことは、調査分析や研究の成果自身の客観性・中立性を損なう危険を有しています。政策担当者と研究機関・調査分析機関の研究者の連携・協働により、政策ための科学と政策形成が進化していくことが求められています。政策形成の実践の場で活用するため、「エビデンスに基づく合理的な政策形成」というアイデアそれ自体を政策担当者に理解・浸透させていくこと、政策側のニーズを、エビデンスの収集や分析を行う研究者が不断に把握できるような仕組みが必要です。フェローシップ制度等を通じた盛んな人材交流を行っている米国での取り組みも参考となります。政策形成には、政策担当者や研究者だけでなく、様々なステークホルダーの関与と合意が必要です。一方通行の情報提供により合意を目指すのではなく、全てのステークホルダーを会して議論し、認識・理解する双方向コミュニケーションという観点が、政策形成の場で求められているのではないかと思います。

AAASへの参加

 アメリカで行われたAAAS(トリプルエーエス、The American Association for the Advancement of Science、全米科学振興協会)※3()の取り組みを紹介します。筆者は、今年の2月アメリカのシカゴで行われたAAAS年会に参加しました。科学雑誌Scienceの発行元として知られるAAASは、世界中で科学振興を推進している世界最大のNPOで、「すべての人々のために全世界の科学とイノベーションを促進すること」を掲げて活動しており、毎年、異なるテーマの下、年会を開催しています。今年は、Meeting Global Challenges: Discovery and Innovationをテーマに実施されました。このAAAS年会で実施されている内容は、多岐にわたっていますが、その中でも興味深いのは、自然科学分野のシンポジウムと平行して、公共政策、コミュニケーションに関するシンポジウム、若手研究者を意識したキャリアワークショップなどが開催されることです。また、通常の学会とは異なり、AAAS年会には、科学者、大学院生、企業関係者だけでなく、行政官、メディアや市民団体など幅広い層の参加者が集まってきます。このような多彩なプログラム構成という“集める工夫”が、多種多様なコミュニティからの参加を促し、通常であれば接点を有さないであろうコミュニティの存在を互いに意識する場の形成を可能にしているという印象を受けました。

コミュニケーションの醸成に向けて

 AAASは、政策形成に関わる行政、科学コミュニティ、産業界、NPO等の様々なコミュニティが自らの存在意義を維持しつつ、双方向コミュニケーションにより他者への認識の醸成が可能な場でした。こうした場は、我々が直面している社会的課題解決に向け、科学技術に求められる役割の変化やその有効な発展が望まれる中、科学技術に対して国民の理解と信頼を促し、社会と科学技術を結ぶための手段として有効かつ不可欠です。

 政策のための科学と政策形成が連携・協働するには、関係者間の双方向をベースとしたコミュニケーションが重要であり、海外における動向も把握しつつ、科学的根拠に基づいた政策形成について模索したいと思います。

※1. https://www.jst.go.jp/crds/pdf/2010/SP/CRDS-FY2010-SP-13.pdf
※2. http://scirex.mext.go.jp/
※3. https://www.aaas.org/

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