レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第51回「再生医療の現状と今後の方向性」

2013.11.21

西村佑介 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー

西村 佑介(科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー

科学技術振興機構 研究開発戦略センター ライフサイエンス・臨床医学ユニット フェロー 西村 佑介 氏

 「再生医療」という言葉を、医療に精通していない方も一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか? 2012年に山中伸弥教授(京都大学)がノーベル賞を受賞したことで、最近では、一般のニュースでも取り上げられることが多くなりました。今回は、再生医療の現状と今後の方向性について述べたいと思います。

再生医療とは

 再生医療とは、一般に疾患や傷害などで機能不全・低下に陥った細胞、組織、臓器において、幹細胞技術などを用い、機能を回復させる医療を指します。再生医療には大きく2つのアプローチがあります。1つは体外で培養した細胞を移植する「細胞治療」、もう1つは、体内の細胞を制御して再生を促す「再生誘導」です。現在の再生医療の主流は細胞治療となっており、ここでは主に細胞治療についての現状を述べます。細胞治療で、用いる細胞としては、iPS細胞(人工多能性幹細胞)やES細胞(胚性幹細胞)、体性幹細胞などがあります。

iPS細胞やES細胞を用いた細胞治療

 iPS細胞やES細胞を用いた細胞治療が治療法として承認された例は世界でもまだなく、研究段階のものとなっています。わが国では、世界に先駆けてiPS細胞を用いた細胞治療の臨床研究(対象疾患:加齢黄斑変性)が予定されています。海外では、iPS細胞を用いた細胞治療の臨床研究はまだありませんが、ES細胞に関しては、臨床研究が数件行われています。

 iPS細胞やES細胞を用いて細胞治療を行う場合、まずは目的細胞へ“分化誘導”する必要があります。現在のところ、神経細胞や心筋細胞、膵β細胞など多くの細胞種への分化誘導が可能となってきました。しかしながら、分化誘導の効率が十分でないものも多く、分化誘導効率の向上は今後の研究課題です。また、細胞をいかに構造化するかも大きな課題となっていますが、これについては後の「細胞の構造化技術」の部分で述べます。

 iPS細胞やES細胞を用いた細胞治療で問題となるのが“がん化”の問題です。移植する細胞に未分化細胞が混入していると「がん化する」ということが知られています。この問題を解決するため、未分化細胞の除去方法などが研究されています。また、iPS細胞の特有の問題としては、樹立の際のゲノム異常や、クローン間の顕著な性質の違いなどが挙げられます。そのため、iPS細胞の作製技術の高度化や、良いiPS細胞の選択方法の研究が行われ、安全性の確保に向けた研究が行われています。

 iPS細胞の応用としては、細胞治療の供給源としてよりも、まずは疾患研究への応用が有望とされています。iPS細胞を入手困難な細胞種へ分化させることで、創薬スクリーニングへの利用や安全性の評価に利用できる可能性があります。また、患者から作成した疾患iPS細胞を用いて、疾患メカニズムを研究することで、難病などの創薬の加速が期待されます。

細胞の構造化技術

 生体内において、細胞は適切な形に構造化されることで機能しています。現在の細胞治療研究においても、細胞の構造化が課題となっています。現在のところ、決定的な技術の確立には至っていませんが、いくつか注目される技術も出てきました。例えば、細胞シート技術(後述)です。細胞シートを積層することで立体構造を構築しようとしています。他には、ブタなどの動物の臓器を脱細胞化し、そこにヒト細胞を埋め込む技術や、細胞の自己組織化を利用した技術、さらには、ブタなどの体内にヒトの細胞からなる臓器を形成させる技術(胚盤胞補完法)などが注目されています。

体細胞や体性幹細胞を用いた細胞治療

 iPS細胞やES細胞の細胞治療について主に述べてきましたが、細胞治療で承認されているのは“体細胞”や“体性幹細胞”を用いたもののみです。体細胞としては、特に皮膚や軟骨などを用いるのが多い傾向にあります。また、再生医療ではありませんが、がん治療のために免疫細胞を移植する細胞治療もあります。

 体性幹細胞については、特に“間葉系幹細胞”が注目されています。間葉系幹細胞は骨髄や脂肪組織などに含まれる細胞で、軟骨、骨、脂肪などへの多分化能を持つ細胞です。近年では、神経や肝細胞、その他組織の細胞へも分化することが報告されています。しかし、最も注目すべき間葉系幹細胞の効果は、間葉系幹細胞からの分泌物などによる“栄養効果”です。間葉系幹細胞は障害部位に集積する性質を持っており、障害場所で各種サイトカイン(細胞を保護したり修復したりする作用を持つ物質)などを放出し、障害部位にもともとある細胞を修復すると考えられています。このような集積の性質により、薬物を効果的に届ける“ドラッグデリバリー”も同時に行えていると言えます。わが国においても、肝硬変や脳梗塞などで間葉系幹細胞を用いた臨床研究が行われています。特に脳梗塞は、医師主導治験が行われており、今後の展開が注目されます。

 このような栄養効果は、間葉系幹細胞だけでなく、現在行われている多くの細胞治療による治療効果の主な要因であることが分かってきています。

細胞シート技術

 細胞の移植方法も細胞治療を成功させるためには重要な要因です。実際、単にバラバラにした細胞を移植しても大きな効果が得られない場合も多いことが、いくつかの研究で分かってきています。そこで注目されているのが「細胞シート技術」です。細胞をシート化することで、高い効果が得られることが分かってきました。同技術においては、わが国はトップレベルであり、“筋芽細胞シート”を用いた心不全治療や“口腔粘膜細胞シート”を用いた角膜上皮再生、食道再生などの臨床研究が行われています。通常、細胞を培養皿から剥離させる場合は酵素処理を行うため、細胞膜にあるタンパク質が分解されてしまいますが、細胞シート技術で用いられる温度感受性培養皿では、温度変化で培養皿の性質が変化し、細胞膜にあるタンパク質を分解することなく剥離できるため、より高い効果が得られると考えられています。

細胞治療コンセプトの問題点

 細胞治療のコンセプト自体の問題点もあります。自分の細胞を移植する“自家移植”は拒絶反応を回避できますが、事前に細胞調整できないために治療機会を逃す可能性があり、さらにオーダーメイドとなるため高コストになってビジネス的に不利となります。一方、他人の細胞を移植する“他家移植”は、事前の細胞調整が可能であり、また、自家移植に比べ低コストでできるためビジネス的には有利ですが、拒絶反応の問題を解決する必要があります。加えて、自家、他家いずれの場合も、細胞培養のプロセスがあるため、低分子や高分子医薬品に比べ、コストが高くなる傾向にあります。さらに、細胞自身が不安定なことから同等性の確保が難しく、厳密な治療効果を評価しにくいことも問題と考えられます。

今後の方向性としての先制的自己再生

 上述した通り、現在の多くの細胞治療の治療効果は主に栄養効果によるものと考えられ、介入方法としては細胞移植ですが、その効果メカニズムとしては「再生誘導に近い」と言えます。この栄養効果のメカニズムが解明できれば、将来的には細胞を用いず、低分子や高分子医薬で細胞治療と同等の治療効果を得られる可能性があり、コストの問題や同等性の確保の問題を解決できることになります。さらに、ここで重要なのが、細胞から低分子や高分子医薬に介入方法を置き換えることができれば、先制的な介入の手段として使える可能性が出てきます。一般に、多くの疾病については、病態が進行すると十分な治療効果が得られないため、“先制医療”による早期介入の実現は将来の医療のあるべき姿の1つと考えられます。私たちは、現在、このような再生医療の知見と先制医療のコンセプトを合わせた「先制的自己再生」について検討しています。

ページトップへ