レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第49回「イギリス政府で学んだ政策形成における科学の活用〜フォーサイトへの参加」

2013.09.30

中村亮二 氏 / 科学技術振興機構研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット

中村 亮二(科学技術振興機構研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット)

科学技術振興機構研究開発戦略センター 環境・エネルギーユニット 中村 亮二 氏

 国の意思決定や政策形成に対する科学的助言の重要性を指摘する声が近年高まっている。科学的手法を通じて得られた知識を社会の中で適用するには、留意すべき点も多いが、重要な意思決定を必要とする場面では、物事を客観的に把握し、判断するための材料として、科学的な根拠とそれに基づく助言は有用である。これは社会のあらゆる場面において言えることであり、もちろん、政策形成の場においても同様だ。筆者は2013年度、イギリス政府内で政策形成のために科学的助言を行う組織で、数カ月間の業務経験の機会を得た。ここではその「政府科学局」(Government Office for Science;GO-Science)、とりわけ筆者が参加させていただいた「フォーサイト」(Foresight)についての概要と、日々の業務や担当職員らとの会話から感じた幾つかの事柄についてご紹介したい。

科学的助言を行う機関

 GO-Scienceは「ビジネスイノベーション技能省」(Department for Business Innovation & Skills;BIS)内にあるが、組織としては中立、独立な立場を表明していて、BISに限らず各省と、あるいはその他の公的機関と、科学技術に関連した情報交換や各種連携を迅速に行える関係を構築、維持している。GO-Scienceのトップは首相や内閣に対して科学・技術に関する助言を行う「政府首席科学顧問」(Government Chief Scientific Advisor;GCSA)である。GCSAには2013年4月からSir Mark Warport氏が就任し、前任のSir John Beddington氏からその任務を引き継いだ。

 GO-Scienceは基本的にGCSAの活動を支えるための組織だ。国内外の専門家や調査機関と協力して、科学的に妥当性のある情報や見解を集約し、それに基づき、GCSAないしGO-Scienceとしてのメッセージ、いわゆる科学的助言を組み立てる。

 組織は、突発的な事象や話題などに関する案件に迅速に対応する部門と、特定のテーマを数カ月から数年にわたってじっくりと調査検討する部門の、2つに大別できる(※1)。2011年3月に福島第一原子力発電所事故が発生した際、日本に滞在する自国民の対応などに関する助言の検討では、前者の部門が動いたという。後者に関しては後述するように、フォーサイトや「ホライゾン・スキャニング」(Horizon Scanning)という、将来の不確実性に対する科学的知見の収集・集約と、それに基づく助言の形成、あるいは、その方法論に関する普及啓発などを行う取組みが有名である。両部門の業務の性質は異なるが、職員どうしの交流は日常的に頻繁に見られていた。

 ※1 2013年7月時点

フォーサイト

 GO-Scienceでは、「フォーサイト」という単語は2通りに使われている。まず、前段で言及した後者の方の部門は「フォーサイト・プログラム」(Foresight Programme)と呼ばれている。そしてその下に、「フォーサイト・プロジェクト」(Foresight Projects)、「ホライゾン・スキャニング・センター」(Horizon Scanning Centre)、「ポリシー・フューチャー・プロジェクト」(Policy Futures Projects)という3種類の、調査分析や普及啓発の部門がある。フォーサイト・プログラムの使命は、これら3種類の機能の活用を通じて「ロバストな政策形成のために、政府が将来を体系的に考えること」を支援することである。

フォーサイト・プロジェクト

 フォーサイト・プロジェクトは、10〜60年ほど先の将来を対象にした検討を行う。2013年7月の時点で進行中のプロジェクトは以下の2件である。
(1)「製造業の未来(The Future of Manufacturing)」:2013年秋に最終レポートを発表予定
(2)「都市の未来(The Future of Cities)」:2013年6月に正式に活動スタート

 個々のプロジェクトはテーマ検討(Phase1)から始まり、チームを作っての下調査(Phase2)、外部有識者も招聘した本格的な分析と結果の統合(Phase 3)、助言作成(Phase 4)、アクションプラン策定・助言の公開・フォローアップ(Phase 5)と進む。テーマ設定から助言の公開までに2〜3年をかけ、その間に詳細な分析と助言策定、ならびに助言を実行に移すためのアクションプラン策定に取り組む。

ホライゾン・スキャニング・センター

 ホライゾン・スキャニング・センターは、フォーサイト・プロジェクトよりも個別的な多数のテーマについて、それらの概観把握と将来に対する洞察を行い、文書としてデータベース化するという取組みをかつては行っていた。しかし滞在当時はこの取組みを一旦休止させ、今後どのように進めていくかがGO-Science内で議論されていた。この他には、イギリス政府職員への普及啓発を目的に、将来に対する洞察のためのツール(いわゆるFutures analysis technique)の体系化と解説、それを基にしたトレーニングの企画・実施に取り組んでいた。

 そのような中、政府内でのホライゾン・スキャニングの機能が強化されるというニュースがあった(※2)。担当者によれば、ホライゾン・スキャニング・センターはこの機能強化の中でも実行部隊として今後重要な役割を担うことになるとのことだった。

 ※2:Horizon Scanning Programme: a new approach for policy making、2013年7月

ポリシー・フューチャー・プロジェクト

 ポリシー・フューチャー・プロジェクトは、調査機能としてはフォーサイト・プロジェクトとホライゾン・スキャニング・センターの中間に位置づけられるものとの印象であった。政策的に興味深いテーマを6カ月間かけて調査、分析し、助言作成を行うという活動である。現在進行中のものは「人口統計学的な変化の未来(The Future of Demographic Change)」の1件で、2013年秋にレポートを発表予定である。

 フォーサイト・プログラムにはこの他にも、これらの調査分析、普及啓発活動を支えるコミュニケーション部門、マネジメント部門がある。これらの部門全てが一体的に動くことで、組織としての戦略的な運営が実現していた。

GO-Science職員の基本的な姿勢

 以上、大変駆け足だが、GO-Scienceの概要をご紹介した。紙幅の関係で十分に説明できないが、各部門での彼らの仕事ぶりから学ぶべきことは大変多いと感じた。

 たとえば、彼らと一緒に仕事をさせていただいて一つ印象的だったのは、「私たちは政策自体を提案するのではなく、政策形成が明確な根拠に基づき行われることを助けるよう、ベストな科学的知見を用いて助言をすることである」、また「科学的知見の多くは専門的で政策立案担当者には分かりづらく使いづらいので、それをある意味では翻訳し、まとめてあげることが私たちの役割だ」といった内容のことを、日々の会話や会合など、複数の場面で耳にしたことであった。

 こうした言葉は、助言の客観性や信頼性を組織全体で常に高いレベルに保つために必要な自戒の言葉であると感じられた。なぜなら科学的助言は、その有用さと同時に、政策形成や意思決定に対する影響の大きさと、複雑な現実の問題に対して、限られた情報や知識に基づき一定の見解を組み立てなければならない不完全さという、ある意味では扱いづらい側面もあわせ持っているためである。そのため、こうした意識を常に保とうとする姿勢は大変重要であり、学ぶべき点であると感じた。

日本での政策形成における科学の活用

 他方、実は彼らも日本の取り組みを学んでいる。文部科学省が1971年から約5年に1回の頻度で実施してきた大規模な科学技術予測調査は、その一例である。政策形成における科学の活用は世界的にも重要なテーマだが、それに関わるコミュニティは必ずしも大きくない。そのため似たような問題意識をもつもの同士で切磋琢磨しあえる関係があることは、お互いにとって極めて有益である。

 日本では最近では「政策のための科学」(Science for RE-designing Science, Technology and Innovation Policy、SciREX)も推進され、科学技術イノベーション政策における客観的根拠(エビデンス)に基づく合理的なプロセスによる政策形成実現を目指した取組みが行われている。日本での政策形成における科学の活用は、これまでの積み重ねを基礎として更なる発展が望まれる。JST研究開発戦略センターで行っている研究開発戦略の立案においても、根拠となる知識、情報の客観性確保は重要となる。今回の経験を、是非とも日々の業務にも生かしていきたい。

ページトップへ