レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第46回「政策としての「政策の科学」、科学としての「政策の科学」」

2013.06.20

己斐裕一 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策ユニット

己斐 裕一(科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策ユニット)

科学技術振興機構 研究開発戦略センター 政策ユニット 己斐 裕一

 「政策の科学」とは、エビデンス(客観的根拠)に基づく科学技術イノベーション政策の形成を目指して、そのための科学的基盤を構築する研究領域である。解決すべき社会的課題、国民の科学技術に対する期待、科学技術の現状・潜在的可能性などを、科学的な方法によって体系的なエビデンスとして把握し、現実の政策形成に反映することで政策の合理性を高めるとともに、政策形成プロセスの透明性の向上を図ることを目的としている。JST研究開発戦略センター(CRDS)の政策ユニットでは、活動の一環として「科学技術イノベーション政策の科学」(以下、「政策の科学」)の推進に取り組んでいる。

 現在世界各国で、政策形成プロセスの改善に対する同分野の貢献に期待が寄せられている。わが国においても、CRDSが公表した戦略提言(*1)をもとに、2011年度から文部科学省による推進事業が開始された。この事業では公募型研究開発プログラムやデータ・情報の基盤整備とともに、中長期的な観点から、「政策の科学」推進の担い手となる研究者、およびエビデンスに基づく政策形成を推進する政策担当者などの人材育成・教育と、そのための教育研究拠点の整備が進められている。

政策としての「政策の科学」

 ところで、「政策の科学」を政策として推進していくうえで喚起される再帰的な問いがある。それは、政策としての「政策の科学」の合理性を検証するエビデンスはどこにあるのか、という問いである。

 「政策の科学」における知識生産の営みにはすべて、この矛盾が内在している。それは、政策という「全体」を語らねばならないにも関わらず、語りの主体たる「政策の科学」の関係者がその「一部」であるという困難である。(さらに言えば「政策の科学」は、それ自体が科学でありつつ、分析対象である科学について評価し、思考しなければならない。)

 「政策の科学」を含む社会科学的な思考は対象が何であれ、その対象が置かれている文脈依存性を考えざるをえない。対象を切り取る根拠を示すためには、切り取りの妥当性を示す理論が必要であり、このような理論が必要であるということは、対象を局所として内包する全体性、すなわち対象が置かれている文脈を想定することを回避できないということである。

 この意味で、社会科学の研究は扱う単位がミクロなものであれマクロなものであれ、何らかの形で全体性に言及することを回避できない。より正確にいうなら、自らがいかなる視座構造から全体性を観察しているか、ということを観察することが必要なのである。

 この「全体性観察の観察」という難題へのCRDSスタイルの回答は、科学技術分野別の俯瞰(ふかん)活動で蓄積された構造化・俯瞰の方法論(*2)ということになるだろう。

 すでにJST社会技術研究開発センター(RISTEX)での公募型ファンディングプログラムや、基盤的研究・人材育成拠点に選ばれた大学などで、研究プロジェクトの評価手法や、研究開発投資の経済的・社会的インパクトに関するエビデンスの体系化・測定、多様なステークホルダー間での合意形成手法、科学者の行動規範や科学的助言のあり方などに関する個別、具体的な研究がスタートしている。一方で、「政策の科学」の政策としての合理性を担保するためには、これらの研究から産まれる成果が、エビデンスに基づく政策形成を目指すうえでどのように役に立つのか、常に位置づけ、構造化していく作業が必要である。

 構成型科学者は、対象の単位性が見通しにくい社会科学の分野でこそ、より一層重要な役割を果たすと考えられる。「政策の科学」の全体を俯瞰し、政策上必要とされる具体的な機能と邂逅(かいこう)させる仕事は、われわれCRDSフェローに与えられている。

科学としての「政策の科学」

 いまひとつ、「政策の科学」を推進するうえで考えなければならないのは、「政策の科学」の科学としての側面をいかに取り扱うかという問題である。すでに述べたように「政策の科学」は、より合理的な政策形成プロセスを実現したいという政策上のニーズを起点とする問題解決型の分野である。しかし政策側から与えられる問題にその都度答えていくだけにとどまっては、科学としての長期的な発展や人材育成は望めない。政策プロセスの改善を目的とする以上、政策との接点をまったく持たないわけにはいかないだろうが、科学として持続性と信頼性を保つためには、ある程度の自律的な発展が必要であると考えられる。

 例えば、「政策の科学」とも非常に関わりの深い近傍の分野に、科学技術社会論がある。科学と社会の界面で発生する問題を広く扱い、科学技術について人文社会科学的な方法で分析を加える学問で、日本では1990年代ごろからボトムアップ的に研究コミュニティが形成された。しかし2000年代に入ってから、科学技術コミュニケーションが政策的に強力に推進されたことなどの影響を受けて(3)、日本の科学技術社会論は、取り扱う研究テーマを「市民参加」や「コミュニケーション」、「科学技術リテラシー」などへと大きく偏らせた。雑駁に言ってしまえば、政策上重視された課題に対してリソースを集中させ、問題解決型の指向を強めたのである。結果的に科学技術社会論に対しては、発生する問題に対して後追い的にコメントするだけで、社会の中の科学技術について自律的に批判する機能を十分果たさなくなったという声も内外からあがっている(4)。

 この例は、学術研究のテーマがかなりの程度政策的に誘導可能であることを示す証左であると同時に、過度に問題解決を指向すると研究テーマが硬直的になり、科学としての信頼性を損なうおそれがあることを示している。科学とは本来、自律的に答えるべき問いを立て、それに応える試みの繰り返しを通じて、未知の領域を切り開いていく営みであるはずだ。問題解決型の色彩がもともと強い「政策の科学」においてこそ、こうした科学としての自律性を保つことは重要であり、またチャレンジングでもある。

 CRDSでは「政策の科学」のボトムアップ的なネットワーク形成を狙いとして、文部科学省科学技術政策研究所と政策研究大学院大学と共同で「科学技術イノベーション政策の科学」構造化研究会を設置している(*5)。文部科学省による推進事業の関係者にとどまらず、科学技術関係府省の政策担当者や、「政策の科学」に関わりの深い分野の研究者から幅広い参加を募ってオープンな意見交換を行うことで、視野の狭窄化を回避し、「政策の科学」の研究コミュニティの外延(がいえん)を拡大していくことが目的である。

 「政策の科学」は政策的なイニシアティブによって開始され、推進されつつも、さまざまな関心と専門性を持った研究者が関わる科学でもある。CRDSでは今後も「政策の科学」の政策としての合理性、一貫性を維持しつつ、研究者が独自にネットワークの裾野を広げられる仕組みづくりを試行していきたいと考えている。

*1) 戦略提言『エビデンスに基づく政策形成のための「科学技術イノベーション政策の科学」の構築』(CRDS-FY2010-SP-13)
*2) 参考:『研究開発戦略立案の方法論』(CRDS-FY2010-XR-25)
*3) 参考:中村征樹「科学技術コミュニケーションの政策的振興」、桑原雅子・川野祐二編『[新通史]日本の科学技術』第3巻(原書房、2011年10月)、577-598頁
*4) 例えば、木原英逸「新自由主義国家における知識の変容:STSと批判主義」、国士舘大学政経論叢50周年特別記念号(国士舘大学、2011年2月)など
*5) 同研究会の開催結果の一部は既に報告書として公表している:ワークショップ報告書『「科学技術イノベーション政策の科学」の俯瞰・構造化に向けた検討』(CRDS-FY2011-WR-13)。また、新しい報告書を近日中に公表する予定。

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