レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第42回「社会課題の解決に向けた科学技術分野の統合化」

2013.01.18

馬場寿夫 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター ナノテクノロジー・材料ユニット フェロー

馬場 寿夫(科学技術振興機構 研究開発戦略センター ナノテクノロジー・材料ユニット フェロー)

研究開発戦略センター ナノテクノロジー・材料ユニット フェロー 馬場 寿夫

 2011年から始まった第4期科学技術基本計画は、それまでのライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料といった科学技術の重点分野の推進から、東日本大震災からの復興・再生およびグリーンイノベーション・ライフイノベーションの推進といった、社会の重要な課題の解決に向けた課題達成型の研究開発の推進へ大きく舵を切っている。これまでとの大きな違いは、優れた科学技術の成果を出すというだけではなく、ある課題のボトルネックに関して、いろいろな学術分野の科学技術の知識を集め、社会に実装・普及させていくための制度改革や規制の見直しなども含めて、解決を図るものである。

 私は、昨年の3月までは内閣府の総合科学技術会議(CSTP)の事務局で共通基盤技術としてのナノテクノロジー・材料分野の推進や評価に関するとりまとめを行ってきた。CSTPでは基本計画に則り、効果的で効率的な課題解決の仕組みを検討し、翌年度の科学技術予算要求に関連して、「科学技術重要施策アクションプラン」を策定し、課題解決に有効で優先的に行うべき施策の特定を行っている。各省施策の重複の排除や連携強化のために、事前の各省の協議を誘導したりしているが、残念ながら、まだ課題達成に関連する施策を集めた形にはなっていない。

 課題達成には一つの科学技術分野の推進だけでできることはほとんど無く、いくつかのボトルネックに対して複数の科学技術分野の知見を生かして取り組むことが必要になっている。このため、課題解決に必要なボトルネックを具体的に挙げ、そこを打破する可能性のある科学技術を集めて統合(Converging)したり、境界領域を融合し強化するなどの取り組みが不可欠になってくる。関連する学術領域や技術分野が、課題に対する共通の目的意識を持ち、密に連携して課題の解決にあたるというような体制・仕組み(システム)の構築が重要であろう。各省が学術界や産業界と連携して、課題解決のシステム作りを図った上で、施策を提案するようなやり方が望まれる。

 このような取り組みの必要性は、わが国だけでなく科学技術を重要な政策として推進している米国や欧州、韓国などでも認識されている。米国では2003年に異分野の融合・統合化促進に関する報告書「Converging Technologies for Improving Human Performance: Nanotechnology, Biotechnology, Information Technology, and Cognitive Science(NBIC)」をまとめているが、次に紹介するように、10年程度経ったところでその更新の準備を進めている。また、韓国ではすでに「統合化(Convergence)」をキーワードにした積極的な取り組みが行われている。

 昨年10月15-16日に韓国のソウルにおいて、米国国立科学財団(NSF)、韓国教育科学技術部(MEST)、独立行政法人科学技術振興機構(JST)の主催により、日米韓の国際ワークショップ「International Study on Converging Technologies for Societal Benefit (NBIC2: Beyond Nano-Bio-Info-Cognitive Technologies)」が開催された。この会議は、ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、情報通信技術、認知技術などの異分野の技術を融合・統合し、どのようにして社会の利益に結びつけていくかについて、米国を中心にヨーロッパやアジア各国のこれまでの事例やアイデアを収集し、意見をとりまとめることを目的にしたものであり、4つの地域で開催された会議の一つである。異分野との共同研究開発に携わっている研究者・マネージャや科学技術政策の関係者など約60名が集まった。

 はじめのプレナリーセッションで、ナノテク・バイオ・情報通信・認知などの異分野融合・統合に関わる事例や考え方・仕組みなどについて、日米韓からそれぞれ複数の講演を行い、その後に10のセッションに分かれて、3カ国の事例紹介・話題提供を元に議論した。過去10年間のビジョンの変化や大きなインパクトの成果、今後10年間のビジョンやゴール・シナリオ、必要なインフラ・教育、重要なテーマ、政策などについてまとめた。

 10のセッションの内、4つのセッションは統合化プラットフォームについてであり、それぞれ科学技術ツール、地球環境システム、生活の質の向上、統合化の方法論に関するものであった。残りの6つのセッションは、人の健康、認知と生活の質、生産プロセス、教育・インフラ、持続可能な開発、ガバナンスに関するものであった。

 全体としては、これまでナノテク関係の評価・製造のインフラ整備が進み、ナノテクとエレクトロニクス、バイオとエレクトロニクス、認知科学とナノテク/エレクトロニクスなど、異分野融合の研究を通して成果が出ていることが確認された。今後は社会の課題の解決に向けて、さらに社会との関係を密にした分野融合・統合化の取り組みが必要になることで、意見の一致をみた。また、インフラ整備や教育も含めた融合・統合化の仕組みづくりおよび政策推進が重要になるという認識も共有された。

 なお、プレナリーセッションの中で、韓国はこれまでの科学技術政策とその成果、これからの統合化技術(Convergence Technology)に関する政策などを紹介した。韓国ではConvergenceに対する独自の解釈で、政府や研究所の組織名に直接Convergenceを取り込み、また、今年度からナノテク、バイオ、情報通信などの「Convergence Center」を立ち上げて、分野融合・統合化を強力に進めようとしており、課題達成型の科学技術研究の推進に向けた対応や取組みが、非常に早いことが感じられる。

 私は、日本側の参加者のとりまとめを担当し、ナノテクノロジー・材料分野の研究者に加え、日ごろは話す機会の無い認知科学、ヒューマンマシンインターフェース、脳型コンピューティング、バイオ、地球環境(森林)保全、資源循環、社会受容などの研究やマネージメントに携わっている方々と話す機会があった。日本からの参加者はある課題の解決のために異分野との共同研究を進めてきた人たちであり、異分野の人たちとの共同研究や関わりを持つ中で、本質的なニーズが何であるかを理解したり、その分野にはなかった考え方を学んだり、新たな融合領域への展開が生まれたりしたという、興味深い話を聞くことができた。

 これは、課題達成を目的とした異分野との共同研究・連携から、新たな研究領域が生まれてくることを示しており、新しい知見や技術の誕生につながることが期待される。例えば、最近の日本の半導体エレクトロニクス分野にはやや閉塞感があるが、医療関係の課題を明確にしてバイオや認知科学といった異分野との連携を深めていくことにより、新たな融合技術への展開や新産業創出も期待できる。

 私自身のこれまでの研究開発の経験と照らし合わせても、研究において大きな進展があったのは、異なる技術分野の人たちとの交流・連携がきっかけでにあったように思う。私は電子工学の中の半導体デバイス・プロセスを専門にしており、材料の欠陥に起因したデバイスの特性・不安定性の問題に取り組んでいた時期がある。その当時、結晶成長の研究者、材料物性評価の研究者とチームを組み、密な意見交換の中から、短周期の超格子構造を利用したデバイス特性安定化の手法を考案し、この材料の欠陥に起因するデバイスの不安定性除去に成功するという経験をした。デバイス・プロセス研究のコミュニティだけでは発想できなかったことである。

 今年度、研究開発センター(CRDS)では各分野の技術俯瞰や、社会的期待の検討と取りまとめを行う。私の担当であるナノテクノロジー・材料分野の俯瞰をすることはもちろんであるが、他分野の俯瞰と社会的期待を照らし合わせて、課題解決の多様なシナリオや技術の組み合わせの可能性を認識し、グリーンイノベーションやライフイノベーションの重要な課題の解決に向けた、分野融合・統合化の具体的な提案も考えていきたい。

 このような取り組みは、欧米や韓国・中国などとの科学技術の競争においても重要であろう。研究者自身が社会の課題を真剣に考えて研究に取り込むことが望まれるが、各府省やファンディング機関が異分野融合・統合化を誘導するプロジェクトを立案することや、各学会が社会課題達成や新たな学術領域の創生に向けた異分野融合・統合化の活動を盛り上げることが必要と思う。従来の学術・技術分野の殻を破り、融合や統合化を進めることにより新たな学術・技術を作り出すことができれば、中国などの台頭で脅かされつつある、わが国の科学技術力や産業競争力に再び新しい活力を与えることができるだろう。

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