レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第38回「システムを科学する」

2012.09.20

豊内順一 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム科学ユニット

豊内 順一(科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム科学ユニット)

 科学技術振興機構 研究開発戦略センター システム科学ユニット 豊内 順一

システムの時代

 皆さんは「システム」と聞いて何をイメージされますか?

 お仕事や専門分野によって異なると思いますが、ネット社会の現代においては、情報システムなどのコンピュータ・システムを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。

 ここでは、システムを「相互に影響を及ぼしあう複数の要素から構成され、一定の機能を実現する複合体」と定義します。その意味では、自然もシステムであると言えますが、本稿では人工システムに注目し、システムを構築するための科学について話を進めたいと思います。

 「JST/CRDSシステム科学ユニット」の重要なミッションの1つが、「システム科学技術」の振興策の提案です。さまざまなシステムに囲まれて成り立つ現代は、まさに「システムの時代」であり、「社会的な重要課題は、システムを構築することによって解決できる」と考えるからです。また、科学技術政策を通じて生み出された研究の成果がいかに優れていても、それ単体ではほとんどの人はそのメリットを享受できません。成果は人工システムに組み込まれ、社会に実装されることで初めて効果を発揮し、イノベーションが達成されるのです。

 ところが、実際に適切なシステムを設計・構築・実装することは容易ではなく、だからこそシステム科学技術が研究の対象になり得えます。では、その背景からご説明していきましょう。

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“もの”から“コト”へ

 近年、いろいろな場面で「コトづくり」という言葉が用いられています。「コト」とは心の豊かさや生活の質、安全安心などを高める「何か」です。用いられる文脈によって多種多様な意味が込められますが、例えば高度なサービス、感動や驚きを伴う体験、あるいはイノベーションなどの言葉で置き換えられるでしょうか。

 それは、「より高い付加価値や満足度への期待」と言えるでしょう。そのためには、複数の機能や構成要素を結合、あるいは連携することが求められます。自動車を例にとるならば、車体技術と駆動技術を連携させることで、“Vehicle Stability Control”という高度な車両安定性制御システムが実現できました。また、自動車という製品は、従来はそれだけで完結したシステムであり最終製品でしたが、ITS(Intelligent Transport Systems)の中ではプローブ(移動センサ)として、また地域EMS(Energy Management System)の中では移動可能な蓄電池として、それぞれ大きなシステムの中の要素として位置づけられます。

 このように、既存のシステムがさらに大きなシステムの部分要素(サブシステム)として組みこまれていくのが、「コトづくり」のプロセスです。そして、社会的な重要課題の解決も、一種の「コト」と言えます。それは単独の製品や機能では決して実現できないからです。

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システム構築の難しさ

 工場の製造システムによって「もの」(=製品)が生産されるように、「コト」を生み出すには、より高次な視点と統合的なシステムが必要となります。しかし、そのようなシステムは非常に大規模かつ複雑であるため、容易に構築することはできません。さらに、ある課題を解決する機能を設計することはできても、システムを取りまく「環境」をどの範囲まで考慮するかで、機能が実装されるシステムの複雑さは大きく変化します。「環境」には、システムを利用するユーザは無論のこと、運用や保守を行う人間、さらには社会・経済環境や自然環境までが含まれる場合があり、これはもはやプロジェクトリーダーの能力や視野の広狭をはるかに超える問題です。そこで、システムにかかわる科学技術、すなわち「システム科学技術」が、システムを解析、設計、構築、運用する上で重要な役割を演じることになるのです。

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「システム科学技術」の2つの側面

 ハーバート・サイモンは著書『システムの科学』において、自然の物体と現象についての知識の体系である「自然科学」と対比しつつ、人工システムを研究するための「人工物の科学(The Sciences of the Artificial)」という言葉を定義しました。システムの構築を支援するシステム科学技術は、まさに「人工物の科学」に他なりません。

 システム科学技術は大きく2つの領域に分けられます。「Discipline化された領域」、すなわち体系的に確立された学問分野と、「Discipline化されていない未分化の領域」です。

 「Discipline化された領域」の多くは、その源流を1930〜40年代にたどることができ、十分に検証された理論を持っています。具体的には、制御、最適化、モデル、ゲーム、ネットワーク、学習などの学問分野が、この領域に含まれます。

 一方、「Discipline化されていない未分化の領域」は、システム全体の機能や振舞を望ましいものとするために、多種多様な構成要素を適切に組み合わせてシステムを構築し、運用するための方法論です。システム思考を具体化する方策や、システム科学とシステム技術をつなぐ手法の集合体と言い換えることもできるでしょう。近年注目を浴びている“Service Science”は、これまで未分化だった領域の一部を体系化しようとする取り組みの一つです。

 ところで、私たちの社会には社会インフラや情報サービスなど、さまざまな大規模システムが数多く構築され、日々サービスを提供しています。ならば、「システム構築の方法論」も既にきちんと体系化されているはず、と思われるかも知れません。しかしその方法論は、残念ながらシステムの設計や構築を請け負う企業の開発ノウハウやガイドライン、マニュアルなどのレベルに留まっています。大規模システムの場合には、システム内部、あるいは他システムや環境との境界条件のパラメータが多すぎて、全体の最適化を行うことは非常に困難なのです。

 では、前述のDiscipline化された学問分野は、どのようにシステムの設計・構築に役立っているのでしょうか。例えば、化学プラントの場合には多種多様な反応装置や設備の共通モデル化が進んでおり、さらにプラント全体をほぼ閉じたシステムとして扱って、制御理論や最適化理論などを効果的に適用することができます。そのため、比較的容易にシミュレーションとプロセス最適化が可能なのですが、残念ながらこのようなケースは例外的です。一般的な大規模システムの場合には、特に重要な部分(サブシステム)に着目し、さらに幾つかの前提を置いてモデルの単純化を図った上で、シミュレーションを行い、部分的な最適化の結果を積み上げながら、全体の詳細化を進めていくというアプローチが多いようです。

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システム構築戦略研究の提案

 社会におけるシステムの重要性がますます増大する中で、システム科学技術の研究の推進は喫緊の課題です。現状のボトムアップで試行錯誤的な設計手順や、業種ごとあるいは属人的な設計ノウハウのような体系立っていない“知”から、普遍的で検証可能なシステム構築の方法論を導き出し、学問分野として確立していかねばなりません。私たちは、この新しい研究カテゴリーを「システム構築戦略研究」と名付けました。

 システム科学技術は、(1)分野の個別性を捨象した人工物の論理の普遍性を追求する、(2)さまざまな機能を持つ要素を統合し、1つの全体機能を実現することを目的とする、(3)実際のシステム構築のプロセスの中で実効を上げることで鍛えられる、という3つの特徴を持っています。JST/CRDSでは、これらの特徴を踏まえた上で、システム科学技術の振興策を、「システム構築による重要課題の解決にむけて〜システム科学技術の推進方策に関する戦略提言〜」としてまとめ、2011年3月に提案しました。現在も、地域水循環システムの基盤研究をはじめ、さまざまな研究領域へのシステム構築戦略研究の適用方策を継続的に検討しているところです。これらを通じて、システム構築方法論の体系化と研究推進、システム構築課題の定式化によるファンディングの効率化などが期待されます。

図1. システム構築戦略研究の位置づけと概要
図1. システム構築戦略研究の位置づけと概要

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 本年度スタートする、戦略的創造研究推進事業の1つであるCREST「分散協調型エネルギー管理システム構築のための理論及び基盤技術の創出と融合展開」では、社会ニーズを的確にとらえた研究を推進していくために、従来のCRESTとは異なる2段階の研究体制をとります。第1段階では核となる要素技術の研究を進めつつ、並行して、わが国が目指すべきエネルギーシステムの姿をオープンに議論します。第2段階では、第1段階の研究チームをコアとして異分野融合チームの再編成を行い、目標システムのイメージを共有する最強チームで研究を推進します。このように、システム構築戦略研究の方法論を適用することで、エネルギーシステムの領域研究の発展と、システム科学技術の深化の双方を目指しています。

 さらに、現代の複雑な社会に科学技術を実装するためには、技術の世界だけで閉じない、社会に開かれたオープンなシステムを構築することが必要です。社会科学・人文科学との協力が不可欠であるため、システム構築戦略研究には、文理融合を今以上に促進する触媒の役割を果たすことも期待されています。

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