レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第33回「中国における科学技術イノベーション人材の早期育成 -才能教育の現状」

2012.03.21

趙 晋平 氏 / 科学技術振興機構 中国総合研究センター フェロー

趙 晋平(科学技術振興機構 中国総合研究センター フェロー)

 2010年6月に、中国初の中長期にわたる人材の発展計画である「国家中長期人材発展計画綱要(2010-20年)」が発表された。綱要では、2020年までに、中国を世界屈指の人材強国にする目標が掲げられている。人材大国から人材強国への変換を図るため、中国では海外留学人材の帰国誘致以外に、国内の人材育成、特に国家の科学技術イノベーションと国際社会における産業競争力の強化を図るための、質の高い科学技術イノベーション人材の育成がますます重要視されている。その一環として、能力のある子どもをさらに伸ばす才能教育の実施が強化されつつある。

中国での才能教育理念

 才能教育とは、才能に恵まれた才能者(才能児)を早期に発見し、その素質を望ましい方向に発達させることを目的とした教育である。従来は、一般的な知的優秀児に限られる傾向があったが、今日では他の分野にも及んでいる。数学、物理学、化学、生物学のほかに、語学、美術、スポーツなどの多様な分野での才能教育がみられる。才能教育は多様な能力に応ずる教育の一領域であり、個人の優れた能力の開発を目的とする一種の特別教育である。

 日本では、才能教育は、社会階層の再生産機能につながるものとして、多くの場合エリート教育として捉えられている。そのため、日本においては、才能教育は長期間にわたってタブー視されてきた。一方、中国で才能教育が順調に行われてきたのは、「因材施教」(個人の能力、適性にふさわしい教育を施す)という教育思想が幅広く支持されているほか、エリートという理念を用いて、才能教育を批判することがほとんどなかったことも重要な要因である。

 中国の現段階では、社会的地位による収入の不均衡ないしさまざまな不平等を解消し、平等な権利を保護するため、才能教育をはじめとする個人能力を基準とする教育制度も、権力と貧富差の拡張を抑制する役割を果たしている。中国では、才能教育を社会階層問題と結びつけず、主に個人の発達に対する視点から議論してきた。個人の発達が社会発展を促す大きな要因として考えられているため、政策上も個人の能力に応じた教育機会を積極的に提供する目的で、飛び級制度や拡充教育などの才能教育が行われているのである。

飛び級制度の実施

 才能教育の一環として、飛び級制度が中国で体系的に行われている。

 日本では、小、中、高校の各段階内において学年を飛び越すことについては、受験競争の激化を招くおそれが強いことなどから、実施しないことが適当であるとされ、飛び級の対象は高等学校在学2年間以上のものと限定されているため、大学への飛び入学制度しか存在していない。それに対して、中国では、教育法規が飛び級制度の実施の基盤であり、各教育段階とも飛び級をすることは可能である。

 日本でもよく知られている中国科学技術大学「少年クラス」が設置されたのは1970年代末だった。当時、経済発展の軌道に乗り始めた中国が直面したのは、10年にわたる文化大革命がもたらした「人材断層」(一世代の人材の空白)という厳しい状況だった。このため、いち早く優れた人材を養成することが緊急な政策課題となった。「少年クラス」に入学できるのは、16歳以下かつ高校2年生以下の優秀生徒である。これらの生徒が全国から応募し、大学統一試験や面接などに勝ち抜いて入学してきた。今までに、Microsoft副総裁の張亜勤など、多くの人材が輩出されている。中国科学技術大学「少年クラス」の卒業生の85%は国内・外の有名大学大学院に進学し、そのうち3分の2の学生は博士学位を取得している。11歳の大学生、15歳の大学院生、19歳の大学助手、23歳の博士課程修了生、26歳の准教授、30歳の教授、31歳の米国IEEE会員…。「少年クラス」は中国教育界の奇跡を多く作った。

 一方、各基礎教育段階とも飛び級制度が設けられている。その形態は主に小中高一貫型、中高一貫型の2種類に分けられる。

 合肥実験学校は唯一の小中高一貫型の飛び級制度導入校である。学校は合肥市内の優れた児童を学力試験で選抜し、9-10年間で、小・中・高12年間のカリキュラムを完成させる。

 一方、中高一貫型の飛び級制度を導入する学校は、北京第8中学校、中国人民大学附属中学校など、30校ほどある。これらの学校は、小学校高学年から知力抜群の生徒を選抜し、中学校2年間、高校2-3年間で中学校・高校の学業を完成させる。

拡充教育の実施

 拡充教育とは、知的な優秀児に対して、通常の教育より体系的で深化した幅広い教育内容を提供する教育である。原則として、飛び級を伴わない。拡充教育は個人の発達に及ぼす影響はあまり懸念されず、教育現場の抵抗も少なく、むしろ近年の教育施策の中で積極的に導入される傾向が見られ、代表的なプロジェクトが北京で実施される「飛翔プロジェクト」である。

 「飛翔プロジェクト」は、北京市教育委員会、北京市教育科学研究院の主導で2009年からスタートした。このプロジェクトは、北京市にある高校から数学、物理、化学、生物、情報技術、地理の6つの学科分野から、学力的に余裕のある優秀な生徒を毎年160人程度選び、彼らを定期的に大学、研究所にある国家重点実験室または有名な研究室に送り込み、科学者の近くで本格的な研究を経験させることにより、早い時期から生徒らのイノベーション意識、研究能力、社会的責任感を育成することを目標としている。

 このプロジェクトの推進に当たって、全市範囲内で20の高校と25大学・研究所にある100の国家重点実験室または研究室を分野ごとに拠点機関として指定し、さらに各生徒に対して在籍高校の教員、拠点高校の教員、大学・研究所の有名研究者から成る「三人指導体制」が取られている。このように、教育行政機関、高校、大学・研究所の関係者が緊密な連携を通じ、科学技術イノベーション人材の早期育成を推進している。

 「飛翔プロジェクト」の実施以来、すでに500人以上の優秀な生徒が卒業し、課題研究や論文など多くの成果が挙げられた。

 「飛翔プロジェクト」の経験を参照し、中国の各地にも「筍プロジェクト(U鱒シ省)」、「タカプロジェクト(重慶市)」などのプロジェクトが展開されている。

社会に浸透する科学技術コンテスト

 飛び級制度と拡充教育以外、中国では、理数系才能児の発掘、支援または発達に当たって、教科別コンテストが主要な手段として位置づけられている。予選、2次選考、本選、そして集中強化合宿、国際オリンピックへの参加など、中国では組織化された系統的な制度が設けられている。教科コンテストの実施には、中国科学技術協会の主導の下、各地方教育委員会が中心的な役割を果たし、大学と研究機関がサポートして、ほぼ全ての中等教育機関が協力し、毎年100万人以上の生徒が参加している。科学技術コンテストの実施により、生徒の科学技術イノベーションへの関心・興味が喚起された。

才能教育と大学入試

 中国では、飛び級制度、拡充教育、科学コンテストなどの取り組みにより、科学技術イノベーション人材の早期育成を図ろうとしている。当然、これらの才能教育を推進する際に、特に高校段階での才能教育の実施は大学との連携の問題を抜きにしては語れない。大学との連携は主に大学入試の緩和と選抜方法の多様化を通じて行われる。特に、才能教育の成果が大学入試において、評価されないとすれば、その新しい取り組みへの熱意を継続させることは、普通の高等学校においては非常に困難なことになる。

日本への示唆

 中国では、独自の「因材施教」の教育思想、子どもの教育に強い関心を示し他人との競争を肯定する社会意識、さらに科学技術イノベーション人材を早期に育成する人材観などのさまざまな要因により、各教育段階で才能教育が行われている。一方、中国での才能教育の実施は北京、上海などの一部の地域の生徒に限られ、その成功いかんが、大きく学校のレベルと所在地域の教育資源、特に大学進学率に大きく依存し、地域間・学校間の格差が顕在化している。これらの問題は決して看過できないが、日本の才能教育の推進に示唆が与えられる部分も大きい。

 近年、日本では、国際競争力の増強や理数系分野の再構築が図られ、エリート教育の必要性が次第に認識され、才能教育の実施が促進されている。一方、エリート教育に対する抵抗もまだ根強く存在しているため、才能教育はあくまで教育の多様化、個性化の中で進められていると思われる。エリート教育への批判をかわすために、日本に導入された才能教育はいずれも大衆教育との共生が強調されている。優秀な科学技術イノベーション人材を早期に育成するには、中国のようなさらなる「出る杭は伸ばす」施策の導入が必要である。

 まず、システム上においては、国家としての才能教育に対する長期的な戦略が日本ではまだ確立されていない。中でも、国家的な才能教育機関と国家中心の才能教育政策の欠乏や、才能教育実施校と他校や行政機関など関係機関との連携協力関係の不明確さなどの問題が挙げられる。才能教育の実施には、長期的なビジョンが必要であり、国家政策において才能教育の理念および目的を明確にし、国家戦略としてその実施を保障しなければならない。

 国家戦略の実施には、国家的な才能教育機関を設立し、全国範囲の組織的、構造的な取り組みが必要である。つまり、各学校独自の取り組みのかわりに、中国での才能教育の実施のように、国家や地方政府も補助金を投入し、大学、研究機関、中等教育機関、そして行政機関おのおのの役割を明確にし、それぞれが協力し、組織的で長期的かつ構造的な戦略を立てて実行し、バランスの取れた教育内容を制定しなければならない。一方、才能教育機関を卒業した子どもたちを社会が最大限に活用できるように、受け入れ態勢を拡充整備し発展させていく必要がある。

 現在進行中のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)は、国家によって主導される理数系拡充教育であり、国家による特別資金の注入、国家課程または学習指導要領によらない教育課程の編成と実施、大学や研究機関などと連携し、生徒が大学で授業を受講し、大学の教員や研究者が高校で授業を行うなどの連携方策の実施などの才能教育の特徴を持っていると考えられる。今後、中国で実施されている大学進学の確保、大学進学後の継続教育などにより、生徒の才能を伸ばすための国家と地方政府の積極的な参与や各段階における教育システムの協力体制の整備がさらに必要である。

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