レポート

研究開発戦略ローンチアウトー第32回「国家戦略としてのイノベーション ? 中国・韓国の取り組みに学ぶ」

2012.02.20

岡山純子 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

岡山 純子(科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー)

1.東アジア地域ではR&D投資が活発化

科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー 岡山 純子

 2008年秋のリーマンショックに端を発したグローバルな経済危機の影響で、欧米の研究開発(R&D)投資は減速傾向にある。一方で、東アジア地域※ではR&D投資が活発に伸びており、その総額は欧州連合(EU)加盟国全体の総額を抜いて米国に迫る勢いである。この最大の理由は、世界第2位の経済大国となった中国が伸びているためであるが、中国だけでなく韓国も健闘している。本稿では、両国の科学技術政策に関わる動向を外観した上で、わが国の政策への示唆について検討する。

2005年基準での実質額を購買力平価換算した値 (出典)経済協力開発機構(OECD)
2005年基準での実質額を購買力平価換算した値
(出典)経済協力開発機構(OECD)

2.イノベーション型国家を目指す中国

  • 眠れる獅子に風穴を開けた「経済特区」
    中国は、1978年に鄧小平氏が「改革開放路線」を掲げたことで市場経済化へのかじが切られた。ただし、中国のような大きな国で市場経済への転換という新しい試みを全面的に展開することは大きなリスクを伴う。そこで、限定された地域を対象に外資企業を進出させる特区制度を採用し、1980年にシンセンをはじめとする4カ所が経済特区に指定された。これにより、中国に外国の資本と技術を取り入れるための風穴を開けたといえる。その後、経済技術開発区などの特区に準ずる開発区を設け、まずは沿岸部、そして内陸部へとこの風穴を徐々に広げていった。この政策は功を奏し、中国経済は飛躍的に成長した。
  • サイエンス大国を現実化する頭脳還流
    中国の研究者数は既に米国と並んでおり、論文数でも米国に次いで世界2位の地位を築いている。中国の研究力が向上した理由の一つとして、海外から中国政府の優遇策を受けて帰国した「海亀族」の貢献がある。1990年代から、中国政府は積極的に海外からの研究者帰国を奨励する政策を実施してきたのに加え、2000年代半ばからは留学生を海外のトップ拠点に送り出す政策をも始めた。このような頭脳還流を通じて、中国の研究力は今後とも着実に成長していくだろう。
  • 「戦略的新興産業」でイノベーション強国になれるか?
    ここまで、中国のR&D能力が順調に発展している様子を述べたが、その一方で課題もある。改革開放政策に伴う海外からの技術移転などで中国の産業基盤は確かに大きく発展した。しかし、「低コストの人件費」という競争優位性に依存した成長との側面がいまだに残っている。さらに、R&Dの成果として論文数などは伸びているものの、中国国内でのR&D成果が自国の産業振興に生かされていない、中国政府の言葉で言うと、「自主イノベーション能力が弱い」ことが大きな課題となっている。
    そこで、科学研究とイノベーションとの隘路(あいろ)を切り開く新たな方策として、「戦略的新興産業」政策に注目したい。
    戦略的新興産業は、昨年から始まった第12次五カ年計画(2011-15年)において、中国政府が新たな産業政策の目玉として打ち出した政策であり、省エネ・環境保護、次世代情報技術、バイオ、先端設備製造、新エネルギー、新素材、新エネ自動車の7領域を中国の基幹産業に育てることを企図したものである。中国政府内では、これら産業を振興する上で国内のR&D成果を生かしたいとの考えがあり、今後これら産業領域に沿った研究開発投資が推進されることとなる。
    果たして、戦略的新興産業が自主イノベーションの起爆剤となるのか、今後ともその動向を見守りたい。

第12次5カ年計画に記された「戦略的振興産業」

(出典)中華人民共和国国民経済・社会発展第12次五カ年規画(2011-15年)
(出典)中華人民共和国国民経済・社会発展第12次五カ年規画(2011-15年)

3.トレンドセッターを目指す韓国

  • IMF危機で学んだこと
    1996年にOECDに加盟し、グローバル化を加速させていた韓国は、1997年に起きたアジア通貨危機により大きく出はなをくじかれた。外貨準備が枯渇寸前まで追い込まれた韓国は、国家倒産の危機にみまわれ、国際通貨基金(IMF)管理下に置かれることとなった。しかし、ここからの反撃がすごい。1998年に大統領に就任した金大中政権は、IMFからの要求に基づき公共、金融、財閥、労働の四大改革を推進した。多くの金融機関が整理閉鎖された。また、財閥は解体され、ビッグディール(大規模事業交換)の推進により業種が再構成された。この中で大宇財閥が分解した。さらには、新たな雇用創出のためIT産業を振興した。そして、大胆な構造改革を推進した結果、韓国の危機的状況は早々に回復し、1999年には早くも経済成長率がプラスに転じた。このIMF危機を機に、韓国は知識経済社会においてグローバルな優位性を確立する必要性を強く意識し始めたように見える。
  • グリーンイノベーションでトレンドセッターになれるか?
    2008年のリーマンショックを機に「グリーン・ニューディール」という言葉が各所で聞かれるようになった。これは、主として米国が景気回復策として打ち出したクリーンエネルギー政策を指すものであるが、実は米国に先駆けて韓国こそがグリーン・ニューディールを実施している。
    2008年に大統領に就任した李明博氏は、新たな国家戦略として、「低炭素・緑色成長戦略」を打ち出した。これは、韓国において次の世代の人々を支える基盤として、緑色技術とクリーンエネルギーで新成長産業と雇用を創出すると同時に、温室効果ガスと環境汚染を削減する持続可能な成長を目指すという考えに基づくものである。
    現在の韓国には、「環境先進国」というイメージはないかも知れない。しかし、自動車や半導体産業において、先進国との格差をキャッチアップし世界トップレベルにまで達した実績がある。また、国連事務総長のパン・キブン氏は、世界的に「グリーン・ニューディール」のコンセプトを喧伝(けんでん)している。これらから考えると、いま「緑色成長」分野に国の資源を集中的に投下すれば、技術面、あるいはブランド面でそれなりのステータスを築くチャンスはあるのではないか?というのが大統領の問題意識であるといえよう。
    これまで日本へのキャッチアップを目標に成長してきた韓国が、トレンドセッターのポジションを築き上げることができるか、今後とも注目したいところである。

4.日本への示唆

 中国政府が科学技術イノベーションを推進する目的は、「経済社会発展」と「国家安全保障」の2点である。2020年までにイノベーション型国家の仲間入りをし、今世紀中ごろまでに世界トップに躍り出たいとの考えが根底にある。先に紹介した戦略的新興産業などは、あくまでこの目標を達成するための一手段と捉えることができる。韓国政府は、国家戦略として低炭素・グリーン成長を掲げており、2010年に制定された低炭素・グリーン成長基本法には、「この法律は他の全ての法律に優先して実施するものである」と明記されている。このように、中国、韓国は明確な国家戦略・ビジョンがあり、これを実現するための手段として、科学技術・イノベーションが位置づけられている。また、中国は改革開放、韓国はIMF危機という「変化」が生じたときに、自らを変革し成長のチャンスをつかんでいるように見える。明確なビジョンがあればこそ、さまざまな環境変化に臆することなく、成長のチャンスを捉える原動力となるはずだ。わが国では第4期科学技術基本計画において、グリーンイノベーション、ライフイノベーションおよび震災からの復興を政策の目玉として掲げており、従来のシーズ主導型からニーズを踏まえた方針へと切り替えた政策を打ち出した。これは大きな進展といえるが、今後さらに、国家戦略全体の中での科学技術の位置づけや、グローバルな立ち位置・スタンスをより明確にすることが必要なのではなかろうか。東アジアの定義はさまざまな捉え方があるが、本稿では中国・韓国・日本に限定した。

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