ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Fri, 21 Nov 2025 07:04:22 +0000 ja hourly 1 スパコン速度、米「エルキャピタン」が3連覇 「富岳」は7位維持 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251121_n01/ Fri, 21 Nov 2025 06:30:37 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55620  スーパーコンピューターの計算速度の世界ランキング「TOP(トップ)500」が発表され、米ローレンスリバモア国立研究所の「エルキャピタン」が前回6月に続きトップとなり、3連覇した。毎秒100京回(京は1兆の1万倍)を意味する「エクサ級」のスパコンは、整備を完了したドイツの1台が加わり、集計上4台となった。理化学研究所の「富岳(ふがく)」は7位を維持。理研は後継機を2030年頃に稼働する計画だ。

スパコン世界最速のエルキャピタン(米ローレンスリバモア国立研究所提供)
スパコン世界最速のエルキャピタン(米ローレンスリバモア国立研究所提供)

 TOP500は性能評価用プログラムの処理速度を年2回競うもの。米ミズーリ州セントルイスで開かれた国際会議で日本時間18日に発表された最新版では、米エネルギー省、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、AMDなどが開発したエルキャピタンが毎秒180京9000兆回。トップ3を米国勢が占め、整備完了により同100京回にまで高めたドイツ「ジュピターブースター」が4位で続いた。7位の富岳の速度は、44京2010兆回となっている。

 エルキャピタンは国家核安全保障局の3研究所が利用。核実験を行わずに備蓄核兵器の信頼性を確認することなどに役立て、米国の核抑止力確保に貢献するという。物理学研究などにも用いる。ローレンスリバモア研は機密性の低い研究に広く使うため、エルキャピタンの小規模版「トゥオルミ」も導入しており、12位となった。

 上位500台の内訳は米国が最多の172台。日本は43台でこれに続き、前回4位から浮上した。以下、ドイツ40台、中国39台、フランス22台が続いた。一方、中国は近年、TOP500への参加に対し消極姿勢に転じており、既に複数のエクサ級スパコンを開発済みとされる。

 日本は先代「京(けい)」が2011年に連覇した後、中国や米国に抜かれた。20年6月、富岳で8年半ぶりに首位となり、21年11月まで4連覇した。TOP500と同時に発表された、産業利用に適した計算の速度を競う「HPCG」では2位と、実用性で強さを見せた。グラフ解析の性能を競う「Graph(グラフ)500」も続いて発表され、2位となった。

産業利用に適した計算の速度を競うランキングでは2位の富岳(理研提供)

 富岳は理研と富士通が共同開発し、理研計算科学研究センター(神戸市)の京の跡地に設置された。2020年4月からの試験利用を経て21年3月に本格稼働し、産学官による利用が進んでいる。

 理研は今年1月、富岳後継機の開発開始を発表した。コードネームは「富岳NEXT(ネクスト)」で、2030年頃に稼働する計画。シミュレーションでの実効性能を5~10倍に高めるほか、活用が急速に進むAI(人工知能)に必要な性能で世界最高水準を目指す。3月末には、富岳NEXTを同センターの隣接地に設置することを決めた。富岳を撤去して置き換える場合、利用の空白期間が長くなるためという。また6月、全体システムなどに関わる基本設計の業務実施者を富士通に決定したと発表した。

     ◇

TOP500のランキング上位は次の通り(名称、設置組織、国、毎秒の計算速度)。
1位 エルキャピタン ローレンスリバモア国立研究所(米国)180京9000兆回
2位 フロンティア オークリッジ国立研究所(米国)135京3000兆回
3位 オーロラ アルゴンヌ国立研究所(米国)101京2000兆回
4位 ジュピターブースター ユーリッヒ研究センター(ドイツ)100京回
5位 イーグル マイクロソフト社(米国)56京1200兆回

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見た目も動きもリアル! 恐竜型メカニカルスーツ、最新の研究もとに皮膚の質感まで再現 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251120_n01/ Thu, 20 Nov 2025 06:35:25 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55607
 トリケラトプスやアンキロサウルス、ステゴサウルスの恐竜型メカニカルスーツが観客の目の前を歩く(ON-ART提供)
トリケラトプスやアンキロサウルス、ステゴサウルスの恐竜型メカニカルスーツが観客の目の前を歩く(ON-ART提供)

 「こんなにすごい生き物がいたんだ」と感じてほしい――。そうした思いから、東京都立川市の株式会社ON-ART(オンアート)の金丸賀也(かずや)社長は、見た目も動きもリアルな「恐竜型メカニカルスーツ」のライブイベントを各地で開いている。

 金丸さんは東京芸術大学の出身で、博物館の展示物制作に携わっていたとき、硬い強化プラスチックを用いることに違和感があった。試行錯誤する中で、軟らかい樹脂に色を塗り重ねることで動物の皮膚の透明感や、皮膚の下の脂肪や血液の質感を再現できると気づいた。

 2005年、人が中に入って操縦する恐竜型メカニカルスーツの制作を始めた。現在はティラノサウルスやステゴサウルスなど37体。最新の研究を参考にしながら作っており、例えばトリケラトプスは、化石の知見をもとに棘(とげ)や鱗(うろこ)を再現した。ティラノサウルスも、羽毛の有無で複数のスーツがある。

 研究が進まない部分や学説が定まらないところなど「どうしても想像の部分はある」というが、生物として必然性のある姿にするのが基本だ。金丸社長は「映画に出てくるようなモンスターではなく、『生物』として見てもらえるように製作している」と話している。

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インフルエンザ、東北・関東5県で警報級猛威 全国でも前週比1.46倍で厚労省警戒呼びかけ https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251118_n01/ Tue, 18 Nov 2025 06:02:46 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55590  厚生労働省は14日、全国約3000の定点医療機関から3~9日の1週間に報告があったインフルエンザの感染者数は計8万4183人で、1機関当たりの平均21.82人だったと発表した。前週比は1.46倍で、地域別に見ると東北や関東の計5県で、警報レベルとされる30人を上回るなど猛威を振るっている。厚労省はまだ比較的流行程度が低い地域も含めて警戒を呼びかけている。

 都道府県別で最も多かったのは宮城の47.11人で、埼玉45.78人、神奈川36.57人と続いた。東京都は29.03人で警報レベルに迫っている。29都道府県で注意報レベルとされる1機関当たり10人を超えている。一方、高知3.13人、鹿児島4.02人、鳥取4.38人は少なかったが、厚労省はこうした流行程度が低い地域も今後感染者が増える可能性があるとしている。

 また、流行地域では子どもの感染も多く、休校や学年閉鎖、学級閉鎖になった小中高校は計3383校に上り、前週から1000校以上増えている。今シーズンの流行入り発表は10月3日で、昨シーズンより約1カ月早かった。流行しているのはA香港型(AH3型)が中心で、感染力が強く、幅広い年代が感染しているという。AH3型は1968年に世界的大流行(パンデミック)を起こし、その後も流行を繰り返している。

インフルエンザウイルスAH3型の電子顕微鏡画像(米疾病対策センター(CDC)提供)
インフルエンザウイルスAH3型の電子顕微鏡画像(米疾病対策センター(CDC)提供)

 東京都感染症情報センターによると、今シーズン検出されたウイルスのほとんどはAH3型で、昨年同型に次いで多かったB型は少ない。また報告感染者数の増加と同ペースで入院患者数も急増しているという。

 東京都の定点医療機関からの報告数は30人にはぎりぎり達していないが、都は保健所別の患者報告数が警報レベルにあるのは31保健所中12保健所で、これら保健所管内の人口割合は都全体の46.18%で都の警報基準を超えているとしている。

東京都の定点医療機関当たりの患者報告数の推移。今シーズンの流行の立ち上がりの早さが分かる(グラフの赤が今シーズン)(東京都提供)
東京都の定点医療機関当たりの患者報告数の推移。今シーズンの流行の立ち上がりの早さが分かる(グラフの赤が今シーズン)(東京都提供)

 厚労省や東京都などは、感染防止のためにこまめな手洗いや消毒、着用が効果的な場面でのマスク着用、咳エチケットなどの基本的な対策のほか、特に高齢者や重症化リスクが高いと考えられる人に対してはワクチン接種も推奨している。10月1日から多くの医療機関で接種できる。

 厚労省はインフルエンザの感染者が今後全国的に増えて治療薬が逼迫(ひっぱく)する可能性が高まったと判断した場合は、国が備蓄している治療薬を一時放出する方針を決めている。国や都道府県のほか製薬会社も備蓄する合計約4500万人分のうち、国が備蓄する最大1000万人分が放出対象。一部流行地域の薬局などで治療薬が不足し始めているための措置という。

東京都の集団感染報告者数の推移。定点報告者数の増加とペースを合せて増加している(東京都提供)
東京都の集団感染報告者数の推移。定点報告者数の増加とペースを合せて増加している(東京都提供)
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温室効果ガスの排出量、過去最多の年間577億トン 「対策強化しないと今世紀中に気温が最大2.8度上昇」とUNEP https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251113_n01/ Thu, 13 Nov 2025 06:26:49 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55545  国連環境計画(UNEP)は11月4日、2024年の世界の温室効果ガス排出量が前年より2.3%増え、二酸化炭素(CO2)換算で過去最多の577億トンに達したとする「目標未達―排出ギャップ報告書2025」を発表した。地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」の下で各国が提出した温室効果ガス削減目標(NDC)を達成しても、産業革命前からの気温上昇は今世紀末までに2.3~2.5度、対策を強化しなければ今世紀中に最大2.8度になると指摘。「地球は深刻な気候リスクと損害の拡大に向かっている」と、各国に一層の排出削減策を求めた。

UNEPの「排出ギャップ報告書2025」の表紙(UNEP提供)
UNEPの「排出ギャップ報告書2025」の表紙(UNEP提供)

 2024年の排出量が最も多かったのは中国で156億トン。次いで米国が59億トン、インド44億トン、欧州連合(EU)32億トン、ロシア26億トンの順だった。アフリカ連合(AU)を除いた主要20カ国・地域(G20)の排出量は全体の77%を占めたが、35年までの新たな排出削減目標を掲げた国はわずか7カ国にとどまる。報告書は「G20諸国の行動とリーダーシップが鍵を握る」と指摘した。

温室効果ガス排出量の多い5カ国とEUの2024年の排出量(CO2換算、左)と1990年からの排出量増減(右)をそれぞれ示すグラフ(UNEP提供)
温室効果ガス排出量の多い5カ国とEUの2024年の排出量(CO2換算、左)と1990年からの排出量増減(右)をそれぞれ示すグラフ(UNEP提供)

 パリ協定は、産業革命前からの世界の平均気温の上昇幅について、「複数の10年単位で見て1.5度に抑えること」を目指している。報告書によると、この「1.5度目標」を達成するためには、排出量を2030年までに19年比で40%、35年までに同年比55%それぞれ削減する必要がある。しかし、各国がNDC達成に向けた対策を実施しても、35年の排出量は19年比で約15%の削減にとどまる見通しで、今後10年以内に「1.5度目標」を超える可能性が大きいという。

 こうした見通しに対し、2035年までの新たなNDCを提出した国は60カ国で、パリ協定締約国の3分の1未満。気候変動に大きな影響を与えているとされる温暖化を食い止めようとの積極的な機運が十分でないことをうかがわせている。

 UNEPのアンダーセン事務局長は「各国の排出量削減計画に一定の進展があるものの、速度が足りない。今こそ、かつてない規模の排出削減を、極めて限られた時間内に達成しなければならない」と強調した。また国連のグテーレス事務総長は「(報告書で)科学者は2030年代初頭にも1.5度上昇は一時的に避けられないと警告しているが、1.5度目標は依然、私たちにとって北極星であり、まだ到達可能だ。問題は私たちが本気で(大幅削減という)野心を高められるかどうかだ」などとする声明を発表した。

UNEPのアンダーセン事務局長(UNEP提供)
UNEPのアンダーセン事務局長(UNEP提供)

 日本は2030年度に13年度比で46%削減、35年度に60%削減という目標を掲げている。UNEPは報告書で「日本の現行対策で目標に近づくものの、わずかに届かない」と予測している。環境省によると、日本の24年の排出量は未公表だが23年度で11億トンという。

 UNEPの報告書は、国連気候変動枠組み条約第30回締約国会議(COP30)に関連して6日と7日にブラジル・ベレンで首脳級会合が開かれるのを前に、各国に積極的な削減対策を求める形で公表された。10日に始まったCOP30には約140カ国・地域が参加し、2035年までの新たなNDCや発展途上国向け資金、CO2を吸収する森林保護などについて21日までの予定で討議している。

世界の温室効果ガス排出量の増加を示すグラフ(UNEP提供)
世界の温室効果ガス排出量の増加を示すグラフ(UNEP提供)
ブラジル・ベレンで11月10日から実質討議が始まったCOP30の議長席の様子(国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局提供)
ブラジル・ベレンで11月10日から実質討議が始まったCOP30の議長席の様子(国連気候変動枠組条約(UNFCCC)事務局提供)
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ハエトリソウが虫に気づく「感覚毛」 根元のタンパク質が触覚センサー 埼玉大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251106_n01/ Thu, 06 Nov 2025 06:52:09 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55490  二枚貝のような形の食虫植物ハエトリソウにおいて、細胞膜にあるタンパク質が、虫に触れられたことを感知する「感覚毛」の根元で、触覚センサーの役目をしていることを埼玉大学などのグループが明らかにした。「種の起源」や「進化論」で有名なチャールズ・ダーウィンをはじめとした研究者が200年以上調べている、虫を閉じ込める機構における接触刺激を感知する仕組みの一部が細胞レベルで分かった。

ハエトリソウで虫を捕まえる葉の部分と感覚毛(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)
ハエトリソウで虫を捕まえる葉の部分と感覚毛(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)

 ハエトリソウは、北米湿地帯に生育する食虫植物のひとつで、葉を折りたたむように動かしてアリなど虫を捕まえる。葉には6本の「感覚毛」が突き出しており、2回触れることで葉が閉じるように動き、虫を逃げられなくする。

 感覚毛は、ある程度の強さで触れると、電気シグナルが発生する。埼玉大学大学院理工学研究科の須田啓助教(植物生理学)と豊田正嗣教授(生物物理学)らは、電気シグナルとともに生じるカルシウムイオンの濃度変化によるシグナルがどのように葉で伝わるかを2020年に可視化し、2回目の接触によって葉を閉じるために必要な「接触の記憶」のような役割をカルシウムシグナルが担う可能性を示した。

野外で育つハエトリソウ(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)
野外で育つハエトリソウ(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)

 須田助教と豊田教授は、電気シグナルとカルシウムシグナルを細胞レベルで同時に観察することで、接触刺激を感知しているセンサーが特定できるようになると考え、カルシウムイオン濃度に応じて光る人工タンパク質を組み込んだハエトリソウの感覚毛を、二光子顕微鏡で観察しながら電位も測れるシステムを構築した。

タッチプローブで感覚毛に接触刺激を与えて、二光子顕微鏡でカルシウムシグナルを撮影しつつ、電極で1細胞レベルの電気シグナルを測定する装置(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)
タッチプローブで感覚毛に接触刺激を与えて、二光子顕微鏡でカルシウムシグナルを撮影しつつ、電極で1細胞レベルの電気シグナルを測定する装置(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)

 顕微鏡下で観察を続けながら感覚毛を大きく曲げたり小さく曲げたりしたところ、大きく曲げる強い刺激では葉全体に電気とカルシウムのシグナルが生じた。一方、弱い刺激だと電位は局所的に少し上がるだけで、カルシウムシグナルは広がらなかった。また、感覚毛の折り曲がる根元部分にある細胞をレーザーで除去すると、カルシウムシグナルが広がらなくなることも確認できた。

顕微鏡でカルシウムシグナルの発生を可視化した感覚毛の根元部分(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)
顕微鏡でカルシウムシグナルの発生を可視化した感覚毛の根元部分(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)

 感覚毛にあるどの分子が接触刺激に関わるのかを特定するため、ハエトリソウの感覚毛に多くみられ、細胞膜の伸展で活性化して細胞内から細胞外へイオンを通すとされるタンパク質(DmMSL10)に着目。このタンパク質の遺伝子を働かなくしたハエトリソウで接触刺激への反応を調べると、電気シグナルもカルシウムシグナルも発生しなくなった。実際に、アリを歩かせても、捕まえる確率が低くなった。

野生株のハエトリソウでは白矢印で示した感覚毛にアリが触れると感知してカルシウムシグナルが葉に広がるが、タンパク質(DmMSL10)破壊株だと感知できないことがあった(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)
野生株のハエトリソウでは白矢印で示した感覚毛にアリが触れると感知してカルシウムシグナルが葉に広がるが、タンパク質(DmMSL10)破壊株だと感知できないことがあった(埼玉大学の豊田正嗣教授提供)

 「ハエトリソウには動物が持たない遺伝子を使った接触の刺激を感知する仕組みがあることが明らかになった」と須田助教と豊田教授はしており、「動物とは異なる植物の『感覚』の解明に向けた大きな一歩になる」という。

 研究は、基礎生物学研究所などと共同で、日本学術振興会の科学研究費助成事業や科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業、サントリーなどからの支援を受けて行い、成果は、英科学誌ネイチャーコミュニケーションズに9月30日公開された。

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銀河のようにきらめく尿路結石の結晶、隕石研究の手法でヒトの体内環境を読み解く https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251104_n01/ Tue, 04 Nov 2025 05:59:38 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55460
尿路結石を薄片にしたものの偏光顕微鏡像。光の屈折率の違いが色の違いとなる(2023年 NIKON JOICO AWARD 芸術特別賞、大阪大学の丸山美帆子教授提供)
尿路結石を薄片にしたものの偏光顕微鏡像。光の屈折率の違いが色の違いとなる(2023年 NIKON JOICO AWARD 芸術特別賞、大阪大学の丸山美帆子教授提供)

 腎臓内で形成された結石が、尿の通り道である尿管を詰まらせる尿路結石。背中などに強烈な痛みを起こす。隕石研究法を応用し、20~30マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルほどの厚みにした結石の表面を研磨し、偏光顕微鏡でのぞくと、まるで宇宙の銀河のようにきらめく像が現れる。

 「カラフルなピンクや青の部分は、シュウ酸カルシウム二水和物の結晶で、茶色っぽいところは一水和物じゃないかな」と、尿路結石の形成機序の解明や発症予測について研究を主導する大阪大学工学研究科の丸山美帆子教授が話す。

 尿路結石の研究の歴史は古い。1937年に腎臓の壁面でリン酸カルシウムを核にシュウ酸カルシウムが集まって結晶化しているプラーク(塊)が報告された。2003年には内視鏡で腎乳頭に付着するリン酸カルシウムのプラークが確認されている。

 リン酸カルシウムを核にシュウ酸カルシウムがどのように集まり、結石まで大きくなるのか。尿路結石の形成過程をひもとくために医学誌などを読むと、結石を粉末にして分子組成を調べたり、切片を観察したりしていた。しかし、「粉にすると結石中の物質構成を数字で把握できても、物質の分布が見えなくなる」と丸山教授は話す。

 工学分野出身で、結晶工学を専門とする丸山教授は、隕石研究をする知人から教えてもらった薄片作りに目を付けた。硬い結晶を含む石を薄くスライスしたものの表面を研磨することで、結石を生体内に近い状態で観察できるようになる。「隕石から宇宙の歴史を読み解くように結石からヒトの体内環境を読み解けるのではないか」と考えた。

 2024年にはヒト組織の壁面だけでなく、尿中のリン酸カルシウムも凝集して様々な形となり、結石の核となることを示した。25年はこのリン酸カルシウムをバイオマーカーとして使う研究も進めており、世界で初めての尿路結石発症リスクの検査装置の開発を目指している。

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「金色の宝箱」油井さんキャッチ、HTV-X初号機がISSに到着 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251030_n01/ Thu, 30 Oct 2025 07:30:32 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55453  わが国の物資補給機「HTV-X」初号機が30日未明、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。2009~20年に活躍した「こうのとり」の後継機で、能力を大幅に強化。各種の実験機器、飛行士の食料や衣料など、ISSの活動に不可欠な物資を無事に届けた。ISS船内でロボットアームを操縦し、HTV-Xを捕捉した油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)は「日本の宇宙計画における歴史的なできごと。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれない」と喜びを語った。

HTV-X初号機の捕捉成功後、油井亀美也さんがX(旧ツイッター)に投稿した写真。「カッコいい」と率直につづった(JAXA提供)
HTV-X初号機の捕捉成功後、油井亀美也さんがX(旧ツイッター)に投稿した写真。「カッコいい」と率直につづった(JAXA提供)

 HTV-X初号機は26日、鹿児島県の宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターから、H3ロケット7号機で出発した。その後、米国のデータ中継衛星を介してJAXA筑波宇宙センター(茨城県)の管制室との通信を開始。太陽電池パネルを展開し、姿勢制御を確立した。軌道制御のためのエンジン噴射を繰り返し、徐々にISSに接近した。

ISSに接近するHTV-X初号機=29日午後11時過ぎ(NASAテレビから)
ISSに接近するHTV-X初号機=29日午後11時過ぎ(NASAテレビから)

 30日未明、地球上空を飛行するISSの下10メートルで、ISSと速度を一致させて相対的な停止状態に。HTV-Xの制御を停止する「フリードリフト」の状態にした上で、油井さんがロボットアームの先端をゆっくりと近づけ、午前0時58分、南大西洋上空の高度418キロで捕捉に成功した。その後同4時43分、ISSへの取り付けを完了した。計画では空気漏れがないかの確認や、ISSとHTV-Xの間の電源・通信ケーブルや空気ダクトの連結などを経て、同日夜にも、飛行士が扉を開けて入室する。

 捕捉直後の同日午前1時頃、油井さんは「初めてのHTV-Xへの尽力と支援に、心から感謝しています。日本の宇宙計画における歴史的なできごとです。この宇宙船は美しく輝いており、私たちの明るい未来を象徴しています。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれません」と声を弾ませた。さらに日本語で「日本が高い技術力で国際的な宇宙開発に貢献していることを知り、誇りを持っていただけたらうれしいです」と話した。

 米テキサス州ヒューストンの米航空宇宙局(NASA)の管制室で交信担当の重責を果たしたのは、3回の飛行歴を持ちISS船長も務めた星出彰彦さん(56)。星出さんも日本語で「こうのとりに新しい技術を加えたHTV-Xは、ISSをはじめとする地球低軌道、そして月まで含めて、人類のさらなる可能性を切り開く大きな鍵になります。引き続き一丸となって、新しい未来を切り開いていきましょう」と呼びかけた。

米ヒューストンの管制室で、親指を立てる「サムアップ」を見せてHTV-Xの到着を喜ぶ星出彰彦さん(奥)=日本時間30日午前1時頃(NASAテレビから)
米ヒューストンの管制室で、親指を立てる「サムアップ」を見せてHTV-Xの到着を喜ぶ星出彰彦さん(奥)=日本時間30日午前1時頃(NASAテレビから)

 HTV-Xは全長8メートル、太陽電池パネルを開くと幅が18メートルで、打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。物資の輸送能力は5.85トンあり、こうのとりの4トン(棚の2トンを除く)のほぼ1.5倍となった。ISS船外で使う物資を機体の外側に搭載する形に改めるなど、機体を合理化。物資を積み込む期限を、打ち上げの80時間前から24時間前に改善した。また、ISSに係留できる期間を2カ月から半年に延長するなど利便性を高めたほか、ISSを離脱後、大気圏突入前に最長1年半、宇宙空間で技術実証の実験などができるようにした。

 ISSは2030年に運用を終える計画。HTV-Xは改良を加え、その後も地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月の上空に建設される基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが想定されている。

ISS到着直後のHTV-X。ロボットアームにしっかりつかまれた=30日午前1時頃(NASAテレビから)
ISS到着直後のHTV-X。ロボットアームにしっかりつかまれた=30日午前1時頃(NASAテレビから)
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ダニ媒介性脳炎ウイルスを排除する抗体開発 長崎大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251029_n01/ Wed, 29 Oct 2025 05:34:07 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55437  主にマダニが媒介し、北海道などで症例が報告されている「ダニ媒介性脳炎」のウイルスに対する抗体を作ることに、長崎大学などの研究グループが成功した。脳は有害な物質の侵入を防ぐ血液脳関門(BBB)というフィルターのような仕組みを備えており、薬剤も通過できないことが課題だった。今回作った抗体は、ペプチドを融合することでBBBを突破し、脳内のウイルスを排除することが可能という。ダニ媒介性脳炎の治療薬などへの応用が期待される。

BBB透過型抗体が血液脳関門を突破し、脳内に入ってウイルスを攻撃する模式図(長崎大学提供)
BBB透過型抗体が血液脳関門を突破し、脳内に入ってウイルスを攻撃する模式図(長崎大学提供)

 長崎大学高度感染症研究センターの好井健太朗教授(ウイルス学)らは、以前在籍していた北海道大学で、効果的な治療法がないダニ媒介性脳炎に対する治療法を確立すべく、研究を始めた。ダニ媒介性脳炎のウイルスは、ヒトの体内に入ると脳に達し、脳炎を発症する。治療は対処療法しかなく、脳は再生しないため、命が助かっても麻痺など重大な後遺症が残る。

 脳にあるBBBは、脳と血液の間に存在し、脳に必要なブドウ糖やインスリンといった物質や、日本脳炎ウイルスなど一部のウイルスを通す。他方で、治療薬は通さない性質があり、うまく脳内に届ける方法がなかなか見つからなかった。

 好井教授らのグループは、BBBを通過する性質を持つ分子があることに着想し、抗体とその受容体を利用することにした。通常の抗体だけでは細胞を通過しないが、BBBを通過する性質をもつ、アミノ酸がつながったペプチドを応用すれば良いのではないかと考え、IgG抗体とペプチドをくっつけた抗体を作った。IgG抗体を用いたのは、同抗体は感染後に徐々に増えていく性質を持つことから、感染の急性期に応用できる薬剤となると考えたためだ。

ダニ媒介性脳炎のウイルスに感染させたマウスに対し、抗体を注射した群では、何もしない群に比べ、有意にウイルス量が減った(好井健太朗教授提供)
ダニ媒介性脳炎のウイルスに感染させたマウスに対し、抗体を注射した群では、何もしない群に比べ、有意にウイルス量が減った(好井健太朗教授提供)

 5年間の研究を経てできた「BBB透過型抗体」を用いて、マウスで抗体の動きを調べたところ、脳内にきちんと届いていることが確認できた。さらに、ダニ媒介性脳炎にかかったマウスでのウイルス量を観察したところ、何もしない群に比べて、抗体を注射した群は有意にウイルス量が減り、効果があることが分かった。

 好井教授は「付ける抗体の種類をより多く試したい」と今後の展望を語り、「ウイルスを減らすことが証明できたのは画期的。だが、ダニ媒介性脳炎を防ぐためには、(野外活動などの際に)マダニに刺されないよう衣類で皮フを守るなど、予防をしてほしい」とした。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受けて行われ、成果は7月7日、米国微生物学会誌「エム スフィア」電子版に掲載された。

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新型補給機HTV-XがISSへ出発 “最強版”H3打ち上げ成功 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251027_n01/ Mon, 27 Oct 2025 08:46:37 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55428  国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ補給機「HTV-X」初号機が26日、大型ロケット「H3」7号機に搭載され、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。所定の軌道に投入され、打ち上げは成功した。HTV-Xは、2009~20年に9機が運用された「こうのとり(HTV)」の後継機。能力が大幅に強化されており、将来は月上空の基地などへの輸送も担うと期待される。H3は5機連続で成功。H3として最大の機体構成による初の打ち上げを実らせ、安定運用に弾みをつけた。

HTV-X初号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット7号機=26日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)
HTV-X初号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット7号機=26日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)

ISS到着まで「まだまだ気が抜けない」

 H3は同日午前9時0分15秒に打ち上げられ、5分後に1段と2段の機体を分離した。2段エンジンの燃焼も正常で、打ち上げの約14分後、高度287キロでHTV-Xを楕円(だえん)軌道に投入した。HTV-Xが順調に飛行を続ければ、油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)がISS船内で操縦するロボットアームに捕捉され、30日午前0時50分頃にISSに到着する。その後、数時間かけドッキングする。

打ち上げに成功し、沸く管制室=26日、種子島宇宙センター(JAXA提供)
打ち上げに成功し、沸く管制室=26日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

 26日午後、会見した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長は「HTV-X初号機はこうのとりの技術と経験を基に、またH3は(先代の)H2Aの実績を引き継ぎ、宇宙輸送システムとしてさらに磨きをかける。(わが国の宇宙開発利用の)自律性の維持、技術力の強化、産業振興への貢献、国際競争力確保を果たすべく、引き続き真摯(しんし)に取り組んでいく」と述べた。

 HTV-Xは全長8メートル、太陽電池パネルを開くと幅が18メートルで、打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。物資の輸送能力は5.85トンあり、こうのとりの4トン(棚の2トンを除く)のほぼ1.5倍となった。ISS船外で使う物資を機体の外側に搭載する形に改めるなど、機体を合理化。物資を積み込む期限を、打ち上げの80時間前から24時間前に改善した。また、ISSに係留できる期間を2カ月から半年に延長するなど利便性を高めたほか、ISSを離脱後、大気圏突入前に最長1年半、宇宙空間で技術実証の実験などができるようにした。開発費は、初号機が打ち上げ費用を除き356億円で、HTV-X全体は非公表だ。

 初号機はH3から分離後、太陽電池パネルを展開して発電を開始。27日には高度調整のための初回のエンジン噴射をし、高度400キロのISSを目指して計画通りに飛行を続けた。開発を率いるJAXAの伊藤徳政プロジェクトマネージャは26日「ISSに物資を運ぶのが第一で、まだまだ気を抜かずに運用をしっかりしなければならない」と話した。

 ISSは2030年に運用を終える計画。HTV-Xは改良を加え、その後も地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月の上空に建設される基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが想定されている。

HTV-Xの想像図(JAXA提供)
HTV-Xの想像図(JAXA提供)

能力最大機体の成功「大きな意味」

 H3は2段式の液体燃料ロケットで、今年6月に運用を終了した「H2A」と、2020年に終了した強化型「H2B」の後継機。政府は小型の固体燃料ロケット「イプシロン」とともに、基幹ロケットに位置づけている。将来的には打ち上げ業務を、H2AやH2Bと同様にJAXAから三菱重工業に移管し、市場に参入する。

 H3の初号機は2023年3月、電気系統の異常で2段エンジンに着火できず失敗したものの、2号機以降は連続で成功。これまでの打ち上げでは全て1段エンジン2基、固体ロケットブースター2基を装備したのに対し、今回の7号機ではH3で初めてブースター4基の最大形態を実現した。こうのとりを搭載したH2Bの後継の役割を果たした形だ。全長64メートル、HTV-Xを除く重さ575トン。当初は今月21日に打ち上げを計画したが、悪天候で延期していた。

 JAXAの有田誠プロジェクトマネージャは会見で「HTV-XはISSに向かうため、打ち上げに1秒の遅れも許されなかった。天候(による延期)を除きジャスト・オン・タイムで打ち上げられホッとしている」と安堵(あんど)の表情を見せた。

 JAXAと共にH3を開発する三菱重工業の志村康治プロジェクトマネージャーは「今回は『(H3の最大構成である)24形態』とHTV-Xの初号機を組み合わせる、初物同士の、非常に緊張感が高い打ち上げだった。物資をISSに届ける仕事の“たすき”をHTV-Xに渡したので、ここからはHTV-Xを応援したい。打ち上げ能力の大きなロケットを、とにかく1本飛ばせたのは非常に大きい。衛星の多様化が進み、大きな質量を(宇宙に)届けることが大きな価値になっている。今回は今後の商業の意味でも大きな意味があった」と話した。

(左)打ち上げ後に会見する有田誠氏、(右)志村康治氏=26日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)
(左)打ち上げ後に会見する有田誠氏、(右)志村康治氏=26日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)

 次回のH3の打ち上げは12月7日で、8号機に政府の測位衛星を搭載する。一方、6号機は1段エンジン3基で、国産大型ロケットで初めて固体ロケットブースターを装備しない最小形態として開発中。これがH3の低コスト化の要となる基本型で、打ち上げ費用が100億円規模だったH2Aの半額(開発当初の物価などの水準で)を目指す。開発に時間を要することから、7、8号機を先行して打ち上げる状況となった。有田氏は会見で、6号機に追加で実施する燃焼試験の再試験が年明けになるとの見通しを示した。

種子島宇宙センターの地元には、打ち上げを応援するのぼりが並んだ=18日、鹿児島県南種子町(サイエンスポータル編集部・草下健夫撮影)
種子島宇宙センターの地元には、打ち上げを応援するのぼりが並んだ=18日、鹿児島県南種子町(サイエンスポータル編集部・草下健夫撮影)
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テングザルのオス 大きな鼻が生む声の個性で、お互いを識別か https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251021_n01/ Tue, 21 Oct 2025 06:25:13 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55347  ユニークな大きな鼻で知られる東南アジア・ボルネオ島の「テングザル」の大人のオス。彼らの鼻の大きさが声の個性を生んでいることを、大阪大学などの研究グループが発見した。人間同士が声を聞き分けるのと同様に、集団の中で個体を識別するのに役立っているかもしれない。テングザルの複雑な社会構造を支えている可能性があるという。

テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)
テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)

 テングザルのオスの鼻は成長すると大きくなり、声が低くなる。バイオリンより大きなチェロやコントラバスの方が、奏でる音が低いのに似ている。低い声には、体の大きさをアピールしたり、メスを引きつけたりする効果があるとみられる。彼らの鼻が大きいほど声が低いことは知られていたが、鼻が声にどのような音響の効果を及ぼしているのかについて、詳しいことは分かっていなかった。

 そこで研究グループは、動物園の標本のCT(コンピューター断層撮影)画像を基に、コンピューター上に鼻の立体モデルを作成。これを使ったシミュレーションとレプリカ(複製)による音響実験を通じ、声の成分が増幅する4つの周波数帯を明らかにした。またシミュレーションでは、大人のオス同士で鼻の大きさが違うと、4つの周波数帯のうち特定の1つだけが異なっていた。この違いが声の個性を生んでいると考えられる。「周波数帯全体が違っているだろう」との予想に反する結果となったという。

 今回の結果のみでは断定できないものの、テングザルが声を基に、大人のオスの体の大きさだけでなく個体そのものを識別している可能性がある。テングザルは1頭のオスと複数のメスからなる単位集団で暮らしていて、どちらも別の集団に移動することがある。また、複数の単位集団が集まった上位の集団もあり、重層的で複雑な社会構造を持つ。こうした中で、声を聞いて相手が誰なのかを識別できれば、オス同士が衝突を回避したり、メスや子供が集団内で適切に行動したりするのに役立ちそうだ。テングザルの大きな鼻の秘密に迫る成果となった。

 研究グループの大阪大学大学院人間科学研究科の西村剛教授(生物人類学)は「観察だけでなく、シミュレーションや実験をしたからこそ得られた成果だ。『声が低いから体が大きいヤツ』というだけでなく『これはアイツの声だ』と認識することで、効率良く行動できるのではないか。実際に声で個々を識別しているのか、さらに検証が必要だ。私たちの社会でも、互いに個々を認識して行動する。社会の複雑さに応じ、声の個性が強調されるような進化が起こったのかもしれない。体の機能と社会との関連性は興味深い」と話している。

テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)
テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)

 研究グループは大阪大学のほか、立命館大学、京都大学、日本大学、横浜市繁殖センター、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)で構成。成果は物理学と生命科学の複合領域を扱う英国王立協会誌「インターフェース」に8月13日に掲載され、大阪大などが同25日に発表した。研究は日本学術振興会科学研究費、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けた。なお、テングザルは国内ではズーラシアのみが展示しているという。

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