ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Wed, 02 Jul 2025 02:50:30 +0000 ja hourly 1 戦後80年の歩み振り返り、課題を提示 科学技術・イノベーション白書 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250701_n01/ Tue, 01 Jul 2025 06:02:20 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54437  「白書とともに振り返る科学技術・イノベーション政策の歩み 科学技術基本法30年とこれからの科学技術・イノベーション」と題した令和7(2025)年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が閣議決定した。今年は戦後80年、また1995年の科学技術基本法制定から30年の節目に当たることから、わが国の関連政策の歩みを振り返った。

白書が独自に整理した時代区分と名称
白書が独自に整理した時代区分と名称

 白書は例年通りの2部構成で、先月13日に閣議決定した。第1部は毎年、切り口を変えた特集で、地域発の科学技術・イノベーションの事例を特集した令和5年版、人工知能(AI)に焦点を当てた6年版に続き、今年は科学技術政策の軌跡を、背景となった社会情勢や研究成果と共にまとめた。戦後80年を7つの時代に分けており、その区分や名称は「容易に設定できないが、俯瞰(ふかん)的視点から、過去の白書などを踏まえつつ独自に整理した」という。また来年度に始まる第7期科学技術・イノベーション基本計画の策定を控える中、課題を提示した。

復興、成長、摩擦…重視され続けた科学技術

 第1部の第1章は、1945年の終戦から基本法制定前までを回顧した。

 1945~55年には、生活再建や経済復興に向けた科学技術が重視された。連合国軍総司令部(GHQ)が、戦時の技術動員の中枢だった内閣技術院を解体。原子核や航空などの研究を禁じた。日本学術会議や科学技術行政協議会、工業技術庁(現産業技術総合研究所)などを設置した。49年には湯川秀樹がノーベル賞(物理学)を日本人で初めて受賞。52年にサンフランシスコ平和条約が発効し主権が回復すると、GHQが禁じた研究が順次解禁に。原子力平和利用の機運が高まり、またペンシルロケット実験も行われた。

 1956~70年には、技術格差の解消や高度経済成長に向けた科学技術が進展した。56年、科学技術庁を設置。また科学技術会議や日本科学技術情報センター(現科学技術振興機構=JST)の設立、理化学研究所の再発足などにより振興を図った。61年度から10年間の「所得倍増計画」を受け、科学技術会議が答申をまとめ、理工系人材の増強、研究開発強化を打ち出した。58年に科学技術白書(2021年から科学技術・イノベーション白書)を創刊した。

 1971~80年には経済成長のひずみを是正し、世界情勢と調和する科学技術が求められた。公害対策や、石油危機に伴う代替エネルギーの研究開発を重視。エレクトロニクスやライフサイエンス分野も進展した。海洋開発の取り組みが進み、また地震予知研究を推進することになった。

 1981~94年には貿易摩擦や円高などを背景に、創造的な科学技術が重視された。米国などとの摩擦が深刻化し、半導体やコンピューター、宇宙航空などの分野に制裁関税が課された。わが国が他国の基礎研究の成果で経済成長しているとの批判「基礎研究ただ乗り論」などを背景に、81年を科学技術立国元年とし、基礎的、先導的研究を推進することとした。86年、後の基本計画につながる科学技術政策大綱を初めて閣議決定した。

 国際科学技術博覧会(つくば科学万博)を1985年、茨城県で開催した。大規模国際プロジェクトである現在の国際宇宙ステーション(ISS)計画、国際熱核融合実験炉(ITER、イーター)計画への参画を決めた。がんや地球環境問題の対策を進め、また原子力や宇宙分野の国産技術を高めた。

基本法制定、選択と集中、事業仕分け…議論高まる

令和7年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)
令和7年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)

 第2章は、科学技術基本法制定から現在までの30年をたどった。

 1995~2000年は、科学技術創造立国に向け基本法を制定した時代。基礎研究の重視や、先進国追従からの脱却が必要との認識から1995年、基本法を制定した。翌年、科学技術基本計画(2021年の第6期から科学技術・イノベーション基本計画)を初めて策定し、任期制による研究者の流動性向上、ポスドク(博士研究員)支援などを掲げた。政府の研究開発投資の目標額も示した。一方、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏洩(ろうえい)事故(いずれも95年)など、科学技術への信頼を揺るがすできごとが続いた。

 脳死やクローン羊をめぐり、生命倫理の議論が高まった。環境問題では1997年、先進国の温室効果ガス排出削減目標などを定めた京都議定書が採択された。すばる望遠鏡(米ハワイ州)の観測、旧カミオカンデやスーパーカミオカンデ(いずれも岐阜県)のニュートリノ実験などにより重要成果が得られた。大学や企業の知的財産保護の取り組みが進んだ。

 2001~12年には、省庁再編と政策の戦略的重点化が進んだ。01年の省庁再編で内閣府や、文部省と科学技術庁の統合による文部科学省が誕生した。科学技術政策担当大臣を置いたほか、科学技術会議を廃止し総合科学技術会議(CSTP)を設置した。01年以降、国立研究機関などを独立行政法人化。04年、国立大学と大学共同利用機関を法人化した。

 2001年策定の第2期基本計画では、ライフサイエンスと情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料を重点4分野とするなど、選択と集中を図った。06年の第3期基本計画ではさらに分野内の重点化を進め、イノベーションの語が初めて登場した。知的財産と宇宙、海洋開発の3分野で政府一体の推進体制を築いた。

 2009年の政権交代後、11年に策定した第4期基本計画では「科学技術イノベーション」を定義した。「事業仕分け」では科学技術関連事業の多くで予算計上見送りや大幅縮減の判断がなされ、科学技術のあり方や説明責任の議論が高まった。

 11年の東日本大震災を通じ、自然の猛威や科学技術の影が再認識された。小惑星探査機「はやぶさ」帰還、ヒトゲノム解読完了、人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製などの成果が続いた。

安全と安心、多様な幸せを目指す社会へ

 2013年から現在までの時代には、科学技術・イノベーションを経済成長や国家戦略の柱として位置づけてきた。12年の政権交代後、13年1月の安倍晋三首相(当時)による所信表明演説を機に、科学技術・イノベーション政策が成長戦略の柱の一つとなった。同年、科学技術イノベーション総合戦略を初策定。18年以降はこれを統合イノベーション戦略とし、基本計画の年次実行計画に位置づけている。

 2014年、CSTPを総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に改組した。18年には、イノベーションに関連するCSTIなど7つの会議などが調整を図る枠組みとして、統合イノベーション戦略推進会議を設置している。

 2016年策定の第5期基本計画で、仮想と現実の空間が高度に融合した人間中心の社会として「Society(ソサエティー)5.0」を提唱。21年に策定した現行の第6期基本計画ではこれを深め、国民の安全と安心を確保し、一人一人が多様な幸せを実現できる社会を目指すなどとした。人文・社会科学を含む「総合知」を活用する考えから基本法を本格改正し、21年に科学技術・イノベーション基本法を施行した。国立研究開発法人制度や10兆円規模の大学ファンドの創設、「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」の決定などを行った。

 世界的に大流行した新型コロナウイルス感染症の対策、温室効果ガス排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルの取り組み、半導体やAI、量子技術などの時代の変化に沿った研究が進んだ。一方、STAP(スタップ)細胞などの研究不正が問題視され、ガイドライン策定などの対策を行った。

基本法30年、課題山積…第7期基本計画策定に向けて

 第3章では現状の重要課題を提示した。基本法制定時に課題とされた基礎研究力は2000年代半ば以降、低下が指摘されている。若手研究者の環境は必ずしも改善されず、研究支援人材も減少傾向が続いてきた。研究インフラの老朽化なども問題化。大学部門の研究開発費は、主要国が増加する中で横ばいが続いている。

 国立大学の運営費交付金は法人化以降、1600億円超減少しており、物価高騰などもあって大学が財源の狭まりを感じる要因に。一方、企業や財団法人などからの基礎研究への投資や寄付が存在感を増し、大学による基金運用も増加している。財源の多様化が重要だとした。

 国内外の情勢変化への対応も必要だと指摘した。基礎研究を基に起業したスタートアップが伸び悩んでおり、成長に応じた支援や、連携の推進などが求められるという。最先端科学技術の兆候や動向を敏感に捉える必要も示した。

 わが国の研究者が、人材が国境を越えて移動する「国際頭脳循環」や国際的研究コミュニティーに参画できるよう、また優秀な外国人がわが国で研究したいと思えるよう、取り組むべきだという。一方、研究の国際化やオープン化に伴い、重要技術の情報などが盗まれるリスクが指摘されている。そこで研究インテグリティー(健全性、公正性)や、外部からの不当な影響を防ぐ研究セキュリティーの確保も求められるとした。

 来年度からの第7期基本計画策定に向け、CSTIの専門調査会で検討が始まっており、論点として「国力の基盤となる研究力の強化・人材育成」「社会変革を牽引(けんいん)するイノベーション力の向上」「経済安全保障との連携」が挙がっている。

 第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーションの振興策をまとめた。「阪神・淡路大震災30年 スーパーコンピュータを活用した阪神地域の防災・減災、まちづくりへの貢献」「防衛分野でのイノベーションの実現に向けた取組」「日本科学未来館での多層的な科学技術コミュニケーション活動」などのコラムも盛り込んだ。扉絵は科学技術・イノベーションの歩みや未来を、年表形式のこま割りで表現している。

扉絵。科学技術・イノベーションの歩みや未来を描いた(文部科学省提供)
扉絵。科学技術・イノベーションの歩みや未来を描いた(文部科学省提供)
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過熱水蒸気で炊いたご飯は多孔質構造に 冷蔵保存時においしさを保つ、大阪公立大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250625_n01/ Wed, 25 Jun 2025 06:34:54 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54388  温度を100度以上に加熱した「過熱水蒸気」を用いてお米を炊くと、米粒内が小さな空洞をもつ多孔質の構造になることを大阪公立大学などのグループが明らかにした。電気炊飯器で炊いたご飯より冷蔵保存時に硬くなりにくく、おいしさを保つことを官能検査で確かめた。食べるまでは冷蔵庫に入れておきたい寿司などに向けた炊飯方法の開発につながるという。

電気炊飯器(左)と過熱水蒸気で炊いた米。見た目は変わらないが、走査電子顕微鏡像(下)だと過熱水蒸気ではより多孔質になっている(大阪公立大学の石橋ちなみ講師提供)
電気炊飯器(左)と過熱水蒸気で炊いた米。見た目は変わらないが、走査電子顕微鏡像(下)だと過熱水蒸気ではより多孔質になっている(大阪公立大学の石橋ちなみ講師提供)

 ご飯は冷たくなると硬くなって粘りがなくなる。米が加熱によってデンプンと水が結びついて「α化」した状態だったのが、水が抜けてデンプンが「β化」し、ボソボソになるからだ。家庭でご飯を保存する時には小分けしてラップに包んで冷凍する方法もあるが、給食など電子レンジによる再加熱ができないぐらいの大量の白飯を扱う時や、寿司を食べるまで保存する時などには、安全性などの面から冷蔵する必要がある。

 大阪公立大学大学院生活科学研究科の石橋ちなみ講師(調理科学)は、同科の竹中重雄教授が研究している過熱水蒸気で炊飯すれば、冷蔵保存してもおいしいご飯が炊けるかもしれないと考えた。過熱水蒸気とは、飽和水蒸気を常圧で100度以上に加熱した気体状態の水。乾燥・焙煎、殺菌、酵素の不活化などに使われている。炊飯ではエースシステム(大阪府和泉市)の過熱水蒸気調理機を用いた。

過熱水蒸気で炊飯できる調理機(エースシステム提供)
過熱水蒸気で炊飯できる調理機(エースシステム提供)

 実験には、あきたこまちを用いた。300グラム(2合)の白米を3回水で洗い、手で米が割れない程度に20回といだ後、水を450グラム加えて1時間浸水。浸水した米は、120~130度の蒸気を送り出す過熱水蒸気調理機と、底に搭載したヒーターで釜を加熱する電気炊飯器とで炊飯した。

 炊けたご飯をかき混ぜて冷ました後で重さを測ると、過熱水蒸気調理機は平均737.2グラムで、電気炊飯器は同677.3グラムだった。過熱水蒸気での炊飯の方が水分を多く含んでいたとみられる。セ氏4度で24、48、72時間保存して、保存時間ごとに米粒を破断する力を測ると、炊きたては同じ硬さだったのが、4度の保存で電気炊飯器の方が硬くなった。

 走査電子顕微鏡で米粒内の微細構造を観察すると、過熱水蒸気調理機で炊いた米は、電気炊飯器よりも小さな空洞をもつ多孔質な構造だった。炊飯時にα化を起こす温度60~70度の時間が電気炊飯器では長く、糊化により構造が不安定化した空隙がくっついて大きくなっている可能性がある。水分が細かく分布することによりデンプンのβ化が抑制されると考えられるという。

4度での冷蔵保存の時間と米飯の硬さの変化。黒線が過熱水蒸気、灰色の線が電気炊飯器で炊いた米を示す(大阪公立大学の石橋講師提供)
4度での冷蔵保存の時間と米飯の硬さの変化。黒線が過熱水蒸気、灰色の線が電気炊飯器で炊いた米を示す(大阪公立大学の石橋講師提供)

 過熱水蒸気調理機と電気炊飯器で炊いて4度で24時間冷蔵保存したご飯を20~22歳の29人に食べ比べてもらうと、過熱水蒸気のご飯の方がやわらかく、つやがあり、総合的な満足度が高いという結果だった。

電気炊飯器の米を0としたときの、過熱水蒸気米の評価(大阪公立大学の石橋講師が提供した資料を編集部で一部改変)
電気炊飯器の米を0としたときの、過熱水蒸気米の評価(大阪公立大学の石橋講師が提供した資料を編集部で一部改変)

 石橋講師は「今後は過熱水蒸気による炊飯によってご飯のおいしさが保たれるメカニズムや、冷蔵保存における最適な温度や時間を調べることで、酢飯など調味米飯の冷蔵保存にも適用できる炊飯技術の開発につなげたい」という。

 研究は、エースシステムと共同で行い、4月30日に食品関連の学術誌「フードアンドヒューマニティ」電子版に掲載された。

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ビニール袋5枚の海底ごみで底びき網から小型生物逃げられず 長崎大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250624_n01/ Tue, 24 Jun 2025 06:36:04 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54372  海底に沈んだビニール袋5枚が底びき網に入ると、網目を塞いでしまい、小さな海洋生物が逃げられなくなっていることを長崎大学の研究グループが明らかにした。地元漁師に協力を仰ぎ、底びき網に入ったプラスチックごみとそこにかかった生物を調べ、さらに網に入ったビニール袋の影響を調査した。マイクロプラスチックなどだけでなく、大きなプラごみも海洋生物に打撃を与えることが浮き彫りになった。

長崎市沖の橘湾で漁をする漁師。長崎市たちばな漁協には約30隻の底びき網漁船が所属し、底びき網漁が県内で一番盛んだという(長崎大学提供)
長崎市沖の橘湾で漁をする漁師。長崎市たちばな漁協には約30隻の底びき網漁船が所属し、底びき網漁が県内で一番盛んだという(長崎大学提供)

 海洋ごみの問題が近年クローズアップされているが、浮遊や漂着する海洋表層のごみや、マイクロプラスチックといった砕けたごみに注目が集まり、海底に沈んだごみの実態を調べた調査は少ない。

 そのため、長崎大学総合生産科学域(水産学系)の松下吉樹教授(漁業科学)らの研究グループは2023~24年の4~9月、長崎市たちばな漁業協同組合のクマエビ(アシアカ)やヒラメなどを狙った底びき網漁を行っている2隻の漁船に協力してもらい、底びき網に入った海底のごみを全て回収し、材質や大きさを調べた。

プラスチックの種類を調べる機械を用いて底びき網の中のごみを調べる松下教授(写真右)と大学院生(長崎大学提供)
プラスチックの種類を調べる機械を用いて底びき網の中のごみを調べる松下教授(写真右)と大学院生(長崎大学提供)

 その結果、プラスチック類でみると、2年間の合計でビニール袋は12.29キログラム、コンテナ類は11.02キログラム、シート類は6.36キログラムが網に入った。その他ゴム類や金属類も入っており、総重量は45.04キログラムになった。陸地の活動で生じた買い物用の袋や食品容器、農業資材などが多かった。

 網に入ったプラごみを詳しく調べたところ、袋にからまっている生き物に加え、袋自体をすみかにしている生き物も見つかった。袋と一体化している貝類もいたため、松下教授は「海底のプラスチック類などのごみは海洋生態系に影響を及ぼしている」と判断した。

 さらに、実験的に底びき網にビニール袋5枚を入れたところ、これらが網目を塞いで小さな魚類や甲殻類などが逃げ出せなくなった。実験では、網目を十分に抜けることができるサイズのアカエビの4割が網の中に残留した。

 その他、じゃこ天の原料として知られるホタルジャコや、内湾に多いヒイラギなどの小型のものも網目を通過できず網内に残ることが確認できた。こうしたプラごみが小型生物の網からの逃避を阻害する現象は、他の小型の生き物でも同様に起こると考えられ、水産資源の管理や海洋生態系の保全に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

 長崎市たちばな漁協では、漁師の網にかかったごみは回収し、行政の補助などを利用して処分している。なお、同様の方法で調べた東京湾や鹿児島湾、東シナ海などに比べて、橘湾の海域が最もごみの量は少なかった。

今回の研究で比較した海域。長崎市から長崎県雲仙市の沖にかけて広がる橘湾はこれらの中で最もごみの量が少なかった
今回の研究で比較した海域。長崎市から長崎県雲仙市の沖にかけて広がる橘湾はこれらの中で最もごみの量が少なかった

 それにもかかわらず漁業への影響が生じているため、松下教授は「マイクロプラスチックになって回収できないようになる前に、プラごみは捨てない、気が付いたら回収、処分する心がけが大切だ」とした。今後は海底のプラごみのサンゴや海藻のような自力で動けない生き物や植物への影響について調べるという。

 研究は環境省と環境再生保全機構の環境研究総合推進費の助成で行った。成果は5月15日、オランダの学術誌「マリン ポリューション ブレティン」に掲載され、同23日に長崎大学が発表した。

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社会経済的困窮度の高い地域ほど緑地は健康に重要 神戸大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250619_n01/ Thu, 19 Jun 2025 05:37:14 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54348  都市部においては、社会経済的困窮度の高い地域ほど、緑地などの自然への訪問が健康にとって重要であることを、神戸大学などの研究グループが明らかにした。社会経済的にゆとりがある地域では、緑地への訪問頻度は健康度よりも生活満足度と関連していた。地域によってことなる自然訪問の効果は、都市計画における緑地や水辺の採り入れ方を考える指標になるとしている。

 神戸大学大学院人間発達環境学研究科の内山愉太助教(都市地域環境学)らの研究グループは、都市計画や建築などの物理的な環境や空間が社会問題とどのようにリンクしているかを研究してきた。ハード面がウェルビーイング(心身の健康や幸福)といった社会格差に及ぼす影響については個人的な要素を研究したものが多く、「地域」という単位を考慮した研究は少ない。先行研究で、コロナ禍によって緑地や自然体験の価値が見直されているという知見を得られたため、今回、より詳しい属性や社会経済的困窮度といった多角的な観点から緑地と地域性の関係を検討した。

 2023年に3500人にオンラインアンケートを実施して結果を分析し、首都圏と関西圏の大都市圏に住む人々と緑地との関係性を調べた。質問項目では、収入や精神的・身体的な健康状態、婚姻状況や子どもの数、学歴や生育過程で自然と親しむ機会があったかどうかなどを尋ねた。緑地の面積は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の衛星画像を基に作成された土地被覆データを用いて算出した。

緑地・水辺などの自然地は「ぜいたく品」として考えられる傾向があるものの、健康面や生活満足度にとって重要な働きをしている(神戸大学提供)
緑地・水辺などの自然地は「ぜいたく品」として考えられる傾向があるものの、健康面や生活満足度にとって重要な働きをしている(神戸大学提供)

 その結果、社会経済的に困窮している度合いが高い、いわゆる貧困地域では、緑に接することが健康状態と強く関連があった。困窮度が低い、いわゆる裕福な地域は、緑に接する頻度が高いほど生活満足度が高かった。

 なお、この困窮度は絶対的なものではなく、「地理的剥奪指標」と呼ばれる高齢単身世帯の割合や失業率などを基に算出した、相対的な値を用いた。そのため、必ずしも貧しいとされる地域に高所得者がいない、もしくは裕福とされる地域に生活苦の人がいないわけではない。内山助教によると、困窮度が高い地域ではジムに行ったり、ランニングをしたりするといった余暇活動をする余裕や場所などがなく、「大きなストレスを抱えている人ほど自然による健康面への効果が大きく出たのではないか」としている。

 また、自然との精神的なつながりが強いほど生活満足度は向上し、幼少期に自然と触れ合いながら育った人の方が、健康状態が良いと回答する傾向がみられた。これは日々の生活を取り巻いている自然への愛着を持ったり、知識が身についたりしているからだと考えられるが、他の研究では「大人になって緑の大切さを知っても環境への意識を変えられる」という仮説もあるため、今後より詳細に検討するという。

 内山助教によると、「日本は欧米に比べ、都市の中に森林や農地などの多様なランドスケープが存在しており、緑との共生を育むポテンシャルが高い」という。一方、「都市作りにおいて、特定の層のみをターゲットにした緑地を設けることや、そもそも緑地をぜいたく品と捉える傾向があり、公共空間としてのインクルーシブ(包括的)な緑地が過小評価されている。都市部では特に公園や河川敷などの自然地もウェルビーイングの観点から多様な人々にとって大切な空間であることが分かった」と振り返り、今後は並木や芝生、田畑の農地や樹林など、緑の種類や配置によって違いが生じるか調べる。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業と、環境再生保全機構(ERCA)の環境研究総合推進費の助成を受けて、神戸大学大学院、琉球大学、東京大学大学院、南山大学が共同で行った。成果は5月3日、オランダの学術誌「ランドスケープ アンド アーバン プランニング」電子版に掲載され、神戸大が琉球大と同月20日に共同発表した。

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スパコン速度、米「エルキャピタン」が連覇 「富岳」は7位に https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250618_n01/ Wed, 18 Jun 2025 07:03:07 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54328  スーパーコンピューターの計算速度の世界ランキング「TOP(トップ)500」が発表され、米ローレンスリバモア国立研究所の「エルキャピタン」が前回昨年11月に続きトップとなり、連覇した。5連覇して同機に首位を譲った「フロンティア」などと合わせ、毎秒100京回(京は1兆の1万倍)を意味する「エクサ級」のスパコンは集計上、前回に続き3台。理化学研究所の「富岳(ふがく)」は前回の6位から7位に後退。理研は後継機を2030年頃に稼働する計画だ。

スパコン世界最速のエルキャピタン(米ローレンスリバモア国立研究所提供)
スパコン世界最速のエルキャピタン(米ローレンスリバモア国立研究所提供)

 TOP500は性能評価用プログラムの処理速度を年2回競うもの。ドイツ・ハンブルクで開かれた国際会議で日本時間10日に発表された最新版では、米エネルギー省、ヒューレット・パッカード・エンタープライズ、AMDなどが開発したエルキャピタンが毎秒174京2000兆回。トップ3を米国勢が占め、ドイツの1台が続いた。7位の富岳の速度は、44京2010兆回となっている。

 エルキャピタンは国家核安全保障局の3研究所が利用。核実験を行わずに備蓄核兵器の信頼性を確認することなどに役立て、米国の核抑止力確保に貢献するという。物理学研究などにも用いる。ローレンスリバモア研は機密性の低い研究に広く使うため、エルキャピタンの小規模版「トゥオルミ」も導入しており、12位となった。

 上位500台の内訳は米国が最多の175台。これに中国47台、ドイツ41台、日本39台、フランス25台が続いた。一方、中国は近年、新たなランクインがなく、TOP500への参加に対し消極姿勢に転じたとみられる。正確な性能は不明だが、既に2台以上のエクサ級スパコンを開発済みとされる。

 日本は先代「京(けい)」が2011年に連覇した後、中国や米国に抜かれた。20年6月、富岳で8年半ぶりに首位となり、21年11月まで4連覇した。

グラフ解析性能では11期連続1位の富岳(理研提供)
グラフ解析性能では11期連続1位の富岳(理研提供)

 TOP500と同時に発表されたグラフ解析の性能を競う「Graph(グラフ)500」で、富岳は11期連続の1位を達成。産業利用に適した計算の速度を競う「HPCG」でも2位と、実用性で強さを見せた。

 富岳は理研と富士通が共同開発し、理研計算科学研究センター(神戸市)の京の跡地に設置された。2020年4月からの試験利用を経て21年3月に本格稼働し、産学官による利用が進んでいる。理研は今年1月、富岳後継機の開発開始を発表した。コードネームは「富岳NEXT(ネクスト)」で、2030年頃に稼働する計画。シミュレーションでの実効性能を5~10倍に高めるほか、活用が急速に進むAI(人工知能)に必要な性能で世界最高水準を目指す。3月末には、富岳NEXTを同センターの隣接地に設置することを決めた。富岳を撤去して置き換える場合、利用の空白期間が長くなるためという。また今月18日、全体システムなどに関わる基本設計の業務実施者を富士通に決定したと発表した。

     ◇

TOP500のランキング上位は次の通り(名称、設置組織、国、毎秒の計算速度)。
1位 エルキャピタン ローレンスリバモア国立研究所(米国)174京2000兆回
2位 フロンティア オークリッジ国立研究所(米国)135京3000兆回
3位 オーロラ アルゴンヌ国立研究所(米国)101京2000兆回
4位 ジュピターブースター ユーリッヒ研究センター(ドイツ)79京3400兆回
5位 イーグル マイクロソフト社(米国)56京1200兆回

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重い原子核の形状はアーモンド型、「70年来の定説を覆す成果」と理研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250617_n01/ Tue, 17 Jun 2025 07:02:32 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54325  多くの重い原子核の形状は、これまで考えられていたラグビーボール形ではなく、アーモンドのようにつぶれた形をしていることを理論的に示した、と理化学研究所(理研)などの共同研究グループが発表した。理研は、70年来の定説を覆し、教科書の書き換えにもつながる成果としている。

原子核とアーモンドのイメージ
原子核とアーモンドのイメージ

 原子核は正の電荷を持つ陽子と電荷を持たない中性子で構成し、陽子と中性子の合計数が質量数。原子の性質は主に陽子数(原子番号)によって決まる。原子核の形状は核の内部構造の安定性を示す重要な特徴だ。原子核の研究は物質の構造や宇宙の核反応などを理解する上で重要とされる。

 原子核の形は当初の研究では、表面張力の働きによって球形になると考えられていた。しかし、1950年代にデンマークと米国の3人の物理学者が、質量数140以上の重い原子核はラグビーボールのように楕円(だえん)体に変形していることを発見した。

 またこのうちの1人は、断面が円になるラグビーボール型になると提唱。原子核のスピンが増すと楕円体の回転は速くなって回転エネルギーが増すことや、円形の断面が波打って振動することも示唆していた。しかし多くの謎は残されていた。

原子核の当初考えられていた形状(a)、その後提唱されたラグビーボール型の軸対称変形(b)、今回理研などが提唱したアーモンド柄の3軸非対称変形(c)、それぞれの概念図(理研提供)
原子核の当初考えられていた形状(a)、その後提唱されたラグビーボール型の軸対称変形(b)、今回理研などが提唱したアーモンド柄の3軸非対称変形(c)、それぞれの概念図(理研提供)

 理研仁科加速器科学研究センターの大塚孝治客員主管研究員(東京大学名誉教授)や東京大学、筑波大学の研究者らによるグループは、陽子と中性子の間に働く力(核力)などに注目。原子核が持つエネルギー関連要素について量子論に基づく特殊な計算を実施した。

 研究グループによると、楕円体には主軸が3本ある。その中の最も長い主軸以外に残りの2本の主軸の長さが等しい場合は「軸対称」と呼ばれるが、残り2本の長さが異なると「3軸非対称」と呼ばれる。縦、横、奥行きの3方向の長さがすべて異なるゆがんだ形だ。

 一連の計算の結果、重い原子核は楕円体ながら、断面は円形にならないアーモンド型の3軸非対称変形が起きているとの理論体系を提示した。断面がアーモンド型の方が原子核の結合エネルギーは大きくなり、安定するという。

 大塚客員主管研究員らは、スーパーコンピューター「富岳」を使ってシミュレーションを実施した。例えばエルビウム166という原子核は3つの軸の長さが異なり、3軸非対称を確認した。一連のシミュレーションでは、重い原子核で3軸非対称の大きさと「電磁励起」と呼ばれる物理現象が起こる強度に相関があった。この相関は理論体系の正しさを示すという。

 研究グループは、今後、理研の施設「RIビームファクトリー」や欧州合同原子核研究機関(CERN)の施設などで理論の正当性を検証できると期待しているという。研究成果は6月2日付の欧州の物理専門学術誌に掲載された。

大塚孝治氏(理研提供)
大塚孝治氏(理研提供)
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VRの飛行体験で高所恐怖症を軽く 「落ちても飛べる」予測を獲得、NICT https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250612_n01/ Thu, 12 Jun 2025 06:51:39 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54283  バーチャルリアリティ(VR)で低空を自由に飛行する体験をすると、高所恐怖症傾向にある人の生理的、主観的な恐怖反応がともに軽減することを情報通信研究機構(NICT)が明らかにした。脳で「自分の行動により安全な状態に移行できるという予測」をすることが、恐怖を消去する新たなメカニズムとなる可能性が示された。VRが高所恐怖症治療法に使えるかもしれないと期待できる。

VR実験で被験者はヘッドセットを付け、コントローラーを持った手でどれだけ汗が出るかを皮膚の電気抵抗で計測した。足の動きもフットトラッキング装置で追った(NICT提供)
VR実験で被験者はヘッドセットを付け、コントローラーを持った手でどれだけ汗が出るかを皮膚の電気抵抗で計測した。足の動きもフットトラッキング装置で追った(NICT提供)

 NICTの春野雅彦脳情報工学研究室長(計算論的神経科学)によると、人が恐怖を克服するために、これまでは恐怖を引き起こす状況を繰り返し体験する方法が主流だった。「この状況は危険ではない」という記憶を学習していくメカニズムによって克服しているとみられる。

 しかし、高所恐怖症のような場合、実際に高い場所に何度も行くのは現実的ではない。コンピューターが作り出した仮想的な空間を現実であるかのように疑似体験できるVRを使えば、「自分が行動すれば安全な状況に移行できる」と予測して恐怖を和らげる可能性があると春野室長らは考えた。

 研究室がある大阪大学の学生などに、高所恐怖症の度合いを測る質問をし、高所恐怖症傾向のある被験者を85人集めた。VRの体に慣れるためのタスクを行った後、VRで地上80階、300メートルの高層ビルから突き出た板の上を歩いてもらい、指に貼った電極で皮膚電気抵抗を測り、どれくらい「手に汗を握っている」かを生理的恐怖反応として数値化した。

 また、参加者に「全く怖くない(0)」から「ガマンできないぐらい怖い(10)」まで11段階のうちで、怖さの度合いがどのくらいかを選んでもらうことで主観的恐怖反応を数値化した。その後、VR空間を両手に持ったコントローラーで自由に方向操作をしながら高さ5メートル以下の低空飛行を7分間行う44人の飛行群と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴する41人のコントロール群に分けた。さらに、飛行群とコントロール群ともに再びVRで高層ビルの板を歩いて生理的恐怖反応と主観的恐怖反応を計測した。

両手のコントローラーで方向操作をしながらVRで低空飛行を行った人(左)と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴するだけだった人(NICT提供)
両手のコントローラーで方向操作をしながらVRで低空飛行を行った人(左)と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴するだけだった人(NICT提供)

 飛行群とコントロール群ともに、VRで高層ビルの板の上を最初に歩いたとき(1回目の高所歩行)よりも2回目の高所歩行の方が皮膚電気抵抗から分かる発汗量も怖さの度合いも下がったが、飛行群は発汗量の低下が大きかった。同じような実験を飛行群46人、コントロール群28人で行っても同様の結果だった。

VRで高層ビルの板の上を歩く高所歩行タスクを2回行うと、発汗量(皮膚電気抵抗SCR)は、自分が操作してVR飛行体験を行った飛行群の方が、視聴しただけのコントロール群より下がった(NICT提供)
VRで高層ビルの板の上を歩く高所歩行タスクを2回行うと、発汗量(皮膚電気抵抗SCR)は、自分が操作してVR飛行体験を行った飛行群の方が、視聴しただけのコントロール群より下がった(NICT提供)

 実験後に行ったアンケートのデータを用いて生理的恐怖の減少量との回帰分析を行うと、2回目の高所歩行の時に「自分は飛行できるので落下しても危険ではない」と感じるほど生理的恐怖が下がっていることも明らかになった。

 今後はVRでの高所恐怖症の低減が現実世界で長期的な効果を持つかなどが確認できれば、VRを用いた実際の治療や支援の応用が期待できるという。研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業やJSTムーンショット型研究開発事業、文部科学省科学研究費助成事業の支援を受け、5月13日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に掲載された。

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大腸がん、5割は腸内細菌関与の可能性 分泌毒素で固有のゲノム変異 国立がん研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250611_n01/ Wed, 11 Jun 2025 05:52:09 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54265  日本人の大腸がん患者の5割に一部の腸内細菌から分泌される毒素による固有のゲノム(全遺伝情報)の変異があったことが国際共同研究で明らかになったと、国立がん研究センターが発表した。世界11カ国で大腸がんのゲノムを調べた結果で、同センターは増加傾向にある若年層の大腸がんの発症に関わっている可能性があるとしている。

 国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長らは、米カリフォルニア大学サンディエゴ校、英国サンガー研究所、世界保健機関(WHO)国際がん研究機関との国際共同研究に参加。日本人28人を含む11カ国の計981人の大腸がん患者のゲノムを解析し、がん発症の原因となる変異のパターンを調べた。

 その結果、大腸菌など一部の腸内細菌が分泌する「コリバクチン毒素」と呼ばれる分泌物が関与した特定の変異パターンが日本人患者の5割で見つかった。この割合は他国の平均の2.6倍だった。研究グループはこの毒素が大腸の細胞のDNAの2重鎖を切断して傷付け、がんの発症につながる変異を起こしているとみている。

 また、毒素による変異は50歳未満の患者に多く70歳以上の高齢患者の3.3倍で、若年層の大腸がんの発症に強く関連している可能性があることも分った。患者から毒素を分泌する腸内細菌が検出されない症例も多く、以前に毒素にさらされ、その後かなりの時間を経てがんになったと推定できるという。

国立がん研究センターが発表した研究成果の概念図(国立がん研究センター提供)
国立がん研究センターが発表した研究成果の概念図(国立がん研究センター提供)
大腸がん患者のゲノム解析を行った11カ国の地図(色が付いた国、色は発症頻度別)(国立がん研究センター提供)
大腸がん患者のゲノム解析を行った11カ国の地図(色が付いた国、色は発症頻度別)(国立がん研究センター提供)

 大腸がんは結腸や直腸にできるがん(悪性腫瘍)の総称で、国内では増加傾向にあり、2020年には全てのがんのうち最も多い14万人以上が罹患し、23年には5万3000人以上が死亡している。若年層も年々増え、女性より男性に多い。喫煙や飲酒、欧米型の食生活、肥満などが発症リスクとされる。早期では無症状の場合が多く、血便や腹痛などが現れる進行がんで見つかるケースも少なくない。日本は諸外国の中でも患者が多く、50歳以上では世界3位で、大腸がん予防はがん対策の柱の一つになっている。

 腸内細菌は1人の腸内に数百種類以上、100兆個以上も存在するとされその総重量は1~2キログラムにもなるという。消化や免疫、ビタミン合成などに重要な機能を持っている一方、一部の細菌は大腸がんの発生や悪性化に関わることが知られている。

 国立がん研究センターの柴田分野長らは、今後、日本人の若年層の大腸がんの全貌を明らかにする方針という。毒素の働きを邪魔したり、関連する腸内細菌のみを除去したりする方法を開発できれば大腸がんの予防につながると期待される。研究成果は4月23日付英科学誌ネイチャーに掲載され、同センターが5月21日に発表した。

国立がん研究センター研究所(国立がん研究センター提供)
国立がん研究センター研究所(国立がん研究センター提供)
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ドローンで「空飛ぶ避雷針」実験に成功、街の被害ゼロ目指す NTT https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250605_n01/ Thu, 05 Jun 2025 06:12:23 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54232  雷雲へとドローンを飛ばし、雷を誘発し直撃させて地上の被害を防ぐ実験に成功したと、NTTが発表した。地上との間をワイヤーでつなぎ、電界強度を変化させて雷を促す仕組み。地上に避雷針を置けなくても被害を抑えると期待される。「将来的に“空飛ぶ避雷針”として活用し、雷被害ゼロの社会を目指す」という。

実験に使った“空飛ぶ避雷針”ドローン(NTT提供)
実験に使った“空飛ぶ避雷針”ドローン(NTT提供)

 国内の落雷被害額は年間推定1000億~2000億円。避雷針が広く使われるが、効果の範囲が限定的で、また風力発電の風車や屋外のイベント会場など、設置が難しい場所も多い。こうした中、研究グループはドローンで雷を誘発して被害を抑える技術を目指し活動。人工の雷に続き、実際の空に発生する雷雲を使う実験に踏み切った。

 実験は冬季の雷で知られる日本海側、島根県浜田市の山間部で実施した。昨年12月13日、雷雲が接近し地上の電界強度が高まったのを受け、ドローンを高度300メートルまで飛ばした。続いて地上のスイッチを入れ、ドローンと地上がワイヤーで通電する状態にした。その結果、ワイヤーに大電流が流れ電界強度が大きく変動。直前にはワイヤーと地面の間に2000ボルト以上もの電圧が生じており、ドローン周囲の電界強度を急変させ雷を誘発することに成功した。ドローンで雷を誘発したのは世界初という。

実験結果。スイッチを入れるとワイヤーに大電流が流れ、雷が誘発された。電界強度が大きく変動した(NTT提供)
実験結果。スイッチを入れるとワイヤーに大電流が流れ、雷が誘発された。電界強度が大きく変動した(NTT提供)

 ドローンはアルミ製のパイプで囲うことで、雷による大電流が迂回(うかい)する構造にしており、雷の後も安定して飛行した。また雷の電流を放射状に流すことで、発生する強い磁界を打ち消しあい、ドローンへの磁界の影響を抑える構造にした。このドローンは、自然の落雷の平均値の5倍に相当する150キロアンペアの人工雷を起こしても無事だった。

 雷雲の高度が比較的低い冬季雷で実験したが、上空2~3キロと高めの夏の雷雲でも、周囲の建物などより高くドローンを飛ばせば効果があると考えられるという。

雷誘発の原理。地上のスイッチを入れ、ドローンの周囲の電界強度を変化させる(NTT提供)
雷誘発の原理。地上のスイッチを入れ、ドローンの周囲の電界強度を変化させる(NTT提供)

 研究グループのNTT宇宙環境エネルギー研究所レジリエント環境適応プロジェクトの長尾篤主任研究員は会見で「雷の発生を予測する位置にドローンを飛行させ、安全に誘発することで、街や人を守ることを目指している。今後は成功率を上げるため、高精度の発雷位置予測や、雷発生の仕組みに関する研究開発を進める。将来的には、充電装置による雷エネルギーの蓄積、活用も目標にしている」と説明した。成果は4月18日に発表した。

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虫をだましておびき寄せる花の臭いにおい、植物3属それぞれで酵素が進化 国立科学博物館など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250604_n01/ Wed, 04 Jun 2025 06:07:43 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54204  腐った肉のような臭いにおいで昆虫をおびき寄せて花粉を運ばせる花について、においに関わる酵素の進化が異なる3属の植物で独立に生じていることを国立科学博物館などのグループが明らかにした。進化は2つか3つのアミノ酸が置換するだけで起きていた。においが生まれる仕組みまで遺伝子レベルで明らかにしており、今後、生物の教科書で「収斂進化」の代表例として紹介されてもおかしくない成果と思われるという。

硫黄を含む腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる「腐肉擬態」のイメージ(国立科学博物館の奥山雄大研究主幹提供)
硫黄を含む腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる「腐肉擬態」のイメージ(国立科学博物館の奥山雄大研究主幹提供)

 東南アジアにある巨大な花を咲かせるラフレシアやショクダイオオコンニャクは、腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる。花の中で動き回った虫には花粉がつき、その虫が別の花におびき寄せられることで受粉を担う。これは典型的な生物擬態の中の「腐肉擬態」で、生物進化の研究テーマのひとつだ。ただ、腐肉擬態が植物のなかでどのような進化を経て生じたのかは、腐肉擬態をするものとしないものが含まれた近縁種で比較研究をする必要があり、そういう植物のグループを探すのが難しい。

国内に見られる臭い花の例。左からトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ(科博の奥山研究主幹提供)
国内に見られる臭い花の例。左からトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ(科博の奥山研究主幹提供)

 国立科学博物館筑波実験植物園の奥山雄大研究主幹(進化生物学)らは、日本の固有種のカンアオイ属50種ににおいの強弱があることに注目。臭いにおいの元が2つの硫黄とメチル基を含むジメチルジスルフィドであることを確認した上で、カンアオイ属26種30個体(系統)の花で、系統ごとにどんな遺伝子が多く働いているかを確認できるトランスクリプトーム(全発現遺伝子)解析を実施した。

 その結果、硫黄代謝に関わる遺伝子を2つ発見した。この2つの遺伝子からできる組換えタンパク質をつくると「SBP」というアミノ酸約500個からなるタンパク質を見出した。機能を調べると、においの元のジメチルジスルフィドを作る酵素の働きがあった。

カンアオイ30系統の系統樹とにおいの量と遺伝子発現の関係(科博の奥山研究主幹提供)
カンアオイ30系統の系統樹とにおいの量と遺伝子発現の関係(科博の奥山研究主幹提供)

 においの元を作る酵素とみられるSBPはアミノ酸配列の違いから3つのサブタイプがあった。そのうちのひとつは、ヒトを含む動物やバクテリアにも存在する酵素と同じ働きがあった。奥山研究主幹らは、カンアオイが属するウマノスズクサ科とは、科レベルで異なるグループに属するけれども臭い花を咲かせるトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ、ショクダイオオコンニャクなども含めてSBPの遺伝子配列から系統樹を作製した。

 遺伝子の進化過程を追うと、SBP遺伝子の重複で遺伝子がゲノム内に2つになり、片方のSBPがジメチルジスルフィドを合成するように変化しているらしいことが分かった。SBPのサブタイプの比較をすると、においを合成できるかできないかは2つか3つだけのアミノ酸の違いで決まっており、それぞれの臭い花で独立して進化しているという結果が出た。

陸上植物におけるSBP遺伝子の分子系統樹とその遺伝子産物の酵素としての働き。ピンクの矢印で遺伝子重複が起き、においを生み出す酵素(DSS)が進化している(科博の奥山研究主幹提供)
陸上植物におけるSBP遺伝子の分子系統樹とその遺伝子産物の酵素としての働き。ピンクの矢印で遺伝子重複が起き、においを生み出す酵素(DSS)が進化している(科博の奥山研究主幹提供)

 一連の結果から、臭い花への進化の道筋は限られており、独自に臭い花を進化させた3つの植物群は全く同じプロセスを経て全く同じ機能を持つ酵素を獲得したと解釈できるという。

 奥山研究主幹は「花が『臭いにおい』をどのようにして作り出せるようになったのか、という進化の謎を分子レベルまで落とし込み、さらにその臭いにおいを生合成するメカニズムが分子収斂進化していることまで示した点で、生物が新たな能力を獲得する進化メカニズムの非常に分かりやすい例が明らかになった。教科書に載ってもおかしくない成果だと思っている」としている。

 研究は、国立遺伝学研究所や東京大学、昭和医科大学、長野県環境保全研究所、宮崎大学、東北大学、情報・システム研究機構ライフサイエンス統合データベースセンター、龍谷大学、慶應義塾大学と共同で、日本学術振興会科学研究費助成事業や科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けて実施した。成果は、5月8日刊行の米科学誌「サイエンス」に掲載された。

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