ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Thu, 12 Jun 2025 06:54:15 +0000 ja hourly 1 VRの飛行体験で高所恐怖症を軽く 「落ちても飛べる」予測を獲得、NICT https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250612_n01/ Thu, 12 Jun 2025 06:51:39 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54283  バーチャルリアリティ(VR)で低空を自由に飛行する体験をすると、高所恐怖症傾向にある人の生理的、主観的な恐怖反応がともに軽減することを情報通信研究機構(NICT)が明らかにした。脳で「自分の行動により安全な状態に移行できるという予測」をすることが、恐怖を消去する新たなメカニズムとなる可能性が示された。VRが高所恐怖症治療法に使えるかもしれないと期待できる。

VR実験で被験者はヘッドセットを付け、コントローラーを持った手でどれだけ汗が出るかを皮膚の電気抵抗で計測した。足の動きもフットトラッキング装置で追った(NICT提供)
VR実験で被験者はヘッドセットを付け、コントローラーを持った手でどれだけ汗が出るかを皮膚の電気抵抗で計測した。足の動きもフットトラッキング装置で追った(NICT提供)

 NICTの春野雅彦脳情報工学研究室長(計算論的神経科学)によると、人が恐怖を克服するために、これまでは恐怖を引き起こす状況を繰り返し体験する方法が主流だった。「この状況は危険ではない」という記憶を学習していくメカニズムによって克服しているとみられる。

 しかし、高所恐怖症のような場合、実際に高い場所に何度も行くのは現実的ではない。コンピューターが作り出した仮想的な空間を現実であるかのように疑似体験できるVRを使えば、「自分が行動すれば安全な状況に移行できる」と予測して恐怖を和らげる可能性があると春野室長らは考えた。

 研究室がある大阪大学の学生などに、高所恐怖症の度合いを測る質問をし、高所恐怖症傾向のある被験者を85人集めた。VRの体に慣れるためのタスクを行った後、VRで地上80階、300メートルの高層ビルから突き出た板の上を歩いてもらい、指に貼った電極で皮膚電気抵抗を測り、どれくらい「手に汗を握っている」かを生理的恐怖反応として数値化した。

 また、参加者に「全く怖くない(0)」から「ガマンできないぐらい怖い(10)」まで11段階のうちで、怖さの度合いがどのくらいかを選んでもらうことで主観的恐怖反応を数値化した。その後、VR空間を両手に持ったコントローラーで自由に方向操作をしながら高さ5メートル以下の低空飛行を7分間行う44人の飛行群と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴する41人のコントロール群に分けた。さらに、飛行群とコントロール群ともに再びVRで高層ビルの板を歩いて生理的恐怖反応と主観的恐怖反応を計測した。

両手のコントローラーで方向操作をしながらVRで低空飛行を行った人(左)と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴するだけだった人(NICT提供)
両手のコントローラーで方向操作をしながらVRで低空飛行を行った人(左)と、自らは方向操作せずに他人のVR飛行映像を視聴するだけだった人(NICT提供)

 飛行群とコントロール群ともに、VRで高層ビルの板の上を最初に歩いたとき(1回目の高所歩行)よりも2回目の高所歩行の方が皮膚電気抵抗から分かる発汗量も怖さの度合いも下がったが、飛行群は発汗量の低下が大きかった。同じような実験を飛行群46人、コントロール群28人で行っても同様の結果だった。

VRで高層ビルの板の上を歩く高所歩行タスクを2回行うと、発汗量(皮膚電気抵抗SCR)は、自分が操作してVR飛行体験を行った飛行群の方が、視聴しただけのコントロール群より下がった(NICT提供)
VRで高層ビルの板の上を歩く高所歩行タスクを2回行うと、発汗量(皮膚電気抵抗SCR)は、自分が操作してVR飛行体験を行った飛行群の方が、視聴しただけのコントロール群より下がった(NICT提供)

 実験後に行ったアンケートのデータを用いて生理的恐怖の減少量との回帰分析を行うと、2回目の高所歩行の時に「自分は飛行できるので落下しても危険ではない」と感じるほど生理的恐怖が下がっていることも明らかになった。

 今後はVRでの高所恐怖症の低減が現実世界で長期的な効果を持つかなどが確認できれば、VRを用いた実際の治療や支援の応用が期待できるという。研究は、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業やJSTムーンショット型研究開発事業、文部科学省科学研究費助成事業の支援を受け、5月13日に米国科学アカデミー紀要(PNAS)電子版に掲載された。

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大腸がん、5割は腸内細菌関与の可能性 分泌毒素で固有のゲノム変異 国立がん研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250611_n01/ Wed, 11 Jun 2025 05:52:09 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54265  日本人の大腸がん患者の5割に一部の腸内細菌から分泌される毒素による固有のゲノム(全遺伝情報)の変異があったことが国際共同研究で明らかになったと、国立がん研究センターが発表した。世界11カ国で大腸がんのゲノムを調べた結果で、同センターは増加傾向にある若年層の大腸がんの発症に関わっている可能性があるとしている。

 国立がん研究センター研究所がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長らは、米カリフォルニア大学サンディエゴ校、英国サンガー研究所、世界保健機関(WHO)国際がん研究機関との国際共同研究に参加。日本人28人を含む11カ国の計981人の大腸がん患者のゲノムを解析し、がん発症の原因となる変異のパターンを調べた。

 その結果、大腸菌など一部の腸内細菌が分泌する「コリバクチン毒素」と呼ばれる分泌物が関与した特定の変異パターンが日本人患者の5割で見つかった。この割合は他国の平均の2.6倍だった。研究グループはこの毒素が大腸の細胞のDNAの2重鎖を切断して傷付け、がんの発症につながる変異を起こしているとみている。

 また、毒素による変異は50歳未満の患者に多く70歳以上の高齢患者の3.3倍で、若年層の大腸がんの発症に強く関連している可能性があることも分った。患者から毒素を分泌する腸内細菌が検出されない症例も多く、以前に毒素にさらされ、その後かなりの時間を経てがんになったと推定できるという。

国立がん研究センターが発表した研究成果の概念図(国立がん研究センター提供)
国立がん研究センターが発表した研究成果の概念図(国立がん研究センター提供)
大腸がん患者のゲノム解析を行った11カ国の地図(色が付いた国、色は発症頻度別)(国立がん研究センター提供)
大腸がん患者のゲノム解析を行った11カ国の地図(色が付いた国、色は発症頻度別)(国立がん研究センター提供)

 大腸がんは結腸や直腸にできるがん(悪性腫瘍)の総称で、国内では増加傾向にあり、2020年には全てのがんのうち最も多い14万人以上が罹患し、23年には5万3000人以上が死亡している。若年層も年々増え、女性より男性に多い。喫煙や飲酒、欧米型の食生活、肥満などが発症リスクとされる。早期では無症状の場合が多く、血便や腹痛などが現れる進行がんで見つかるケースも少なくない。日本は諸外国の中でも患者が多く、50歳以上では世界3位で、大腸がん予防はがん対策の柱の一つになっている。

 腸内細菌は1人の腸内に数百種類以上、100兆個以上も存在するとされその総重量は1~2キログラムにもなるという。消化や免疫、ビタミン合成などに重要な機能を持っている一方、一部の細菌は大腸がんの発生や悪性化に関わることが知られている。

 国立がん研究センターの柴田分野長らは、今後、日本人の若年層の大腸がんの全貌を明らかにする方針という。毒素の働きを邪魔したり、関連する腸内細菌のみを除去したりする方法を開発できれば大腸がんの予防につながると期待される。研究成果は4月23日付英科学誌ネイチャーに掲載され、同センターが5月21日に発表した。

国立がん研究センター中央病院(東京都中央区、国立がん研究センター提供)
国立がん研究センター中央病院(国立がん研究センター提供)
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ドローンで「空飛ぶ避雷針」実験に成功、街の被害ゼロ目指す NTT https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250605_n01/ Thu, 05 Jun 2025 06:12:23 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54232  雷雲へとドローンを飛ばし、雷を誘発し直撃させて地上の被害を防ぐ実験に成功したと、NTTが発表した。地上との間をワイヤーでつなぎ、電界強度を変化させて雷を促す仕組み。地上に避雷針を置けなくても被害を抑えると期待される。「将来的に“空飛ぶ避雷針”として活用し、雷被害ゼロの社会を目指す」という。

実験に使った“空飛ぶ避雷針”ドローン(NTT提供)
実験に使った“空飛ぶ避雷針”ドローン(NTT提供)

 国内の落雷被害額は年間推定1000億~2000億円。避雷針が広く使われるが、効果の範囲が限定的で、また風力発電の風車や屋外のイベント会場など、設置が難しい場所も多い。こうした中、研究グループはドローンで雷を誘発して被害を抑える技術を目指し活動。人工の雷に続き、実際の空に発生する雷雲を使う実験に踏み切った。

 実験は冬季の雷で知られる日本海側、島根県浜田市の山間部で実施した。昨年12月13日、雷雲が接近し地上の電界強度が高まったのを受け、ドローンを高度300メートルまで飛ばした。続いて地上のスイッチを入れ、ドローンと地上がワイヤーで通電する状態にした。その結果、ワイヤーに大電流が流れ電界強度が大きく変動。直前にはワイヤーと地面の間に2000ボルト以上もの電圧が生じており、ドローン周囲の電界強度を急変させ雷を誘発することに成功した。ドローンで雷を誘発したのは世界初という。

実験結果。スイッチを入れるとワイヤーに大電流が流れ、雷が誘発された。電界強度が大きく変動した(NTT提供)
実験結果。スイッチを入れるとワイヤーに大電流が流れ、雷が誘発された。電界強度が大きく変動した(NTT提供)

 ドローンはアルミ製のパイプで囲うことで、雷による大電流が迂回(うかい)する構造にしており、雷の後も安定して飛行した。また雷の電流を放射状に流すことで、発生する強い磁界を打ち消しあい、ドローンへの磁界の影響を抑える構造にした。このドローンは、自然の落雷の平均値の5倍に相当する150キロアンペアの人工雷を起こしても無事だった。

 雷雲の高度が比較的低い冬季雷で実験したが、上空2~3キロと高めの夏の雷雲でも、周囲の建物などより高くドローンを飛ばせば効果があると考えられるという。

雷誘発の原理。地上のスイッチを入れ、ドローンの周囲の電界強度を変化させる(NTT提供)
雷誘発の原理。地上のスイッチを入れ、ドローンの周囲の電界強度を変化させる(NTT提供)

 研究グループのNTT宇宙環境エネルギー研究所レジリエント環境適応プロジェクトの長尾篤主任研究員は会見で「雷の発生を予測する位置にドローンを飛行させ、安全に誘発することで、街や人を守ることを目指している。今後は成功率を上げるため、高精度の発雷位置予測や、雷発生の仕組みに関する研究開発を進める。将来的には、充電装置による雷エネルギーの蓄積、活用も目標にしている」と説明した。成果は4月18日に発表した。

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虫をだましておびき寄せる花の臭いにおい、植物3属それぞれで酵素が進化 国立科学博物館など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250604_n01/ Wed, 04 Jun 2025 06:07:43 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54204  腐った肉のような臭いにおいで昆虫をおびき寄せて花粉を運ばせる花について、においに関わる酵素の進化が異なる3属の植物で独立に生じていることを国立科学博物館などのグループが明らかにした。進化は2つか3つのアミノ酸が置換するだけで起きていた。においが生まれる仕組みまで遺伝子レベルで明らかにしており、今後、生物の教科書で「収斂進化」の代表例として紹介されてもおかしくない成果と思われるという。

硫黄を含む腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる「腐肉擬態」のイメージ(国立科学博物館の奥山雄大研究主幹提供)
硫黄を含む腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる「腐肉擬態」のイメージ(国立科学博物館の奥山雄大研究主幹提供)

 東南アジアにある巨大な花を咲かせるラフレシアやショクダイオオコンニャクは、腐った肉のような臭いにおいで昆虫をだまし、花の中におびき寄せる。花の中で動き回った虫には花粉がつき、その虫が別の花におびき寄せられることで受粉を担う。これは典型的な生物擬態の中の「腐肉擬態」で、生物進化の研究テーマのひとつだ。ただ、腐肉擬態が植物のなかでどのような進化を経て生じたのかは、腐肉擬態をするものとしないものが含まれた近縁種で比較研究をする必要があり、そういう植物のグループを探すのが難しい。

国内に見られる臭い花の例。左からトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ(科博の奥山研究主幹提供)
国内に見られる臭い花の例。左からトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ(科博の奥山研究主幹提供)

 国立科学博物館筑波実験植物園の奥山雄大研究主幹(進化生物学)らは、日本の固有種のカンアオイ属50種ににおいの強弱があることに注目。臭いにおいの元が2つの硫黄とメチル基を含むジメチルジスルフィドであることを確認した上で、カンアオイ属26種30固体(系統)の花で、系統ごとにどんな遺伝子が多く働いているかを確認できるトランスクリプトーム(全発現遺伝子)解析を実施した。

 その結果、硫黄代謝に関わる遺伝子を2つ発見した。この2つの遺伝子からできる組換えタンパク質をつくると「SBP」というアミノ酸約500個からなるタンパク質を見出した。機能を調べると、においの元のジメチルジスルフィドを作る酵素の働きがあった。

カンアオイ30系統の系統樹とにおいの量と遺伝子発現の関係(科博の奥山研究主幹提供)
カンアオイ30系統の系統樹とにおいの量と遺伝子発現の関係(科博の奥山研究主幹提供)

 においの元を作る酵素とみられるSBPはアミノ酸配列の違いから3つのサブタイプがあった。そのうちのひとつは、ヒトを含む動物やバクテリアにも存在する酵素と同じ働きがあった。奥山研究主幹らは、カンアオイが属するウマノスズクサ科とは、科レベルで異なるグループに属するけれども臭い花を咲かせるトクノシマカンアオイ、ザゼンソウ、ヒサカキ、ショクダイオオコンニャクなども含めてSBPの遺伝子配列から系統樹を作製した。

 遺伝子の進化過程を追うと、SBP遺伝子の重複で遺伝子がゲノム内に2つになり、片方のSBPがジメチルジスルフィドを合成するように変化しているらしいことが分かった。SBPのサブタイプの比較をすると、においを合成できるかできないかは2つか3つだけのアミノ酸の違いで決まっており、それぞれの臭い花で独立して進化しているという結果が出た。

陸上植物におけるSBP遺伝子の分子系統樹とその遺伝子産物の酵素としての働き。ピンクの矢印で遺伝子重複が起き、においを生み出す酵素(DSS)が進化している(科博の奥山研究主幹提供)
陸上植物におけるSBP遺伝子の分子系統樹とその遺伝子産物の酵素としての働き。ピンクの矢印で遺伝子重複が起き、においを生み出す酵素(DSS)が進化している(科博の奥山研究主幹提供)

 一連の結果から、臭い花への進化の道筋は限られており、独自に臭い花を進化させた3つの植物群は全く同じプロセスを経て全く同じ機能を持つ酵素を獲得したと解釈できるという。

 奥山研究主幹は「花が『臭いにおい』をどのようにして作り出せるようになったのか、という進化の謎を分子レベルまで落とし込み、さらにその臭いにおいを生合成するメカニズムが分子収斂進化していることまで示した点で、生物が新たな能力を獲得する進化メカニズムの非常に分かりやすい例が明らかになった。教科書に載ってもおかしくない成果だと思っている」としている。

 研究は、国立遺伝学研究所や東京大学、昭和医科大学、長野県環境保全研究所、宮崎大学、東北大学、情報・システム研究機構ライフサイエンス統合データベースセンター、龍谷大学、慶應義塾大学と共同で、日本学術振興会科学研究費助成事業や科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けて実施した。成果は、5月8日刊行の米科学誌「サイエンス」に掲載された。

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銀河中心ブラックホールが放つガス、予想外の“弾丸状” クリズム観測 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250603_n01/ Tue, 03 Jun 2025 07:53:23 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54209  銀河の中心にある巨大ブラックホールから噴き出すガスの風が、従来考えられてきたように滑らかではなく、弾丸のように断続に放たれていることが分かったと、エックス線天文衛星「クリズム」の国際研究グループが発表した。地球から20億光年離れたブラックホール「PDS456」を観測し確認。風のエネルギーが予想以上に大きいことも判明し、銀河と巨大ブラックホールの関係性をめぐる理論の見直しを迫る成果となった。

ガスの風が噴き出すPDS456の想像図(JAXA提供)
ガスの風が噴き出すPDS456の想像図(JAXA提供)

 ブラックホールは重力が極めて大きい超高密度の天体。周囲の時空がゆがみ、光さえ脱出できない。重い恒星が一生の終わりに大爆発を起こしてできるほか、多くの銀河の中心には質量が太陽の100万倍以上という巨大ブラックホールがある。ここから噴き出す高速のガスが、ブラックホール自体の成長や、銀河内の星の形成に深く関係するらしいが、高精度の観測ができず詳しいことは謎だった。

 そこで研究グループは、2023年9月から運用中のクリズムを使い、昨年3月、へび座にあるPDS456を詳しく観測した。周辺のエックス線がガスに吸収される様子から、5種類の速度のガスの風があることを発見した。従来の観測では、風は1つの滑らかなものとみられたが、高精度のクリズムは「弾丸のようなブツブツとした構造」として捉えたという。また、エックス線に照らされたガスが放つ光の波長を手がかりに、風がほぼ全方向に噴き出ていることも分かった。

クリズムによるPDS456の観測結果(右のグラフ)。速度が異なる5種類のガスの風を捉えた。左は想像図(JAXA提供)
クリズムによるPDS456の観測結果(右のグラフ)。速度が異なる5種類のガスの風を捉えた。左は想像図(JAXA提供)

 こうした結果から推定すると、噴き出すガスは大量で、これまで考えられた滑らかな風の場合と比べ、はるかに大きなエネルギーを持つことになる。従来の理論では、ブラックホールの近くで生じた風のエネルギーが全て、銀河の広範囲に行き渡り、銀河の進化を制御すると考えられた。今回の結果はこれを覆し、風のエネルギーがろくに行き渡っていないことになる。銀河と中心の巨大ブラックホールが関わり合って進化する「共進化」の従来の理論は、見直しを迫られることになった。

 研究グループの福岡教育大学教育学部の水本岬希講師は「実はクリズムの打ち上げ前、私は弾丸状の風を予想し論文を書いた。しかしここまでの(顕著な)ものとは思っておらず、観測結果を見た第一印象では、データ処理の誤りなどではないかと感じた。しかし間違いはなく、“予想通り”と“予想外”の思いが入り交じり興奮した」と話す。

 研究グループは(1)弾丸状の風がたまにしか噴き出さない、または(2)風が銀河内の、ガスの薄い領域をすり抜けて飛び出している――といった可能性があるとみている。

 東京大学大学院理学系研究科の萩野浩一助教は「クリズムにより、さまざまなブラックホールを調べていけば、この風が共進化に与える影響への理解が深まっていくだろう」と説明する。

 成果は英科学誌「ネイチャー」に日本時間先月15日掲載され、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が同日発表した。

エックス線天文衛星「クリズム」の想像図(JAXA提供)
エックス線天文衛星「クリズム」の想像図(JAXA提供)
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筆跡をなぞる際のズレ、繰り返して修正する学習過程を可視化 中京大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250602_n01/ Mon, 02 Jun 2025 06:04:15 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54199  筆跡をなぞる際に起きるズレを情報理論に基づく「エントロピー」の指標で解析し、繰り返しながら修正していく学習過程を可視化することに、中京大学などの研究グループが成功した。これまでスポーツの上達の過程を見る研究は多く行われていたが、筆跡の修正過程を研究したものはなかったという。「スランプ」を経て上達していることも明らかになった。今後はリハビリテーションや、AIの学習にも応用したいとしている。

 中京大学スポーツ科学部の山田憲政教授(スポーツ心理学・バイオメカニクス)らは、ヒトがある動きを体得するまでの過程について研究してきた。山田教授は以前、自身の研究室に所属していた金城大学経済学部の村上宏樹助教と共に、手を標的に向かって繰り返し伸ばす動作を解析し、その始まりから終わりまでの運動軌道にみられる「ばらつき(乱雑さ)」が、学習によって徐々に収束する過程をエントロピーで可視化する手法を開発していた。

 最初は下手でも、何度も繰り返しその動きをすることで乱雑さが減少し、最終的には習得につながる。また、今までできていたことが何らかの事故によってできなくなったものの、再びできるようになるようなリハビリの過程でも、同様の現象が起きる。

 一方で、このような動きの体得は、いつもと異なる環境や道具ではミスが起こりやすいことが分かっている。脳が経験・学習したことが動きと直結する「内部モデル」に乱れが生じるためだ。

 そこで、この一連の流れについて、文字でも同じことがいえるのか検証した。既存のひらがなやカタカナ、漢字では上手・下手の判断が主観的になりやすく、定量化しにくい。そのため、直線と折れ線が使われており、対称性がある星マークを用いて実験することにした。字が上手になりたい人が、見本に沿って書く練習をするものの、うまくいかない場面を想定した。

 まず、iPadに星マークを映し出し、そのiPadの前に鏡を置く。被験者は手元を隠した状態でiPadペンシルを握り、鏡に映っている星マークのお手本の線をiPad上でなぞる。理想とする姿が脳に浮かんでいても、自分の思うように手が動かない状況に陥る。とりわけ、前後の動きは逆転して見えるという視覚と運動の不一致が起こり、内部モデルが崩れる。

今回行った実験の様子。反射した星マークをiPad上でなぞり、その筆跡を解析した(中京大学提供)
今回行った実験の様子。反射した星マークをiPad上でなぞり、その筆跡を解析した(中京大学提供)

 これを学生数人に行わせたところ、1つの星マークを完成させるのに10分くらいかかる学生や、酔ったような状態になり気分が悪くなる学生もいたため、そのような学生を除外し、数分間で取り組める男子学生に被験者になってもらった。星マークを100回書くトレーニングを行い、お手本の線とのズレについて、1秒間に60個のデータを取った。星マークの辺ごとにデータを解析し、筆跡の乱雑さをエントロピーによって可視化し、お手本からズレた距離も調べた。

 その結果、星マークのまっすぐな部分は乱雑さが少なく、スムーズにiPadペンシルを動かすことができ、お手本からのズレも少なかった。しかし、斜めの線の部分は乱雑さが大きく、思い通りに書けていなかったが、回数を重ねると解消されていった。また、お手本からの距離も最初は離れており、一度はお手本に近づいたが、その直後から再びズレるようになり、最終的にはお手本をたどれるようになった。この状態は、運動でいう「スランプ」や「プラトー」と同じ状況だった。

実験の結果、星のまっすぐな部分(辺1)は乱雑さが少ない状態で、お手本の線からの距離も近かったが、斜めの部分(辺2)では乱雑になり、お手本の線からの距離も離れていた(中京大学提供)
実験の結果、星のまっすぐな部分(辺1)は乱雑さが少ない状態で、お手本の線からの距離も近かったが、斜めの部分(辺2)では乱雑になり、お手本の線からの距離も離れていた(中京大学提供)

 山田教授によると、字が上手になりたくて、習字などのお手本に沿って文字を書く学習の際にも同様のことが言える可能性があるといい「ある部分はお手本通りにスムーズに書けても、別の部分はうまくいかないというように、明確に分かれていることに驚いた」としている。なお、このようにうまくいかない部分を繰り返し学習することで、上達につながることが示唆されたため、「文字を書くというスポーツとは異なる場面における学習の過程を追うことができて良かった」と話している。

 成果はスイスの学術誌「エントロピー」に4月30日に掲載され、中京大学が金城大学と共に5月13日に発表した。

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最大級256量子ビット超電導量子コンピューターを開発 富士通・理研 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250529_n01/ Thu, 29 May 2025 06:03:54 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54178  外部のユーザーが利用できるマシンとしては世界最大級となる超電導量子コンピューターを、富士通と理化学研究所が開発した。量子計算の基本単位である量子ビット数を256とし、2023年に開発した国産初号機の64から4倍に拡張した。チップの立体配線を生かし、また冷凍機内の高密度化を進めるなどして大規模化を果たした。来月から、企業や研究機関が利用できるようにする。

開発した256量子ビット超電導量子コンピューター。冷凍機を外し、「シャンデリア」とも呼ばれる本体が見える状態で報道陣に公開された=埼玉県和光市の理化学研究所
開発した256量子ビット超電導量子コンピューター。冷凍機を外し、「シャンデリア」とも呼ばれる本体が見える状態で報道陣に公開された=埼玉県和光市の理化学研究所

 開発した256量子ビット機は、理研が文部科学省の助成を受け2023年3月に公開した国産初号機をベースに開発した2号機を、さらに拡張したもの。開発にあたり(1)配線をチップの横ではなく裏から垂直に取り付ける立体構造により、大規模化に伴う配線レイアウトの困難を回避した。(2)計算を担う量子ビットチップを絶対零度近くまで冷やすための冷凍機は、開発時点で64量子ビット機のものが最大だった。同じものを使用しながら、内部の部材配置を緻密化して実装密度を4倍にした。――こうした工夫により完成し、埼玉県和光市の理研に設置した。

 海外に1000量子ビット級機を開発したとの情報もあるが、外部ユーザーが利用できるものではこのマシンが最大級という。企業や研究機関が用途の開拓や、計算エラーの訂正技術の実験などに利用していく。来年には1000量子ビット機の開発を目指す。

(左)会見する理研の中村センター長、(右)富士通の佐藤所長
(左)会見する理研の中村センター長、(右)富士通の佐藤所長

 理研量子コンピュータ研究センターの中村泰信センター長は先月22日の会見で「量子ビット数だけが性能ではなく、制御の精度やエラー率低減、いかに高度な計算をするかが重要だ。1000量子ビットにアップすればまた新たな課題が見え、新しいアイデアが生まれるだろう。マイルストーン(道しるべ)を置いて進め、ブレークスルーに繋がっていくことを期待している」と説明した。

 富士通量子研究所の佐藤信太郎所長は「量子コンピューターが将来、本当に使えるものになるには、性能に加えコスト面も追いかけねばならない。われわれが大規模なものを作る戦略を作り、いろいろな方が協力してくれる関係性をうまく作り上げ、進んでいきたい」とした。

 一方、量子、AI(人工知能)技術の研究や産業界との連携を推進する、産業技術総合研究所の拠点「量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター(G-QuAT=ジークウァット)」の本部棟が茨城県つくば市に完成。今月18日に落成式を行った。量子コンピューターをめぐる研究力向上や人材育成、産業競争力強化に向けた取り組みが各所で加速しそうだ。

超電導256量子ビットチップ
超電導256量子ビットチップ

 量子コンピューターは、物質を構成する原子や電子など「量子」の世界の物理法則「量子力学」に基づき計算する。従来のコンピューターは半導体にかかる電圧の高低によって0と1を表し、2進法で演算する。これに対し量子コンピューターは、量子力学の世界の、0と1が重なって同時に存在する状態を利用し、多数の計算を並列化する。社会の情報量が飛躍的に増え続ける中、既存技術による半導体の微細化では限界があり、量子コンピューターが革新的な情報処理を実現する基盤技術として期待される。

 量子コンピューターには複数の方式が提唱され、超電導状態の電子回路を使う「超電導方式」の研究が先行。ただ、イオンを真空中に閉じ込める「イオントラップ方式」が急展開。レーザーで原子を制御する「中性原子方式」、光の量子である光子を使う「光方式」、半導体に閉じ込めた電子を扱う「半導体方式」の研究も活発で、本命はまだ見通せていない。本格的実用には数万~数百万量子ビットが必要ともいわれ、また計算のエラーを訂正する技術や制御技術などが大きな課題となっている。従来のスーパーコンピューターを代替するのではなく、特性を生かして連携させる「ハイブリッドコンピューティング」が進むと見込まれる。

会見後、撮影に応じる富士通と理研の関係者
会見後、撮影に応じる富士通と理研の関係者
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咳や嚥下を引き起こす新しい感覚器官を喉で発見 ビールの「のどごし」に関係か、京都府立医大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250526_n01/ Mon, 26 May 2025 06:01:28 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54150  喉にあり、苦みなどに対して咳や飲み込み(嚥下)を引き起こす新しい感覚器官を京都府立医科大学などのグループがマウスで発見した。気管の入り口にあたる喉頭では咳、食道へつながる咽頭では嚥下が起きる。長く続く咳の治療薬開発で貢献する可能性があるだけでなく、科学的によく分かっていないビールの「のどごし」のメカニズムを解明するきっかけになるかもしれない。

喉の喉頭と咽頭で見つかった咳や嚥下を引き起こす新たな感覚器官の概要図(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)
喉の喉頭と咽頭で見つかった咳や嚥下を引き起こす新たな感覚器官の概要図(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)

 感覚が脳に伝わるまでに神経細胞で起こる情報伝達の仕組みとしては、ドーパミンやGABA(ギャバ)、アセチルコリンなど細胞内では小胞にくるまれていた化学物質が、小胞が細胞膜に接すると小胞が開いて放出されて情報伝達をする「シナプス」が一般的に知られている。

 京都府立医科大学大学院医学研究科の樽野陽幸教授(生理学)は2013年ごろ、チャネルという孔のある膜タンパク質が開いて化学物質が出ていくことで、神経細胞へ情報伝達が起こる「チャネルシナプス」という小胞とは別のシナプス様式を発見。上皮細胞と神経細胞の情報連絡をしており、舌の味蕾(みらい)で塩味を感じて脳に伝える機構にこのチャネルシナプスが関わることを明らかにしていた。

 新しいチャネルシナプスがどこで働くのか未知だったため、樽野教授らはマウスを用いて該当のチャネルの遺伝子が働いているものがないか44臓器・組織で調べたところ、喉にチャネルシナプスが多そうだという結果を得た。喉を細かく調べると、肺に至る気道につながる喉頭と、胃に至る食道につながる咽頭それぞれの表面(上皮)でチャネルシナプスを持つ新しい感覚器官があった。この感覚器官は、ブラシのような微絨毛を出して化学物質を感知する「タフト細胞」と味蕾の中にある「2型味細胞」に分類できた。

チャネルシナプスを持つ新しい感覚器官として喉頭で見つけたタフト細胞の電子顕微鏡像。四角内の黄色部分はタフト細胞(青)と迷走神経(緑)が接するシナプス部位(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)
チャネルシナプスを持つ新しい感覚器官として喉頭で見つけたタフト細胞の電子顕微鏡像。四角内の黄色部分はタフト細胞(青)と迷走神経(緑)が接するシナプス部位(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)

 遺伝子を解析した上でチャネルシナプスを機能させなくしたマウスを用いて、感覚器官の機能を調べたところ、苦い毒素を含む植物抽出物やたばこの煙、空気汚染物質、病原体関連物質など多数の体を侵害する多くの化学物質に反応することが分かった。反応すると、チャネルシナプスからアデノシン三リン酸(ATP)が放出されて迷走神経を活性化するという機序も分かった。喉頭タフト細胞では咳、咽頭2型味細胞では嚥下を促していた。舌の味蕾では苦みを感じると吐き出したくなるのに対して、咽頭だと逆に飲み込む方向への反射を促していた。

チャネルシナプスを機能させなくした(Calhm3欠損)マウスでは、苦みや毒(T2R刺激)があっても咳や嚥下ができない。古典的な刺激である酸や塩水による咳や嚥下は起きる(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)
チャネルシナプスを機能させなくした(Calhm3欠損)マウスでは、苦みや毒(T2R刺激)があっても咳や嚥下ができない。古典的な刺激である酸や塩水による咳や嚥下は起きる(京都府立医科大学の樽野陽幸教授提供)

 長く続く咳(慢性咳嗽)を世界人口の約10%が患っているという推計があるが、原因が分からず治りにくい場合が多く、薬も副作用が無視できないものなどに限られていた。新しく発見した喉頭タフト細胞に起因する慢性咳嗽が特定できれば、タフト細胞内の分子を標的にした創薬で治療する道が開ける。

 また、嚥下については、舌では味わうと吐き出したくなる苦みが、咽頭では飲み込む方向に進むことが分かった。苦いビールがなぜゴクゴク飲めるかという、のどごしのよさを科学的に説明できる可能性もある。樽野教授は「苦いビールをおいしく飲んだ後の人の表情は、甘い物を食べた後の笑顔とはまた別の表情。チャネルシナプスを持つ咽頭2型味細胞が、のどごしを担う感覚センサーかもしれない」と話す。

 研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業や日本学術振興会科学研究費助成事業、ソルト・サイエンス研究助成、内藤記念科学技術振興財団、武田科学振興財団、浦上食品・食文化振興財団、日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け、理化学研究所などと共同で行い、米科学誌セル電子版に4月5日、掲載された。

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職場の熱中症対策、6月1日から罰則付き義務化 今年も猛暑予測で初期症状の早期発見、重症化予防が狙い https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250523_n01/ Fri, 23 May 2025 06:21:23 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54132  6月1日から職場で適切な熱中症対策を取ることが企業に義務付けられる。職場での熱中症による死者が増える傾向にあることを重視した厚生労働省は4月15日に熱中症対策を罰則付きで事業者の義務とする労働安全衛生規則改正省令を公布し、職場での初期症状の早期発見や重症化を防ぐ対応を企業に促すことを決めていた。

 厚労省によると、義務化の内容は(1)熱中症の自覚症状がある人や疑いのある人が出た場合の緊急連絡先や担当者を決めるなどの体制整備を事業所ごとに定める(2)作業からの離脱、身体の冷却、医療機関への搬送など重症化防止のための手順を事業所ごとに定める(3)職場での対策の内容を作業者に周知する―など。

 暑さ指数28以上か、気温31度以上の環境下で連続1時間以上または1日4時間を超える作業が対象となる。事業者が対策を怠った場合、6月以下の拘禁刑、または50万円以下の罰金が科される可能性があるという。

職場の熱中症対策義務化の基本的な考え方(厚生労働省提供)
職場の熱中症対策義務化の基本的な考え方(厚生労働省提供)

 厚労省は2023年に働く人の熱中症対策を分かりやすく解説した「熱中症ガイド」を作成するなどして対策を進めてきたが、24年に職場で熱中症になって4日以上職場を休んだ人は1000人を超え、死亡した人は30人を数えて3年連続30人以上となった。

 同省が2020~23年の103の死亡例を分析したところ、初期症状の対応の放置や遅れは100件に上り、複数の理由があるものも含めると発見が遅れて重篤化状態で見つかったのが78件、医療機関に搬送しなかったなど対応の不備が41件あったという。同省担当者によると、職場で症状が出た人を早期発見し、重症化させない対策が重要と強調している。

 福岡資麿厚労相は改正省令を公布した4月15日の閣議後記者会見で「対策の強化は喫緊の課題で、(職場での対策義務化により)熱中症による死亡災害の減少に向けて取り組んでいきたい」と述べた。厚労省はリーフレットの配布や労働基準監督署による説明会を実施して事業者への周知を徹底する方針だという。

厚生労働省が作成した「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」の表紙(厚生労働省提供)
厚生労働省が作成した「働く人の今すぐ使える熱中症ガイド」の表紙(厚生労働省提供)
夏季の気温と職場における熱中症の災害発生状況(厚生労働省提供)
夏季の気温と職場における熱中症の災害発生状況(厚生労働省提供)

 気象庁は2月25日に今年の夏の天候について全国的に暖かい空気に覆われやすく気温が高くなると予測。今夏も猛暑になるとの見方を示した。

 同庁によると、5月18日は高気圧の縁を回る暖かく湿った空気が南西から日本付近に流れ込んだことなどから東北や関東甲信越など広い範囲で気温が上昇した。19、20日も多くの地域で暑くなり、20日は山梨県大月市で34.2度、東京都八王子市で33.5度を記録。全国914観測地点のうち200地点以上で最高気温が30度以上の真夏日になった。21日は岐阜県飛騨市内で35.0度を記録。全国で初めて最高気温35度以上の猛暑日となるなど各地で気温が上昇し、22日も多くの地域で5月下旬としては暑くなった。

 熱中症に詳しい横堀将司・日本医科大学教授は「熱中症被害は今や災害級どころではなく超災害級だが予防できる災害だ」と強調している。同教授ら専門家は暑さに体が慣れていない時期の対策に注意が必要と指摘している。

今年の夏の平均気温は全国的に高くなる可能性が高いことを示す図(気象庁提供)
今年の夏の平均気温は全国的に高くなる可能性が高いことを示す図(気象庁提供)
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帝王切開後の合併症の原因除去 聖路加国際病院が新しい術式開発 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250522_n01/ Thu, 22 May 2025 05:44:26 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54126  帝王切開手術後に子宮の中にできた「へこみ」を除去する新しい術式を、聖路加国際病院の研究グループが開発した。へこみが原因で合併症として不妊や不正出血が起こることがあり、その治療法となる。子宮に腹部側から針を2本、牛の角のように刺してガイド(目印)にし、腹腔鏡手術によりへこんだ部分だけを取り除く。針の形からおうし座を意味する「タウルス T メソッド」と名付けた。

 帝王切開は出産時に古くから行われている術式で、対象となるのは、赤ちゃんが苦しんでいるケース、多胎児、逆子のときなどがある。厚生労働省によると、一般病院での全分娩に占める帝王切開の割合は2023年で29.1パーセントと、年々増加傾向にある。

 近年、帝王切開で出産後に不妊治療を受けても次の妊娠がうまくいかないケースが見つかっている。また、帝王切開後、不正出血が続いたり、月経痛がひどくなったりという合併症に悩む患者も少なくない。これらの患者は、子宮頸部に近いところにへこみができている。へこみには血液などがたまりやすく、物理的な要因が次の妊娠などに影響していると考えられている。

 このへこみによって起こる様々な症状を「帝王切開子宮瘢痕(はんこん)症」といい、対処するための手術は2022年に保険適応になった。だが、子宮の外からは見えないへこみを正確に取り除き、きれいに縫い合わせるのは難手術で、実施件数が著しく少なかった。また、なぜへこみができるのかも分かっていない。

「帝王切開子宮瘢痕症」は近年、世界的にも注目されている疾患の一つだが、手術が難しいという欠点があった
「帝王切開子宮瘢痕症」は近年、世界的にも注目されている疾患の一つだが、手術が難しいという欠点があった

 聖路加国際病院女性総合診療部の平田哲也部長(生殖内分泌医学)らのグループは、帝王切開子宮瘢痕症に対し、より簡単に、正確なガイドに沿って手術ができないか研究を続けてきた。子宮のへこみは子宮の内側からでしか観察できず、そのへこみを子宮の外から正確に切除する必要がある。

 先行研究で、通常は子宮内部を生理食塩水で満たして行う子宮鏡検査(内視鏡検査)を、水を使わず見ることで、子宮鏡と腹腔鏡を同時に行い、へこみの部分を腹腔鏡で正確に切除する方法を確立していた。

 今回は、より正確に、かつ、余分な組織を取らないで済むよう、目印を付ける手法を生み出した。子宮鏡で観察された病変の部位に腹部側から2本の針を刺し、子宮鏡でわかったへこみの場所に光を当てて子宮の外(腹腔鏡)からわかるようにする。次に、子宮全体を曲げて針に角度を付けることで柔らかい子宮を固定する。この針を目印にT字に切開し、子宮のへこみがある部位をきれいに取り除いたあと、縫い合わせる。

 この術式を2本の針が子宮の曲げによって角度を付けて開く様子から、おうし座を意味する「タウルス」に由来し、「タウルス T メソッド」と呼ぶことにした。

タウルス T メソッドの模式図。術後はへこみがなくなり、平坦な子宮になる(平田哲也部長提供)
タウルス T メソッドの模式図。術後はへこみがなくなり、平坦な子宮になる(平田哲也部長提供)

 帝王切開手術後の実際の臨床例に用いたところ、41歳の女性は不正出血が続くことを主訴として来院したが、術後は出血が止まった。体外受精を4回行っても妊娠に至らず、不妊を主訴として来院した35歳の女性は、術後に妊娠に至った。この手術を受けた女性の5~7割が次の出産ができているという。タウルス T メソッドは組織を取り除いた後、病理検査に出しやすいという利点もある。

 平田部長は「妊娠率を上げることも目標なので、手術後の経過についても観察していきたい」としている。そして、「この帝王切開子宮瘢痕症は、医療によって引き起こされる『医原病』の一つ。どういった帝王切開でなりやすいのか、例えば予定された手術なのか、緊急オペなのか、子宮口の状況はどのような場合に起こるのかといった、『なりやすい状況』についても調べたい」と話した。聖路加国際病院には、タウルス T メソッドの見学のために全国から産婦人科医が訪れているという。

 成果は米国生殖医学会誌「ファティリティ アンド ステリリティ」電子版に3月28日に掲載され、4月15日に聖路加国際大学が発表した。

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