ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Tue, 04 Nov 2025 05:59:50 +0000 ja hourly 1 銀河のようにきらめく尿路結石の結晶、隕石研究の手法でヒトの体内環境を読み解く https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251104_n01/ Tue, 04 Nov 2025 05:59:38 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55460
尿路結石を薄片にしたものの偏光顕微鏡像。光の屈折率の違いが色の違いとなる(2023年 NIKON JOICO AWARD 芸術特別賞、大阪大学の丸山美帆子教授提供)
尿路結石を薄片にしたものの偏光顕微鏡像。光の屈折率の違いが色の違いとなる(2023年 NIKON JOICO AWARD 芸術特別賞、大阪大学の丸山美帆子教授提供)

 腎臓内で形成された結石が、尿の通り道である尿管を詰まらせる尿路結石。背中などに強烈な痛みを起こす。隕石研究法を応用し、20~30マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルほどの厚みにした結石の表面を研磨し、偏光顕微鏡でのぞくと、まるで宇宙の銀河のようにきらめく像が現れる。

 「カラフルなピンクや青の部分は、シュウ酸カルシウム二水和物の結晶で、茶色っぽいところは一水和物じゃないかな」と、尿路結石の形成機序の解明や発症予測について研究を主導する大阪大学工学研究科の丸山美帆子教授が話す。

 尿路結石の研究の歴史は古い。1937年に腎臓の壁面でリン酸カルシウムを核にシュウ酸カルシウムが集まって結晶化しているプラーク(塊)が報告された。2003年には内視鏡で腎乳頭に付着するリン酸カルシウムのプラークが確認されている。

 リン酸カルシウムを核にシュウ酸カルシウムがどのように集まり、結石まで大きくなるのか。尿路結石の形成過程をひもとくために医学誌などを読むと、結石を粉末にして分子組成を調べたり、切片を観察したりしていた。しかし、「粉にすると結石中の物質構成を数字で把握できても、物質の分布が見えなくなる」と丸山教授は話す。

 工学分野出身で、結晶工学を専門とする丸山教授は、隕石研究をする知人から教えてもらった薄片作りに目を付けた。硬い結晶を含む石を薄くスライスしたものの表面を研磨することで、結石を生体内に近い状態で観察できるようになる。「隕石から宇宙の歴史を読み解くように結石からヒトの体内環境を読み解けるのではないか」と考えた。

 2024年にはヒト組織の壁面だけでなく、尿中のリン酸カルシウムも凝集して様々な形となり、結石の核となることを示した。25年はこのリン酸カルシウムをバイオマーカーとして使う研究も進めており、世界で初めての尿路結石発症リスクの検査装置の開発を目指している。

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「金色の宝箱」油井さんキャッチ、HTV-X初号機がISSに到着 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251030_n01/ Thu, 30 Oct 2025 07:30:32 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55453  わが国の物資補給機「HTV-X」初号機が30日未明、国際宇宙ステーション(ISS)に到着した。2009~20年に活躍した「こうのとり」の後継機で、能力を大幅に強化。各種の実験機器、飛行士の食料や衣料など、ISSの活動に不可欠な物資を無事に届けた。ISS船内でロボットアームを操縦し、HTV-Xを捕捉した油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)は「日本の宇宙計画における歴史的なできごと。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれない」と喜びを語った。

HTV-X初号機の捕捉成功後、油井亀美也さんがX(旧ツイッター)に投稿した写真。「カッコいい」と率直につづった(JAXA提供)
HTV-X初号機の捕捉成功後、油井亀美也さんがX(旧ツイッター)に投稿した写真。「カッコいい」と率直につづった(JAXA提供)

 HTV-X初号機は26日、鹿児島県の宇宙航空研究開発機構(JAXA)種子島宇宙センターから、H3ロケット7号機で出発した。その後、米国のデータ中継衛星を介してJAXA筑波宇宙センター(茨城県)の管制室との通信を開始。太陽電池パネルを展開し、姿勢制御を確立した。軌道制御のためのエンジン噴射を繰り返し、徐々にISSに接近した。

ISSに接近するHTV-X初号機=29日午後11時過ぎ(NASAテレビから)
ISSに接近するHTV-X初号機=29日午後11時過ぎ(NASAテレビから)

 30日未明、地球上空を飛行するISSの下10メートルで、ISSと速度を一致させて相対的な停止状態に。HTV-Xの制御を停止する「フリードリフト」の状態にした上で、油井さんがロボットアームの先端をゆっくりと近づけ、午前0時58分、南大西洋上空の高度418キロで捕捉に成功した。その後同4時43分、ISSへの取り付けを完了した。計画では空気漏れがないかの確認や、ISSとHTV-Xの間の電源・通信ケーブルや空気ダクトの連結などを経て、同日夜にも、飛行士が扉を開けて入室する。

 捕捉直後の同日午前1時頃、油井さんは「初めてのHTV-Xへの尽力と支援に、心から感謝しています。日本の宇宙計画における歴史的なできごとです。この宇宙船は美しく輝いており、私たちの明るい未来を象徴しています。この金色の宝箱を開けるのが待ちきれません」と声を弾ませた。さらに日本語で「日本が高い技術力で国際的な宇宙開発に貢献していることを知り、誇りを持っていただけたらうれしいです」と話した。

 米テキサス州ヒューストンの米航空宇宙局(NASA)の管制室で交信担当の重責を果たしたのは、3回の飛行歴を持ちISS船長も務めた星出彰彦さん(56)。星出さんも日本語で「こうのとりに新しい技術を加えたHTV-Xは、ISSをはじめとする地球低軌道、そして月まで含めて、人類のさらなる可能性を切り開く大きな鍵になります。引き続き一丸となって、新しい未来を切り開いていきましょう」と呼びかけた。

米ヒューストンの管制室で、親指を立てる「サムアップ」を見せてHTV-Xの到着を喜ぶ星出彰彦さん(奥)=日本時間30日午前1時頃(NASAテレビから)
米ヒューストンの管制室で、親指を立てる「サムアップ」を見せてHTV-Xの到着を喜ぶ星出彰彦さん(奥)=日本時間30日午前1時頃(NASAテレビから)

 HTV-Xは全長8メートル、太陽電池パネルを開くと幅が18メートルで、打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。物資の輸送能力は5.85トンあり、こうのとりの4トン(棚の2トンを除く)のほぼ1.5倍となった。ISS船外で使う物資を機体の外側に搭載する形に改めるなど、機体を合理化。物資を積み込む期限を、打ち上げの80時間前から24時間前に改善した。また、ISSに係留できる期間を2カ月から半年に延長するなど利便性を高めたほか、ISSを離脱後、大気圏突入前に最長1年半、宇宙空間で技術実証の実験などができるようにした。

 ISSは2030年に運用を終える計画。HTV-Xは改良を加え、その後も地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月の上空に建設される基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが想定されている。

ISS到着直後のHTV-X。ロボットアームにしっかりつかまれた=30日午前1時頃(NASAテレビから)
ISS到着直後のHTV-X。ロボットアームにしっかりつかまれた=30日午前1時頃(NASAテレビから)
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ダニ媒介性脳炎ウイルスを排除する抗体開発 長崎大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251029_n01/ Wed, 29 Oct 2025 05:34:07 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55437  主にマダニが媒介し、北海道などで症例が報告されている「ダニ媒介性脳炎」のウイルスに対する抗体を作ることに、長崎大学などの研究グループが成功した。脳は有害な物質の侵入を防ぐ血液脳関門(BBB)というフィルターのような仕組みを備えており、薬剤も通過できないことが課題だった。今回作った抗体は、ペプチドを融合することでBBBを突破し、脳内のウイルスを排除することが可能という。ダニ媒介性脳炎の治療薬などへの応用が期待される。

BBB透過型抗体が血液脳関門を突破し、脳内に入ってウイルスを攻撃する模式図(長崎大学提供)
BBB透過型抗体が血液脳関門を突破し、脳内に入ってウイルスを攻撃する模式図(長崎大学提供)

 長崎大学高度感染症研究センターの好井健太朗教授(ウイルス学)らは、以前在籍していた北海道大学で、効果的な治療法がないダニ媒介性脳炎に対する治療法を確立すべく、研究を始めた。ダニ媒介性脳炎のウイルスは、ヒトの体内に入ると脳に達し、脳炎を発症する。治療は対処療法しかなく、脳は再生しないため、命が助かっても麻痺など重大な後遺症が残る。

 脳にあるBBBは、脳と血液の間に存在し、脳に必要なブドウ糖やインスリンといった物質や、日本脳炎ウイルスなど一部のウイルスを通す。他方で、治療薬は通さない性質があり、うまく脳内に届ける方法がなかなか見つからなかった。

 好井教授らのグループは、BBBを通過する性質を持つ分子があることに着想し、抗体とその受容体を利用することにした。通常の抗体だけでは細胞を通過しないが、BBBを通過する性質をもつ、アミノ酸がつながったペプチドを応用すれば良いのではないかと考え、IgG抗体とペプチドをくっつけた抗体を作った。IgG抗体を用いたのは、同抗体は感染後に徐々に増えていく性質を持つことから、感染の急性期に応用できる薬剤となると考えたためだ。

ダニ媒介性脳炎のウイルスに感染させたマウスに対し、抗体を注射した群では、何もしない群に比べ、有意にウイルス量が減った(好井健太朗教授提供)
ダニ媒介性脳炎のウイルスに感染させたマウスに対し、抗体を注射した群では、何もしない群に比べ、有意にウイルス量が減った(好井健太朗教授提供)

 5年間の研究を経てできた「BBB透過型抗体」を用いて、マウスで抗体の動きを調べたところ、脳内にきちんと届いていることが確認できた。さらに、ダニ媒介性脳炎にかかったマウスでのウイルス量を観察したところ、何もしない群に比べて、抗体を注射した群は有意にウイルス量が減り、効果があることが分かった。

 好井教授は「付ける抗体の種類をより多く試したい」と今後の展望を語り、「ウイルスを減らすことが証明できたのは画期的。だが、ダニ媒介性脳炎を防ぐためには、(野外活動などの際に)マダニに刺されないよう衣類で皮フを守るなど、予防をしてほしい」とした。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構(AMED)の助成を受けて行われ、成果は7月7日、米国微生物学会誌「エム スフィア」電子版に掲載された。

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新型補給機HTV-XがISSへ出発 “最強版”H3打ち上げ成功 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251027_n01/ Mon, 27 Oct 2025 08:46:37 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55428  国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ補給機「HTV-X」初号機が26日、大型ロケット「H3」7号機に搭載され、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。所定の軌道に投入され、打ち上げは成功した。HTV-Xは、2009~20年に9機が運用された「こうのとり(HTV)」の後継機。能力が大幅に強化されており、将来は月上空の基地などへの輸送も担うと期待される。H3は5機連続で成功。H3として最大の機体構成による初の打ち上げを実らせ、安定運用に弾みをつけた。

HTV-X初号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット7号機=26日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)
HTV-X初号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット7号機=26日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)

ISS到着まで「まだまだ気が抜けない」

 H3は同日午前9時0分15秒に打ち上げられ、5分後に1段と2段の機体を分離した。2段エンジンの燃焼も正常で、打ち上げの約14分後、高度287キロでHTV-Xを楕円(だえん)軌道に投入した。HTV-Xが順調に飛行を続ければ、油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)がISS船内で操縦するロボットアームに捕捉され、30日午前0時50分頃にISSに到着する。その後、数時間かけドッキングする。

打ち上げに成功し、沸く管制室=26日、種子島宇宙センター(JAXA提供)
打ち上げに成功し、沸く管制室=26日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

 26日午後、会見した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長は「HTV-X初号機はこうのとりの技術と経験を基に、またH3は(先代の)H2Aの実績を引き継ぎ、宇宙輸送システムとしてさらに磨きをかける。(わが国の宇宙開発利用の)自律性の維持、技術力の強化、産業振興への貢献、国際競争力確保を果たすべく、引き続き真摯(しんし)に取り組んでいく」と述べた。

 HTV-Xは全長8メートル、太陽電池パネルを開くと幅が18メートルで、打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。物資の輸送能力は5.85トンあり、こうのとりの4トン(棚の2トンを除く)のほぼ1.5倍となった。ISS船外で使う物資を機体の外側に搭載する形に改めるなど、機体を合理化。物資を積み込む期限を、打ち上げの80時間前から24時間前に改善した。また、ISSに係留できる期間を2カ月から半年に延長するなど利便性を高めたほか、ISSを離脱後、大気圏突入前に最長1年半、宇宙空間で技術実証の実験などができるようにした。開発費は、初号機が打ち上げ費用を除き356億円で、HTV-X全体は非公表だ。

 初号機はH3から分離後、太陽電池パネルを展開して発電を開始。27日には高度調整のための初回のエンジン噴射をし、高度400キロのISSを目指して計画通りに飛行を続けた。開発を率いるJAXAの伊藤徳政プロジェクトマネージャは26日「ISSに物資を運ぶのが第一で、まだまだ気を抜かずに運用をしっかりしなければならない」と話した。

 ISSは2030年に運用を終える計画。HTV-Xは改良を加え、その後も地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月の上空に建設される基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが想定されている。

HTV-Xの想像図(JAXA提供)
HTV-Xの想像図(JAXA提供)

能力最大機体の成功「大きな意味」

 H3は2段式の液体燃料ロケットで、今年6月に運用を終了した「H2A」と、2020年に終了した強化型「H2B」の後継機。政府は小型の固体燃料ロケット「イプシロン」とともに、基幹ロケットに位置づけている。将来的には打ち上げ業務を、H2AやH2Bと同様にJAXAから三菱重工業に移管し、市場に参入する。

 H3の初号機は2023年3月、電気系統の異常で2段エンジンに着火できず失敗したものの、2号機以降は連続で成功。これまでの打ち上げでは全て1段エンジン2基、固体ロケットブースター2基を装備したのに対し、今回の7号機ではH3で初めてブースター4基の最大形態を実現した。こうのとりを搭載したH2Bの後継の役割を果たした形だ。全長64メートル、HTV-Xを除く重さ575トン。当初は今月21日に打ち上げを計画したが、悪天候で延期していた。

 JAXAの有田誠プロジェクトマネージャは会見で「HTV-XはISSに向かうため、打ち上げに1秒の遅れも許されなかった。天候(による延期)を除きジャスト・オン・タイムで打ち上げられホッとしている」と安堵(あんど)の表情を見せた。

 JAXAと共にH3を開発する三菱重工業の志村康治プロジェクトマネージャーは「今回は『(H3の最大構成である)24形態』とHTV-Xの初号機を組み合わせる、初物同士の、非常に緊張感が高い打ち上げだった。物資をISSに届ける仕事の“たすき”をHTV-Xに渡したので、ここからはHTV-Xを応援したい。打ち上げ能力の大きなロケットを、とにかく1本飛ばせたのは非常に大きい。衛星の多様化が進み、大きな質量を(宇宙に)届けることが大きな価値になっている。今回は今後の商業の意味でも大きな意味があった」と話した。

(左)打ち上げ後に会見する有田誠氏、(右)志村康治氏=26日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)
(左)打ち上げ後に会見する有田誠氏、(右)志村康治氏=26日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)

 次回のH3の打ち上げは12月7日で、8号機に政府の測位衛星を搭載する。一方、6号機は1段エンジン3基で、国産大型ロケットで初めて固体ロケットブースターを装備しない最小形態として開発中。これがH3の低コスト化の要となる基本型で、打ち上げ費用が100億円規模だったH2Aの半額(開発当初の物価などの水準で)を目指す。開発に時間を要することから、7、8号機を先行して打ち上げる状況となった。有田氏は会見で、6号機に追加で実施する燃焼試験の再試験が年明けになるとの見通しを示した。

種子島宇宙センターの地元には、打ち上げを応援するのぼりが並んだ=18日、鹿児島県南種子町(サイエンスポータル編集部・草下健夫撮影)
種子島宇宙センターの地元には、打ち上げを応援するのぼりが並んだ=18日、鹿児島県南種子町(サイエンスポータル編集部・草下健夫撮影)
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テングザルのオス 大きな鼻が生む声の個性で、お互いを識別か https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251021_n01/ Tue, 21 Oct 2025 06:25:13 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55347  ユニークな大きな鼻で知られる東南アジア・ボルネオ島の「テングザル」の大人のオス。彼らの鼻の大きさが声の個性を生んでいることを、大阪大学などの研究グループが発見した。人間同士が声を聞き分けるのと同様に、集団の中で個体を識別するのに役立っているかもしれない。テングザルの複雑な社会構造を支えている可能性があるという。

テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)
テングザル。オスの鼻は成長すると大きくなる(松田一希・京都大学教授提供)

 テングザルのオスの鼻は成長すると大きくなり、声が低くなる。バイオリンより大きなチェロやコントラバスの方が、奏でる音が低いのに似ている。低い声には、体の大きさをアピールしたり、メスを引きつけたりする効果があるとみられる。彼らの鼻が大きいほど声が低いことは知られていたが、鼻が声にどのような音響の効果を及ぼしているのかについて、詳しいことは分かっていなかった。

 そこで研究グループは、動物園の標本のCT(コンピューター断層撮影)画像を基に、コンピューター上に鼻の立体モデルを作成。これを使ったシミュレーションとレプリカ(複製)による音響実験を通じ、声の成分が増幅する4つの周波数帯を明らかにした。またシミュレーションでは、大人のオス同士で鼻の大きさが違うと、4つの周波数帯のうち特定の1つだけが異なっていた。この違いが声の個性を生んでいると考えられる。「周波数帯全体が違っているだろう」との予想に反する結果となったという。

 今回の結果のみでは断定できないものの、テングザルが声を基に、大人のオスの体の大きさだけでなく個体そのものを識別している可能性がある。テングザルは1頭のオスと複数のメスからなる単位集団で暮らしていて、どちらも別の集団に移動することがある。また、複数の単位集団が集まった上位の集団もあり、重層的で複雑な社会構造を持つ。こうした中で、声を聞いて相手が誰なのかを識別できれば、オス同士が衝突を回避したり、メスや子供が集団内で適切に行動したりするのに役立ちそうだ。テングザルの大きな鼻の秘密に迫る成果となった。

 研究グループの大阪大学大学院人間科学研究科の西村剛教授(生物人類学)は「観察だけでなく、シミュレーションや実験をしたからこそ得られた成果だ。『声が低いから体が大きいヤツ』というだけでなく『これはアイツの声だ』と認識することで、効率良く行動できるのではないか。実際に声で個々を識別しているのか、さらに検証が必要だ。私たちの社会でも、互いに個々を認識して行動する。社会の複雑さに応じ、声の個性が強調されるような進化が起こったのかもしれない。体の機能と社会との関連性は興味深い」と話している。

テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)
テングザルのオスの頭部のCT画像(松田一希・京都大学教授提供)

 研究グループは大阪大学のほか、立命館大学、京都大学、日本大学、横浜市繁殖センター、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)で構成。成果は物理学と生命科学の複合領域を扱う英国王立協会誌「インターフェース」に8月13日に掲載され、大阪大などが同25日に発表した。研究は日本学術振興会科学研究費、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けた。なお、テングザルは国内ではズーラシアのみが展示しているという。

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科学に親しみ、未来を見つめる週末に お台場でサイエンスアゴラ2025開催 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251020_n01/ Mon, 20 Oct 2025 04:32:24 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55335  あらゆる立場の人が対話や体験を通じ、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のイベント「サイエンスアゴラ2025」が25~26日、東京・お台場のテレコムセンタービルと日本科学未来館で開かれる。科学技術振興機構(JST)が主催。先端研究や科学の魅力に触れ、未来を語り合うひとときをと、研究機関や学校、有志などが企画に趣向を凝らす。

あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」
あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」

 サイエンスアゴラは、未来社会のあり方を市民や科学者、政策立案者らが共に考えるイベントとして2006年から開催している。「科学とくらし ともに語り 紡ぐ未来」をビジョンに掲げて企画を募集し、今年は130超が決まった。

 例年、来場者がより楽しめるよう趣向を凝らす。今年は「トウガラシマーク」を採用し、各企画の内容の難易度を1~3個のトウガラシのアイコンで示す。出展者に対しても、中高生主体の企画で同世代が交流しやすく、大学や研究機関との行き来も生まれるようにするなど配慮するという。

 テレコムセンタービルでは昨年に続き、巡回しやすいよう「地球・生き物・私たち」「食・農業・健康」「街・空間・生活基盤」「研究・対話」「学び・体験・創造」の5つのジャンルを設け、ブースの配置を工夫する「キュレーション」を実施。科学コミュニケーション分野で活躍するアナウンサーで同志社大学助教の桝太一さんら、有識者10人で構成する「サイエンスアゴラ2025推進委員会」(委員長=次田彰JST理事)がこのキュレーションを進め、注目企画も選出した。

昨年10月のサイエンスアゴラ2024。(左)各階がにぎわうテレコムセンタービル。(右)五十嵐さんによるサイエンスショー
昨年10月のサイエンスアゴラ2024。(左)各階がにぎわうテレコムセンタービル。(右)五十嵐さんによるサイエンスショー

 初日の25日には、同委員会委員でサイエンスエンターテイナーとして知られる東京都市大学准教授、五十嵐美樹さんによるサイエンスショーを含む「サイエンスアゴラ見どころ紹介・サイエンスShow!」が開かれる。

 このほか量子コンピューター、体内の生体分子を外から操作し体調を保つことを目指す「細胞内サイバネティック・アバター」などの未来技術に関するもの、プログラミングを通じ対話を促すものなど、企画は多彩。暮らしや社会と科学とのつながりを意識したものも多く、人々が共に考え、新たな視点を共有する場を目指す。国際量子科学技術年である今年は、日本科学未来館と日本物理学会がコラボレーション(協働)する企画もある。

 例年、お台場で開催したが、コロナ禍を受け2020~23年にはオンライン形式も導入した。昨年、完全実地開催が復活。今年もテレコムセンタービルをメイン会場に、日本科学未来館(いずれも東京都江東区青海=あおみ)を加えて開催する。近隣施設で同時に開催されるイベントとも連携し、お台場一帯を盛り上げる。

(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館
(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館

 テレコムセンタービルは新交通「ゆりかもめ」テレコムセンター駅下車すぐ。日本科学未来館は同駅下車徒歩約4分。一部の材料費などを除き参加は無料。一般来場の事前申し込みは不要だが、一部の企画の参加には事前登録などが必要となる。各企画は、詳細が特設サイトで紹介されている。

     ◇

 推進委員会が選んだ注目企画は次の通り。「ブース」は終日、「セッション」は特定の日時に実施されるもの。いずれもテレコムセンタービル。カッコ内は出展者で、略称を含む。

【ブース】
・サステナファッション体験!カギは超臨界流体技術(福井大学)
・ドキドキどうぶつラボ:感覚でつながる どうぶつの世界(京都市動物園)
・江戸前の小さなクジラ“スナメリ”を探そう!(東京海洋大学東京湾スナメリ調査チーム)
・教育とイノベーションでFUKUSHIMAが変わる(福島イノベ機構&F-REI)
・エネジョ×LABO:磁石とコイルで振動発電!(エネジョ×LABO)
・アゴラで愛を叫ぶ!科学・研究への愛を教えてください(サイエンストークス)
・AI人生相談所「あの文豪が君に答える」(理系の森ラジオ制作チーム)
・「サイエンス×アート」で探究する未来の学び(ナインキッズラボ 9kidslab)
・世界と地域、世代をつなぐ!課題解決して未来を作ろう(東京工科大学工学部グローカルSTEAMプロジェクト)
・光のふしぎ~光るスノードームを作ってみよう!~(日本技術士会科学技術振興支援委員会)

【セッション】
・キスのときどっちに顔を傾ける?~恋愛の左右の秘密~(法政大学恋愛科学研究室=越智研究室)=25日午後1時45分~2時45分
・量子が揺らす法廷:重ね合わせ人間の事件簿(名古屋大学サイエンス裁判所有志グループ)=26日午前10時半~正午

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ノーベル化学賞に京大・北川氏ら3氏 気体を貯蔵できる金属有機構造体「MOF」を開発 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251008_n01/ Wed, 08 Oct 2025 13:01:57 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55241  スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2025年のノーベル化学賞を京都大学高等研究院の北川進特別教授(74)ら3氏に授与すると発表した。受賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発」。MOFはさまざまな気体を貯蔵でき、環境や産業など幅広い分野への応用が期待されている。共同受賞するのはオーストラリア・メルボルン大学のリチャード・ロブソン教授(88)と米カリフォルニア大学のオマー・ヤギー教授(60)。

 6日に発表された大阪大学の坂口志文特任教授のノーベル生理学・医学賞に続く日本人の受賞で、化学賞では2019年の吉野彰氏以来9人目となる。

ノーベル化学賞が決まった(左から)北川氏、ロブソン氏、ヤギー氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 MOFは金属イオンに有機分子が結合して分子レベルの無数の孔を持つ多孔性配位高分子の一つ。ロブソン氏は1989年、銅イオンなどを組み合わせて無数の空間をもつダイヤモンドのような規則正しく並んだ結晶ができることを発表した。空間がある分子構造によって化学物質の出し入れができる可能性があるが、当時はできた結晶はもろくて壊れやすかった。

 1992年から2003年にかけて、北川氏とヤギー氏はそれぞれに研究を進め、北川氏は1997年、コバルトやニッケル、亜鉛などのイオンを用いたMOFによって空間である孔の中に気体を大量に取り込めることを実証するなど、構造物に気体を出し入れできることを示した。

1998年に北川氏が提唱した、金属有機構造体(MOF)を柔軟にできるとしたイメージ図(ノーベル財団提供、一部改変)

 ヤギー氏は1995年、銅かコバルトが結合した網目構造の材料を発表。空間に物質が入ることで安定して壊れなくなることを示し、MOFと命名した。

 MOFにより、砂漠の空気から水を採取したり二酸化炭素(CO2)を捉えたりするなど、気体などの状態で化学物質を持ち運びできるようになると期待できる。ノーベル化学賞委員長は「MOFは予期せぬ新しい機能をもったカスタムメイド材料を開発できるようになる」と評価している。

MOF材料のさまざまな形状。形によって異なる性質を持つ(ノーベル財団提供、一部改変)

 北川氏の成果は産学連携による実用化研究が進んでおり、すでに天然ガス吸着剤や次世代高圧ガス容器などの試作品が開発されている。工場から排出されるCO2を効率よく吸収分離する技術開発も各地で行われている。

MOFを用いて開発された天然ガス吸着剤(左)と次世代高圧ガス容器(JST A-STEP資料より引用)

 北川氏は8日夜、京都大学で会見し「新しいことをするチャレンジは科学者の醍醐味で、辛いこともいっぱいありましたが、新しい物を作っていくことで30年以上、楽しんできました。今般、かくもこんな大きな名誉を頂くことになり非常に感激し、何よりこの科学を一緒に進めてきた同僚、学生、海外を含めた博士研究員の皆さんに感謝申し上げたい」と喜びを語った。

京都大学で行われた会見で、受賞の喜びを語る北川氏(YouTube「京都大学 公式チャンネル」より)

 賞金計1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)は3氏で等分する。授賞式は12月10日にスウェーデンで開かれる。

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ノーベル物理学賞に米国の3氏 量子力学の性質、目に見える規模で示す https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251007_n01/ Tue, 07 Oct 2025 12:25:42 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55236  スウェーデンの王立科学アカデミーは7日、2025年のノーベル物理学賞を、物質の極めて小さな単位「量子」の世界の性質を目に見える大きな規模の実験で示した米国の3氏に授与すると発表した。授賞理由は「電気回路における巨視的な量子力学的トンネル効果とエネルギー量子化の発見」。将来の量子コンピューターの開発などにもつながる業績が評価された。

 受賞が決まったのは米カリフォルニア大学名誉教授のジョン・クラーク氏、エール大学名誉教授・カリフォルニア大学教授のミシェル・デボレ氏、カリフォルニア大学名誉教授のジョン・マルティニス氏。2021年の真鍋淑郎氏(米国籍)以来となる日本人の物理学賞受賞はならなかった。

ノーベル物理学賞の受賞が決まった(左から)ジョン・クラーク氏、ミシェル・デボレ氏、ジョン・マルティニス氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 物質を形作る原子や、その部品である電子や中性子、陽子、物質の最小単位の素粒子といった量子の世界は、「量子力学」の法則に従っている。量子力学では、量子が粒子と波の性質を併せ持つなどしており、ニュートン力学や電磁気学のような身の回りで感じられる物理法則とは大きく異なる。

 われわれが壁に向けてボールを投げても、跳ね返って壁の向こう側に行くことはない。しかし波の性質を持つ量子の世界では、粒子が波のように振る舞い、壁を乗り越えるエネルギーを持たなくても壁の向こう側へとすり抜けられる。この不思議な性質を「トンネル効果」と呼ぶ。この効果は通常は、粒子の数が増えると見えなくなってしまう。

壁にボールを投げれば、必ず跳ね返ってくる。だが、もしボールが突然、壁の向こう側に通り抜けたら驚く。これは量子力学が奇妙で直感に反するとして評判になった現象だ(ノーベル財団提供)

 これに対し、3氏は1984~85年、超電導体で構成された電子回路を使い実験。回路に改良を重ねることで、電流を流したときに生じる現象を制御し解明することに成功。超電導体の中を移動する荷電粒子が、あたかも回路全体を満たす単一の粒子であるかのように振る舞うシステムを作り出した。3氏はこの“手のひらサイズ”の実験でもトンネル効果が起き、このシステムが量子力学の性質を持って動作することを実証した。

 トンネル効果や量子の世界のエネルギーは従来、わずか数個の粒子からなる系で研究されてきたが、この回路を実装したチップは約1センチと大きかった。この実験は、量子力学的な効果を微視的スケールから巨視的スケールへと拡大した。3氏の成果に対し同アカデミーは「量子暗号、量子コンピューター、量子センサーといった次世代の量子技術の開発の機会を提供した」と評価した。

クラーク氏らが実験に使った“手のひらサイズ”の装置。約1センチと大きな超電導のチップにより、トンネル効果や量子の世界のエネルギーを実証した(ノーベル財団提供、一部改変)

 賞金計1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)が3氏に等分して贈られる。授賞式は12月10日にスウェーデンで開かれる。

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ノーベル生理学・医学賞に坂口阪大特任教授と米国の2氏 制御性T細胞の発見で https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251006_n01/ Mon, 06 Oct 2025 13:24:20 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55227  スウェーデンのカロリンスカ研究所は6日、2025年のノーベル生理学・医学賞を、制御性T細胞を発見した大阪大学免疫学フロンティア研究センターの坂口志文特任教授(74)と、米システム生物学研究所のメアリー・E・ブランコウ博士、米ソノマ・バイオセラピューティクス社のフレッド・ラムズデル博士の3氏に授与すると発表した。制御性T細胞による免疫の働きは、がん治療や自己免疫疾患の治療に役立つことが期待される。日本人の生理学・医学賞は2018年の本庶佑氏以来6人目。

今回免疫に関する成果で受賞が決まった坂口志文・阪大特任教授(右)と、メアリー・E・ブランコウ氏(左)、フレッド・ラムズデル氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)
今回免疫に関する成果で受賞が決まった坂口志文・阪大特任教授(右)と、メアリー・E・ブランコウ氏(左)、フレッド・ラムズデル氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 私たちの体は日々多くの微生物の侵入を免疫の働きによって阻止している。だが、免疫システムは何を攻撃し、何を守るべきかをどう判断しているのか分かっていなかった。坂口氏らが発見した制御性T細胞の働きは「免疫システムの警備員」として免疫を制御していた。

 ヒトの体には、微生物を検知して他の免疫細胞に警告する働きを持つ免疫細胞のT細胞が存在している。1980年代当時、免疫システムは胸腺の中枢性免疫寛容という仕組みで、自己抗原を異物として認識する有害な免疫細胞を排除すると考えられていた。しかし95年、坂口氏は胸腺を切除したマウスに他のマウスから培養したT細胞を注入したところ、自己免疫疾患を発症しないことを実験で明らかにし、従来考えられたシステム以外にも免疫システムがあることを発見した。

坂口氏が実施した実験(ノーベル財団提供の図版の図中文字を編集部が和訳)
坂口氏が実施した実験(ノーベル財団提供の図版の図中文字を編集部が和訳)

 一方、ブランコウ氏とラムズデル氏は2001年、特定の遺伝子の系統を受け継ぐマウスに自己免疫疾患が多いことを発見。全ゲノム解析で詳しく調べると、Foxp3という遺伝子に変異があることが分かった。この遺伝子変異は、ヒトにおいてもIPEX症候群という遺伝性症候群を発症していることが判明した。

 そして、坂口氏はこのFoxp3遺伝子が制御性T細胞の発達をコントロールしていることを発見。制御性T細胞は異物を排除した後は、暴走を防いで落ち着くという一連の流れも分かった。

 カロリンスカ研究所は「免疫系がどのように制御され、抑制されているかの基礎的な発見をし、がんや自己免疫疾患などの新しい治療法の開発を進めた」などと評価した。がん免疫療法や臓器移植における拒絶反応の治療法の確立につながるとされる。

 T細胞には免疫応答を起こすものと、免疫反応を抑えるものの2種類が存在する。免疫応答が強いと自己免疫疾患やアレルギーを起こし、免疫反応が抑えられるとがんになる。今回の発見まで両者を識別することは困難だった。このバランスが明らかになったことで、治療法に道が開けた。この成果を基にして、2016年には制御性T細胞の英名を使った「レグセル社」が設立され、坂口氏もメンバーの一員として創薬に取り組んできた。

免疫細胞は制御性T細胞のほか、ナイーブT細胞、エフェクターT細胞が存在する。これらのバランスが崩れると、腫瘍や自己免疫疾患、アレルギーを発症する(JSTプレスリリースから)
免疫細胞は制御性T細胞のほか、ナイーブT細胞、エフェクターT細胞が存在する。これらのバランスが崩れると、腫瘍や自己免疫疾患、アレルギーを発症する(JSTプレスリリースから)

 大阪大学吹田キャンパスで6日に開かれた会見で坂口氏は「大変光栄に思っています。学生諸君、共同研究者にお世話になりました。その人たちにも感謝しています。COVIDやワクチンなどが話題になったが、免疫反応をいかにして強くするか、と、異常な反応をいかに抑えるかの2つが重要。私はいかに負に制御するかを研究してきました。(今回の研究は)関節リウマチや1型糖尿病をいかに治療するか、いかに起きなくするかにつながります」と話した。

 会見中、石破茂首相から電話があり、「おめでとうございます。世界に誇る立派な研究。40年くらい研究されて今日につながったのですね」との祝福の言葉を受けた。

記者会見で受賞決定の喜びを語る坂口氏(YouTube「大阪大学 公式チャンネル」より)
記者会見で受賞決定の喜びを語る坂口氏(YouTube「大阪大学 公式チャンネル」より)

 賞金の1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)は3人で等分する。授賞式は12月10日にスウェーデンのストックホルムで開かれる。

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電極内で分子イオンがリチウムイオンより速く移動、新たな2次電池の可能性 産総研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251002_n01/ Thu, 02 Oct 2025 07:34:11 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55208  繰り返し使える2次電池において、分子イオンであるヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)が、リチウムイオン(Li+)よりも電極内を速く移動することを産業技術総合研究所(産総研)などのチームが明らかにした。正極と負極の間を分子イオンが行き来する「分子イオン電池」であれば急速な充放電ができることを示しており、すでに普及しているリチウムイオン電池と並ぶ、新たな2次電池開発につながる可能性がある。

分子イオンが単原子イオンより高速移動するイメージ図(産総研提供)
分子イオンが単原子イオンより高速移動するイメージ図(産総研提供)

 2次電池は充電池とも呼ばれ、リチウムイオン電池が携帯電話やパソコン、電気自動車などに広く使われている。その開発者である吉野彰氏らには2019年にノーベル化学賞が贈られた。

 産総研電池技術研究部門の八尾勝研究グループ長(分子化学)は、リチウムイオン電池内に含まれているPF6-に注目。PF6-が2次電池において電気の運び手になり得ることを2015年に実証した。イオン半径が小さいLi+より溶液中での伝導度が高いことから、PF6-がLi+よりも速く電気を運べると予想したが、電極内で陽イオンと陰イオンの2つの移動速度を直接比較する方法がなかった。

 同じ頃、電池に関わる別の研究をしていた佐野光上級主任研究員(分析化学)は、PF6-とLi+を別々の場所で授受できる2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンが連なる高分子材料を発見。直接比較に用いることができるのではないかと八尾研究グループ長に提案した。

 実際にこの高分子材料を電極として用いると、電圧や電気の量の条件によってPF6-とLi+の片方の移動だけを計測できた。計測により、放電時の抵抗はPF6-がLi+より低く、PF6-の移動がLi+より速いことが分かった。イオン半径は単原子イオンであるLi+の方が小さいものの、表面電荷密度が高いために動きが遅くなると考えられる。

放電時における抵抗の変化、赤い背景部分ではヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)、青い背景部分ではリチウムイオン(Li+)が放電している。抵抗が高いほど移動しにくく速度が落ちることを示している(産総研提供)
放電時における抵抗の変化、赤い背景部分ではヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)、青い背景部分ではリチウムイオン(Li+)が放電している。抵抗が高いほど移動しにくく速度が落ちることを示している(産総研提供)

 八尾研究グループ長は「リチウムイオンは有名人が単体で雑踏を歩くイメージ。ファンを引き寄せて動けなくなる。それに比べて、リンの周りにフッ素が6つついた分子イオンは、有名人の6方向についたボディーガードが周りをさばいて移動をスムーズにするイメージ」と話す。

 今回電極として用いた2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンは、繰り返しの充電に耐える可能性がある。また、分子イオン電池は、原理的には熱暴走が起こらない材料で構成できる。まだ基礎研究段階だが、分子イオン電池の開発が進めば、リチウムイオン電池の普及によるレアメタル不足や発火事故を解決する糸口にもなるかもしれないという。

電極内で分子性イオンのPF6-が、単原子イオンのLi+より高速に移動することを確認する実験の様子(産総研提供)
電極内で分子性イオンのPF6-が、単原子イオンのLi+より高速に移動することを確認する実験の様子(産総研提供)

 研究は、大阪公立大学工業高等専門学校と愛媛大学と共同で行い、欧州化学会の学術誌「ケムサスケム」電子版に7月25日掲載された。

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