ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Wed, 08 Oct 2025 13:01:57 +0000 ja hourly 1 ノーベル化学賞に京大・北川氏ら3氏 気体を貯蔵できる金属有機構造体「MOF」を開発 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251008_n01/ Wed, 08 Oct 2025 13:01:57 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55241  スウェーデン王立科学アカデミーは8日、2025年のノーベル化学賞を京都大学高等研究院の北川進特別教授(74)ら3氏に授与すると発表した。受賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発」。MOFはさまざまな気体を貯蔵でき、環境や産業など幅広い分野への応用が期待されている。共同受賞するのはオーストラリア・メルボルン大学のリチャード・ロブソン教授(88)と米カリフォルニア大学のオマー・ヤギー教授(60)。

 6日に発表された大阪大学の坂口志文特任教授のノーベル生理学・医学賞に続く日本人の受賞で、化学賞では2019年の吉野彰氏以来9人目となる。

ノーベル化学賞が決まった(左から)北川氏、ロブソン氏、ヤギー氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 MOFは金属イオンに有機分子が結合して分子レベルの無数の孔を持つ多孔性配位高分子の一つ。ロブソン氏は1989年、銅イオンなどを組み合わせて無数の空間をもつダイヤモンドのような規則正しく並んだ結晶ができることを発表した。空間がある分子構造によって化学物質の出し入れができる可能性があるが、当時はできた結晶はもろくて壊れやすかった。

 1992年から2003年にかけて、北川氏とヤギー氏はそれぞれに研究を進め、北川氏は1997年、コバルトやニッケル、亜鉛などのイオンを用いたMOFによって空間である孔の中に気体を大量に取り込めることを実証するなど、構造物に気体を出し入れできることを示した。

1998年に北川氏が提唱した、金属有機構造体(MOF)を柔軟にできるとしたイメージ図(ノーベル財団提供、一部改変)

 ヤギー氏は1995年、銅かコバルトが結合した網目構造の材料を発表。空間に物質が入ることで安定して壊れなくなることを示し、MOFと命名した。

 MOFにより、砂漠の空気から水を採取したり二酸化炭素(CO2)を捉えたりするなど、気体などの状態で化学物質を持ち運びできるようになると期待できる。ノーベル化学賞委員長は「MOFは予期せぬ新しい機能をもったカスタムメイド材料を開発できるようになる」と評価している。

MOF材料のさまざまな形状。形によって異なる性質を持つ(ノーベル財団提供、一部改変)

 北川氏の成果は産学連携による実用化研究が進んでおり、すでに天然ガス吸着剤や次世代高圧ガス容器などの試作品が開発されている。工場から排出されるCO2を効率よく吸収分離する技術開発も各地で行われている。

MOFを用いて開発された天然ガス吸着剤(左)と次世代高圧ガス容器(JST A-STEP資料より引用)

 北川氏は8日夜、京都大学で会見し「新しいことをするチャレンジは科学者の醍醐味で、辛いこともいっぱいありましたが、新しい物を作っていくことで30年以上、楽しんできました。今般、かくもこんな大きな名誉を頂くことになり非常に感激し、何よりこの科学を一緒に進めてきた同僚、学生、海外を含めた博士研究員の皆さんに感謝申し上げたい」と喜びを語った。

京都大学で行われた会見で、受賞の喜びを語る北川氏(YouTube「京都大学 公式チャンネル」より)

 賞金計1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)は3氏で等分する。授賞式は12月10日にスウェーデンで開かれる。

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ノーベル物理学賞に米国の3氏 量子力学の性質、目に見える規模で示す https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251007_n01/ Tue, 07 Oct 2025 12:25:42 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55236  スウェーデンの王立科学アカデミーは7日、2025年のノーベル物理学賞を、物質の極めて小さな単位「量子」の世界の性質を目に見える大きな規模の実験で示した米国の3氏に授与すると発表した。授賞理由は「電気回路における巨視的な量子力学的トンネル効果とエネルギー量子化の発見」。将来の量子コンピューターの開発などにもつながる業績が評価された。

 受賞が決まったのは米カリフォルニア大学名誉教授のジョン・クラーク氏、エール大学名誉教授・カリフォルニア大学教授のミシェル・デボレ氏、カリフォルニア大学名誉教授のジョン・マルティニス氏。2021年の真鍋淑郎氏(米国籍)以来となる日本人の物理学賞受賞はならなかった。

ノーベル物理学賞の受賞が決まった(左から)ジョン・クラーク氏、ミシェル・デボレ氏、ジョン・マルティニス氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 物質を形作る原子や、その部品である電子や中性子、陽子、物質の最小単位の素粒子といった量子の世界は、「量子力学」の法則に従っている。量子力学では、量子が粒子と波の性質を併せ持つなどしており、ニュートン力学や電磁気学のような身の回りで感じられる物理法則とは大きく異なる。

 われわれが壁に向けてボールを投げても、跳ね返って壁の向こう側に行くことはない。しかし波の性質を持つ量子の世界では、粒子が波のように振る舞い、壁を乗り越えるエネルギーを持たなくても壁の向こう側へとすり抜けられる。この不思議な性質を「トンネル効果」と呼ぶ。この効果は通常は、粒子の数が増えると見えなくなってしまう。

壁にボールを投げれば、必ず跳ね返ってくる。だが、もしボールが突然、壁の向こう側に通り抜けたら驚く。これは量子力学が奇妙で直感に反するとして評判になった現象だ(ノーベル財団提供)

 これに対し、3氏は1984~85年、超電導体で構成された電子回路を使い実験。回路に改良を重ねることで、電流を流したときに生じる現象を制御し解明することに成功。超電導体の中を移動する荷電粒子が、あたかも回路全体を満たす単一の粒子であるかのように振る舞うシステムを作り出した。3氏はこの“手のひらサイズ”の実験でもトンネル効果が起き、このシステムが量子力学の性質を持って動作することを実証した。

 トンネル効果や量子の世界のエネルギーは従来、わずか数個の粒子からなる系で研究されてきたが、この回路を実装したチップは約1センチと大きかった。この実験は、量子力学的な効果を微視的スケールから巨視的スケールへと拡大した。3氏の成果に対し同アカデミーは「量子暗号、量子コンピューター、量子センサーといった次世代の量子技術の開発の機会を提供した」と評価した。

クラーク氏らが実験に使った“手のひらサイズ”の装置。約1センチと大きな超電導のチップにより、トンネル効果や量子の世界のエネルギーを実証した(ノーベル財団提供、一部改変)

 賞金計1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)が3氏に等分して贈られる。授賞式は12月10日にスウェーデンで開かれる。

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ノーベル生理学・医学賞に坂口阪大特任教授と米国の2氏 制御性T細胞の発見で https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251006_n01/ Mon, 06 Oct 2025 13:24:20 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55227  スウェーデンのカロリンスカ研究所は6日、2025年のノーベル生理学・医学賞を、制御性T細胞を発見した大阪大学免疫学フロンティア研究センターの坂口志文特任教授(74)と、米システム生物学研究所のメアリー・E・ブランコウ博士、米ソノマ・バイオセラピューティクス社のフレッド・ラムズデル博士の3氏に授与すると発表した。制御性T細胞による免疫の働きは、がん治療や自己免疫疾患の治療に役立つことが期待される。日本人の生理学・医学賞は2018年の本庶佑氏以来6人目。

今回免疫に関する成果で受賞が決まった坂口志文・阪大特任教授(右)と、メアリー・E・ブランコウ氏(左)、フレッド・ラムズデル氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)
今回免疫に関する成果で受賞が決まった坂口志文・阪大特任教授(右)と、メアリー・E・ブランコウ氏(左)、フレッド・ラムズデル氏(ニクラス・エルメヘード氏、ノーベル財団提供)

 私たちの体は日々多くの微生物の侵入を免疫の働きによって阻止している。だが、免疫システムは何を攻撃し、何を守るべきかをどう判断しているのか分かっていなかった。坂口氏らが発見した制御性T細胞の働きは「免疫システムの警備員」として免疫を制御していた。

 ヒトの体には、微生物を検知して他の免疫細胞に警告する働きを持つ免疫細胞のT細胞が存在している。1980年代当時、免疫システムは胸腺の中枢性免疫寛容という仕組みで、自己抗原を異物として認識する有害な免疫細胞を排除すると考えられていた。しかし95年、坂口氏は胸腺を切除したマウスに他のマウスから培養したT細胞を注入したところ、自己免疫疾患を発症しないことを実験で明らかにし、従来考えられたシステム以外にも免疫システムがあることを発見した。

坂口氏が実施した実験(ノーベル財団提供の図版の図中文字を編集部が和訳)
坂口氏が実施した実験(ノーベル財団提供の図版の図中文字を編集部が和訳)

 一方、ブランコウ氏とラムズデル氏は2001年、特定の遺伝子の系統を受け継ぐマウスに自己免疫疾患が多いことを発見。全ゲノム解析で詳しく調べると、Foxp3という遺伝子に変異があることが分かった。この遺伝子変異は、ヒトにおいてもIPEX症候群という遺伝性症候群を発症していることが判明した。

 そして、坂口氏はこのFoxp3遺伝子が制御性T細胞の発達をコントロールしていることを発見。制御性T細胞は異物を排除した後は、暴走を防いで落ち着くという一連の流れも分かった。

 カロリンスカ研究所は「免疫系がどのように制御され、抑制されているかの基礎的な発見をし、がんや自己免疫疾患などの新しい治療法の開発を進めた」などと評価した。がん免疫療法や臓器移植における拒絶反応の治療法の確立につながるとされる。

 T細胞には免疫応答を起こすものと、免疫反応を抑えるものの2種類が存在する。免疫応答が強いと自己免疫疾患やアレルギーを起こし、免疫反応が抑えられるとがんになる。今回の発見まで両者を識別することは困難だった。このバランスが明らかになったことで、治療法に道が開けた。この成果を基にして、2016年には制御性T細胞の英名を使った「レグセル社」が設立され、坂口氏もメンバーの一員として創薬に取り組んできた。

免疫細胞は制御性T細胞のほか、ナイーブT細胞、エフェクターT細胞が存在する。これらのバランスが崩れると、腫瘍や自己免疫疾患、アレルギーを発症する(JSTプレスリリースから)
免疫細胞は制御性T細胞のほか、ナイーブT細胞、エフェクターT細胞が存在する。これらのバランスが崩れると、腫瘍や自己免疫疾患、アレルギーを発症する(JSTプレスリリースから)

 大阪大学吹田キャンパスで6日に開かれた会見で坂口氏は「大変光栄に思っています。学生諸君、共同研究者にお世話になりました。その人たちにも感謝しています。COVIDやワクチンなどが話題になったが、免疫反応をいかにして強くするか、と、異常な反応をいかに抑えるかの2つが重要。私はいかに負に制御するかを研究してきました。(今回の研究は)関節リウマチや1型糖尿病をいかに治療するか、いかに起きなくするかにつながります」と話した。

 会見中、石破茂首相から電話があり、「おめでとうございます。世界に誇る立派な研究。40年くらい研究されて今日につながったのですね」との祝福の言葉を受けた。

記者会見で受賞決定の喜びを語る坂口氏(YouTube「大阪大学 公式チャンネル」より)
記者会見で受賞決定の喜びを語る坂口氏(YouTube「大阪大学 公式チャンネル」より)

 賞金の1100万スウェーデン・クローナ(約1億7500万円)は3人で等分する。授賞式は12月10日にスウェーデンのストックホルムで開かれる。

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電極内で分子イオンがリチウムイオンより速く移動、新たな2次電池の可能性 産総研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20251002_n01/ Thu, 02 Oct 2025 07:34:11 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55208  繰り返し使える2次電池において、分子イオンであるヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)が、リチウムイオン(Li+)よりも電極内を速く移動することを産業技術総合研究所(産総研)などのチームが明らかにした。正極と負極の間を分子イオンが行き来する「分子イオン電池」であれば急速な充放電ができることを示しており、すでに普及しているリチウムイオン電池と並ぶ、新たな2次電池開発につながる可能性がある。

分子イオンが単原子イオンより高速移動するイメージ図(産総研提供)
分子イオンが単原子イオンより高速移動するイメージ図(産総研提供)

 2次電池は充電池とも呼ばれ、リチウムイオン電池が携帯電話やパソコン、電気自動車などに広く使われている。その開発者である吉野彰氏らには2019年にノーベル化学賞が贈られた。

 産総研電池技術研究部門の八尾勝研究グループ長(分子化学)は、リチウムイオン電池内に含まれているPF6-に注目。PF6-が2次電池において電気の運び手になり得ることを2015年に実証した。イオン半径が小さいLi+より溶液中での伝導度が高いことから、PF6-がLi+よりも速く電気を運べると予想したが、電極内で陽イオンと陰イオンの2つの移動速度を直接比較する方法がなかった。

 同じ頃、電池に関わる別の研究をしていた佐野光上級主任研究員(分析化学)は、PF6-とLi+を別々の場所で授受できる2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンが連なる高分子材料を発見。直接比較に用いることができるのではないかと八尾研究グループ長に提案した。

 実際にこの高分子材料を電極として用いると、電圧や電気の量の条件によってPF6-とLi+の片方の移動だけを計測できた。計測により、放電時の抵抗はPF6-がLi+より低く、PF6-の移動がLi+より速いことが分かった。イオン半径は単原子イオンであるLi+の方が小さいものの、表面電荷密度が高いために動きが遅くなると考えられる。

放電時における抵抗の変化、赤い背景部分ではヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)、青い背景部分ではリチウムイオン(Li+)が放電している。抵抗が高いほど移動しにくく速度が落ちることを示している(産総研提供)
放電時における抵抗の変化、赤い背景部分ではヘキサフルオロリン酸イオン(PF6-)、青い背景部分ではリチウムイオン(Li+)が放電している。抵抗が高いほど移動しにくく速度が落ちることを示している(産総研提供)

 八尾研究グループ長は「リチウムイオンは有名人が単体で雑踏を歩くイメージ。ファンを引き寄せて動けなくなる。それに比べて、リンの周りにフッ素が6つついた分子イオンは、有名人の6方向についたボディーガードが周りをさばいて移動をスムーズにするイメージ」と話す。

 今回電極として用いた2,6-ビス(ジフェニルアミノ)アントラキノンは、繰り返しの充電に耐える可能性がある。また、分子イオン電池は、原理的には熱暴走が起こらない材料で構成できる。まだ基礎研究段階だが、分子イオン電池の開発が進めば、リチウムイオン電池の普及によるレアメタル不足や発火事故を解決する糸口にもなるかもしれないという。

電極内で分子性イオンのPF6-が、単原子イオンのLi+より高速に移動することを確認する実験の様子(産総研提供)
電極内で分子性イオンのPF6-が、単原子イオンのLi+より高速に移動することを確認する実験の様子(産総研提供)

 研究は、大阪公立大学工業高等専門学校と愛媛大学と共同で行い、欧州化学会の学術誌「ケムサスケム」電子版に7月25日掲載された。

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「面発光レーザー」提唱、実現導いた伊賀健一氏に本田賞 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250930_n01/ Tue, 30 Sep 2025 04:06:25 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55174  本田財団(石田寛人理事長)は2025年の本田賞を、半導体レーザーの一種「面発光レーザー」を提唱し実用化へと導いた、東京科学大学の伊賀健一栄誉教授(85)に授与すると発表した。小型で高密度に集積でき、省電力といった利点を生かし、通信やセンサーなどへの活用が進展。光エレクトロニクス分野の発展を支えた点が評価された。

伊賀健一氏(本田財団提供)
伊賀健一氏(本田財団提供)

 半導体レーザーは、半導体に電流を流すことでレーザーを出す装置。n型半導体とp型半導体がペアを組み、両者の接合部分で、n型で余った電子がp型の電子が足りない所に移動する。この時、電子のエネルギーが光になる。この光が接合部分の2枚の鏡で反射して増幅し、レーザーとなって放出する仕組みだ。

 1970年代半ば、光ファイバーの登場と共に、光通信の実用化に向け半導体レーザーの開発が加速した。このうち当初の「端面発光レーザー」は、半導体基盤面に対し平行に光を出すタイプで、製造工程が複雑で波長が変動しやすいといった難点があった。

 そこで伊賀氏は東京工業大学(現東京科学大学)助教授だった1977年、「横に寝ていたものを縦に起こす」との着想から、基盤面に対し垂直に光を出す面発光レーザーを考案した。波長が安定し、小型で高密度に集積でき、量産しやすく省電力。光ファイバーとの相性も良い。翌78年には概念や製法を学会や論文で発表した。実現に懐疑的な見方が強い中、伊賀氏の研究グループが試行錯誤を重ね、88年には小山二三夫氏(現東京科学大学名誉教授)が世界初の室温での連続発光に成功した。

半導体レーザーの2つのタイプの概念図。伊賀氏の面発光レーザーは「寝ていたものを起こす」発想で、半導体基板面に対し垂直に光を出す仕組み(本田財団提供)
半導体レーザーの2つのタイプの概念図。伊賀氏の面発光レーザーは「寝ていたものを起こす」発想で、半導体基板面に対し垂直に光を出す仕組み(本田財団提供)

 面発光レーザーは世界の注目を集め、1990年代後半以降、多くの企業が研究開発を進めた。データセンターやLAN(構内情報通信網)の超高速・大容量通信のほか、コンピューターのマウス、レーザープリンター、スマートフォンの3次元顔認証などに採用。レーザーで物体の距離や形状を捉えるセンサー「LiDAR(ライダー)」は、ロボット掃除機が搭載したほか、車の自動運転実用化に不可欠とされる。医療では、眼底の断面を画像化する光干渉断層撮影(OCT)のレーザーとして実用化された。なお、OCT技術を開発した米国のジェームス・フジモト氏が昨年、本田賞を受賞している。

 面発光レーザーの市場は40億ドル規模とされる。関連論文は世界で6万を超え、光エレクトロニクス分野の発展に大きく貢献している。伊賀氏は2007~12年に東京工業大学長を務めた。

 本田財団は今月9日に授賞者を発表した。贈呈式は11月17日に東京都内で開かれ、1000万円が贈られる。

面発光レーザーの模式図。端面発光レーザーに比べ、高密度に集積できるメリットは大きい(本田財団提供)
面発光レーザーの模式図。端面発光レーザーに比べ、高密度に集積できるメリットは大きい(本田財団提供)
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巨大な地下空洞が完成 宇宙と物質の謎に迫る素粒子観測装置「ハイパーカミオカンデ」設置へ https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250925_n01/ Thu, 25 Sep 2025 05:19:54 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55123
素粒子観測装置「ハイパーカミオカンデ」が設置される巨大地下空洞が完成した(東京大学宇宙線研究所・神岡宇宙素粒子研究施設提供)
素粒子観測装置「ハイパーカミオカンデ」が設置される巨大地下空洞が完成した(東京大学宇宙線研究所・神岡宇宙素粒子研究施設提供)

 岐阜県飛騨市の山中の地下600メートルに、直径69メートル、高さ94メートルの巨大な空洞ができた。次世代の素粒子観測装置「ハイパーカミオカンデ」を設置するための空間だ。宇宙や物質の成り立ちを解き明かそうと、東京大学と高エネルギー加速器研究機構の主導する国際チームが2028年から観測を始めることにしている。

 ハイパーカミオカンデは、超新星爆発から来た素粒子ニュートリノの世界初観測で故・小柴昌俊氏のノーベル物理学賞受賞(2002年)につながったカミオカンデ(1983~1996年)、ニュートリノが質量を持つことを示すニュートリノ振動の発見で梶田隆章氏のノーベル物理学賞受賞(2015年)につながったスーパーカミオカンデ(1996年~現在)に続く三代目の素粒子観測装置だ。

 2021年5月から空洞の建設位置に向けてトンネルを掘り進め、まず天井部分のドームを掘削した後、2023年10月以降、円筒部分を掘り下げていった。掘削にともなって出る岩や土などを、中心部の立坑を通じて排出しながら作業を進めた。7月31日に掘削を終えてできあがった空洞は約33万立方メートルもあり、岩盤の中につくられた人工の空洞としては世界最大級だという。

 この地下空洞に円筒形の超大型水槽を設置し、壁に大きさ50センチの超高感度光センサーを2万個以上取り付けた後、26万トンの超純水で満たすとハイパーカミオカンデが完成する。実質的にデータを取ることができる有効体積は、スーパーカミオカンデの約8倍もある。水の中に現れるリング状の弱い光「チェレンコフ光」を観測することで、素粒子ニュートリノの性質を解明したり、ノーベル賞級ともいわれる「陽子崩壊」の発見に挑んだりして、宇宙や物質の成り立ちをひもとく計画だ。

◇9月29日追記
本文の一部を訂正しました。

1段落目)
誤「巨大な円柱形の空洞」
正「巨大な空洞」

3段落目)
誤「立杭」
正「立坑」

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口腔がん転移のカギを握る細胞集団、弘前大などが特定 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250924_n01/ Wed, 24 Sep 2025 07:42:11 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55138  口腔がんは転移する患者としない患者がいるが、その分かれ目となる細胞が「myCAF(マイキャフ)」といわれるがん細胞のそばにいる特定の細胞集団に由来していることを、弘前大学などの研究グループが明らかにした。転移した患者では23個の遺伝子に特徴的な発現パターンが現れることも発見した。口腔がんは早期に発見すれば予後の良いがんだが、一部の患者はリンパ節に転移することがあり、理由が分かっていなかった。臨床での検査に応用できれば、ゲノム医療などの個別化医療に役立つという。

口腔がんは「2週間以上治らない口内炎がある」と患者が訴えたり、歯科検診で見つかったりする
口腔がんは「2週間以上治らない口内炎がある」と患者が訴えたり、歯科検診で見つかったりする

 口腔がんは飲酒や喫煙のほか、適合していない被せものが粘膜に当たることで発症すると考えられており、職場の歯科検診や、「2週間を過ぎても口内炎が治らない」という訴えで歯科医院に来院し、見つかることが多い。手術や抗がん剤などの治療法が確立されているため、全体の5年生存率は6~7割にのぼるが、一部の患者はリンパ節転移が起き、生存率がぐっと下がる。この「分岐点」が何によって引き起こされているのか分かっていなかった。

 弘前大学大学院医学研究科歯科口腔外科学講座の古舘健客員研究員(口腔外科学・生物情報学)とテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの高橋康一博士(ゲノム医療学・腫瘍学)らを中心とする国際共同研究グループは、がん細胞を地図のように可視化する「空間的トランスクリプトーム解析」を行い、どの細胞がどの場所でどのような働きをしているのかを調べた。

 その結果、口腔がんの転移が起こる患者では、腫瘍中にいる特定のタイプのがん関連線維芽細胞であるmyCAFが活性化していることが分かった。myCAFとは、他の固形がんにも存在するがん関連線維芽細胞の一つ。多くのがんでは腫瘍を増悪させる細胞だが、膵臓がんでは進行を抑える働きをしており、その働きはまだ謎が多いとされる。

リンパ節転移がある患者とない患者の違い。myCAFによって口腔がん細胞が活性化され、転移を促していた(弘前大学提供)
リンパ節転移がある患者とない患者の違い。myCAFによって口腔がん細胞が活性化され、転移を促していた(弘前大学提供)

 myCAFの働きを詳しく調べると、myCAFはコラーゲンなどでできた細胞外マトリックスという細胞の「足場」のような場で、隣り合うがん細胞に増殖を促すシグナルを送っていた。これによって、本来であれば腫瘍と正常細胞の境界で「おとなしく」していたがん細胞が活性化してがん幹細胞となり、治療抵抗性を示したり、転移したりするように変化していた。

 そして、口腔がんの転移が起きた患者の遺伝子の発現や変異パターンを見ると、23の遺伝子において、転移が起きない患者との違いがあった。ゲノム医療が発展した場合、口腔がんが分かった時点でこれらの遺伝子の発現パターンを調べられれば、転移するかどうかという予後の予測に寄与できるとみられる。古舘客員研究員は「転移のメカニズムの解明が進めば生存率を高めることにつながる。これからも研究を続け、口腔がんを治るがんにしていきたい」としている。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、上原記念生命科学財団の助成を受けて行った。成果は5日、米科学誌「プロス・ジェネティクス」電子版に掲載され、同日弘前大学が発表した。

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無機酸化物の結晶骨格を再構成、量子素子などへの応用に期待 京大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250918_n01/ Thu, 18 Sep 2025 06:39:32 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55075  高温で焼いてできる硬い無機酸化物の結晶骨格を、比較的低温で起きる「トポケミカル反応」を用いて、これまでになく大きく再構成することに京都大学などのグループが成功した。モリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアで処理して同反応を起こした。できた酸窒化物には元の酸化物にはなかった導電性があるのを確認。新たな量子素子などへの応用が期待できるという。

青丸で示したモリブデンを中心に酸素がついた四面体構造が並ぶ2層(左)が、トポケミカル反応で八面体が並ぶ1層へ変化した。結晶骨格自体の再構成といえる(京都大学の陰山洋教授提供)
青丸で示したモリブデンを中心に酸素がついた四面体構造が並ぶ2層(左)が、トポケミカル反応で八面体が並ぶ1層へ変化した。結晶骨格自体の再構成といえる(京都大学の陰山洋教授提供)

 トポケミカル反応は結晶骨格を保ったまま、特定のイオンを選択的に出し入れする手法。セラミックスのようにセ氏1000度~2000度の高温で合成する無機結晶材料をもとに、同反応を使って新しい材料づくりをする研究が進む。多面体がそれぞれ平面になるような1対1の変化は見つかっているが、金属サイトの数や配置を変えるような結晶骨格の再構成はできないと考えられていた。

 京都大学大学院工学研究科の陰山洋教授(固体化学)らは、層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物に注目。四面体構造が2つある特徴を用いて窒化できないか研究していたところ、アンモニアガス中にヘキサカルボニルモリブデン[Mo(CO)6]を加えて500度に加熱すると、2層の四面体構造が押しつぶされたように1層の八面体構造になった。電子顕微鏡で確認すると層の距離が2割ほど短くなっていた。

層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアガス中にMo(CO)6を加えて500度に加熱する前(左)と後の電子顕微鏡写真。青で示したモリブデンが2層から1層に変化している(京都大学の陰山洋教授提供)
層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアガス中にMo(CO)6を加えて500度に加熱する前(左)と後の電子顕微鏡写真。青で示したモリブデンが2層から1層に変化している(京都大学の陰山洋教授提供)

 2層が1層になった八面体の配置を調べると、竹籠の編み目(籠目)で見られる六角形と三角形が規則的に並んだ結晶格子で、「カゴメ格子」という構造をとっていた。カゴメ格子は通常の金属とは異なる電気的・磁気的性質が現れる可能性があることから、新しい機能性材料として期待されている。生成した酸窒化物を調べても導電性が確認できた。

モリブデンが中心にある八面体の配置は「カゴメ格子」になっていた(京都大学の陰山洋教授提供)
モリブデンが中心にある八面体の配置は「カゴメ格子」になっていた(京都大学の陰山洋教授提供)

 陰山教授は「固体材料はかつて考えられていたよりもはるかに柔軟性が高い。セラミックスをはじめとした酸化物を作り出す人が思っているより劇的な構造変化をもたらすトポケミカル反応の発見だ」と話す。次世代の量子素子や新機能材料の設計に向けた基盤技術になる可能性を秘めているという。

 研究は、日本学術振興会や科学技術振興機構(JST)などの支援を受けて、仏・ボルドー大学、一般財団法人ファインセラミックスセンター、東北大学、中国・桂林理工大学と共同で行い、7月24日付けでアメリカ化学会の国際学術誌「JACS」のオンライン版に掲載された。

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惑星状星雲「NGC6072」 複数の星が織りなす複雑な姿…カニに見える? https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250916_n01/ Tue, 16 Sep 2025 04:32:45 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55072
惑星状星雲NGC6072(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)
惑星状星雲NGC6072(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)

 子供の頃、天文図鑑の「かに星雲」(M1、NGC1952)の写真を見て「確かにカニみたいだ」と感動した覚えがある。美しい天体が「まるで○○のよう」に見えることは多くの人にとって、宇宙への関心の入口になってきたはずだ。

 しかし、最近の宇宙望遠鏡が捉えた写真は実に精細で、カニに見えなくなってしまった。観測技術の飛躍を喜ぶ一方、想像力を生かしにくく、ちょっと寂しい。観測波長にもよるだろう。以前に「猫の手星雲」の新画像を記事化したところ、「猫の手に見えない」という感想がネット上に見られたが、同感だ。

 そんな中で、米航空宇宙局(NASA)が新たに公開した、こちらの惑星状星雲「NGC6072」の画像。「ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡」が近赤外線で捉えたものだ。筆者にはカニのように見え、勝手に“新かに星雲”と呼びたくなったのだが…皆さんはどうだろう。

 惑星状星雲は年老いて死にゆく星の一種。このNGC6072の中心では、複数の星の相互作用があり、こんな複雑な見た目になったらしい。

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カムチャツカ半島沖地震時の津波は3経路で到達し長期化 東北大災害研が分析結果報告 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250912_n01/ Fri, 12 Sep 2025 08:10:29 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55034  東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)は4日、カムチャツカ半島沖で7月30日に起きた巨大地震や津波についての調査報告会をオンラインで開催し、日本列島に到達した津波は3つの経路で押し寄せて長期化につながったことなど、新たな分析結果を発表した。日本から離れた「遠地地震」のため、詳しく分らなかった今回の地震や津波の特徴、警報に伴う避難をめぐる課題など、地震・津波防災に関わる貴重なデータや知見が紹介された。

 7月30日午前8時25分ごろにカムチャツカ半島沖の巨大地震が発生し、同日午後には岩手県久慈港で1.3メートル、また北海道根室市と青森県八戸市、東京都の八丈島で80センチなど、北海道から沖縄まで22都道府県でさまざまな波高の津波が観測された。津波警報が全て解除されたのは同日午後8時45分で、注意報は翌31日午後4時30分まで続いた。この間、宮城県の仙台港では津波警報が発表されて約14時間後に約90センチの津波が観測された。

 報告会で津波工学・防災工学などが専門の越村俊一・IRIDeS教授はまず、北海道太平洋沖に到達した波は始めは周期が長く、次第に短くなる特徴があったと説明した。そして津波が長期化した原因について、カムチャツカ半島から北海道南岸沖の間に大陸棚があり、また半島から南東、ハワイ諸島方向に「天皇海山列」と呼ばれる円錐形の海底地形があることを指摘した。

 その上で日本に到達した津波は(1)地震により生じた津波の波源からの直接波(2)大陸棚の端に沿って進むエッジ波(3)波源からの波が海山列にぶつかって跳ね返る散乱波―の3種類あり、この異なる3つの経路で複雑に押し寄せために到達時間に大きな差が出たとの見方を示した。直接波がいち早く到達し、次にエッジ波や散乱波がやって来たという。

 越村教授によると、海山列からの散乱波は波紋のように同心円状に広がり、エッジ波は屈折、反射を繰り返す。異なる経路で津波が来る例は初めてではなく、例えば散乱波は2006年の千島列島沖地震の時も確認されている。

 津波工学などが専門の今村文彦・東北大学教授(副学長)は7月の巨大地震の直後から天皇海山列の存在を指摘し、震源(波源)から反射した波が複雑に重なって長時間押し寄せるリスクに警戒を呼びかけていた。越村教授らの解析は今回の広範囲にわたる津波の特徴を詳しく解明した形で、こうした津波の複数の伝播は、南海トラフ巨大地震など今後太平洋で発生し得る巨大、大地震に伴う津波防災を考える上で留意すべき、と強調している。

カムチャツカ沖巨大地震で到達した3つの津波の経路(東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)提供)
カムチャツカ沖巨大地震で到達した3つの津波の経路(東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)提供)
越村俊一教授(IRIDeS提供)
越村俊一教授(IRIDeS提供)

 地震学や防災工学などが専門の福島洋・IRIDeS准教授は地震のメカニズムについて報告した。1952年にやはりカムチャツカ半島沖で起きた地震の規模はマグニチュード(M)8.8、9.0と諸説あるが今回とほぼ同じ規模の巨大地震が起きている。

 福島准教授はこの2つの地震は震央が極めて近く、余震発生域も大きく重なり、地震を起こした断層の破壊の仕方も似ていたと指摘。同じプレート境界付近で起きた巨大地震は数百年程度の間隔で起きるとされていたのに、わずか約73年で起きた特異なケースだ」と説明した。プレート境界型の地震の発生確率予想は過去の地震の間隔から推定するのが基本だ。南海トラフ地震などの巨大地震の今後の発生リスクを考えると気になる指摘だ。

 このほか、災害情報が専門の佐藤翔輔・IRIDeS准教授は和歌山県白浜町の海水浴場にいた約150人の津波注意報が出た直後の避難行動を当時沿岸に設置されていたカメラの映像で分析した結果などを発表。この中でライフセーバーらが速やかに避難誘導した結果、全員が3分以内に遊泳区域外に避難したことを説明し、関係者の避難誘導の大切さを訴えている。

 一方、福島県いわき市の避難実態の分析から、酷暑の中で津波警報や注意報が長期化した場合の避難先の確保や避難所からの途中退所の問題、さらにこの調査では大きな問題は見つからなかったものの車による渋滞発生などの課題が確認できたと指摘。今後の防災・減災対策につなげる重要性を呼びかけていた。

カムチャツカ半島沖で1952年と2025年7月に発生した地震の本震・余震の分布地図(IRIDeS提供)
カムチャツカ半島沖で1952年と2025年7月に発生した地震の本震・余震の分布地図(IRIDeS提供)
福島県いわき市内の28カ所の避難者数の時系列ごとの変化のグラフ。7月30日は昼過ぎから避難所からの途中退所が目立つ(IRIDeS提供)
福島県いわき市内の28カ所の避難者数の時系列ごとの変化のグラフ。7月30日は昼過ぎから避難所からの途中退所が目立つ(IRIDeS提供)
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