ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Wed, 24 Sep 2025 07:42:46 +0000 ja hourly 1 口腔がん転移のカギを握る細胞集団、弘前大などが特定 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250924_n01/ Wed, 24 Sep 2025 07:42:11 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55138  口腔がんは転移する患者としない患者がいるが、その分かれ目となる細胞が「myCAF(マイキャフ)」といわれるがん細胞のそばにいる特定の細胞集団に由来していることを、弘前大学などの研究グループが明らかにした。転移した患者では23個の遺伝子に特徴的な発現パターンが現れることも発見した。口腔がんは早期に発見すれば予後の良いがんだが、一部の患者はリンパ節に転移することがあり、理由が分かっていなかった。臨床での検査に応用できれば、ゲノム医療などの個別化医療に役立つという。

口腔がんは「2週間以上治らない口内炎がある」と患者が訴えたり、歯科検診で見つかったりする
口腔がんは「2週間以上治らない口内炎がある」と患者が訴えたり、歯科検診で見つかったりする

 口腔がんは飲酒や喫煙のほか、適合していない被せものが粘膜に当たることで発症すると考えられており、職場の歯科検診や、「2週間を過ぎても口内炎が治らない」という訴えで歯科医院に来院し、見つかることが多い。手術や抗がん剤などの治療法が確立されているため、全体の5年生存率は6~7割にのぼるが、一部の患者はリンパ節転移が起き、生存率がぐっと下がる。この「分岐点」が何によって引き起こされているのか分かっていなかった。

 弘前大学大学院医学研究科歯科口腔外科学講座の古舘健客員研究員(口腔外科学・生物情報学)とテキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターの高橋康一博士(ゲノム医療学・腫瘍学)らを中心とする国際共同研究グループは、がん細胞を地図のように可視化する「空間的トランスクリプトーム解析」を行い、どの細胞がどの場所でどのような働きをしているのかを調べた。

 その結果、口腔がんの転移が起こる患者では、腫瘍中にいる特定のタイプのがん関連線維芽細胞であるmyCAFが活性化していることが分かった。myCAFとは、他の固形がんにも存在するがん関連線維芽細胞の一つ。多くのがんでは腫瘍を増悪させる細胞だが、膵臓がんでは進行を抑える働きをしており、その働きはまだ謎が多いとされる。

リンパ節転移がある患者とない患者の違い。myCAFによって口腔がん細胞が活性化され、転移を促していた(弘前大学提供)
リンパ節転移がある患者とない患者の違い。myCAFによって口腔がん細胞が活性化され、転移を促していた(弘前大学提供)

 myCAFの働きを詳しく調べると、myCAFはコラーゲンなどでできた細胞外マトリックスという細胞の「足場」のような場で、隣り合うがん細胞に増殖を促すシグナルを送っていた。これによって、本来であれば腫瘍と正常細胞の境界で「おとなしく」していたがん細胞が活性化してがん幹細胞となり、治療抵抗性を示したり、転移したりするように変化していた。

 そして、口腔がんの転移が起きた患者の遺伝子の発現や変異パターンを見ると、23の遺伝子において、転移が起きない患者との違いがあった。ゲノム医療が発展した場合、口腔がんが分かった時点でこれらの遺伝子の発現パターンを調べられれば、転移するかどうかという予後の予測に寄与できるとみられる。古舘客員研究員は「転移のメカニズムの解明が進めば生存率を高めることにつながる。これからも研究を続け、口腔がんを治るがんにしていきたい」としている。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業、上原記念生命科学財団の助成を受けて行った。成果は5日、米科学誌「プロス・ジェネティクス」電子版に掲載され、同日弘前大学が発表した。

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無機酸化物の結晶骨格を再構成、量子素子などへの応用に期待 京大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250918_n01/ Thu, 18 Sep 2025 06:39:32 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55075  高温で焼いてできる硬い無機酸化物の結晶骨格を、比較的低温で起きる「トポケミカル反応」を用いて、これまでになく大きく再構成することに京都大学などのグループが成功した。モリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアで処理して同反応を起こした。できた酸窒化物には元の酸化物にはなかった導電性があるのを確認。新たな量子素子などへの応用が期待できるという。

青丸で示したモリブデンを中心に酸素がついた四面体構造が並ぶ2層(左)が、トポケミカル反応で八面体が並ぶ1層へ変化した。結晶骨格自体の再構成といえる(京都大学の陰山洋教授提供)
青丸で示したモリブデンを中心に酸素がついた四面体構造が並ぶ2層(左)が、トポケミカル反応で八面体が並ぶ1層へ変化した。結晶骨格自体の再構成といえる(京都大学の陰山洋教授提供)

 トポケミカル反応は結晶骨格を保ったまま、特定のイオンを選択的に出し入れする手法。セラミックスのようにセ氏1000度~2000度の高温で合成する無機結晶材料をもとに、同反応を使って新しい材料づくりをする研究が進む。多面体がそれぞれ平面になるような1対1の変化は見つかっているが、金属サイトの数や配置を変えるような結晶骨格の再構成はできないと考えられていた。

 京都大学大学院工学研究科の陰山洋教授(固体化学)らは、層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物に注目。四面体構造が2つある特徴を用いて窒化できないか研究していたところ、アンモニアガス中にヘキサカルボニルモリブデン[Mo(CO)6]を加えて500度に加熱すると、2層の四面体構造が押しつぶされたように1層の八面体構造になった。電子顕微鏡で確認すると層の距離が2割ほど短くなっていた。

層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアガス中にMo(CO)6を加えて500度に加熱する前(左)と後の電子顕微鏡写真。青で示したモリブデンが2層から1層に変化している(京都大学の陰山洋教授提供)
層状構造をもつモリブデンとタンタルの酸化物をアンモニアガス中にMo(CO)6を加えて500度に加熱する前(左)と後の電子顕微鏡写真。青で示したモリブデンが2層から1層に変化している(京都大学の陰山洋教授提供)

 2層が1層になった八面体の配置を調べると、竹籠の編み目(籠目)で見られる六角形と三角形が規則的に並んだ結晶格子で、「カゴメ格子」という構造をとっていた。カゴメ格子は通常の金属とは異なる電気的・磁気的性質が現れる可能性があることから、新しい機能性材料として期待されている。生成した酸窒化物を調べても導電性が確認できた。

モリブデンが中心にある八面体の配置は「カゴメ格子」になっていた(京都大学の陰山洋教授提供)
モリブデンが中心にある八面体の配置は「カゴメ格子」になっていた(京都大学の陰山洋教授提供)

 陰山教授は「固体材料はかつて考えられていたよりもはるかに柔軟性が高い。セラミックスをはじめとした酸化物を作り出す人が思っているより劇的な構造変化をもたらすトポケミカル反応の発見だ」と話す。次世代の量子素子や新機能材料の設計に向けた基盤技術になる可能性を秘めているという。

 研究は、日本学術振興会や科学技術振興機構(JST)などの支援を受けて、仏・ボルドー大学、一般財団法人ファインセラミックスセンター、東北大学、中国・桂林理工大学と共同で行い、7月24日付けでアメリカ化学会の国際学術誌「JACS」のオンライン版に掲載された。

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惑星状星雲「NGC6072」 複数の星が織りなす複雑な姿…カニに見える? https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250916_n01/ Tue, 16 Sep 2025 04:32:45 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55072
惑星状星雲NGC6072(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)
惑星状星雲NGC6072(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)

 子供の頃、天文図鑑の「かに星雲」(M1、NGC1952)の写真を見て「確かにカニみたいだ」と感動した覚えがある。美しい天体が「まるで○○のよう」に見えることは多くの人にとって、宇宙への関心の入口になってきたはずだ。

 しかし、最近の宇宙望遠鏡が捉えた写真は実に精細で、カニに見えなくなってしまった。観測技術の飛躍を喜ぶ一方、想像力を生かしにくく、ちょっと寂しい。観測波長にもよるだろう。以前に「猫の手星雲」の新画像を記事化したところ、「猫の手に見えない」という感想がネット上に見られたが、同感だ。

 そんな中で、米航空宇宙局(NASA)が新たに公開した、こちらの惑星状星雲「NGC6072」の画像。「ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡」が近赤外線で捉えたものだ。筆者にはカニのように見え、勝手に“新かに星雲”と呼びたくなったのだが…皆さんはどうだろう。

 惑星状星雲は年老いて死にゆく星の一種。このNGC6072の中心では、複数の星の相互作用があり、こんな複雑な見た目になったらしい。

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カムチャツカ半島沖地震時の津波は3経路で到達し長期化 東北大災害研が分析結果報告 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250912_n01/ Fri, 12 Sep 2025 08:10:29 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55034  東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)は4日、カムチャツカ半島沖で7月30日に起きた巨大地震や津波についての調査報告会をオンラインで開催し、日本列島に到達した津波は3つの経路で押し寄せて長期化につながったことなど、新たな分析結果を発表した。日本から離れた「遠地地震」のため、詳しく分らなかった今回の地震や津波の特徴、警報に伴う避難をめぐる課題など、地震・津波防災に関わる貴重なデータや知見が紹介された。

 7月30日午前8時25分ごろにカムチャツカ半島沖の巨大地震が発生し、同日午後には岩手県久慈港で1.3メートル、また北海道根室市と青森県八戸市、東京都の八丈島で80センチなど、北海道から沖縄まで22都道府県でさまざまな波高の津波が観測された。津波警報が全て解除されたのは同日午後8時45分で、注意報は翌31日午後4時30分まで続いた。この間、宮城県の仙台港では津波警報が発表されて約14時間後に約90センチの津波が観測された。

 報告会で津波工学・防災工学などが専門の越村俊一・IRIDeS教授はまず、北海道太平洋沖に到達した波は始めは周期が長く、次第に短くなる特徴があったと説明した。そして津波が長期化した原因について、カムチャツカ半島から北海道南岸沖の間に大陸棚があり、また半島から南東、ハワイ諸島方向に「天皇海山列」と呼ばれる円錐形の海底地形があることを指摘した。

 その上で日本に到達した津波は(1)地震により生じた津波の波源からの直接波(2)大陸棚の端に沿って進むエッジ波(3)波源からの波が海山列にぶつかって跳ね返る散乱波―の3種類あり、この異なる3つの経路で複雑に押し寄せために到達時間に大きな差が出たとの見方を示した。直接波がいち早く到達し、次にエッジ波や散乱波がやって来たという。

 越村教授によると、海山列からの散乱波は波紋のように同心円状に広がり、エッジ波は屈折、反射を繰り返す。異なる経路で津波が来る例は初めてではなく、例えば散乱波は2006年の千島列島沖地震の時も確認されている。

 津波工学などが専門の今村文彦・東北大学教授(副学長)は7月の巨大地震の直後から天皇海山列の存在を指摘し、震源(波源)から反射した波が複雑に重なって長時間押し寄せるリスクに警戒を呼びかけていた。越村教授らの解析は今回の広範囲にわたる津波の特徴を詳しく解明した形で、こうした津波の複数の伝播は、南海トラフ巨大地震など今後太平洋で発生し得る巨大、大地震に伴う津波防災を考える上で留意すべき、と強調している。

カムチャツカ沖巨大地震で到達した3つの津波の経路(東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)提供)
カムチャツカ沖巨大地震で到達した3つの津波の経路(東北大学災害科学国際研究所(IRIDeS)提供)
越村俊一教授(IRIDeS提供)
越村俊一教授(IRIDeS提供)

 地震学や防災工学などが専門の福島洋・IRIDeS准教授は地震のメカニズムについて報告した。1952年にやはりカムチャツカ半島沖で起きた地震の規模はマグニチュード(M)8.8、9.0と諸説あるが今回とほぼ同じ規模の巨大地震が起きている。

 福島准教授はこの2つの地震は震央が極めて近く、余震発生域も大きく重なり、地震を起こした断層の破壊の仕方も似ていたと指摘。同じプレート境界付近で起きた巨大地震は数百年程度の間隔で起きるとされていたのに、わずか約73年で起きた特異なケースだ」と説明した。プレート境界型の地震の発生確率予想は過去の地震の間隔から推定するのが基本だ。南海トラフ地震などの巨大地震の今後の発生リスクを考えると気になる指摘だ。

 このほか、災害情報が専門の佐藤翔輔・IRIDeS准教授は和歌山県白浜町の海水浴場にいた約150人の津波注意報が出た直後の避難行動を当時沿岸に設置されていたカメラの映像で分析した結果などを発表。この中でライフセーバーらが速やかに避難誘導した結果、全員が3分以内に遊泳区域外に避難したことを説明し、関係者の避難誘導の大切さを訴えている。

 一方、福島県いわき市の避難実態の分析から、酷暑の中で津波警報や注意報が長期化した場合の避難先の確保や避難所からの途中退所の問題、さらにこの調査では大きな問題は見つからなかったものの車による渋滞発生などの課題が確認できたと指摘。今後の防災・減災対策につなげる重要性を呼びかけていた。

カムチャツカ半島沖で1952年と2025年7月に発生した地震の本震・余震の分布地図(IRIDeS提供)
カムチャツカ半島沖で1952年と2025年7月に発生した地震の本震・余震の分布地図(IRIDeS提供)
福島県いわき市内の28カ所の避難者数の時系列ごとの変化のグラフ。7月30日は昼過ぎから避難所からの途中退所が目立つ(IRIDeS提供)
福島県いわき市内の28カ所の避難者数の時系列ごとの変化のグラフ。7月30日は昼過ぎから避難所からの途中退所が目立つ(IRIDeS提供)
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火星内部、太古の巨大天体衝突の破片多数 米探査機データで判明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250911_n01/ Thu, 11 Sep 2025 04:58:14 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55008  45億年前、火星に衝突した巨大な天体の破片が、いまも火星の内部にたくさん残っていることが分かった。米火星地下探査機「インサイト」が観測した地震データなどをもとに、英米などの研究グループが解明した。火星には地表のプレート(岩板)が移動するプレートテクトニクスの仕組みが存在しておらず、同じような惑星の内部構造の理解につながるという。

火星断面の想像図(縮尺は不正確)。地殻の下にあるマントルに、太古の天体衝突でできた岩石の破片が散在している。地表の左側の明るい部分は、天体が衝突して内部に地震波が生じる様子、右側はインサイトの機体を示している(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)
火星断面の想像図(縮尺は不正確)。地殻の下にあるマントルに、太古の天体衝突でできた岩石の破片が散在している。地表の左側の明るい部分は、天体が衝突して内部に地震波が生じる様子、右側はインサイトの機体を示している(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)

 地球とは違いプレートテクトニクスがない火星では、プレートの動きで地殻にひずみがたまって起きる地震はないものの、熱や圧力で岩石が割れて起きるタイプの地震と、天体の衝突で起きる地震はあるとされる。地震で生じた波はさまざまな物質を通過する際に変化し、その観測データは惑星の内部を研究する手がかりとなる。火星の内部は、表面から順に地殻、マントル、核という構造をしており、インサイトが観測した地震データなどをもとにそれらの大きさや構造が研究されてきた。

火星の内部。表面から中心に向け地殻、マントル、核の層構造を持つ(NASA提供の想像図に加筆)
火星の内部。表面から中心に向け地殻、マントル、核の層構造を持つ(NASA提供の想像図に加筆)

 研究グループは、インサイトの観測データのうち8回の地震について分析したところ、強い高周波のエネルギーを含む地震波が地下のマントルの深くまで達して明確に変化していた。地震波がマントルの遠くへと伝わるにつれて、高周波信号が大きく遅れていたのだ。

 またコンピューターシミュレーションにより、こうした信号がマントル内のごく限られた領域を通った時だけ、速さを変えることを示した。これらの領域は、マントルとは異なる組成の物質の塊であるとみられる。こうした状況から研究グループは、45億年前に火星に巨大な天体が衝突した際、それらの天体や火星の破片がマントルの深くまで達し、いまも残っていると結論づけた。天体の破片が深くまで達したのは、衝突によって地殻やマントルが溶け、広大なマグマの海ができたからだという。

 太陽系は46億年前にできたとされる。ガスやチリが集まって円盤状の雲に成長。ここから太陽や原始的な小天体ができた。その後、小天体が衝突と合体を繰り返して惑星に進化し、太陽の近くには地球や火星のような岩石型の惑星が並んだと考えられている。これらの若い惑星には、大小の天体が頻繁に衝突していたようだ。

45億年前に火星で発生した巨大衝突の想像図。破片がマントルの深部に浸透したとみられる(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)
45億年前に火星で発生した巨大衝突の想像図。破片がマントルの深部に浸透したとみられる(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)

 プレートテクトニクスがない火星では、内部の物質循環は地球に比べ、はるかに緩やかだ。研究グループの英インペリアル・カレッジ・ロンドンのコンスタンティノス・チャラランボウス特別研究員は「惑星の内部をこれほど詳細、鮮明に観測できたのは初めて。太古の破片が今も残っていることは、火星のマントルが数十億年かけてゆっくりと変化してきたことを示している。地球では、このような特徴は(プレートテクトニクスのような地殻変動にともなって)大部分が消えたのではないか」としている。

 火星のマントルに残るこうした巨大な岩石は、火星の内部や歴史を理解するための手がかりになる。また太陽系の惑星では火星のほか、水星や金星でもプレートテクトニクスは確認されていない。今回の成果は、こうした岩石型惑星の内部構造の理解にもつながる可能性があるという。

 インサイトは、火星の内部構造の調査にほぼ特化した初の探査機で、米航空宇宙局(NASA)が運用した。2018年5月に打ち上げられ、11月に火星の赤道付近にあるエリシウム平原に着陸した。地震計や熱流量計、電波で内部を調べる装置などを搭載。火星表面に設置した地震計で、1319回の地震を観測するなどの成果を上げた。1970年代の米着陸機バイキング1、2号も地震計を備えたものの、探査機の上部にあってデータが不明瞭だった。インサイトが地球以外の惑星で初の、明確な地震観測となった。熱流量計を地下に埋め込む作業には失敗。2022年12月に運用を終えた。

ロボットアームのカメラによるインサイトの“自撮り”。2019年に撮影された(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)
ロボットアームのカメラによるインサイトの“自撮り”。2019年に撮影された(NASA、米カリフォルニア工科大学提供)

 研究グループはインペリアル・カレッジ・ロンドン、仏国立科学研究センター、米ジョンズホプキンズ大学、カリフォルニア工科大学で構成。成果は米科学誌「サイエンス」に先月28日掲載され、NASAが同日発表した。

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沖縄・瀬底島近海のサンゴ、大規模白化後に交雑進む 琉球大が解明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250909_n01/ Tue, 09 Sep 2025 07:00:58 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=55002  沖縄県本島北部の瀬底島周辺の海域において、大規模なサンゴの白化現象が起きた後、ミドリイシ属という種類のサンゴで異なる種の交雑が進んでいることを、琉球大学などの研究グループが明らかにした。白化は主に海水温の上昇により、サンゴと共生する褐虫藻を失うことで起きる。大きな環境変化があってもそれに対応するように種の交雑が起きていることは、今後の気候変動における回復や保全のための知見となる可能性があるという。

瀬底島に生息するミドリイシ属の雑種。枝の形が円錐で、枝に並ぶ突起のサイズが同じという点が親種と異なる(琉球大学提供)
瀬底島に生息するミドリイシ属の雑種。枝の形が円錐で、枝に並ぶ突起のサイズが同じという点が親種と異なる(琉球大学提供)

 琉球大学熱帯生物圏研究センターでは、1980年以降に気象庁が観測した沖縄本島沖の海水温を利用して白化のリスクを見積もった。最暖月平均水温(閾値)を超える水温を足していき、4度を超えると「白化リスクあり」、8度を超えると「白化リスク高い」と判定している。世界的に大規模な白化が起きた1998年以降、海水温上昇による白化リスクが高まっているという。

海水温の測定地点(左上)と今回研究を行った瀬底島周辺のサンゴ生息域(左下)、海水温変化による白化リスクの推移(琉球大学提供)
海水温の測定地点(左上)と今回研究を行った瀬底島周辺のサンゴ生息域(左下)、海水温変化による白化リスクの推移(琉球大学提供)

 サンゴの同定は難しく、名前は同じでも国によって異なる種類のものを指していることがあり、国際的に問題になっていた。同センター瀬底研究施設の守田昌哉准教授(生物学)は、インド洋や太平洋、東シナ海などのサンゴについて、この問題の解決を以前から考えていた。

 「せめて瀬底島周辺のミドリイシだけでも、種を名付けたい」と思い立ち、ミドリイシ属のサンゴを実際に詳しく観察してみた。その結果、同属の3種に極めて特徴が似ているものの、サイズや枝の先の形態が異なるものが混じって生息していることに気が付いた。

 具体的には、オヤユビミドリイシ(Acropora cf.gemmifera)・ツツユビミドリイシ(Acropora cf.humilis)・サンカクミドリイシ(Acropora cf.monticulosa)といういずれもミドリイシ属に位置する種において、自然界でこの3種の特徴に似たものがあり、雑種として識別した。これらの雑種では親種に比べ、表面にある突起のサイズが異なっていたり、枝の大きさが異なっていたりした。雑種を親種と交配させると、正常に受精が起こっており、交雑の可能性が高いとみられた。

2022年の瀬底島南端のサンゴ礁(琉球大学提供)
2022年の瀬底島南端のサンゴ礁(琉球大学提供)

 そこで、3種類のミドリイシ属の雑種について、雑種であることを確かめるために「群体」のゲノム解析を行ったところ、異なる種の間で遺伝子のやりとりが起こっていることが分かった。なお、サンゴではポリプと呼ばれる単位が集合した生き物であるため、見かけ上はひとつの個体を群体と呼んでいる。

 守田准教授は先行研究で、サンゴの精子濃度を通常より低くすると、別の種との交雑が起こることを発見していた。しかしこれは実験室内での結果であって、自然現象に当てはまるかどうかが分かっていなかった。今回の研究で、自然界でも精子の濃度が低くなる、いわゆる白化のタイミングで交雑が進むということが判明した。

 続いて、交雑が起きた時期を推定するため、数理モデルを用いて計算した。1998年の白化から25年以内に遺伝子が混ざっていた。1世代が4~7年ほどなので、5世代にわたって起こっていることも確認できた。特にツツユビミドリイシがオヤユビミドリイシによく交雑していた。オヤユビミドリイシはサンカクミドリイシからもやや交雑していた。

3種のミドリイシ属で世代あたりの有効な遺伝子移入率。どれくらい他の種類に遺伝子が交雑しているかを数値化した(琉球大学提供)
3種のミドリイシ属で世代あたりの有効な遺伝子移入率。どれくらい他の種類に遺伝子が交雑しているかを数値化した(琉球大学提供)

 これらの結果を総合すると、白化というミドリイシ属にとって危機的な状況でも、異種間で交雑し、生き残りの戦略を取っていることが分かった。守田准教授は「ツツユビミドリイシは比較的遠い種にも遺伝子を残しているが、その理由までは分かっていない。白化前の昔のサンゴの状態を調べることができないのがこの研究の限界。今回の研究では、何を調べたらいいのかというパラメーターを決定するのに苦労した」と振り返った。

 近年、海水温の高い状態が続いており、海洋環境の変化を調べると共に、サンゴの遺伝子領域の知見を得るため、今後も研究を続けるという。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業の助成を受けて行い、成果は7月7日、米科学誌「カレント バイオロジー」電子版に掲載された。

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不眠不休の働きもの、金属を引っ張り続けて50年 NIMSクリープ試験機 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250908_n01/ Mon, 08 Sep 2025 05:01:49 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54987
筒状のヒーター内は熟練のスタッフにより設定温度からプラスマイナス1.5度以内に保たれ、最低でも10万時間以上にわたる試験が行われている
筒状のヒーター内は熟練のスタッフにより設定温度からプラスマイナス1.5度以内に保たれ、最低でも10万時間以上にわたる試験が行われている

 茨城県つくば市にある物質・材料研究機構(NIMS)。その名のとおり、日本の材料研究をけん引する機関だ。今回はその一角にあるクリープ試験場にお邪魔した。

 クリープ試験とは、火力発電施設のボイラーやタービンに用いられる金属などの耐久性を調べるもの。試験片をヒーター内で数百度まで加熱し、重りでただひたすらに引っ張り続ける。林立する試験機の数は500台。その1つ1つで、音もなく試験が行われている。

 試験の開始は1969年。2011年にはある試験片の総試験日数が1万4868日に達し、ギネス世界記録にも認定された。この栄誉も通過点だと言わんばかりに、試験機たちは今も不眠不休で試験を続けている。プラントの安全は、働きものたちの途方もない試験によって支えられているのだ。

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クラゲをクラうアオウミガメ、クラべたら…栄養が良く驚き 東大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250904_n01/ Thu, 04 Sep 2025 02:20:09 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54958
アオウミガメ(東京大学大学院博士課程・河合萌氏撮影、提供)
アオウミガメ(東京大学大学院博士課程・河合萌氏撮影、提供)

 ゆったりと泳ぐアオウミガメ。主に海藻や海草を食べるが、地域によってはクラゲも食べるという。東京大学などの研究グループが、動物に小さな記録計を装着する方法で、草食性の八重山諸島(沖縄)と、クラゲも食べる三陸沿岸(岩手)の亜成体(大人の手前のもの)を調べ、食生活の謎に迫った。

 すると、三陸の方が長時間活動し食べる頻度が低い一方、栄養状態が良いことが分かった。クラゲは体がほとんど水分で栄養価が低そうなのに、実に意外だ。佐藤克文教授(行動生態学)は「冬は伊豆七島付近にいて、夏にわざわざ三陸へ北上する。クラゲが魅力的な餌なのだろう。驚いた。熱帯や亜熱帯の産卵場などのカメがよく研究されるが、産卵期以外の大半の時間が本来の姿を表しているはずだ」と語る。

 研究グループは東京大学、NPO法人日本ウミガメ協議会、名城大学で構成。成果は海洋生物学の国際誌「マリンバイオロジー」に7月23日に掲載され、東京大学大気海洋研究所が8月4日に発表した。

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サイエンスアゴラ2025、お台場で来月25~26日開催 未来を紡ぎ20回目 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250902_n01/ Tue, 02 Sep 2025 08:15:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54944  科学技術振興機構(JST)は2日、あらゆる立場の人が対話や体験を通じ、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のイベント「サイエンスアゴラ2025」の概要を発表した。10月25~26日に東京・お台場のテレコムセンタービルと日本科学未来館で開催する。

あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」
あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」

 サイエンスアゴラは、未来社会のあり方を市民や科学者、政策立案者らが共に考えるイベントとして2006年から開催している。「科学とくらし ともに語り 紡ぐ未来」をビジョンに掲げて企画を募集し、今年は130超が決まった。

 例年、来場者がより楽しめるよう趣向を凝らす。今年は「トウガラシマーク」を採用し、各企画の内容の難易度を1~3個のトウガラシのアイコンで示す。出展者に対しても、中高生主体の企画で同世代が交流しやすく、大学や研究機関との行き来も生まれるようにするなど配慮するという。

 テレコムセンタービルでは昨年に続き、巡回しやすいよう「地球・生き物・私たち」「食・農業・健康」「街・空間・生活基盤」「研究・対話」「学び・体験・創造」の5つのジャンルを設け、ブースの配置を工夫する「キュレーション」を実施。科学コミュニケーション分野で活躍するアナウンサーで同志社大学助教の桝太一さんら、有識者10人で構成する「サイエンスアゴラ2025推進委員会」(委員長=次田彰JST理事)がこのキュレーションを進め、注目企画も選出した。

子供たちの歓声が響いた、五十嵐さん(右)によるアゴラ2024のサイエンスショー。左は桝さん=昨年10月
子供たちの歓声が響いた、五十嵐さん(右)によるアゴラ2024のサイエンスショー。左は桝さん=昨年10月

 初日の25日には、同委員会委員でサイエンスエンターテイナーとして知られる東京都市大学准教授、五十嵐美樹さんによるサイエンスショーを含む「サイエンスアゴラ見どころ紹介・サイエンスShow!」が開かれる。

 このほか量子コンピューター、体内の生体分子を外から操作し体調を保つことを目指す「細胞内サイバネティック・アバター」などの未来技術に関するもの、プログラミングを通じ対話を促すものなど、企画は多彩。暮らしや社会と科学とのつながりを意識したものも多く、人々が共に考え、新たな視点を共有する場を目指す。国際量子科学技術年である今年は、日本科学未来館と日本物理学会がコラボレーション(協働)する企画もある。

 例年、お台場で開催したが、コロナ禍を受け2020~23年にはオンライン形式も導入した。昨年、完全実地開催が復活。今年もテレコムセンタービルをメイン会場に、日本科学未来館(いずれも東京都江東区青海=あおみ)を加えて開催する。近隣施設で同時に開催されるイベントとも連携し、お台場一帯を盛り上げる。

(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館
(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館

 一部の材料費などを除き参加は無料。一般来場の事前申し込みは不要だが、一部の企画の参加には事前登録などが必要となる。各企画の詳細は、特設サイトで順次公開される。

     ◇

 推進委員会が選んだ注目企画は次の通り。「ブース」は終日、「セッション」は特定の日時に実施されるもの。いずれもテレコムセンタービル。カッコ内は出展者で、略称を含む。

【ブース】
・サステナファッション体験!カギは超臨界流体技術(福井大学)
・ドキドキどうぶつラボ:感覚でつながる どうぶつの世界(京都市動物園)
・江戸前の小さなクジラ“スナメリ”を探そう!(東京海洋大学東京湾スナメリ調査チーム)
・教育とイノベーションでFUKUSHIMAが変わる(福島イノベ機構&F-REI)
・エネジョ×LABO:磁石とコイルで振動発電!(エネジョ×LABO)
・アゴラで愛を叫ぶ!科学・研究への愛を教えてください(サイエンストークス)
・AI人生相談所「あの文豪が君に答える」(理系の森ラジオ制作チーム)
・「サイエンス×アート」で探究する未来の学び(ナインキッズラボ 9kidslab)
・世界と地域、世代をつなぐ!課題解決して未来を作ろう(東京工科大学工学部グローカルSTEAMプロジェクト)
・光のふしぎ~光るスノードームを作ってみよう!~(日本技術士会科学技術振興支援委員会)

【セッション】
・キスのときどっちに顔を傾ける?~恋愛の左右の秘密~(法政大学恋愛科学研究室=越智研究室)=25日午後1時45分~2時45分
・量子が揺らす法廷:重ね合わせ人間の事件簿(名古屋大学サイエンス裁判所有志グループ)=26日午前10時半~正午

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権力者をとりこにした香木「蘭奢待」 香り成分や年代判明 宮内庁正倉院事務所 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250901_n01/ Mon, 01 Sep 2025 04:16:01 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54921  織田信長や足利義政などが求め、切り取ったとされる、正倉院に収蔵の「蘭奢待(らんじゃたい)」という香木の香りの成分と、木が生えていた年代が判明した。専門家が大型放射光施設「SPring-8」やガスクロマトグラフィーなど、最新の機器を用いて測定。8世紀後半~9世紀後半の樹木で、ラブダナムという植物の甘い香りをベースに、バニラなど約300種類の成分が混じったものだった。宮内庁正倉院事務所では「今回の研究成果を元に、他の香木についても調べられれば良い」としている。

蘭奢待(らんじゃたい)は黄熟香(おうじゅくこう)ともいわれ、正倉院に大切に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)
蘭奢待(らんじゃたい)は黄熟香(おうじゅくこう)ともいわれ、正倉院に大切に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)

 奈良市にある正倉院には、奈良時代から、天皇の許可で宝物庫の扉の開閉を管理する「勅封制度(ちょくふうせいど)」の下で、多くの宝物(ほうもつ)が大切に保存されている。その中の一つである蘭奢待は、様々な権力者によって切り出された来歴がある香木で、黄熟香(おうじゅくこう)とも呼ばれる。東南アジアの山岳地帯に生える「沈香(じんこう)」という香木の一種で、重さ11.6キログラム、長さは156センチメートルある。蘭奢待という文字の中に「東大寺」という漢字が隠されており、室町時代に流行した「言葉遊び」による命名だと考えられている。

香木「蘭奢待」が保管されている正倉院。正倉院は歴史の教科書でもおなじみだ(宮内庁正倉院事務所提供)
香木「蘭奢待」が保管されている正倉院。正倉院は歴史の教科書でもおなじみだ(宮内庁正倉院事務所提供)

 正倉院では宝物の点検・保存と記録を行っており、「香木なので香りの記録も大切。どうにかして後世に香りを伝えられないか」と、昨年からプロジェクトを開始した。正倉院事務所保存課長の中村力也さんは「蘭奢待は近づくとほんのり香りが分かる。1000年以上経っているのに、それだけ香りがするのはすごいこと。他の宝物にはにおいが残っているものはない」と話す。

時の権力者が切り取ったことを示す付せんと共に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)
時の権力者が切り取ったことを示す付せんと共に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)

 調査すべき項目として、香木の年代・香りの発生源・香りの成分・どのような香りとして感じるか、を挙げた。まず、年代を放射性炭素年代測定で調べたところ、8世紀後半から9世紀後半にかけて生えていたということが分かった。蘭奢待の木の種類は日本にはないため、切られて東南アジアから船で持ち込まれたと考えられる。

 次に、木のどの部分から香りが生じているかを京都大学の研究者に委嘱し、調べた。正倉院では蘭奢待の脱落した欠片を保管しているため、まず、欠片から切片を作り、顕微鏡で観察した。そして、欠片を兵庫県佐用町にある理化学研究所放射光科学研究センターが運用する「SPring-8」に持ち込み、マイクロX線CTで表面の微細な構造を撮影した。

 その結果、材内師部(ざいないしぶ)といわれる、植物が二次成長する際に作られる維管束形成層から分化した組織が傷害を受け、香りの成分が合成されていた。維管束形成層は木を成長させるための分裂組織だ。

SPring-8によって、香木の組織の様子を観察した(理化学研究所提供)
SPring-8によって、香木の組織の様子を観察した(理化学研究所提供)

 続いて、成分の解析を行った。ガスクロマトグラフィー質量分析法で詳しく見たところ、3-フェニルプロピオン酸が主たる成分だった。3-フェニルプロピオン酸は水に溶けにくく、エタノールに溶ける物質。その他に300以上の物質が検出されたため、それらを香りがあるものとないものに分けた。香り成分ではラブダナムという甘めの香りが多く検出されていた。

 最後に香りを再現するため、人間の嗅覚に頼った。調香師といわれる香料を調合する専門家に協力を仰いだ。調香師に蘭奢待の香りをかいでもらい、香りを記憶してもらった。その嗅覚の記憶を元に、先ほど多く検出されたラブダナムに甘いバニラ系の香り、スパイシーなアニス系の香りなどを足していき、最終的に「令和に再現した蘭奢待の香り」ができあがった。

 中村さんは「再現できるということは記録を後世に伝え、残すことができたということ。高い技術力と高精度の機器を使う体制が整っており、科学の力がすごく役に立った」と振り返った。正倉院には他にも香料となる原料が保存されており、今回の手法を応用して解析することができるかもしれないという。

 この「再現した香り」は、上野の森美術館(東京都台東区)で開かれる「正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-」という特別展(9月20日~11月9日)で実際にかぐことができ、香りを紙にしみこませた「蘭奢待香りカード」(880円)をミュージアムショップでも販売する。

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