ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Wed, 23 Jul 2025 06:18:22 +0000 ja hourly 1 食用のスズメバチ、エサは脊椎動物含む324種 DNA分析で明らかに、神戸大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250723_n01/ Wed, 23 Jul 2025 06:18:22 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54648  長野県や岐阜県などの郷土料理となる昆虫食「蜂の子」の材料のひとつシダクロスズメバチのエサをDNA分析すると、エサは324種あって昆虫やクモに加えて鳥類や哺乳類などの脊椎動物が含まれることを神戸大学などが明らかにした。ハチを飼育したことのある経験者が、目撃情報などから脊椎動物など多様なエサを与えてきた妥当性を裏付けており、食文化と自然の関係性を探る上での知見となりそうだ。

ご飯にのせた蜂の子。佃煮や炒めるなどして調理する(神戸大学の佐賀達矢助教提供)
ご飯にのせた蜂の子。佃煮や炒めるなどして調理する(神戸大学の佐賀達矢助教提供)

 長野や岐阜など中部地方には、クロスズメバチなどのハチの幼虫やさなぎをはじめ、イナゴや水生昆虫のザザムシ、カイコのさなぎをタンパク源として食べる文化がある。蜂の子は珍味としても知られており、愛好者は野外の巣を取ってきてエサを与えて巣を大きく育てて食べる。ただ、エサについては、古い調査や文学作品中で昆虫やクモ、カエルがあると分かっている程度で、詳しくは分かっていない。

魚のエサをとりに来たシダクロスズメバチの働き蜂(左)と蜂の巣(神戸大学の佐賀達矢助教提供)
魚のエサをとりに来たシダクロスズメバチの働き蜂(左)と蜂の巣(神戸大学の佐賀達矢助教提供)

 学生時代からスズメバチの研究を続けている神戸大学大学院人間発達環境学研究科の佐賀達矢助教(生態学)は、各種生物のDNA情報のデータベース化が進む中、腸の内容物にある生物ごとに特有なDNA配列をバーコードのように読み取る「DNAメタバーコーディング」によって、ハチが食べたエサを調べることにした。

 佐賀助教らは、中部地方の里地里山で食用となるシダクロスズメバチを対象とし、岐阜と長野で野生の巣5つ、飼育した巣7つからそれぞれ幼虫を20個体と32個体を採取した。その幼虫の腹部を開いて腸にある未消化物を分離し、DNAの遺伝子配列を調べたところ、ガやカメムシなどの昆虫やクモに加えて、カラスの仲間である鳥類、哺乳類のほか、両生類、爬虫類、魚類を含む計324種がエサとして判明した。

 エサの種類の数は野生と飼育の巣でほぼ同じだったが、野生の巣では脊椎動物の検出が多く、死体をエサにしている事が分かった。飼育した巣では、エサとして与えたニワトリやシカ、ウズラのDNAが高頻度で検出された。

 全ての巣から何らかの鳥、野生と飼育のほぼ全ての巣から哺乳類のDNAが検出されており、鳥類や哺乳類がシダクロスズメバチの重要なエサになっていることも分かった。愛好者が飼育する際に鳥類や哺乳類の肉を与えてきたことは、野生のエサ選択と重なっており、ハチ飼育の経験知が科学的に妥当であることを示しているという。

飼育では鶏肉やレバー、鹿肉などをつるしてシダクロスズメバチのエサとする(神戸大学の佐賀達矢助教提供)
飼育では鶏肉やレバー、鹿肉などをつるしてシダクロスズメバチのエサとする(神戸大学の佐賀達矢助教提供)

 飼育経験者にアンケートを行うと、29人の58%が「野生巣産と飼育巣産では味が異なる」と回答している。佐賀助教は、「蜂の子の味は里地里山という生物多様性のホットスポットの生態系と深く結びついていた『環境の味』であると言える」としており、今後は季節や地域性についても調査していくという。

 研究は岡山大学学術研究院環境生命自然科学学域の藤岡春菜助教と行い、5月14日に国際誌「ジャーナル オブ インセクツ アズ フード アンド フィード」電子版に掲載された。

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宇宙からの帰還、過酷な道のり物語る“真っ黒焦げ” https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250717_n01/ Thu, 17 Jul 2025 06:42:34 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54612
ソユーズ宇宙船の帰還カプセルとパラシュートの実物=今月11日、東京都江東区の日本科学未来館
ソユーズ宇宙船の帰還カプセルとパラシュートの実物=今月11日、東京都江東区の日本科学未来館

 夏休みを前に、都内で始まった宇宙展。その一角に、真っ黒焦げの大きなカプセルがたたずんでいる。ロシアの「ソユーズ」宇宙船の実物で、国内では実に希少。飛行士が3人乗り込め、機体構成のうち唯一、地上に着陸する「帰還モジュール」部分だ。

 この機体は2021年、日本の民間人で初めて国際宇宙ステーション(ISS)滞在を果たした実業家、前澤友作さんらが搭乗したもの。前澤さんが購入した私物という。外壁の黒焦げは大気圏突入の際、超高温になってできた。帰還の道のりの過酷さを物語る。天井に、地上への降下中に開くパラシュートも展示されている。

 実に60年近く活躍中のソユーズだが、1967年と71年には死亡事故も起こした。機体を見つめるうち、人類が磨いてきた技術の苦闘の歴史が、外壁ににじんでいる気がしてきた。この特別展「深宇宙展~人類はどこへ向かうのか」は、東京・お台場の日本科学未来館で9月28日まで。

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AI先駆的研究の甘利俊一氏ら3氏に京都賞 稲盛財団 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250716_n01/ Wed, 16 Jul 2025 06:28:33 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54601  稲盛財団(京都市、金澤しのぶ理事長)は2025年の京都賞を、人工ニューラルネットワークの研究を先駆し、機械学習などの基盤を築いた帝京大学特任教授の甘利俊一氏(89)、哺乳(ほにゅう)類で、父母どちらの由来の遺伝子かにより発現のオン・オフが決まっている現象「ゲノムインプリンティング」を発見した英ケンブリッジ大学ガードン研究所研究ディレクターのアジム・スラーニ氏(80)ら3氏に贈ると発表した。

甘利俊一氏(左)とアジム・スラーニ氏(稲盛財団提供)
甘利俊一氏(左)とアジム・スラーニ氏(稲盛財団提供)

 甘利氏は「先端技術部門」での受賞で、理由は「人工知能の理論的基盤を拓(ひら)く先駆的貢献と情報幾何学の確立」。動物の神経細胞(ニューロン)は、隣の細胞から受け取って処理した信号を次の細胞へと伝達する。このネットワーク構造を模したモデルで機械学習を行う仕組みが、人工ニューラルネットワークだ。甘利氏はデータから学習し適応的に分類する仕組みを理論的に整理し、機械学習の基礎的枠組みを打ち立て、発展、深化させた。統計モデルや確率分布の集合の性質を、幾何学的手法で解析する「情報幾何学」も確立。先駆的な研究により、多くの重要な理論を提唱している。理化学研究所栄誉研究員。

 同財団は「現在もなお、人工知能の進化において不可欠な役割を果たし、最先端の研究を推進し続けている。その揺るぎない研究姿勢は、研究者の模範となり、若手研究者に大きな刺激を与えている。また、理論と応用の両面にわたる貢献は、今なお極めて大きな意義を持ち続けている」と評価した。

 スラーニ氏は「基礎科学部門」での受賞で、理由は「哺乳類におけるゲノムインプリンティングの発見および分子機構の解明」。哺乳類のゲノム(全遺伝情報)には、父母どちらの由来かにより、発現するか否かがあらかじめ記憶のように刷り込まれた(インプリンティング)遺伝子が一部含まれることを発見した。これにより、片方の親に由来する遺伝子だけが発現する。スラーニ氏は、哺乳類の正常な発生には父母両方に由来するゲノムが必須であることを示した上で、これに影響を与えるゲノムインプリンティングを発見した。これらが働く仕組みも、先導して解明してきた。

 同財団は「ゲノムインプリンティングの発見および分子機構の解明は、現代の生命科学の広範な分野の基盤を形成する先駆的業績で、生命科学の発展に大きく貢献した」と評価した。

 このほか「思想・芸術部門」で米ニューヨーク大学教授のキャロル・ギリガン氏(88)が決まった。「女性の思考と行動の分析を通じて従来の心理学理論の歪みと限界を指摘し、『ケアの倫理』の新たな地平を開拓」したと評価された。

 発表は先月20日付。同賞は科学や文明の発展、人類の精神的深化、高揚に貢献した人物に贈られるもので、今回で40回目。授賞式は11月10日、国立京都国際会館(京都市)で行われ、3氏にそれぞれ賞金1億円などが贈られる。

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トマトのかび病原菌を食べる菌を発見、生物農薬として実用化に期待 摂南大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250715_n01/ Tue, 15 Jul 2025 06:12:49 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54597  トマト栽培において生育不良や収量低下を起こす「葉かび病」の病原菌を食べる「菌寄生菌」を摂南大学などのグループが発見した。葉かび病菌へ寄生する鍵となる化合物の合成能力は、7680万年前に麹菌との共通祖先から伝わっていたことも明らかになった。農業生産において、化学農薬が効かない耐性菌の出現などが問題となる中、環境に配慮した生物農薬としての実用化が期待できる。

 トマト葉かび病は高い湿度を好み、トマトを植物工場や温室内などの施設内で栽培すると多発する。通常、抵抗性をもつ品種を開発したり、化学農薬で防除したりして対応する。しかし、ヒトの病原菌で薬剤耐性菌が生まれるのと同様に、葉かび病菌も進化して、農薬が効かなくなったり、抵抗性のある品種にも感染できるようになったりする。そのため、農薬や品種改良などとは別の防除技術が必要になる。

 摂南大学農学部農業生産学科の飯田祐一郎准教授(植物病理学)は、葉かび病菌を研究中、偶然に病菌に寄生する菌寄生菌(Hansfordia pulvinata)を2018年に発見し、「デオキシフォメノン」という化合物が寄生に関わることを明らかにした。

葉かび菌で病気になったトマトの葉(左上)と、葉かび病菌に菌寄生菌が寄生したトマトの葉(左下)。右は寄生した部分の顕微鏡像(摂南大学の飯田祐一郎准教授提供)
葉かび菌で病気になったトマトの葉(左上)と、葉かび病菌に菌寄生菌が寄生したトマトの葉(左下)。右は寄生した部分の顕微鏡像(摂南大学の飯田祐一郎准教授提供)

 遺伝子解析により、飯田准教授らは、デオキシフォメノンの生合成に関わる遺伝子群を同定した。その遺伝子群が他の菌類にもあるかを139種のゲノム情報において解析した結果、発酵食品などに使用される麹菌やその近縁種にもあることが分かった。進化による系統分化の過程に照らし合わせると、7680万年前に共通祖先から菌寄生菌が遺伝子群を受け継いでいることが明らかになった。

 ただ、デオキシフォメノンの機能を調べると、麹菌では胞子形成調節に関わる一方で、菌寄生菌では葉かび病菌を弱らせる抗菌性としての役割を持つように変化していた。異なる菌類において、同じ化合物をそれぞれ異なる目的で利用するように進化した事例とみられる。

デオキシフォメノンは麹菌類では麹菌の胞子形成を制御する役割があるが、生合成遺伝子群が菌寄生菌に水平伝播することによって葉かび病菌への抗菌性に役割を変えた(摂南大学の飯田祐一郎准教授提供)
デオキシフォメノンは麹菌類では麹菌の胞子形成を制御する役割があるが、生合成遺伝子群が菌寄生菌に水平伝播することによって葉かび病菌への抗菌性に役割を変えた(摂南大学の飯田祐一郎准教授提供)

 飯田准教授によると、新たな化学農薬の開発は数百億円に上る開発コストとおよそ10年の開発期間が必要とされる一方で、新たな耐性菌の出現によりすぐ使い物にならなくなるリスクを抱えている。今後は、菌寄生菌がトマト葉かび病菌をどうやって見つけるかや、どのように寄生するかといったメカニズムを明らかにしていくことで生物農薬としての実用化の可否を見極める必要があるという。

 研究は、滋賀県立大学や九州大学、農業・食品産業技術総合研究機構、日本女子大学と共同で行い、4月9日に米国微生物学会誌「エムバイオ(mBio)」に掲載された。

◇7月16日追記
一部を訂正しました。
本文2段落目
誤「ウイルス」
正「ヒトの病原菌」

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原因は高度計のハードウェア異常 アイスペース月面着陸2度目失敗 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250708_n01/ Tue, 08 Jul 2025 06:14:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54513  宇宙ベンチャー、アイスペース(東京)は同社2機目の月面着陸機「レジリエンス」の失敗原因が、搭載した高度計のハードウェアの異常だったと発表した。先月6日に月面へ降下中、測距が遅れて減速が間に合わず月面に衝突した。2027年に3、4機目が挑戦する計画で、高度計の選定法などを見直し、第三者の専門家などの支援を受け改善を図る。

会見でレジリエンスの失敗原因を説明する、アイスペースの袴田武史CEO(左から3人目)ら=先月24日、東京都中央区
会見でレジリエンスの失敗原因を説明する、アイスペースの袴田武史CEO(左から3人目)ら=先月24日、東京都中央区

 レジリエンスは同社の月面着陸計画「ハクトR」の2機目で、1月15日に地球を出発した。先月6日午前、北半球中緯度にある「氷の海」への着陸を試みたが、上空20キロを過ぎて主エンジンを噴射後、着陸予定の約2分前に機体からの信号が途絶して失敗に終わった。わが国では昨年1月の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「スリム」に続き2機目、また米国以外の民間で初の着陸となるか注目されたが、実らなかった。2023年4月にはハクトRの1機目が、ソフトウェアによる高度の誤判断で失敗している。

 計画では先月6日午前に降下中、高度3キロまでに高度計の測距が始まるはずだったが、遅れて893メートルで始まった。この時点で想定より高速だったため、機体は急減速を開始した。650メートル付近で秒速44メートルを想定したのに対し、同66メートルを記録。その後、高度192メートルで秒速42メートルとのデータを最後に、信号が途絶した。減速が間に合わず、この5秒後の午前4時15分31秒に月面に衝突したと推定される。

 米航空宇宙局(NASA)の周回機「ルナー・リコネッサンス・オービター」が、レジリエンスの着陸目標から南に約282メートル、東に約236メートルの地点に、直径約16メートルのクレーターが新たにできたことを捉えた。レジリエンスの衝突によるものとみられる。

米国の月周回機ルナー・リコネッサンス・オービターが先月11日に撮影した新たなクレーター(矢印の先)。レジリエンスが衝突してできたとみられる(NASA、米アリゾナ州立大学提供)
米国の月周回機ルナー・リコネッサンス・オービターが先月11日に撮影した新たなクレーター(矢印の先)。レジリエンスが衝突してできたとみられる(NASA、米アリゾナ州立大学提供)

 この高度計はレーザー・レンジファインダー(LRF)と呼ばれ、月面に向けレーザー光を照射し、反射して戻ってくる光により機体と月面の間の距離を測る仕組みだ。同社の検証の結果、着陸誘導のソフトウェアや、開発時のLRFの取り付け、エンジンなどはいずれも正常だったことを確認。失敗の原因がLRFのハードウェアの異常だったことを突き止めた。

 LRFが遅くとも高度3キロまでに測距を始めるとの想定は、メーカーの情報や各種試験データを根拠としていた。測距が遅れた背景の要因として、月面から反射するレーザー光が想定よりも少なかったことや、降下が速く測距できなかったこと、地球出発後にLRFが宇宙環境の影響で劣化したことが、可能性として考えられるという。LRFのメーカーは非公表。

 高度は、慣性計測装置(IMU)と呼ばれる別のセンサーでも推定していた。だがIMUの性能レベルを考慮し、高度3キロまで降下してもLRFが機能しない場合にIMUに測距を委ねる設計にはしていなかったという。

(左)会見するアイスペースの氏家亮CTO、(右)野崎順平CFO
(左)会見するアイスペースの氏家亮CTO、(右)野崎順平CFO

 1機目のLRFは正常に動作したとみられるが、その後、メーカーが製造を終了した。そのため、レジリエンスでは宇宙での使用実績のない同等品を採用した。失敗原因を発表した先月24日の会見で、アイスペースの氏家亮最高技術責任者(CTO)は「(製品の選定で)使用実績は重視する。だが着陸系センサーの市場が非常に限られている上に、着陸機が小型なので軽量であることも大事だ。限られた範囲からだったが、実績がなくても、しっかり試験して使えると判断した製品を選んだ。考え方をしっかり正すのが今後の大事なポイントとなる」と話した。

 野崎順平最高財務責任者(CFO)は「民間企業はクオリティーの高い物だけを、納期も無視して使うといった選択肢は採れないし、それでは民間でやる意味がなくなる。投資いただいている方々もそれを望んではいないだろう。宇宙で使われる部品はどれも最初は実績がなく、誰かがそれを使い始めないといけない。当社は可能な限り検証し、自信を持ってやった。そのチャレンジは一番難しく、最後の着陸のところで判断が誤っていたということだ」と付け加えた。

月面に着陸した場合のレジリエンス(左)と、搭載した小型探査車の想像図。この姿は実現しなかった(アイスペース提供)
月面に着陸した場合のレジリエンス(左)と、搭載した小型探査車の想像図。この姿は実現しなかった(アイスペース提供)

 次回の3機目は、同社の米国法人がNASAとの契約に基づく商業計画のチームに参画し、機体開発を担当するもの。燃料を除く重さ340キロのレジリエンスに対し、1.73トンと大型化。2027年に打ち上げ、月の裏側の南極付近に着陸する。4機目も同年を予定。以降も着陸機の開発、運用を重ね、月面の資源利用、周辺の開発を通じた経済圏の構築を目指す。

 今回の失敗を受け、同社は3機目以降に向け、LRFなどの着陸センサーの選定基準や検証方法を、社外の知見も採り入れて見直す。専門家チームを発足させるほか、スリムなどの実績を持つJAXAから、より強力に技術支援を受ける。3、4機目の開発で、着陸センサーの再選定や試験計画の見直しなどにより、最大計15億円程度の開発費用増を見込んでいる。

 着陸成功の実績を持たないまま、3機目以降を大型化する計画だ。これについて袴田武史最高経営責任者(CEO)は、会見後「多少変わることはあるものの、機体を大型化しても推進系の難しさは同じ。細心の注意を払い設計するが、基本的なシステムは同一で大きな影響はない。誘導制御方式も信頼性の高いものになる」との見方を示した。

レジリエンスが航行中に撮影した月(手前)と地球。挑戦は続く(アイスペース提供)
レジリエンスが航行中に撮影した月(手前)と地球。挑戦は続く(アイスペース提供)
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狂牛病の病原体プリオン、体内酵素が抑制に関与 福岡大などが解明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250707_n01/ Mon, 07 Jul 2025 05:09:56 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54496  狂牛病やヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)など、いわゆるプリオン病の原因物質として知られる病原体プリオンについて、オリゴアデニル酸合成酵素(Oas1a、オーエーエスワンエー)という体内の酵素が抑制に関与していることを、福岡大学などの研究グループが明らかにした。プリオンは元々生体に存在するタンパク質で、プリオン病発症のメカニズムや免疫機構は詳しくは分かっていなかった。予防・治療薬の開発の手がかりになるという。

ウシのプリオン病はBSEとして知られており、英国で流行した際には食品産業や医薬品メーカーにも大きな影響が出た
ウシのプリオン病はBSEとして知られており、英国で流行した際には食品産業や医薬品メーカーにも大きな影響が出た

 狂牛病として知られる牛海綿状脳症(BSE)や難病に指定されているCJDは、脳に異常プリオンと呼ばれるタンパク質が蓄積して発症するとされる。元々生体にあるプリオンには、正常プリオンと異常プリオンがある。これらは同じアミノ酸を持つが構造が異なり、後者が発病に関与する。

 福岡大学薬学部免疫・分子治療学研究室の石橋大輔教授(分子生物学)らの研究グループは、プリオンがタンパク質主体で、細菌やウイルスのように獲得免疫を作れないことから、自然免疫に着目し、プリオン抑制への関与について調べてきた。

今回の研究の模式図。サイトカインの一種であるインターフェロンβ(IFN-β)に着目し、Oas1aの働きを調べた(石橋大輔教授提供)
今回の研究の模式図。サイトカインの一種であるインターフェロンβ(IFN-β)に着目し、Oas1aの働きを調べた(石橋大輔教授提供)

 先行研究で、自然免疫のシステムに関わるI型インターフェロン(αおよびβ)がプリオンの感染を抑制することが明らかになっていた。しかし、同インターフェロンにより発現する遺伝子は300以上あるとされており、どの遺伝子が異常プリオンに働きかけるのかが分からなかった。そこで今回、同インターフェロンによって発現する遺伝子の異常プリオンに対する働きを調べた。その結果、Oas1aと呼ばれる酵素が何らかのカギを握っていることが分かった。

I型インターフェロンが誘導する遺伝子を調べた結果、Oas1aは異常プリオンの産生を抑制していた(石橋大輔教授提供)
I型インターフェロンが誘導する遺伝子を調べた結果、Oas1aは異常プリオンの産生を抑制していた(石橋大輔教授提供)

 次に、Oas1aが産生できないようなマウスに、プリオンを感染させたところ、通常のマウスより早くプリオン病を発症した。さらに、Oas1aの作用機序を詳しく調べるために人工的に作製したOas1aを使い、プリオンの感染に対する影響を確認したところ、Oas1aが正常プリオンにくっつくことにより、異常プリオンになるのを防いでいた。

Oas1aを欠損したマウスと通常のマウスにおけるプリオン感染から発症により死亡するまでの日数比較(石橋大輔教授提供)
Oas1aを欠損したマウスと通常のマウスにおけるプリオン感染から発症により死亡するまでの日数比較(石橋大輔教授提供)

 プリオン病はヒトの場合、多くは発症後約1~2年で死亡し、治療法や治療薬がない。患者は60歳以上に多く、100万人に1人が発症するとされる。献体で異常プリオンを調べると、死因は別の疾患であっても検出されることがある。なお、近年は北米のシカのプリオン病が問題となっており、その感染拡大から人獣共通感染症としてヒトへの感染が懸念される。

 致死率の高さから疾患になるべく早く介入する対策が必要で、石橋教授は「今回の結果を基に予防・治療薬の開発につながればいい」としている。また、「Oas1aだけでなく、他のI型インターフェロンによって誘導される因子もプリオンの感染を防いでいるのではないか」との仮説を立てており、今後も続けて検証していくという。

 研究は日本学術振興会科学研究費助成事業の助成を受け、大阪公立大学、長崎大学、東京大学、宮崎大学のグループと共同で行った。成果は英国の医科学誌「ブレイン」に5月23日に掲載され、同30日に福岡大学が発表した。

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6日から“10年に1度”の高温、気象庁が9月までの猛暑予報 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250704_n01/ Fri, 04 Jul 2025 07:45:35 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54487  7~9月の3カ月は全国的に暖かい空気に覆われて猛暑になるー。全国的に6月から高温になった中で、こうした予報を気象庁が出した。また6月30日には、7月6日から14日まで、“10年に1度”レベルの「かなり高い気温になる」とする「早期天候情報」を出して注意を呼びかけた。さらに3日には、9日から17日までもこの高温が続くと予測する同情報を出した。早期天候情報は、その時期としては10年に1度程度しか起きないような著しい高温や低温、降雪量(冬季の日本海側)となる可能性が高まっているときに出される。

 気象庁のほか、防災関連の63の学会・協会が参加する「防災学術連携体」も今夏の猛暑だけでなく、豪雨なども含めた夏の「気象災害」から身を守るために市民向けのメッセージを発表して警戒を呼びかけている。

6月30日に出された高温に関する「早期天候情報」による7月6~14日の気温予報(気象庁提供)
6月30日に出された高温に関する「早期天候情報」による7月6~14日の気温予報(気象庁提供)

 気象庁によると、例えば東京都心は6月30日までに最高気温が30度以上の真夏日が連続13日間続いて同月として過去最多となった。6月1カ月の日本の平均気温偏差としても、1898年の統計開始以降最も高い+2.34度になった。また西日本では同月27日に記録的に早い梅雨明けになり、平年より約3週間も早かった。

 同庁は太平洋高気圧が強まり、偏西風が北寄りを流れて前線がかかりにくくなったことが、異例の早さで西日本が梅雨明けした大きな要因とみている。同庁の統計によると、6月に真夏日になった地点の合計は全国で7770以上に達し、2010年以降最多だった22年の約5400を大きく上回った。

 環境省と気象庁は6月27日に「熱中症予防を万全に!」と題する文書を発表し、「暑さ指数(WBGT)や熱中症警戒アラートなどを目安として、気温の予報も活用しながら、適切な熱中症予防行動を早め早めに取るようお願いします」と呼びかけた。

 気象庁は6月24日に7~9月の3カ月予報を発表した。この予報によると、海面水温は太平洋赤道域の中部では低い一方、インド洋東部からフィリピンの東方海上にかけて高くなるため、積乱雲の発生はインド洋東部からフィリピンの東方海上にかけて多く、太平洋中部の熱帯域では少なくなる。

 こうした影響により、上空の偏西風は平年より北寄りの位置を流れ、チベット高気圧は北への張り出しが平年より強くなった。太平洋高気圧も北に張り出して平年より強くなって、全国的に暖かい空気に覆われやすくなるという。気象庁は地球温暖化の影響によって日本列島周辺だけでなく、全球的に大気全体の温度が高くなる傾向にあるとしている。

7~9月に予想される海洋と大気の特徴(気象庁提供)
7~9月に予想される海洋と大気の特徴(気象庁提供)
7~9月の平均気温の見通し。全国的に高い確率で「気温が高い」と予想されている(気象庁提供)
7~9月の平均気温の見通し。全国的に高い確率で「気温が高い」と予想されている(気象庁提供)

 防災学術連携体(代表幹事・渦岡良介、米田雅子の2氏)は6月25日にオンラインで記者会見し、市民向けメッセージ「2025年夏秋の気象災害に備えましょう」を発表した。この中で気象学が専門の東京大学先端科学技術研究センター・シニアリサーチフェロー(名誉教授)の中村尚氏は、日本近海で海面水温が著しく高い状態が続く「海洋熱波」が影響して短時間で強い雨が降る「局地的大雨」や、積乱雲が同じ場所で次々と発生して激しい雨が数時間降り続く「線状降水帯」による大雨という気象災害に対する警戒を呼びかけた。

 また、熱中症に詳しい日本医科大学教授の横堀将司氏は、2024年6~9月に熱中症による死者が観測史上最多の2033人に及んだことを示しながら、暑さだけでなく、汗が蒸発しにくい高い湿度も意識した予防のほか、乳幼児やお年寄り、持病がある人など「熱中症弱者」への配慮を呼びかけた。同氏はこれまで「熱中症被害は超災害級だが、予防できる災害」と指摘している。

 また、防災学術連携体副代表幹事で東京大学教授の池内幸司氏(土木学会会長)は、豪雨や台風による土砂災害に対しても、「『重ねるハザードマップ』『わがまちハザードマップ』など、あなたの町のハザードマップを参考に日ごろから土砂災害のリスクを確認し、避難や連絡方法などについて備えよう」と強調した。

 米田雅子氏は、「災害級の猛暑や豪雨、さらに地震などが時間的に、また地理的に重なる『複合災害』は単独で発生する場合より被害が拡大しやすい。日ごろから気象情報に注意を払い、家族や地域のコミュニティ、自主防災組織などでこうした災害に対する備えをしていざという時に取るべき行動を確認しておくことが大切」と指摘した。

オンライン記者会見に出席して発言した左上から時計回りで中村尚氏、池内幸司氏、米田雅子氏、横堀将司氏(防災学術連携体提供)
オンライン記者会見に出席して発言した左上から時計回りで中村尚氏、池内幸司氏、米田雅子氏、横堀将司氏(防災学術連携体提供)
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戦後80年の歩み振り返り、課題を提示 科学技術・イノベーション白書 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250701_n01/ Tue, 01 Jul 2025 06:02:20 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54437  「白書とともに振り返る科学技術・イノベーション政策の歩み 科学技術基本法30年とこれからの科学技術・イノベーション」と題した令和7(2025)年版科学技術・イノベーション白書を文部科学省がまとめ、政府が閣議決定した。今年は戦後80年、また1995年の科学技術基本法制定から30年の節目に当たることから、わが国の関連政策の歩みを振り返った。

白書が独自に整理した時代区分と名称
白書が独自に整理した時代区分と名称

 白書は例年通りの2部構成で、先月13日に閣議決定した。第1部は毎年、切り口を変えた特集で、地域発の科学技術・イノベーションの事例を特集した令和5年版、人工知能(AI)に焦点を当てた6年版に続き、今年は科学技術政策の軌跡を、背景となった社会情勢や研究成果と共にまとめた。戦後80年を7つの時代に分けており、その区分や名称は「容易に設定できないが、俯瞰(ふかん)的視点から、過去の白書などを踏まえつつ独自に整理した」という。また来年度に始まる第7期科学技術・イノベーション基本計画の策定を控える中、課題を提示した。

復興、成長、摩擦…重視され続けた科学技術

 第1部の第1章は、1945年の終戦から基本法制定前までを回顧した。

 1945~55年には、生活再建や経済復興に向けた科学技術が重視された。連合国軍総司令部(GHQ)が、戦時の技術動員の中枢だった内閣技術院を解体。原子核や航空などの研究を禁じた。日本学術会議や科学技術行政協議会、工業技術庁(現産業技術総合研究所)などを設置した。49年には湯川秀樹がノーベル賞(物理学)を日本人で初めて受賞。52年にサンフランシスコ平和条約が発効し主権が回復すると、GHQが禁じた研究が順次解禁に。原子力平和利用の機運が高まり、またペンシルロケット実験も行われた。

 1956~70年には、技術格差の解消や高度経済成長に向けた科学技術が進展した。56年、科学技術庁を設置。また科学技術会議や日本科学技術情報センター(現科学技術振興機構=JST)の設立、理化学研究所の再発足などにより振興を図った。61年度から10年間の「所得倍増計画」を受け、科学技術会議が答申をまとめ、理工系人材の増強、研究開発強化を打ち出した。58年に科学技術白書(2021年から科学技術・イノベーション白書)を創刊した。

 1971~80年には経済成長のひずみを是正し、世界情勢と調和する科学技術が求められた。公害対策や、石油危機に伴う代替エネルギーの研究開発を重視。エレクトロニクスやライフサイエンス分野も進展した。海洋開発の取り組みが進み、また地震予知研究を推進することになった。

 1981~94年には貿易摩擦や円高などを背景に、創造的な科学技術が重視された。米国などとの摩擦が深刻化し、半導体やコンピューター、宇宙航空などの分野に制裁関税が課された。わが国が他国の基礎研究の成果で経済成長しているとの批判「基礎研究ただ乗り論」などを背景に、81年を科学技術立国元年とし、基礎的、先導的研究を推進することとした。86年、後の基本計画につながる科学技術政策大綱を初めて閣議決定した。

 国際科学技術博覧会(つくば科学万博)を1985年、茨城県で開催した。大規模国際プロジェクトである現在の国際宇宙ステーション(ISS)計画、国際熱核融合実験炉(ITER、イーター)計画への参画を決めた。がんや地球環境問題の対策を進め、また原子力や宇宙分野の国産技術を高めた。

基本法制定、選択と集中、事業仕分け…議論高まる

令和7年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)
令和7年版科学技術・イノベーション白書の表紙(文部科学省提供)

 第2章は、科学技術基本法制定から現在までの30年をたどった。

 1995~2000年は、科学技術創造立国に向け基本法を制定した時代。基礎研究の重視や、先進国追従からの脱却が必要との認識から1995年、基本法を制定した。翌年、科学技術基本計画(2021年の第6期から科学技術・イノベーション基本計画)を初めて策定し、任期制による研究者の流動性向上、ポスドク(博士研究員)支援などを掲げた。政府の研究開発投資の目標額も示した。一方、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件、高速増殖原型炉もんじゅナトリウム漏洩(ろうえい)事故(いずれも95年)など、科学技術への信頼を揺るがすできごとが続いた。

 脳死やクローン羊をめぐり、生命倫理の議論が高まった。環境問題では1997年、先進国の温室効果ガス排出削減目標などを定めた京都議定書が採択された。すばる望遠鏡(米ハワイ州)の観測、旧カミオカンデやスーパーカミオカンデ(いずれも岐阜県)のニュートリノ実験などにより重要成果が得られた。大学や企業の知的財産保護の取り組みが進んだ。

 2001~12年には、省庁再編と政策の戦略的重点化が進んだ。01年の省庁再編で内閣府や、文部省と科学技術庁の統合による文部科学省が誕生した。科学技術政策担当大臣を置いたほか、科学技術会議を廃止し総合科学技術会議(CSTP)を設置した。01年以降、国立研究機関などを独立行政法人化。04年、国立大学と大学共同利用機関を法人化した。

 2001年策定の第2期基本計画では、ライフサイエンスと情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料を重点4分野とするなど、選択と集中を図った。06年の第3期基本計画ではさらに分野内の重点化を進め、イノベーションの語が初めて登場した。知的財産と宇宙、海洋開発の3分野で政府一体の推進体制を築いた。

 2009年の政権交代後、11年に策定した第4期基本計画では「科学技術イノベーション」を定義した。「事業仕分け」では科学技術関連事業の多くで予算計上見送りや大幅縮減の判断がなされ、科学技術のあり方や説明責任の議論が高まった。

 11年の東日本大震災を通じ、自然の猛威や科学技術の影が再認識された。小惑星探査機「はやぶさ」帰還、ヒトゲノム解読完了、人工多能性幹細胞(iPS細胞)作製などの成果が続いた。

安全と安心、多様な幸せを目指す社会へ

 2013年から現在までの時代には、科学技術・イノベーションを経済成長や国家戦略の柱として位置づけてきた。12年の政権交代後、13年1月の安倍晋三首相(当時)による所信表明演説を機に、科学技術・イノベーション政策が成長戦略の柱の一つとなった。同年、科学技術イノベーション総合戦略を初策定。18年以降はこれを統合イノベーション戦略とし、基本計画の年次実行計画に位置づけている。

 2014年、CSTPを総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)に改組した。18年には、イノベーションに関連するCSTIなど7つの会議などが調整を図る枠組みとして、統合イノベーション戦略推進会議を設置している。

 2016年策定の第5期基本計画で、仮想と現実の空間が高度に融合した人間中心の社会として「Society(ソサエティー)5.0」を提唱。21年に策定した現行の第6期基本計画ではこれを深め、国民の安全と安心を確保し、一人一人が多様な幸せを実現できる社会を目指すなどとした。人文・社会科学を含む「総合知」を活用する考えから基本法を本格改正し、21年に科学技術・イノベーション基本法を施行した。国立研究開発法人制度や10兆円規模の大学ファンドの創設、「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」の決定などを行った。

 世界的に大流行した新型コロナウイルス感染症の対策、温室効果ガス排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルの取り組み、半導体やAI、量子技術などの時代の変化に沿った研究が進んだ。一方、STAP(スタップ)細胞などの研究不正が問題視され、ガイドライン策定などの対策を行った。

基本法30年、課題山積…第7期基本計画策定に向けて

 第3章では現状の重要課題を提示した。基本法制定時に課題とされた基礎研究力は2000年代半ば以降、低下が指摘されている。若手研究者の環境は必ずしも改善されず、研究支援人材も減少傾向が続いてきた。研究インフラの老朽化なども問題化。大学部門の研究開発費は、主要国が増加する中で横ばいが続いている。

 国立大学の運営費交付金は法人化以降、1600億円超減少しており、物価高騰などもあって大学が財源の狭まりを感じる要因に。一方、企業や財団法人などからの基礎研究への投資や寄付が存在感を増し、大学による基金運用も増加している。財源の多様化が重要だとした。

 国内外の情勢変化への対応も必要だと指摘した。基礎研究を基に起業したスタートアップが伸び悩んでおり、成長に応じた支援や、連携の推進などが求められるという。最先端科学技術の兆候や動向を敏感に捉える必要も示した。

 わが国の研究者が、人材が国境を越えて移動する「国際頭脳循環」や国際的研究コミュニティーに参画できるよう、また優秀な外国人がわが国で研究したいと思えるよう、取り組むべきだという。一方、研究の国際化やオープン化に伴い、重要技術の情報などが盗まれるリスクが指摘されている。そこで研究インテグリティー(健全性、公正性)や、外部からの不当な影響を防ぐ研究セキュリティーの確保も求められるとした。

 来年度からの第7期基本計画策定に向け、CSTIの専門調査会で検討が始まっており、論点として「国力の基盤となる研究力の強化・人材育成」「社会変革を牽引(けんいん)するイノベーション力の向上」「経済安全保障との連携」が挙がっている。

 第2部は政府が昨年度に取り組んだ科学技術・イノベーションの振興策をまとめた。「阪神・淡路大震災30年 スーパーコンピュータを活用した阪神地域の防災・減災、まちづくりへの貢献」「防衛分野でのイノベーションの実現に向けた取組」「日本科学未来館での多層的な科学技術コミュニケーション活動」などのコラムも盛り込んだ。扉絵は科学技術・イノベーションの歩みや未来を、年表形式のこま割りで表現している。

扉絵。科学技術・イノベーションの歩みや未来を描いた(文部科学省提供)
扉絵。科学技術・イノベーションの歩みや未来を描いた(文部科学省提供)
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過熱水蒸気で炊いたご飯は多孔質構造に 冷蔵保存時においしさを保つ、大阪公立大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250625_n01/ Wed, 25 Jun 2025 06:34:54 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54388  温度を100度以上に加熱した「過熱水蒸気」を用いてお米を炊くと、米粒内が小さな空洞をもつ多孔質の構造になることを大阪公立大学などのグループが明らかにした。電気炊飯器で炊いたご飯より冷蔵保存時に硬くなりにくく、おいしさを保つことを官能検査で確かめた。食べるまでは冷蔵庫に入れておきたい寿司などに向けた炊飯方法の開発につながるという。

電気炊飯器(左)と過熱水蒸気で炊いた米。見た目は変わらないが、走査電子顕微鏡像(下)だと過熱水蒸気ではより多孔質になっている(大阪公立大学の石橋ちなみ講師提供)
電気炊飯器(左)と過熱水蒸気で炊いた米。見た目は変わらないが、走査電子顕微鏡像(下)だと過熱水蒸気ではより多孔質になっている(大阪公立大学の石橋ちなみ講師提供)

 ご飯は冷たくなると硬くなって粘りがなくなる。米が加熱によってデンプンと水が結びついて「α化」した状態だったのが、水が抜けてデンプンが「β化」し、ボソボソになるからだ。家庭でご飯を保存する時には小分けしてラップに包んで冷凍する方法もあるが、給食など電子レンジによる再加熱ができないぐらいの大量の白飯を扱う時や、寿司を食べるまで保存する時などには、安全性などの面から冷蔵する必要がある。

 大阪公立大学大学院生活科学研究科の石橋ちなみ講師(調理科学)は、同科の竹中重雄教授が研究している過熱水蒸気で炊飯すれば、冷蔵保存してもおいしいご飯が炊けるかもしれないと考えた。過熱水蒸気とは、飽和水蒸気を常圧で100度以上に加熱した気体状態の水。乾燥・焙煎、殺菌、酵素の不活化などに使われている。炊飯ではエースシステム(大阪府和泉市)の過熱水蒸気調理機を用いた。

過熱水蒸気で炊飯できる調理機(エースシステム提供)
過熱水蒸気で炊飯できる調理機(エースシステム提供)

 実験には、あきたこまちを用いた。300グラム(2合)の白米を3回水で洗い、手で米が割れない程度に20回といだ後、水を450グラム加えて1時間浸水。浸水した米は、120~130度の蒸気を送り出す過熱水蒸気調理機と、底に搭載したヒーターで釜を加熱する電気炊飯器とで炊飯した。

 炊けたご飯をかき混ぜて冷ました後で重さを測ると、過熱水蒸気調理機は平均737.2グラムで、電気炊飯器は同677.3グラムだった。過熱水蒸気での炊飯の方が水分を多く含んでいたとみられる。セ氏4度で24、48、72時間保存して、保存時間ごとに米粒を破断する力を測ると、炊きたては同じ硬さだったのが、4度の保存で電気炊飯器の方が硬くなった。

 走査電子顕微鏡で米粒内の微細構造を観察すると、過熱水蒸気調理機で炊いた米は、電気炊飯器よりも小さな空洞をもつ多孔質な構造だった。炊飯時にα化を起こす温度60~70度の時間が電気炊飯器では長く、糊化により構造が不安定化した空隙がくっついて大きくなっている可能性がある。水分が細かく分布することによりデンプンのβ化が抑制されると考えられるという。

4度での冷蔵保存の時間と米飯の硬さの変化。黒線が過熱水蒸気、灰色の線が電気炊飯器で炊いた米を示す(大阪公立大学の石橋講師提供)
4度での冷蔵保存の時間と米飯の硬さの変化。黒線が過熱水蒸気、灰色の線が電気炊飯器で炊いた米を示す(大阪公立大学の石橋講師提供)

 過熱水蒸気調理機と電気炊飯器で炊いて4度で24時間冷蔵保存したご飯を20~22歳の29人に食べ比べてもらうと、過熱水蒸気のご飯の方がやわらかく、つやがあり、総合的な満足度が高いという結果だった。

電気炊飯器の米を0としたときの、過熱水蒸気米の評価(大阪公立大学の石橋講師が提供した資料を編集部で一部改変)
電気炊飯器の米を0としたときの、過熱水蒸気米の評価(大阪公立大学の石橋講師が提供した資料を編集部で一部改変)

 石橋講師は「今後は過熱水蒸気による炊飯によってご飯のおいしさが保たれるメカニズムや、冷蔵保存における最適な温度や時間を調べることで、酢飯など調味米飯の冷蔵保存にも適用できる炊飯技術の開発につなげたい」という。

 研究は、エースシステムと共同で行い、4月30日に食品関連の学術誌「フードアンドヒューマニティ」電子版に掲載された。

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ビニール袋5枚の海底ごみで底びき網から小型生物逃げられず 長崎大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250624_n01/ Tue, 24 Jun 2025 06:36:04 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54372  海底に沈んだビニール袋5枚が底びき網に入ると、網目を塞いでしまい、小さな海洋生物が逃げられなくなっていることを長崎大学の研究グループが明らかにした。地元漁師に協力を仰ぎ、底びき網に入ったプラスチックごみとそこにかかった生物を調べ、さらに網に入ったビニール袋の影響を調査した。マイクロプラスチックなどだけでなく、大きなプラごみも海洋生物に打撃を与えることが浮き彫りになった。

長崎市沖の橘湾で漁をする漁師。長崎市たちばな漁協には約30隻の底びき網漁船が所属し、底びき網漁が県内で一番盛んだという(長崎大学提供)
長崎市沖の橘湾で漁をする漁師。長崎市たちばな漁協には約30隻の底びき網漁船が所属し、底びき網漁が県内で一番盛んだという(長崎大学提供)

 海洋ごみの問題が近年クローズアップされているが、浮遊や漂着する海洋表層のごみや、マイクロプラスチックといった砕けたごみに注目が集まり、海底に沈んだごみの実態を調べた調査は少ない。

 そのため、長崎大学総合生産科学域(水産学系)の松下吉樹教授(漁業科学)らの研究グループは2023~24年の4~9月、長崎市たちばな漁業協同組合のクマエビ(アシアカ)やヒラメなどを狙った底びき網漁を行っている2隻の漁船に協力してもらい、底びき網に入った海底のごみを全て回収し、材質や大きさを調べた。

プラスチックの種類を調べる機械を用いて底びき網の中のごみを調べる松下教授(写真右)と大学院生(長崎大学提供)
プラスチックの種類を調べる機械を用いて底びき網の中のごみを調べる松下教授(写真右)と大学院生(長崎大学提供)

 その結果、プラスチック類でみると、2年間の合計でビニール袋は12.29キログラム、コンテナ類は11.02キログラム、シート類は6.36キログラムが網に入った。その他ゴム類や金属類も入っており、総重量は45.04キログラムになった。陸地の活動で生じた買い物用の袋や食品容器、農業資材などが多かった。

 網に入ったプラごみを詳しく調べたところ、袋にからまっている生き物に加え、袋自体をすみかにしている生き物も見つかった。袋と一体化している貝類もいたため、松下教授は「海底のプラスチック類などのごみは海洋生態系に影響を及ぼしている」と判断した。

 さらに、実験的に底びき網にビニール袋5枚を入れたところ、これらが網目を塞いで小さな魚類や甲殻類などが逃げ出せなくなった。実験では、網目を十分に抜けることができるサイズのアカエビの4割が網の中に残留した。

 その他、じゃこ天の原料として知られるホタルジャコや、内湾に多いヒイラギなどの小型のものも網目を通過できず網内に残ることが確認できた。こうしたプラごみが小型生物の網からの逃避を阻害する現象は、他の小型の生き物でも同様に起こると考えられ、水産資源の管理や海洋生態系の保全に影響を及ぼしている可能性が示唆された。

 長崎市たちばな漁協では、漁師の網にかかったごみは回収し、行政の補助などを利用して処分している。なお、同様の方法で調べた東京湾や鹿児島湾、東シナ海などに比べて、橘湾の海域が最もごみの量は少なかった。

今回の研究で比較した海域。長崎市から長崎県雲仙市の沖にかけて広がる橘湾はこれらの中で最もごみの量が少なかった
今回の研究で比較した海域。長崎市から長崎県雲仙市の沖にかけて広がる橘湾はこれらの中で最もごみの量が少なかった

 それにもかかわらず漁業への影響が生じているため、松下教授は「マイクロプラスチックになって回収できないようになる前に、プラごみは捨てない、気が付いたら回収、処分する心がけが大切だ」とした。今後は海底のプラごみのサンゴや海藻のような自力で動けない生き物や植物への影響について調べるという。

 研究は環境省と環境再生保全機構の環境研究総合推進費の助成で行った。成果は5月15日、オランダの学術誌「マリン ポリューション ブレティン」に掲載され、同23日に長崎大学が発表した。

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