ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Tue, 02 Sep 2025 08:16:26 +0000 ja hourly 1 サイエンスアゴラ2025、お台場で来月25~26日開催 未来を紡ぎ20回目 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250902_n01/ Tue, 02 Sep 2025 08:15:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54944  科学技術振興機構(JST)は2日、あらゆる立場の人が対話や体験を通じ、科学技術と社会をつなぐ国内最大級のイベント「サイエンスアゴラ2025」の概要を発表した。10月25~26日に東京・お台場のテレコムセンタービルと日本科学未来館で開催する。

あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」
あらゆる立場の人が集い、科学技術と社会をつなぐ「サイエンスアゴラ2025」

 サイエンスアゴラは、未来社会のあり方を市民や科学者、政策立案者らが共に考えるイベントとして2006年から開催している。「科学とくらし ともに語り 紡ぐ未来」をビジョンに掲げて企画を募集し、今年は130超が決まった。

 例年、来場者がより楽しめるよう趣向を凝らす。今年は「トウガラシマーク」を採用し、各企画の内容の難易度を1~3個のトウガラシのアイコンで示す。出展者に対しても、中高生主体の企画で同世代が交流しやすく、大学や研究機関との行き来も生まれるようにするなど配慮するという。

 テレコムセンタービルでは昨年に続き、巡回しやすいよう「地球・生き物・私たち」「食・農業・健康」「街・空間・生活基盤」「研究・対話」「学び・体験・創造」の5つのジャンルを設け、ブースの配置を工夫する「キュレーション」を実施。科学コミュニケーション分野で活躍するアナウンサーで同志社大学助教の桝太一さんら、有識者10人で構成する「サイエンスアゴラ2025推進委員会」(委員長=次田彰JST理事)がこのキュレーションを進め、注目企画も選出した。

子供たちの歓声が響いた、五十嵐さん(右)によるアゴラ2024のサイエンスショー。左は桝さん=昨年10月
子供たちの歓声が響いた、五十嵐さん(右)によるアゴラ2024のサイエンスショー。左は桝さん=昨年10月

 初日の25日には、同委員会委員でサイエンスエンターテイナーとして知られる東京都市大学准教授、五十嵐美樹さんによるサイエンスショーを含む「サイエンスアゴラ見どころ紹介・サイエンスShow!」が開かれる。

 このほか量子コンピューター、体内の生体分子を外から操作し体調を保つことを目指す「細胞内サイバネティック・アバター」などの未来技術に関するもの、プログラミングを通じ対話を促すものなど、企画は多彩。暮らしや社会と科学とのつながりを意識したものも多く、人々が共に考え、新たな視点を共有する場を目指す。国際量子科学技術年である今年は、日本科学未来館と日本物理学会がコラボレーション(協働)する企画もある。

 例年、お台場で開催したが、コロナ禍を受け2020~23年にはオンライン形式も導入した。昨年、完全実地開催が復活。今年もテレコムセンタービルをメイン会場に、日本科学未来館(いずれも東京都江東区青海=あおみ)を加えて開催する。近隣施設で同時に開催されるイベントとも連携し、お台場一帯を盛り上げる。

(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館
(左)メイン会場となるテレコムセンタービル、(右)日本科学未来館

 一部の材料費などを除き参加は無料。一般来場の事前申し込みは不要だが、一部の企画の参加には事前登録などが必要となる。各企画の詳細は、特設サイトで順次公開される。

     ◇

 推進委員会が選んだ注目企画は次の通り。「ブース」は終日、「セッション」は特定の日時に実施されるもの。いずれもテレコムセンタービル。カッコ内は出展者で、略称を含む。

【ブース】
・サステナファッション体験!カギは超臨界流体技術(福井大学)
・ドキドキどうぶつラボ:感覚でつながる どうぶつの世界(京都市動物園)
・江戸前の小さなクジラ“スナメリ”を探そう!(東京海洋大学東京湾スナメリ調査チーム)
・教育とイノベーションでFUKUSHIMAが変わる(福島イノベ機構&F-REI)
・エネジョ×LABO:磁石とコイルで振動発電!(エネジョ×LABO)
・アゴラで愛を叫ぶ!科学・研究への愛を教えてください(サイエンストークス)
・AI人生相談所「あの文豪が君に答える」(理系の森ラジオ制作チーム)
・「サイエンス×アート」で探究する未来の学び(ナインキッズラボ 9kidslab)
・世界と地域、世代をつなぐ!課題解決して未来を作ろう(東京工科大学工学部グローカルSTEAMプロジェクト)
・光のふしぎ~光るスノードームを作ってみよう!~(日本技術士会科学技術振興支援委員会)

【セッション】
・キスのときどっちに顔を傾ける?~恋愛の左右の秘密~(法政大学恋愛科学研究室=越智研究室)=25日午後1時45分~2時45分
・量子が揺らす法廷:重ね合わせ人間の事件簿(名古屋大学サイエンス裁判所有志グループ)=26日午前10時半~正午

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権力者をとりこにした香木「蘭奢待」 香り成分や年代判明 宮内庁正倉院事務所 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250901_n01/ Mon, 01 Sep 2025 04:16:01 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54921  織田信長や足利義政などが求め、切り取ったとされる、正倉院に収蔵の「蘭奢待(らんじゃたい)」という香木の香りの成分と、木が生えていた年代が判明した。専門家が大型放射光施設「SPring-8」やガスクロマトグラフィーなど、最新の機器を用いて測定。8世紀後半~9世紀後半の樹木で、ラブダナムという植物の甘い香りをベースに、バニラなど約300種類の成分が混じったものだった。宮内庁正倉院事務所では「今回の研究成果を元に、他の香木についても調べられれば良い」としている。

蘭奢待(らんじゃたい)は黄熟香(おうじゅくこう)ともいわれ、正倉院に大切に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)
蘭奢待(らんじゃたい)は黄熟香(おうじゅくこう)ともいわれ、正倉院に大切に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)

 奈良市にある正倉院には、奈良時代から、天皇の許可で宝物庫の扉の開閉を管理する「勅封制度(ちょくふうせいど)」の下で、多くの宝物(ほうもつ)が大切に保存されている。その中の一つである蘭奢待は、様々な権力者によって切り出された来歴がある香木で、黄熟香(おうじゅくこう)とも呼ばれる。東南アジアの山岳地帯に生える「沈香(じんこう)」という香木の一種で、重さ11.6キログラム、長さは156センチメートルある。蘭奢待という文字の中に「東大寺」という漢字が隠されており、室町時代に流行した「言葉遊び」による命名だと考えられている。

香木「蘭奢待」が保管されている正倉院。正倉院は歴史の教科書でもおなじみだ(宮内庁正倉院事務所提供)
香木「蘭奢待」が保管されている正倉院。正倉院は歴史の教科書でもおなじみだ(宮内庁正倉院事務所提供)

 正倉院では宝物の点検・保存と記録を行っており、「香木なので香りの記録も大切。どうにかして後世に香りを伝えられないか」と、昨年からプロジェクトを開始した。正倉院事務所保存課長の中村力也さんは「蘭奢待は近づくとほんのり香りが分かる。1000年以上経っているのに、それだけ香りがするのはすごいこと。他の宝物にはにおいが残っているものはない」と話す。

時の権力者が切り取ったことを示す付せんと共に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)
時の権力者が切り取ったことを示す付せんと共に保存されている(宮内庁正倉院事務所提供)

 調査すべき項目として、香木の年代・香りの発生源・香りの成分・どのような香りとして感じるか、を挙げた。まず、年代を放射性炭素年代測定で調べたところ、8世紀後半から9世紀後半にかけて生えていたということが分かった。蘭奢待の木の種類は日本にはないため、切られて東南アジアから船で持ち込まれたと考えられる。

 次に、木のどの部分から香りが生じているかを京都大学の研究者に委嘱し、調べた。正倉院では蘭奢待の脱落した欠片を保管しているため、まず、欠片から切片を作り、顕微鏡で観察した。そして、欠片を兵庫県佐用町にある理化学研究所放射光科学研究センターが運用する「SPring-8」に持ち込み、マイクロX線CTで表面の微細な構造を撮影した。

 その結果、材内師部(ざいないしぶ)といわれる、植物が二次成長する際に作られる維管束形成層から分化した組織が傷害を受け、香りの成分が合成されていた。維管束形成層は木を成長させるための分裂組織だ。

SPring-8によって、香木の組織の様子を観察した(理化学研究所提供)
SPring-8によって、香木の組織の様子を観察した(理化学研究所提供)

 続いて、成分の解析を行った。ガスクロマトグラフィー質量分析法で詳しく見たところ、3-フェニルプロピオン酸が主たる成分だった。3-フェニルプロピオン酸は水に溶けにくく、エタノールに溶ける物質。その他に300以上の物質が検出されたため、それらを香りがあるものとないものに分けた。香り成分ではラブダナムという甘めの香りが多く検出されていた。

 最後に香りを再現するため、人間の嗅覚に頼った。調香師といわれる香料を調合する専門家に協力を仰いだ。調香師に蘭奢待の香りをかいでもらい、香りを記憶してもらった。その嗅覚の記憶を元に、先ほど多く検出されたラブダナムに甘いバニラ系の香り、スパイシーなアニス系の香りなどを足していき、最終的に「令和に再現した蘭奢待の香り」ができあがった。

 中村さんは「再現できるということは記録を後世に伝え、残すことができたということ。高い技術力と高精度の機器を使う体制が整っており、科学の力がすごく役に立った」と振り返った。正倉院には他にも香料となる原料が保存されており、今回の手法を応用して解析することができるかもしれないという。

 この「再現した香り」は、上野の森美術館(東京都台東区)で開かれる「正倉院 THE SHOW-感じる。いま、ここにある奇跡-」という特別展(9月20日~11月9日)で実際にかぐことができ、香りを紙にしみこませた「蘭奢待香りカード」(880円)をミュージアムショップでも販売する。

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北海道から関東の沖合に新たな地震帯、東北大などがAIを用いて発見 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250829_n01/ Fri, 29 Aug 2025 06:07:27 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54933  北海道から関東で沈み込む太平洋プレートから上に伸びる新たな地震帯である「前弧(ぜんこ)地震帯」を東北大学と東京大学などのグループが見つけた。海底地震観測網の約4年分のデータをAI(人工知能)で深層学習することで、東日本太平洋の沖合で従来分かっていた約6倍の数の地震を検出したという。

 前弧地震帯では、プレートから抜けた水がプレート境界をゆっくり滑らせて巨大地震の拡大を食い止める一方、地表近くまで上昇した水が直下型地震を起こす可能性がある。今後、地震活動の分布など特徴や水の役割をより詳細に明らかにすることで、巨大地震や直下型地震の分布や発生メカニズムの理解が深まると期待できる。

東北地方での地震活動と水の移動に関する模式図。沈み込む太平洋プレートの近くから発生した水が、場所によって巨大地震の拡大を食い止めたり、浅い断層の直下型地震を引き起こしやすくしたりする(東京大学の内田直希教授提供)
東北地方での地震活動と水の移動に関する模式図。沈み込む太平洋プレートの近くから発生した水が、場所によって巨大地震の拡大を食い止めたり、浅い断層の直下型地震を引き起こしやすくしたりする(東京大学の内田直希教授提供)

 東日本太平洋の沖合の地震について、2011年に起きた東北地方太平洋沖地震を機に、150点の地震計をケーブルで結んだ広域定常地震観測網「S-net」の運用が2016年に始まった。地震活動を震源の真上でとらえられるため、東北大学准教授だった東京大学地震研究所の内田直希教授(地震学)は、AIで自動的に高精度の震源決定ができると考えた。

 S-netのデータはあるが震源決定には用いられていなかった2016年夏から20年夏にかけて約4年間を研究対象とし、AIの深層学習で得たモデルを用いて、陸上も含めた594観測地点で得た東西、南北、上下方向の地震波形データから震源を決定。58万7585件の震源情報を得た。

 これまでに分かっていた震源情報と比較したところ、S-netが広がる地域の陸や陸に近い地域では1.2倍、沖合の地域では5.9倍の地震があった。従来よりも小さい地震を感知できるようになったうえ、沖合での震源の深さの精度が上がったという。


2016年から2020年の地震の分布。赤い四角とそれを結ぶ黒線はS-netを示す。震源の点は深さに応じて色を変えている。地震の数は、陸や陸に近いAでは1.2倍、沖合のBでは5.9倍だった(東京大学の内田直希教授提供)
2016年から2020年の地震の分布。赤い四角とそれを結ぶ黒線はS-netを示す。震源の点は深さに応じて色を変えている。地震の数は、陸や陸に近いAでは1.2倍、沖合のBでは5.9倍だった(東京大学の内田直希教授提供)

 明らかにした地震の分布を解析し、北海道、青森、岩手、宮城、福島県の太平洋沿岸海域から関東地方の下で、深さ約35~75キロにあるプレートから上に伸びる場所で地震が活発に起きていることを発見した。海溝から日本列島の火山が並ぶ「前弧」地域において帯状に地震活動が集中しているように見えることから、内田教授らは前弧地震帯と名付けた。

 この前弧地震帯を構成する地震の震源は、地下の浅い場所から深い場所にかけて(1)沈み込む太平洋プレートより浅い部分、(2)太平洋プレートの境界部分、(3)太平洋プレートの地殻(スラブ地殻)――の3領域に分かれていた。この特徴は深さにより震源を分類した平面分布地図でも確認することができる。

 浅い場所から深い場所にかけてプレートの浅い部分(左)、プレート境界(中)、スラブ地殻(右)――の3領域で見た震源分布。水色の帯が前弧地震帯を示す(東京大学の内田直希教授提供)
浅い場所から深い場所にかけてプレートの浅い部分(左)、プレート境界(中)、スラブ地殻(右)――の3領域で見た震源分布。水色の帯が前弧地震帯を示す(東京大学の内田直希教授提供)

 水は岩石の亀裂や断層の隙間に入り込むと、隙間を押し広げる力が生じて摩擦を減らす。海水がしみ込んだプレートが海溝から沈み込んで地下深くに運ばれる過程において、プレートの深さや温度による最大含水量から前弧地震帯のある深さ約35~75キロのプレートから水が分離していると判断できた。

 プレートから水が出ると、プレートの上にある岩盤との間に入り摩擦が減ることから、揺れを感じない程度にプレートがゆっくり滑る「スロースリップ」が起きてプレート境界型の巨大地震が起きなくなっていると考えられる。一方、プレートからの水が更に上昇すると、今度は浅い断層に入り込む。そうすると、断層面の隙間に入って摩擦が減り、直下型地震を起こしやすくしている可能性がある。

 今回見いだした前弧地震帯は巨大地震と直下型地震の両方に関わる「水みち」だと内田教授はしており、将来発生する地震の範囲や規模を想定する手がかりとなるという。研究は7月11日に米科学誌「サイエンス」電子版に掲載された。

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やっぱり宇宙猫は実在? 足跡「NGC6334」画像をNASAが公開 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250828_n01/ Thu, 28 Aug 2025 04:53:02 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54914
猫の手星雲と呼ばれる散光星雲「NGC6334」(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)
猫の手星雲と呼ばれる散光星雲「NGC6334」(NASA、欧州宇宙機関、カナダ宇宙庁、米宇宙望遠鏡科学研究所提供)

 宇宙の片隅にある、大小4つの円のまとまり。大量の塵(ちり)やガスなどからなり、大質量の星が活発に誕生している散光星雲「NGC6334」だ。距離は約4000光年などとされる。天体はしばしば何かに例えられて愛称がつくが、この場合は猫の肉球が連想され「猫の手星雲」と呼ばれている。猫の足星雲、肉球星雲、はたまた出目金星雲とも呼ばれる。出目金となると、この写真では頭の方しか写っておらず分かりにくいのだが。

 米欧とカナダの「ジェームズウェッブ宇宙望遠鏡」が近赤外線により、夏の代表的な星座、さそり座の尻尾辺りに捉えた。同望遠鏡の観測3周年を記念し、米航空宇宙局(NASA)などが公開した。

 以前ネット上で、驚いた表情の猫の背景に宇宙を合成した画像「宇宙猫」がはやった。理解が及ばない物事に遭遇した時、何かを悟った時などに気持ちを表すのに今も使われるが、この星雲こそ、実はこの猫が残した足跡ではないか。ニャー!

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チャンドラセカール賞に北京大・宗氏 放射線帯電子の加速機構解明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250826_n01/ Tue, 26 Aug 2025 06:28:42 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54901  プラズマ物理学の進歩に貢献した研究者に贈るチャンドラセカール賞の第12回受賞者に、中国・北京大学、マカオ科技大学教授の宗秋剛氏が選ばれた。地球周辺の放射線帯における電子の加速機構の解明などが評価された。アジア太平洋物理学会連合プラズマ物理分科会(菊池満代表理事)が発表した。

宗秋剛氏(アジア太平洋物理学会連合提供)
宗秋剛氏(アジア太平洋物理学会連合提供)

 授賞は「宇宙プラズマ物理学における卓越した科学的業績、特に地球磁気圏に到来する惑星間衝撃波によって励起される超低周波波動とのドリフト共鳴による放射線帯電子の加速機構の解明および宇宙空間探査のための革新的な高エネルギー粒子計測機器の開発における画期的な貢献に対して」で、5日に発表した。表彰式は福岡市で開かれる第9回アジア太平洋プラズマ物理学国際会議で、来月22日に行われる。

 地球の周りには、高速で飛ぶ高エネルギーの粒子である放射線が地球の磁場に捉えられた領域「放射線帯」がある。宗氏はこれを構成する電子が、地磁気の振動である「超低周波(ULF)波動」との相互作用でエネルギーを遣り取りし、加速する仕組みを明らかにした。

 この加速の仕組みは難解だが、楽器の例えを交えて説明される。太陽から高速で吹き出す荷電粒子の集まりの流れ「太陽風」と、地球磁気圏の力が釣り合う境界を「磁気圏境界」という。ここを、磁気圏が太陽風の障害物となることで生じる衝撃波が、ドラムスティックのようにたたく。これが引き金となって、“まるで天上の音楽家が地球の磁気ギターの弦を弾いているかのように”磁力線の強力な共鳴が起こる可能性がある。この共鳴の周期が放射線帯の電子の運動の周期と一致するなどし、エネルギーが電子に伝わり加速が起こるという。

磁気圏が太陽風(Solar Wind)の障害となり生じる衝撃波(Interplanetary shock)が、磁気圏境界(Magnetopause)をドラムスティックのようにたたく。ギターの弦を弾くかのような現象などを経て、電子の加速に至る(同連合提供)
磁気圏が太陽風(Solar Wind)の障害となり生じる衝撃波(Interplanetary shock)が、磁気圏境界(Magnetopause)をドラムスティックのようにたたく。ギターの弦を弾くかのような現象などを経て、電子の加速に至る(同連合提供)

 こうした高エネルギーの電子は人工衛星の故障を引き起こし、宇宙飛行士の被曝(ひばく)の要因になるといった危険があり、「キラー電子」とも呼ばれる。宗氏が開発を主導した電子の計測装置は人工衛星12基に搭載され、計測データから宗氏の研究グループが開発したキラー電子の予測モデルなどと共に、中国の宇宙天気予報に貢献しているという。宇宙天気予報とは主に太陽活動の観測を基に、人工衛星などへの影響を予測する取り組み。宗氏はまた、日欧の水星探査計画「ベピコロンボ」など、主要な国際研究にも名を連ねている。

 宗氏は1965年、中国江西省生まれ。四川大学で物理学の学士、ドイツのマックス・プランク太陽系研究所とブラウンシュバイク工科大学で博士の学位を取得。米ボストン大学上級研究員、マサチューセッツ大学教授などを経て2007年から北京大学教授。同大惑星宇宙科学センター長も務めた。23年9月からマカオ科技大学月惑星科学国家重点実験室所長兼主任教授。早稲田大学で日本学術振興会フェローシップ研究員を務めた経験も持つ。

 チャンドラセカール賞は、インド生まれの米国の天体物理学者で1983年にノーベル物理学賞を受賞し、プラズマ物理学にも貢献したスブラマニアン・チャンドラセカール氏(1910~95年)を記念したもの。アジア太平洋物理学会連合プラズマ物理部門(現分科会)が2014年に創設した。

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土壌中の放射性セシウム、「食塩」「真空」「800度」で9割除去 原子力機構 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250821_n01/ Thu, 21 Aug 2025 07:55:38 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54869  放射性セシウムで汚染された土壌について、塩化ナトリウム(食塩)を加えて真空中で800度に熱すると、短時間で9割のセシウムを除去できることを日本原子力研究開発機構(JAEA)が発見した。高速のイオン交換という新しい現象が関わっていたとみられる。今後2年ほどかけて、10キログラム程度の土壌でも低コストで除去できるかなど、実証実験を進める予定という。

放射性セシウムで汚染された土壌(左)と、食塩を加えて真空中で800度に熱してセシウムを9割除去した土壌(JAEA提供)

 2011年の東日本大震災で被災した東京電力福島第一原子力発電所から出た放射性セシウムは、雨などとともに地上に降った。セシウムは土壌にある粘土鉱物の層状構造中にイオンとして入り込むため、除去が難しい。一方、放射性セシウムの同位体のうち、セシウム137の物理学的半減期は30年で、環境汚染が長く続く。そのため、低コストで効率の良い除染方法の開発が求められている。

 JAEA原子力科学研究所先端基礎研究センター耐環境性機能材料科学研究グループの下山巖研究主幹(材料科学)によると、これまでの除染方法は、放射性セシウムを含んだ土壌を食塩などと一緒に1000~1300度で溶かし、気化したセシウムを除去するというものだ。ただ、加熱するほどエネルギーコストがかさむので、処理温度の低減化が課題だった。

 下山研究主幹らは、真空中ならば低温でもセシウムが気化しやすくなり、除染効率が上がるかもしれないと考えた。試料として福島県富岡町で土壌を採取し、環境省が廃棄物を安全に処理するための基準として示す1キログラムあたり8000ベクレルを超えた、1万ベクレルの放射能濃度があることを確認した。

 土壌と同量の食塩を、大気の1万分の1程度となる気圧10~20パスカルという真空に近い状態で加熱。すると、600~700度で放射性セシウムの除染率が上昇し、約60分後の800度では約9割に達した。水溶液中の反応では約5000分をかけても、除染率は3割未満にとどまっていた。

福島県富岡町の土壌4グラムと食塩4グラムをるつぼに入れ、真空に近い10~20パスカルで加熱し、食塩を水で洗い流し、土だけを集め、セシウムをどれだけ除去できるか調べた(JAEA提供)

 真空にする作業をせず、そのまま大気中で800度まで加熱しても除染率は真空中の6分の1程度だった。また、食塩を混ぜない場合、真空にしても期待したほど除染率が上がらなかった。

真空中(青い菱形)と大気中(赤丸)で放射性セシウムに汚染された土を食塩と一緒に加熱した時の温度による除染率(左のグラフ)。右のグラフは食塩なしで加熱した時の除染率(JAEA提供)
真空中で放射性セシウムの汚染土壌を食塩と加熱すると、土壌の粘土鉱物の層間距離が最初は広がり、セシウムとナトリウムのイオン交換を経て、距離が狭まることを示すグラフと模式図(JAEA提供)

 真空中で食塩を加えたときに低温で除去できた原因として、下山研究主幹らは土壌においてセシウムイオンが入り込んでいる粘土鉱物の層状構造に注目。X線回折実験などを行うと、粘土鉱物は加熱によって500度までは層と層の距離が開いていくが、さらなる加熱で700度になると層間距離を急激に縮めていた。

 真空中では700度で食塩が固体から液体を経ず気化していたことや、食塩より低温でセシウム除去が始まることなどと合わせると、粘土鉱物中の層状構造が広がってできた隙間からセシウムイオンが出ていく代わりに、同じ陽イオンだが少しサイズの小さいナトリウムイオンが入り込むイオン交換が起き、ナトリウムイオンを挟み込むことで層間距離が縮まったことが判明した。

 「イオン交換は水溶液中ではなじみがある。除染において、真空中で起きる高速なイオン交換というのは新しい現象だと思う」と下山研究主幹は話す。今後、基礎研究としては食塩以外の添加剤の効果を試す。実証試験としては第1段階として2年間で10キロの土壌で効率良く除染できるか確認し、第2段階では100キロにするなどスケールアップして効率を検証していくという。

 研究は、6月19日付けの国際学術誌「ジャーナル・オブ・エンバイロメンタル・マネジメント」電子版に掲載された。

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若年層で発症する侵襲性歯周炎 原因遺伝子を特定 広島大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250819_n01/ Tue, 19 Aug 2025 07:22:17 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54824  35歳以下で発症し、急速に進行して歯が抜ける「侵襲性歯周炎」について、原因遺伝子の1つが「MMD2(エムエムディーツー)」と呼ばれる遺伝子であることを広島大学の研究グループが明らかにした。侵襲性歯周炎には家族性のものもあり、家族で発症している患者からMMD2とその変異が確認できた。今回の成果により、侵襲性歯周炎のスクリーニングや、早期診断・治療の確立につながる可能性があるという。

広島大学病院で撮影された、家族で発症した患者の口腔内CT画像。健常な人に比べ、患者は歯の根っこを支える骨が溶けてなくなっていることが確認できる(広島大学提供)
広島大学病院で撮影された、家族で発症した患者の口腔内CT画像。健常な人に比べ、患者は歯の根っこを支える骨が溶けてなくなっていることが確認できる(広島大学提供)

 歯周炎には、中年以降に主に発症する慢性歯周炎(いわゆる歯槽膿漏)と、様々な遺伝性の疾患に伴う歯周炎、そして今回研究した侵襲性歯周炎がある。いずれも歯肉内の細菌が増えて炎症を起こし、歯を支えている顎の骨を溶かしていく。侵襲性歯周炎は早い人では10代で発症し、バナナを食べただけで口の中が血だらけになるケースもある。進行が速いことが特徴で、患部の骨が溶けることで歯を支えられなくなり、最終的に抜けてしまう。

 広島大学大学院医系科学研究科歯周病態学の水野智仁教授(歯周病学)らの研究グループは、同一家系の3人の侵襲性歯周炎患者から同意を得て、DNAの全エクソーム解析を行い、各タンパク質に患者特有の遺伝子変異がないかどうかを調べた。その結果、MMD2と呼ばれる遺伝子が原因と思われた。より確実な結果を得るため、別の家系でも同様に調べたところ、MMD2の変異が認められたため、MMD2が原因遺伝子と特定した。

 水野教授らは当初、MMD2のMという文字がモノサイトを示していることから、免疫細胞の一種である単球に強く発現しているのではという仮説を立てて研究を進めた。しかし、強く発現しているのは好中球で、好中球の異常が歯周組織における炎症を引き起こしていると結論づけた。健常者の好中球に比べ、患者の好中球では細菌に向かって移動する遊走能が低下しており、細菌を異物として認識しにくい状態になっていた。

好中球の遊走能をグラフにしたもの。青い棒の健常者に比べ、赤の棒で示された患者は遊走能が低下しており、細菌に立ち向かう力が弱まっていた(広島大学提供)
好中球の遊走能をグラフにしたもの。青い棒の健常者に比べ、赤の棒で示された患者は遊走能が低下しており、細菌に立ち向かう力が弱まっていた(広島大学提供)

 次に、MMD2が原因であることを動物実験でも調べた。マウスにMMD2変異を入れて歯周炎を引き起こすと、歯を支える骨が溶け、ヒトの侵襲性歯周炎と同様の症状が起きていた。さらに、この組織を調べると、好中球があまり集まっておらず、細菌が多数確認できた。

マウスにMMD2変異を導入し、歯を支える骨が溶けていく様子を観察した写真。上段は通常時、下段は炎症が起こっている様子(広島大学提供)
マウスにMMD2変異を導入し、歯を支える骨が溶けていく様子を観察した写真。上段は通常時、下段は炎症が起こっている様子(広島大学提供)

 侵襲性歯周炎は1000~2000人に1人が発症し、日本歯周病学会は10〜30歳代の患者が多いと定義している。家族で発症する例もあるが、遺伝と関係なく発症する孤発例も存在する。20代で部分入れ歯になることがあり、「宿泊旅行に友人と行くとき、入れ歯とばれたくない」などと患者の悩みが深い疾患だ。早くに発見できれば、スケーリングと呼ばれる歯科医院での歯石除去をなるべく多くの回数行うことで、歯の喪失を遅らせることができる。

 水野教授が臨床で診察している患者からは「私はともかく、子どもがこの病気でないか不安」「1本ずつ歯が抜けていく恐怖は分からないだろう」と言われることがあり、「亡くなる疾患でないけれども、患者のQOL(生活の質)が著しく低くなる病気」と感じているという。「進行すると歯が抜け、入れ歯やインプラントになる。インプラントは高額な上、多数の本数を入れて長期で経過を観察できている症例がまだない。侵襲性歯周炎を広く知ってもらうと共に、今回の成果を基に、早く歯科が介入できるような遺伝子検査体制が整うと良いのではないか」と今後の展望を語った。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業と、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の難治性疾患実用化研究事業「原発性免疫不全症の診断率向上に向けたCD45陽性細胞を用いたマルチオミックス解析の開発」「網羅的ゲノム解析のデータ二次利用に基づく原発性免疫不全症の広域診断体制構築に直結するエビデンス創出研究」の助成を受けて行った。成果は7月16日に米国の科学誌「ジャーナル オブ エクスペリメンタル メディスン」に掲載された。

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実は音楽家だったナンヨウスナガニ どんな楽器を持ってるの? https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250818_n01/ Mon, 18 Aug 2025 04:05:00 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54806
はさみで音を出すことが分かったナンヨウスナガニ(後藤龍太郎・京都大学助教撮影、提供)
はさみで音を出すことが分かったナンヨウスナガニ(後藤龍太郎・京都大学助教撮影、提供)

 暖かい地域の砂浜にいるスナガニ属の仲間。片方のはさみが大きい姿からは、遠い親戚のシオマネキのオスを思い浮かべる。この大きなはさみについたギザギザを、付け根に近い節に擦り合わせるなどして音を出す。求愛や侵入者の威嚇のためだ。ただ西南日本などに生息する「ナンヨウスナガニ」にはこうした構造が見当たらず、例外的に音を出さないとされていた。

 ところが京都大学助教、後藤龍太郎さんらが根気よく観察、撮影すると、オスがはさみを高速で上下させながら「ギーッ」「カタカタッ」といった音を出すことが分かった。その仕組みや目的はまだ分からないが、何らかの“楽器”を隠し持っているのだ。成果は学術誌「プランクトン・アンド・ベントス・リサーチ」電子版に、5月31日に掲載された。

 ナンヨウスナガニは、甲羅の幅がわずか2センチほどという。浜辺の小さな音楽家。波の音に負けないよう演奏、頑張ってね!

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「がん免疫療法」の効果高める腸内細菌を発見 国立がん研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250813_n01/ Wed, 13 Aug 2025 04:23:45 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54779  がん細胞に対する免疫細胞の攻撃力を強める「がん免疫療法」の治療効果を高める新しい腸内細菌を発見した、と国立がん研究センターなどの共同研究グループが発表した。この細菌は日本人の約2割が保菌しているとされる。研究グループはこれまでこの療法の効果が低かった患者を含め、より多くの患者に効く療法の開発につなげたいとしている。

 がん免疫療法の薬は「免疫チェックポイント阻害剤」と言われ、がん細胞が免疫細胞の働きを抑える「ブレーキ」を解除してがん細胞に対する攻撃力を強める。ノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑氏らの研究がこの薬の開発につながった。「オプジーボ」などいくつかの薬が知られる。手術、放射線療法、化学療法に続く「第4のがん治療法」とも呼ばれて期待が大きい。

 しかし、同センター研究所によると、免疫チェックポイント阻害剤は他の薬と併用した場合でも過半数の患者では十分な効果が得られず、長期間にわたり治療効果が見られる患者は約2割にとどまる。治療効果の有無に腸内細菌が関わっている可能性は指摘されていたが、詳しいことは不明だった。

腸内細菌「YB328」の走査型電子顕微鏡(SEM)画像(産業技術総合研究所・国立がん研究センター提供)
腸内細菌「YB328」の走査型電子顕微鏡(SEM)画像(産業技術総合研究所・国立がん研究センター提供)

 同センター研究所腫瘍免疫研究分野の西川博嘉分野長らは、がん免疫療法を行った胃がんと非小細胞肺がんの患者50人を対象に、がん免疫療法の効果と腸内細菌との関係を解析した。

 その結果、薬が良く効いた患者の便には、十分な効果がなかった患者と比べて「ルミノコッカス科」の細菌が多く含まれていることが判明した。これまで知られていなかった菌で、その細菌を単離、培養して詳しく分析し、「YB328」と名付けた。

 この腸内細菌YB328の機能や性質などを調べるためにマウスに投与する実験をした結果、マウスのがんが縮小していた。さらに詳しく調べたところ、免疫機構の司令塔とされる「樹状細胞」を活性化していることが分かった。

 樹状細胞はがん細胞などの異物を取り込んで抗原を提示し、「この異物を攻撃しろ」と司令を出す重要な働きをする。YB328を経口投与したマウスは、YB328ががんのある部位に移動していた。研究グループは、YB328により活性化した樹状細胞ががん組織に移動して「T細胞」と呼ばれる別の免疫細胞の作用を強めていることを示している、としている。

 さらに、患者から採取したがん組織などを調べたところ、YB328の保有率が高い患者は、活性化した樹状細胞やT細胞ががん組織に多く入り込んでいることも確認した。同センター研究所によると、既に同センター発のスタートアップ企業と臨床応用の準備を進めているという。

透過型電子顕微鏡(TEM)の「ネガティブ染色」画像。中央に腸内細菌「YB328」が、その周囲に多量の分泌物が写っている(産業技術総合研究所・国立がん研究センター提供)
透過型電子顕微鏡(TEM)の「ネガティブ染色」画像。中央に腸内細菌「YB328」が、その周囲に多量の分泌物が写っている(産業技術総合研究所・国立がん研究センター提供)

 腸内細菌はさまざまな病気や免疫機構、老化などに関わっていることが明らかになりつつある。同センターは5月に、日本人の大腸がん患者の5割に一部の腸内細菌から分泌される毒素によるゲノムの変化があったとする研究成果を発表するなど、がんと腸内細菌との関係の解明を続けている。

 今回成果を発表した共同研究グループは、国の大型研究プログラム「ムーンショット」の目標7などの支援を受け、同センター研究所の西川分野長らを中心として産業技術総合研究所、理化学研究所のほか、名古屋、京都、大阪の各大学の研究メンバーが参加した。研究成果は7月14日付英科学誌ネイチャーに掲載された。

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オス化遺伝子、「環状DNA」に載りX染色体へ移動か Y染色体ないトゲネズミ 東京科学大など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20250807_n01/ Thu, 07 Aug 2025 04:39:55 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=54761  南西諸島には、生物の性別を決定する「性染色体」が珍しい特徴を持つトゲネズミがいる。これらの3種のゲノム(全遺伝情報)配列を、東京科学大学などの研究グループが詳しく解読し、性染色体の進化過程の仮説を導き出すことに成功した。オス化に関わるY染色体がないアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミでは、他の齧歯(げっし)類でY染色体にある7つの遺伝子が、X染色体で見つかった。この2種のトゲネズミでは、オキナワトゲネズミとの3種共通の祖先から分かれる過程で、Y染色体の一部が丸まった「環状DNA」に載った遺伝子が、X染色体に移動した可能性がある。成果は、これらのユニークなトゲネズミの性染色体の進化や、性決定のメカニズムの解明につながりそうだ。

トゲネズミ3種の性染色体進化の仮説。アマミ、トクノシマトゲネズミでは、祖先のY染色体にある「BASD配列」が働き、Y染色体の7遺伝子が「染色体外環状DNA」(eccDNA)に載ってX染色体に移動。Y染色体の消失を可能にした(久留米大学の奥野未来講師提供)
トゲネズミ3種の性染色体進化の仮説。アマミ、トクノシマトゲネズミでは、祖先のY染色体にある「BASD配列」が働き、Y染色体の7遺伝子が「染色体外環状DNA」(eccDNA)に載ってX染色体に移動。Y染色体の消失を可能にした(久留米大学の奥野未来講師提供)

 ヒトやラット、マウスなど多くの哺乳類では、性染色体で性が決まる。X染色体とY染色体を1本ずつ持つXY型だと男性(オス)、X染色体を2本持つXX型だと女性(メス)となる。しかし、南西諸島に生息する日本固有のトゲネズミ属では、奄美大島と徳之島(いずれも鹿児島県)にそれぞれ生息するアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミがY染色体を失っており、オスもメスも性染色体はX染色体のみだ。一方、沖縄本島に生息するオキナワトゲネズミにはY染色体が残っており、XY型がオスとなる。近縁で性染色体に違いがあることから、トゲネズミは性染色体の進化や性決定のメカニズムの解明に適した研究材料といえる。いずれも国の天然記念物に指定されている。

トゲネズミの性染色体の特徴と地理的分布、一般的な哺乳類の性染色体の模式図。一般的に哺乳類ではY染色体にある「Sry遺伝子」に依存してオスになる(久留米大学の奥野未来講師提供)
トゲネズミの性染色体の特徴と地理的分布、一般的な哺乳類の性染色体の模式図。一般的に哺乳類ではY染色体にある「Sry遺伝子」に依存してオスになる(久留米大学の奥野未来講師提供)

 哺乳類などの性決定のメカニズムを調べている北海道大学大学院理学研究院の黒岩麻里教授(生殖遺伝学)は、2014年頃から東京科学大学生命理工学院の伊藤武彦教授(ゲノム情報学)らの支援を受け、トゲネズミのゲノム配列を解読してきた。20年頃からは最新技術を活用し、トゲネズミ3種のゲノム全長配列の決定に成功。伊藤教授の下で研究していた久留米大学医学部の奥野未来講師(ゲノム情報学)が、これらを比較した。

 哺乳類のY染色体は小さく、齧歯類のY染色体に共通して見つかるのは10遺伝子しかない。アマミ、トクノシマトゲネズミでは、X染色体の端付近でこれらのうち7つが見つかった。オキナワトゲネズミでも、部分配列を含め7つあった。オキナワではX、Y染色体それぞれに、性染色体ではない「常染色体」がくっついているのに加え、Y染色体で遺伝子がいくつも重複していた。多くの哺乳類では、性決定に関わる「Sry遺伝子」がY遺伝子に存在する。アマミとトクノシマがこのSry遺伝子を持たないのに対し、オキナワでは5つを確認した。

 詳細なゲノム配列が分かったことから、トゲネズミ3種共通の祖先にあったとみられるY染色体の状態を、統計的に推測した。ゲノムの変化を追うと、ゲノム構造が異なる場所の境目には特定の「BASD配列」があることが分かった。BASD配列はトゲネズミ以外の齧歯類ではX染色体に1~2しか見つからないが、アマミで3、トクノシマで4、Y染色体での遺伝子重複が顕著なオキナワでは108見つかった。

 BASD配列やその周囲のゲノムの状況から、まずトゲネズミ3種共通の祖先で、X染色体にあったBASD配列がY染色体に移動し、オキナワトゲネズミでは遺伝子の増幅や性染色体の拡大が進んだという仮説が出てきた。一方、アマミ、トクノシマトゲネズミではY染色体の一部が丸まって「染色体外環状DNA」を形成し、BASD配列を介してX染色体上に入り込み、その後にY染色体が消失したとの仮説も生じている。今後は性染色体の進化や、アマミ、トクノシマでSry遺伝子の代わりとなっている因子などを調べ、性決定のメカニズムの解明を目指すという。

 研究は北海道大学と東京科学大学、久留米大学、国立遺伝学研究所、沖縄大学で行い、5月6日に分子生物学や進化学の国際誌「モレキュラー・バイオロジー・アンド・エボリューション」電子版に掲載された。

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