ニュース - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Fri, 26 Apr 2024 04:44:48 +0000 ja hourly 1 岩手県から日本最古の植物化石を発見 静岡大などのグループ https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240426_n01/ Fri, 26 Apr 2024 04:44:47 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50970  岩手県大船渡市の地層から約4億年前の植物化石を発見したと、静岡大学などの研究グループが発表した。古生代前期デボン紀のもので、これまで日本で見つかっていた最も古い化石より1000万年ほど前のもので、最古の植物化石としている。日本は地殻活動が活発で、欧州などに比べて植物化石が残りにくいとされる中での発見。当時は背の低い植物が草原のように広がっていたと推測できるという。

 静岡大学理学部のルグラン・ジュリアン助教(古植物学・古生態学)らのグループは、現在の大船渡市に分布する「中里層」と呼ばれる地層から胞子の化石を採取した。この中里層には地層の堆積した時代の推定に役立つ示準化石の三葉虫が含まれているため、約4.1億~3.9億年前の前期デボン紀のものであることが分かっている。胞子化石は地熱と圧力によって黒く焦げていたため、走査型電子顕微鏡を用いて表面を観察した。

走査型電子顕微鏡で観察した胞子の様子。Aは隠胞子、B~FはY字のマークがある胞子(日本古生物学会提供)
走査型電子顕微鏡で観察した胞子の様子。Aは隠胞子、B~FはY字のマークがある胞子(日本古生物学会提供)

 その結果、複数の胞子が集まった「隠胞子(いんほうし)」や、未成熟な胞子が正四面体型に並んだY字のマークがある胞子であることが分かった。これらの胞子を細かく分類すると、リニア類、ゾステロフイルム類、ヒカゲノカズラ類、トリメロフィトン類という体長数センチメートルの植物であることも判明した。リニア類は原始的な維管束植物と考えられ、トリメロフィトン類は現在のシダ植物や種子植物の祖先である。

今回見つかった胞子化石の由来植物。左ほど原始的な植物で、右に行けば行くほど現在の種子植物に近い(静岡大学提供)
今回見つかった胞子化石の由来植物。左ほど原始的な植物で、右に行けば行くほど現在の種子植物に近い(静岡大学提供)

 オゾン層が形成されたことで地表に届く紫外線が減り、植物は古生代オルドビス紀(約4.8億~4.4億年前)からシルル紀(同4.4億~4.2億年前)にかけて陸上に進出した。しかし植物化石のうち大型植物化石は後期シルル紀まで見つかっておらず、それより古い植物は今回のような胞子の形でしか見つかっていない。とりわけ、地震や火山活動が活発でプレートの沈み込みが速いアジアでは、植物化石が見つかりにくい。発見例が少ないため、欧州で見つかった化石と照らし合わせて当時の環境を類推するしかなかった。

約4.1億年前の前期デボン紀の世界地図。北半球はパンサラッサ海に覆われ、南半球にゴンドワナ、ユーラメリカ、シベリア大陸は偏っていた。今回胞子化石が見つかった中里層は赤道付近の南中国の端に位置する(静岡大学提供)
約4.1億年前の前期デボン紀の世界地図。北半球はパンサラッサ海に覆われ、南半球にゴンドワナ、ユーラメリカ、シベリア大陸は偏っていた。今回胞子化石が見つかった中里層は赤道付近の南中国の端に位置する(静岡大学提供)

 ルグラン助教によると、日本で過去に確認されていた植物化石は岩手県鳶ヶ森(とびがもり)層、福島県、岐阜県、熊本県の地層から報告された大型植物化石のヒカゲノカズラ類2種と、種類不明の1種のみで、これらは全て後期デボン期(約3.8億~3.6億年前)のもの。それより1000万年前ほど古い前期デボン紀の記録はなかった。そのため、今回発見された植物化石が日本最古といえるという。更に、アジアでみても中国とベトナムで胞子化石が見つかっているが、年代の特定ができていない。

 当時は内陸には植物がなく、水辺に近い地域でしか存在していないことが分かっている。植物と動物の遺骸が菌類によって分解され、土壌が発達し始める。土壌が発達すると木になる植物が繁栄する。ルグラン助教は「日本における古生代の植物の様子を知る手がかりになる。断層が多く浸食されやすい日本で胞子が発見できて良かった。今後も当時の環境の手がかりを探したい」と話している。

 研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業を受けて行われた。成果は日本古生物学会の「パリオンタロジカル リサーチ」電子版に3月15日に掲載され、静岡大学などが同25日に発表した。

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3800万年前のシロアリが現代と同じ求愛行動 琥珀内の姿から分析 沖縄科技大 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240423_n01/ Tue, 23 Apr 2024 06:28:13 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50948  約3800万年前の琥珀に閉じ込められたシロアリのオスとメスが、現代のシロアリと同じ様式で「求愛行動」をすることが、沖縄科学技術大学院大学の調査で分かった。シロアリのペアは相手が動けなくなっても同じ場所にとどまることも確認できた。絶滅した種の行動様式について時代を超えて分析できるのは稀少。生物の群れの行動の進化の過程や、協調行動の様式を調べる足がかりにしたいという。

 沖縄科技大の元研究員で、現在チェコ科学アカデミーのアレシュ・ブチェック博士が海外の化石を集めたサイトで、2匹のシロアリが入った琥珀を見つけた。琥珀の中に1匹がいるものは多いが、2匹が同時に閉じ込められているものは珍しい。科学的価値を認識して購入し、届いた琥珀の中のシロアリの化石をX線マイクロCTで観察した。

 X線マイクロCTは、琥珀に含まれる気泡を透かして、内部にいる生物の3次元画像を得ることができる。画像を解析すると、2匹はオスとメスの「つがい」で、メスの口にある味覚受容体がオスの腹部に触れている詳細な姿が確認できた。

樹脂が固まった琥珀の中に閉じ込められた2匹のシロアリ。右写真のうち、左がメスで右がオス(アレシュ・ブチェック博士提供)
樹脂が固まった琥珀の中に閉じ込められた2匹のシロアリ。右写真のうち、左がメスで右がオス(アレシュ・ブチェック博士提供)

 この琥珀は含まれていた岩石の年代測定から、約3800万年前のものと推測している。琥珀に入ったシロアリの種類は既に絶滅していることが確認できている。現代に生息するシロアリとは約1億年以上前に「科」が分岐しているので、分類としては離れた種類といえる。だが、この閉じ込められた姿を基に、現代のシロアリに共通する生態がないかどうか、沖縄科技大のグループが研究を始めた。

 現在、日本や中国、台湾に広く分布し、米国には外来種として侵入している「イエシロアリ」は、成虫になると飛び回り、求愛のために羽を落として歩いてパートナーを探す。無事にカップルになると片方がもう一方を追いかけるように一緒に歩く「タンデム歩行」をする。

 タンデムとは2人乗りのバイクや自転車に用いられる用語で、シロアリも新しい巣を求めてタンデム歩行し、巣が見つかるまで離ればなれにならないようにする。3000種類以上いるシロアリのほとんどがこの歩行をするという。沖縄科技大の元研究員で米オーバーン大学の水元惟暁助教(行動生態学)は琥珀内の2匹のシロアリの姿から「現代のシロアリが、同じ行動様式を祖先から受け継いだ」と考えた。

イエシロアリのタンデム歩行の様子。片方の口と触覚をもう片方に接触させ、離れないように歩く(アレシュ・ブチェック博士提供)
イエシロアリのタンデム歩行の様子。片方の口と触覚をもう片方に接触させ、離れないように歩く(アレシュ・ブチェック博士提供)

 ただ、水元助教は琥珀の2匹が縦並びのタンデムではなく、横に並んだ様子になっていることを不思議に思った。また、樹脂はゆっくりと流れ落ちて琥珀になるので、1匹が樹脂にはまった場合、もう1匹は逃げられるはずなのに、逃げ出さない理由も分からなかった。そのため、樹脂に見立てた粘着板でイエシロアリのつがいを歩かせて、どのような行動を取るか観察した。

樹脂が木を流れ落ちる過程で琥珀として閉じ込められるシロアリのイメージ図(チェコ科学アカデミーのアンナ・プロホロヴァ博士提供)
樹脂が木を流れ落ちる過程で琥珀として閉じ込められるシロアリのイメージ図(チェコ科学アカデミーのアンナ・プロホロヴァ博士提供)

 すると、1匹が動けなくなったときに、もう1匹も一緒にもがくように横に移動していく様子が見て取れた。つがいでないシロアリを粘着板で歩かせるシミュレーションを解析すると、この行動は見られない。つまり、シロアリはペアの相手を見捨てずに一蓮托生することが分かった。捕食者に遭遇すると通常は逃げるが、粘着性のある表面では危険を察知できずに樹脂に巻き込まれたのではないかとみている。これにより、琥珀の中で見つかったシロアリが一緒に閉じ込められた理由も説明でき、その協調行動が世代を超えて受け継がれていることが分かったという。

 水元助教は「2個体で一緒に協調して歩く、単純な群れ行動の様子が確認できた。タンデム歩行が他にもどんな多様な行動様式を取るのか、今後も研究したい」とした。

 研究は日本学術振興会の‎科学研究費助成事業を受けて行われた。成果は米国科学アカデミー紀要電子版に3月5日に掲載され、同月6日に沖縄科学技術大学院大学が発表した。

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飲酒でできるアルデヒドも老化原因の可能性 名大、「早老症」の研究で判明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240422_n01/ Mon, 22 Apr 2024 07:47:11 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50943  お酒を飲むと体内に生じるアルデヒド類が遺伝子を傷つけて老化を引き起こす可能性がある、と名古屋大学の研究グループが発表した。老化についてはこれまでの研究からさまざまな原因が指摘されてきた。今回、急速に老化が進む「早老症」の発症原因を突き止める研究からお酒がもたらす新たな「悪さ」も明らかになったという。

お酒に強い人と弱い人がいるが、飲んで生じるアルデヒドが老化を早める恐れがあることが分かった

 老化は誰もが避けられないが、その速さは人によって異なる。未解明なことは多いものの、具体的な原因物質を示す研究成果が発表されるなど、老化の謎は次第に明らかになりつつある。

 研究グループは、名古屋大学環境医学研究所発生遺伝分野の岡泰由、中沢由華の両講師や嶋田繭子技術員、荻朋男教授らがメンバー。

 老化の原因の一つとして体をつくる細胞やタンパク質の「酸化」や「糖化」があり、酸化をもたらす活性酸素などが注目されてきた。しかし、研究グループによると、アルコールを代謝するアルデヒド類由来の物質が老化の原因になる、と実験結果に基づいて提唱されたことはなかったという。

 アルデヒド分解酵素「ALDH2」は有害物質のアルデヒドを無毒化するために重要な働きをし、同グループによると、日本人の約4割はこのALDH2の活性を低下させる「一塩基多型」と呼ばれる遺伝子の特徴を持っている。

 研究グループは、お酒を少量飲むだけで気分が悪くなってしまう人は遺伝的にALDH2の活性が弱く、アルデヒドを分解できなくなることに着目。「ADH5」と呼ばれる同類の酵素がALDH2と同時に働かなくなることにより、小児期から老化が進む「AMeD症候群」という遺伝病の早老症を発症することを2020年に明らかにしている。今回、アルデヒド類による遺伝子損傷が老化にも関係すると考え、次世代シーケンス解析技術を駆使し、マウスの実験を続けた。

 その結果、AMeD症候群のモデルマウスでは、体内で分解できずに残った代表的なアルデヒド類の「ホルムアルデヒド」が引き起こす遺伝子本体のDNAの傷(DPC)が蓄積。DPCを修復する働きが「過負荷」の状態になっていた。AMeD症候群同様に早老症とされるコケイン症候群についてもDPC修復が「欠損」状態で正常ではなかったという。研究グループはこうしたDPC修復の不具合により、傷を素早く修復できなくなることが早老症の原因とみている。

お酒を飲むと体内に生じるアルデヒドが遺伝子を傷つけて老化を進める可能性を示した名古屋大学研究グループの研究の概要図(名古屋大学提供)
AMeD症候群のマウスではDNAの傷(DPC)の修復の仕組みに異常をきたしていることを示す実験データを示すグラフ(名古屋大学提供)

 一連の研究成果について岡講師らは、今後アルデヒドを除去する化合物を見つけることで早老症治療薬の発見につながるだけでなく、老化原因物質としてアルデヒド類を新たに提唱できる、としている。

 日本人を含むアジア人にはALDH2の働きが弱い人が多いとされている。研究グループは、ALDH2の働きが弱い約4割の日本人は、飲酒で生じるアルデヒドにより遺伝子が傷つきやすいとしている。その結果、飲酒が老化を早める可能性もあるとみている。

 厚生労働省の資料によると、老化には外的要因に規定されない正常老化と病気や環境要因で加速される病的老化がある。正常老化の原因については「さまざまな仮説があるが、現在最も有力視されているのはフリーラジカル説」としている。フリーラジカルとは不安定な分子で、他の分子から電子を奪い、電子を奪われた分子は酸化する。スーパーオキシドなどの活性酸素はフリーラジカルに属する。

 一連の名古屋大学の研究は、飲酒の程度、つまりアルコール摂取量と老化促進との関係については研究対象外だ。適量なら人間関係を促進するなど社会的効用のほか、血行促進やストレス軽減などの身体的効用があるとの指摘もある。

 今回の研究成果は4月10日付国際学術誌「ネイチャー・セル・バイオロジー」に掲載された。

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伝統野菜の「在来品種データベース」公開 10年かけ調査した280品種 農研機構など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240419_n01/ Fri, 19 Apr 2024 05:18:53 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50935  日本各地で栽培が引き継がれてきた伝統野菜や雑穀といった在来品種の情報をあつめた「在来品種データベース」の公開を農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が3月から正式に開始した。山形大学の研究者が10年かけて生産地に足を運んで調べた44都道府県の280品種について、特性や栽培方法といった農学から、利用法や流通など歴史的経緯が分かる情報まで紹介している。

在来品種データベースのトップ画面(農研機構の農業生物資源ジーンバンクのサイトより)
在来品種データベースのトップ画面(農研機構の農業生物資源ジーンバンクのサイトより)

 在来品種は、古くから農家が種をとったり、挿し木や芋で増やしたりして栽培してきた伝統野菜や雑穀などの作物。近代的な育種の対象とならず、遺伝的多様性に富むものの収量の少ない品種も多い。高齢化で自家採種を続ける農家が減る中、種とともに、どう栽培し、どう利用してきたかという歴史的情報が失われつつある。

 農研機構のプロジェクトにおいて、2013年から「伝統的野菜等の生息域内保存支援システムの開発」が始まり、山形大学学術研究院の江頭宏昌教授(植物遺伝資源学)が在来品種の調査を担当した。14年から15年にかけて全国の農業機関や伝統野菜に関する協会、保存会などにアンケート調査を行い、インターネット情報と照らし合わせて各地で栽培されている在来品種の情報を集約。集約したデータを元に、ひとつひとつ生産者に調査依頼をし、現地に足を運び続けた。

 農研機構の山﨑福容上級研究員(遺伝資源情報学)がデータベースのシステム構築を担当し、2023年3月に試行版として全国各地にある特徴的な在来品種40品種のデータを公開。今年3月26日から280品種で正式に公開した。

ラワンぶき(左)の高さや守口大根(右)の細長さといった在来品種の大きさが感覚的に分かる写真も現地で撮影し、データベースに収容している(山形大学の江頭宏昌教授提供)
ラワンぶき(左)の高さや守口大根(右)の細長さといった在来品種の大きさが感覚的に分かる写真も現地で撮影し、データベースに収容している(山形大学の江頭宏昌教授提供)

 データベースでは、品種ごとに、「生産地」「作物名」「品種名」「学名」「現地での呼称」「写真」「栽培方法」「品種特性」「由来・歴史」「伝統的利用法」「栽培・保存の現状」「消費・流通の現状」「継承の現状」「参考資料」「調査日」の15項目が記載されている。

 例えば北海道足寄町で生産している「ラワンぶき」では、茎の長さが2~3メートル、太さは10センチメートルになる巨大なフキで巨大化の原因が螺湾川の豊富な養分にあるといった品種特性や、栽培農家は21戸(2021年10月現在)で苗の生産と供給は農協が担っていること、収穫量は積雪が十分にあれば豊作で350トン程度、積雪がなければ凶作で250トン程度になるという現状が紹介されている。

 岐阜県や愛知県の木曽川流域の一部で栽培されている守口大根では、品種特性として、ダイコン品種の中で、最も根長が長いことで知られていることや、愛知県扶桑町の農家が育てた191.7センチメートルの守口大根が「世界最長の大根」としてギネス世界記録に認定されているとしている。名前については、大阪府守口市で栽培されていた守口大根に由来する説と、長良川流域で栽培されていた美濃干し大根、長良大根ともよばれた細根大根に由来するとの説があることも記載している。

キャベツ・札幌大球の調査で生産者に話を聞く山形大の江頭宏昌教授(写真左)とデータベースに掲載した品種情報(写真は江頭教授提供、品種情報は在来品種データベースより)
キャベツ・札幌大球の調査で生産者に話を聞く山形大の江頭宏昌教授(写真左)とデータベースに掲載した品種情報(写真は江頭教授提供、品種情報は在来品種データベースより)

 データベースの利用は、研究者に限らず一般の人も想定している。「今は流通量が少なく市場で取り扱いにくい在来品種だが、祖先が工夫して食べてきた歴史や文化的背景を持っている。生産者だけで継承を担うのは難しい状況下で、伝統野菜や雑穀などに関心のある人や、地域の食の歴史や文化を調べたい人など幅広く利用してもらい、在来品種への興味をできる限り多くの人に持ってもらいたい」と江頭教授は話す。

 今後は、国内に2000~3000品種ほどある伝統野菜を中心に、データベースに収容する在来品種を少なくとも300品種まで拡充し、より検索しやすいシステムに改修していく予定だという。

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猿橋賞に京都大の緒方芳子さん 量子多体系の理解に数学で迫る https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240418_n01/ Thu, 18 Apr 2024 07:30:05 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50931  優れた女性科学者をたたえる「猿橋賞」が、量子力学の世界で多数の要素が絡む「量子多体系」の現象を数学によって研究する、京都大学数理解析研究所教授の緒方芳子さんに贈られることが決まった。主宰する「女性科学者に明るい未来をの会」(中西友子会長)が発表した。

緒方芳子さん
緒方芳子さん

 授賞理由は「量子多体系の数学的研究」。

 身の回りの物質は原子核や電子が集まってできているが、これらが互いに引き合ってつぶれてしまわず、安定な物質として存在することは自明ではない。量子力学に従う数多くの要素が相互作用する、量子多体系の研究を通じて理解される。また、例えば金属が電気を流す、磁石になる、熱を伝えるといった現象は、電子などの要素の相互作用によって起こる。こうした物理現象の仕組みを精緻に理解しようとするのが、量子多体系の研究だ。

 緒方さんはこの分野に、数学を使って取り組んできた。物理学の実験や身の回りで起こる“マクロな”現象を、量子力学の“ミクロな”法則を使い、数学的に厳密に理解しようと研究。20世紀前半にハンガリー出身の米数学者、フォン・ノイマンが、量子力学を数学的に扱おうと導入した概念「作用素環」を活用し、功績を重ねてきた。

 具体的には(1)温度の異なる2つの物体の間のエネルギーの流れ方は、両者の温度差に依存する。これを説明する物理学の「グリーン・久保公式」の理解を導き出した。(2)量子力学で物理量は「非可換」(例えばA×B=B×Aとは限らない)だが、規模が大きくなるとこの性質が失われる。これに関してノイマンが提起した仮説が、正しいことを証明した。(3)近年、連続的な変形の可否で物質の状態を分類する「トポロジカル相」の研究を推進。分類の不変量について成果を上げた。

会見する緒方さん=15日、東京都千代田区
会見する緒方さん=15日、東京都千代田区

 15日の発表会見で緒方さんは「数ある分野から数理物理学を選んでいただき、大変感謝している。通常の物性物理の実験室で起きていることは、全て量子力学で説明できるべきであり、数学的手法で導き出していきたい。私が知る女性研究者はとても立派で、講演を聴いて元気になっている。そういう人がこれからも増えてほしい」と話した。

 1976年、大阪府生まれ。東京大学理学部物理学科卒業、同大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。九州大学数理学研究院助教、東京大学大学院理数科学研究科准教授、同教授などを経て昨年12月から現職。2021年、数理物理学分野で世界的栄誉とされるポアンカレ賞を受賞した。

 同会は地球化学者の猿橋勝子博士の基金により創設され、同賞は今年で44回目。贈呈式は来月11日に東京都内で開かれる。

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バイオプラスチックのポリ乳酸、海洋での分解に道 伸びも改善 産総研など https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240416_n01/ Tue, 16 Apr 2024 06:09:04 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50904  代表的なバイオプラスチックであるポリ乳酸で、課題だった温度の低い環境下での生分解性と伸びを改善できる手法を開発したと、産業技術総合研究所(産総研)などのグループが明らかにした。ポリ乳酸に乳酸と3-ヒドロキシブタン酸の共重合体(LAHB)を混ぜることで克服。最適なブレンド比などが解明されれば、高温高湿下で分解されるポリ乳酸が海洋で分解できる道が開け、海洋プラスチックゴミ問題の解決にも期待できるという。

 石油由来のプラスチックの代替として、バイオプラスチックの開発が進む。バイオプラスチックには、生物由来で再生可能なバイオマスプラスチックと、微生物の働きで最終的に水と二酸化炭素に分解される生分解性プラスチックが含まれる。

 ポリ乳酸は、植物由来の糖を乳酸菌で発酵してできる乳酸を重合して製造され、生分解性も併せ持つバイオプラスチック。ポリプロピレンやポリエチレンテレフタレート(PET)と物性が似ており、これら石油由来プラスチックに替わる材料として世界的に生産されている。しかし、伸びにくくもろい。堆肥化施設など温度60度以上、湿度60%以上の高温高湿下でなければ分解しないという課題もある。

 産総研マルチマテリアル研究部門の今井祐介研究グループ長(高分子科学)は、神戸大学科学技術イノベーション研究科の田口精一特命教授らが遺伝子組み換え大腸菌により2008年に世界で初めて生合成したことを発表したLAHBに着目した。LAHBは海洋中、土壌中などさまざまな環境での生分解が確認されている。ポリ乳酸と同様に乳酸を含んでおり混ぜやすい。製品化を見据えて同じバイオプラスチック材料を使う方が良いと考えた。

引っ張るとほぼ伸びることなく切れるポリ乳酸にLAHBをブレンドして引っ張り試験をすると(写真左から右)、切れずに約3倍の長さに伸びた(産業技術総合研究所提供)
引っ張るとほぼ伸びることなく切れるポリ乳酸にLAHBをブレンドして引っ張り試験をすると(写真左から右)、切れずに約3倍の長さに伸びた(産業技術総合研究所提供)

 今井研究グループ長らは、ポリ乳酸とLAHBを溶媒に入れて混ぜた。できたフィルムは透明で、両者がナノレベルで混ざっていた。含まれる乳酸と3-ヒドロキシブタン酸の割合が違うLAHBを4種類用意し、それぞれポリ乳酸とLAHBの比を3段階に変えて、伸びや生分解性の変化を調べると、乳酸とブタン酸が4対6のLAHBをポリ乳酸に20%加えたもので、伸びが200%(長さでは3倍)以上に改善した。

引っ張りの応力に対してひずみ0%で耐える強さは、ポリ乳酸(黒線)の方がポリ乳酸とLAHBのブレンド(赤線)より高いが、ブレンドは伸びを表すひずみが200%を超えるまで切れなかった(産総研提供)
引っ張りの応力に対してひずみ0%で耐える強さは、ポリ乳酸(黒線)の方がポリ乳酸とLAHBのブレンド(赤線)より高いが、ブレンドは伸びを表すひずみが200%を超えるまで切れなかった(産総研提供)

 生分解性については、LAHBをブレンドしたポリ乳酸を海水中に置き、有機物が微生物によって分解されるときに消費される酸素量を測るBOD(生化学的酸素要求量)試験を行った。LAHBだけが分解した場合の理論値である生分解度約22%を超え、停電で実験が終了した155日までに生分解度が50%近くまで達した。

LAHBをブレンドしたポリ乳酸は、試験開始から数十日間の誘導期ののち、生分解が始まると急激に分解が進んだ(産総研提供)
LAHBをブレンドしたポリ乳酸は、試験開始から数十日間の誘導期ののち、生分解が始まると急激に分解が進んだ(産総研提供)

 高温高湿でない海水中でポリ乳酸が分解される仕組みについて今井研究グループ長は「まず表面にでているLAHBを微生物が分解することで、プラスチック中には微生物の入り込んだたくさんの細かい穴ができたような状況になる。LAHBをほぼ分解し終えた微生物は、周囲に残っているポリ乳酸も分解しようとしているのではないか」と話している。

ポリ乳酸にLAHBをブレンドすることで様々なプラスチック製品を作り出すことができ、生分解性が改善することで資源循環が可能になる(産総研提供)
ポリ乳酸にLAHBをブレンドすることで様々なプラスチック製品を作り出すことができ、生分解性が改善することで資源循環が可能になる(産総研提供)

 今後は、ポリ乳酸の分解性が高くなるLAHBの混合比やナノレベルの構造を調べ、バイオ資源由来プラスチック材料としての実用化を目指す。

 研究は神戸大学、カネカと共同で行い、成果はオランダの科学誌「インターナショナル ジャーナル オブ バイオロジカル マクロモレキュールズ」の電子版に3月19日掲載された。

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必要成分を再吸収できない「ファンコニー症候群」多発 紅麹問題で腎臓学会が調査 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240415_n01/ Mon, 15 Apr 2024 06:57:29 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50899  体に必要な成分が再吸収できなくなる「ファンコニー症候群」とみられる所見が小林製薬(大阪市)の紅麹(こうじ)サプリメント摂取後に腎障害が出た人に多数みられていたことが、日本腎臓学会(南学正臣理事長)の調査で明らかになった。サプリの成分が腎臓に集積し「尿細管」が傷ついたためと考えられるという。同学会は詳しい調査データを公開し、全国の医療機関医師らの参考にしてほしいとしている。

腎臓のイメージ画像(日本腎臓学会提供)

 日本腎臓学会は、紅麹サプリを巡る健康被害判明を受けて全国医療機関の学会加入医師を対象に緊急調査を実施。3月31日までに同サプリ摂取後の腎障害を確認した47人の分析結果をまとめ、4月1日に「中間報告」として公表した。46人は「紅麹コレステヘルプ」を、残る1人は「ナイシヘルプ+コレステロール」をそれぞれ摂取していた。

摂取者が最も多かった「紅麹コレステヘルプ」(消費者庁提供)

 47人の患者の年代は30~70歳で、40~69歳が9割を占め、女性が66%と多かった。また、初診日は昨年11月で、約8割が今年1月以降の初診だった。初診時の主訴は倦怠(けんたい)感や食欲不振、尿の異常、腎機能障害などで、腹部に何らかの症状があったり、体重減少を訴えたりする例もあったという。

 同学会によると、腎臓内の「糸球体」が血液中の老廃物や塩分をろ過する働きをする。細い毛細血管が毛糸の球のように丸まってできているのでこの名が付いた。一つの糸球体は0.1~0.2ミリ大だが、1つの腎臓に約100万個の糸球体がある。糸球体でろ過された尿(原尿)の99%は再吸収される。この再吸収する働きをするのが尿細管だ。

 同学会の調査結果によると腎生検をしたのは34人で、尿細管間質性腎炎や尿細管壊死(えし)、急性尿細管障害などが確認された。糸球体に病変があった患者も1人いたという。尿細管は薬剤の影響を受けやすいことで知られる。診察後の措置は、4分の3は問題のサプリの摂取の中止だけで、4分の1はステロイド治療が行われた。透析が必要だったのは2人。

 同学会が重視したのは、尿細管の機能異常により引き起こされるファンコニー症候群が疑われる所見があった点。低カリウム血症、低リン血症、低尿酸血症、代謝性アシドーシスなど、同症候群に特有の所見が認められたという。この症候群は腎臓内の尿細管がダメージを受けて機能低下を起こす。

 その結果、カリウムやナトリウム、ブドウ糖など、体に必要で重要な働きをする成分を再吸収できなくなり、尿として排出されてしまう。尿細管は薬剤の排せつの際も機能するために薬剤が集積し障害が起こりやすいとされる。

 ファンコニー症候群になると倦怠感や脱水症状などが起こるほか、筋力低下や骨軟化症を起こす場合もある。先天性もあるが、後天性の場合は薬剤投与が原因の一つで、薬の服用中止により改善するケースも多いとされる。サプリ摂取によりこの所見が疑われたのは初めてとみられる。

 厚生労働省は4月9日に記者会見し、小林製薬の問題のサプリ摂取との関連が疑われる死亡例として同社から報告があった5人のうち3人に既往歴があったことを明らかにした。既往歴の内容は▽前立腺がん▽悪性リンパ腫▽高血圧・高脂血症・リウマチ――だった。5人の性別は女性3人、男性2人。年代は70代3人、90代1人、不明1人という。

 この日の記者会見には日本腎臓学会の南学理事長らも同席。同理事長によると、調査対象患者は中間報告公表時の47人から95人に増加し、このうち約4分の3はサプリ摂取をやめるだけで腎機能低下の症状が改善したという。同理事長らは、問題のサプリ摂取を速やかにやめることが重要で、体の不調を感じたら病院で検査することを勧めている。同学会は4月末まで調査を続け、最終報告をまとめる予定だ。

 腎疾患などの健康被害の詳しい原因については、小林製薬のほか、厚生労働省、国立医薬品食品衛生研究所が調査中だが、早期の情報開示があれば被害を減らせた可能性が指摘されている。小林製薬によると、同社に被害の連絡が最初にあったのは1月15日で、2月6日には複数の健康被害が社長に報告されたが、公表は3月22日だった。武見敬三厚労相ら政府関係者も報告の遅れを問題視している。

健康被害が拡大している小林製薬の紅麹サプリ問題について記者会見する武見敬三厚労相(3月29日)(厚生労働省広報室提供)

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実は身近な「数理」の世界に迫る 一家に1枚ポスター、科技週間で新作 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240412_n01/ Fri, 12 Apr 2024 01:56:14 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50871  数学を活用してさまざまな物事を理解する分野「数理」を解説したポスター「世界とつながる“数理”」が完成し、文部科学省が公開した。学習資料として毎年作成する「一家に1枚」シリーズの第20弾。15~21日の科学技術週間に合わせたもので、日常生活の身近な事例から、社会の安全性や利便性の向上、先端科学に至るまで、数理が多彩に役立っていることの認識を深める一枚となっている。

「一家に1枚」シリーズ「世界とつながる“数理”」(文部科学省提供)
「一家に1枚」シリーズ「世界とつながる“数理”」(文部科学省提供)

 数理は数学とよく似た言葉だが、違うという。ポスターは「数学を道具として使うこと」という基本を、まず中央で説明。人形を倒れないように置くことや、多数決で意見をまとめることなど、数理が暮らしの中で特に意識せずに活用されていることを例示した。

 さらに、ふたが落ちないマンホールの形状や、鉄道の経路検索、薬が効き続けるための服用の量や回数、台風の進路予測といった社会への活用、宇宙の年齢の解明、生物由来の放射性炭素による年代測定などの学術への応用、量子コンピューターやAI(人工知能)に代表される未来への展開を、幅広く紹介している。

 数理の歴史を振り返り、科学と数学の両輪の発展により科学技術が展開してきたことを解説。アートやデザインへの活用や日本人の活躍に触れた上、根気の求められるミニクイズもあり、見る人を飽きさせない工夫を凝らした。

 昨年12月に公表された2022年「OECD(経済協力開発機構)生徒の学習到達度調査(PISA)」で、日本の15歳の子どもの学力は、「数学的リテラシー」で加盟国中1位となるなど、全3分野で世界トップレベル。一方、文科省国立教育政策研究所の資料によると、この調査を通じ「実生活の課題を、数学を使って解決する自信が低い。数学を実生活における事象と関連付けて学んだ経験が少ない」「授業で、数学的思考力の育成のため、日常生活とからめた指導を行う傾向が低い」などの問題点も浮上している。

 実際、中高生の日々の学習や受験勉強では、問題の解法に圧倒的に重点が置かれ、生活とのつながりを意識する機会に乏しいようだ。こうした状況に対し、ポスターは数学を学ぶ面白さや意義の理解を、効果的に深める構成となった。

 「一家に1枚」は2005年の「元素周期表」を皮切りに文科省が毎年、作成しているもの。シリーズ化して「ヒトゲノムマップ」「光マップ」「タンパク質」「日本列島7億年」など20枚が公開中だ。「大人から子どもまで部分的にでも興味を持たせるもの」「見た目がきれいで、部屋に張っておきたくなるもの」「基礎的、普遍的な科学知識を中心とするもの」「身近な物や事象との関連付けをして、親しみを持てるもの」を基本コンセプトとしている。

 新元素「ニホニウム」の発見やゲノム研究の進展など、公開後の状況変化に応じ改訂しているのも特徴だ。「元素周期表」は実に13版を数え、また「宇宙図」は新たに「宇宙図2024」を公開した。昨年に公開した「ウイルス」はその後に英語版も作成するなど、外国語に対応したものもある。

 今年も新作の「数理」を全国の学校に配布した。インターネットの文科省「科学技術週間」のページからPDFファイルをダウンロードして利用できるほか、同週間に合わせ、協力する全国約330の科学館や博物館、研究機関などが配布する(なくなり次第終了)。特設サイトも公開した。

 科学技術週間は1960年に制定。今年も各地の施設が講演会や実験教室、企画展、見学会などを実施する。盛山正仁文科相は9日の会見で同週間とポスターを紹介し「多くの国民の皆様に、科学技術に触れ興味を持っていただければ」と述べた。

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鉄の添加で「漆黒」になるのはウルシオールの配列が変わるから 原子力機構など解明 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240411_n01/ Thu, 11 Apr 2024 07:03:39 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50864  あめ色の漆に微量の鉄を加えると、闇を表すのに用いられる「漆黒」になる。その仕組みは、鉄によって漆の主成分であるウルシオールの配列が変わるから、と日本原子力研究開発機構などのグループが明らかにした。X線や中性子線などの量子ビームを駆使して解析した。今後、歴史的価値のある漆器の非破壊分析といった考古学分野から新たな触媒開発など産業分野まで、様々な応用が期待できる。

 漆は縄文時代の遺跡から当時の状態をとどめて出土するほど、物質的に高い安定性をもつ。ウルシの木から採取した樹液の「生漆(きうるし)」はウルシオールと水分からなり、そのまま乾かすとあめ色になる。この生漆に微量の鉄を加えたのが「黒漆」。乾かすと、漆黒と表現される美しい真っ黒に輝く。

生漆に微量の鉄を加えた黒漆を乾かすと漆黒に輝く(原子力機構の南川卓也研究員提供)
生漆に微量の鉄を加えた黒漆を乾かすと漆黒に輝く(原子力機構の南川卓也研究員提供)

 真っ黒いものを可視光で見るのは難しいうえ、安定性の高い物質を分子構造そのままに分解するのも難しい。さらに、乾く前の漆はかぶれるので取り扱いも難しく、漆の分子構造は詳細には解明されていなかった。

漆の主成分であるウルシオール。6個の炭素原子が正六角形で結びついたベンゼン環(左)をもち、「R」の部分は4つの長鎖炭化水素(右)のうちのどれかが当てはまる(原子力機構の南川卓也研究員提供)
漆の主成分であるウルシオール。6個の炭素原子が正六角形で結びついたベンゼン環(左)をもち、「R」の部分は4つの長鎖炭化水素(右)のうちのどれかが当てはまる(原子力機構の南川卓也研究員提供)

 原子力機構原子力科学研究所の南川卓也研究員と関根由莉奈研究副主幹らは、黒漆中の鉄イオンの化学状態を大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)の放射光に含まれる強度の高いX線を用いて解析し、大強度陽子加速器施設J-PARC(茨城県東海村)の中性子線とX線を用いて漆の構造を調べた。

解析に用いた生漆膜(左上)と黒漆膜(左下)。光学顕微鏡像(右)では構造の決定につながるパターンが見えない(原子力機構の南川卓也研究員提供)
解析に用いた生漆膜(左上)と黒漆膜(左下)。光学顕微鏡像(右)では構造の決定につながるパターンが見えない(原子力機構の南川卓也研究員提供)

 SPring-8の解析では、黒漆に含まれる鉄は電荷の低い3価の鉄(Fe3+)であることと、鉄原子がウルシオールと結びついていることが分かった。

 J-PARCでは、中性子線とX線をそれぞれ生漆膜と黒漆膜に照射した。中性子は水素はじめ原子番号の小さな原子でよく散乱する一方、X線は鉄やアルミニウムなどで比較的散乱するという違いを利用すると、10~100ナノ(ナノは10億分の1)メートル程度のレベルで構造が異なることが確認できた。

 各元素の散乱の理論値から構造をシミュレーションすると、生漆はウルシオール中で疎水性の長鎖炭化水素分子が並んだ構造だが、鉄を加えた黒漆はベンゼン環が並んで重合した構造らしいことが分かった。

あめ色の生漆はウルシオール中で疎水性の長鎖炭化水素部分が並んだ構造だが、鉄を加えた黒漆はベンゼン環が並んだ構造になる(原子力機構の南川卓也研究員提供)
あめ色の生漆はウルシオール中で疎水性の長鎖炭化水素部分が並んだ構造だが、鉄を加えた黒漆はベンゼン環が並んだ構造になる(原子力機構の南川卓也研究員提供)

 炭素と炭素が2本の手で結びついたような二重結合が連なる構造は可視光を吸収しやすく、物質を黒くする。南川研究員は「鉄を起点にベンゼン環にある二重結合が連なって黒漆は漆黒になるのだろう」と話す。

 黒漆は鉄イオンの作用により塗膜が早く乾燥することが知られていたが、有害物質の分解を早めるような触媒機能をもつことも最近分かってきた。漆に添加する金属イオンの種類や量を制御することで、古来の漆技術を最先端の触媒技術などに生かせる可能性があるという。

 研究は、J-PARCセンターと明治大学と共同で行い、米化学会の学術誌「ラングミュア」電子版に3月5日掲載された。

SPring-8(左)で黒漆中の鉄イオンの化学状態を解析し、J-PARC(右)で漆の構造を調べた(出典は国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス)
SPring-8(左)で黒漆中の鉄イオンの化学状態を解析し、J-PARC(右)で漆の構造を調べた(出典は国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス)
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劇症型溶連菌の感染患者、過去最多の昨年を上回る勢い 毒素多い株も検出 https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20240410_n01/ Wed, 10 Apr 2024 07:15:58 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=newsflash&p=50860  溶血性連鎖球菌(溶連菌)が原因となって臓器や組織が急速に壊死(えし)する「劇症型溶血性連鎖球菌感染症」(STSS)の患者数が、高い水準で推移していることを国立感染症研究所が明らかにした。過去最多だった昨年を上回る勢いで、毒素量が多く感染が広がりやすいとされる株も検出されているという。厚生労働省も警戒し、手指の消毒など基本的な感染対策の徹底を呼びかけている。

A群溶血性連鎖球菌の電子顕微鏡写真(東京都感染症情報センター提供)
A群溶血性連鎖球菌の電子顕微鏡写真(東京都感染症情報センター提供)

 STSSの初発症状は咽頭痛、発熱や食欲不振、吐き気、全身倦怠感などだが、急激に進行して循環器や呼吸器の不全、血液凝固異常、肝不全や腎不全など多臓器不全を起こす。このため、溶連菌は「人食いバクテリア」とも呼ばれる。

 致死率は30~70%と高く、感染症法で全数把握疾患と定められている。2023年の死者は97人で、19年の101人に次いで多かった。23年7~12月中旬に報告された死亡例は、50歳未満の患者68人のうち21人だった。

 同研究所によると、1月1日から3月17日までにSTSSの患者521人の報告があり、昨年の941人の半数をこの時点で既に超えた。厚労省によると、STSS患者は例年100人前後から多い時で数百人だったが、昨年の941人は記録が残る1999年以降で過去最多だった。

 溶連菌は健康な人の皮膚やのどにも存在する菌で、球形の細菌が連鎖状につながっている。血液を溶かす性質があることからその名がついた。咽頭炎などを引き起こすことで知られている。感染経路は接触や飛沫(ひまつ)で、子どもから高齢者まで幅広い年齢層で発症する。この段階では命に関わることはまずないが、STSSになると危険だ。

 溶連菌にはいくつかの種類があり、劇症型としてはA群、B群、C群、G群などが知られる。同研究所によると、3月17日までに報告があったSTSS患者のうち、A群が335人、B群が56人、C群が7人、G群が93人、群不明が30人だった。A群患者は3月に入ってやや減少傾向にはあるものの、昨年を含めた例年より多いペースという。

 A群患者335人の性別の内訳は男性192人、女性143人。年齢別では20歳未満13人、20代6人、30代22人、40代46人、50代44人、60代68人、70代76人、80代以上60人と加齢とともに増える傾向にあった。

 同研究所はA群をさらに細かく分類した際のM1型のうち、毒素の産生量が多く、ここ十数年英国で多く報告されている株(M1UK系統株)が検出されていることを重視している。3月25日現在の集計では、1月1日以降全国でM1UK系統株分離が43例あり、うち千葉県で8例、神奈川県で7例、茨城・埼玉・長野の3県でそれぞれ4例あり、関東圏での検出、分離が目立っている。

今年1月以降に発症した患者から分離した都道府県別M1UK系統株数(3月25日現在、国立感染症研究所提供)
今年1月以降に発症した患者から分離した都道府県別M1UK系統株数(3月25日現在、国立感染症研究所提供)

 この菌は飛沫(ひまつ)や接触により感染するため、厚労省によると、手指の消毒やマスク着用など、新型コロナウイルス感染症予防対策で知られる「せきエチケット」が重要で、菌の侵入経路となる手足などの傷口を清潔に保つことも有効だという。

 咽頭炎などを引き起こす通常の溶連菌感染症が、どのような要因で命に関わる劇症型に移行するかはよく分かっていない。一方、一般的な溶連菌感染症は子どもを中心に、新学期が始まる時期と冬に流行する傾向があり、同省は劇症型への移行、感染拡大に注意が必要としている。

 STSSが昨年から現在まで増加傾向にあることについて同省は、新型コロナ対策が昨年5月以降緩和されてから呼吸器感染症が増加し、溶連菌咽頭炎患者も増えていることが関係している可能性もあるとしているが、詳しい要因は不明だ。

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