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微弱な散乱光を高感度に検出するラマン顕微鏡 細胞観察を8倍明るく、阪大など

2025.01.24

 生体試料に光を当てたときに生じる微弱な散乱光(ラマン散乱光)を高感度に検出する新しいラマン顕微鏡を、大阪大学などのグループが開発した。従来技術と比較して約8倍の明るさで細胞を観察できるという。生体試料を急速凍結し、強いレーザーを長時間当てても組織が壊れないようにした。細胞内にある物質の場所や分子の化学的状態などが分かり、生物学や医学、薬学での研究で広く普及する可能性がある。

急速凍結したがん細胞をラマン顕微鏡で10時間観察した画像。緑色のシトクロム、赤色の脂質、青色のタンパク質が細胞のどこにあるか分かる(大阪大学の藤田克昌教授提供)
急速凍結したがん細胞をラマン顕微鏡で10時間観察した画像。緑色のシトクロム、赤色の脂質、青色のタンパク質が細胞のどこにあるか分かる(大阪大学の藤田克昌教授提供)

 ラマン顕微鏡は光学顕微鏡の一種で、光を当てると分子の振動に対応して出てくるラマン散乱光を成分順に並べたスペクトルのパターンから、試料中のどんな分子がどのような状態であるのかが分かる。細胞のタンパク質や脂質、核酸など様々な分子の空間分布や、薬剤などに反応して分子が酸化還元状態のどちらかなどを調べるのに適している。

 ただ、ラマン散乱光は弱く、はっきりとした像を見るためには時間をかけて観察する必要があった。一方、細胞は光を長時間当てるほど内部の物質が壊れるなどして、実際に生きた状態とは違う像しか見られない。

 当てる光と観察時間のトレードオフ関係について、バイオフォトニクスを専門とする大阪大学大学院工学研究科の藤田克昌教授(顕微光学)は「電子顕微鏡で凍らせた細胞を見るように、ラマン顕微鏡でも凍って固定した細胞を見ることができれば、長時間レーザーの光を当てても生きた状態に近い細胞内を観察できる」と考えた。

 研究を始めた10年ほど前は別の場所で凍らせた細胞をラマン顕微鏡の台の上に置いて観察しようとしたが、細胞が溶けてしまい失敗した。5年ほど前に台の上で凍らせてそのまま観察するやり方に方針転換し、マイナス185度の液体プロパンで試料を急速凍結してから台に液体窒素を流すなどして温度調節をしながら観察した。

 そうすると、タンパク質や脂質、核酸に加え、光で壊れやすく観察が難しかった生体内のエネルギー生産に関わるシトクロムなどの分子でラマン散乱を捉えられるようになった。DNA、RNA、シトクロム、カロテノイド、脂質、タンパク質、水などこれまでよりも2倍程度の9分子では細胞内で認識できることを確認した。

作製した台の上で試料を急速凍結するラマン顕微鏡(上)と写真右奥にある試料を置く台周辺の仕組み。細胞を培養したカバーガラスを試料マウントに設置し、その場で急速凍結する(大阪大学の藤田克昌教授提供)
作製した台の上で試料を急速凍結するラマン顕微鏡(上)と写真右奥にある試料を置く台周辺の仕組み。細胞を培養したカバーガラスを試料マウントに設置し、その場で急速凍結する(大阪大学の藤田克昌教授提供)

 急速凍結で固定した細胞がどれくらい壊れないまま観察できるかを、ヒトの子宮がん細胞由来で広く普及しているヒーラ細胞で確認すると、微弱な散乱光を十分に集められる時間だけレーザー光を当てても細胞が壊れないことが確認できた。必要であれば約10時間以上の長時間観察も可能だという。

凍結固定したヒーラ細胞を異なる露光時間(左から5秒、10秒、20秒、40秒)で見た画像。赤が脂質、緑がシトクロム、青がタンパク質。露光時間が長いほど鮮明になり、細胞内での分布が分かる(大阪大学の藤田克昌教授提供)
凍結固定したヒーラ細胞を異なる露光時間(左から5秒、10秒、20秒、40秒)で見た画像。赤が脂質、緑がシトクロム、青がタンパク質。露光時間が長いほど鮮明になり、細胞内での分布が分かる(大阪大学の藤田克昌教授提供)

 細胞内の分子の異なる化学状態を判別できるか調べるため、心臓に血液が行きわたらない心筋梗塞のような虚血状態にしたラットの心臓組織とそうでない組織にあるシトクロムCを観察して比較すると、虚血状態では血液が酸素を運ばないことを反映してシトクロムCの多くが酸化型ではなく還元型になっていることを確認できた。

急速凍結で固定した正常状態のラット心臓組織と虚血状態にした心臓組織のラマン顕微鏡画像。還元型シトクロムCがあるほど白くなる(大阪大学の藤田克昌教授提供)
急速凍結で固定した正常状態のラット心臓組織と虚血状態にした心臓組織のラマン顕微鏡画像。還元型シトクロムCがあるほど白くなる(大阪大学の藤田克昌教授提供)
急速凍結で固定した正常状態のラット心臓組織と虚血状態にした心臓組織の観察で得られたラマン散乱光のパターンを見たスペクトル。虚血状態で還元型シトクロムCを示す3つの強いピークがある(大阪大学の藤田克昌教授提供)
急速凍結で固定した正常状態のラット心臓組織と虚血状態にした心臓組織の観察で得られたラマン散乱光のパターンを見たスペクトル。虚血状態で還元型シトクロムCを示す3つの強いピークがある(大阪大学の藤田克昌教授提供)

 開発したラマン顕微鏡によって、今後は凍結保存した細胞の生存率などを予測する非破壊観察など細胞関連産業での応用が期待でき、藤田教授は起業に向けて準備を進めている。

 研究は、京都府立医科大学や理化学研究所と共同で、科学技術振興機構(JST)の支援を受けて行い、論文は米科学誌サイエンス アドバンシズ電子版に2024年12月12日に掲載された。

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