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2012年9月18日ニュース「福島原発事故についての政府事故調・最終報告書の要旨〈その9〉」

2012.09.18

《国際法・国際基準関係》

国際基準と国内基準との調和の取組

 「IAEA 基本安全原則に関する国内の動向」

  • 国際原子力機関(IAEA)は、2006年、それまでの複数の安全原則文書を統合して「基本安全原則」を策定し、人および環境を電離放射線の有害な影響から防護することを基本安全目的として、一貫性があり矛盾がない10項目の安全原則を定めている。そのうち、原子力施設の安全性に関するものとしては、次の項目が挙げられる。
    • (原則1)安全に対する責任:安全のための一義的な責任は、放射線リスクを生じる施設と活動に責任を負う個人または組織が負わなければならない。
    • (原則2)政府の役割:独立した規制機関を含む安全のための効果的な法令上および行政上の枠組みが定められ、維持されなければならない。
    • (原則3)安全に対するリーダーシップとマネジメント:放射線リスクに関係する組織ならびに放射線リスクを生じる施設と活動では、安全に対する効果的なリーダーシップとマネジメントが確立され、維持されなければならない。
    • (原則8)事故の防止:原子力または放射線の事故を防止および緩和するために実行可能な全ての努力を行わなければならない。
    • (原則9)緊急時の準備と対応:原子力または放射線の異常事象に対する緊急時の準備と対応のための取決めを行わなければならない。
  • しかしながら、この時点において保安院は、耐震設計等の改訂に伴う耐震バックチェックの指示を事業者に対して行っており、事業者の報告に対する保安院・安全委員会の耐震安全性評価に優先的に対応していたことから、IAEAの基本安全原則の制定を受けてすぐさま日本においても保安院・安全委員会が原子力安全基準・指針類の体系的見直しを行うこととはならなかった。
  • IAEA基本安全原則制定などの海外における安全規制の考え方などを参照しつつ、安全審査指針類の構成を見直す必要性などについて検討を行うため、2009年7月、安全委員会に置かれた体系化検討小委員会において審議が開始されたが、幾つかの専門部会などで同時並行で審議が進められていたものの、必要な事務処理力の確保の困難さから審議の範囲を絞ることとなり、同小委員会では4回の審議の後に作業は打ち切られ、2011年6月に同小委員会も廃止されている。
  • その後、安全委員会は、2010年12月に「原子力安全委員会の当面の施策の基本方針」を決定し、そこにおいて「これまで委員会が策定した指針類は、いずれも原子力安全に関する基本原則を踏まえてものであるが、基本原則そのものは必ずしも明示されていない。…委員会ではその重要性に鑑み、最も基本的な原則を明示した文書を策定することとする」との方針を示した。
  • また、希ガスとヨウ素しか考慮していないのも、フィルターを通して放出されるメカニズムを前提としているためであり、セシウムなどの固体微粒子は放出されない想定となっているとのことであった。
  • これを受けて2011年2月に決定された「当面の施策の基本方針の推進に向けた取組について」では、安全確保の基本原則に関することなどについて外部の専門家との意見交換を積極的に実施するものとされ、同年2月9日の第1回会合が開催されて意見交換の場が設けられ、今回の震災後も会合を繰り返して議論が重ねられてきている。
  • 第1回会合において班目春樹・原子力安全委員会委員長から意見交換の進め方について説明が行われ、IAEAの安全基本原則をそのまま採用するのではなく、SA対策などを例にとって、原子力安全の基本的考え方の再確認を規制側・被規制側・国民全体で行いつつ、安全基本原則文書をまとめることによって、全関係者の理解を得たいとしている。

 「IAEAの安全指針SSG-18「原子炉等施設の立地評価における水理学的及び気象学的災害」」

  • IAEAは、2004年のスマトラ沖地震時のインド・マドラス原子力発電所2号機(カルパッカム2号機)の浸水事故を踏まえ、05年に同国カルパッカムにてワークショップを開催した。
  • IAEAでは、安全指針「原子炉等施設の立地評価における水理学的及び気象学的災害」の策定作業が進められ、10年に安全指針ドラフトDS417 が取りまとめられ、翌11年12月にSSG-18として確定し発行された。
  • SSG-18の策定作業には日本も参加し、原子力安全基盤機構(JNES)ならびにJNESから協力依頼を受けた東京大学地震研究所の佐竹教授および東北大学今村文彦教授が主導的役割を果たした。
  • SSG-18は、IAEAの既存の安全指針(NS-G-3.4「原子力発電所の立地評価における気象学的事象」およびNS-G-3.5「海岸立地及び河川立地の原子力発電所の洪水ハザード」)を改訂し、洪水に関する最新知見の導入などを行うとともに、IAEAの諸基準類の整理の一環としてその2指針の統合を行うことを目的として策定された。
  • 内容面で特に重要視されたのは、津波ハザード評価部分の強化であった。SSG-18の特徴的な内容としては、土木学会の津波評価技術において提唱され、保安院のエンドースは経ていないものの、我が国で広く利用されるようになっていたパラメータスタディを取り入れていることが挙げられる。
  • この国際基準策定に当たりJNESなどが貢献することとなった背景について、当委員会の調査では、保安院の意思によるものであったとする物証や供述は得られなかった。
  • 施設防護のための対策手法については、SSG-18策定作業の主要テーマでなかった。SSG-18には、ドラフトであるDS417の段階で、対策手法の章において一般論的な書きぶりではあるものの、堤防などのバリアに対する設計基準値は、発電所に対する設計基準値とは異なり、より厳しいものとなるであろうこと、冗長性を持った対策として、防水化などにより対策を強化すべきことを指摘しているほか、がれきや水圧への言及など、今回の事故対策に生かせた可能性のある概念がさまざま記述されているが、当委員会がJNESの担当者に対して行ったヒアリングにおいて、それらの記述についてはIAEAでの改訂作業過程で特に議論はなされず、JNESや保安院の担当者においてそれらの点に注意が向けられることはなかったとの供述が得られた。

国際機関等による規制当局・事業者のレビュー

 「IAEAによる総合的規制評価サービス(IRRS)」

  • IAEAは、加盟国における原子力利用に当たっての安全を確保するため、安全基準を策定し、加盟国の要請に基づき、種々の安全確保に関するレビューサービスを実施している。このレビューサービスの1つである「総合的規制評価サービス(IRRS)」は、原子力安全規制に関わる国の法制度や組織などについて総合的にレビューすることを目的としており、各国の専門家により構成されるレビューチームによるピアレビューを行うことにより実施される。
  • 2006年1月にルーマニアが、国際規制レビューチーム(IRRT)のフォローアップ調査として招請したのが最初であり、その後、イギリス、フランス、オーストラリア、メキシコなどが招請した。
  • 我が国は、2006年9月の第50回IAEA総会において、07年にIRRSを招請することを表明し、同年2月の事前会合を経て、同年6月25日から30日までの間、IRRS が実施された。同年12月に報告書が公表されている。
  • 報告書における評価として、次の3点が強調されている。
    • 日本は、原子力安全のための総合的な国の法令上および行政上の枠組みを備えている。現行の規制の枠組みは最近になって修正されており、発展し続けている。
    • 規制機関である原子力安全・保安院は、規制の枠組みの発展の指揮と調整において主たる役割を演じている。
    • 相互理解および協力を促進するために、原子力安全・保安院、原子力産業界および関係者の間の関係を改善するという課題への取組が、既に行われており、現在も進行中である。
  • また、報告書においては、主に次の点が勧告・助言事項として指摘されている。
    • (R1)勧告:規制機関である原子力安全・保安院と原子力安全委員会の役割、特に安全指針の策定に関して、明確化を図るべきである。
    • (S1)助言:原子力安全・保安院は実効的に資源エネルギー庁から独立しており、これは安全要件GS-R-1「原子力、放射線、放射性廃棄物及び輸送の安全のための法令上及び行政上の基盤」(2000年)に一致している。かかる状況は、将来、より明確に法令に反映させることができ得るものである。
    • (S4)助言:原子力安全・保安院は、ナレッジマネージメントや戦略的課題・運転上の課題の安全規制の有効性をさらに補強するために、職員・職務ローテーション(特に上級管理者)につき、いろいろな頻度やパターンを検討すべきである※。
    • (S6)助言:保安規定の承認や一連の運転の開始前に、原子力安全・保安院は、安全上重要な全ての要素の総合的な評価を行うための追加的な留保点を設けるべきである。
    • ※IAEAによれば、2、3年程度の頻繁な職務ローテーションでは、規制技術能力を段階的に向上させ、審査などの機能を継続的に発揮させることを確保するのには「十分な時間が与えられていないように思える」とされている。
  • 英国、フランス、オーストラリア、スペイン、ドイツ、カナダ、ロシアおよび米国においては、安全要件GS-R-2「原子力又は放射線の緊急事態に対する準備と対応」をレビューに使用したIRRSを受けているが、日本は受けていない。
  • GS-R-2 は、2002年11月6日に発行された安全要件で、いかなる原子力または放射線の緊急事態においても、人、財産および環境への影響を最小にとどめることを意図し、その緊急事態における十分なレベルの準備と対応のための要件を制定したものである。
  • スペインは、日本がIRRSを受けた翌08年にIRRSを受け、震災のあった2011年3月11日時点において、スペインはフォローアップ調査を受けているが、日本はまだフォローアップ調査を受けていない。
  • IRRSのフォローアップ調査は、本調査を実施してからおおむね2年後に行うこととされており、IAEAに対し調査の受入国が招請レターを発出することにより受入プロセスが始まる。
  • 保安院は09年8月7日に、IAEAに対し2010年2月にフォローアップ調査を実施することを招請するレターを発出した。しかし、新潟県中越沖地震の対応による本調査で指摘された課題への対応の遅れ、耐震バックチェックや柏崎刈羽原発の再稼働に向けた業務量の増加などにより、十分な対応ができる体制となるまでしばらく時間をとる必要があるとして、09年11月25日、IAEAに対しフォローアップ調査の延期を招請するレターを発出し、IAEAの了解を得て、同調査は延期された。

 「福島第一原発の事故に関するIAEA国際専門家調査団派遣」

  • IAEAは、日本政府との合意に基づき、福島第一原発事故からの当面の教訓を明らかにし、その情報を世界の原子力界と共有するため、専門家チームからなる調査団を日本に派遣して調査を行い、2011年6月、その報告書をIAEA閣僚会議に報告・公表している。
  • 報告書の主な結論としては、今回の事故の極限的な状況を考慮すれば、事故における現場の対応は、IAEA 基本原則3 に従い、取り得る最良の方法で行われたが、津波災害に対する深層防護の備えは不十分であったことなどが指摘されている。
  • 所外電源の全喪失、ヒートシンクや工学的安全系の全喪失のような過酷な状況においては、過酷事故管理のために必要な機材(移動式電源、圧縮空気・水源など)を含め、これらの機能の単純な代替資源が提供されるべきであり、また、過酷事故ガイドラインと関連手順では計装、照明、電力が利用できなくなる可能性およびプラント状態や高放射線領域を含む異常状況を考慮しなければならないことが教訓として指摘されている。
  • IAEAによれば、原子力災害対応に当たり安全委員会が内閣総理大臣に対して直接に助言を与える一方、規制当局である保安院は、状況評価を提供することによって意思決定過程の一部を構成することもなかったし、事業者に対し命令や指示を伝達する以外に災害対応の一部を構成することもなかったため、IAEA 安全基本原則8にあるとおり、規制当局は災害対応に当たりより顕著な役割を果たすべきと感じられたとしている。

原子力安全規制機関としての組織体制

 「保安院の規制当局としての在り方」

  〈組織およびその環境に存在する問題点〉

  • 原子力規制に特化した機関ではない:原子力安全規制のみならず、石油コンビナート事故やガス湯沸器事故といった産業保安も所管している。
  • 独自での人事運用ができない:専門的技術能力を有する職員は、保安院独自で中途採用されているが、その他の事務官・技官は、経済産業省全体で採用され全体の人事ルールに従い人事異動が行われている。そのため、個々の職員の適性をみるためさまざまな部署の経験ができるよう全省的な人事異動が行われる反面、保安院のように原子力規制の専門的知識・経験が必要な部署においても通常の二年から三年での人事異動が行われ、専門的技術能力の蓄積が行い難い状況となっている。
  • 中長期的課題にも十分対応できる組織・定員配置とはなっていない:2001年1月の設立以来、原子力施設におけるさまざまな事故などの発生を受けて、その処理に追われ、そのような短期的行政課題に優先的に対応せざるを得ないものであった。事故などの特性に応じて担当課が、その対応に当たることになるが、そのような課題に優先的に対応することにより各課における中長期的な課題には十分な事務量を充てることができず、中長期的課題の検討の必要性を認識しつつもそれに対応できるほどの組織的・人員的余裕がない。
  • 国際機関・外国規制当局との人事交流が十分にできる余裕がない:IAEAに対し日本は第2位の出資国(第1位は米国)であるが、全幹部職員に占める日本人幹部職員の比率は5%にすぎない。日常業務の制約からIAEAの安全基準委員会(CSS)やその下部機関である原子力安全基準委員会(NUSSC)の関係の検討会合に保安院職員が、十分に出席することができず、代理として原子力安全基盤機構(JNES)職員が出席するケースも見られ、海外の規制当局職員と直接に意見交換・情報交換が十分にできるものとなっていない。
  • 局所的事故対応しかできない組織・人員配置となっている:一般的な事象全般に基づく事故の可能性の究明とその防止策といった包括的な対応とはなっていない。耐震バックチェックでは、指示内容に含まれる「残余のリスク」についての地震PSAによる評価や津波などの地震随伴事象に対する安全性評価は、最終報告に先送りにされたまま今回の福島原発事故を迎えることとなった。火災、火山、斜面崩落などの外部事象を含めた原子力施設についての総合的なリスク評価が行われていない。
  • 安全委員会との関係による事務の効率性の問題:保安院が基準類を策定することはなく、安全委員会による指針の策定・改訂を待って、保安院としての対応を行っている。

 「安全委員会の規制関係機関としての在り方」

 〈組織およびその環境に存在する問題点〉

  • 専門委員の任期と作業計画のオープン・エンド:専門部会などの専門委員の任期については、最近(2005年)まで定めがなく、特定の者が長期にわたり専門部会などの活動に従事する事例が見られる。また、指針の策定・改訂作業に特に終了期日が設定されていない。指針の策定・改訂が「必要に応じて迅速に行われてはいない」との批判も存在する。
  • 中長期的課題にも十分対応できる組織とはなっていない:保安院の規制活動をチェックする作業に追われた。中長期的課題の検討の必要性について認識はあったものの、それに対応できるほどの組織的・人員的余裕がなかった。

第Ⅵ章 総括と提言

《はじめに》

  • 今回のような極めて深刻かつ大規模な事故となった背景には、事前の事故防止策・防災対策、事故発生後の発電所における現場対処、発電所外における被害拡大防止策についてさまざまな問題点が複合的に存在したことが明らかになった。例えば、事前の事故防止策・防災対策においては、東京電力や原子力安全・保安院などの津波対策・シビアアクシデント対策が不十分であり、大規模な複合災害への備えにも不備があり、格納容器が破損して大量の放射性物質が発電所外に放出されることを想定した防災対策もとられていなかった。東京電力の事故発生後の発電所における現場対処にも不手際が認められ、政府や地方自治体の発電所外における被害拡大防止策にも、モニタリング、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の活用、住民に対する避難指示、被ばくへの対応、国内外への情報提供などの様々な場面において、被災者の立場に立った対応が十分なされないなどの問題点が認められた。加えて、政府の危機管理態勢の問題点も浮かび上がった。

《主要な問題点の分析》

事故発生後の東京電力などの対処および損傷状況に関する分析

 「福島第二原発と比較した福島第一原発の問題点」

  • 3号機代替注水:高圧注水系(HPCI)手動停止の際に代替手段をあらかじめ準備しなかったことにより、6時間以上にわたって原子炉注水が中断した。福島第二原発では、基本的には、次なる代替手段が実際に機能するか否かを確認の上で、注水手段の切替えを行うという対応がとられていた。福島第一原発における対応は適切さを欠いたものであった。
  • 2号機圧力抑制室(S/C)の圧力・温度の監視:S/Cの圧力および温度を継続して監視するとともに、あらかじめ消防車注水ラインを準備し、原子炉隔離時冷却系(RCIC)停止を待たずに原子炉減圧操作を行う必要があったと考えられる。しかし、実際にはバッテリー接続などの方法により圧力および温度の計測を行うことが可能であったにもかかわらず、3月14日4時30分頃まで計測が行われなかった。加えて、同日5時頃には代替注水ラインが整えられていたにもかかわらず、この時点で代替注水が実施されることはなかった。福島第一原発では全電源を喪失した状況下で複数機に同時対処しなければならなかったという状況の違いはあるにせよ、福島第一原発における対処は福島第二原発におけるそれと比べて、適切さが欠けていたと指摘せざるを得ない。

 「損傷状況の継続した徹底的な解明の必要性」

  • 東京電力が当委員会から説明を求めるまで、事実解明に重要と考えられるパラメーターの検討や原子炉水位計などの計測機器の誤作動の原因解明を十分に行っていなかったことに加え、社内調査において社員の供述内容と物的な証拠やデータとの矛盾を放置したままにしておくケースが少なからず見られるなど、不徹底なものであったことも明らかになっている。
  • 東京電力を始め関係者がこれまでに行った調査・検証は、事故状況の解明という点で十分なものとは言えず、なお検証すべき論点や公表されるべき資料・データが残されていると考える。
  • 東京電力を始め関係者は、事故の第一当事者であり、原子力発電に関する専門的な技術的知見を有する者として、事実究明を徹底する責任を改めて自覚して、引き続き事実解明を進める責務がある。
  • 国の関係機関においても、関係者が適切な原因調査・事実解明を行うよう必要な指導などを行うとともに、その権限と責任の範囲内で自ら事実究明に臨むことも必要である。

事故発生後の政府などの事故対処に関する分析

 「原子力災害現地対策本部」

  • 政府の原子力災害対策マニュアル(「原災マニュアル」)は、現地対策本部の設置されるオフサイトセンターが機能するということを前提に作成されている。シビアアクシデントにおいてもオフサイトセンターが機能するような方策をあらかじめ講じておくべきであったし、また、仮にオフサイトセンターが機能しなくなるような事態になったとしても、事故に対処できるような方策を併せて講じておく必要があった。
  • 原子力災害対策特別措置法(「原災法」)第20条第8項は、原子力災害対策本部長は、緊急事態応急対策を的確かつ迅速に実施するために、必要な指示を行う権限の一部を現地対策本部長に委任できる旨規定しているが、委任されなかった。権限委任手続について、保安院が現地対策本部から再三にわたって確認を求められたにもかかわらず、権限委任手続の進捗状況を確認してその手続を進める対応をせずに放置したことは、現地での対応に支障を生じさせるおそれもあり、重大な問題であった。

 「原子力災害対策本部(原災本部)」

  • 原子力災害が発生した際、政府における緊急事態応急対策の中心となるのが、内閣総理大臣を本部長とする「原災本部」である。原災マニュアルによれば、原災本部は官邸に設置し、また、情報の集約、内閣総理大臣への報告、政府としての総合調整を集中的に行うため、官邸地下にある官邸危機管理センター(各省庁の局長級幹部職員が「緊急参集チーム」を編成)に官邸対策室を置くこととされている。
  • 3日16時36分ごろ、官邸危機管理センターに原子力災害対策に関する官邸対策室が設置された。しかし、避難措置などの事故対応についての重要な意思決定の多くは、この官邸危機管理センターから離れて、官邸地下の中2 階の一室(「官邸地下中2 階」)または官邸5階において、関係閣僚、原子力安全委員会委員長、保安院幹部、東京電力幹部らにより行われた。
  • この協議には、緊急参集チームを束ねる伊藤哲朗・内閣危機管理監もしばしば加わったが、緊急参集チームが地震・津波対応にも追われる中で伊藤危機管理監がこの協議に常時加わることは現実的には困難であった。そのため、官邸地下中2階や官邸5階での協議結果を緊急参集チームが十分に把握することはできなかった。
  • 避難措置などを決定するに当たり参考となる「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」などを所管する文部科学省の幹部はこのメンバーに加わるよう指示されておらず、その後の避難措置などの議論において、SPEEDIについて言及されることはなかった。
  • 政府における福島第一原発の情報収集拠点であった経産省内の「緊急時対応センター(ERC)」から離れた官邸内において意思決定が行われていたこと、また、官邸内においても、その情報集約拠点である官邸危機管理センターとは離れた別の場所(官邸5階など)において意思決定が行われていたことなどから情報の不足と偏在が生じ、十分な情報がないままに意思決定せざるを得ない場合も生じた。
  • なお、官邸における情報不足と偏在という弊害を解消するために、3月15日になって、東京電力本店に統合本部が設置されたが、今回の事例を普遍的な先例とするべきではない。電力事業者の本社本店に移動することなく、官邸など、政府施設内にいながら、より情報に近接することのできる仕組みの構築が検討されるべきである。
  • 原災マニュアル上は、原子力事業者はまずERCに事故情報を報告し、しかる後ERC経由で官邸へ情報が伝達されることとなっている。しかし、ERCの中に、東京電力本店やオフサイトセンターが東京電力のテレビ会議システムを通じて現場の情報を得ていることを把握している者はほとんどおらず、同システムをERCにも設置するということに思いが至らなかった。

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