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防災、減災を目指す学会の連携、活動に期待「防災の日」を前に

2016.08.25

内城喜貴

 「天災は忘れた頃にやって来る」。この言葉は故寺田寅彦博士による警句と伝えられている。9月1日の「防災の日」は、1923年の9月1日に起きた関東大震災を「決して忘れない」という意味を込めて60年に制定された。第二次世界大戦の傷跡の焼け野原から復興した東京、首都圏はその後大きな天災に見舞われることがないまま時が経った。それだけに伝説の警句の重みもあった。だが、95年1月に阪神・淡路大震災が、そして2011年3月に東日本大震災が起きた。ことしの4月には熊本地震が発生し、全国の多くの人々が「大きな地震はいつ起きても不思議ではない」との思いを強くした。首都直下型大地震の可能性が現実味を増し、全国で火山活動が活発化している。土砂災害も増えた。こうした中で関係学会も危機感を募らせた。地震、火山、気象や土木、建築の研究分野だけでなく、災害に何らかの関わりがある数多くの学会が集結して今年1月に「防災学術連携体」が組織された。現在の構成学会は52(地球惑星科学連合などは「1学会」と数えられているため同連合加盟の50学会などを含めると合計167)。この中には地域安全学や社会学、計画行政学などの研究領域も含まれる。自然科学系を中心に社会科学系の学会も加わった。「防災・減災」を目指して活発な活動を続けている。現在日本学術会議とともに、大都市の脆弱(ぜいじゃく)性を指摘し安全性向上策を具体的に提起する提言づくりを進めている。

 防災学術連携体設立のきっかけは東日本大震災だった。大震災後の2011年5月に日本学術会議の土木工学・建築学委員会が幹事役となって30学会が連携した。それが連携体に発展した。設立目的の要旨は「日本や世界の自然災害に対する防災減災を進め、より良い復興を目指すために日本学術会議を要として、平常時から連携を図り緊急事態時に緊密な連携が取れるように備える。学術連携することでより総合的な視点を持った防災減災研究の向上発達を目指す」

 各研究分野はそれぞれに進歩しつつも専門化が進んで全体を統合する力が弱まっている。大災害時の対応力も十分でないのではないか−。そうした危機感が「学会大連携」につながったという。同連携体は学会間だけでなく、「防災推進国民会議」(議長・安倍晋三首相)や「防災推進協議会」(会長・近衛忠煇〈このえ ただてる〉日本赤十字社社長)などを通じて政府や全国の地方自治体や関係機関との連携も重視している。

 日本学術会議が主催して8月1日に「大震災の起きない都市を目指して」と題したシンポジウムが東京都港区の同会議講堂で開かれた。このシンポジウムの目的は「大地震に備えて大都市の震災軽減につながる強靭(きょうじん)な都市・社会の構築に向けた提言案とその背景になる考えを発表、議論する」こと。「大地震は、いずれ起きることは避けられない」を前提にしている。

 このシンポジウムで防災学術連携体の事務局長を務める米田雅子(よねだ まさこ)慶應義塾大学特任教授は、日本列島が乗るプレートの複雑な動きなどを解説しながら「日本列島の下の地殻の活動が活発になっている」と指摘。その上で過去2,000年間に起きたマグニチュード(M)8以上の大地震記録を基に、東日本側で起きた「貞観地震」(869年)から「昭和三陸地震」(1933年)など4例の大地震はいずれも「相模・武蔵地震」(878年)、「関東大地震」(1923年) など首都圏の大地震と連動したこと。さらに西日本側で起きた「仁和地震」(887年)なども首都圏の大地震と連動していることを説明し「東日本大震災が起きてやはり首都圏直下型地震と南海トラフ(巨大地震)を現実的に考えなくてはいけないと思われている」と強調した。

 米田教授によると、1959年の伊勢湾台風以降、95年に阪神・淡路大震災が起きるまでの34年の間、日本は1,000人以上の犠牲者を出す自然災害を幸い経験せず、その間に高度成長を達成し、地殻変動も少なく災害が少なかった。しかし阪神・淡路大震災、そして東日本大震災が起きた。米田教授は「『日本は防災技術も進歩し、ある程度防災もできるようになった』との考えがこの二つの大地震により覆された」と指摘した。連携体については「千年単位で大災害を考える必要があり、考古学や歴史学などの分野も一緒になって連携する必要があるとの問題意識があった」という。

図 「東日本大震災と首都直下・南海トラフ地震の連動」(米田雅子・慶應義塾大学特任教授提供/出典「日本復興計画」京都大学藤井聡研究室をもとに作成)
図 「東日本大震災と首都直下・南海トラフ地震の連動」(米田雅子・慶應義塾大学特任教授提供/出典「日本復興計画」京都大学藤井聡研究室をもとに作成)

 日本学術会議連携会員で防災学術連携体代表幹事を務める和田章(わだ あきら)東京工業大学名誉教授は連携体の主要メンバーとともに学術会議としての提言「大都市を大地震から護る」(仮称)づくりを進めている。提言は来年の10月までにまとめたいという。和田名誉教授は「熊本地震(の被害を見て)建物は壊れるものだ、と改めて思った。日本のどこででも大きな地震は起きると考えるべきで、大地震が大都市で起きたらどうなるかは容易に分かる。大都市で大地震が起きたら仮設住宅を作るのに10年かかるという試算もある」とシンポジウムで述べた。同名誉教授は耐震設計や設計基準の見直し、強化を提唱しているが「(研究者の)指摘に対して『その通りだ、そうしよう』と思わせる学術側の説得力が必要」と研究者側にも訴えかけている。

 和田名誉教授がシンポジウムの席上示した提言の素案は「大都市の耐震安全性は低すぎる」ことを序論とし、発生確率が50年間で2%の「極大地震動」と同10%の「大地震動」に分け、それぞれ「都市機能の回復力の確保」、「都市・建物の機能維持」を対策の柱にしている。そして「高耐震化推進のための社会システムの整備」を掲げている。今後の議論で具体的な内容を肉付けして説得力ある提言にする予定だ。

「東京に大都市機能が過度に集中している」「現在の東京など大都市の防災対策はあまりに脆弱」が和田名誉教授の問題意識の根底にある。提言は大都市の安全性の向上に向けた長期的観点に立った政策の重要性を具体的に強調する内容になりそうだ。

 シンポジウムの世話役をした田村和夫(たむら かずお)千葉工業大学教授は「地震被害の多くは建物被害に起因する」と断言する。そして地震防災の基本は「建物の高耐震化による被害低減」とし「地震発生後の避難、避難生活や復旧・復興のための施策は重要だが、地震による被害を低減し、地震後の対応を軽減するためには建物や施設が地震時に被害を受けないようにすることが重要」「建物の耐震性を高めることで地震時の被害総額を減らすことが、コストパフォーマンスの観点でも人命保護の観点でも最も効果的だ」と指摘している。田村教授は、建物の高耐震化の費用と地震による損失などを試算しているが、「新築建物の耐震性を5割高めるのにかかる費用は建物全体の建設費の中ではごくわずか」という。

 政府は、国土強靭化(きょうじんか)基本法に基づいて、地方自治体などに地域の強靭化計画策定を要請している。しかし、防災学術連携体のメンバーらが指摘している建物の高耐震化などは十分に進んでいないのが現状だ。関連法整備やきめ細かい予算措置など政府や行政担当者に対応を急いでもらいたい課題は多い。今や「天災はいつでも、どこにでもやって来る」が現代の警句だろう。自然災害や防災に関わる多くの学者、研究者が参加する同連携体の積極的問題提起や提言に期待したい。

写真 日本学術会議シンポジウム「大震災の起きない都市を目指して」(8月 1日、東京都港区の日本学術会議講堂)で講演する田村和夫・千葉工業大学教授(左下)
写真 日本学術会議シンポジウム「大震災の起きない都市を目指して」(8月 1日、東京都港区の日本学術会議講堂)で講演する田村和夫・千葉工業大学教授(左下)

 8月27、28の両日に東京大学本郷キャンパスで『第1回防災推進国民大会』が内閣府などの主催で開かれる。この一環として28日に学術会議と防災学術連携体が主催してシンポジウムが開催される。タイトルも『52学会の結集による防災への挑戦』と意欲的だ。

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