レビュー

ILC計画を実現するためには

2016.06.17

中村直樹

 昨年、梶田隆章(かじた たかあき)東京大学宇宙線研究所所長がノーベル物理学賞を受賞し、普段は素粒子物理学に全く関心のない多くの人たちも、興味を抱いたことだろう。素粒子物理学分野では、新たなプロジェクトが動き出している。業界内では話題になっているILC(国際リニアコライダー)計画だ。全長約30キロの直線状の加速器をつくり、現在達成し得る最高エネルギーで電子と陽電子の衝突実験を行う。宇宙初期に近い高エネルギーの反応をつくり出すことで、宇宙創成の謎、時間と空間の謎、質量の謎に迫るものだ。

 プロジェクトのホームページには「ILC計画は、現在欧州CERN研究所で稼動しているLHCの次に実現すべき有力な大型基幹計画として、世界中の素粒子物理学者の意見が一致している計画です。ILC計画を進めるために、アジア・欧州・米国の3極の素粒子物理学者による国際共同研究チームがつくられ、私たち日本の研究者も世界中の研究者と密接に協力しながら研究を進めています」と掲載されている。

 さて、このILC計画を実現するためには、何が必要になるのだろうか。まず重要なのはチームワークであろう。多くの研究者や学生などが携わるため、いかに合理的に意思決定し、トラブルが発生した際にも素早く適切に対応するかが求められる。また、最先端の科学研究を進めるためには、企業との連携による最先端の技術開発が必要である。スーパーカミオカンデも浜松ホトニクスの存在なしには実現しなかったであろう。

 ただし、何と言っても重要なのは、大型のプロジェクト経費を確保することだ。CERNのLHC(大型ハドロン衝突型加速器)を見ても分かるように、素粒子物理学の大型研究プロジェクトは一国だけでは負担できないほどの規模になってきている。特にILC計画では、土地取得代金を含まない建設費だけで約9,000億円のコストがかかると見積もられている。

 現在の科学技術関係経費(平成28年度予算案では約3.5兆円、うち科学技術振興費1兆2,929億円)から捻出するとなると、他分野にも大きな影響を与えることになる。そのため、文部科学省などは消極的だが、岩手県などは奥羽山脈に誘致しようと攻勢を強めている。また、ILC推進議員連盟など、政治の動きも今回のノーベル賞受賞で活発化している。そうすると、どこから予算を取ってくることが可能なのか。

 例えば、これまでの大型学術研究プロジェクトでは全く考えられなかったことだが、ILC計画の場合、地盤の安定した奥羽山脈の地下にトンネルを掘るのであるから、プロジェクト終了後に核廃棄物の最終処分場をトンネルのさらに地下に深くにつくるのであれば、その費用を最終処分場建設予算から捻出することができる。

 もちろん、これは仮定の話であるし、地元の理解などさまざまなハードルを越えなければならないため、現実的にはかなり難しいことだ。ただし、財政状況が厳しく、さらに消費税の増税も延期され、社会保障費がますます財政を圧迫する中、大型プロジェクトを進めるのであれば、清濁併せのむ覚悟も必要になるだろう。

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