レビュー

医療を産業と見る目は

2013.03.06

 東京新聞6日朝刊の生活・健康面に中村祐輔・シカゴ大学医学部教授のインタビュー記事が載っている。中村氏は2011年1月、政府の内閣官房に新設された医療イノベーション推進室の室長に就任した後、わずか1年で辞任し、米シカゴ大学教授に転じてしまった。政府の対応に大きな不満があったため、と伝えられている。今回の記事からも、医療に対する日本と米国の取り組みに大きな違いがあることを感じた読者は多いのではないだろうか。

 中村氏は、がん遺伝子の研究成果を「がんペプチドワクチン」の開発につなげた業績で知られる。政府の支援が十分といえない中、賛同する国内医療機関の協力を得て臨床試験も進めていた。東京大学医科学研究所の教授から大きな行政権限も併せ持つ医療イノベーション推進室長に就任したのに、なぜ辞任してしまったのか。東京新聞の記事の中で、中村氏は次のように言っている。

 「基礎研究から創薬までにかかわる文部科学省や厚生労働省、経済産業省などの役人は、自分の部署に予算を取ることしか考えていない」

 さらに氏が力を注いできたゲノム医療に関しても、非常に悲観的な見方を示している。

 「日本ではいまだにゲノム医療が過小評価されて、研究支援体制が格段に貧弱だ。厚労省や医療イノベーション推進室でゲノムの話をしても、ABCを知らない人に英語を話しているみたいに通じない。悲惨な状況を通り越して、絶望的。患者たちが立ち上がらない限り、国に期待しても動きません」

 ゲノム研究と臨床を結び付けようとすることに、日本の行政も、現場の医療関係者の多くも関心を示さないということだろう。

 米国での研究生活が長く、筑波大学に設けられた国際統合睡眠医科学研究機構の拠点長に就任したばかりの柳沢正史教授(テキサス大学サウスウェスタン医学センター教授も兼務)は「科学政策を決める人間は、プロつまり元研究者であるべきだ。例えば米国立衛生研究所(NIH)にいくら予算をつけるかは、政府が決める。しかし、研究費をどう配分するかは、所長以下幹部が全員元研究者であるNIHが決めている」と言っている。

 NIHが医学、生物学の巨大な国立研究所であるとともに、巨額の研究費配分の権限を持つ政府機関であることはよく知られている。

 「膨大な数の人のゲノムを調べるのに巨額の研究費を投じても、それが5,000億円、1兆円という新薬開発などにつながり、世界の医療市場を制覇できればよい。中村教授をシカゴ大学に引っ張ったのも、そうした医療を有望な産業と捉える米国の戦略の表れ。勝ち目は薄いとはいえ、一矢報いるくらいのことを日本もやらないと」

 そんな声も、中村氏の業績を評価する日本の臨床医学者から聞かれるのだが…。

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