レビュー

研究費配分における多様性確保とは

2010.05.04

 日本化学会の岩澤康裕会長(日本学術会議第三部長 電気通信大学教授)ら26の学会会長が科学技術政策について強い危機感を表す共同声明を発表した。その中で、研究費配分が一部の研究者・機関に集中している現状を、科学の発展に欠かせない多様な研究の芽をつみ、科学技術立国という日本の国策にとってもマイナスだ、と強く批判している。

 研究費配分については今の第3期科学技術基本計画を策定した総合科学技術会議議員(当時)の阿部博之・元東北大学総長も現状を憂慮している。「大きい発明、発見は意外なところから出てくることが多い。後で画期的な成果を生む可能性がある研究は山ほどあり、そういう研究の多様性を大切にしていかないと、白川英樹(注)さんのような独自性のある研究成果も生まれない」と言い切っている。阿部氏によると、現状は「旧帝大と東京工業大学といった大学に予算が集中して地方の大学に行かず、画一的になり過ぎている」という。(2009年6月22日インタビュー・阿部博之 氏「知のエートス - 新しい科学技術文明創るために」第5回「芽は多様性の中から」参照)

 政府の行政刷新会議は、4月に行った事業仕分け第2弾の科学技術振興機構に対する仕分け評価で、批判の矛先を機構外に向けた。「総合科学技術会議が機能を果たしていない」というコメントをつけ、科学技術政策を抜本的に見直す考えを明確にしている。

 26学会会長の声明は、このような時期に出されたことから、その提言は政府のこれからの検討にも影響を与えるものと思われる。

 ただし、「GDP比1%以上の研究費確保」といった提言は、既に川端文部科学相も言っている。研究の多様性を確保するためにはどうすべきか、具体的な数字も挙げて訴え、提言した方がよりインパクトは強かったのではないだろうか。「多様な研究費の確保は科学・技術の発展に必須だ」としているのは分かるが、続く記述が以下のようでは多くの人にはぴんと来ないだろう。

 「オールジャパンで取り組む必要がある課題の推進に必要な、年間10-20億円のいわゆる中規模設備や中規模研究費分類を整備する必要がある。また、大型施設は必要ではないが多数の研究者が長年にわたり行う年間数10-100億円の大規模研究分類を設ける必要がある」

 昨年5月に出版された「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」(丸善プラネット)の編著者である前田正史 氏・東京大学理事・副学長の主張は以下のようだ。

 「科学研究費補助金は東大のまじめにやっている自然科学系の教授だと年間300万円ぐらいもらえる。1年休んで、次の年にまた 300万円もらえるか、というのが今の状況。これで新しい先進的な研究ができるかといったら、竹やりのレベルだが、3倍の1件、1,000万円程度になったら違う。現在総額2,000億円の科学研究費補助金を3倍の6,000億円にするだけでも、大きな効果が期待できる」(2009年11月16日インタビュー・前田正史 氏「イノベーションの議論を超えて」第5回「少なすぎる研究投資」参照)

 こちらの提言の方がだいぶ分かりやすいのではないだろうか。

 科学研究費補助金を3倍に増やす必要があるということについては、科学技術振興機構の北澤宏一理事長も同意見だ。科学研究費補助金は同機構の所管外だが、北澤氏は日本の研究支援体制を2段ロケット方式に例え、それが大きな効果を挙げているというのが持論である。科学研究費補助金が第1段に相当し、科学技術振興機構が担当する戦略的創造研究推進事業が第2段だ、とするとらえ方だ。

 北澤氏はロケット1段目に相当する科学研究費補助金を「優れた研究を産み出すための豊かな苗床」とみなし、「一人あたり300-400万円の科学研究費補助金を支給されているのはまだ研究者のうちの25%にすぎない。研究費をもらえない研究者がこんなに多いのは研究人材の活用という観点からもったいない話で、科学研究費補助金の総額を3倍程度に強化する必要がある」と言っている。

 ロケット2段目の戦略的創造研究推進事業は科学研究費補助金を受けている研究者の中から、産業シーズにつながる可能性のある領域の研究を進めている研究者1%を選び抜き、科学研究費補助金より1けた多い研究費を5年間支給している。「1%では選に漏れる優れた研究提案が多すぎる。今、支給されている人数の3倍くらいは優秀な候補がいる」と北澤氏は言う。結局、1段目(ボトムアップ型基礎研究)、2段目(トップダウン型目的基礎研究)両方とも、「日本の基礎研究は現在の3倍程度に強化されることが望ましい」ということだ。(2009年1月9日ハイライト・北澤宏一 氏「研究推進の新たな展開」参照)

 前田、北澤両氏とも科学研究費補助金が3倍必要ということで一致している。ただ、前田氏は一人当たりの金額増、北澤氏は支給される研究者の数の増加が必要だとしている。一方、26学会会長による声明は、運営費交付金、私学助成金が削減されてきた現状を強く批判しているが、ではどのような研究費配分を望んでいるのかいまひとつはっきりしない。

 どこにどれだけ必要か、研究者の側がまず明確に主張しないと、研究費増の実現は難しいのではないだろうか。

 (注) 白川英樹 氏=筑波大学名誉教授。導電性高分子の発見、研究で2000年ノーベル化学賞受賞。きっかけとなった導電性ポリアセチレンの発見は東京工業大学助手の時代で当時、その研究成果は国内であまり関心を呼ばなかった。

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