レビュー

医療問題の難しさ

2009.03.03

 文部科学省と厚生労働省の「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」が、2月26日「臨床研修制度等に関する意見のとりまとめ」を公表した。

 現行の臨床研修制度は5年前、「医師としての人格のかん養とプライマリ・ケアの基本的な診療能力の修得」のためのよりよい制度として導入された。限られた専門科の研修に偏ってしまっているなど、それまでの研修に対する批判にこたえた新制度だった。

 しかし「方向としては間違っていないが、準備不足で、手順が間違っていた」(吉川洋 氏・社会保障国民会議 座長¬=2008年12月8日ハイライト「医療と介護の関係明確に」参照)など、厳しい批判の声が寄せられている。「若い医師の地域的なローテーションは、それぞれの大学の付属病院、医学部の医局が担っていたのが、研修医制度を改定したとたんに大学、病院の若い医師がいなくなり、大学、病院が動かなくなってしまった。若い医師に戻って来いということになり、地域の若い医師がいなくなってしまった」(吉川 氏)というわけだ。

 大学側からは、確かに吉川 氏の見方を裏付ける悲痛な声も聞かれる。「大学から若い医者が消えてしまい、残された医者はほとんど24時間医療だけに集中せざるを得なくなった。医療研修は大学病院の医者から研究の時間を決定的に奪ってしまった」(渡邉俊樹 氏・東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカルゲノム専攻長=2009年2月16日インタビュー「基礎研究と臨床医療を隔てる死の谷」第2回「研修義務化で事態さらに深刻」参照)

 今回、公表された「臨床研修制度等に関する意見のとりまとめ」は、こうした批判にこたえた動きの一環とみられる。厚生労働省は、早速この検討結果に盛り込まれた提案の一つを実行に移す案を公表した、と3日の新聞各紙が伝えている。研修医が多く集まる京都、大阪、福岡、神奈川、東京といった大都府県の研修医の募集定員枠を削減、逆に島根、鳥取、高知、新潟、宮崎など医師不足に悩む地方の県の募集定員枠を大幅に増やす見直しという。

 「臨床研修制度等に関する意見のとりまとめ」には、このほか「研修の必須診療科を内科と救急科だけとし、原則1年目に実施。これまで必須だった外科、麻酔科、小児科、産婦人科、精神科は新たに選択必修と位置づけ、この中から各研修医が2診療科を選択する」といった大きな見直し案も含まれている。ただし、2年間という研修期間については変更の提案はない。研修期間の短縮は議論されたものの、合意できなかったということだろう。

 今回のとりまとめで目に付くのは、見直しの方向などを提案した本文の後に、詳細な議論の過程が「主な意見」として付記されていることだ。医療の問題は、専門家、関係者だけでなく多くの国民に考えてもらわないといけない。検討会あるいは厚生労働省、文部科学省がそう考えて検討過程で出された意見を詳しく伝えようとしたなら、いいことではないだろうか。日本の医療が抱える問題は根が深く、簡単には解決できないことを多くの国民がもっとよく知った方がよいと思われるからだ。

 「臨床研修制度が始まる時から、これを実行すれば日本の地域医療は崩壊するだろう、田舎から医者がいなくなるだろう、科の偏在も起きるだろうと言っていた。この委員会でどのように臨床研修制度を変えたらいいのかというスタンスでやったほうがよい」

 「新臨床研修制度が地域の医師不足を招いたと言われていることに、信憑(しんぴょう)性があるかどうか疑わざるを得ない。千葉県のように、一生懸命やれば若いお医者さんは集まる。実際に、地域でも新臨床研修制度がいい具合に動いている。すぐれた指導医とか研修体制があればそこに人が集まる」

 「毎年、医師総員は少しずつ増えてきたのに、ここ数年の間に、医療崩壊というのが社会問題化した。この間に変わった制度は、臨床研修制度以外にない。研修医は各診療科のマンパワーにはなっていない。約15,000名から16,000名の医師が突然消えたというのと同じ状況になっている。全国医学部長病院長会議のデータによれば、人口50万人未満の小さな都市しかない都道府県では研修医が大学に30%しか残っていない。大学の医師派遣機能の大幅な低下を招いて、今の地域医療の崩壊を招いている。数カ月あるいは1年でつぶれていくような病院が、地方にはたくさんある」

 「研修医のアンケートでは、大学病院より研修病院の方が評価が高い。マンツーマンで、オン・ザ・ジョブのトレーニングで指導している。中小病院があまり手術や救急をやらないため、大学病院に患者さんが殺到している。それで臨床はますます忙しくなって、研修医に手がなかなか回せない。この問題は、日本の医学教育、医療提供体制すべてにかかわる問題」

 「今回の研修制度をどうして変えたかというと、専門の病気しか診ない、それ以外の領域は診ないというタイプの医師があまりにも目立ってきたので、将来、どういう専門分野に行くにしても、幅広い研修を受けてもらうというのがスターティングポイントだった。本当は1年でよかったのかもしれないが、卒前の臨床実習が大学によって非常にバラつきがあって、卒後2年間は必要ではないかということで2年間のプログラムを考えた。それが地域の医師不足の引き金になったというのは、ある程度はそうだろうが、ほかにもたくさんの要因がある中の1つだと思っている。もしプログラムを考えるということならば、まず卒前教育でどの程度の改善ができるかということを担保した上で、卒後教育を動かさなければならない」

 「この制度が入ったのは、専門分化が進みすぎたからプライマリ・ケアに対応できるような基本的なものを入れようということだった。研修が終わった後に、専門医をいかに養成するかをターゲットにして学部の教育と初期研修と後期研修を考えるということ。大学の派遣というのは、派遣であると同時に、医師の養成の場でもある。大学は派遣をしているから悪いのではなくて、派遣をしながら養成してキャリアアップをしているのが崩れたところに、大きな問題があるのではないか」

 「大学の先生方は自分の専門も大事だと思うが、少し視野を広げ、全体としてどういう方向に行ったらよいのかをよく考えてもらいたい。社会に対しては、現場に出さないと学生は育たない。百パーセント要求されたら、学生は現場に出ていけない。あらためて医師養成はどうあるべきかを社会的にも十分検討してもらいたい」

 「研修の期間を、もし1年にするならば前倒しで学部教育をもっときちんとするということが条件」

 これらは「臨床研修制度等に関する意見のとりまとめ」に付記されている「主な意見」のほんの一部だ。

 日本の医療をよくするのに即効薬のようなものは期待できない。こうした意見を読んでそう考える人は多いのではないだろうか。

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