レビュー

研究者のメディア・トレーニング

2009.02.03

 毎月初め当サイトに掲載している英国在住のフリーランス・コンサルタント、山田直 氏のリポート「英国大学事情」第2号に、興味深い記述がある。

 「英王立協会では以前、博士号取得前の若手研究者の優れた研究を表彰する制度で、3位以内の受賞者に賞金のほかに、1日コースのメディア・トレーニングを副賞として付けていたことがあった」

 受賞した若手研究者が将来もっと良い研究業績をあげてメディアの取材を受けるときに、うまく対応すれば当の研究者だけでなく科学全体にとっても大きなメリットがある、という狙いのようだ。iPS細胞研究で突然、時の人となった山中伸弥・京都大学教授のその後のメディア対応を見て、なるほどと思う人が多いかもしれない。

 「以前、あった」ということは、今はないということだろうか。しかし、効果がなかったからやめたのではないだろう。もっと大がかりにやる必要がある、と発展的に解消したのではないか。山田 氏のリポートの柱は、英王立協会と公的研究助成機関である研究会議が、科学者のためのコミュニケーション・トレーニングにいかに力を入れているかを紹介することだからだ。

 王立協会のトレーニングは「コミュニケーション・スキル・コース」と「メディア・トレーニング・コース」があり、月1回1年のコースという。費用は400ポンド(5万4,000円)だが、王立協会と研究会議の一つである科学技術施設会議(STFC)の研究助成金を受けている研究者のコース参加費は、それぞれの機関が負担する。バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)の「メディア・トレーニング」の場合は、同会議の競争的研究助成金を受けている英国の大学や研究所のプリンシパル・インベスティゲーターと研究プロジェクトリーダーは無料で参加でき、同じく同会議の助成を受ける博士課程学生も参加が可能という。

 この種の研修が真に効果が期待できるかどうかを見るポイントは、トレーニング内容が過不足なくそろっているかに加え、すぐに役立つ具体的な指導、訓練が含まれているかではないだろうか。

 「民間のメディアは市民に国内外の情報を伝えるという重要な役割も担っているが、売り上げによって動かされることもあることを常に頭に入れておく必要がある。メディアは、情報普及のための無料サービスをしているわけではない」

 「ジャーナリストの仕事は読者や視聴者にとって興味ある話を科学者から引き出すことであり、科学者が何をしているかを知ることではない」

 「インタビュアーの質問どおりに答える必要はない。インタビュアーは、科学者の研究にそれほど関係ない質問や非常に細部の質問をしてくることもあるが、科学者がカバーしたい主要なポイントについて自信を持って話すべきである」

 いずれも、バイオテクノロジー・生物科学研究会議(BBSRC)が科学者のためにまとめた「メディア・ガイド」に載っている注意事項という。

 こういう現実を当たり前のことと多くの科学者が知っているだけでも、メディアとの対応はだいぶ違ってくるのではないだろうか。

 英王立協会に相当する日本の機関は、日本学術会議である。市民の科学リテラシー向上に力を注ぐのと並行して、科学者自身の「コミュニケーション・スキル」向上と「メディア・トレーニング」についても取り組む価値があるような気がするが、どうだろう。日本学術会議が率先、主体的に取り組む覚悟で。

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