レビュー

生命科学プロジェクトの目的は明確か?

2007.05.17

 「必要性や実現可能性の検討なしにいきなり大型プロジェクトを始め、評価が的確に生かされず次に進んでいく」

朝日新聞17日朝刊オピニオン面に、日本の生命科学研究プロジェクトのありようを厳しく批判する中村桂子・JT生命史研究館館長の記事が載っている。

 「日経サイエンス」6月号に載った「いよいよ始動 がんゲノムアトラス計画」と、「現代化学」5月号の「タンパク3000が残したもの」という記事から、米国と日本の大型研究プロジェクトの進め方を比較し、その違いを指摘したものだ。

 「ヒトゲノム解析をがん理解の一歩と位置づけ」、そのプロジェクトの結果、「同じ臓器、組織のがんでも患者ごと、腫瘍ごとにゲノムの変化パターンは大きく異なり、100を超えるタイプの研究が必要とわかった」。そこで新たなプロジェクトをスタートさせる意義があるかどうかを検討し、脳腫瘍、肺がん、卵巣がんという代表的な3種のがんのゲノム変化地図を作成するプロジェクトを始めることにした。「この方法の有用性が見極められなければプロジェクトは進めない」という前提で。

 こうした米国のやり方に対し、3千種のたんぱく質の立体構造と機能の解明を目指した日本のプロジェクト「タンパク3000」は、米国のヒトゲノム解析が終了する直前の2002年にスタートする。しかし「具体的な目的や、なぜ3千種なのか、どんなタンパク質を調べるのかについての科学的検討のないまま始まり」、昨年度終了したが、「薬品産業や医療に直接結びつく成果は出ていない」と中村氏は書いている。

 さて、氏は触れていないが、「タンパク3000」プロジェクトが、“すばやく”スタートしたのは、「ヒトゲノム解析」で米国に先を越された苦い思いから、と指摘する声がある。ヒトゲノム解析の重要性は、和田昭允・東京大学教授(当時)が世界に先駆けていち早く唱えた経緯があるからだ。

 文部科学省のナノテクノロジネットワークセンターのメールマガジン(2004年3月16日付)にも、次のような記述がある。「和田氏の構想は、『DNAの抽出・解析・合成技術の開発に関する研究』と題され、1981年に国家プロジェクトとしてスタート。ところが、当時の日本では大量解読の重要性について研究者の理解が得られず、プロジェクトは暗礁に乗り上げてしまい、最終的にはアメリカで解読技術は完成した」

 中村氏は、「タンパク3000」のようなプロジェクトの進め方をしていると、「科学の本質を深く考える研究者が育たない」と警鐘を鳴らしている。その主張の根底には「本来研究は個人的なもの」いう考えがある。

 大型研究プロジェクトにおける研究者の役割と責任は、古くて新しい問題ということだろうか。(朝日新聞の引用は東京版から)

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