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哺乳類の「性」権交代の瞬間捉える

2014.10.06

 哺乳類はヒトも含め、Y染色体上のSRY遺伝子によって性が決まっている。いわば、哺乳類の性は「SRY遺伝子」の独裁政権だが、沖縄に生息するトゲネズミは、SRY遺伝子をもっているのに、機能しておらず、新しい遺伝子に性決定権が移行していることを北海道大学大学院理学研究院の黒岩麻里(くろいわ あさと)准教授と大学院生の木村竜太郎さんらが見いだした。

 新旧の性決定遺伝子が共存する「性」権交代の瞬間を捉えたのは哺乳類で初めて。性決定の進化を探る新しい手がかりといえる。徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部の村田知慧助教、東北大学東北メディカル・メガバンク機構の黒木陽子准教授との共同研究で、9月29日付の米オンライン科学誌プロスワンに発表した。
約5000種ある哺乳類はほとんど、Y染色体上のSRY遺伝子によってメスからオスになるよう誘導される。しかし、ごく例外的に、SRY遺伝子の独裁が崩壊している種がいる。奄美大島のアマミトゲネズミと徳之島のトクノシマトゲネズミで、SRY遺伝子が完全に消失しており、新しい性決定遺伝子に支配されている。

 研究グループは、これらのトゲネズミに近縁で、沖縄本島北部に生息するオキナワトゲネズミに着目した。トゲネズミは世界中でこの3種だけ。オキナワトゲネズミは沖縄本島の固有種で、その生息情報が途絶えて絶滅したかと心配されていたが、2008年に約30年ぶりに再発見され、「幻の哺乳類」と言われている。このオキナワトゲネズミはSRY遺伝子をもっており、その機能を調べた。

 SRY遺伝子が作るタンパク質は通常、性決定に働くSOX9遺伝子の上流配列(TESCO配列)に結合し、SOX9遺伝子を活性化させる。SRYをもたないアマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミ、SRYをもつオキナワトゲネズミのそれぞれのTESCO配列を単離し、塩基配列を解読した。

 その結果、トゲネズミの3種すべてでTESCO配列は活性化能をもっていなかった。トゲネズミの TESCO配列に変異が蓄積し、SRYタンパク質がうまく結合できなくなっていた。さらに、オキナワトゲネズミのSRYタンパク質は、正常なTESCOにも結合できなかった。この事実から、SRY遺伝子は存在しているが、うまく働くことができず、新しい遺伝子に性決定権が移行していることがうかがえた。新旧の性決定遺伝子が共存するような移行状態はこれまで知られていなかった。

 黒岩麻里准教授は「オキナワトゲネズミで哺乳類の性決定権交代の瞬間を初めて捉えた。3種のトゲネズミの新しい性決定遺伝子の実体はまだわかっていない。その遺伝子を突き止めたい。トゲネズミの比較研究を究めれば、哺乳類の性決定の進化について新しい知見を得ることができる。オキナワトゲネズミは性決定遺伝子の移行期にある極めて珍しい哺乳類で、学術的な価値が見直され、保全活動への契機となることを願っている」と話している。

 ヒトを含む一般的な哺乳類(上)とオキナワトゲネズミ(下)の性決定の仕組み
図. ヒトを含む一般的な哺乳類(上)とオキナワトゲネズミ(下)の性決定の仕組み(提供:北海道大学)
性決定権交代の瞬間を捉えられたオキナワトゲネズミ(オス、幼獣)
写真. 性決定権交代の瞬間を捉えられたオキナワトゲネズミ(オス、幼獣)
(提供:黒岩麻里・北海道大学准教授)

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