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“細胞死”を阻止する赤痢菌の巧妙戦術

2013.05.29

 腸管の粘膜上皮細胞には、病原微生物が侵入して感染すると、免疫反応によって炎症を起こしたり、感染した細胞を自殺(細胞死)させて除去するなどして、からだ全体を守る仕組みがある。ところが赤痢菌は細胞内に侵入すると、特異的な物質を分泌して「細胞死」を抑制し、感染した細胞を生き永らえらせている。東京大学医科学研究所の小林泰良(たいら)学術支援専門職員や笹川千尋名誉教授らは、その原因物質と仕組みを特定した。赤痢菌は自分の増殖や感染拡大の足場を確保するために、宿主の細胞死を阻止しているとみられる。こうした赤痢菌の巧妙な戦略が、赤痢菌だけでなく、その他の細菌感染症や敗血症などに対する新薬開発の手掛かりになるかもしれないという。

 細胞死は、生体細胞内にある数種類の「カスパーゼ」と呼ばれるタンパク質分解酵素が関係して、引き起こされる。赤痢菌は数種類の病原因子「エフェクター」をもち、これを粘膜上皮細胞内に注入して感染するが、どのようなエフェクターがカスパーゼに関わり、どのような仕組みで細胞死を抑制するのかは不明だった。

 研究グループは、エフェクターを“作らない”変異体の赤痢菌を見つけようと複数の菌株を調べ、「OspC3」エフェクターを作るべき遺伝子のない赤痢菌を見つけた。この遺伝子欠損菌を腸管上皮細胞に感染させると、2-4時間後という短時間で著しく細胞が傷害され、電子顕微鏡でも細胞膜の傷害の様子が観察された。モルモットを使った実験でも、この菌によって腸管上皮細胞に細胞死が起き、出血を伴う組織破壊が見られたほか、粘膜組織中の赤痢菌数が減少したことも確認された。

 さらに「OspC3」は、いくつかあるカスパーゼのうちの「カスパーゼ4」に特異的に結合して、カスパーゼ4本来のタンパク質分解の働きを抑え、細胞死を阻止することが分かった。

 カスパーゼ4が関係する細胞死は、赤痢菌以外の腸管病原性細菌であるサルモネラと腸管病原性大腸菌の感染細胞でも観察されたことから、カスパーゼ4が引き起こす細胞死は、宿主細胞による病原体排除のための共通した機構と考えられる。さらにカスパーゼ4の敗血症への関与も最近注目されており、これらの細菌感染症や敗血症に対する特異的阻害薬の開発が期待さるという。

 研究論文“The Shigella OspC3 Effector Inhibits Caspase-4, Antagonizes Inflammatory Cell Death, and Promotes Epithelial Infection”は『Cell Host & Microbe』(オンライン版、5月15日)に掲載された。

“細胞死”を阻止する赤痢菌の巧妙戦術

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