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歴史・宗教×科学技術で織りなす新たな防災・減災システム≪稲場圭信さんインタビュー≫

2021.03.11

防災・減災を寺院で広める稲場さん(稲場圭信 提供)
防災・減災を寺院で広める稲場さん(稲場圭信 提供)

地震や豪雨などの自然災害が頻発する中、一層の災害対策が求められている。宗教社会学を専門とする大阪大学大学院人間科学研究科教授の稲場圭信さんは、歴史・宗教など人文社会科学の知と自然科学の知、さまざまな現場の知を融合し、地域の防災・減災システムの開発と社会実装に取り組んでいる。多様な関係者と連携して進めている研究活動の内容や、歴史・宗教から学ぶ防災・減災などを聞いた

英国に学び社会課題の解決を目指す

 研究者として実践的に社会課題の解決に関わりたいと以前から考えていた稲場さん。1995年の阪神淡路大震災の際には、避難所となっていた小学校でボランティア活動をした。現地では、お坊さんなどの宗教者がボランティアに取り組む姿も見られたが、宗教者の活動は報道されず、社会に知られることはなかった。

 「宗教者や宗教施設の存在が役立つものと認識されていないとしたら、残念だと思いました。英国には、宗教的な考え方を土台に社会奉仕の概念が発達し、ボランティア活動が広まり、その活動が地域に根づいてきた歴史があります。そこで、翌年から英国に留学し、現場での実践について学びました」

 留学で、研究者と地域・宗教の連携が重要だと学んだ稲場さんは、国内でもその活動を広めようと、現場での実践を心がけたという。大きな転換点は2011年の東日本大震災(3.11)だった。

 「高台にあった神社や寺院が緊急避難所となり、多くの命を救いました。地域住民の方々は、こうした高台の神社や寺院に避難すればよいことを、昔からの言い伝えで知っていたのです。私も宗教者の方と一緒に現地に入りましたが、この様子が複数のメディアに取り上げられました」。1995年には報道されなかった宗教者の活動が、ようやく社会に発信された。

過去にも神社・寺院が避難場所に

 津波がどこまで到達したかを示す「浸水線」を調べると、その線に沿って神社や寺院が並ぶ地域があると分かる。例えば山形県鶴岡市の沿岸部では、想定される津波の高さよりも標高が高い場所に多くの神社や寺院が建つ。2019年の山形県沖地震の際にも、地元の人々はこうした場所に避難したという。

災救マップで見た山形県鶴岡市付近。日本海沿岸を走る国道7号線沿いに多くの神社や寺院が避難所指定されている ※編集部が稲場先生ご提供の資料を参照し改変
災救マップで見た山形県鶴岡市付近。日本海沿岸を走る国道7号線沿いに多くの神社や寺院が避難所指定されている ※編集部が稲場先生ご提供の資料を参照し改変

 3.11でも、建物の手前までしか津波が到達せず助かった神社が多数あった。津波の被害を逃れた場所は、昔の自然災害も乗り越えていることが多く、津波が来たことを示す供養塔や慰霊碑などが残る。「ここまで津波が来た」「ここに逃げれば大丈夫」という過去の歴史や経験が地域住民の間で語り継がれ、今でも避難場所として知られているのだ。

 神社や寺院、教会などの宗教施設は、全国に約20万カ所ある。稲場さんは、こうした宗教施設が地域社会の資源になると考え、災害時の避難所としての活用など、防災・減災やコミュニティー作りに役立てるための研究活動を行っている。

 「東日本大震災の経験や、その後の自然災害の頻発を踏まえ、自治体によって新たに避難所指定される宗教施設も増えています。避難所は学校や公民館などの公的施設だけではないのです」

地域住民向けの講習会、防災士も参加。写真は2017年10月泉大津市災救マップ防災まち歩きに関わる寺院での説明会(稲場圭信 提供)
地域住民向けの講習会、防災士も参加。写真は2017年10月泉大津市災救マップ防災まち歩きに関わる寺院での説明会(稲場圭信 提供)

自治体との連携、進むボランティア登録と課題

 東日本大震災から10年。災害に備えた自治体と宗教施設の連携は進んでおり、自治体と協定・協力関係にある宗教施設は、全国で2000を超える。例えば、2017年、東京都宗教連盟は災害時に宗教施設で帰宅困難者を受け入れることなどに関して、東京都との連携を申し入れている。

都庁で宗教施設と災害時連携をする重要性を小池知事に説明する稲場さん(稲場圭信 提供)
都庁で宗教施設と災害時連携をする重要性を小池知事に説明する稲場さん(稲場圭信 提供)

 また、ボランティア登録制度や被害状況把握のためのシステムなど、災害支援の仕組みも整ってきている。一方で、登録しない限りボランティアできなかったり、システム入力に手間を取られたりと、仕組みに縛られて融通が利かなくなっている面も否めない。

 そんな中、2020年に豪雨の被害を受けた熊本県では、現状では拾いきれないニーズに対応するため、柔軟な仕組みを別途作ろうとする動きも始まった。稲場さんは、たとえ地域レベルの活動であっても、今は良いものが全国に広まりやすいと話す。

 「以前は一部の人しか読めなかった行政の報告書も、今はWeb上で読めますし、SNSでわかりやすく発信する人もいます。情報が簡単に共有できることで、良い活動がさらに改善されて広まっていくと考えています」

利用者自ら避難所情報を発信できる「災救マップ」

 稲場さんは宗教施設などの地域資源を活用した減災・見守りシステムの構築も進めている。2013年には、全国の避難所と宗教施設のデータ約30万件が登録された災害救援・防災マップ「未来共生災害救援マップ」(災救マップ)(https://map.respect-relief.net/)を公開した。

 災救マップの最大の特長は、全国にある約20万件の宗教施設のデータが登録されていることだ。災害時における救援活動の情報プラットフォームとなるほか、平常時から地域のコミュニティーづくりに貢献することも目指している。

未来共生災害救援マップ(災救マップ)https://map.respect-relief.net/
未来共生災害救援マップ(災救マップ)https://map.respect-relief.net/

 開発で重視している点は3つある。まず、使い勝手の良さ。ブラウザーでどんな端末からでも閲覧できる。また、旅行中や出張中など、自分の住む地域以外で被災しても使えるように、全国版となっている。次に、負荷が小さいこと。データ量が大きいサイトは、災害時にはスムーズに動かないため、できる限り軽くしている。最後に、一般利用者が自ら情報を発信できること。自治体の職員も災害時には被災するため、現場に入れないこともある。行政が避難所の状況を把握できないことが考えられるため、現地の人や近隣の住民が自らSOSを出せるようになっているのだ。

「明かりでホッとする」という声から始まった「たすかんねん」

 さらに稲場さんは、減災・見守りシステムの一環として、2017年に防災・見守りに関する共同研究を立ち上げ、企業と連携して独立電源通信機「たすかんねん」を開発した。風力発電と太陽光発電が可能で、蓄電池も内蔵されているため、災害時に停電が発生しても電力が供給できる。LED照明、見守りカメラ、Wi-Fi機能も搭載されており、平常時にも地域の安全安心に貢献する。

 「東日本大震災のとき、一切の明かりが消えてしまった中で、お寺に避難した方々が『ろうそくの明かりでホッとする』『暖かく感じる』とおっしゃっていました。これが強く印象に残り、開発のきっかけになりました。電気と通信があれば、人は困難な状況でも何とか生きていこうと思えるのではないでしょうか」

 2019年に起きた千葉県の台風・豪雨では、電柱の破損や倒壊なども多く広域で断線が起きた。稲場さんも共同研究で連携している企業とともにたすかんねんを現地に設置し、救援活動に加わった。

独立電源通信機「たすかんねん」を千葉県で設置(稲場圭信 提供)
独立電源通信機「たすかんねん」を千葉県で設置(稲場圭信 提供)

地域住民と楽しめるイベントを開催

 稲場さんの活動は、多様な人との協働で成り立っている。災救マップやたすかんねんの開発では、企業や一般社団法人、技術の専門家と連携した。稲場さんは、業界や専門分野の垣根を越えて、さまざまな人と定期的にオンラインで意見交換をしているという。

 「自分と違う領域の人たちとの共創には時間がかかりますが、新しいものが生まれる可能性に期待し、お互いにないものを補い合いながらコミュニケーションを重ねることが大切なのではないでしょうか」

 もちろん地域住民との連携も必要だ。稲場さんは、地域のNPOや自主防災組織、行政の危機管理担当者などとともに、災救マップを使って誰もが楽しめるイベントを開催してきた。忙しい日常を優先し、つい備えが後回しになってしまうこともあるだろう。だからこそ、参加したくなるような楽しい企画が必要なのだ。

 「大阪府泉大津市や三重県伊勢市では、地域の方々と一緒に、災救マップを使った街歩きイベントを実施しました。また、大阪・久宝寺緑地での防災フェアでも、災救マップに避難所情報を登録し、自衛隊の方々に物資を持ってきてもらうという訓練を行っています。皆さんとても楽しんでいて、世代を超えた交流も生まれていました」

大阪・久宝寺緑地での防災フェア(稲場圭信 提供)
大阪・久宝寺緑地での防災フェア(稲場圭信 提供)

減災・見守りシステムの社会実装に向けて

 稲場さんが開発した減災・見守りシステムは社会実装の段階に入っている。災救マップとたすかんねんをセットで各自治体に導入することが当面の目標だ。

 災救マップは、2021年4月にリニューアルを予定。新型コロナウイルスの影響で分散避難が求められるようになり、避難所の混雑情報を見える化する。また、たすかんねんは、2019年に長距離拠点間通信の実証実験に成功している。これを避難所となる学校や公民館、宗教施設などに設置できれば、災害で大手キャリアの通信が使えなくなっても、被災地の外と通信可能になる。

災救マップとたすかんねんの連携イメージ(稲場圭信 提供)
災救マップとたすかんねんの連携イメージ(稲場圭信 提供)

 課題は、たすかんねん本体と設置にかかるコストだ。「国の補助金を使って各地に設置できないか検討しています。実装を進める組織として、2019年に一般社団法人地域情報共創センターを設立しました。各自治体との連携を進めています」(稲場さん)

伝承と技術のセットで災害を自分ごとに

 災害には日頃からの備えが大切だ。しかし、災害の記憶は時間とともに風化しやすい。また、正常性バイアス※が働くため、災害時に避難の遅れも生じる。「風化は必ず起きるものです。正しく恐れることが大切だといわれますが、とても難しいことなのです」(稲場さん)。

※正常性バイアス:何らかの危険が想定されるときに、リスクを過小評価して大丈夫だろうと思い込んでしまうこと

 それでも災害を自分ごととして捉えるためには、歴史と技術の組み合わせが効果的だと稲場さんは話す。

 「東日本大震災では、地域で代々語り継がれていた場所に避難したのに、想定以上の津波で助からなかった人もいました。歴史の伝承だけでなく、技術の力を借りて体験と結びつけるのが良いと思います。例えば、災害を経験した語り部さんの話を聞いた後に、タブレットを使って被害予測を学んだり、災救マップを使って楽しく避難訓練を行ったりする。両方からアプローチすれば、捉え方が違ってくるのではないでしょうか」

■稲場 圭信(いなば・けいしん)
大阪大学大学院人間科学研究科 教授
東京大学文学部卒、ロンドン大学キングスカレッジ大学院博士課程修了。ロンドン大学、フランス社会科学高等研究院(EHESS)日本研究所、國學院大學日本文化研究所、神戸大学助教授(発達科学部人間科学研究センター)を経て、2010年に大阪大学准教授。2016年より現職。研究分野は、宗教の社会貢献研究、ソーシャル・キャピタルとしての宗教研究、利他主義・市民社会論。
防災見守り共同研究代表、大阪大学社会ソリューションイニシアティブ(SSI)基幹プロジェクト「地域資源とITによる減災・見守りシステムの構築」代表も務める。宗教者災害救援ネットワーク発起人・共同運営者、宗教者災害支援連絡会世話人、未来共生災害救援マップ運営者。

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