広く知りたい - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Wed, 03 Sep 2025 06:29:48 +0000 ja hourly 1 今夏は平年を2.36度上回り「最も暑い夏」更新 温暖化が気温底上げ、求められる自然災害への備え https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250903_e01/ Wed, 03 Sep 2025 06:29:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54950  気象庁は1日、今夏(6~8月)の日本の平均気温が平年を2.36度上回り、1898年の統計開始以来「最も暑い夏」になったと発表した。2023、24年は平年プラス1.76度でそれまでの夏の最高値だったが、この数値を0.6度更新。3年連続で最も暑い夏となり、気温上昇に歯止めがかからない状態が続いている。

 同庁は今年は11月まで気温が高い傾向が続く可能性があると予測し、引き続き熱中症対策を呼びかけている。また、地球温暖化により「気温が底上げされている」とし、長期的に来年以降も極端に暑い夏が増える可能性が高いという。9月1日は関東大震災が起きた日で大地震・津波や台風を想定して制定された「防災の日」だった。これからは温暖化の影響で激甚化が懸念される記録的な猛暑や豪雨などの自然災害への備えも重要になってきた。

6~8月の平均気温平年差。九州南部などの一部を除きプラス1・5度以上になっている(気象庁提供)
6~8月の平均気温平年差。九州南部などの一部を除きプラス1.5度以上になっている(気象庁提供)
日本の夏平均気温偏差の長期変化のグラフ(気象庁提供)
日本の夏平均気温偏差の長期変化のグラフ(気象庁提供)

全国で延べ30地点が40度以上を記録

 気象庁によると、8月中に群馬県伊勢崎市で41.8度を観測して国内最高記録を更新するなど、全国の多くの地点で最高気温記録を更新した。40度以上となった地点数は延べ30に上り、過去最多になった。今夏の平均気温の平年差は、北日本でプラス3.4度、東日本でプラス2.3度、西日本でプラス1.7度だった。

 全国の「アメダス(地域気象観測システム)」観測地点で最高気温35度以上の猛暑日を記録した地点数積算は、現在と比較可能な2010年以降では最も多かった2024年の8821地点を超えて、9385 地点となった。また、全国153の気象台などのうち132地点で夏の平均気温が歴代1位の高温となった。猛暑日が最も多かったのは大分県日田市の55日で、山梨県甲府市と京都府田辺市がともに53日と続いた。

 また、今夏の日照時間は太平洋高気圧に覆われやすかった北・東・西日本の日本海側、太平洋側の両方でかなり多かった。夏の日照時間平年比は、東日本の日本海側で140%、太平洋側で137%となり、1946年の統計開始以降、夏として1位の「多照」となった。一方、夏の降水量は、前線や低気圧の影響を受けにくかったため、北・東日本の太平洋側と西日本の日本海側、太平洋側で少なかったという。

6~8月の猛暑日地点数の積算の主な年のグラフ(気象庁提供)
6~8月の猛暑日地点数の積算の主な年のグラフ(気象庁提供)
地域ごとの6~8月の平均気温平年差の経過(気象庁提供)
地域ごとの6~8月の平均気温平年差の経過(気象庁提供)

「ダブル高気圧」状態が記録的猛暑の大きな要因

 こうした過去を上回る猛暑の原因について気象庁は次のように説明している。

 日本付近では今夏を通じて偏西風が平年より北に偏って流れやすく、全国的に暖かい空気に覆われた。6月から「太平洋高気圧」が日本へ張り出し、平年は梅雨期で雨が多いが今夏は梅雨前線の活動が弱く、晴れの日が続いた。

 春から盛夏期に向かう季節の進行がかなり早く、東北地方を除き5月に梅雨入り、6月中に梅雨明けとなった。梅雨入り・明けが記録的に早い地域もあった。同時に「チベット高気圧」も強まり、しかも偏西風に押し上げられて北寄りを流れたために暖かい空気が流れ込んだ。2つの高気圧が日本周辺上空で重なる「ダブル高気圧」状態だった。

 9月下旬までの気温と降水量の見通しについて気象庁は、全国的に暖かい空気に覆われやすいため、高い状態が続くと予測。特にこの期間の前半の気温がかなり高くなる見込みとしている。また、北・東・西日本では、6月下旬以降高気圧に覆われ、降水量の少ない状態が続いているが、向こう1カ月の降水量も、高気圧に覆われやすい。このため東日本の太平洋側では平年並みか少なくなるとみている。

11月まで高温続く可能性

 気象庁は8月19日に9~11月の全国の天候見通しを公表している。それによると、11月まで全国的に暖かい空気に覆われやすく、高温が続く可能性が高いとしている。日本列島周辺の中緯度地域の大気と海洋の特徴については、地球温暖化の影響などにより大気全体の温度が高い。海面水温は太平洋赤道域の中部で低い一方、インド洋東部からフィリピンの東方海上にかけては高くなり、積乱雲がインド洋東部からフィリピンの東方海上にかけて多く発生するという。

 こうした影響により上空の偏西風は引き続き、平年より北寄りを流れやすくなる。太平洋高気圧は日本の南東を中心に強くなる見込みという。また、継続して季節の進行が遅く、全国的に暖かい空気に覆われやすくなるという。

9~11月の平均気温の見通し。高い確率で平均気温が高いことを示している(気象庁提供)
9~11月の平均気温の見通し。高い確率で平均気温が高いことを示している(気象庁提供)
数値予報結果をもとにまとめた予想される海洋と大気の特徴(9~11月、気象庁提供)
数値予報結果をもとにまとめた予想される海洋と大気の特徴(9~11月、気象庁提供)

温暖化の影響疑いなく

 気象庁の分析では、日本の夏の平均気温は変動を繰り返しながらも長期的には上昇の傾向にあり、100年当たり1.38度の割合いで上昇している。温暖化の影響で海面水温が高くなっており、立花義裕・三重大学大学院生物資源学研究科教授ら気象の専門家はそろって「日本近海は際立って海面水温が高い」と指摘。インド洋など熱帯の高い海面水温が日本の気象に関係する高気圧を強めたと同時に、西日本近海の高い海面水温により水蒸気が多く供給されて8月の九州地方の豪雨につながったとしている。

 立花教授は以前から北極周辺の温暖化が偏西風の蛇行や流れの位置変化をもたらして近年の北半球の、豪雨や干ばつ、記録的な猛暑の大きな要因になっていると指摘し、度々、温暖化対策の重要性を強調している。また、救急医療が専門の横堀将司・日本医科大学教授は「増加している熱中症被害は今や災害級ではなく超災害級だ」と指摘し、「自ら命を守る対策」を求めている。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年8月に「第6次評価報告書」を公表。この中で「今後温室効果ガスの排出量を低く抑えても2040年までに産業革命以前から1.5度を超える可能性がある」と指摘した。その上で「1.5度上昇」により「50年に1度の熱波」が1850~1900年と比べて8.6倍も増え、「2度上昇」では13.9倍も増えてしまうと分析している。また「10年に1度の豪雨」も「1.5度上昇」で1850~1900年比で1.5倍増えるという。

 今夏、北半球では日本のほか、欧州諸国でも記録的な猛暑に見舞われ、インド北西部で記録的な豪雨による被害が出ている。IPCCが再三指摘、警告してきた地球温暖化による極端な気象が顕在化している。一方、温暖化防止のための国際枠組み「パリ協定」による対策は遅々として進んでおらず、危機感は増すばかりだ。温暖化の一定程度の進行が避けられないのならIPCCや環境省が「適応策」と表する、人々の命や国土を守る対策の実行が一層強く求められている。

IPCCの第6次評価報告書の表紙(IPCC提供)
IPCCの第6次評価報告書の表紙(IPCC提供)
]]>
「無重力でも、たすきは重い」大西さんと油井さんが宇宙同時滞在 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250814_g01/ Thu, 14 Aug 2025 06:29:38 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54809  「重力はないけど、重いたすきを引き継ぎます」――。油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)が国際宇宙ステーション(ISS)に到着し、3月から滞在していた同期の大西卓哉さん(49)と合流。史上4回目の複数日本人宇宙同時滞在が実現した。油井さんは「新たな歴史を作り、未来は明るいと思える話題をたくさん届けたい」と、自身2度目となった長期滞在への意欲を語った。大西さんはISS船長の任務や油井さんへの引き継ぎを終え、日本時間10日未明、無事に地上に帰還。リハビリや医学検査を続けている。油井さんの地球出発から、大西さん帰還までの動きを追った。

合流し、日本実験棟「きぼう」で作業する油井さん(左)と大西さん(JAXA、NASA提供)
合流し、日本実験棟「きぼう」で作業する油井さん(左)と大西さん(JAXA、NASA提供)

同期2人、ふわり浮かんでハイタッチ

 油井さんと米露3人の宇宙飛行士を乗せた米スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」11号機は2日午前零時43分、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから、同社の大型ロケット「ファルコン9」に搭載され打ち上げられた。約10分後にロケットから分離されて打ち上げは成功。自動で飛行を続け同日午後3時27分、高度約約430キロのISSにドッキングした。

油井さんらのクルードラゴンを載せ打ち上げられるファルコン9=2日、米フロリダ州(NASAテレビから)
油井さんらのクルードラゴンを載せ打ち上げられるファルコン9=2日、米フロリダ州(NASAテレビから)

 結合部の気密性などの確認を経て扉が開き、同日午後5時過ぎ、2番目に油井さんが満面の笑みでISSに姿を見せた。待ち受けた大西さんと抱き合いハイタッチを交わし、再会を喜んだ。日本人宇宙同時滞在は2010年の野口聡一さん(60)と山崎直子さん(54)、21年の星出彰彦さん(56)と野口さん、また同年に旅行者としてISSに滞在した実業家の前澤友作さん(49)と平野陽三さん(39)に続き、4回目となった。

 4人の到着により、ISSは一時的に11人が滞在する大所帯となった。歓迎式典で油井さんは「皆さんと一緒に、この長期滞在を最高のものにしたい」と語った。

 半年ほどの滞在期間中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は日本実験棟「きぼう」を活用し、次のような実験を計画している。将来の有人探査に向け、二酸化炭素を除去する技術を確かめる▽無重力で精密機器に生じる誤差を調べる▽飛行士が使う情報端末やカメラ、ドローン型撮影ロボットの作動を確かめる▽無重力が植物の細胞分裂に与える影響を調べる▽火災に備え、無重力での固体材料の燃え方を調べる▽惑星ができた過程を理解するため、コンドリュールと呼ばれる微粒子ができる過程を炉の中で再現する▽融点が2000度以上の物質を炉の中で浮かせて性質を調べる。このほか、国内外の若者のためのロボット競技会や公募実験、大学などの超小型衛星の放出、船外にカメラを晒(さら)しての撮影――なども計画。大半を油井さんが担当するとみられる。

 油井さんは1970年、長野県生まれ。92年、防衛大学校理工学専攻卒業、航空自衛隊入隊。防衛省航空幕僚監部を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選抜された。15年、ISSに約5カ月滞在し、物資補給機「こうのとり」5号機をロボットアームで捕捉する作業や、実験装置の設置、多数の実験などを行った。16年11月から23年3月まで、JAXA宇宙飛行士グループ長を務めた。

油井さんらを乗せISSに到着したクルードラゴン11号機(中央上)。左手前の大きな円筒は「きぼう」の船内保管室で、その右奥には、油井さんらが搭乗し係留中のクルードラゴン10号機がわずかに見える=2日(NASAテレビから)
油井さんらを乗せISSに到着したクルードラゴン11号機(中央上)。左手前の大きな円筒は「きぼう」の船内保管室で、その右奥には、油井さんらが搭乗し係留中のクルードラゴン10号機がわずかに見える=2日(NASAテレビから)

「青春を全て賭けた場所」

 大西さんと油井さんは同時滞在を記念し今月4日、都内のJAXA拠点に詰めかけた報道陣と中継で会見した。

 大西さんは「短期でも油井さんと滞在でき、本当にうれしい。船長の大任をいただけたのは、JAXAの先輩が築き上げてきた信頼と、『きぼう』や『こうのとり』の運用といった、多大な貢献の結果だ。日本の信頼を少しでも積み上げたいとの思いで務め、何とか大役を果たせたのでは」と語った。

 大西さんから特製のたすきを受け取った油井さんは「これ(たすき)には日本の宇宙開発の歴史や携わる方々、応援してくださる方々の思いも詰まっていて、無重力なのに本当に重い。日本の皆さんがISSの活動を見て、未来は明るいと思えるような話題をたくさん届けたい」と応じた。

大西さん(画面内の左)と油井さんは中継で会見し、記者の質問に答えた=4日、東京都千代田区
大西さん(画面内の左)と油井さんは中継で会見し、記者の質問に答えた=4日、東京都千代田区

 米国は2030年にISSの運用を終える計画だ。記者が「ISSはまだもったいないと感じるか、あるいは寿命が近いと感じるか」と問うと、大西さんは「前回(自身の16年の長期滞在)に比べ、さほどメンテナンスが増えた印象はなく、個人的にはまだ全然使えると思う。しかし、それが最適解か。これからは(地球上空の)低軌道の利用を民間に渡し、宇宙産業を活性化させていくという課題がある。ISSの社会的役割は、終わりが近づいたと捉えている」とした。油井さんは「低軌道の活動は途切れさせられない重要なもの。ISSから次の民間ステーションへの(役割の)引き渡しが、たすきリレーのようにうまくいかねばならない」と付け加えた。

大西さんと油井さんがXで実施した「写真コンテスト」。結果は…
大西さんと油井さんがXで実施した「写真コンテスト」。結果は…

 「自身にとってISSとは」との問いに、大西さんは米国の詩人、サミュエル・ウルマンの作品の一節『青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう』を引用。「私が飛行士としての青春を全て賭けた場所がこのISSであり、とても特別な存在だ」と吐露した。油井さんは「本当に私の心の希望。今回が多分、私の最後の滞在になるが、希望を皆さんにも感じてほしい」とした。

 2人は引き継ぎの合間を縫って、SNSのX(旧ツイッター)で「写真コンテスト」を実施。2人がISS船内から日本上空を撮影した写真を並べて投稿し「あなたは、どちらが気に入りましたか?」と一般に呼びかけた。1万1200票もの投票があり、15%の差をつけ大西さんが勝利した。

 なお、2人の同期にはもう一人、金井宣茂(のりしげ)さん(48)がいる。元海上自衛隊の潜水医。2017年12月~18年6月にISSに滞在し、各種の実験や船外活動、米物資補給機の捕捉などを担当した。

地上は「過酷な環境」? 帰還後すぐSNS投稿

 大西さんの帰還を目前に控えた今月6日、船内でISS船長交代式が開かれた。大西さんは「ここは人類の前哨基地であり、科学技術を進歩させ探査を行う場所だ。指揮権を引き継ぐことは大変、うれしい」と話すと、後任のロシアのセルゲイ・リジコフさん(50)に船長の証である鍵を手渡した。リジコフさんは東西冷戦下の1975年にソ連(当時)のソユーズ宇宙船と米アポロ宇宙船がドッキングし、飛行士が交流した歴史に触れつつ、「私たちの美しい星では、残念ながら人々はいつでも互いに理解しあえるわけではないが、宇宙では効果的に協力できている」と言葉に力を込めた。

船長交代式で後任のリジコフさん(手前左)と握手を交わす大西さん。最後列の右端が油井さん=6日(NASAテレビから)
船長交代式で後任のリジコフさん(手前左)と握手を交わす大西さん。最後列の右端が油井さん=6日(NASAテレビから)

 大西さんは4月19日から船長を務めていた。2014年の若田光一さん(62)、21年の星出さん以来、3人目の日本人だった。ISS現場責任者として飛行士を統括し、船内の状況や活動を把握するなどの重責を果たした。別れを惜しんだ後、往路と同じクルードラゴン10号機に米露の3人と搭乗。今月9日午前7時15分、ISSから離脱した。機体は徐々に降下して大気圏に突入。パラシュートを開いて10日午前零時33分、米カリフォルニア州サンディエゴ沖に着水した。

地上に帰還し、クルードラゴンから退出した大西さん。白い宇宙服とヘルメットを着用している=10日、米サンディエゴ沖(NASAテレビから)
地上に帰還し、クルードラゴンから退出した大西さん。白い宇宙服とヘルメットを着用している=10日、米サンディエゴ沖(NASAテレビから)

 帰還するや、Xへの投稿を再開。「ベッドに横になっていると、自分の体がベッドにめり込んでいるように感じます」「(動画を添え)帰還後10時間くらいでこれくらい歩けるようになりましたが、体のバランスを取るのに必死です。こんな過酷な環境で生活してる皆さん、ほんとにすごい」などと、ユーモア交じりに自身の体調変化や医学検査などの体験をつづっている。

 大西さんは1975年、東京都生まれ。98年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、全日空入社。副操縦士を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選ばれた。11年、飛行士に認定。16年7~10月にISSに4カ月滞在し、米民間物資補給機「シグナス」6号機をロボットアームで捕捉する作業や船外活動の支援、きぼうの装置の充実に関する作業、多数の実験などを行った。20年、きぼうの運用管制を行うJAXAのフライトディレクタに認定され、地上から飛行士の活動を支えてもきた。今回が2度目の飛行だった。

「成功した失敗」現場率いたラベルさん死去

ジム・ラベルさん(NASA提供)
ジム・ラベルさん(NASA提供)

 宇宙飛行士の動静を伝えるこのタイミングで、超大物の訃報が飛び込んできた。米航空宇宙局(NASA)などによると、1970年、飛行中に爆発が起きたものの地球への生還を果たした「アポロ13号」の船長を務めたジム・ラベルさんが7日、米イリノイ州レークフォレストで死去した。97歳だった。死因は公表されていないという。

 1928年、米オハイオ州生まれ。海軍パイロットを経て、62年にNASAの宇宙飛行士に選ばれた。65年の「ジェミニ7号」で有人月飛行を見据えた14日間の飛行や、史上初となった別の有人宇宙船とのランデブー(速度を合わせ接近などをする飛行)に成功した。66年には「ジェミニ12号」に搭乗。68年に「アポロ8号」で初の月上空周回飛行を実現した。

 アポロ13号は1969年の11、12号に続いて月面を目指したものの、打ち上げの2日後に機械船の酸素タンクが爆発した。月面着陸を断念し、ラベルさんら3人の飛行士は月着陸船にいったん退避。飲み水や電力の消費を極力抑え、船内の低温に耐えるなど工夫を重ねて過ごした。爆発から3日あまり後、地球に生還した。

ランデブーした「ジェミニ6A号」から撮影したジェミニ7号。あちら側では“大惨事”が…=1965年(NASA提供)
ランデブーした「ジェミニ6A号」から撮影したジェミニ7号。あちら側では“大惨事”が…=1965年(NASA提供)

 重大な危機に瀕しながらも飛行士の命が守られたことで、この事故は「成功した失敗」と語り継がれている。大西さんが学生時代に見て、宇宙飛行士の職業を強く意識するようになったという映画「アポロ13」(1995年、米)にも描かれた。

 アポロ13号の印象が強いラベルさんだが、ジェミニ7号の無重力の船内で排泄(はいせつ)物が袋から飛散し、悩まされたというエピソードも強烈だ。しかもこの時、歯ブラシ1本を船内で紛失し、残る1本を同乗のフランク・ボーマンさんと共用したという。宇宙開発の先人の努力と苦労を振り返るにつけ、敬意を抱かずにはいられない。

]]>
ペルセウス座流星群、惑星、皆既月食…盛夏~初秋の気になる星空 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250808_g01/ Fri, 08 Aug 2025 05:56:51 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54783  夏休みの旅行やお盆の帰省で、美しい星空を見上げられる時節となった。今月は定番のペルセウス座流星群のほか、惑星たちの面白い動きが注目される。秋口には3年ぶりの皆既月食もある。天文ファンならずとも好天の日には気温や安全、マナーに注意しつつ、宇宙を体感するひとときを過ごしては。

天の川を横目に、輝くペルセウス座流星群(やや右下の光跡)=2020年8月、沖縄県石垣市(国立天文台提供)
天の川を横目に、輝くペルセウス座流星群(やや右下の光跡)=2020年8月、沖縄県石垣市(国立天文台提供)

はかなさにこそ、味わいのある流星

 ペルセウス座流星群は、流星(流れ星)が特に多く現れる三大流星群の一つ。国立天文台によると、今年は13日午前5時頃、発生のピーク「極大」になると予想される。ただこの時間帯には、もう空が明るい。多く見えるのは、その前の12日深夜から13日未明になりそうだ。東京では13日午前3時台に最も多くなると見込まれ、空の暗い場所なら1時間あたり30個ほど。また、前日12日の同時間帯に同15個ほど、翌14日に20個ほどの予想だ。月明かりのせいで例年より見えにくいため、なるべく月から離れた北寄りの空を眺めるのがコツかもしれない。

 同じ◯◯座流星群でも、極大の時刻や月明かりなどとの兼ね合いで、年により条件は変わる。ペルセウス座流星群が次に好条件となるのは2029年という。実際にどの程度観察できるかは、場所や気象条件、熟練度、視力などによる。極大予想からずれた時間に、予想外に多く出現することもある。

ペルセウス座流星群。流星が四方八方に流れるが、それらの光跡をさかのぼるとペルセウス座付近の放射点に集まる(国立天文台提供)
ペルセウス座流星群。流星が四方八方に流れるが、それらの光跡をさかのぼるとペルセウス座付近の放射点に集まる(国立天文台提供)

 流星は、宇宙空間のチリが地球の大気圏に突入して燃え尽きる際、成分が光って夜空に筋を描く現象。彗星(すいせい=ほうき星)の通り道に多くのチリが帯状に残されており、地球が毎年そこにさしかかる際に大気に飛び込んで、流星が多発する流星群が起こる。つまり、地球がチリの帯を通り、流星群が起こる時期は毎年決まっている。チリを残した天体「母天体」はペルセウス座流星群の場合、スイフト・タットル彗星だ。

 それぞれの流星群には、流星が四方八方へと飛び出していく源のように見える空の一点「放射点」がある。個々の流星の光跡をさかのぼって延長すると、放射点に集まる。流星群の名は主に、放射点が位置する星座に由来する。ペルセウス座流星群の放射点は、ペルセウス座付近にある。

 一つ一つの流星がいつ、空のどこに出るかは全く予測できない。なるべく空が暗く開けた場所で、肉眼で観察する。問題ない場所なら、シートを敷いて寝転ぶと観察しやすい。流星は突然で一瞬の現象だが、その“はかなさ”にこそ味わいがある。夏の思い出にできたら素敵だ。

 ちなみに、ペルセウスはギリシャ神話の勇士。髪の毛がヘビでできた怪物「メドゥーサ」を倒し、その帰り道には海の怪物に襲われている娘「アンドロメダ」を救い結婚した。そのアンドロメダは古代エチオピアの王「ケフェウス」と女王「カシオペヤ」の娘。実際、星空ではこれら4つの星座が隣接しており、こうした物語を知って眺めると楽しみが深まる。

金星と木星、月と土星、水星…にぎやかに

 今年はペルセウス座流星群の時期に、地上からの見かけ上、互いに極めて接近する2つの惑星にも注目したい。11~13日の日の出前に東の空で輝く「明けの明星」金星が、木星と接近する。それぞれマイナス4.0等級、マイナス1.9等級と明るい。

金星と木星が見かけ上、接近する(国立天文台提供)
金星と木星が見かけ上、接近する(国立天文台提供)

 また12日夜から13日未明にかけて、月と土星が並んで見える。東京で午後8時半頃、明るさ0.7等級の土星が東の空に昇ってくる。10時頃以降、土星のすぐ近くで、満月を過ぎた月が輝くという。

惑星と地球との位置関係には「西方最大離角」をはじめ、さまざまな呼び方がある(国立天文台提供)
惑星と地球との位置関係には「西方最大離角」をはじめ、さまざまな呼び方がある(国立天文台提供)

 19日、水星が「西方最大離角」になる。水星は太陽系の最も内側の惑星で、地球上のわれわれが見られるのは、太陽から見かけ上、最も離れた「最大離角」の前後に限られる。惑星が太陽の西側に見える時が西方最大離角で、明け方の東の空にある。観察するには、東の空がよく開けた場所を選びたい。東京では17~24日の日の出の30分前に、高度が10度を超えて見つけやすいという。

 29日は旧暦7月7日にあたり、「伝統的七夕」(旧七夕)と呼ばれる。伝統的七夕の日は年により変わる。現在の7月7日は例年、多くの地域でまだ梅雨が明けていないが、伝統的七夕の空なら織姫と彦星を見つけられるかもしれない。ともに1等星で、織姫はこと座のベガ、彦星はわし座のアルタイル。両者をはくちょう座のデネブと結ぶのが、学校でも習う夏の大三角だ。スマホを空に向けると星座や星の位置が分かるアプリを使えば、初心者でも星を探しやすい。

3年ぶりの皆既月食、全国で

 9月8日には、全国で3年ぶりに皆既月食が見られる。午前1時27分に欠け始め、2時半~3時53分に完全に月が地球の影に入る皆既となり、4時57分に食が終わる。

来月8日の皆既月食(国立天文台提供)
来月8日の皆既月食(国立天文台提供)

 月食は太陽光が当たる地球の影の中を月が通過することで、地球から月が欠けて見える現象。太陽と地球、月が一直線に並ぶ満月の時に起きる。ただし地球から見た月の通り道(白道)が太陽の通り道(黄道)に対し少しずれているため、満月は地球の影からずれた所を通ることが多い。このため、満月の度に月食が起こるわけではない。

赤みを帯びた過去の皆既月食(国立天文台提供)
赤みを帯びた過去の皆既月食(国立天文台提供)

 太陽が欠けて見える日食では、月が地球に落とす影の範囲が限られるため、観察できる地域は限られる。これに対し月食は、月面に地球の影が落ちる現象であり、発生時間帯に月が見える場所ならどこでも見える。

 皆既月食では月が地球の影に完全に入り込むが、真っ黒で見えなくなるのではなく、赤銅色などと呼ばれる赤みを帯びる。夕日が赤いのと同様、太陽光のうち波長の長い赤い光が散乱しにくく地球の大気を通過するためだ。またこの大気がレンズのようになって太陽光を屈折させるため、赤い光が皆既食中の月面を照らす。大気中のチリの量などにより毎回異なる微妙な色合いが、皆既月食の見どころの一つとなる。さて、今回は?

 なお9月2日は、北陸から北関東などにかけて皆既日食が見られる2035年までちょうど10年の日だ。筆者は子供の頃に児童書でこの情報に触れ、「還暦を過ぎる」と思いつつ、ずっと好天を祈っている。

]]>
ウミウシは何を盗むのか?盗葉緑体と自切行動の謎 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m240001018/ Fri, 01 Aug 2025 06:03:12 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54729  沖縄県八重山諸島の西表島。マングローブの森に分け入る2人の研究者がいます。海の水が引いた小さな水たまりの中で探しているのは、嚢舌(のうぜつ)類と呼ばれるウミウシの仲間です。今回は、その謎に満ちた生態に迫ります。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

保田海(奈良女子大学 博士課程)
三藤清香(奈良女子大学 特任助教)
遊佐陽一(奈良女子大学 教授)

]]>
カムチャツカ半島付近でM8.7の巨大地震 22都道府県に津波到達し、一時200万人以上が避難など大きな影響 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250731_g01/ Thu, 31 Jul 2025 07:27:31 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54718  ロシア・カムチャツカ半島付近で30日朝、巨大地震が発生し、日本の太平洋側の広い地域に津波が周期的に到達した。猛暑の中、一時200万人以上が避難。同日夜まで津波警報が続いた。日本からかなり離れた「遠地地震」で警報が発表されたのは15年ぶりだ。各地の交通やコンビニ・小売店の営業などさまざまなサービスのほか、夏休み期間中の観光や旅行客にも影響が出た。避難の仕方に問題はなかったかなどを自治体ごとに検証し、今後の地震防災に生かす必要がある。

カムチャツカ半島沖での今回の巨大地震の震央の位置(赤い丸)などを示す地図(気象庁提供)
カムチャツカ半島沖での今回の巨大地震の震央の位置(赤い丸)などを示す地図(気象庁提供)

 気象庁によると、30日午前8時25分ごろ発生した地震の震源はカムチャツカ半島南東沖の深さ20.7キロで、規模はマグニチュード(M)8.7。同庁は当初、規模をM8.0と推定して同37分に太平洋側の広い地域に津波注意報を発表した。その後M8.7に修正し、同9時40分に注意報を警報に引き上げた。警報の対象は北海道から和歌山県までの太平洋側で、注意報はオホーツク海沿岸や四国、九州・沖縄にも及んだ。同庁は午後8時45分までに警報を全て解除し、注意報に切り替えた。さらに31日午後4時30分、注意報を全て解除した。この地震で北海道釧路市などでは震度2を観測した。

津波警報と津波注意報の発表状況(気象庁提供)
津波警報と津波注意報の発表状況(気象庁提供)

首都圏では鉄道ダイヤに大幅な乱れ

 気象庁の発表では、30日午後には岩手県の久慈港で1.3メートルの津波を記録。北海道根室市と青森県八戸市、東京都の八丈島で80センチ、宮城県石巻市で70センチ、東京湾に面した東京都中央区の晴海でも20センチを観測した。津波は北海道、青森、岩手、宮城、福島、茨城、千葉、東京、神奈川、静岡、愛知、三重、大阪、兵庫、和歌山、徳島、愛媛、高知、大分、宮崎、鹿児島、沖縄の計22都道府県に到達した。

 同庁の担当者は午前の記者会見で、沿岸部や川沿いにいる住民らに直ちに高い場所に避難するよう呼びかけた。また津波の第1波より後に高い波が来ることがあるとし、津波警報解除まで避難の継続を求めた。

気象庁が30日午前に出した津波第1波の到達予測時刻図。実際にはこの想定到達時間の後にも周期的に津波が到達した(気象庁提供)
気象庁が30日午前に出した津波第1波の到達予測時刻図。実際にはこの想定到達時間の後にも周期的に津波が到達した(気象庁提供)

 各地の自治体から避難指示が出され、総務省消防庁によると、全国の自治体が出した「避難指示」の対象者は一時200万人以上に上った。広範囲にわたり、多くの人が猛暑の中で避難を余儀なくされた。政府は30日午前、首相官邸危機管理センターに官邸連絡室を設置した。石破茂首相は緊急の記者会見をし、「政府一体となって被害防止に全力で取り組むよう指示した。対応に万全を期している」と述べた。

 政府によると、同日中に津波による大きな被害は出ていない。しかし、各地からの報道によると、鉄道や空の便、高速道路にも影響が出た。首都圏では夕方の通勤電車などが運休して鉄道ダイヤが大幅に乱れた。全国の自治体でお年寄りや障がい者を含む住民が順調に避難できたか、混乱はなかったか、などの実態はまだまとまっていないが、課題を整理する必要がある。

 NHKなどのテレビ局は長時間特別番組を組み、各地の住民らが炎天下の高台へ避難し、夏休み期間中の多くの海水浴場も閉鎖が相次いだ、などと伝えた。また東日本大震災の東北各県の被災地にも緊張が走り、炎天下の高台などに避難する様子を伝えた。

北海道や青森県で到達した津波の波形図(気象庁提供)
北海道や青森県で到達した津波の波形図(気象庁提供)

逆断層型で、付近では過去何度も大地震

 気象庁によると、津波警報の発表は2024年4月に台湾付近で発生した大地震以来で、海外の遠地で起きた地震による警報は10年2月のチリ地震以来。内閣府によると、1952年に発生したカムチャツカ半島沖地震はM9.0で、2~5時間たって北海道から本州の太平洋側に津波が到達した。東北地方の三陸海岸に最大3メートルを記録し、約1200軒の家屋が浸水する被害があった。

 今回巨大地震が起きたカムチャツカ半島沖は、海側の太平洋プレートが陸側の北米プレートの下に沈み込んでいる。過去、2011年の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖大地震と同じ海溝型地震だ。世界的にも地震活動が活発な地域として知られる。

 米地質調査所(USGS)によると、この付近は太平洋プレートが北米プレートに対して西北西方向に年間80ミリというゆっくりした速度で移動している。今回の巨大地震は西北西方向に圧力がかかって跳ね返った逆断層型地震だという。

 USGSは、この日の巨大地震は東北地方太平洋沖大地震以来の世界最大規模の地震で、1900年以降世界で発生した大地震の中でも上位10以内に入るとしている。この日の地震に先立ってM5.0以上の地震が50回発生し、7月20日のM7.4の地震と3回のM6.6の地震が含まれていた。

カムチャツカ半島沖の過去の大きな地震。赤い星印は30日の震央の位置(USGS提供)
カムチャツカ半島沖の過去の大きな地震。赤い星印は30日の震央の位置(USGS提供)

今後の海面変動に注意を

 これまでカムチャツカ半島沖には「天皇海山列」と呼ばれる海底の地形があることが知られていた。東北大学災害科学国際研究所の今村文彦教授(副学長)によると、今回地震の震源から直接届く津波だけでなく、プレート境界の逆断層面からほぼ直角に出た津波が天皇海山列などで反射。反射した波が複雑に重なって異なった方向から津波が長時間にわたって押し寄せる。そしてこうした津波は浅瀬では流れが強くなるが遅くなる。そして後ろから速い波が追い越して高さが増したりする、という。

 今村教授はまた「今回の地震による津波は収束していくだろうが、津波注意報が解除されても20~30センチ程度の海面変動はかなり残る」と指摘し、海で作業する人に注意を呼びかけている。また「2004年のスマトラ島沖地震や東北地方太平洋地震以降、巨大地震の活動期に入っているとみられ、あらゆる所で警戒が必要だ」と話している。

今村文彦教授
今村文彦教授
]]>
少年よ「大石」を抱け 幼少期から化石マニアの研究者 地元愛知で1800万年前の海草化石発見 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250729_g01/ Tue, 29 Jul 2025 04:46:59 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54690  食事中になんとなく化石図録を見ていたら、記載の誤りに気が付いた――。北海道大学大学院理学研究院の山田敏弘教授(古植物学)は、愛知県南知多町で報告された化石が、1800万年前の海草化石であることを報告した。海草の化石は組織が柔らかいことから、分解されて残りづらく、完全な形で見つかるのはまれ。今回の図録では動物の一種として記載されていたが、植物にしかない特徴を見つけ、「海草だ」と気が付いたという。

今回見つけたモロザキムカシザングサ(左)とアイチイソハグキの化石(北海道大学提供)
今回見つけたモロザキムカシザングサ(左)とアイチイソハグキの化石(北海道大学提供)

5歳の時に見つけた、地層の宝石

 愛知県出身の山田教授は5歳の頃、両親に「化石を掘ってみたい」と頼んだ。『山田少年』が連れてきてもらったのは岐阜県瑞浪市の浅い海でできた地層。掘ってみると、二枚貝のゲンロクソデガイの化石が採れた。人生で初めての宝物――。山田少年はこれを機に化石掘りのとりこになった。NHKの教育番組で地層や地球科学の学説の一つであるプレートテクトニクスについて取り上げられていると、食い入るように見入った。

愛知県豊田市で約1200万年前の植物化石の採集をしている小学5年生の山田少年(山田敏弘教授提供)
愛知県豊田市で約1200万年前の植物化石の採集をしている小学5年生の山田少年(山田敏弘教授提供)

 中学生になってからは、「化石の推し活」で知り合った男性と熊本県まで遠征し、今は「恐竜の郷」として観光振興を打ち出している御船町に向かった。同町でこぶし2つ分くらいの大きさの石があったので、それを譲り受け、自宅で化石を探した。まず、石を乾燥させた後、バケツに張った水につけてバラバラにしていく。その欠片をふるいにかけ、残ったものの中に化石がないか探していく。

 すると、歯のようなものが出てきた。それをよく観察すると、豊隆(ほうりゅう)と呼ばれる咬む面の凹凸や、周囲のでっぱりがあることが分かり、「魚類や、は虫類の歯ではない」と山田少年は気が付いた。京都大学霊長類研究所(当時)に持ち込むと、「中生代の哺乳類の歯」だと言われた。在籍する大学院生らによる詳しい研究の結果、食虫類(しょくちゅうるい)といわれる、モグラのような形の生き物の歯だと分かった。中生代の哺乳類化石が見つかったのは日本で初めて。山田少年はますます化石に夢中になり、週末は化石掘りにいそしんだ。

アルゼンチンとチリの両国が領土を隔てる南米のフエゴ島での植物化石調査の様子(2007年、山田敏弘教授提供)
アルゼンチンとチリの両国が領土を隔てる南米のフエゴ島での植物化石調査の様子(2007年、山田敏弘教授提供)

 中高生の間に日本のジュラ紀の貝の化石をコンプリート(制覇)し、タンスの引き出しに系統の分岐順に化石を収納していく通称『タンスコレクション』も作った。しかし、推し活に夢中になりすぎるがあまり、大学受験は一浪することに。浪人中は石のことは忘れ、「石にかじりつくように」勉強し、京大に合格できた。大学に入っても化石掘りざんまい。卒後も好きを追求して研究の道に進み、日本国内のみならず、ベトナムのハザン省ドンバン県などまで出かけている。

二枚貝のタンスコレクション。大小様々な貝が系統ごとに並ぶ(山田敏弘教授提供)
二枚貝のタンスコレクション。大小様々な貝が系統ごとに並ぶ(山田敏弘教授提供)

コロナ禍、黙々と地層に通う

 岐阜県から愛知県にかけての土地は、南に行くほど深い海が広がっていたとされる。愛知県南知多町の農地は海底が隆起したもので、特に同町師崎(もろざき)地区は、約1800万年前の前期中新世の地層が広がる。この周辺の化石を図録にした『師崎層群の化石』(東海化石研究会編、1993年発行)という本があり、2020年に山田教授が食事をしながら眺めていると、「分類できない化石」というページに目がとまった。

 この本に掲載されている標本は高校生の頃に見ていた。しかし改めて「ユムシ?」「ウミエラ?」と書かれていた化石の写真をまじまじと見たところ、小舌(しょうぜつ)という葉の基底部の張り出しの有無や、数枚の葉が一つに束ねられた短枝(たんし)という構造があることなどから、「これはユムシとウミエラではないのでは」と思うようになった。ユムシは今でも釣りのエサとして用いられており、太いミミズのような形をしている。

 旧知の標本の持ち主に連絡を取って送ってもらい、実体顕微鏡で細かく観察した。モロザキムカシザングサと後に新種記載した標本は、短枝の部分に繊維質の葉鞘(ようしょう)という茎を包み込むような葉っぱの形態が確認できた。アイチイソハグキと新種記載した標本にはコケムシやカキの化石が付着している上、葉の縁にギザギザ模様がない。高校生の頃はユムシだと思っていたが、どちらも新種の海草だと分かった。

師崎層群では、深海魚の化石も見つかっている(2022年、山田敏弘教授提供)
師崎層群では、深海魚の化石も見つかっている(2022年、山田敏弘教授提供)

 この頃は新型コロナウイルスが流行していた。大阪公立大学にいた山田教授は、元々化石掘りは人と会う作業ではないが、念のため自家用車を用いて愛知県に出向いた。師崎層群を掘ってみたところ、モロザキムカシザングサとアイチイソハグキの化石が見つかり、新種として報告した。モロザキムカシザングサの「ザングサ」は沖縄の方言で藻場の藻を指すことから名付けた。一連の成果は、オランダの学術誌「アクアティック ボタニー」電子版に6月1日に掲載された。

愛知県南知多町豊浜にある海草の化石を含む地層。豊浜は漁業が盛んな地域だ(2024年、山田敏弘教授提供)
愛知県南知多町豊浜にある海草の化石を含む地層。豊浜は漁業が盛んな地域だ(2024年、山田敏弘教授提供)

今の種につながる海草の化石 ミッシング・リンク

 海草は浅い海に生息し、熱帯域が分布の中心となる。動物のエサやすみかになるだけでなく、二酸化炭素を固定する役割を持つ。海草は白亜紀の終わり頃である約8100万年前までに出現したことが分かっているが、発見例はまれ。海草が生きたまま泥に埋まり、酸素が遮断された状態になり、分解が進まないといういくつかの条件が重ならない限り、海草の化石はできないからだ。

 また、遺伝子解析から、今の種の祖先は3000万~1000万年前に出現したと考えられているものの、この年代の化石は「ミッシング・リンク」で見つかっていなかった。海草の化石は、ブルーカーボンと呼ばれる海における二酸化炭素固定の状況を明らかにし、地上の環境も推察できる。師崎群層での調査を進めることで、太古の海底の様子を解明することが期待できる。

 山田教授は「ユムシがつぶれるとバナナのような形になり、くびれができるので、海草ではないと勘違いしてもおかしくない。しかし、昔は知らなかった植物学を知り、どこで植物の特徴を見分けるかという知識があったから発見に至った」と振り返る。今後は、どういう海草が分布していたかという実態や、深い海の生態の様子について調べていきたいという。

20250729_g01
北海道夕張市で、体よりも大きな石を割ってホッと一息つく山田教授(2024年、山田敏弘教授提供)

 最後に、化石好きの人々へこんなアドバイスをした。「近所に化石はあると思う。自分で採ることが大切で、採る際には周辺の地層の状況も合わせて考察すると良い。地層がどう押されたのか、引っ張られたのか。掘り出したいものだけでなく、周りも見てから作業する。小さい石は持ち帰れるが、大きな石は石目を見ながら割り、持ち帰るといい」。

 話を伺っている終始、推し(いし?)への愛を語る姿に好きこそものの上手なれ、という言葉は山田教授のためにあるのではないかと感じた。

]]>
月に水を求めて https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m240001017/ Fri, 25 Jul 2025 07:02:33 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54673  月に水が存在することが、多くの証拠から信じられています。しかしどこにどれくらい存在しているかは、はっきりしていません。月に水を求める研究と宇宙開発の現場を訪ねました。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

仲内悠祐(立命館大学 総合科学技術研究機構 助教)

]]>
「日本はできると宇宙で示し、明るい未来へ」油井さん、ISS滞在控え語る https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250724_g01/ Thu, 24 Jul 2025 06:33:31 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54653  宇宙飛行士の油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)が8月1日、国際宇宙ステーション(ISS)へと出発し、長期滞在を始める。一時帰国中に会見やサイエンスポータルの取材に応じ、「宇宙開発で日本がこれだけできると示し、皆さんに明るい未来を感じてほしい」と意気込みを語った。2015年以来、実に10年ぶりで自身2度目の飛行となる。航空自衛隊テストパイロット出身らしく新型宇宙船への関心が高く、滞在中にも到着する新型物資補給機「HTV-X」については「目の前に現れてくれたら最高」と期待を寄せた。

ISSへの出発を前にサイエンスポータルの取材に応じる油井亀美也さん=東京都千代田区
ISSへの出発を前にサイエンスポータルの取材に応じる油井亀美也さん=東京都千代田区

「明日にもまた」…はや10年

 計画では、油井さんは日本時間8月1日午前1時9分、米スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」11号機で、米露の3人と共に出発。ISSの第73、74次長期滞在に参加して約半年にわたり滞在し、日本実験棟「きぼう」の科学実験などを進める。一時帰国中の6月4日に開かれた会見では、冒頭で「前回の帰還後の会見で『明日にでももう一度、宇宙に行きたい』と言ったが、あっという間に10年経ってしまった。訓練は非常に順調だ」と語った。

 今回の飛行のために決めたキャッチコピー(標語)は「明るい未来を信じ、新たに挑む!」。油井さんは、これが社会に漂う“不安”に配慮した言葉であることを明かした。「訓練のため海外で過ごす中で、日本のニュースなどを通じ、将来に不安を持つ方が多いことを心配している。しかし最先端技術が求められる有人宇宙開発で、日本は技術を積み重ね信頼を勝ち取り、世界からすごく期待されている。そこで私がISSで頑張り、成果を残したい。皆さんに日本を素晴らしい国だと誇りにし、未来は明るいと思っていただきたい」

 ISS滞在中に油井さんが行う活動について、SNSのX(旧ツイッター)の自身の投稿にコメントする形で、一般からのリクエストを歓迎するという。「1回目の滞在では分からないことが多かったが、2回目は余裕ができる部分で皆さんに恩返しをしたい。リクエストを遠慮なく言ってください」。採用されるとは限らず、個別の返信も難しいとみられるが、宇宙を身近な空間にしようとの油井さんの意気が感じられる。なお、飛行士の偽アカウントが多く注意したい。

HTV-X迎えたら「涙が出ちゃうんじゃないか」

 滞在中は「きぼう」の実験のみならず、注目が続きそうだ。ISSには同期の大西卓哉さん(49)が滞在中で、4月19日から日本人3人目のISS船長を務めている。大西さんはクルードラゴン10号機で到着しており、8月5日にもISSを離脱するまでの数日ほど、後続の11号機で向かう油井さんと引き継ぎの期間が生じる。計画通りなら2010年、21年に続き、3回目の複数日本人宇宙同時滞在が実現する。「友達と宇宙で待ち合わせるという機会はなかなかなく、非常に楽しみ。2人でできることを考えている」と油井さん。

2024年12月、報道陣に公開されたHTV-X初号機。ISS船内で使う物資を搭載する部分の結合前で、太陽電池パネルは折り畳まれた状態=神奈川県鎌倉市
2024年12月、報道陣に公開されたHTV-X初号機。ISS船内で使う物資を搭載する部分の結合前で、太陽電池パネルは折り畳まれた状態=神奈川県鎌倉市

 最も楽しみなのが、HTV-X初号機という。2009~20年に9機が活躍した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「こうのとり(HTV)」後継機で、機体構成の合理化を進め、能力を向上させたもの。大型ロケット「H3」で25年度中に打ち上げる計画で、油井さんの滞在中にISSに到着する可能性がある。前回の飛行では、接近したこうのとり5号機をISSのロボットアームで捕捉した。「HTV-X君が目の前に現れてくれたら最高。私は初号機の一部試験に立ち会ったり審査に参加したりした。前回のように優しくキャッチしたい。涙が出ちゃうんじゃないか」。

 前回、担当しなかった船外活動について問われると、「経験した方は『人生が変わるような素晴らしいことだった』とコメントされる。実施は決まっていないが、飛行士の仕事の花形だ」と意欲を見せた。

 ISSは2000年11月2日、米露3人の飛行士によって長期滞在がスタートしており、25周年が油井さんの滞在と重なりそうだ。同日以来、宇宙に必ず誰かがいる状態が四半世紀、続いている。記念日には油井さんら滞在中の飛行士が、メッセージを発信すると期待される。

「人間を感動させられるのは人間」

 個人的に注力したい活動の一つとして、写真撮影を挙げた。「仕事を100%やった上で、余暇に新しい価値を生みたい。前回は多くの写真を、皆さんに気に入っていただけた。今回はさらに役立つ撮影をしたい。具体的には防災科学技術研究所とのコラボレーション(協同)や、私がJAXAの「衛星地球観測コンソーシアム広報アンバサダー(大使)」をやっている関係のことをと、考えている。例えば台風が日本に迫る様子を私が宇宙から撮影し『気を付けてください』とメッセージを添えれば、防災に寄与できるのでは。人工衛星が撮った写真に、言葉を添えて発信することも考えている」

油井さんが前回のISS滞在中、写真に「日本が疾走する馬に見えた」と書き添えた2015年10月のXへの投稿
油井さんが前回のISS滞在中、写真に「日本が疾走する馬に見えた」と書き添えた2015年10月のXへの投稿

 会見で「地上の写真は人工衛星でも撮れる。人間が撮ることの価値は」と問われた。これに油井さんは「私には芸術的センスがあまりない。が、一言添えるだけでも、衛星写真とは違った価値が出るのでは。前回、東北地方から南に向かって日本を斜めに撮ったら、日本が力強く駆けている馬のように見えた。そう書き添えたところ、皆さんの励みになったように感じた」と応じた。2015年10月20日のXへの投稿で、油井さんの感性が光る一枚として話題を呼んだものだ。

 話は人工知能(AI)が進展した未来の、飛行士の存在意義にも及んだ。「私は自信を持って『人間にはこれができる』『人間を感動させられるのは人間だけ』と、説得力のあることを言えなければならない。しっかり情報発信していきたい」とした。

ポストISS「知見、出し惜しみせず支援を」

 次世代の宇宙ステーションに向けた議論は、差し迫ったものとなっている。ISSは運用延長を繰り返し、2030年までが合意済みだ。米国はさらなる延長はせず、同年に運用を終えることを計画。それ以降は、民間企業による新ステーションを、米航空宇宙局(NASA)などの宇宙機関がユーザーとして利用する見込みだ。NASAは26年にかけて、その利用サービスの調達先を選定する。国内でも文部科学省の専門部会などで議論が活発化。複数の日本企業が、基地構想を持つ米企業と提携などを進めている。なおISSは元々、設計上の寿命を30年ごろに迎えるとされていた。

国際宇宙ステーション。2030年に運用を終える運びとなっている(NASA提供)
国際宇宙ステーション。2030年に運用を終える運びとなっている(NASA提供)

 その“ポストISS”について、油井さんは「開発期間が必要で、喫緊に考えないといけない。民間ステーションを造り継続利用するための知見は、ほぼ全て実証できている。各国の宇宙機関が得た知見を出し惜しみせず、チャレンジする企業にどんどん渡して支援することが重要だ」とした。新ステーションはISSのように飛行士が必ずしも常駐せず、可能な無人化を進めるものになりそうだ。飛行士の滞在が望ましいシーンについて、油井さんは「相手のことを思い、話の行間を読むといったリアルタイムのコミュニケーションは、人間でないと難しい。実験の趣旨に合う写真撮影なども、人間の方が効率は良い」と例示した。

 会見で「世界が分断を深めている状況をどう見ているか。ISSにできることは」と質問されると「私は前職が自衛官で、平和に対する思いが強い」と語り、こう続けた。「ISSでは各国の飛行士が、文化や言葉を尊重し合い非常に仲良く平和に、大きな成果を上げている。地上にこの文化を広められれば、地上はより住みやすくなり、人が戦火に苦しむことが最終的にはなくなると思う。例えば『この政府が悪い』『リーダーが悪い』と諦めるのではなく個人ができることをして、相手の文化を敬うことを繰り返していけば、少しずつ良い方向に変わっていく。私がISSに行った時に、お手本を見せたい」

「宇宙船の違い、興味深い」

 今回の長期滞在で焦点となったことの一つに、往復の搭乗機がある。油井さんはかつて未発表ながら、米ボーイング社の宇宙船「スターライナー」の本格運用初号機に搭乗するとみられていた。しかし同機は2024年6月、有人試験飛行の往路でエンジン関連の複数の問題が判明。安全性への懸念から計画を変更し、無人で同9月に帰還した。NASAがトラブルの原因究明や対策の作業を進めている。こうした経過を経て25年3月末、油井さんらがクルードラゴンに乗ることが正式に発表された。

会見する油井さん(左)。右は第73次長期滞在期間にJAXAの実験などの遂行を統括する松崎乃里子インクリメントマネージャ=東京都千代田区
会見する油井さん(左)。右は第73次長期滞在期間にJAXAの実験などの遂行を統括する松崎乃里子インクリメントマネージャ=東京都千代田区

 一連の経緯について、油井さんは次のように説明した。「乗る宇宙船が最終的に決まるまでは、どちらにも対応できるようにしていた。当初はスターライナーで飛ぶ可能性が高いとされ、先行的に訓練した。ただ、有人試験飛行が想定通りには終わらず、私が乗る時期に(本格運用が)間に合わないと分かった。その時点ではどちらに乗るか決まってはいなかった。そこでクルードラゴンに乗る訓練に移行し、今に至る」。油井さんと同乗する米露の3人も、飛行計画の変更を経験しているという。

 こうした経緯も、油井さんは至って前向きに捉えている。「私は本当に運が良かった。設計思想が全く違うスターライナーとクルードラゴンの両方を見られたからだ」。前回の飛行ではロシアのソユーズに搭乗しており、会見では「宇宙船の違いが興味深い」として、3機種の“油井さん視点”の特徴を紹介した。1967年初飛行のソユーズは「信頼性があり、少しずつ改良してきた」、2020年から本格運用中で自動操縦が基本のクルードラゴンは「自動化され、飛行士は地上(管制室)のコントロールをモニターしておけばよい」などとした。

 開発に時間がかかっているスターライナーについては「何かが壊れても対処できるといった具合に、手動で多くのことができる。有人試験飛行でいろいろな不具合が起こっても、設計が良かったからこそISSにドッキングできた。ただ手動でできる部分が多いということは、それだけ高度な訓練が必要で、スペシャリストがいないと飛べないことにもなる」と表現した。

油井さんが搭乗、あるいは訓練を経験した(左から)ソユーズ、クルードラゴン、スターライナー(ソユーズはJAXAとNASA、他はNASA提供)
油井さんが搭乗、あるいは訓練を経験した(左から)ソユーズ、クルードラゴン、スターライナー(ソユーズはJAXAとNASA、他はNASA提供)

飛行士もミスをする、そんな時は…

 会見では「飛行士もミスをする。その対処を含めて見本を示したい」との発言もあった。宇宙でミスはどう取り扱われるのか。

 「緊要なところでは当然、ミスをしてはいけない。しかし私も宇宙で、作業手順を1つ飛ばして進めてしまい、後で気が付いたことなどがある。地上には『すみません、ミスしてしまいました。影響を評価してもらえませんか』と連絡する。ちょっと恥ずかしいが、まずは言う勇気が大切。一方、マネジメントの観点では、ミスしたと言える環境が大事だ。怒られるわけでも、評価が下がるわけでもないから言える。『よく言ってくれた。これでチームが対処できるから問題は大きくならない。素晴らしい』という形で進めねばならない。現に宇宙開発はそういう形で進んでいる。情報共有し原因を考え、対応が広がって次のミスが防げる。地上と全く同じことだ」

前回のISS滞在中、「きぼう」からの超小型衛星放出に成功し喜ぶ油井さん=2015年9月(JAXA、NASA提供)
前回のISS滞在中、「きぼう」からの超小型衛星放出に成功し喜ぶ油井さん=2015年9月(JAXA、NASA提供)

 有人宇宙開発は人智を結集して安全に進めるものだ。とはいえリスクを伴い、最悪の場合は事故死も否定できない。「覚悟は」と油井さんに尋ねた。

 「安全第一が当然の前提だが、それでも危険の度合いがある。(飛行士として)自分で評価しており、『こちらの方が危険度は高いな』『安全のレベルに差があるな』と思いながら仕事をしている。でも、私には人類にとって意義のあることに参加しているという、名誉の価値が大きい。『危険なら私に任せて』くらいの気持ちだ。将来、月へは後輩が行くだろうが、万一危険過ぎて不安があるなら、私が喜んで行きたい」

 油井さんの滞在期間中、JAXAは「きぼう」を活用し、次のような実験を計画している。将来の有人探査に向け、二酸化炭素を除去する技術を確かめる▽無重力で精密機器に生じる誤差を調べる▽飛行士が使う情報端末やカメラ、ドローン型撮影ロボットの作動を確かめる▽無重力が植物の細胞分裂に与える影響を調べる▽火災に備え、無重力での固体材料の燃え方を調べる▽惑星ができた過程を理解するため、コンドリュールと呼ばれる微粒子ができる過程を炉の中で再現する▽融点が2000度以上の物質を炉の中で浮かせて性質を調べる。このほか、国内外の若者のためのロボット競技会や公募実験、大学などの超小型衛星の放出、船外にカメラを晒(さら)しての撮影――なども計画。大半を油井さんが担当するとみられる。

 油井さんは1970年、長野県生まれ。92年、防衛大学校理工学専攻卒業、航空自衛隊入隊。防衛省航空幕僚監部を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選抜された。15年、ISSに約5カ月滞在し、こうのとり5号機をロボットアームで捕捉する作業や、実験装置の設置、多数の実験などを行った。16年11月から23年3月まで、JAXA宇宙飛行士グループ長を務めた。自衛隊入隊後、宇宙飛行士やテストパイロットの生き方を描いた映画「ライトスタッフ」(1983年米)を見て、宇宙飛行士を志すようになったという。

     ◇

大西さん船長任務「後輩育成を意識」

米物資補給機「ドラゴン」のISS離脱前に作業を進める大西さん=5月23日ごろ(JAXA、NASA提供)
米物資補給機「ドラゴン」のISS離脱前に作業を進める大西さん=5月23日ごろ(JAXA、NASA提供)

 ISSに滞在中の大西さんも6月20日、ISSから国内の記者向けに中継で会見した。2016年以来9年ぶり2度目の飛行。自身の体の無重力への適応が早く「感覚を体の細胞の一つ一つが覚えていたと思うくらい、かなり良かった。何年も自転車に乗っていなくてもすぐ乗れるようになるのと同じように、感覚が残っていた」と驚きを示した。

 日本人3人目となったISS船長任務を遂行中。初飛行の飛行士が同時に滞在中であることから「先輩として彼らをどう一人前に育成するか、彼らがまた次世代に知見をしっかりつないでいけるか、意識して業務に臨んでいる」とした。油井さんとISSで過ごすことについては「短期間だが、とても楽しみだ。私が『きぼう』で培った知見をしっかり引き継ぎ、油井さんに良い仕事をしてほしい。日本人同時滞在はなかなかないので、何かしら楽しい企画もできればと2人で相談している」と期待を示した。

 米物資補給機「シグナス」22号機が地上での輸送中に損傷し、飛行中止となった。この影響で、大西さんの滞在中に計画された一部の実験などが延期されている。大西さんは「残念ながら私ができなくなった実験もあるが、幸い同じJAXAの油井さんが引き継いでくれる。私は安心してISSを去れる」と語った。

]]>
コケで火星をテラフォーミング!? https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m240001016/ Fri, 18 Jul 2025 07:33:04 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54622  地球上のあらゆる場所に生息する「コケ」。なんと、宇宙の別の惑星でも育つかもしれません。人類の月や火星での長期滞在を視野に入れ、コケで宇宙に挑もうとする研究があります。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

藤田知道(北海道大学大学院 理学研究院 生物科学部門 教授)

]]>
百日咳患者が累計4万人超で拡大止まらず、リンゴ病も高水準 免疫低下に猛暑も関係か https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250717_g01/ Thu, 17 Jul 2025 07:40:06 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54614  激しい咳(せき)が続く「百日咳」の感染拡大が止まらない。今年の累計患者数は4万人を超えた。また、子どもの両頰などに赤い発疹が出る伝染性紅斑(リンゴ病)の流行も高水準で続いている。

 厚生労働省や国立健康危機管理研究機構(JIHS)、感染症の専門家は新型コロナウイルス対策で病原体に触れる機会が減って免疫が弱まっていたことに加え、最近の猛暑による体力・免疫力が低下している可能性もあるとして、これら感染症の今夏の拡大に注意を呼びかけている。その新型コロナは感染拡大にはなっていないものの、やや増加傾向でこちらも注意が必要だ。

昨年1年の10倍を超える

 JIHSは7月15日、全国の医療機関から6月30日~7月6日の1週間に報告された百日咳の患者数は3578人(速報値)と発表した。都道府県別では、東京都の277人が最も多く、以下は埼玉県(254人)、群馬県(176人)、神奈川県(171人)の順。1週間当たりの患者数は前週より225人増え、現在の集計法になった2018年以降最多の数値を3週連続で更新し、感染拡大に歯止めがかからない状態となっている。

 JIHSによると、今年の累計患者数は4万3728人。昨年は1年間で同4054人だった。半年余りでこの数字の10倍を超えた計算だ。昨年までで最多だった19年の1万6845人の約2.5倍になっている。重症化しやすく肺炎や脳症で死亡することもある乳幼児の患者の報告も全国で多く続いているという。

 厚生労働省やJIHSによると、百日咳は「百日咳菌」が原因の感染症で感染力が強い。咳やくしゃみによる飛沫(ひまつ)や接触により感染が広がる。7~10日の潜伏期間を経て風邪の症状が現れ、次第に咳が激しくなる。回復まで2~3カ月かかることも多い。子どもの感染が比較的多いが、最近では成人の感染例も増加傾向になる。

 年齢が比較的高い子どもの症状は軽い場合が多く、医療機関でも風邪などと判断されやすい。高熱が出ていないため学校や塾などへ行き、感染を広げてしまうケースが多いようだ。

百日咳菌の電子顕微鏡画像(JIHS提供)
百日咳菌の電子顕微鏡画像(JIHS提供)

乳児の死亡例が複数、耐性菌出現も

 厚労省やJIHSによると、百日咳の全国的な流行で患者の報告数は最近週40人を超え、乳児の死亡報告例も複数あるという。生後6カ月未満は重症化しやすく、せきが目立たない無呼吸発作やけいれん、肺炎や脳症を起こして最悪死亡する。

 乳幼児の感染源のほとんどが家庭内で、親など大人が外から家庭に持ち込まないようにする対策が大切だという。また10代以下は保育園・幼稚園や学校などで拡大するケースが多い。このためこうした施設での感染防止対策、具体的には手洗いの徹底とマスクの着用が大切だ。

 日本小児科学会は3月29日にいち早く「重症例も報告されている」などと注意を呼びかける文書を公表。「ワクチン未接種、もしくは3回接種が完了していない(生後)6カ月未満で重症化しやすいため、生後2カ月を迎えたら速やかに5種混合ワクチン接種が望まれる」などと指摘した。

 同学会はまた、ワクチン接種前の死亡例が確認された、として6月22日に注意喚起の文書を公表した。この中で同学会の予防接種・感染症対策委員会は、主に医療関係者向けに「通常、治療に使われてきたマクロライド系抗菌薬に対する耐性菌の出現が世界中で問題になっている。国内でも耐性菌の頻度が上昇している」として、他の薬剤(ST合剤)との併用投与を検討する必要性を指摘している。

日本小児学会が作成した百日咳ワクチン接種を呼びかけるポスター(日本小児学会提供)
日本小児学会が作成した百日咳ワクチン接種を呼びかけるポスター(日本小児学会提供)

リンゴ病は胎児にも感染

 一方、JIHSによると、リンゴ病は全国の定点医療機関から6月30日~7月6日に速報値で5474人の患者が報告された。1機関当たり2.32人で、感染症法に基づく集計が始まった1999年以降最多だった今年6月16~22日の2.53人に次いで多かった。都道府県別では、大阪府の509人が最も多く、以下北海道(398人)、兵庫県(276人)の順だった。

 厚労省によると、リンゴ病は「パルボウイルスB19」が原因のウイルス感染症。百日咳同様、飛沫や接触で感染する。約10~20日の潜伏期間の後、微熱などの風邪に似た症状がみられる。そして両頰に蝶の羽のような境界鮮明な赤い発疹(紅斑)が現われる。続いて体や手、足に網状やレース状の発疹が広がる。予防ワクチンはない。

 感染患者は5~9歳が最も多く次いで0~4歳が多い。通常1週間程度で回復する場合が多いが、妊婦が初めて感染すると胎児にも感染し、胎児水腫(すいしゅ)などの重篤な状態や流産や死産につながる危険性が指摘されている。厚労省や日本産婦人科学会などは、特に妊娠中の女性らに手洗いやマスク着用などの感染防止対策を呼びかけている。

厚労省がリンゴ病感染対策の注意喚起のために作成したチラシ(厚労省提供)
厚労省がリンゴ病感染対策の注意喚起のために作成したチラシ(厚労省提供)

コロナ感染者数、3週連続して増加

 厚労省は7月11日に、全国の定点医療機関から6月30日~7月6日の1週間に報告された新型コロナウイルスの新規感染者数が7615人で、1医療機関当たり1.97人になったと発表した。前週比は1.41倍で、1医療機関当たり1人を超えたのは3週連続となり、増加傾向が続いている。

 都道府県別で1機関当たりの感染者数が多かったのは沖縄県の16.36人。次いで山梨県3.26人、千葉県3.11人と続いた。逆に少なかったのは鳥取県(0.55人)、北海道(0.60人)、青森県(0.67人)などで地域差があった。

新型コロナウイルス感染症の入院患者の2025年第27週までの推移。感染者の増加に合せて入院患者も増える傾向にある(厚労省提供)
新型コロナウイルス感染症の入院患者の2025年第27週までの推移。感染者の増加に合せて入院患者も増える傾向にある(厚労省提供)
]]>