広く知りたい - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Thu, 18 Apr 2024 01:22:13 +0000 ja hourly 1 尿1滴、3分で覚醒剤など薬物40種判別 犯罪捜査を迅速に 近畿大や愛知県警科捜研 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240417_g01/ Wed, 17 Apr 2024 07:02:50 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50911  尿1滴で覚醒剤など40種類の薬物を3分以内で特定できる手法を開発したと、近畿大学や愛知県警科学捜査研究所(科捜研)らのグループが発表した。これまで薬物犯罪捜査で科捜研に送られた被害者や被疑者の尿を、分析化学に精通した人が鑑定する際に時間がかかり、簡易検査では偽陽性の誤った結果も出るといった問題があった。新手法を使えば誰でも迅速に解析でき、検挙率向上や被害の全容解明、刑事裁判の公判維持に貢献できるという。

今回開発に成功した「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」の概念図。3分という極めて短い時間で40種類の薬物を尿中から同定することが可能(名古屋大学 髙橋一誠講師提供)
今回開発に成功した「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」の概念図。3分という極めて短い時間で40種類の薬物を尿中から同定することが可能(名古屋大学 髙橋一誠講師提供)

誤判定と時間がかかる 薬物捜査の課題

 研究を主導した近畿大学生物理工学部の財津桂教授(分析科学・バイオインフォマティクス学)は元々、大阪府警科捜研で約10年間研鑽を積んできた。主に鑑定したのは覚醒剤や大麻などの違法薬物使用者と、昏睡強盗や急性薬物中毒の被害者が摂取した薬物の中身の特定だ。

 通常、警察官は24時間を3交代で勤務するが、科捜研は平日日中のみの稼働。宿直の職員がいるとはいえ、一度に大量に検体が送られてくると、逮捕から検察官送致のリミットである「48時間」以内に分析できず、結果が出せない。このような場合、逮捕しても公判を維持できるほどの強力な証拠がないとされ、被疑者は釈放される。

 現在全国の警察で採用されている尿の薬物簡易検査は、化学構造が似た薬物群の推定にとどまるうえ、偽陽性の誤判定が出ることがある。偽陽性で逮捕されることは人権上大きな問題となる。他方で、正確な物質特定のために用いられる質量分析は、試料を調製したり、成分を分離したりするために熟練の技が必要で、時間もかかる。

 職人技として実験手腕があることが評価された時代もあったが、労働人口減少の中で人材を確保するのが難しいうえ、現場は薬物関連犯罪の急増で職人を育成する余裕がない。警察だけでなく、急性薬物中毒で患者が搬送された病院の医師からの依頼もある。これらの問題を解決するためには、誰でも簡単に、迅速に検査できる体制確立が必須だった。

薬物捜査は次から次に新しい物質が出てくるため、時代に合わせて科学捜査の手法のアップデートが求められる
薬物捜査は次から次に新しい物質が出てくるため、時代に合わせて科学捜査の手法のアップデートが求められる

少量の尿 正確な結果を得られる

 大阪府警科捜研を退職した財津教授は名古屋大学で実験を始め、サンプルプレートに尿と試薬を混ぜて1滴垂らしたものから薬物を分析する装置をつくった。尿の量は10マイクロリットル(1マイクロは100万分の1)で済む。約40種類の薬物特有の情報を機械に覚えさせ、一致する物質を判別し、波形の大きさで検出濃度がわかる機能を備えた。数種類の薬物が含まれている尿や、遺体の尿でも鑑定は可能だ。

尿検査の方法。難しい実験工程がないため、誰でも簡単に作業ができる特徴がある(近畿大学提供)
尿検査の方法。難しい実験工程がないため、誰でも簡単に作業ができる特徴がある(近畿大学提供)

 薬物分析の手順はまず、尿に内部標準溶液のジアゼパムD5溶液とエタノールの試薬を添加し、混合した溶液を装置内にある鍼灸用の鍼(はり)につける。続いて鍼に電圧をかけてイオン化し、真空状態でアルゴンガスと衝突させる。すると薬物構造に特有の断片が生じる。覚醒剤やコカイン、睡眠薬、抗ヒスタミン薬など40種類の薬物特有の断片の情報と照らし合わせて何の物質か特定する仕組みだ。

ある3つの尿検体から集めたデータ。左から向精神薬リスペリドン、咳を鎮めるジヒドロコデインが検出されている。一番右は何も検出されていない。短いものでは約40秒で鑑定が終わっている。波形が大きいほど濃度が高い(近畿大学提供)
ある3つの尿検体から集めたデータ。左から向精神薬リスペリドン、咳を鎮めるジヒドロコデインが検出されている。一番右は何も検出されていない。短いものでは約40秒で鑑定が終わっている。波形が大きいほど濃度が高い(近畿大学提供)

 装置の名前を「RaDPi-U(ラドパイ ユー)」として産官学連携で製品化した。検出限界は1ミリリットルあたり0.01~7.1ナノグラム(1ナノは10億分の1)と非常に低く、正確性も確認した。特定する薬物の種類を増やすことも可能だが、現場の実情をよく知っている愛知県警科捜研や名古屋市衛生研究所の研究員たちと議論し、警察官が限られた時間で結果を検証できるよう、現在、薬物犯罪で主に使われている物質にターゲットを絞る工夫を凝らした。

 このラドパイ ユーは本体の幅が1メートル強しかなく、机に置けるサイズで、200ボルトの電源があれば装置を作動できる。電気自動車のパトカーも採用され始めており、将来的には電気自動車から電源を取って作動し、その場で任意の尿鑑定の結果を出すことも想定されるという。記憶させる薬物の種類は入れ替えることができるため、時代に合わせた薬物捜査に対応できる。

薬物犯罪 低年齢にも及ぶ

薬物犯罪の大半を占める大麻取締法、麻薬取締法(グラフ上)と覚醒剤取締法(グラフ下)違反の検挙者の推移。大麻はここ数年検挙者が急増している(法務省令和5年版犯罪白書より引用)
薬物犯罪の大半を占める大麻取締法、麻薬取締法(グラフ上)と覚醒剤取締法(グラフ下)違反の検挙者の推移。大麻はここ数年検挙者が急増している(法務省令和5年版犯罪白書より引用)

 法務省の令和5年(2023年)版犯罪白書によると、大麻取締法違反の検挙者は平成26年(2014年)から増加傾向で、覚醒剤取締法違反では減少傾向にあるものの、同法違反のうち「使用罪」の割合が過半数を超え、中学生の検挙例もあった。未成年らが集まり、睡眠薬などを大量に服薬するオーバードーズの問題も深刻化している。白書の数字に表れないものの、薬物に関わる犯罪は多いことが推察される。

 財津教授は今回の分析手法の開発について「こういうニュースは薬物を使っている人がよく見ている。科学の力で追い詰めることができると知らせることが、薬物犯罪の抑止につながる」と意義を語る。科捜研時代、警察官が薬物犯罪の検挙、公判に持ち込むための証拠集めに苦労していることを間近で見てきたという。「捜査はその先に裁判が待ち構える。科学的に認められた技術と示すためには、ピアレビュー(同分野の専門家による評価)を受けた論文として発表することが絶対に必要。裁判で『ラドパイ ユーの結果は信用できない』という被告人弁護士の主張を退けるためにも、ハイレベルな雑誌での論文に投稿することにもこだわった」と述べる。

 成果はドイツの化学雑誌「アナリティカル アンド バイオアナリティカル ケミストリー」の電子版に3月25日に掲載された。

 財津教授が「科捜研の負担を減らすだけでなく、治安の維持に研究が役立つとうれしい」と話すように、国内で広く警察が採用すれば、正確な捜査、検察の適切な処分の決定につながる可能性が高まる。諸外国より治安が良いとされる日本を守るのは、警察だけではなく、科学でもある。

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「みんな危ないよ!」傷ついた魚から仲間への警報物質を発見 理研と東大 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240409_g01/ Tue, 09 Apr 2024 06:44:20 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50842  傷ついた魚の皮膚から出て、周りの仲間に危険を知らせる警報物質を発見したと、理化学研究所と東京大学の研究グループが発表した。1938年に存在が指摘され、後にノーベル賞の授賞理由の一部ともなった物質の実体が、80年あまりを経て分かった。動物が危険を回避する神経の仕組みやコミュニケーションでのにおいの役割の理解のほか、化学物質による魚の行動制御に役立ちそうだという。

解明に多くの研究者が挑んできた

傷ついた皮膚から出す物質で、仲間に危険を知らせる(理化学研究所提供)
傷ついた皮膚から出す物質で、仲間に危険を知らせる(理化学研究所提供)

 嗅覚系は、においやフェロモンの分子を受け取り、その情報を鼻から脳へと伝え、特有の行動や内分泌系、自律神経系の変化を引き起こす神経の仕組み。危険を避ける、食べ物にありつく、性行動に結びつくなど生物にとって重要な働きだ。

 オーストリアの動物行動学者、カール・フォン・フリッシュ(1886~1982年)は1938年、傷ついた魚の皮膚から水中に出る何らかの物質が、仲間の魚に危険を知らせて忌避の行動を引き起こす現象を発表。1973年、それぞれ動物行動学を開拓した2人の研究者と共にノーベル生理学・医学賞を受賞した。この物質の特定に多くの研究者が挑んできたが、解明に至らなかった。なおフリッシュは、ミツバチが蜜の場所を教え合うダンスの研究で特に知られている。

 こうした中、研究グループの理化学研究所脳神経科学研究センターシステム分子行動学研究チームリーダーの吉原良浩さん(神経科学)らの研究グループは、実験によく使われる熱帯魚のゼブラフィッシュを使い、解決を目指した。

脳の「糸球体」に着目

 まずゼブラフィッシュの皮膚の抽出物を別の個体がいる水槽に入れると、高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動がみられた。一方、鼻の奥にあり、においやフェロモンの分子を感知する細胞「嗅上皮(きゅうじょうひ)」を除去すると、これらの行動は全くなくなった。フリッシュの指摘通り、皮膚から出る何らかの嗅覚物質が働いているのだ。

皮膚の抽出物を入れた後(グラフの黄色の時間帯)は、ゼブラフィッシュが高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動をした(理研提供)
皮膚の抽出物を入れた後(グラフの黄色の時間帯)は、ゼブラフィッシュが高速で泳ぐ、じっと動かなくなる、水底にとどまるという特徴ある行動をした(理研提供)

 鼻に入ったにおいの分子は嗅覚受容体が受け取り、この情報が脳の領域「嗅球」の表面にある構造「糸球体」に伝わる。嗅球には神経線維がつながっており、情報がさらに高次の嗅覚中枢に伝わっていき、個体がさまざまな行動をするに至る。ここで、ある特定のにおいの分子は、それに対応する嗅覚受容体と、鍵と鍵穴が合わさるように結合する。1つの糸球体は1種類の嗅覚受容体群からの情報しか受けない。こうして、鼻から脳に至る神経の配線が、さまざまなにおい分子を識別して機能している。

 研究グループは免疫の仕組みを利用した実験を行い、ゼブラフィッシュの皮膚抽出物が具体的に「dGa」「lG4」「vpG2」という3種類の糸球体を働かせることが分かった。

嗅球の表面にあるdGa、lG4、vpG2。それぞれ矢印の先の白い部分(理研提供)
嗅球の表面にあるdGa、lG4、vpG2。それぞれ矢印の先の白い部分(理研提供)

遂に解明、2つの物質が同時に働く

 次に、ゼブラフィッシュの水槽に金魚やメダカの皮膚抽出物を入れてみると、金魚の抽出物ではlG4とvpG2が働いたものの、中程度の忌避行動にとどまった。メダカの抽出物ではvpG2だけが働いたが、行動は非常に弱かった。つまりvpG2の働きはかなり、大人しい。ゼブラフィッシュの強い忌避行動のために重要な糸球体は、dGaとlG4であることがうかがえた。

ゼブラフィッシュに他種の皮膚抽出物も与え、糸球体の働きや忌避行動を比べた。dGaとlG4の重要性がうかがえた(理研の資料を基に作成)
ゼブラフィッシュに他種の皮膚抽出物も与え、糸球体の働きや忌避行動を比べた。dGaとlG4の重要性がうかがえた(理研の資料を基に作成)

 ゼブラフィッシュの皮膚抽出物に含まれ、dGaやlG4を働かせる物質の精製や特定を試みた。クロマトグラフィーや質量分析により、dGaを働かせるのは新発見の物質、lG4は物質としては既知だがこれまで機能が分からなかった物質であることを突き止めた。それぞれ「硫酸化ダニオール」「オスタリオプテリン」と命名した。後者はゼブラフィッシュだけでなく金魚やコイ、ドジョウなど淡水魚の7割を構成する骨鰾(こっぴょう)上目が共通に持つ物質という。

 この2つの物質を人工的に合成し、混ぜて水槽に入れると、ゼブラフィッシュは強い忌避行動を示した。

硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンの分子構造(理研提供)
硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンの分子構造(理研提供)

 一連の結果から、ゼブラフィッシュは傷ついた皮膚から硫酸化ダニオールとオスタリオプテリンを出し、仲間のdGaとlG4を同時に活性化していることを突き止めた。こうして仲間に危険を知らせ、忌避行動を引き起こしている。硫酸化ダニオールは仲間の存在を、オスタリオプテリンは危険を知らせるシグナルと考えられるという。

実験ではゼブラフィッシュを活用した(小杉伊織氏撮影)
実験ではゼブラフィッシュを活用した(小杉伊織氏撮影)

魚の行動制御、漁業や外来魚駆除に活用も

 吉原さんは「80年にわたり物質の特定に失敗してきたのは、全ての研究者が、原因が単一の物質であるとの仮説の下に、魚の行動を指標にしたためだ。私たちは嗅球の神経活動からdGaとlG4の重要性を見いだし、これらを働かせる物質を精製するなど、全く異なる戦略により成功した」と話している。

 成果は米生物学誌「カレントバイオロジー」電子版に2月29日掲載された。研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業、日本学術振興会科学研究費助成事業、三菱財団自然科学研究助成、花王の助成を受けた。

 成果は魚類のみならず、脊椎動物のにおいによる忌避行動や、社会コミュニケーションにおけるにおいの役割の理解にもつながると期待される。警報物質や餌のにおい、フェロモンなどを組み合わせると狙った魚の行動を制御できるため、漁業や外来魚駆除にも役立ちそうだという。

 自らは大きい魚に襲われて傷つき、あるいは命を奪われながらも、体を張って仲間を助ける魚たち。彼らへの理解が深まる研究成果に、何だか胸が熱くなった。より高等な生物である以上、私たちは互いを思いやり、助け合いを大切にしたいものだ。

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光照射で細胞を好きな場所に接着し、免疫によるがん攻撃を観察 阪大など https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240329_g01/ Fri, 29 Mar 2024 07:11:17 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50756  光を照射して生きた細胞をひとつずつ好きな場所に瞬時・精密にくっつける技術を、大阪大学産業科学研究所の山口哲志教授(生体機能関連化学)らのグループが開発した。この技術により、免疫細胞ががん細胞を攻撃する様子をリアルタイムで観察することができた。がんなどの治療から産業まで幅広い分野で応用が期待できるという。

赤く染色した細胞と青く染色した細胞を並べて作成した大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク(東京大学工学系研究科博士課程2年梅田侑生さん作成)
赤く染色した細胞と青く染色した細胞を並べて作成した大阪・関西万博公式キャラクターのミャクミャク(東京大学工学系研究科博士課程2年梅田侑生さん作成)

これまでは狭い穴に閉じ込めたり噴霧したり

 抗がん剤治療後の再発を起こす理由として、がん細胞の不均一性がある。抗がん剤の治療効果ががん細胞ごとに異なるため、一部のがん細胞には薬剤耐性があり、生き残ってしまう。不均一性のある細胞集団を対象として正しく薬効などを調べるには、理想的には細胞ひとつずつを観察できる「1細胞解析」が必要となる。

 1細胞解析の技術には、微細な穴(マイクロウェル)や流路に置いた構造物(マイクロ流体)で狭い空間に細胞を閉じ込める方法があるが、形状変化が見られない。電極で細胞を捕まえる方法(誘電泳動法)、1細胞ずつ噴霧する方法(インクジェットプリンター法)では、細胞が基板に接着すれば観察可能だが、血液中の白血球など浮遊細胞だと観察中に流れて視野から消えてしまう。

20年かけてスイッチング機能を実現

 山口教授は2005年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。東京大学時代の2010年ごろには、水に溶けやすい高分子ポリエチレングリコール(PEG)と疎水性の脂質、その間に光で分解する連結分子(リンカー)を挟んだPEG脂質をガラスに塗った基板を合成(第1世代)。脂質2重層である細胞膜と脂質が相互作用してくっつく一方、光を照射した部分はリンカーが分解して外れ、細胞とくっつきにくい特性があるPEG部分が表層に出ることで細胞が離脱すると確認した。

光の照射で細胞が離脱するポリエチレングリコール(PEG)脂質の構造式と模式図。緑線がPEG、赤線が脂質、青い六角形が光分解性リンカーを示す(大阪大学の山口哲志教授提供)
光の照射で細胞が離脱するポリエチレングリコール(PEG)脂質の構造式と模式図。緑線がPEG、赤線が脂質、青い六角形が光分解性リンカーを示す(大阪大学の山口哲志教授提供)

 2015年ごろからは教え子の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。片方の脂質にリンカーを付け、光照射すると、片方の脂質が消えて残った1つの脂質によって細胞をくっつける別のPEG脂質(第2世代)となった。

 2020年ごろには、PEGと脂質の間に置くリンカーを光で分解するものから、光の種類によって親水性と疎水性の性質が変化するものに変えることで、可視光照射で細胞が脱離し、紫外光照射でくっつく、スイッチング機能のあるPEG脂質(第3世代)を生み出した。

開発した3つのPEG脂質の模式図(大阪大学の山口哲志教授提供)
開発した3つのPEG脂質の模式図(大阪大学の山口哲志教授提供)

がん細胞と免疫細胞を並べて観察して治療効果を把握

 第2世代のPEG脂質を用いると、いつもは血管内などで浮遊している細胞を光を照射した場所にくっつけることができる。

 がん細胞の不均一性を調べるため、免疫を担うナチュラルキラー(NK)細胞とがん細胞をアレイの上にひとつずつ並べて相互作用を観察すると、NK細胞ががん細胞を殺す過程や、殺さなくても一部を取り込む過程を確かめることができた。がん治療の高度化への寄与が期待される。

緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた(大阪大学の山口哲志教授提供)
緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた(大阪大学の山口哲志教授提供)

細胞解析のプラットフォームをつくりたい

 医療のほかにも、昆虫の嗅覚受容体細胞を任意の配置で着脱できれば、特定の匂いに対する高感度センサーをつくることなどもできる。山口教授は「特定の分野に限らず、細胞の表現型を見る必要がある研究、細胞に何らかの操作を加えて、一部を回収するという必要がある研究や産業に資するプラットフォーム技術にしたい」と意気込む。

 情報産業では巨大IT企業5社からなる「GAFAM(ガーファム)」がプラットフォーマーとして注目を集めるが、1細胞解析技術も生物研究を支えるプラットフォーマーとして今後に期待したいと思う。

◇4月8日追記
本文の一部を訂正しました。

4段落目)
誤「山口教授は2000年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。」
正「山口教授は2005年ごろから光を使った基板で1細胞解析ができないか模索。」

5段落目)
誤「2015年ごろからは後輩の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。」
正「2015年ごろからは教え子の京都大学生命科学研究科の山平真也特定講師らと、PEG脂質の脂質部分を2つに改変した。」

4つめの図版のキャプション)
誤「緑色に光るナチュラルキラー(NK)細胞が隣にあるがん細胞を殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた」
正「緑色に光るがん細胞を隣にあるナチュラルキラー(NK)細胞が殺す過程(赤枠)や、殺さなくても一部を取り込む過程(青枠)が観察できた」

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日本人がん患者の遺伝子変異の全体像判明 国立がん研が初の5万人ゲノム異常解析 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240325_g01/ Mon, 25 Mar 2024 06:36:02 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50708  国立がん研究センター研究所は欧米人などと異なる日本人のがん遺伝子変異の全体像が明らかになったと2月29日に発表した。「がん遺伝子パネル検査」で得られた約5万人の患者のデータを活用し、遺伝子の変異を解析。がん治療薬の標的となる変異があった割合は平均で約15%だったという。遺伝子変異などを明らかにして治療効果が高いと見込める薬を選んで治療する「がんゲノム医療」に貴重なデータを与える成果で、国立がん研は今後も解析を続けて治療成績の向上につなげたいとしている。

国立がん研究センター研究所の建物(東京都中央区築地、国立がん研究センター提供)

一人一人に合った治療法見つけるゲノム医療

 人間の体には約37兆個もの細胞がある。細胞内の核には遺伝子を乗せた染色体が入っている。染色体に含まれる遺伝子と遺伝子情報の総体がゲノムだ。1人のゲノムには2万~3万種類の遺伝子が存在し、遺伝子ごとに体をつくるさまざまな「指令機能」がある。

 ゲノムには両親から受け継いだ62億個の塩基が並んでいて、一部の塩基配列が異なることで一人一人の個性が決まる。その個性には外見や性格などのほかに、病気になりやすさや薬の効き方、副作用なども含まれる。この違いを医療に活用するのがゲノム医療で、がん治療に活用されている。

 がんゲノム医療の効果の決め手となるのががん遺伝子パネル検査だ。生検や手術などで採取した組織を高速で大量のゲノムの情報を読み取る「次世代シークエンサー」装置では数十から数百もの遺伝子を同時に調べることが可能。2019年に保険適用されたことから一気に普及した。遺伝子の変異、変化を調べて患者のがんの特徴が分かればその患者に適した治療法を決めることができる。患者側からすると「自分の遺伝子変化を狙う薬」、つまり「分子標的薬」を見つけることにつながる。

 ここで注意しなければならないのは遺伝子が直接がん組織をつくるのではないことだ。がんは、遺伝子がさまざまな原因で正常に機能しなくなって起きる病気だ。ごく一部の、生まれつき遺伝子が変異している「家族性腫瘍」を除き、ほとんどのがん細胞は生活習慣や喫煙、加齢などが原因で特定の体細胞の遺伝子が後天的に変異することで発生する。こうしたがん細胞にだけできた遺伝子変異は次の世代に遺伝することはない。

 現在、この検査は「がんゲノム医療中核拠点病院」や「がんゲノム医療拠点病院」「がんゲノム医療連携病院」などで行われている。検査結果は患者の同意を得た上で国立がん研究センターの「がんゲノム情報管理センター」に集められている。対象は標準治療をしても十分な効果が得られなかったがんや、標準治療のない希少がん、原発不明がんの患者に限定されている。ただ、検査でがんと関係のない遺伝子変異が見つかることもあり、遺伝に関する十分な説明や相談に適切に対応する病院の受け皿が重要になる。

がんゲノム医療とがん遺伝子パネル検査の全体像(国立がん研究センター提供)
患者に対する医師のがん遺伝子パネル検査の説明のイメージ図(国立がん研究センター・がんゲノム情報管理センター提供)

がんの種類で大きな差

 国立がん研究センター研究所によると、研究チームは2019年6月~23年8月の間、がんゲノム情報管理センターに集まった4万8627例を解析した。がんの部位では大腸、膵臓(すいぞう)、胆道などが多く含まれていた。

 解析の結果、治療薬の標的となる遺伝子変異があったのは全体の15.3%だった。26のがん種類別では甲状腺がんが85.3%で最も高く、以下乳がん60.1%、肺腺がん50.3%が続いた。甲状腺がんは多様な薬が開発されていることが背景にあるとみられる。一方、治療薬が見つかりにくいと言える変異の割合が低かったのは唾液腺がん、脂肪肉腫、腎細胞がんでいずれも0.5%未満。がんの種類によって大きな差があることも明らかになった。

 同研究所によると、これまで欧米のデータを分析した研究はあったが、日本人を対象にしたのは初めて。今回、日本人に多い胆道がんや胃がん、子宮頸(けい)がんも解析対象に含まれた。米国白人のデータとの比較では、治療薬の標的となる遺伝子変異などが見つかった症例割合は約3分の2だった。

 これらの結果について研究チームの同研究所の片岡圭亮・分子腫瘍学分野長(慶應義塾大学医学部内科学教授)らは効果的な治療薬が少ない膵臓や胆道などの難治がんが解析対象に多く含まれたためとしている。

治療薬の標的となるゲノム異常がある症例割合(国立がん研究センター提供)
がんゲノム情報管理センターに登録されているさまざまながんの症例数を示す図(国立がん研究センター提供)

治療薬開発の促進が急務

 厚生労働省は2019年12月に適切な治療薬にたどり着けたがん患者はわずか約1割だったと発表している。同省は同年10月末までに134の病院で遺伝子パネル検査を受けた患者805人を対象に調べたところ、薬が見つかったのは88人(10.9%)だった。

 この結果は、国立がん研究センター研究所が行った今回の解析で判明した「治療薬の標的となる遺伝子変異があったのは全体の15.3%」の数値と近い。厚労省調査の対象がん種の詳細は不明だが、いずれにせよ、がんの投薬治療はまだ適切、効果的な治療薬が見つかりにくいという現在のがん医療の大きな課題が浮き彫りになった形だ。同研究所の片岡分野長も日本人のがんゲノム異常の特徴から日本人に多い難治がんなどのがん種での治療薬開発の加速が急務、と指摘している。

 国立がん研究センターは遺伝子パネル検査データの解析のほか、さまざまながん患者の遺伝子解析をして多くの興味深い研究成果を発表している。例えば、2023年の3月には、アルコールを代謝しにくい体質の人が飲酒をすると、「スキルス胃がん」に代表される治療の難しい「びまん型胃がん」の発症リスクを高めると発表している。1000人以上の患者のがん組織を遺伝子解析した結果で発症予防や治療法発見につながると期待された。

 また、2023年の1月には、大腸がんの手術をした患者の血液を採取、がん遺伝子を調べて再発リスクを判定する方法を発表している。抗がん剤による治療効果は個人差があるとされる。このため、個人ごとの再発リスクの評価は手術後の適切な抗がん剤治療についての判断に有効だという。副作用も少なくない抗がん剤の適切な治療につながる成果だ。

遺伝子差別につながらないことが必須

 患者の遺伝子を調べるさまざまな研究はがん治療の進歩を支えている。研究が進んでいる背景にはがんの種類ごとに遺伝子変異が分かってきたことが挙げられる。ただ、その一方で、個人で異なる遺伝子、遺伝情報は「究極のプライバシー」だ。その保護と差別防止はがんゲノム医療を進める上での大前提だ。保険加入や就職などの場面で遺伝情報の不適切な取り扱いがあってはならない。

 ゲノム医療を適切、公平公正に進めるための「ゲノム医療推進法」が2023年6月に第211回通常国会で成立している。遺伝情報による不当な差別をしないことなどを明記しているが、新法は原則を示し、「総論」的なため、新法の理念に合った研究、医療体制を整備するために具体的な施策が求められる。

 がんに限らず同じ病気でも原因と関係する遺伝子の変異は患者によって異なる。どの遺伝子のどの部分に原因があるか分かれば、患者に合った、体力的負担や費用、高価な薬使用の面などで無駄のない効果的な治療法が見つかる可能性があり、期待は大きい。それだけにゲノム医療の推進と遺伝情報保護と差別防止は車の両輪と言える。

ゲノム医療の概念図(国の「全ゲノム解析実行計画2022」から)(厚生労働省提供)

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しづ心なく…花の散るのもオートファジー 奈良先端大など仕組み解明 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240319_g01/ Tue, 19 Mar 2024 06:36:30 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50635  ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

 平安の歌人、紀友則(きのとものり)が詠んだ一首。古今和歌集に収められ、小倉百人一首でもお馴染みだ。「日の光がのどかに降り注ぐ春の日に、桜はなぜ、落ち着いた心もなく、散っていくのだろう」といった意味だが、その答えは令和の世に出た。「オートファジーが働いているから」。細胞内の老廃物を細胞自ら分解する仕組みで、日本人がノーベル賞を受賞したことで知られる。これが、花が散る仕組みまでも握っていることを、奈良先端科学技術大学院大学、理化学研究所などの研究グループが解き明かした。

“しづ心なく”散り、水面を埋める桜の花びら。2005年4月、東京・千鳥ケ淵で筆者撮影
“しづ心なく”散り、水面を埋める桜の花びら。2005年4月、東京・千鳥ケ淵で筆者撮影

細胞の重要なメンテナンス機能

 オートファジーは、細胞内の古くなったタンパク質や細胞小器官を、細胞自ら分解(自食作用)して再利用する仕組み。真核細胞に備わり、細胞内を浄化し、またアミノ酸などの必要な分子を作って細胞を存続させている。動植物が健康を保つために欠かせない、細胞の重要なメンテナンス機能の一つだ。老廃物は時間と共に何となく壊れていくのではなく、細胞が積極的に壊している。ギリシャ語でオートは自分、ファジーは食べるの意。東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんが1988年に酵母のオートファジーの観察に成功。93年に関連遺伝子14種類を特定し、2016年にノーベル生理学・医学賞を単独受賞している。

 動物のオートファジーでは、細胞内に二重膜でできた小胞「オートファゴソーム」ができ、古いタンパク質などを取り込む。これが酵素の入った小器官「リソソーム」と融合し、中身が分解される。がんや神経変性疾患などさまざまな病気を抑え、また発生や分化、老化、免疫の仕組みで重要な役割を持つ。一方、植物ではオートファゴソームが水や栄養素、廃棄物などを貯蔵する「液胞」と融合し、中身が分解されている。

 植物では、生涯にわたり体を作り続けることからも、オートファジーが非常に重要だ。穀類や花卉(かき=花の咲く草)植物で、オートファジーを制御する遺伝子が非常に多いことが分かっている。また、花びらが古くなる過程で細胞小器官などが液胞に取り込まれ、部分的に分解される様子も観察されている。このため、花が散るのにもオートファジーが働いているとみられてはきたが、未解明だった。

花が咲くことの研究は多いが…いざ実験

 そこで奈良先端大先端科学技術研究科准教授の山口暢俊さん(植物生理学)らの研究グループは、実験によく用いられるモデル植物のシロイヌナズナを使って研究した。山口さんは「なぜ桜が散るのだろうかと、思いませんか。この基本を解明したくて、研究を始めました」と語る。私たちも「考えてみると、いったいどうして」と不思議に思うことが、先端研究の現場のモチベーションになっている。花が咲くことに関する研究は多い一方、その後に起こる現象はさほど研究されてこなかったという。

普通のシロイヌナズナ(左)に比べ、ジャスモン酸が作れない変異体は花が散るのが遅く、長持ちしている(奈良先端科学技術大学院大学提供)
普通のシロイヌナズナ(左)に比べ、ジャスモン酸が作れない変異体は花が散るのが遅く、長持ちしている(奈良先端科学技術大学院大学提供)

 注目したのは植物ホルモンの一種「ジャスモン酸」だ。葉が虫に食べられると合成され、他の部分に移って虫が苦手な物質を作り被害拡大を抑えるという、面白い物質。高校の生物の教科書にも載っている。老化を促す機能もあり、これが作れない変異体は花が散るのが遅いことから、鍵を握っていると考えられた。

 普通のシロイヌナズナを調べると、散る直前の花びらの根元に、ジャスモン酸に加え、物質を酸化し損傷させる“老化物質”の活性酸素もたまっていた。一方、ジャスモン酸を作れないようにした変異体では、花びらの根元にジャスモン酸がたまらない上に、活性酸素も明らかにたまりにくくなっていた。

 花びらの根元の細胞を顕微鏡で観察した。普通のシロイヌナズナでは、花が散る直前に不要物が全て分解され、液胞に何も残っていなかった。しかし変異体では液胞に不要物がみられ、新陳代謝に異常があることが分かった。正常ならば花が散る過程で、オートファジーが働いていることがうかがえた。

シロイヌナズナの花びらの根元の細胞。左は普通の株で、白い液胞の中に目立つ物質はない。右はジャスモン酸を作れないようにした変異体で、液胞の中に丸い不要物がある(奈良先端大提供)
シロイヌナズナの花びらの根元の細胞。左は普通の株で、白い液胞の中に目立つ物質はない。右はジャスモン酸を作れないようにした変異体で、液胞の中に丸い不要物がある(奈良先端大提供)

「ジャスモン酸」引き金、遺伝子が次々に働き…

 次に、花が散るまでの遺伝子の働き方を調べ、次のような過程を解明した。(1)花が咲く頃、花びらにジャスモン酸が作られ始め、たまっていく。(2)これを受け、花びらの根元で、ストレスへの応答に関わるとされる「ANAC(アナック、エーナック)102遺伝子」が働く。(3)これを受けてオートファジーを制御する遺伝子が働き、花が散る。

 また、オートファジーを制御する遺伝子の変異体では、花が散るのが遅くなった。遺伝子を花びらの根元で人工的に作らせてオートファジーを起こし、花を散らすことにも成功した。

 普通のシロイヌナズナと、ジャスモン酸が働かない変異体を比べた。オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質に、目印として緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させて使った。普通の株では、花が散る時期が近づくとオートファゴソームがいったん作られ、GFPの蛍光が増加。その後、散る直前にオートファゴソームが液胞へ移り、中身とともに分解され、蛍光は見えなくなった。一方、変異体では、花が散る直前のはずの時期を過ぎても蛍光が見え続けた。オートファゴソームがたまっており、つまりオートファジーが起こっていないことを示している。

花の変化と、オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質(ATG8a、GFPを融合させた)の関係。普通の株(野生型)では散る時期が近づくとタンパク質が増え、散る直前に見えなくなった。変異体では、散るはずの時期を過ぎても見え続けた(奈良先端大提供)
花の変化と、オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質(ATG8a、GFPを融合させた)の関係。普通の株(野生型)では散る時期が近づくとタンパク質が増え、散る直前に見えなくなった。変異体では、散るはずの時期を過ぎても見え続けた(奈良先端大提供)

 一連の結果から、花が散るのは、ジャスモン酸を引き金とするオートファジーの仕組みによることを解明した。研究グループは奈良先端大、理研、トリニティ・カレッジ・ダブリン(アイルランド)、かずさDNA研究所、名古屋大学、中部大学で構成。成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に2月6日掲載され、奈良先端大などが同8日に発表している。

お花屋さんもお客さんも喜ぶ成果に

 ただ、今回の成果をもってしても、素朴な疑問が残る。花が咲くのは、虫を引き寄せて受粉するためとされる。ではなぜオートファジーで、わざわざ花を散らす必要があるのだろう。放っておくわけにはいかないのか。山口さんに尋ねると「はっきりとは分からないが…要らなくなった部分は切り落としておかないと(その部分に余計に)栄養を取られてしまうからでは。栄養を回収して糖分などを体の他の部分に送ってから、花が散っているのだろう」との見立てを語ってくれた。

「誰もが知る現象を解明できた」と語る山口さん(オンライン取材画面から)
「誰もが知る現象を解明できた」と語る山口さん(オンライン取材画面から)

 今回、直接解明したのはシロイヌナズナだが、多くの花が同様の仕組みで散っていると考えられるという。山口さんは「他の植物でも検証を進めたい。また、実際に栄養を回収するところも確認できれば、花が散る理由の理解が深まりそうだ」と、研究の展望を語る。

 自然界の素朴な疑問を解いたこの成果は、私たちの知的好奇心を満たしただけでなく、将来的には農芸分野に役立ちそうだ。例えばオートファジーを遅らせることで花が散るのを遅らせれば、産地から離れた場所の花屋さんは助かるだろう。お客さんも買ってから長期間、花を楽しめそうだ。農作物でも、収穫期を調整して効率化を図るといった活用が考えられるという。

 日本人は自然の情景を数限りなく文学の題材にしてきたが、現代科学の目で見ると、その味わい方も変わってくるのでは。折しも、お花見シーズンが目前だ。今年は桜を眺めつつこの研究成果を思い起こし、オートファジーについて考えることになるかもしれない。ただ、それでお酒やお重がうまくなるかマズくなるか…筆者は責任を持てないが。

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民間ロケット「カイロス」初号機失敗 宇宙利用“先兵”に厳しい試練 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240314_g01/ Thu, 14 Mar 2024 10:02:24 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50647  宇宙開発ベンチャー企業「スペースワン」(東京都港区)の小型ロケット「カイロス」初号機が13日、同社の発射場「スペースポート紀伊」(和歌山県串本町)から打ち上げられたが、直後に爆発し失敗した。飛行中断処置が行われたといい、搭載した政府の小型実証衛星は失われた。同社によると負傷者はいない。原因は不明で、飛行データなどを基に今後、解明を進める。日本の民間宇宙利用の“先兵”の一つとして期待されたが、技術の壁を認識する事態となった。

打ち上げられるカイロス初号機=13日午前、和歌山県串本町(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
打ち上げられるカイロス初号機=13日午前、和歌山県串本町(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

わずか5秒で爆発、政府の実証衛星喪失

 カイロスは13日午前11時1分12秒に打ち上げられ上昇したものの、わずか約5秒で爆発。機体の破片が落下し火災が発生した。飛行の中断は、搭載した自律飛行安全システムが作動したため。このシステムが機体の状態や飛行に何らかの異常が発生したと判断し、飛行経路や地上の安全確保のために機体を爆破させたとみられる。

 カイロスは3段構成の小型固体燃料ロケットで、全長約18メートル、重さ約23トン。3段燃焼終了後、衛星の軌道投入精度を高めるために作動する液体燃料の推進系「PBS」を搭載している。打ち上げ能力は太陽同期軌道(高度500キロ)に150キロ。

 一方、政府の基幹ロケット「イプシロン」は全長約26メートル、重さ約95トンの3段固体燃料ロケットでPBSを搭載可能。能力はほぼ同じ軌道に590キロ(PBS搭載)。スペースワンにはキヤノン電子、清水建設などと共にIHIエアロスペース(東京都江東区)が出資している。同社はイプシロンをはじめ固体燃料ロケット開発や製造に深く関与してきたことから、一回り小さいものの、カイロスには共通する技術要素が多いとみられる。

 今回成功すれば、民間の独力では国内初の衛星打ち上げになると期待されていた。喪失したのは、政府の情報収集衛星に不測の事態が発生した際に代替となる「短期打ち上げ型小型衛星」の実証機。運用する内閣衛星情報センターによると、開発費と予定されていた運用費を合わせ約30億円だった。

打ち上げ後、間もなく機体が爆発して破片が落下。地上で火災が発生した(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
打ち上げ後、間もなく機体が爆発して破片が落下。地上で火災が発生した(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

「失敗という言葉は使わない」

 会見したスペースワンの豊田正和社長は「衛星を託したお客様や皆様の期待に十分お応えできず、深くお詫び申し上げる。打ち上げまで到達したが、ミッション達成が困難と判断し中断した。結果を前向きに捉えて次の挑戦に臨みたい。一刻も早く原因を究明し、再発防止策を明らかにする。小型ロケットにより宇宙サービスの拡大に貢献したく、一層精進していく」とした。

 自律飛行安全システムは飛行中、経路や速度、機体各部の状態、同システム自体が正常かの判断を続ける。いずれかに異常があれば、計画した地域を逸脱しないように飛行を中断して落下する。いわば自爆装置だ。

 政府の基幹ロケットであるイプシロンや、大型の液体燃料ロケット「H3」は、同様の事態となった場合に地上から機体に指令破壊信号を送る。これに対しカイロスには機体が自ら判断する仕組みが備わっている。今回はこれが作動し「機体の破片は全て発射場敷地内に落下し、第三者に損害を与えなかった。安全な飛行中断ができた」(豊田社長)という。

 豊田社長は「失敗という言葉は使わない。一つ一つの試みの中に新しいデータ、経験があり、全てが新しい挑戦の糧だ。ステップを明確にしてどこまで進むかを明確にしていきたい。これは会社の文化だ。諦めず前に進む」と強調した。

見学場所で捉えられた打ち上げの様子。煙が立ち上り、機体の破片が落下している(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
見学場所で捉えられた打ち上げの様子。煙が立ち上り、機体の破片が落下している(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

「良さを消さず、素早い立ち直りを」

 小型衛星の開発や利用に詳しい東京大学大学院工学系研究科の中須賀真一教授は「期待していたが残念。しっかり受け止めつつ、しかし前を向かねばならない。(大型ロケット『ファルコン9』により商業打ち上げ市場で台頭する)米スペースX社も、当初は年3、4回と失敗し、めげずに繁栄につなげている」と、カイロスにエールを送る。2号機以降をめぐっては「大事なことは2つ。素早く立ち直り、次の打ち上げにつなげるスピード感を獲得してほしい。また、失敗するとシステムをこってり複雑にし、がんじがらめの安全をやる話になるが、それではカイロスの良さが失われる恐れがある。良さが消されないような修繕が大事だ」と注文をつける。

 今世紀に入り情報通信や地球観測、測位、安全保障をはじめ、多彩な分野で衛星利用が高度化。私たちの日常生活に不可欠の技術となっている。宇宙開発利用では米欧をはじめ世界各国で、政府の支援を背景に民間企業が力をつけている。世界の宇宙産業は2040年に年1兆ドル規模に拡大するとの予測があり、国内でも衛星やロケットの開発、運用などを手がける宇宙ベンチャーが育ちつつある。昨年4月にはアイスペース社(東京都中央区)の月面着陸機が失敗したものの、月面にあと一歩のところまで到達している。

 スペースワンもその一つで、カイロスは近年、利用が活発化している小型衛星を、契約から短期間、かつ低コストで高頻度に打ち上げることを目指し開発された。発射場も同社が自ら整備し、打ち上げまでこぎ着けたことは大きな到達点とみてよい。

 やや気になるのは同社が「失敗と呼ばない」と主張している点だ。前向きに挑戦を続けるマインドとしては心から賛同したいが、目指したのはあくまで、衛星の軌道投入だったはず。衛星を失った顧客からすれば、打ち上げ事業者には、しっかり失敗と位置づけて正対してほしいところだろう。今回は政府衛星で、税金が使われている。

 戦後日本の固体燃料ロケット技術は、糸川英夫氏が主導し1955年に実験に成功した、長さ23センチの「ペンシルロケット」で幕を開けた。現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所を軸に、地道に積み重ね、世界最高水準にまで高めた歴史がある。多分にその影響を受けたとみられるカイロスが失敗したことは大変、残念だ。自律飛行安全システムが何らかの原因で過剰に働いた可能性はあるだろうか。今後の原因究明を待ちたい。

 日本のロケットは近年、失敗やトラブルが目立つ。イプシロン最終6号機が2022年10月に打ち上げ失敗。さらに昨年7月には、開発中の改良型「イプシロンS」2段機体の燃焼試験中に爆発が発生した。H3は初号機が昨年3月に失敗した後、先月17日に2号機が成功している。失敗から立ち直る試練は長い目でみれば、強みになると信じたい。カイロスには次こそ、日本の技術の勢いを象徴する飛翔を見せてほしい。

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アニサキスを感電死させ、安全な刺身提供 熊本大が産学連携で挑戦 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20240306_g01/ Wed, 06 Mar 2024 07:18:02 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50568  サバに代表される魚介類に生息する寄生虫のアニサキスを、非常に大きな電流で「感電死」させ、生魚の品質を落とさずに加熱や冷凍処理をしなくても食べられるようにしようと、熊本大学産業ナノマテリアル研究所の浪平隆男准教授(電気工学)らが取り組んでいる。開発した殺虫装置で処理し、試験出荷した刺身が小売店や試食会で好評を得ており、本格的に市場に出荷できるよう調整を続け、安心・安全な生魚を提供できる日を目指す。

アニサキスに驚き 恐怖心も

 2023年12月、熊本市内の書店で浪平准教授の講演とアニサキスの観察会イベントが開かれた。市民向けにアニサキスの処理を巡る研究内容の説明やその生態について紹介した。会場に置かれた生魚の身をUVライトで照らすと、見えなかったアニサキスが浮かび上がってくる。参加者からは「初めてアニサキスを見た。気付かずに口にする可能性があると思うと怖いと感じた」「生食文化を守るために、今後研究を応援していきたい」といった声が寄せられ、関心の高さがうかがえた。

アニサキスを顕微鏡で観察する参加者(2023年12月2日、熊本市内 熊本大学提供)
アニサキスを顕微鏡で観察する参加者(2023年12月2日、熊本市内 熊本大学提供)

毎年発生する食中毒 アニサキス症

 アニサキスはサバやアジ、イカやサンマに含まれる白い糸状の寄生虫で、長さ2~3センチメートル、幅0.5~1ミリメートルと目で見えるため、一部は調理中に取り除くことができる。しかし、魚をさばいた場所でなければ目視できず、生きたまま取り込むとアニサキス症として急性の強い腹痛と吐き気、嘔吐を引き起こす。厚生労働省への報告は年間400例ほどだが、日本は寿司や刺身を食べる文化があるため、病院等に行かなかった例も含めるともっと多い患者が潜んでいる可能性がある。

 アニサキス症を防ぐために、厚労省は目で見える範囲のものを除去するほか、60度以上の温度で1分加熱するか、マイナス20度以下で24時間以上冷凍させる方法を推奨している。ただ、これらの方法は加熱すれば生食ではなくなり、冷凍させると解凍時に若干身が軟らかくなるという課題があった。

軍事技術のパルスパワーを応用

アニサキスに強い電流をかけることで感電死させるイメージ図(熊本大学浪平隆男准教授提供のイラストを基に編集部作成)
アニサキスに強い電流をかけることで感電死させるイメージ図(熊本大学浪平隆男准教授提供のイラストを基に編集部作成)

 浪平准教授はこれまで非常に強い電力を一瞬でかけるパルスパワーの研究に取り組んできた。パルスパワーは米国で開発された軍事技術の一つで、兵器に用いられてきた歴史がある。100~200ボルトの電源から電気エネルギーを一度コンデンサーに蓄え、それをマイクロ~ナノ秒(マイクロは100万分の1、ナノは10億分の1)で高電圧・大きな電流を取り出す。爆発のように非常に短時間で強いエネルギーを生み出すことができる。浪平准教授はこれを平和利用し、排気ガスの無毒化やコンクリートのリサイクル技術に応用するような環境負荷軽減に関する研究をしてきた。魚の身の中に潜むアニサキスを感電死させるには通常の電流では難しいが、パルスパワーの技術なら生かせるのではないかと考えた。

パルスパワーを発生させる機器。感電に注意しながら取り扱う(熊本大学浪平隆男准教授提供)
パルスパワーを発生させる機器。感電に注意しながら取り扱う(熊本大学浪平隆男准教授提供)

 2018年から福岡市の水産加工会社「ジャパン・シーフーズ」と共に経済産業省の補助金を受けて、アニサキスのリスクを負うことなく刺身で食べる方法を模索した。最初は強い電圧をかける方法を試みたが、雷のようないわゆる「放電」が発生して魚の身がボロボロになってしまう。そこで切り身に強い電流をかけたところ、形状を保ったままアニサキスだけが動かなくなっていることが確認できた。「これならいける」と、どのような環境下で電流をかけるとアニサキスを感電死させることができるか実験を重ねた。

 最初は金属容器の中に魚を並べて入れ、エネルギーを加える方法を採っていたが、これでは大量の魚が処理できない。そのため工場のように流れ作業ができる方法を検討した。

 塩水の中に置いたアジの切り身が流れるベルトコンベアーに15キロボルト、80マイクロファラッド下で、60マイクロ秒ほどのパルスが出力される。そのうち約1マイクロ秒が100メガワット(1億ワット)になり、アニサキスが感電死する。この方法は切り身の温度が1回のパルスで0.1度しか上がらず、身が縮んだり食感に影響を与えたりしないことが分かった。約10センチメートルの厚みがある魚でもアニサキスの感電死が確認でき、寿司のような厚みのある魚の調理法にも適用できると判断した。

 ジャパン・シーフーズがこれまでに電流処理した30トンを超えるアジの刺身の試験出荷を行ったところ、店舗から「売れ行きが良かった」という意見が寄せられた。各地で開いた試食会でも「食感が良い」「安心して食べられる」と好評だったという。今後、本格的に市場に流通させるため、浪平准教授は地元の保健所と協議を重ねる予定だ。

パルスパワーによる電流をかけたアジ(写真下)。切り身の大きさが保たれ、温度もほとんど上がっていない(熊本大学提供)
パルスパワーによる電流をかけたアジ(写真下)。切り身の大きさが保たれ、温度もほとんど上がっていない(熊本大学提供)

熊本の食文化に支えられて

 冷凍食品大国である日本はそもそも冷凍か生食かどうか、食べ比べても分からないほど品質が高い。それでも生食にこだわる理由を浪平准教授に尋ねたところ、「熊本出身で小さい頃から親が馬刺しを買ってきた思い出がある。今の馬刺しは主に冷凍で流通しているため、大学生が『生で食べたことがない』という。それはもったいないと思ったから」だという。浪平准教授が幼少の頃の馬刺しは肉屋でそのまま生食用として売られていた。そのおいしさは生でしか味わえないと考えており、魚にも同じことがいえるという思いからだった。「熊本は生の魚や肉を食してきた土地。食文化の継承に貢献したい」という。

 そこで、浪平准教授は熊本大学が行うクラウドファンディングで「日本の生食文化を守りたい 新アニサキス撃退法の社会実装へご支援を」と題して2023年11~12月に寄付を募った。当初の目標400万円に対し、1397人から1412万5000円が集まった。今年3月22日には豊洲市場(東京都江東区)で、国立感染症研究所の研究員らを交えた講演会が開かれる。釣ったばかりの魚を衛生的に食べられる数少ない国、日本発の研究として国内外の関連業界や消費者などにインパクトを与えたい考えだ。

今回の実験の模式図。通電する塩水の中に浸すことができれば他の魚介類や肉類にも応用できると考えている(熊本大学提供)
今回の実験の模式図。通電する塩水の中に浸すことができれば他の魚介類や肉類にも応用できると考えている(熊本大学提供)

重度のアニサキスアレルギーには注意

 ただ、パルスパワーによるアニサキスの殺虫が社会実装できたとしても、一部の人にはリスクはある。帝京大学医学部附属病院小児科の遠海重裕講師(感染症学)によると、急性胃アニサキス症はアニサキスが胃粘膜に侵入することで急性のアレルギー反応を生じて激痛が起きる。死骸になれば刺さらないのでリスクは消失するとした上で、「一方で全身の発疹や激しい呼吸困難などが起きる『アニサキスアレルギー』も臨床では問題になっている。これは死骸でも起きうるため、重度のアニサキスアレルギーを持つ人のリスクがどれくらい軽減できるのか興味深い」と分析している。

 浪平准教授は今後、ジビエなど魚以外の食品やほかの寄生虫への応用も目指すという。「生食による食中毒は食べた人の健康被害のみならず、食品加工会社などの経営への影響もある。安全で安心な食を提供できるように研究を続けたい」としている。国際的にも人気の高い刺身の食文化の継承に、科学の挑戦が続いている。

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【コラム】校外にも学びはたくさん 第4回 宇宙と私たちの暮らし https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/sciencewindow/20240229_w01/ Thu, 29 Feb 2024 00:34:07 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50496  足を運ぶことで得られる校外での学び。第4回はロマンに満ちあふれた「宇宙」にまつわる学習の場を紹介する。

明石市立天文科学館(兵庫県明石市)

 日本標準時の基準となる東経135度子午線が通る兵庫県明石市に1960年に建てられた。天文科学館は、日本標準時子午線の標識でもあり、「時と宇宙の博物館」だ。館内外で子午線の場所を実感できるほか、旧東ドイツ時代のカールツァイス社(イエナ)製の投影機を使ったプラネタリウムや、日時計、明石の子午線観測を行った子午儀、隕石や宇宙開発の歴史などの資料を展示している。また、月に1~2回天体観望会も行われている。

日本標準時の東経135度子午線上にあり「時と宇宙の博物館」と呼ばれる(明石市立天文科学館提供)
日本標準時の東経135度子午線上にあり「時と宇宙の博物館」と呼ばれる(明石市立天文科学館提供)
東経135度子午線の部分はテラスとなり、記念写真を撮ることができる(明石市立天文科学館提供)
東経135度子午線の部分はテラスとなり、記念写真を撮ることができる(明石市立天文科学館提供)

 1995年の阪神・淡路大震災では震源から数キロメートルしか離れておらず、推定震度7の激震に見舞われ、館内全体が壊滅的な被害を受けた。だが、プラネタリウム投影機は奇跡的に無事だった。3年2ヶ月に及ぶ館内の震災復旧工事が行われ、1998年にリニューアルオープン。プラネタリウムには震災前と同じ投影機が使用され、復興の象徴となった。2024年現在も稼働中で、国内現役最古のプラネタリウム投影機となっている。

旧東ドイツ時代のカールツァイス・イエナ製のプラネタリウム投影機を設置している(明石市立天文科学館提供)
旧東ドイツ時代のカールツァイス社(イエナ)製のプラネタリウム投影機を設置している(明石市立天文科学館提供)
1995年の阪神・淡路大震災復旧工事中のプラネタリウムの様子。建物が崩れ落ちた部分もあったが、投影機は壊れなかった(明石市立天文科学提供)
1995年の阪神・淡路大震災復旧工事中のプラネタリウムの様子。建物が崩れ落ちた部分もあったが、投影機は壊れなかった(明石市立天文科学提供)
14階展望室からは明石海峡大橋、六甲の山々、天気が良い日には大阪湾にある関西国際空港(大阪府泉佐野市)も見渡せる(明石市立天文科学提供)
14階展望室からは明石海峡大橋、六甲の山々、天気が良い日には大阪湾にある関西国際空港(大阪府泉佐野市)も見渡せる(明石市立天文科学提供)

 投影のスタイルは、学芸員の解説のもと、日の入りから日の出まで、「明石の一晩の星空」を楽しむことができる。プラネタリウムの感想の中に、「つい寝てしまう。せっかく学芸員が説明してくれるのに申し訳ない」というものがあったことから、「寝てスッキリしていただくプログラム」を発案。毎年、勤労感謝の日に「熟睡プラ寝たリウム」という特別なイベントを開き、プラネタリウムで眠りを誘い、あえて50分間寝て楽しむというユニークな取り組みも実施している。

 また、プラネタリウムに「シゴセンジャー」というヒーローが登場し、クイズで天文の話題を伝える企画も人気を呼んでいる。赤ちゃん、子ども、高齢者向けなど世代を分けたものや、生の音楽と楽しむプログラムなど様々な人が楽しめる工夫が凝らされている。

明石市立天文科学館
兵庫県明石市人丸町2-6
大人700円、高校生まで無料
午前9時半~午後5時(最終入館午後4時半)
休館日は月曜日、第2火曜日、年末年始など(ホームページに臨時休館日を掲載)
078・919・5000

佐賀県立宇宙科学館ゆめぎんが(佐賀県武雄市)

 「宇宙から地球・佐賀を発見する。佐賀から地球・宇宙を発見する。」をテーマに1999年に開館した。地球・佐賀・宇宙の3つの発見ゾーンからなり、最新の投映機を備えたプラネタリウムもある。時事や季節をテーマにした企画展・ワークショップを開催するなど何度訪れても新しい発見ができるよう工夫を凝らしている。現在の館長は宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員を兼任。佐賀県が主体となってJAXAとの連携を生かした教育的な取り組みを行っている。

自然豊かな池のそばにあるため、季節の移ろいを感じられる(佐賀県立宇宙科学館提供)
自然豊かな池のそばにあるため、季節の移ろいを感じられる(佐賀県立宇宙科学館提供)
光学式プラネタリウム。美しい光景が広がる(佐賀県立宇宙科学館提供)
光学式プラネタリウム。美しい光景が広がる(佐賀県立宇宙科学館提供)

 地球発見ゾーンは1階に位置する。1.3メートルと4.5メートルの高さにある細いロープの上を重りがついた自転車で移動し、重力を感じてもらう「スペースサイクリング」が人気。自転車に乗ると下に地球を、周りに月の模型を見ることができ、宇宙旅行気分が楽しめる。そのほかに磁力や光を感じられるような展示もあり、宇宙の中に地球が存在していることを体験しながら学ぶことができる。

重力の存在を可視化した「スペースサイクリング」。落ちそうで落ちない仕組みになっている(佐賀県立宇宙科学館提供)
重力の存在を可視化した「スペースサイクリング」。落ちそうで落ちない仕組みになっている(佐賀県立宇宙科学館提供)

 宇宙発見ゾーンは3階にあり、2024年3月に「宇宙へのはるかな旅~宇宙と人類の壮大なドラマ~」をテーマにリニューアルする。最新の宇宙科学や技術を楽しく学び、宇宙と自分たちのつながりを体感することができる。また、JAXAが監修した『HTV-XG』で物資を月へ運ぶ管制官になりきるシュミレーションゲームや、月・火星・冥王星の重力の違いを体感できる大型装置などがあり、ここでしか体験できない体験型展示が多数ある。

土曜日には天体観察会を実施。星空観察にぴったりな立地だ(佐賀県立宇宙科学館提供)
土曜日には天体観察会を実施。星空観察にぴったりな立地だ(佐賀県立宇宙科学館提供)

 1階の佐賀発見ゾーンでは、有明海に生息するムツゴロウなど希少な生き物も観察できる。県内外から年間約27万人が来館するが、その多くの人がミュージアムショップの品ぞろえの良さに驚く。特に宇宙食はパンやカレーにサバ缶、ようかんなどもあり、とりわけ修学旅行生が喜んで買っていくという。

ミュージアムショップ。1000点以上の品ぞろえで、500円ほどで購入できるものから、高価なものまで販売している(佐賀県立宇宙科学館提供)
ミュージアムショップ。1000点以上の品ぞろえで、500円ほどで購入できるものから、高価なものまで販売している(佐賀県立宇宙科学館提供)

佐賀県立宇宙科学館ゆめぎんが
佐賀県武雄市武雄町永島16351
大人520円 高校生310円 小中学生200円 幼児(4歳以上)100円
平日 午前9時15分~午後5時15分 土日祝日 午前9時15分~午後6時(チケット販売は閉館の30分前まで)
休館日は月曜日(月曜日が祝日の場合は翌平日)だが、春休み・大型連休・夏休みは開館する。その他施設点検などで臨時休館することがあり、ホームページを参照。
0954・20・1666

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THE MAKING(329)プリンができるまで https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/sciencechannel/b220601329/ Thu, 22 Feb 2024 09:14:54 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50464  原料や材料から身のまわりにある製品ができあがる姿を追う「THE MAKING(ザ・メイキング)」。第329回は、プリンができるまで。

 プリンの原料は生乳、卵黄、バター、脱脂粉乳、砂糖、練乳、寒天など。これらの原料を複数のタンクで混ぜ合わせて「プリン液」が作られます。プリン液をカップに入れ、さらにカラメルを注ぎ入れると、重いカラメルは底に沈みます。フタをつけて冷やすと寒天などが固まり、独特の食感を持ったプリンが出来上がります。

再生時間:14分 制作年:2023年

出演・協力機関

江崎グリコ株式会社(撮影場所:東京都昭島市)

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5人が語る 主体的な学びで教科を超えた知を育む【STEAM教育のきざし】 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/sciencewindow/20240221_w01/ Wed, 21 Feb 2024 06:57:36 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=50439
座談会はファシリテーターの大草芳江さん(右)が進行で、コメンテーターの清原洋一さん(左)が専門家として論点を整理し、3つの取り組みについて1時間半語り合った
座談会はファシリテーターの大草芳江さん(右)が進行で、コメンテーターの清原洋一さん(左)が専門家として論点を整理し、3つの取り組みについて1時間半語り合った

 「STEAM教育のきざし」の最終回は、座談会をお送りする。これまでの3記事で紹介した、高校の科学部や民間企業、中学校の現場で活躍する人々に加え、ファシリテーターとしてNPO法人natural science理事の大草芳江さん、コメンテーターとして秀明大学学校教師学部教授の清原洋一さんを迎え、それぞれの取り組みの成果や今後の展望について語り合った。

本特集3記事の概要
本特集3記事の概要

探究がモチベーションや思考力を向上させる

NPO法人natural science理事 大草さん:高校の科学部で廃棄物から洗剤をつくる研究に取り組む生徒について、STEAM教育による変化を教えてください。

ファシリテーターとして進行を担った大草さん。東北大学大学院在学中の2005年に起業して以来、仙台の地で科学教育活動を行っている
ファシリテーターとして進行を担った大草さん。東北大学大学院在学中の2005年に起業して以来、仙台の地で科学教育活動を行っている

愛媛県立西条高校教諭 大屋智和さん:おむつ灰の研究をしている生徒は、大学院ぐらいの学びを体験していることで、モチベーションが上がっています。社会実装手前までたどり着いていますので、実際に自分たちが作った洗剤が世の中で使われるかもしれないというワクワク感が結構あるようです。STEAMを活用した先にある未来、社会課題の解決を自分たちで成し遂げた時の達成感とか、いろんな世界が見えているのではないかなと感じます。

愛媛県立西条高等学校の科学部SSHセスキ合成班の活動を振り返る科学部顧問の大屋智和さん
愛媛県立西条高等学校の科学部SSHセスキ合成班の活動を振り返る科学部顧問の大屋智和さん

大草さん:自分が社会を良くするための提案ができるかもしれないということで、モチベーションが湧くでしょうね。教科についても、勉強しなきゃいけないからではなく、自分たちがこういうことをしたいからという必然性が生徒の中に生まれ、実力もつくだろうと思いますが、いかがですか。

大屋さん:各教科をなぜ学ぶかがしっかりマインドセットされているので、多少難しい問題があったとしても、うちの生徒は乗り越えていくようなイメージがあります。STEAM教育、今やっている探究活動をどんどん推進していくことで、生徒の思考力がすごく深くなっています。

秀明大学学校教師学部教授 清原洋一さん:STEAM教育についてはいろんな捉え方があると思いますが、教科をベースにしながらその先まで取り組めているのが非常に素晴らしいと感じます。先進的な理数教育とともに科学技術人材の育成を図るべく文部科学省に指定されたスーパーサイエンスハイスクール(SSH)として長年培ったものが生かされ、身近な社会問題から、それを総合的にいろんな視点から実際に取り組んでいる。まさにSTEAM教育に結びついていると思います。

コメンテーターを務めた清原洋一さんは、高校の理科教諭のほか教育委員会や文部科学省での行政経験を持ち、理科や新教科「理数」の学習指導要領改訂に関わった専門家として発言した
コメンテーターを務めた清原洋一さんは、高校の理科教諭のほか教育委員会や文部科学省での行政経験を持ち、理科や新教科「理数」の学習指導要領改訂に関わった専門家として発言した

チャレンジから生まれる柔軟な発想は企業にも有益

大草さん:ドローンをツールにして、まだ答えがないものにチャレンジするという取り組みがあります。科学技術振興機構(JST)が主催する「サイエンスアゴラ2023」でも小学生対象のブースを出して参加されていましたが、民間企業として教育に関わっていくことのメリットは何でしょうか。

株式会社A-Co-Labo代表取締役CEO原田久美子さん:未来への種まきだと思っています。STEAM教育にこだわらず、課題を見つけて、それを学びの中で自分なりに答えを出して、成功体験を得るという機会をどんどん持ってほしい。そういう思考を持った人はこれからの社会に絶対必要です。子どもは柔軟にいろんな考えを口に出し、形にしてみるところがある。私たちも気づかされるところがたくさんあります。学びを提供する中で逆に子どもたちから無形の価値を得ているなって思うこともあり、そういう部分はメリットかなと思っています。

ブースを出した「サイエンスアゴラ2023」で子どもたちにドローンの操縦を教える原田久美子さん
ブースを出した「サイエンスアゴラ2023」で子どもたちにドローンの操縦を教える原田久美子さん

大草さん:企業として教育に携わるのはそれなりのコストが必要だと思いますが、それは未来に対する投資に加えて、今の現場の方も気づきを得られるというお考えで活動されているということですね。

原田さん:はい。ただ、学校側も難しいところがあると思いますし、企業としても何かやりたいけどコストがかかってしまうという問題があります。ここの溝が埋められれば、もっと社会と教育が繋がっていくのかなと思っています。

清原さん:教育とどう企業が関わるかというのは重要なポイントです。今の取り組みをどう続けていくか。これはこれからの課題かなと、私も非常に感じました。

大屋さん:部活で生徒たちの家庭に負担させる金額には限度があります。助成金など行政で改善していただけたら、どんどん変わっていくだろうなという気がします。

原田さん:STEAM教育を広めていくためにはボトムアップの活動とトップダウンの活動と両立が必要と思っています。学校現場に入らせてもらうと、裾野はすごく広がってきていると実感しますが、ボトムだけ回しても意味がない。上からどういうふうに変わっていくのかも、今後の課題でしょう。そこが変わると、日本の教育は変わるのではないかな。

先生も知的好奇心を持って楽しもう

大草さん:SSHや民間企業の取り組みもありますが、義務教育の現場でのSTEAM教育はどうでしょう。

世田谷区立千歳中学校主任教諭 青木久美子さん:授業をしていて、私も勉強になることが多くあります。例えば実体がないプログラミングでロボットが動いているっていうところが子どもたちにとってはものすごい驚き。そういうものだということにこちらも驚かされました。STEAM教育をはじめ新しい取り組みを取り入れた授業を作り出すのは大変ですけれども、教師も楽しみながら、「あ、そうだったのか」と思いながら、やっていくのが重要なのではないかと考えています。

総合的な学習の時間に行う探究学習の一コマに外部講師を招いた授業を行った青木久美子さん
総合的な学習の時間に行う探究学習の一コマに外部講師を招いた授業を行った青木久美子さん

清原さん:「あ、先生楽しそうだな」というのがあるからこそ、子どもたちもやってみようという気になるものです。学校の先生の心の余裕が重要なんじゃないかなと。STEAM教育は全部自分でやろうとすると重荷になります。生徒と一緒に楽しんでみようかといった感じで始められる環境ができると非常に発展する気がします。今、意欲的な先生方が頑張られていますが、それが大変だなんていうふうに周りの先生が思ってしまうと、途中で止まってしまう。そこを繋ぐ人、そういう役割のシステムができるといいなと非常に感じました。

大草さん:先生自身が知的好奇心をもって楽しんでいることが、子どもに伝わる何より大切なメッセージだと思います。そういう環境をいかに作るかが社会の役割だと思います。

伴走者として子どもとともに深める学び

大草さん:これから、どのようにSTEAM教育を充実させて広めるのが良いでしょうか。

原田さん:STEAM教育においては、テストと違って答えがたくさんあるところや、できなかったことも学びに繋がるところも、すごく重要ではないかと思っています。私が指導者の立場になるときでも、「一緒に学ぼうよ」っていう態度だったり、学びに寄り添うファシリテーターの役割だったりがすごく強い。そういう子どもに寄り添える人材が増えていくといいなと思います。

青木さん:授業で生徒がタブレット端末を使っていると、「子どもが何を見ているんだろう」「何か悪いことをしているのか」という「大人の心配」が出てきます。だから生徒には「タブレット端末は『これを使って役に立つ何かを得ている』と思ってもらえるように使いましょう」と、よく話しています。動画を見るにしても、どういうふうに学びがあるのかを先生が位置づけてあげる。今までは「それはマイナスではないか」と思っていただけの発想を変えていく必要があるのではないでしょうか。

大屋さん:社会課題そのものについて、小さい頃から発達段階に応じて触れていくのも大切でしょう。中学生の頃からロボットやプログラミングに触っていたら全然感覚が違ってくるでしょうし、高次になるほど、高い解像度で課題に向き合えるようになるはずです。探究そのものを生徒が自主的にしたいと思うことはすごく大事だと思います。課題に取り組む際、最初はノウハウを伝えますが、だんだんタッチしないようにしていきます。「彼らがやっている」「彼らが進めている」ことが一番大事。原田さんがおっしゃる伴走者、ファシリテーターが一番しっくりします。自分もそうならないといけないと思いますし、そういう人がこれからどんどん増えていくと、ちょっと感覚が変わってくるのかなと思いました。

大草さん:学校現場と子どもだけの話ではなく、今後のSTEAM教育の広がりにおいては社会を構成する私たち1人1人が、未来をどういうふうに描いて行動するかが問われます。

清原さん:皆さんが共通して大切にするべきだと思っているのは「子どもと一緒に」というところですよね。幼い時からいろんな人と関わって刺激を受けるのが大切ということ。そのチャンスをどう作っていくかっていうのが今後のSTEAM教育の充実や推進にあたって、非常に大事かなという気がいたします。

大草芳江

大草芳江
特定非営利活動法人natural science理事
東北大学理学部卒業。2005年、大学院在学中に有限会社FIELD AND NETWORKを設立。07年、特定非営利活動法人natural scienceを設立し理事に就任。

清原洋一

清原洋一
秀明大学学校教師学部 教授
筑波大学第一学群自然学類卒業、筑波大学大学院博士課程(物理学)修士号取得中退。茨城県立高校教諭、茨城県教育研修センター指導主事、文部科学省教科調査官、文部科学省主任視学官などを経て、23年より現職。

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