広く知りたい - 科学技術の最新情報サイト「サイエンスポータル」 https://scienceportal.jst.go.jp Thu, 25 Dec 2025 03:02:26 +0000 ja hourly 1 H3ロケットまた失敗 測位衛星を軌道投入できず、宇宙開発に大打撃 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251223_g01/ Tue, 23 Dec 2025 07:18:16 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55870  大型ロケット「H3」8号機が22日午前10時51分30秒、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられたが、2段エンジンの燃焼が異常停止し、衛星を予定の軌道に投入できず失敗した。搭載した政府の準天頂衛星「みちびき」5号機の状態は不明。H3の失敗は、2023年3月の初号機に続き2回目。原因究明や対策には時間がかかり、わが国の宇宙開発利用に不可欠の基幹ロケットの打ち上げが当面、中断する深刻な事態に陥った。日本独自のGPS(衛星利用測位システム)である準天頂衛星の運用計画への影響は避けられない。

みちびき5号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット8号機。この後、失敗に終わった=22日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)
みちびき5号機を搭載し打ち上げられるH3ロケット8号機。この後、失敗に終わった=22日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)

2段の燃料タンク圧力が低下

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)によると、H3は種子島宇宙センターの吉信第2射点から打ち上げられ、約5分後に1段と2段の機体をほぼ正常に分離した。ところが、2段エンジン「LE5B3」の1回目の燃焼開始が計画より3秒、終了が27秒遅れた。2回目の燃焼は15秒遅れて打ち上げの約25分後に開始。4分20秒間にわたり燃焼する計画だったのに、着火直後に停止したとみられる。正常なら打ち上げの29分27秒後に準天頂軌道上で2段機体から衛星を分離するはずだったが、分離したかどうかは分かっていない。

JAXAによる打ち上げネット中継で、飛行状況を伝えた画面の一部。2段エンジンの2回目の燃焼が、ごく短時間で停止したことが読み取れた(JAXA提供)
JAXAによる打ち上げネット中継で、飛行状況を伝えた画面の一部。2段エンジンの2回目の燃焼が、ごく短時間で停止したことが読み取れた(JAXA提供)

 原因は不明。打ち上げの約3分20秒後から、2段エンジンの燃料である液体水素タンク内の圧力が低下し続けた。タンク内は通常、エンジンのターボポンプが水素を吸い込みやすくなるよう加圧されている。JAXAの岡田匡史理事は打ち上げ後の会見で、「圧力低下はエンジンの推力に直接、関係する。(1回目の燃焼時間が長引き、計画との間に)時間差が生じたことは、このこととつじつまが合う」と説明した。ただ、原因が2段機体そのものにあったとは限らないという。

 文部科学省とJAXAは同日、それぞれ対策本部を設置した。JAXAの山川宏理事長は会見で「期待に応えられず、心からお詫び申し上げる。原因究明に全力で取り組み、早期のリターン・トゥー・フライト(飛行再開)に向かいたい。徹底的に、真摯(しんし)に原因究明と対策を進め、わが国の宇宙へのアクセスの自律性を引き続き担保したい」と述べた。JAXAの有田誠H3プロジェクトマネージャは「H3を信頼していただけるよう、予断を持たず全体をきちんと調べたい」とした。

 文科省宇宙開発利用部会が23日開いた緊急会合で、JAXAは、打ち上げの3分45秒後に衛星搭載部のカバー「フェアリング」を分離した際、従来より大きい加速度を記録していたことを明らかにした。分離の状況を精査するという。

(左)会見するJAXAの岡田匡史理事、(右)有田誠プロジェクトマネージャ=いずれも22日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)
(左)会見するJAXAの岡田匡史理事、(右)有田誠プロジェクトマネージャ=いずれも22日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)

 8号機は当初、7日に打ち上げを計画したが、2段機体に搭載した飛行制御の信号出力装置に異常が見つかり延期し、同装置を交換した。17日にも打ち上げを試みたものの、約17秒前に緊急停止した。ロケットが噴射する高温ガスから発射地点のコンクリート壁を守る冷却水の注水設備の異常を検知したためだ。冷却水を加圧するための窒素ガスのバルブが十分に開いていなかったことが原因だった。バルブの開き具合を測る器具を今回から新調しており、その使い方を誤ったという。対策を講じて22日の打ち上げに臨み、失敗に終わった。

基幹ロケット、打ち上げられない重大事態

 H3は2段式の液体燃料ロケット。今年6月に運用を終了した「H2A」と、2020年に終了した強化型「H2B」の共通の後継機で、性能向上と低コスト化を両立し、政府の衛星のほか、大型化している商業衛星を搭載できるよう開発した。科学目的の探査機や、国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ補給機「HTV-X」も搭載する。政府は、固体燃料の小型ロケット「イプシロン」と共に、わが国が外国に頼らずに宇宙開発利用を進めるための基幹ロケットに位置づけている。

上昇するH3ロケット8号機=22日、種子島宇宙センター(JAXA提供)
上昇するH3ロケット8号機=22日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

 機体構成により最大の打ち上げ能力はH2Bの6トンを上回る6.5トン以上(静止遷移軌道、赤道での打ち上げに換算)。JAXAと三菱重工業が共同開発し、今年3月時点の開発費は2393億円だ。1段エンジンに新方式の「LE9」を搭載するなど効率化を進め、H2Aの基本型で約100億円とされた打ち上げ費用を半減するとの目標で、開発が進んだ。将来はH2AやH2Bと同様に打ち上げをJAXAから三菱重工業に移管し、商業打ち上げ市場に参入する。8号機の機体構成は、初号機から5号機までと同じ。全長57メートル、衛星を除く重さ422トンで、1段エンジン2基、固体ロケットブースター2基を装備した。

 H3の初号機は2023年3月、電気系統の異常で2段エンジンに着火できず失敗し、地球観測衛星を喪失した。対策を講じ、その後は今年10月26日の7号機まで5回連続で成功していた。

 わが国の大型ロケットの失敗としては、このほか1998年にH2ロケット5号機の2段エンジンの燃焼時間が予定より短く、衛星を計画より低い軌道に投入した例がある。99年、同8号機の1段エンジンが異常停止し衛星の投入に失敗した。2003年にはH2Aの6号機が、固体ロケットブースターを正常に分離できず失敗している。

 今回の失敗以前のJAXAの発表や、政府の宇宙基本計画工程表の改訂案によると、次のH3の打ち上げは来年2月1日で、9号機がみちびき7号機を搭載する計画だった。来年度は、固体ロケットブースターを装備しない最小形態のH3を6号機として打ち上げるほか、国際宇宙ステーション(ISS)の物資補給機「HTV-X」2号機、火星衛星探査計画(MMX)の探査機など計6回の打ち上げが見込まれていた。

 一方、イプシロンも2022年10月、6号機の打ち上げに失敗。改良型の「イプシロンS」が開発中だが、23年7月に2段機体の燃焼試験中に爆発が発生。原因を解明して対策を講じたが、昨年11月に行った再試験でも爆発を起こした。今回失敗したH3と共に、原因の究明や対策に相応の時間がかかるとみられる。

 宇宙基本計画は「安全保障を中心とする政府ミッションを達成するため、基幹ロケットを主力として、わが国の宇宙活動の自立性を確保する。基幹ロケットの打ち上げ成功実績を着実に積み重ねる」としている。だが、H3やイプシロンの打ち上げ再開まで、利用できる基幹ロケットを失う重大な事態に陥り、宇宙開発利用の計画の見直しが避けられない状況だ。

左からH2A、H2B、従来型のイプシロン。それぞれ既に運用を終了している(いずれもJAXA提供)
左からH2A、H2B、従来型のイプシロン。それぞれ既に運用を終了している(いずれもJAXA提供)

「日本版GPS」7基体制に遅れも

 みちびきは、地上の位置を測定するGPSの日本版。衛星から出た電波を地上などで受け、到達にかかる時間から距離を割り出して位置を特定する仕組みだ。スマートフォンやカーナビゲーションなどで普及しているほか、車や農機の自動運転、ドローンによる物資輸送などへの利用が期待される。精密な時刻同期にも使われ、モバイル通信や金融取引、送電網管理などを支えている。位置や時刻を割り出すには原理上、最低4基の衛星が必要とされる。

打ち上げ前のみちびき5号機=神奈川県鎌倉市(三菱電機提供)
打ち上げ前のみちびき5号機=神奈川県鎌倉市(三菱電機提供)

 GPSは米国が先行して構築したのに続き、欧州やロシア、中国などが独自の測位システムを開発。わが国もアジアやオセアニアの上空に独自の「準天頂軌道」を採用し、みちびきの整備を始めた。2017年に4基の基本体制が整い、翌年にサービスを正式に開始した。来年度に7基体制のサービスを始められれば、米国のGPSなど外国のシステムに頼らずに十分な精度を発揮できると期待されていた。だが、今回の打ち上げ失敗で、計画は先送りになるとみられる。今回の5号機の開発費は、6、7号機と合わせ約1000億円だった。

 ロケットの打ち上げ失敗とみちびきの関係には歴史がある。1998年、H2の5号機は2段エンジンの燃焼異常で、通信放送技術衛星「かけはし」を静止遷移軌道に投入できなかった。かけはしは予定外の低い軌道を飛行したものの、高層ビル街で衛星から電波を受信する実験などに活用された。災い転じ、この取り組みが、後に準天頂軌道を測位サービスに活用するみちびきの実現に道を開いている。

「革新的衛星技術実証」海外で打ち上げ

 一方、JAXAは革新的衛星技術実証「小型実証衛星4号機(レイズ4)」を日本時間14日、米ロケットラボ社のロケット「エレクトロン」によりニュージーランド・マヒア半島の同社施設から正常に打ち上げた。当初はイプシロンSで打ち上げる計画だったが、開発に時間がかかるため、海外のロケットに頼った形だ。

 革新的衛星技術実証は、ロケットや衛星などに使われる新たな機器や部品の機能を、実用の前に宇宙空間で確かめるためのJAXAの事業。衛星4号機にはNTTや三菱電機など8社の機器を搭載した。この事業で、レイズ4と同時にイプシロンSで打ち上げる計画だった名古屋大学や米子工業高等専門学校など8機関の超小型衛星は、いずれも来年3月までにエレクトロンで打ち上げる。

 H2Aは2003年の6号機失敗を最後に、退役までに44回、H2Bと合わせると実に53回もの連続成功を世界に誇った。イプシロンも5号機までは成功。国産ロケット技術の成熟を物語るとも受け止められたが、状況が一転し、基幹ロケットの打ち上げが全てストップする事態に陥った。

 今回異常停止したLE5B3は、H2Aの2段エンジンをベースにしたもので、トラブルは意外だ。22日の会見で、岡田氏と有田氏がそれぞれ「2段が失敗原因とは限らない」と念を押したことから、エンジンそのものに自信を持っていることもうかがえる。では果たして、何がまずかったのか。

 安全保障や防災、科学、環境対策、国際貢献などのため、わが国は基幹ロケットを欠いてはならない。未来の成功のため、失敗を地道に綿密に検証し、技術やマネジメントの練度を高めていくほかない。

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青森県東方沖でM7.5の地震発生し最大震度6強観測 初の「後発地震注意情報」で1週間は警戒を https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251209_g01/ Tue, 09 Dec 2025 08:09:24 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55738  青森県東方沖で8日夜にマグニチュード(M)7.5の大きな地震が発生し、青森県八戸市で最大震度6強を観測した。気象庁は北海道太平洋沿岸中部から青森県太平洋沿岸、岩手県に津波警報を出し、寒さが厳しい深夜に多くの人が避難を余儀なくされた。同庁はまた、巨大地震の発生する可能性が平常時より相対的に高まったとして「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を2022年の運用開始後初めて発表し、「特別な警戒」を呼びかけている。

 気象庁によると、発生時間は8日午後11時15分ごろで、震源は青森県東方沖で震源の深さは54キロ。津波警報は9日未明には津波注意報に切り替えられ、早朝には全て解除された。岩手県久慈港で70センチなど各地で津波が観測された。政府に入った情報では9日正午段階で深刻な大規模被害は起きていないが、30人以上のけが人が出ているほか、建物の一部損壊や道路の陥没、断水などの被害が報告されている。また鉄道などに影響が出た。原子力規制庁によると、青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場や北海道と東北各県の原子力発電所に異常は確認されなかったという。

青森県東方沖を震源とする地震の震度分布図(12月8日23時26分発表)(気象庁提供)
青森県東方沖を震源とする地震の震度分布図(12月8日23時26分発表)(気象庁提供)
津波警報などの発表状況(気象庁提供)
津波警報などの発表状況(気象庁提供)

地震は東日本大震災時と同じ海溝型

 気象庁や地震の専門家によると、今回の地震は2011年3月11日に東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震と同じ海溝型(プレート境界型)とみられる。今回の震源は同地震震源域の北側の領域に位置する。どちらも日本海溝沿いで発生するタイプでメカニズムは基本的に同じだ。

 東北地方太平洋沖では太平洋プレートが陸側のプレートの下に沈み込んでいてプレート境界で固着し、ひずみが蓄積している。ひずみが限界に達するとプレート境界がずれ動いて地震が発生する。断層のずれは典型的な逆断層型になる。

 今回の地震の震源周辺では1968年5月にM7.9(気象庁マグニチュード)の十勝沖地震が起きて2メートルを超える津波が発生。死者、行方不明者は50人を超え、300人以上が負傷した。また94年12月にはM7.6(同)の三陸はるか沖地震が発生し、死者3人と700人以上の負傷者を出している。

 東北地方から北海道の太平洋側の沖合に続く日本海溝と千島海溝近くで起きる巨大地震は「日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震」と呼ばれる。2011年の東北地方太平洋沖地震のほか、過去1896年に明治三陸地震、869年に貞観地震など、巨大な津波を伴う地震が繰り返し発生している。国の想定では日本海溝沿いの巨大地震が起きた場合は北海道や岩手県沖に髙さ30メートル近い津波が到達する可能性があり、死者は最大約19万9000人に上るが、早期避難などにより約8割減らせるとしている。

8日深夜の青森県東方沖地震と周辺で起きた地震の震央分布図(気象庁提供)
8日深夜の青森県東方沖地震と周辺で起きた地震の震央分布図(気象庁提供)
8日深夜の青森県東方沖地震では北海道と東北地方で長周期地震動が観測された(気象庁提供)
8日深夜の青森県東方沖地震では北海道と東北地方で長周期地震動が観測された(気象庁提供)

注意情報は7道県182市町村に

 国は日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の震源域内でM7以上の地震が起きた場合は続けて巨大地震が起きる可能性が高まるとして、甚大被害を軽減する目的で2022年12月に北海道・三陸沖後発地震注意情報の運用を開始した。東日本大震災の2日前にM7.3の前震があったことなどを踏まえた措置だった。

 北海道・三陸沖後発地震注意情報はこの制度に先だって2019年から運用されている「南海トラフ地震臨時情報」に似ている。ただ同臨時情報には「巨大地震警戒」と「巨大地震注意」の2種類あり、前者は一部住民に事前避難を求めるが、後者は求めない。その点では北海道・三陸沖後発地震注意情報と同じだ。

 気象庁によると、過去の世界的な大規模地震例から推定される「7日以内にM8級以上が起きる確率」は100回に1回程度。平常時は1000回に1回とされ、単純計算ではリスクは10倍になる。発表頻度は2、3年に1回程度と想定されている。

 気象庁は9日午前2時に今回の地震が運用基準に該当するとして同注意情報を発表した。期限は16日午前零時までだ。対象地域は北海道から千葉県の7道県182市町村に及ぶ。同庁や内閣府は1週間程度社会活動を継続しつつすぐに避難できる態勢をとって非常時持ち出し品を常時携行するなどの「特別な備え」が必要としている。

 気象庁担当者は9日未明の記者会見で 「最悪のケースでは3.11(東日本大震災)の時のよう地震が起きることを想定し、備えをする必要がある」と述べた。

日本海溝・千島海溝沿いで後発地震が起きた例(気象庁提供)
日本海溝・千島海溝沿いで後発地震が起きた例(気象庁提供)
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部(気象庁・内閣府提供)
「北海道・三陸沖後発地震注意情報」を分かりやすく伝える図の一部(気象庁・内閣府提供)

「日頃からの備え徹底」が大切

 北海道・三陸沖後発地震注意情報も南海トラフ巨大地震の警戒・注意の両臨時情報も大きな地震を予知する情報ではない。大地震は海溝型、内陸型を問わず、何の前兆もなしに突然起きる可能性が、つまり「不意打ち」で起きる可能性が高い。政府地震調査委員会の平田直委員長はこのことを再三指摘している。

 今回の地震後、大きな後発地震が起きないことを祈るばかりだが、内閣府の担当者は以前「後発地震が起きなくても『空振り』と捉えるのではなく、防災訓練や防災意識の向上につなげる『素振り』と捉えてほしい」と強調している。

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人工細胞の可能性 生命システムを再現する https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m250001003/ Fri, 05 Dec 2025 02:17:22 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55708  動植物から微生物まで、あらゆる生命は「細胞」や、その集まりとして成り立っています。細胞の仕組みを人の手で生み出すことを、これまで多くの研究者たちが夢見てきました。その試みは今、どこまで進んでいるのでしょうか。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

野地博行(東京大学大学院 工学系研究科 教授)
皆川慶嘉(東京大学大学院 工学系研究科 助教)
瀧ノ上正浩(東京科学大学 情報理工学院 教授)

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光ファイバーで地下の振動をとらえるDAS技術 陥没リスクの早期発見にも NTT https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251204_g01/ Thu, 04 Dec 2025 01:50:08 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55685  インターネット網を支える既存の光ファイバーをセンサーとして用い、地下の微弱な振動をとらえる高精度の「分布音響センシング(DAS)」技術により、地中の空洞化を推定する手法を実証したとNTTが発表した。光ファイバーを敷設してプラント保守や防犯に用いられているDAS技術だが、既存の光ファイバー網を用いることにより、通信網の保守はもちろん、地下の地質評価や経時変化の常時観測を行うことができる。実用化が進めば、防災や減災、インフラ維持管理を低いコストで広域にできる可能性がある。

地中の空洞化を推定する手法の実証では、地上に微動アレイ探査の機器を置いて調べた地中の振動データと、DASで測定した地中の振動データを比較した(NTT提供)
地中の空洞化を推定する手法の実証では、地上に微動アレイ探査の機器を置いて調べた地中の振動データと、DASで測定した地中の振動データを比較した(NTT提供)

戻ってくる散乱光の変化からどこで何が起きているのか計測

 DASはDistributedとAcousticとSensingの頭文字をとったもの。光ファイバーの伝送路試験技術や光計測技術の研究に従事しているNTTアクセスサービスシステム研究所の飯田大輔主任研究員によると、光ファイバーにパルス状の光を入れると、光は前に進む一方で後ろに戻ってくる散乱光も存在する。車が通るなど地上の社会生活による微弱な振動が地中に伝わることで、光ファイバーはたわむようにして1メートルあたり数十ナノ(ナノは10億分の1)から1マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル程度の伸び縮みを生じる。光ファイバーに光を入れてから戻ってきた散乱光の変化を受信器で捉え、ファイバーに沿ったどの地点でどんな振動(音響)が起きているのか計測するのがDAS技術だ。

光通信とDAS技術による光ファイバーセンシングの概要。通信は情報を先へ伝えるが、光センシングでは光ファイバーを戻ってくる反射光から周辺状況を調べることができる(NTT提供)
光通信とDAS技術による光ファイバーセンシングの概要。通信は情報を先へ伝えるが、光センシングでは光ファイバーを戻ってくる反射光から周辺状況を調べることができる(NTT提供)

プラントやファイバー網の保守から地震計測、地盤評価まで

 2010年頃からDASの研究開発が世界的に進んだ。パイプラインに光ファイバーを沿わせておくことで打音検査をしなくてもパイプの劣化などを常時モニタリングできることから、石油やガスプラントで採用されている。軍事施設などセキュリティーの高い施設では、人や物の侵入を感知するためにDASの光ファイバー網を敷設している例もある。

 国内では、大学などが既存の光ファイバー網を用いた地震の観測研究を行う。NTTでは、DASを光ファイバー網自体の保守管理に用いるとともに、地盤評価などに使うことができないかと研究を進めた。

約3~30メートルの深さの地盤特性が得られる

 地盤評価については、2025年7月~9月に産業技術総合研究所(産総研)と共同で、茨城県つくば市と埼玉県草加市で地中空洞化をDASの光ファイバーセンシングと、産総研が実績を積んでいる微動アレイ探査を同時に行った。

 微動アレイ探査では、複数の微動計を縦横決まった配置で地上に整列させ、それぞれがわずかな動きを同時に記録して解析する。地下深部までの様子を簡易に推定できる利点があるものの、探査ごとに機器の運搬の必要があったり、道路の地下の探査時だと道路を一時通行止めにする必要があったり、地盤モニタリングを広範囲、高頻度に行うのは現実的でなかった。

 一方、DASは通信のために既にある光ファイバーを用いるので作業を大幅に省くことができる。微動アレイ探査とDASのデータを比較して一致すれば、DASでも地盤モニタリングや空洞化を推定するために必要なデータがとれているとみなせる。

 約20分間の微動アレイ探査の結果と約1日分のDASの結果を比較したところ、地中の深さ約3メートルから30メートルほどの範囲を示す周波数では、双方の測定データが整合していた。DASで土の柔らかさを調べることが可能で、1日1回の遠隔モニタリングができると実証できたことになる。地盤特性の経時的変化を観測することで、地中で空洞化が進む予兆を推定することが可能になるという。

DAS(白丸)と微動アレイ探査(赤い四角)による地盤特性の測定結果。横軸の周波数は大きいほど地面からの深さが浅い。縦軸の位相速度は大きいほど土が硬い。つくばも草加も概ね整合的な結果を得た(NTT提供)
DAS(白丸)と微動アレイ探査(赤い四角)による地盤特性の測定結果。横軸の周波数は大きいほど地面からの深さが浅い。縦軸の位相速度は大きいほど土が硬い。つくばも草加も概ね整合的な結果を得た(NTT提供)

 成果は、11月19日~26日に開催した「NTT R&D フォーラム2025」で展示した。都市部では老朽化した上下水道などへの土砂の流入による地中空洞の発生に伴う道路陥没事故が社会問題となっている。交通障害やライフラインの寸断を引き起こす可能性があるなど地域社会に大きな影響が出る。今後は、インフラ監視や防災システムへの提供を目指して解析アルゴリズムの高度化などを進めるとともに、自治体や上下水道事業者と連携して実際の都市環境での実証実験を積み重ねていくという。

低コストで頻繁な地盤モニタリングに期待

 NTTは全国に約240万キロメートルの光ケーブルを敷設しているという。今回の実証実験では「管路」という道路の下などに張り巡らされる通信ケーブル用パイプ内の光ファイバーを用いた。管路は全国で62万キロ。この範囲の地盤のモニタリングがこれまでより低コストで頻繁にできれば、2025年1月に埼玉県八潮市で発生した道路陥没のような事故が再び起きなくなる可能性も期待される。

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ISS長期滞在が四半世紀 船長務めた大西さん「日本の存在感高まった」 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251119_g01/ Wed, 19 Nov 2025 06:49:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55597  国際宇宙ステーション(ISS)で飛行士の長期滞在が今月初め、四半世紀の節目を迎えた。この間、実験棟「きぼう」や物資補給機「こうのとり」「HTV-X」の運用、14回の長期滞在などを通じ、わが国は技術やノウハウを蓄積してきた。滞在中の油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)は先月末、HTV-X初号機をロボットアームで捕捉し、無事にISSに迎え入れた。油井さんにバトンを渡して帰還した大西卓哉さん(49)は会見で、日本人3人目となった船長の任務について「非常に大きな財産になり、日本の存在感も高まった」と振り返っている。

「見た目は違っても…」

国際宇宙ステーション(NASA提供)
国際宇宙ステーション(NASA提供)

 ISS計画には米露や日本、欧州、カナダの計15カ国が参画。1998年、高度400キロの軌道上に建設を始め、2000年11月2日に米露の飛行士3人が初の長期滞在を開始した。それ以降、参加国の飛行士が概ね半年交代で常駐し、無重力を生かした実験などを続けてきた。

 日本は2009年の若田光一さん(62)を皮切りに、毎年のように長期滞在を経験している。同年には「きぼう」が完成。また20年までに9機の「こうのとり」の運用に成功し、HTV-Xへと役割を引き継がせた。地上の管制や飛行士養成、支援のノウハウも高めてきた。一方、ISSでは近年、ロシア区画の一部で空気漏れが続き、米航空宇宙局(NASA)が「安全上、最高のリスク」とも指摘している。ISSは30年に運用を終えるが、各国は得られた知見を国際月探査や民間宇宙ステーションなどに生かしていく。

 先月30日にHTV-Xを捕捉した油井さんは、翌31日、X(旧ツイッター)に、搭載物資を運び出す作業を始めたことを投稿。「お腹の中に入ってみて分かるのは、外見の見た目は違っても『こうのとり』君の兄弟だということです。(自身が「こうのとり」5号機を捕捉した)10年前のことを、とても懐かしく思い出しました」とつづっている。

 油井さんは実験などの作業の傍ら、撮影に注力。地球や星々を写し込んだ美しい写真や動画の“作品”を精力的にXに投稿し、注目を集めている。ISSに係留中のHTV-Xも画面に取り込み、「HTV-X君のおかげで寝る前に何も考えずに撮影しても、美しい写真が撮れるようになりました」と充実した様子だ。

油井さんが今月1日、Xに投稿した係留中のHTV-Xの写真。地球や宇宙の美しさを画面に十分に取り込むのが作風になっている(JAXA提供)
油井さんが今月1日、Xに投稿した係留中のHTV-Xの写真。地球や宇宙の美しさを画面に十分に取り込むのが作風になっている(JAXA提供)

ISS「かなり成熟段階に入った」

 一方、3月から146日間を過ごした宇宙に別れを告げ、8月に地上に帰還した大西さん。地上の重力に適応するためのリハビリを経て、先月3日に都内で会見した。

会見する大西さん=先月3日、東京都千代田区
会見する大西さん=先月3日、東京都千代田区

 大西さんは、自身2回目となった滞在の総括として(1)米国の物資補給機「シグナス」の飛行が地上の事故で中止され、一部の装置が届かないなどの影響を受けたものの、その制約の中で「きぼう」を最大限に活用できたこと、(2)地上できぼうの「フライトディレクタ」として運用管制を行った経験も生かし、船長として滞在中の飛行士をまとめたこと、(3)自身に続いて滞在中の油井さんと合わせ、日本人が1年近くISSに滞在し続けること――を挙げた。「日本のプレゼンス(存在感)向上にも、役立てたのではないか」と手応えを語った。

 飛行は実に9年ぶりで、ISSの変化が印象的だったという。「前回の2016年は、まだISSが完成して数年だった。今回はかなり成熟段階に入ったと感じた。かつて飛行士が手を動かしていた作業は、遠隔化や自動化が進んだ。実験装置も省力化、効率化している」。なおNASAは、ISSが11年に完成したとしている。今後の有人宇宙開発については「ISSが積み重ねてきた知見を、民間宇宙ステーションにつないでいくことが大事だ」と展望した。

「グレーな期間」の役割分担、明確化

 船長を務めたのは、4月19日~8月5日の3カ月半。飛行士を統括し、船内の状況を把握する現場責任者の重責を果たした。日本人では2014年の若田さん、21年の星出彰彦さん(56)に続く就任だった。「非常に責任のある大役だったが、仲間に恵まれて大きな問題なく務められた。自分の中で非常に大きな財産になった。米露の二大国に混じって船長になり、日本のプレゼンス(存在感)向上に少しはお役に立てたと思う」とした。

 船長として、飛行士の精神面にも配慮した。「米国側(ロシア以外)とロシア側で、日々の作業はほぼ別々にやっており、生活の区画も分かれてコミュニケーションが少ない。そこで、週1回は夕食を共にするなどした。飛行士の誕生日や、宇宙滞在何日といったお祝いごとを、皆でやった」という。

船長交代式で後任のリジコフさん(手前左)と握手を交わす大西さん。最後列の右端が油井さん(NASAテレビから)
船長交代式で後任のリジコフさん(手前左)と握手を交わす大西さん。最後列の右端が油井さん(NASAテレビから)

 大西さんは船長を交代後、自身らがISSを離れるまでの「グレーな期間」の役割分担が重要だと、帰還前にXに投稿している。その意図について問われると、次のように解説した。「船長交代の瞬間からISS全体の取りまとめ役はロシアのセルゲイ(・リジコフ)さんに移ったが、米国側の飛行士の取りまとめまで移してしまうと、(大西さんらがISSを発つまでの)5日間ほどのために、それまで担ってきた役割を全然、変えて対応せねばならない。それも一つのやり方だが、僕は混乱すると思った。そこで、船長の立場は移っても、米国側の取りまとめは、宇宙船が去る瞬間まで僕が責任を持つと表明し、皆で認識を統一した。誰がどういう場面で指揮権を持つかをクリアにしておくことは、グレーな状況ではすごく大事だ」

火星飛行「飛行士の精神面でハードル高い」

 ISSに続く大型計画として、月上空に基地を建設し有人月面探査も行う「アルテミス計画」が国際協力で進行中。日本人も月に立つことが日米で合意済みだ。「自身も月を目指すか」と問われた大西さんは「はい、もちろんです」と即答。「これまで月に立った人類は本当に一握りだが、少なくともそれに挑戦する資格は持っていると思うので、そのことに感謝しつつ、経験を全てぶつけるつもりでアルテミス計画に参加したい」と言葉に力を込めた。

会見後、今回の飛行のためにデザインされた「ミッションパッチ」を手に撮影に応じる大西さん
会見後、今回の飛行のためにデザインされた「ミッションパッチ」を手に撮影に応じる大西さん

 米国などはアルテミス計画を通じて月周辺で技術を磨き、火星有人飛行を目指す。ただし、大西さんは「ハードルが高いチャレンジ」と慎重に指摘した。「ISSでは窓の外に地球が広がり、重要な機械が壊れてもすぐ代替品を地上から打ち上げたり、食料が1回届かなくても他の(補給機の)便に振り分けて届けたりできる。しかし火星に行くには、長大な距離が非常に大きな障害になる。補給の機会も能力も小さく、難しさに直結する。飛行士の精神面への影響も、ちょっと想像がつかない。いつでも地球に帰れる安心感で生活するのと、何かあったらもう助からないかもしれないという緊張感の中で片道8カ月、火星まで旅するのとでは、精神的負荷が桁違いになる。飛行士のメンタルケアが課題だ」

 会見で大西さんは、“日の丸有人船”の夢も語った。「米スペースX社を見ていて強く感じるが、(無人の物資補給機)ドラゴンと有人宇宙船クルードラゴンの2種類を、どんどん数をこなして打ち上げ、双方にプラスの効果を生み出している。彼らを見ていて、日本も『こうのとり』に続いてHTV-Xの知見を蓄えていき、個人的な希望では、独自の有人船の開発につながればいいと思う。基幹技術を持つ国は、国際協力の中で発言権、存在感が非常に大きくなる」と力説した。

 HTV-Xをめぐっては、油井さんや大西さんの同期である金井宣茂(のりしげ)さん(48)も、9月の文部科学省宇宙開発利用部会で「HTV-Xのようなものを1年なり1年半なり飛行させ、それを使って民間の研究開発を進めるといった、日本独自のミニステーションのような使い方ができるのではないか」とアイデアを語った。日の丸有人船について、金井さんもこの席で「保有、運用することが重要だ。一足飛びにそこまで行けないにしても、最初のうちは有人船を他国から買い取るような形で運用し、技術やノウハウを蓄積していくことが、わが国の強みや優位性を維持するために重要では」と提起している。

ISSで作業する大西さん(左)と油井さん=8月7日(JAXA、NASA提供)
ISSで作業する大西さん(左)と油井さん=8月7日(JAXA、NASA提供)
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永遠の化学物質PFASに挑む 集めて・分解する革新技術 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m250001002/ Fri, 07 Nov 2025 02:24:36 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55480  永遠の化学物質とも呼ばれるフッ素系化合物「PFAS(ピーファス)」による人体への健康リスクが注目されています。河川や地下水のほか、生活用水からも検出されることがあるPFASを集めて、分解する研究を紹介します。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

遠藤守信(信州大学 特別栄誉教授)
小林洋一(立命館大学 生命科学部 教授)

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制御性T細胞の最新研究2論文、米科学誌に同時掲載 坂口さんノーベル賞決定で勢いづく応用研究 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251105_g01/ Wed, 05 Nov 2025 06:56:58 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55470  免疫の暴走を抑える「制御性T細胞(Treg)」を、自己免疫疾患などさまざまな病気の治療に応用する研究が活発になっている。Tregは、今年のノーベル生理学・医学賞に選ばれた坂口志文・大阪大学特別栄誉教授らが発見した免疫細胞。坂口氏が参加する2つの研究チームがそれぞれまとめた論文が、10月22日付の米科学誌「サイエンス・トランスレーショナル・メディシン」に同時に掲載された。

 免疫は、細胞やウイルスなどの外敵から生体を守る重要な働きをする。Tregは、免疫が時に暴走して生体自身を攻撃してしまうのを抑えるブレーキ役を担う。自己免疫疾患やアレルギーなどの炎症性疾患のほか、免疫が大きく関係するがんの治療への応用が期待され、Tregを扱う研究現場は勢いづいている。

ノーベル賞受賞が決まりお祝いの花束を手にする坂口志文氏(大阪大学提供)
ノーベル賞受賞が決まりお祝いの花束を手にする坂口志文氏(大阪大学提供)

人工的に大量に作製する方法を開発

 坂口氏の受賞決定で一躍注目を浴びたTregは、既に研究現場では着々と応用研究が進んでいた。Tregを活用するためには、生体内に存在するTreg(nTreg)を回収し、試験管内で刺激を加えて増殖させ、再投与する必要がある。ただ、材料となるnTregは少なく、培養時の安定性に欠けるなどの課題があった。このため、安定して大量に作製する方法が求められていた。

 大阪大学免疫学フロンティア研究センターの三上統久特任准教授や坂口氏らの研究チームは、培養方法に複数の工夫と改善を重ねた。これらを組み合わせ、疾患マウスから取り出したT細胞を基に人工的に多くのTreg を安定して大量に作製する製造方法を開発した。

 三上氏らは、新たな方法で作製したTreg(iTreg)を大腸炎や骨髄移植後に起きる炎症性合併症「移植片対宿主病(GVHD)」のモデルマウスに投与する実験をした。その結果、大腸炎マウスの体重減少を6週間以上も抑制し、GVHDマウスの生存期間を延ばすといった効果を確認したという。

 研究チームはさらに、クローン病や全身性エリテマトーデス(SLE)などの自己免疫疾患の患者の血液からT細胞を精製し、これを原料としてTregを安定的に作製することにも成功した。試験管内で作製したTregが、患者の炎症性T細胞の増殖を抑える効果を確認したという。実用化につながる成果だ。

大阪大学の研究グループの成果をまとめた概念図(大阪大学提供)
大阪大学の研究グループの成果をまとめた概念図(大阪大学提供)

マウス実験で難病の進行を抑制

 一方、慶應大学医学部皮膚科学教室の天谷雅行教授らと理化学研究所の研究者らは、大阪大学の研究チームが開発した方法でできたTreg を活用し、自己免疫疾患の難病「尋常性天疱瘡(てんぽうそう)」のモデルマウスの症状を抑制することを実証したと発表した。

 尋常性天疱瘡は、皮膚を構成する「角化細胞」の接着に関わるタンパク質に対して自己抗体ができてしまい、細胞の接着がはがれることで全身に水ぶくれができる難治性の病気だ。

 天谷氏らが尋常性天疱瘡マウスにTreg を投与したところ、投与しないマウスと比べて症状が有意に抑えられたことを確認したという。天谷氏らは、天疱瘡に限らず、自己免疫疾患や移植の拒絶反応など、さまざまな免疫異常の治療につながる可能性があるとみている。

 今回、同時に論文を発表した大阪大学の三上氏らと慶應大学の天谷氏らは、坂口氏を軸に密接に連携している。2つの研究チームの成果はいずれもマウス実験での成果で、今後の臨床応用に期待が集まる。人工的に作ったTreg を人の体内に戻した場合の安全性や有効性を調べる必要があるが、いずれの研究チームも実用化に向けて意気盛んだ。

慶應大学の研究グループの成果をまとめた概念図(慶應大学/理化学研究所提供)
慶應大学の研究グループの成果をまとめた概念図(慶應大学/理化学研究所提供)
Treg を投与した尋常性天疱瘡マウスは投与しないマウスと比べて症状が有意に抑えられたことを示すグラフ(慶應大学/理化学研究所提供)
Treg を投与した尋常性天疱瘡マウスは投与しないマウスと比べて症状が有意に抑えられたことを示すグラフ(慶應大学/理化学研究所提供)

がん治療への応用にも期待

 Tregを利用した治療法はまだ医療現場では実用化できていないものの、自己免疫疾患やがんなどを対象に国内外で臨床試験(治験)が進められている。その数は多く、200件を超えるとも言われる。坂口氏らの成果を基に2016年に設立された大阪大学発のスタートアップ「レグセル」は現在、本社を米カリフォルニア州に移し、来年中の自己免疫疾患治療薬の治験開始を目指している。海外では既に、Tregを1型糖尿病や多発性硬化症(MS)の治療に使う治験が進行中だ。

 がんの予防や治療への応用にも期待が集まっている。免疫機構ががん細胞を「外敵」と見なして攻撃するのに対抗し、がん細胞はTregを周囲に集め、免疫にブレーキをかけるTregの機能を利用しながら免疫細胞からの攻撃を回避している。坂口氏らの発見がなかったら、こうした仕組みも分らなかっただろう。

 国立がん研究センターによると、悪性黒色腫や肺がんなどの多くのがん細胞を取り巻く組織(腫瘍微小環境)では、活性化して免疫抑制機能が高まったTregが増加していることが確認されている。

 2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した本庶佑氏の授賞理由は、免疫の力を抑制する免疫細胞上のタンパク質「PD1」を発見した成果で、そのPD1を阻害する治療薬「オプジーボ」が開発された。同じ仕組みの薬を利用した「がん免疫」が注目されているものの、効きにくいがんもあるなどの課題がある。このため、過剰なTregの活性を抑えることにより治療薬の効果を高める応用研究が、国内外で盛んになっている。

がんと制御性T細胞(Treg)との複雑な関係を示した図(国立がん研究センター提供)
がんと制御性T細胞(Treg)との複雑な関係を示した図(国立がん研究センター提供)
本庶佑氏(ノーベル財団提供)
本庶佑氏(ノーベル財団提供)

国内外の研究者たちが「成果」

 国内でも国立がん研究センターなどが研究成果を発表している。同センター腫瘍免疫研究分野の西川博嘉分野長は、坂口氏がいた免疫学フロンティアセンターにも所属し、研究室をともにしている。西川分野長らは3年前にがん組織でTregが活性化する際に鍵となる分子を発見したと発表。その後も臨床応用に向けて精力的に研究を続けている。

 坂口氏は受賞決定後の記者会見で「(自分の研究が)人の病気の治療や予防につながってほしい」と臨床研究の進展に期待を寄せた。自らも「がん免疫療法」の進展に携わる研究に意欲を見せた。Tregは免疫のバランスを保つ「調整薬」としてとても重要な働きをする。まだ現役研究者でもある坂口氏の周辺で、国内の多くの研究機関や海外でTregに注目した研究者の成果が確実に上がっている。

受賞決定翌日の10月7日に大阪大学本部で多くの同大学の関係者に囲まれる坂口氏。同氏はまだ現役の研究者だ(垂れ幕の右側)(大阪大学提供)
受賞決定翌日の10月7日に大阪大学本部で多くの同大学の関係者に囲まれる坂口氏。同氏はまだ現役の研究者だ(垂れ幕の右側)(大阪大学提供)
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新型物資補給機「HTV-X」間もなくデビュー 国産ロケット開発も正念場 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20251016_g01/ Thu, 16 Oct 2025 05:26:39 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55301  国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ、わが国の新型補給機「HTV-X」初号機の出発が迫った。2009~20年に9機が活躍した「こうのとり(HTV)」の後継機。機体を合理化し能力を高めたのに加え、技術を磨くための実証の役割を強化し、有人宇宙開発の切り札となる。一方、既に4回の打ち上げに成功した国産大型ロケット「H3」は、基本型機体の開発を継続。開発中に地上で2度の爆発を引き起こした小型の「イプシロンS」は、原因究明が進む。日本の宇宙開発は正念場が続いている。

物資補給機「HTV-X」の想像図(JAXA提供)
物資補給機「HTV-X」の想像図(JAXA提供)

機体合理化、輸送能力と技術実証の「二刀流」

 「こうのとりに比べ輸送能力が向上。大気圏突入前に技術実証もできる。このような“二刀流”が大きな特徴だ」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)で開発を率いてきた伊藤徳政プロジェクトマネージャは、HTV-Xの魅力をこう表現する。ISSに荷物を届けるのに加え、機体を存分に利用し、新技術を獲得するためにさまざまな宇宙実験をこなす。

 16日時点の計画では、初号機は21日午前10時58分、JAXA種子島宇宙センター(鹿児島県)からH3ロケット7号機で打ち上げる。約14分後、高度288キロでロケットの2段機体から分離し、楕円(だえん)軌道に投入される。その後は飛行を続け、25日午前1時半頃、高度400キロでISS船内の飛行士が操縦するロボットアームに捕捉され、ISSに到着。数時間かけISSとドッキングする。

ISSに滞在中の油井亀美也さん=先月6日(JAXA、NASA提供)
ISSに滞在中の油井亀美也さん=先月6日(JAXA、NASA提供)

 ロボットアームでの捕捉は、ISS滞在中の油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)が行うことに。油井さんは9日、X(旧ツイッター)に「責任重大ですが、皆と協力して確実に任務を遂行します!」と投稿し、この任務を受けたことを明かした。

 外見でまず目を引くのが、太陽電池パネルだ。こうのとりでは円筒形の機体側面に貼り巡らせたのに対し、HTV-Xでは大型の人工衛星と同様に、翼のように左右に開いている。側面に貼る場合に比べ面積の制約が少なく、発電量を大きくできる。左右の太陽電池パネルの間は180度ではなく、「く」の字型に角度を持たせている。これは1年中いつでも打ち上げ、太陽の向きが違っても効率よく発電するためという。

 こうのとりの輸送能力は、物資を入れる棚の重さ2トンを除き、4トンだった。これに対し、HTV-Xでは5.85トンへと増加。現行の米露の補給機を上回っている。容積も60%増えた。ISSに係留できる期間は、最長2カ月から半年へと延長した。

 全長8メートル、太陽電池パネルを開いた幅が18メートル。打ち上げ時の重さは搭載物資を除き16トン。機体は飛行や通信の機能を持つ部分などの「サービスモジュール」と、ISS船内で使う物資を搭載する「与圧モジュール」で構成する。それぞれ三菱電機と三菱重工業が開発し、種子島に運んでから結合する。

円筒形が特徴の、かつての物資補給機「こうのとり」(JAXA提供)
円筒形が特徴の、かつての物資補給機「こうのとり」(JAXA提供)

 こうのとりに比べ、機体の電気系や推進系を集約したほか、ISS船外で使う物資を搭載する円筒内の「非与圧部」を廃してサービスモジュールの外側に“むき出し”で搭載する形に改めるなど、大胆に合理化した。物資を積み込む期限は、打ち上げの80時間前から24時間前へと改善。これにより実験試料や飛行士の食品など、鮮度が求められる物資を扱いやすくなった。機体から搭載機器類に電力を供給し、冷蔵や冷凍、空調ができることで、より多彩な実験に対応する。開発費は初号機が打ち上げ費用を除き356億円で、HTV-X全体は非公表。運用管制はこうのとりに続き、JAXA筑波宇宙センター(茨城県)で行う。

“放課後の居残り”長くこなす

 初号機の主な搭載物資は次の通り。▽ISS船外で使う実験装置や観測機器を搭載するアダプター▽二酸化炭素除去の実証装置▽無重力で精密機器に生じる誤差を調べる装置▽ISSから放出する国内外の大学の超小型衛星6基▽飛行士の生鮮食品▽米航空宇宙局(NASA)の各種タンクや食品、実験機器など。このほか、企業が有償でISSの日本実験棟「きぼう」を使える制度を利用し、国内の酒造会社が宇宙での清酒発酵に挑戦する計画などがある。

報道陣に公開されたHTV-Xのサービスモジュール。両脇の太陽電池パネルは折り畳まれている=昨年12月、神奈川県鎌倉市
報道陣に公開されたHTV-Xのサービスモジュール。両脇の太陽電池パネルは折り畳まれている=昨年12月、神奈川県鎌倉市

 伊藤氏の言う「HTV-Xの二刀流」のうち技術実証は、ISSを離脱後、大気圏に突入して役目を終える前に、最長1年半ほど宇宙空間に居残って行う。こうのとりもISS離脱後、大気圏突入時のデータ取り、小型カプセルによる物資回収などを実証したが、こうした役割を本格化する。HTV-Xにとっては、先輩よりも“放課後の居残り”がかなり長引く形だ。

 初号機では3カ月かけ、3つの技術に挑む。(1)ISSの軌道より高い高度500キロで超小型衛星を放出する。(2)機体表面に取り付けた反射器に向けて地上からレーザーを当て、精密に距離を測る。(3)宇宙でアンテナや太陽電池を広げるための新たな軽量パネルを展開する。

 このうち(2)の反射器は、その形状から「マウントフジ(富士山)」と名付けられた。HTV-Xを意図的に回転させ、レーザー測距によってこの動きを細かく推定できるかを試す。実験を率いるJAXAの中村信一技術領域主幹は「推定結果を、HTV-Xの実際の運動データと付き合わせ、“答え合わせ”までできれば世界初になる」。衛星やロケットの残骸のような宇宙ごみを、お掃除衛星が回収する技術などに活用できるとの期待がある。

「マウントフジ」を手に説明する中村信一技術領域主幹=先月25日、東京都千代田区
「マウントフジ」を手に説明する中村信一技術領域主幹=先月25日、東京都千代田区

ISSに不可欠、重責引き継ぐ

 日本はISS計画への参加にあたり、運用経費の分担金を技術提供の形で支払うこととし、こうのとりを開発した。米国のスペースシャトルが2011年に退役した後は、こうのとりが大型の船外用物資を運ぶ唯一の手段となり、バッテリーの輸送などを通じてISSに不可欠の存在となった。米露の補給機が失敗を経験する中、こうのとりは2015年に退役した欧州の「ATV」とともに無事故を続けた。この重責をHTV-Xが引き継ぐ。

 なお、こうのとり最終9号機が運用された2020年の時点で、HTV-Xは翌21年度にも運用を始める計画だった。H3の運用開始が遅れたほか、搭載するコンピューターや、飛行士が船外活動をする際にも安全基準を満たす太陽電池パネルの開発などに、時間がかかったという。

 ISSの運用は2030年までが合意済みで、さらなる延長はせず同年に役目を終える。だがHTV-Xはその後も改良を加えつつ、地球上空に設けられる民間宇宙基地や、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月上空に建設する基地「ゲートウェー」に物資を運ぶことが見込まれている。7月末には三井物産の100%子会社「日本低軌道社中」(東京都)が、JAXA基金の交付決定を受け、HTV-Xをベースにした民間基地用補給機の開発を始めたと発表した。

月上空のHTV-X(左)とゲートウェーの想像図(JAXA提供、2019年制作)
月上空のHTV-X(左)とゲートウェーの想像図(JAXA提供、2019年制作)

「こうのとり」に代わる愛称は

 常時有人のISSとは異なり、ゲートウェーでは無人の期間が長いため、ロボットアームを使わず、基地に直接結合する自動ドッキングを行う。日本はこの技術を持たないため、HTV-Xを使いISSで練習を重ねて獲得を目指す。

HTV-Xの開発を率いる伊藤徳政プロジェクトマネージャ=昨年12月、神奈川県鎌倉市
HTV-Xの開発を率いる伊藤徳政プロジェクトマネージャ=昨年12月、神奈川県鎌倉市

 「こうのとり」に相当するHTV-Xの愛称は、決めるか否かも含めて未定という。なお伊藤氏は2019年10月の会見で筆者の質問に「一般公募をするのではないかと個人的には想定しているが、まだ決まってはいない」と答えている。「エイチティーブイエックス」は日本人には発音しにくく、日常の会話に乗せやすい愛称が欲しいところではある。こうのとりは2号機の段階で、公募で決まった。

 JAXAの若月孝夫ファンクションマネージャは先月25日の会見で「こうのとりで確立した物資補給技術を、日本の基幹技術としてしっかり維持することが大事。NASAなどの国際パートナーからも、それを『HTV-Xでよろしく』と言われており、確実に成功を積み上げたい。物資補給がゴールではなく、この先に繋がる大きな開発計画の第一歩として取り組んでいる」と強調した。

H3ロケット、「ブースターなし」基本型の開発続く

 HTV-Xを打ち上げるH3ロケットは、今年6月に運用を終了した「H2A」と、2020年に終了した強化型「H2B」の共通の後継機だ。2段式の液体燃料ロケットで、わが国が外国に頼らずに宇宙開発利用を進めるための、政府の基幹ロケットに位置づけられている。

 H3の初号機は2023年3月、電気系統の異常で2段エンジンに着火できず失敗したものの、以後は今年2月の5号機まで成功を重ねてきた。5号機までは1段エンジン2基、固体ロケットブースター2基を装備してきたが、今回の7号機ではH3で初めてブースター4基とし、能力を高めてHTV-Xに対応する。全長は64メートル、HTV-Xを除く重さ575トンとなる。1段エンジン2基、ブースター4基の構成は、こうのとりを打ち上げたH2Bと同じだ。

 前回打ち上げたのが5号機で、今回が7号機…。間の6号機はというと、国産大型ロケットで初めてブースターを装備しない、最小形態のH3として今も開発中だ。H3の低コスト化の要となる基本型で、打ち上げ費用が100億円規模だったH2Aの半額(開発当初の物価などの水準で)を目指している。地球を南北に回る政府の地球観測衛星の打ち上げで、多用されそうだ。

H3ロケットには4タイプの機体構成がある。左端が1段エンジン3基でブースターなしの基本型。右端が1段エンジン2基でブースター4基の、HTV-Xを搭載するタイプ。上端の衛星を搭載するカバー「フェアリング」にも長短がある(JAXA提供)
H3ロケットには4タイプの機体構成がある。左端が1段エンジン3基でブースターなしの基本型。右端が1段エンジン2基でブースター4基の、HTV-Xを搭載するタイプ。上端の衛星を搭載するカバー「フェアリング」にも長短がある(JAXA提供)

 7月に実施した6号機の燃焼試験では、1段機体の燃料タンク内の圧力が十分に上がらない問題が発生した。3基目のエンジン系統で、加圧用ガスの流量を調整するバルブを省いたことなどが要因と判明している。ガスを増やすなどの対策と、燃焼試験の再実施が必要となった。

 6号機の開発に時間がかかる中、JAXAと三菱重工業は今月8日、政府の準天頂衛星を搭載する8号機も、先に12月7日に打ち上げると発表した。

H3ロケット6号機の燃焼試験。課題が判明し、再試験が必要となった=7月24日、鹿児島県南種子町(JAXA提供)
H3ロケット6号機の燃焼試験。課題が判明し、再試験が必要となった=7月24日、鹿児島県南種子町(JAXA提供)

イプシロンSは爆発原因解明に「相応の時間」、計画見直し

 H3と共に基幹ロケットに位置づけられる固体燃料の小型ロケット「イプシロン」は、2013~22年に6機をJAXA内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県)で打ち上げ、1~5号機が成功し6号機が失敗した。改良型の「イプシロンS」が開発中だが、2023年7月にJAXA能代ロケット実験場(秋田県)で2段機体の燃焼試験中に爆発が発生。原因を解明して対策を講じ、昨年11月に種子島で行った再試験で、またも爆発を引き起こした。原因の調査が続いている。

イプシロンSの2段燃焼試験中に起きた爆発=昨年11月、鹿児島県南種子町(JAXA提供)
イプシロンSの2段燃焼試験中に起きた爆発=昨年11月、鹿児島県南種子町(JAXA提供)

 先月開かれた会見や文部科学省宇宙開発利用部会でのJAXAの説明によると、これまでに、海中などに飛散した部品の回収や分析が進んだ。爆発に至ったと考えられるシナリオが「機体後方の断熱材が想定を超えて焼損し、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)製の機体の強度が低下して破断し爆発したこと」に絞り込まれた。

 ではなぜ、断熱材に想定以上の焼損が起きたのか。燃料と断熱材の間に製造上生じる隙間や、断熱材の間に設けた隙間が関係する可能性があり、解明を急ぐ。ミニサイズの機体にわざと欠陥を設けるなどして燃焼試験を重ね、それで原因が絞り込めなければ、実物大の機体による試験も検討する。

従来型のイプシロン6号機=2022年10月、鹿児島県肝付町(JAXA提供)
従来型のイプシロン6号機=2022年10月、鹿児島県肝付町(JAXA提供)

 イプシロンSは初号機にベトナムの衛星を搭載し、当初は2023年に打ち上げる計画だった。打ち上げの空白を長引かせないよう、JAXAは3段構成のうち、問題の2段機体についてイプシロンの従来型を復活させることも検討中だ。その場合はロケットの能力が変わるため、衛星の打ち上げ計画を変更する可能性がある。今月10日には、イプシロンSで打ち上げる計画だった小型衛星「革新的衛星技術実証4号機」などを、米「ロケットラボ」社のロケットによりニュージーランドで打ち上げると発表した。

 爆発で全壊した能代の設備は、真空中で燃焼試験ができるもので、再建に2027年度頃までかかる見込み。種子島の設備は屋外型で、この冬に復旧するという。

 JAXAの井元隆行プロジェクトマネージャは先月29日の文科省部会で「燃焼異常(爆発)の原因調査を最優先で進めるが、相応の時間がかかる。イプシロンの空白期間を短縮し、当面の打ち上げ需要に対応するため、年末を目標に新たな開発計画をまとめたい」と説明し、理解を求めた。

開発の精神受け継ぎ、難局どう打開

 JAXAの固体燃料ロケットは「M5」が2006年に運用終了後、イプシロンによる復活まで7年も空白が続いた。苦渋を味わった当時の森田泰弘プロジェクトマネージャ(現JAXA宇宙科学研究所名誉教授)は、イプシロンのデビュー前年の12年、「ロケットが飛行機のように頻繁に打ち上がる50年後に向け、シンプルな打ち上げを目指す」と熱く語っていた。宇宙を身近にするとの開発精神を継承するイプシロンSは、爆発を繰り返しスランプにある現状から今後、どうデビューへと歩んでいくのか。

 宇宙開発のニュースは、飛行士の活躍やH3の連続成功といった明るい話のみならず、厳しい局面に陥った際、関係者が打開に向けて究明や対策を進める状況にも注目したい。そこに門外漢のわれわれが考え、学ぶこともある。まずは目前の、HTV-X初号機の打ち上げと物資補給の成功を祈りたい。

ISSに接近し、ロボットアームに捕捉されるHTV-Xの想像図(JAXA提供)
ISSに接近し、ロボットアームに捕捉されるHTV-Xの想像図(JAXA提供)
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拡がるペロブスカイト 光とエネルギーを取り持つ物質 https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/videonews/m250001001/ Thu, 02 Oct 2025 04:38:06 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=55188  規則的に原子が並んだ特別な結晶「ペロブスカイト」。この結晶がもつ幅広い可能性に多くの研究者が注目しています。次世代の太陽光発電から光でものを冷やすユニークな技術まで紹介します。

再生時間:5分 制作年:2025年

出演・協力機関

宮坂力(桐蔭横浜大学 医用工学部 特任教授)
山田泰裕(千葉大学大学院 理学研究院 教授)
大阪・関西万博パナソニックグループパビリオン「ノモの国」(パナソニック ホールディングス株式会社)

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今夏は平年を2.36度上回り「最も暑い夏」更新 温暖化が気温底上げ、求められる自然災害への備え https://scienceportal.jst.go.jp/gateway/clip/20250903_e01/ Wed, 03 Sep 2025 06:29:48 +0000 https://scienceportal.jst.go.jp/?post_type=gateway&p=54950  気象庁は1日、今夏(6~8月)の日本の平均気温が平年を2.36度上回り、1898年の統計開始以来「最も暑い夏」になったと発表した。2023、24年は平年プラス1.76度でそれまでの夏の最高値だったが、この数値を0.6度更新。3年連続で最も暑い夏となり、気温上昇に歯止めがかからない状態が続いている。

 同庁は今年は11月まで気温が高い傾向が続く可能性があると予測し、引き続き熱中症対策を呼びかけている。また、地球温暖化により「気温が底上げされている」とし、長期的に来年以降も極端に暑い夏が増える可能性が高いという。9月1日は関東大震災が起きた日で大地震・津波や台風を想定して制定された「防災の日」だった。これからは温暖化の影響で激甚化が懸念される記録的な猛暑や豪雨などの自然災害への備えも重要になってきた。

6~8月の平均気温平年差。九州南部などの一部を除きプラス1・5度以上になっている(気象庁提供)
6~8月の平均気温平年差。九州南部などの一部を除きプラス1.5度以上になっている(気象庁提供)
日本の夏平均気温偏差の長期変化のグラフ(気象庁提供)
日本の夏平均気温偏差の長期変化のグラフ(気象庁提供)

全国で延べ30地点が40度以上を記録

 気象庁によると、8月中に群馬県伊勢崎市で41.8度を観測して国内最高記録を更新するなど、全国の多くの地点で最高気温記録を更新した。40度以上となった地点数は延べ30に上り、過去最多になった。今夏の平均気温の平年差は、北日本でプラス3.4度、東日本でプラス2.3度、西日本でプラス1.7度だった。

 全国の「アメダス(地域気象観測システム)」観測地点で最高気温35度以上の猛暑日を記録した地点数積算は、現在と比較可能な2010年以降では最も多かった2024年の8821地点を超えて、9385 地点となった。また、全国153の気象台などのうち132地点で夏の平均気温が歴代1位の高温となった。猛暑日が最も多かったのは大分県日田市の55日で、山梨県甲府市と京都府田辺市がともに53日と続いた。

 また、今夏の日照時間は太平洋高気圧に覆われやすかった北・東・西日本の日本海側、太平洋側の両方でかなり多かった。夏の日照時間平年比は、東日本の日本海側で140%、太平洋側で137%となり、1946年の統計開始以降、夏として1位の「多照」となった。一方、夏の降水量は、前線や低気圧の影響を受けにくかったため、北・東日本の太平洋側と西日本の日本海側、太平洋側で少なかったという。

6~8月の猛暑日地点数の積算の主な年のグラフ(気象庁提供)
6~8月の猛暑日地点数の積算の主な年のグラフ(気象庁提供)
地域ごとの6~8月の平均気温平年差の経過(気象庁提供)
地域ごとの6~8月の平均気温平年差の経過(気象庁提供)

「ダブル高気圧」状態が記録的猛暑の大きな要因

 こうした過去を上回る猛暑の原因について気象庁は次のように説明している。

 日本付近では今夏を通じて偏西風が平年より北に偏って流れやすく、全国的に暖かい空気に覆われた。6月から「太平洋高気圧」が日本へ張り出し、平年は梅雨期で雨が多いが今夏は梅雨前線の活動が弱く、晴れの日が続いた。

 春から盛夏期に向かう季節の進行がかなり早く、東北地方を除き5月に梅雨入り、6月中に梅雨明けとなった。梅雨入り・明けが記録的に早い地域もあった。同時に「チベット高気圧」も強まり、しかも偏西風に押し上げられて北寄りを流れたために暖かい空気が流れ込んだ。2つの高気圧が日本周辺上空で重なる「ダブル高気圧」状態だった。

 9月下旬までの気温と降水量の見通しについて気象庁は、全国的に暖かい空気に覆われやすいため、高い状態が続くと予測。特にこの期間の前半の気温がかなり高くなる見込みとしている。また、北・東・西日本では、6月下旬以降高気圧に覆われ、降水量の少ない状態が続いているが、向こう1カ月の降水量も、高気圧に覆われやすい。このため東日本の太平洋側では平年並みか少なくなるとみている。

11月まで高温続く可能性

 気象庁は8月19日に9~11月の全国の天候見通しを公表している。それによると、11月まで全国的に暖かい空気に覆われやすく、高温が続く可能性が高いとしている。日本列島周辺の中緯度地域の大気と海洋の特徴については、地球温暖化の影響などにより大気全体の温度が高い。海面水温は太平洋赤道域の中部で低い一方、インド洋東部からフィリピンの東方海上にかけては高くなり、積乱雲がインド洋東部からフィリピンの東方海上にかけて多く発生するという。

 こうした影響により上空の偏西風は引き続き、平年より北寄りを流れやすくなる。太平洋高気圧は日本の南東を中心に強くなる見込みという。また、継続して季節の進行が遅く、全国的に暖かい空気に覆われやすくなるという。

9~11月の平均気温の見通し。高い確率で平均気温が高いことを示している(気象庁提供)
9~11月の平均気温の見通し。高い確率で平均気温が高いことを示している(気象庁提供)
数値予報結果をもとにまとめた予想される海洋と大気の特徴(9~11月、気象庁提供)
数値予報結果をもとにまとめた予想される海洋と大気の特徴(9~11月、気象庁提供)

温暖化の影響疑いなく

 気象庁の分析では、日本の夏の平均気温は変動を繰り返しながらも長期的には上昇の傾向にあり、100年当たり1.38度の割合いで上昇している。温暖化の影響で海面水温が高くなっており、立花義裕・三重大学大学院生物資源学研究科教授ら気象の専門家はそろって「日本近海は際立って海面水温が高い」と指摘。インド洋など熱帯の高い海面水温が日本の気象に関係する高気圧を強めたと同時に、西日本近海の高い海面水温により水蒸気が多く供給されて8月の九州地方の豪雨につながったとしている。

 立花教授は以前から北極周辺の温暖化が偏西風の蛇行や流れの位置変化をもたらして近年の北半球の、豪雨や干ばつ、記録的な猛暑の大きな要因になっていると指摘し、度々、温暖化対策の重要性を強調している。また、救急医療が専門の横堀将司・日本医科大学教授は「増加している熱中症被害は今や災害級ではなく超災害級だ」と指摘し、「自ら命を守る対策」を求めている。

 国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は2021年8月に「第6次評価報告書」を公表。この中で「今後温室効果ガスの排出量を低く抑えても2040年までに産業革命以前から1.5度を超える可能性がある」と指摘した。その上で「1.5度上昇」により「50年に1度の熱波」が1850~1900年と比べて8.6倍も増え、「2度上昇」では13.9倍も増えてしまうと分析している。また「10年に1度の豪雨」も「1.5度上昇」で1850~1900年比で1.5倍増えるという。

 今夏、北半球では日本のほか、欧州諸国でも記録的な猛暑に見舞われ、インド北西部で記録的な豪雨による被害が出ている。IPCCが再三指摘、警告してきた地球温暖化による極端な気象が顕在化している。一方、温暖化防止のための国際枠組み「パリ協定」による対策は遅々として進んでおらず、危機感は増すばかりだ。温暖化の一定程度の進行が避けられないのならIPCCや環境省が「適応策」と表する、人々の命や国土を守る対策の実行が一層強く求められている。

IPCCの第6次評価報告書の表紙(IPCC提供)
IPCCの第6次評価報告書の表紙(IPCC提供)
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