金沢・加賀の工芸品として名高く、美術品や天守閣など歴史的建造物にも用いられてきた金箔と、沖縄・琉球王朝から戦禍を経て伝わる涼しげな芭蕉布(ばしょうふ)――。これらの伝統工芸について、卓越した職人の手作業で行われる工程を最先端の科学で説明する研究成果が明らかになった。職人の高齢化が進むなか、貴重な伝統工芸の次世代への継承に、科学が役立てる可能性を示している。
金箔の薄さはアルミホイルの100分の1
金箔は金沢が誇る工芸で、豊臣秀吉の時代から作られてきたとされる。金を様々な液に浸した紙の上で叩いて延ばし、アルミホイルの100分の1の薄さにまで加工する。美術品の屏風に使われたり、建物の内装に使われたり、と豪華絢爛な文化を象徴する名品だ。
この薄さについて、金沢大学の北川和夫名誉教授が「金箔を電子顕微鏡で見ると、金の結晶が同じ方向で並んでいる。この特殊な構造が金を箔にしている」と過去に発表していたが、なぜ薄くできて、光沢を失わずに輝くのか、詳しいメカニズムは分かっていなかった。

北陸先端科学技術大学院大学ナノマテリアル・デバイス研究領域の大島義文教授(ナノ構造物性学)の下で学ぶ中国人留学生の大学院生が「謎を解明したい」と言い始めたことをきっかけに、大島教授はなぜ立方体の結晶が同じ向きに「整列」するのか調べることにした。
大島教授の専門は、電子の並び方が見える透過電子顕微鏡を操作すること。金箔の完成品(厚さ100ナノメートル、ナノは10億分の1)は、北川名誉教授の説通り、角砂糖のような形の結晶が、面を上にした状態できれいに並んでいた。だが、金箔を製作工程ごとに確認すると、金澄(きんずみ、同1マイクロメートル、マイクロは100万分の1)と呼ばれる製作途中までは結晶の向きがバラバラだった。

金属加工の常識を疑え、90度の「滑り」を発見
金属を叩くと薄くなるとともに、横へ延びていく。このような変形は、結晶内で発生する多数の「滑り」で説明できる。地層で見られる断層もこの滑りが起きた結果で、金属でも同じようなことが起きている。
しかし、常識的には、この滑りは結晶構造によってある決まった断面でしか起こらず、これが結晶方位の傾きを決めると考えられている。金の場合、理論上は45度傾いた結晶が並ぶため、金の表面に凹凸ができてしまう。箔打ちの過程で、この表面凹凸のより薄い領域が破けて粉末状になるため、100ナノメートルという薄い薄膜を得ることはできないことになる。
金箔を作るには、角砂糖をそのまま並べたように表面を平坦にする必要がある。そのためには、「45度傾けた角砂糖が並んだ構造」が「傾かずに角砂糖が並んだ構造」に「傾く」必要がある。しかし、そのメカニズムは「常識」では説明できなかった。
大島教授は、45度傾けた角砂糖が並んだ構造が傾かずに角砂糖が並んだ構造へ結晶方位が傾くには、この傾きを誘発する「新たな滑り」があると見立て、超高電圧透過電子顕微鏡を使い、その痕跡を探すことを試みた。滑りが発生していれば、その滑った痕跡が残っているはずだからだ。
すると、複数の滑りの痕跡がお互いに90度の角度で存在していることを見いだした。角度の関係からすると、これらの痕跡は常識的な滑りでは説明できず、「非八面体滑り」という新たな滑り方が起きていることを示唆した。

低温加工で再結晶化を防止、表面を平坦に
だが、結論付けるには、もう一つ課題があった。従来の金属加工の説にのっとれば、金属の結晶滑りがたくさん生じると、金箔全体が不安定になる。この不安定さを解消するため、不均一に、結晶の再構築が広い金箔のあちこちで偶発的に起きる。これを再結晶化と呼ぶ。
この再結晶化は、それぞれの場所で結晶方位がランダムとなるもので、逆に金箔表面の平坦化が難しくなる。大島教授がこの点についても検証した結果、100度以下の低温で箔打ちをすることで、金箔内で再結晶化が起きずに、45度傾けた角砂糖が並んだ構造が維持できていることを突き止めた。
大島教授が行った実験結果をまとめると、箔打ちによって、「定説」の滑りが多数生じて、金箔全体が45度傾けた角砂糖が並んだ構造になる。その後、定説の滑りが絡まって動かなくなったが、低温のため、再結晶化を防げた。その結果、予想していなかった滑りである非八面体滑りが発生し、金箔全体が傾かずに角砂糖が並んだ構造へと結晶方位を傾けられることに成功した。その結果、表面が平坦となり、金箔全体を均一に薄くすることができる。

反論を完封、金研究者は喧嘩せず
この説を、金属を専門とする研究者に説明すると、「金属は直角方向に滑らない。非八面体滑り系は理論上あり得ない」と反論された。だが、大島教授が顕微鏡画像を見せると、「あら…起きている」と、「あっさりと納得してくれた」と笑う。反論を完封できたのは、金持ち喧嘩せず、ならぬ、金研究者喧嘩せず、か。
今回の研究成果を基に、金だけでなく、加工温度の異なる白金、銀、銅の薄い膜についてどのような滑り系が起きているか調べたいという大島教授。そして、「今回分かったのは、加工熱を抑えられれば金は独自の滑り系となること。メカニズムが分かったので、これを応用すれば金箔を機械化できるのではないか。職人の手仕事の担い手不足を、機械で解消できないか考えたい」と語った。金箔の輝かしい未来が見えてきた。

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芭蕉布は亜熱帯の着物、琉球の王族も庶民も愛用

芭蕉布は琉球王朝の12~13世紀には織られていたという、沖縄を代表する工芸の一つだ。沖縄戦で途絶えそうになったが、人間国宝の故・平良敏子さんが、勤労奉仕先の岡山・倉敷の紡績工場での出会いを基に復興させた経緯がある。王族も庶民にも長年愛用され、平良さんの故郷である沖縄県北部・大宜味村(おおぎみそん)喜如嘉(きじょか)地区を中心に今も作られている。
沖縄科学技術大学院大学(OIST)サイエンス・テクノロジー・グループ研究員の野村陽子さん(生活科学・バイオテクノロジー)は元々被服学を研究しており、10年前にOISTに着任したとき、「ものすごく暑いのに、何を着ていたのかな」と、歴史のある芭蕉布に興味を持った。
芭蕉布は着尺(きじゃく)と呼ばれる着物用の柔らかい織物と、帯などに使うやや硬めの生地、インテリア用にするための硬い布の3種類に分けられる。バナナの一種である「イトバショウ」から収穫された材料をアルカリ溶液で煮て柔らかくし、不純物を取り除いて繊維を採るなど、計23工程を経て芭蕉布は完成する。
野村さんが作り方や製品について調べたところ、3種類の芭蕉布は工程がほぼ同じ。緯(よこ)糸と経(たて)糸の単純な組み合わせである平織りで、糸をよる回数も1センチメートルあたり2~3回と大きな違いがなかった。布の柔らかさを決めているのは繊維そのものの違いではないかと思い、研究に着手することに。「70代でも若手の職人といわれる芭蕉布文化が衰退してしまう」という危機感に加え、「職人の勘だけでなく、科学的根拠があることが、他にはない素晴らしい琉球文化を維持することにつながる」とも考えた。

植物学の観点から分析、繊維のハニカム構造が汗を拡散
この研究に加わったのが、OISTイメージングセクションの研究員、小泉好司さん(植物学)だ。小泉さんは、職人がイトバショウの葉鞘(ようしょう)と呼ばれる葉の一部の収穫を4段階に分けていることに着目。外側から、ワーハ、ナハウ、ナハグ、キヤギと呼ばれており、ワーハはテーブルクロスや袋などに用い、ナハウは帯、ナハグが着尺、つまり着物に適しており、キヤギは軟らかすぎて糸としては使っていなかった。なお、職人はナハグをさらに、ヌキという緯糸とハシという経糸に分けている。
植物学の観点から見ると、いずれの葉鞘でも繊維として使われているのは、9割が葉肉組織中の繊維束で、その他1割が維管束内の繊維組織部分だ。この4種類にどのような構造上の違いがあるかを調べることにした。構造を解析すれば、職人の勘だけに頼らず、栽培方法や品種改良などを試すことができるからだ。
まず、喜如嘉の職人から譲り受けた糸を樹脂に埋め込み、切片を作り、形状を観察した。ワーハに比べ、ナハグは繊維組織の面積が小さかった。表面の構造は、ワーハには葉肉細胞の取り残しなどの不純物があったが、ナハグのヌキ・ハシ共に不純物がなくきれいな構造で、しわが寄ったような形をしていた。このしわは、細胞表面のミクロフィブリル化(微細化)したセルロース繊維が表に顕在化しているためだと考えられる。
繊維の断面はハニカム構造をしており、この構造は空気を含むために、汗を拡散することができる。沖縄のジメジメした気候に合うのは、着用したときの肌触りの良さだけでなく、体表の汗を逃すことができるからだといえる。

職人は手先の勘で細胞壁の薄い葉を選ぶ
続いて、成分を詳しく調べた。細胞壁の成分は主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンで構成される。この中でリグニンは硬さに関わる物質なので、繊維の部位によってリグニン量がそれぞれ異なると仮説を立てたが、単位面積あたりの結果は「どれも変わらない」。つまり、柔らかさを決める要素が他にも存在すると考え、研究の進め方を再考した。
最後に試したのは、細胞壁の厚みの測定と、細胞壁と空間の面積の割合を示す「壁腔比」を調べること。喜如嘉の異なる畑で採れた繊維を比べた。その結果、細胞壁の厚さは、ワーハは2.37マイクロメートル、ナハグ・ヌキは0.97マイクロメートル、ナハグ・ハシは1.42マイクロメートル。ナハグ類の方が、細胞壁が薄いことが分かった。
そして壁腔比はワーハが高く、ナハグはワーハより有意に低かった。つまり、細胞の構造上の微細な違いが繊維の硬さを決めており、成分由来ではないことが判明した。小泉さんは「イトバショウの繊維が着物として成功しているのは、職人が葉鞘を目で見て、手先の勘で細胞壁の薄いものを選び抜き、使うからだ」と思ったという。
芭蕉布の歌詞、熟れると布にならない?

小泉さんによると、芭蕉布はバナナの実がなってしまうと繊維が固くなるので、葉を落としたり、枝を切ったりして、イトバショウを良く太らせてから実がなる前の柔らかい繊維を使っている。そうすると、名桜大学の吉川安一名誉教授作詞の有名な琉球民謡『芭蕉布』の歌詞に出てくる『実れる芭蕉 熟れていた』は「科学的に誤り」になってしまう。
熟れた芭蕉は布のためでなく、観賞のためだったのだろうか。『緑葉(みどりば)の下 我(わ)した島沖縄(うちなー)』と歌詞は続くので、イトバショウの葉を見て緑の美しさを感じていたとすれば説明が付く。ちなみに、小泉さんいわく、東南アジアの一部では実がなったあとの繊維を用いた布を作ることもあるそうだが、吉川名誉教授は2025年7月に亡くなったため、この歌詞の真意はもう知ることができない。
今回の研究を通じ、細胞壁の薄さが、しなやかで身につけやすい芭蕉布の繊維となっていることが明確になった。小泉さんは「繊維組織の細胞壁が薄い他の植物を探すことで、イトバショウに代わる別の植物を見つけられるかもしれない。また、この研究結果によって土や肥料の条件といった栽培方法を確立しやすくなる。伝統工芸として基本的な伝統法から逸脱しない範囲での栽培方法の改良や育種が進めば、着尺材料が不足している芭蕉布を次世代に継承できる」と語った。
関連リンク
- 北陸先端科学技術大学院大学プレスリリース「ユネスコ無形文化遺産「金沢金箔」の薄さと輝きを生む謎を解明―伝統工芸と材料科学が出会う、新たな発見―」
- 沖縄科学技術大学院大学プレスリリース「沖縄の気候に適応した持続可能な伝統布「芭蕉布」―技術を守り、未来につなげていくために」
- 喜如嘉の芭蕉布
- 名桜大学図書館インスタグラム「追悼 吉川安一先生」

