サイエンスクリップ

温暖化の原因物質「ブラックカーボン」の起源を独自のシステムで調査

2017.11.21

橋本裕美子 / サイエンスライター

 一向に解決の兆しが見えない地球温暖化。中でも北極は、温暖化による気温の上昇率が非常に高く、最近数十年では、世界のほかの地域に比べて年平均2倍の速さで上昇していると言われている。その原因の一つとして重要視されているのが「ブラックカーボン」。ディーゼルエンジンの排気ガス、石炭の燃焼、森林火災、バイオマス燃料の燃焼など、炭素を主成分とする燃料が燃える際に主に発生する黒い煤(すす)だ。国立環境研究所の池田恒平(いけだ こうへい)特別研究員と谷本浩志(たにもと ひろし)地球環境研究センター地球大気化学研究室長らは、海洋研究開発機構と共同で、気流に乗って世界各地から運ばれるブラックカーボンの北極圏への影響度や収支量を、発生源別に算出する独自の解析システムで明らかにした。ブラックカーボンを研究することの意義と、今回見えた新たな解析結果に迫ってみたい。

ブラックカーボンの流れをとらえる工夫

 温暖化の主原因のひとつが二酸化炭素だということはよく知られているが、それ以外にも、大気中に含まれる微粒子も温暖化に大きな影響を与えている。大気中の微粒子の中には太陽エネルギーを吸収して大気を加熱する「SLCP(Short-Lived Climate Pollutant:短寿命気候汚染物質)」があり、ブラックカーボンはその代表格だ。SLCPの削減は二酸化炭素の削減に比べて即効性があるので、地球全体の温暖化抑制には、長期的な二酸化炭素の削減努力と短期的なSLCPの削減対策を同時並行で進めるのが効果的だ。

 雪氷面が太陽光を反射するのを見てまぶしく感じたことがある方も多いと思うが、ブラックカーボンが雪氷面に付着したり雪氷面付近を覆ったりすると、太陽光を反射しづらくなる。また、SLCPを含む雨や雪が雪氷面に降り積もると、太陽エネルギーが吸収・蓄積されやすくなるため、氷河や雪は溶けてしまう。特に北極圏※1のように世界で最も温暖化の進行が速い地域においては、とにかく今現在の温暖化の進行を食い止めるべく、SLCPの発生源を理解して対策を立てることが、北極圏の生態や人びとの暮らしを守るためにも重要かつ緊急の課題となっている。しかし、SLCPは二酸化炭素などに比べると大気中の残留時間が短く、発生源の分布が一様ではないので、空間的な濃度分布が不均一になる特徴があり、発生源ごとの排出量や、北極圏への流入量、流入域を正確に把握することは困難だった。

 研究チームは、SLCPの中でもブラックカーボンに注目。従来からあった全球化学輸送モデルの「GEOS-Chem」に、発生源の種別(人為起源/森林火災など自然のバイオマス燃焼起源)と地域ごとのブラックカーボン排出濃度を区別してシミュレーションする「タグ付きトレーサー法」(図1)を導入した独自の方法により、北極圏への影響度や収支量を算出した。GEOS-Chemは、地球全体を対象として大気汚染物質の排出・大気中の移動・化学反応・沈着の諸過程を3Dでシミュレーション解析することができる、世界中の多くの研究グループが使用している標準的なモデルだ。

※1 北緯66度33分以北の地域。カナダ、北米、デンマーク、ノルウェー、ロシア、フィンランド、アイスランド、スウェーデンの8カ国は北極圏国と呼ばれる

図1.タグ付きトレーサー法で解析するための地域区分。(a)は人為起源、(b)はバイオマス燃焼起源の場合を示している。カラーバーはブラックカーボンの年間排出量を表しており、赤に近づくほど排出量が多いことを示す。ある発生源(地域)の年間排出量は、対象地域全体の年間排出量を足し上げたものを意味する 提供:国立環境研究所
図1.タグ付きトレーサー法で解析するための地域区分。(a)は人為起源、(b)はバイオマス燃焼起源の場合を示している。カラーバーはブラックカーボンの年間排出量を表しており、赤に近づくほど排出量が多いことを示す。ある発生源(地域)の年間排出量は、対象地域全体の年間排出量を足し上げたものを意味する 提供:国立環境研究所

解析結果が明らかにした高度による起源の違い

 ブラックカーボン濃度のシミュレーションは、北極圏の地表付近から高度40キロメートル付近を含む大気全体で行われた。このうち、地表付近と高度5キロメートルの2地点の結果を解析対象とした。一般的なスカイダイビングが高度3〜4キロメートル、旅客機の飛行高度が約10キロメートルなので、高度5キロメートルはその間くらいの高さだ。 シミュレーション結果を見ると、ブラックカーボン濃度は、季節によっても高度によっても、その発生源や濃度に大きな違いがあることが判明した(図2)。

 地表面付近のブラックカーボン濃度は、夏季に減少し冬季・春季に増加する。発生源の内訳を見てみると、全体としてはロシアとヨーロッパの人為起源の影響が大きく、これが冬季・春季の濃度増加を招いていることが分かる。ロシアの人為起源は年平均の寄与率では62%にものぼり、インパクトの大きさは見過ごせない。一方で、夏季は全体としての濃度は減少するものの、シベリアやアラスカ、カナダにおける北方森林火災を原因としたバイオマス燃焼によるブラックカーボンの増加が際立つ。

図2.棒グラフは、北極圏で平均した(a)地表面付近と(b)高度5キロメートルのブラックカーボン濃度の月平均を表す。横軸は左から順に1月〜12月。円グラフはこれを年平均し、全体を100%として、ブラックカーボン発生地域別の寄与率で表したもの 提供:国立環境研究所
図2.棒グラフは、北極圏で平均した(a)地表面付近と(b)高度5キロメートルのブラックカーボン濃度の月平均を表す。横軸は左から順に1月〜12月。円グラフはこれを年平均し、全体を100%として、ブラックカーボン発生地域別の寄与率で表したもの 提供:国立環境研究所

 しかし、高度5キロメートル付近では様相は全く異なる。濃度は秋季に減少し春季に増加する。春季から夏季にわたっては、やはりシベリアやアラスカ、カナダのバイオマス燃焼によるブラックカーボンの増加も目立つが、何よりも東アジア(日本と朝鮮半島、中国の合計)の人為起源の影響が大きいことが一目瞭然で分かる。今回の研究チームの解析により、同じ北極圏であっても、高度によって主要な発生源は異なることが判明したのだ。

 それでは、日本も含まれる東アジア人為起源のブラックカーボンは、どのように北極圏へ運ばれていくのか。排出量が最も増える3〜5月の高度5キロメートルにおける東アジアの人為起源ブラックカーボンの分布を示したのが下の図3だ。

図3a.春季の高度5キロメートルにおける東アジア起源のブラックカーボン濃度の分布の様子。白い線で囲われた部分が東アジア地域。北緯66度33分以北が北極圏 b.北緯66度における東アジア起源ブラックカーボンの流入・流出量。暖色系は北極圏への流入を、寒色系は北極圏からの流出を示す 提供:国立環境研究所(a,bとも)
図3a.春季の高度5キロメートルにおける東アジア起源のブラックカーボン濃度の分布の様子。白い線で囲われた部分が東アジア地域。北緯66度33分以北が北極圏
b.北緯66度における東アジア起源ブラックカーボンの流入・流出量。暖色系は北極圏への流入を、寒色系は北極圏からの流出を示す 提供:国立環境研究所(a,bとも)

 aを見ると、白線で囲われている東アジアで発生したブラックカーボンが、主にオホーツク海や東シベリアの上空を通って、北極圏へ広がっていくことが分かる。ブラックカーボンが運ばれる量と方向を表す黒い矢印の向きからは、北極圏へ運ばれた後、ブラックカーボンが北極の海上をさらに東へ流されていくことが読み取れる。さらに研究チームは、北極圏の南端である北緯66度における東アジア起源のブラックカーボンについて、鉛直方向の空間分布を解析した(図3b)。その結果、東経120〜180度、高度3〜8キロメートルの範囲(図中、青色の破線で囲われた部分)、つまりシベリア上空の中部対流圏で顕著に北極圏へブラックカーボンが運ばれていくことを突き止めた。

一年の総量ではアジア起源の影響度が明確に

 北極圏へのブラックカーボンの流入量と流出量、沈着量の年間総量についても、今回、研究チームは解析を行った(図4)。

図4.主要な発生源ごとのブラックカーボンの収支。東アジア・北米・ヨーロッパ・ロシアは人為起源の数値、シベリア・アラスカ・カナダはバイオマス燃焼起源の数値。四角形の大きさは相対的な量的関係を表す。円グラフはいずれも、全体を100%とした割合で示されている 提供:国立環境研究所
図4.主要な発生源ごとのブラックカーボンの収支。東アジア・北米・ヨーロッパ・ロシアは人為起源の数値、シベリア・アラスカ・カナダはバイオマス燃焼起源の数値。四角形の大きさは相対的な量的関係を表す。円グラフはいずれも、全体を100%とした割合で示されている 提供:国立環境研究所

 上の解析結果からは、流入量、カラム量(単位面積上の鉛直方向の大気中に含まれる量)共に東アジアの人為起源のブラックカーボンが最も多く、これにロシアの人為起源が続くことが分かる。東アジア起源のブラックカーボンは、ヨーロッパやロシアなどを発生源とするものと比べて、北極圏に到達するまでに降水によって除去される割合が大きいというが、それにもかかわらず、これだけの量を北極圏へもたらしているのは、排出量が群を抜いているからだと研究チームは考察している。

 では、実際に北極圏に沈着する量はどうか。解析結果からは、最も沈着量が多いのはロシア起源のブラックカーボンで、東アジア起源のブラックカーボンの寄与率は、ヨーロッパ起源に次ぐ3番目であることが分かった。ロシアやヨーロッパ起源のブラックカーボンは、主に対流圏の下層に存在しているため、降水と共に沈着しやすいが、一方で、北極圏に到達した東アジア起源のブラックカーボンは、主に中部対流圏(高度4〜5キロメートル)以上に存在するため、到達前とは一転、降水の影響を受けづらく、沈着量もさほど大きくはならない。地表付近の存在量や流入量・カラム量は比較的少なかったシベリア・アラスカ起源のブラックカーボンが、その沈着量ではインパクトを持っているのは、降水量の多い夏季に当該地域での森林火災によるバイオマス燃焼が発生するためだ。今回の解析結果から、東アジアで排出されたブラックカーボンが大気の加熱に影響していることは間違いないものの、沈着して雪氷を融解することについての影響は比較的少ないと考えられるという。

 今回の研究成果を踏まえ、研究チームは、今後、私たちの暮らす東アジア地域が排出するブラックカーボンが北極圏へ運ばれていくメカニズムの、詳細な解明に取り組もうとしている。

 「本研究では、季節・年平均の時間スケールでの違いを調査しましたが、数日単位のより短い時間スケールで、ブラックカーボン等がどのようにアジアから北極へ輸送されていくのかを調べる必要があると考えています」と池田さんは語る。

 ブラックカーボンが大気中に漂う時間は数日から1週間程度と考えられているが、大気中で実際にどのように振る舞うのかは未解明な部分が多い。また、ブラックカーボンは大気中でその他の微粒子と混在し、その存在量を正確に測定することが難しいため、実測データも十分ではない。そこで研究チームは予測精度の向上に重点を置き、さらなる観測を進めると共に、今回構築したモデルの再現性やブラックカーボン排出量の検証を続けていこうとしている。本研究の最終目標について、池田さんは次のように述べた。

 「最終的には、ブラックカーボンによる北極域の気候変動への影響を発生源ごとに評価し、今後の対策に有益な科学的知見を得ることが重要だと考えています」

温暖化対策と聞くとまず二酸化炭素の排出抑制を思い浮かべるが、その成果が出はじめるのは2050年以降とも言われている。次世代の温暖化抑止に二酸化炭素の排出抑制は必須だが、私たちの生きる現代における温暖化・気候変化の抑止にももっと目を向けたいところだ。その大きな手がかりとなるブラックカーボン。本研究の今後の進展に期待したい。

(サイエンスライター 橋本 裕美子)

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