レビュー

編集だよりー 2006年12月24日編集だより

2006.12.24

小岩井忠道

 公開されたばかりの映画「ダーウィンの悪夢」をテニスの帰り、渋谷に寄り道して観てきた。

 「知識に顔を与えただけだ」。この映画をつくったフーベルト・ザウパー監督が、言っている。昨日の朝のTBSラジオ「中村尚登ニュースプラザ」で、こんな話をゲストの女性が紹介していたのが、気になったからだ。

 名前だけは知っているアフリカのヴィクトリア湖が、獰猛な外来種の魚によって生態系を狂わされ、周辺住民の生活にも深刻な影響が出ている、といった内容のドキュメンタリー映画。こんな予測は、ものの見事に覆された。湖の生態系悪化も内容の重要な一面ではあったが、ここで描かれていたのは、ヴィクトリア湖あるいはタンザニアだけの話などではない。地球全体にかかわるような話だったからである。

 「この映画はヴィクトリア湖の生態系を一変させたナイルパーチ(注)問題を描くと思わせ、アフリカを危機に陥らせるグローバルゼーションの闇を浮き彫りにした極めてクレバーな作品だ」(映画ライター・高橋諭治氏)

 「秀逸なのは、敢えて多国籍企業の陰謀や政府のスキャンダルという大きな切り口から描こうとせず、ナイルパーチの周りで生きる人間たちという、小さな世界に的を絞った点だ」(ノンフィクション作家、島村菜津氏)

 見終わった後、購入したプログラムに、実に的を射た評とエッセイが載っていた。

それほどの気構えも、問題意識も持たない客、まさに編集者のような人間にも、映画館に足を運んでもらう。こんなに深刻で、見る人によっては絶望的とも思えるような現実が描かれている、とはじめから分かっていたら、しり込みしてしまう人も少なくないだろうから。

 しかし、見終わったらほとんどの観客には、ヴィクトリア湖畔で現に起きていることが、他の国の人間にとって決してひと事ではないのだ、と納得してもらえるはず。

 おそらくこの監督は、このような狙いと計算のもとに、この映画を撮ったのだろう。

 (注)ナイルパーチ=大型の淡水魚。肉食で大きなものは体長2メートルにもなる。1954年にケニアの水産局員が、あるいは1962年にも英国人がヴィクトリア湖に放流したという説がある。

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