レポート

《JST主催》若い力による意欲的な研究開発、新たな社会構築に不可欠<総括 ミレニア>

2022.03.23

渡辺捷昭 / トヨタ自動車株式会社 前代表取締役社長、足立正之 / 株式会社堀場製作所 代表取締役社長、天野浩 / 名古屋大学 教授、久能祐子 / S&R財団 理事長

 ミレニア・プログラムで調査研究の成果を最大化するために委嘱した、渡辺捷昭(前トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長)をはじめとする4名の有識者「ビジョナリーリーダー(VL)」に、ミレニアを総括する一文を寄せていただいた。若い力による意欲的な研究開発が新たな社会構築に欠かせない、というそれぞれの思いがにじみ出ている。

■科学技術立国日本の復活に向けて―日本が変わる、世界が変わる、あなたが変える!―渡辺捷昭(前トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長)

 ―世界から尊敬され信頼される科学技術立国日本の復活―ムーンショット型研究開発制度が発足した目的だ。「復活」が意味するところは、少々手厳しい言い方にはなるが今はその状態にないことの裏返しと言えるだろう。特に、これまで日本は「どんな社会像を描くべきか」といった視点での研究開発テーマ設定やリソース投入が十分ではなかった。その一端の表れとして、一足先に研究開発がスタートした7つのムーンショット目標も、それぞれ非常に重要ではあるがどこか部分最適なようにも感じている。

先の7目標とは異なるボトムアップ型

 その点においてミレニア・プログラムは、ミレニアル世代の若手研究者がチームを構成し、自由な発想で2050年の社会像を描き、その実現のために今から何を研究開発すべきかを調査し、新たなムーンショット目標を設定するプログラムであった。あえて言えば、既存の7つの目標を「トップダウン型」とすれば、このミレニア・プログラムの目標は、まさに「ボトムアップ型」のアプローチで設定するものである。

 昨年の公募では、129の応募の中から21チームが採択され、約6カ月間の調査研究を進めていただいた。この期間、各チームはチーム内の真剣な調査研究と議論を重ねるだけでなく、チーム間の相互交流、ワークショップの実践、公開セミナーやシンポジウムの開催など積極的、意欲的な活動を展開した。さらには、3人のビジョナリーリーダーの方々(足立正之さん、天野浩さん、久能祐子さん)が各チームの主体的な活動を尊重しつつ、寄り添って様々な視点から助言や議論を重ねるとともに、有識者の紹介など献身的ともいえるサポートを行った。その結果、最終的に目標に決定したのは「気象制御」と「こころ」に関する2つのテーマとなった。

ミレニアが残した3つの財産

 今、この約10カ月の活動を振り返ってみると、このプログラムは3つの大きな財産を残したと思う。一つ目は、若い科学者を中心とした21チームが2050年に向けて素晴らしい夢とビジョンを創ったこと。まさに、科学技術立国日本の復活のスタートにふさわしい人財発掘とテーマ(目標)の設定が出来たと思う。二つ目は、新しい目標設定~目標達成のための新しいチーム編成が出来たこと。調査研究期間の後半にはチーム間の連携や相互交流の中で「気象制御」では2チーム、「こころ」では3チームが連携した編成で、より大きな目標が設定された。また、このチーム編成に科学技術のみならず人文社会科学や文化芸術など幅広い分野のチームが参画したことは、将来の「社会実装」につながると確信をしている。三つ目は、前述したとおり、各チームがビジョナリーリーダー、そしてJSTと一体的に活動したことである。ともすれば、各チームに調査研究を任せるプログラムが多い中で、今回はビジョナリーリーダーとJSTが各チームを積極的にサポートした。特にJSTは、若手メンバーで「コンシェルジュチーム」を編成、各チームの相談にとどまらず、テーマの周辺情報(論文など関係情報)の収集分析、イベントの企画運営など多角的活動を展開、テーマ(目標)の肉付けに役立つと同時にJSTへ新風を吹き込んだ。

勇気と覚悟と執念を持って邁進を

 このミレニア・プログラムから生まれた新しいムーンショット目標達成のために、今後プログラムディレクターのもとでプロジェクトマネージャーを募り、オールジャパンの体制で2050年の豊かな社会像の実現のために「勇気」と「覚悟」と「執念」を持って邁進してもらうことを期待する。

 最後に、このミレニア・プログラムにふさわしい言葉を引用して私の気持ちを表したい。プログラムのスタート時に、【日本が変わる、世界が変わる、あなたが変える!】をキーメッセージにミレニア・プログラム応募者のモチベーション高揚に訴えた。

 そして今は、【誰もが昨日を変えることはできないが、誰もが明日を変えることができる!】(元米国国務長官故コリン・パウエル氏)

渡辺捷昭(前トヨタ自動車株式会社 代表取締役社長)
1964年慶應義塾大学経済学部卒業。同年トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)入社。1992年 同取締役、1997年 同常務取締役、1999年 同専務取締役、2001年 同取締役副社長、2005年 同取締役社長、2009年 同取締役副会長、2011年 同相談役。2015年から2018年まで同顧問。ムーンショット型研究開発事業ではガバニング委員会の副委員長を務める。

■日本が世界に誇る唯一の価値は「人」-若きリーダーたちが導く日本のプレゼンス向上―足立正之(株式会社堀場製作所 代表取締役社長)

 思い起こせば2020年3月、科学技術振興機構(JST)濵口理事長より日本の科学技術に対する危機感とミレニア・プログラムのコンセプトを伺ったのがきっかけだった。その後ビジョナリーリーダー(VL)就任を引き受けた背景は、プログラムの主旨に深く共感したことと、「アカデミアの素晴らしいポテンシャルを日本の持続可能な豊かさに繋げねばならない」という弊社の強い志向にある。

求められる強靱なリーダーシップ

 HORIBAグループは科学技術がビジネスの根幹であり、世界のアカデミアや産業界からパートナーと認めていただけるよう事業を進めている。売上高の70%、人員の60%以上が国外にあるグローバル企業として日本偏重を主張するつもりは微塵もないが、一方では国際社会において日本のプレゼンスが弱体化することも決して傍観できるものではない。

 自然資源に乏しい我が国において、世界に誇る究極の価値は「人」だと思っている。そこから新しい科学技術や文化の価値が生まれ、将来に渡って国を豊かにしていかねばならないし、実際にそれ以外のシナリオはないだろう。アカデミアの成果や人財育成から産業・経済が活性化し、健全な財政からアカデミアに還元されてゆくという産官学の連携や経済循環を強化せねばならない。

 また、我々は日々厳しさを増す国際競争の中に置かれているので、激戦の中で渡り合えなければ国際的プレゼンスも経済の好循環も牽引はできない。そこで活躍する人財には、世界全体の将来を見渡し、広く社会に貢献する確固たる隙のないビジョンと、自身で未来を創り上げる強靭なリーダーシップが求められるだろう。

チームビルディングも重要な要素

 このミレニア・プログラムは、私の知る限り通常の公募研究とは大きく異なったプロセスだった。研究者の方々が応募の段階から2050年におけるグローバルな社会ビジョンを大きな視野角で構築し、それぞれの研究の位置づけや将来価値を定義づけた。科学技術的な議論はもちろんのこと、産業や政治・経済に至るまでの深い議論が進んだことや、外部の有識者の意見をシナリオ構築の段階でふんだんに取り入たことは特筆すべき点だといえる。

 また、チームビルディングも重要な要素であり、チームリーダーのリーダーシップや、チームメンバーの構成も、採択にあたっての議論のポイントとなった。これらのプロセスを今となって振り返ってみると、このアプローチ自体がイノベーティブともいえるし、科学技術研究のシナリオ構築において一つのあり方を追求したスタイルだと感じている。

知恵と努力で持続可能な国際社会を

 私はこのプログラムにVLとして参加させてもらって本当に幸運だったと思っているし、研究者の皆さんとの活発な議論や将来への思いを大変心強く感じた。また、VLメンバーの渡辺捷昭さん、天野浩さん、久能祐子さんからも私自身が多くの新しい視点・現実・考え方などを学ばせていただくことができた。JSTの方々にも進行のサポートのみならず深い技術論に至るまで丁寧なサポートをいただいた。皆様とはぜひこのプログラムだけではなく、これからも広く長くお付合いをいただきたいと思っている。

 最後に、ミレニア・プログラムに参加された研究者の方々の努力に深く敬意を表するとともに、2050年の未来に皆さんの知恵と努力とリーダーシップによって、世界の中で日本がさらなるプレゼンスを持ち、豊かで持続可能な国際社会が実現されていることを心から願っている。

足立正之(株式会社堀場製作所 代表取締役社長)
1985年立命館大学理工学部 数学物理課程卒業。同年株式会社堀場製作所へ入社。1988年から1990年までカリフォルニア大学アーバイン校(米国)燃焼研究所に研究員として駐在。1999年に同志社大学で博士号取得(工学博士)。2007年から2010年までホリバ・インターナショナル(米国)社長。2014年Society of Automotive Engineers (米国)フェロー。2018年から現職及びホリバ・フランス(仏国)経営監督委員会議長。現日本環境技術協会 会長、現日本分析機器工業会 副会長なども務める。

しがらみから解放されアカデミアに一石-若手研究者だからこそ可能だったプログラム―天野浩(名古屋大学未来材料・システム研究所 教授)

 ビジョナリーリーダー(VL)への就任は、科学技術振興機構(JST)の濵口道成理事長から直接いただいた電話で打診された。遡ること7年前、2014年10月7日のノーベル物理学賞発表の際に、私は海外出張で飛行機の中だった。本人が行方不明のまま記者会見が開かれることになり、当時名古屋大学の総長であった濵口さんには、大変なご迷惑をかけてしまった。今回は濵口さん直々の依頼で返答はハイかイエスのみであり、自分にとっても初めての挑戦で期待もあったので、喜んでお引き受けした。

バックキャスト型がプログラムの特徴

 若手研究者が挑戦しやすい科研費は、どちらかというと各研究者の能力や得意分野を生かすボトムアップ的な研究費であり、JSTでも「CREST」や「さきがけ」などの基礎研究を支援するプログラムは同様であると思う。

 対してミレニア・プログラムは、実現したい未来像を研究者自身が設定するという、バックキャスト型であったのが特徴だ。研究者にとっては自分の研究と社会との関わりを知るうえで意義のあるプロジェクトで、その取り組みを世間に知ってもらうきっかけとしても重要であったに違いない。特に、自身も後にプレーヤーとして参画できる可能性のある研究者が、大型研究開発プログラムのテーマ設定段階から取り組んだ事例は今までになかったように思う。

 世界規模の社会課題を、一つの分野の発展で解決できるケースはまれで、多くは多分野の力を統合した取り組みが必須となる。そのため、役割分担のための組織作りが重要であるが、日本では省庁間、大学間、研究者間、企業間で強い競争関係が存在するため、それぞれの社会課題に合致した最適な研究開発テーマの設定という点において、日本が持つポテンシャルを最大限生かす提案が出にくい環境にあったように感じている。ミレニア・プログラムは、その壁を壊す方法の好例となったと言えるだろう。

時間をかけ、資質や役割分担を見極め

 ミレニア・プログラム最大の特徴は、若手中心で社会課題の設定を行ったことである。若手は組織間のしがらみが比較的少ないため、社会課題解決のための最適な組織作りに関して障壁が少ない。これまでの政府機関が設定する大型プロジェクトのテーマの多くは、日本の産業振興という観点も踏まえて、トップダウンで設定されてきたものと思われるが、若手主導とすることによって、しがらみを考えず、世界共通の課題への挑戦ができることになった。

 それぞれ多くの様々な専門家の意見を聞く機会があり、時間をかけてじっくりテーマを練り上げた点も大変良かった。また、他チームとの間で議論をして、より強い提案に融合するというプロセスは、柔軟性の高い若手でなければうまくいかなかったと思う。何よりも若手にとって、自分たちの問題意識を世間の人々にアピールする機会を得たのは、今後の研究活動を続けるうえで貴重な経験になったことだろう。一方で自分たちがテーマを設定した分、最後までやり遂げる必要があり、その責任は重い。時間をかけることによって、結果論ではあるが、リーダーとなる方に求められる資質や役割分担を見極めることへとつながったのも良い点だった。

 最後に、JST理事長の濵口道成さん、総括ビジョナリーリーダー渡辺捷昭さんのリーダーシップのもと、ぶれない運営のおかげで安心して取り組むことができた。また同じビジョナリーリーダーとして足立正之さん、久能祐子さんには、それぞれのご経験とお立場からの数々の金言を聞かせていただいた。企業経営やベンチャーサポートの方のお話は、普段全く聞く機会がなかったので、大変新鮮であった。またこのプログラムに関わったJSTの方々によるサポートのおかげで、完璧な資料を元に議論を進めることができた。この場を借りてお礼申し上げる。

天野浩(名古屋大学未来材料・システム研究所 教授/2014年ノーベル物理学賞)
1983年名古屋大学工学部卒業。1988年同大学院工学研究科博士課程後期課程単位取得満期退学。同大助手時代の1989年に工学博士号を取得。名城大学教授などを経て2010年から名古屋大学教授。「実現は困難」と言われていた高効率青色発光ダイオード(LED)を発明した功績が讃えられ、2014年に赤﨑勇氏、中村修二氏とともにノーベル物理学賞を受賞。

「おもしろい」と思う力はイノベーションの出発点-若手研究者の自己実現の舞台となったミレニア―久能祐子(S&R財団理事長)

久能祐子氏の母・悠子氏が設立した「京都大学久能賞」授賞式の模様。科学・技術分野において地球規模課題を解決し得る独創的な夢や意欲を持つ女子学生支援を目的としている(提供:久能祐子氏、前列右)

 私は、基礎研究者になりたいとの思いから京都大学で工学博士を取得した。1980年代には、特別研究員として新技術開発事業団(現JST)の大型基礎研究プログラム「ERATO」にも参加し、当時掲げられていた「誰もやっていないことをやろう」という目標と産官学が連携した自由な雰囲気の中で大いに刺激を受けた。その後、期せずしてバイオテック起業家となり、30代は日本で、40代以降は米国で二つの新規医薬品の発見から、開発、承認までの全プロセスに関わり、メガファーマルートでの販売を通して大きな成果を上げることができた。2010年代からは社会起業家向けの創業支援エコシステムをワシントンDCと京都で展開している。

考えの中心に「自己実現できる社会」

 今回、ムーンショット型研究開発事業ミレニア・プログラムを通して、日本の若手研究者の方々に2050年のビジョンを聞かせていただく機会を得た。大枠でいえば、個人、社会、世界の将来を考えることに尽きるが、日本の若手研究者の方々が考えるWell-beingの中心に「自己実現できる社会」があることがとても印象的だった。個人が「おもしろい」と思う力は、すべてのイノベーションの出発点でもある。「おもしろい」は、「楽しい」とか「快適な」というニュアンスとは少し違って「今まで誰も考えていないことを思いついた時」とか「苦しい時に、その課題を解決する方法を思いつき、それを結果として証明できた時」という風に、必ず時間軸を伴っているように思う。

 私自身、創薬の資金集め、アメリカでのスタートアップ創業、スタートアップ支援事業創業など節目で、新しい目標や仮説の検証、失敗も成功も含めて「自分で考えて、自分で決定し、自分でやってみて、自分で結果を受け入れる」というプロセスを強く意識してきた。米国で多くの起業家、スタートアップの立ち上げを見てきたが、いかに自分が「おもしろい」と思えるか、「価値がある」と思えるか、そして自分で一歩を踏み出すことができるかが、すべての根本にあるように思う。その結果として、社会に貢献するというアウトカムやインパクトを目指しているのは言うまでもない。

気概と勇気、さらに創造力と多様性を

 今回のミレニア・プログラムを通して多くの若きリーダーの方と知り合えたことは何よりの僥倖だった。何が起こるか分からない状況において、大きなビジョンと、今できることを同時に考えることができる「ビジョナリーリーダー」が、アカデミアに限らずすべての分野で、世界中で求められている。ある意味で、誰も解答を教えてあげることができない状況において、正しく状況を判断し、勇気をもって自分とチームを導いていくことができるかどうかに尽きるだろう。日本の方々の思考は大変深く幅広いので、学術的サイロから出て互いに混じることができれば、大きなインパクトを世界に与えることになると確信した。

 今回は2050年からのバックキャスティングを掲げて議論してきたが、実際には将来何が起こるかを正確に予想することは難しい。つまり、大きなビジョンは保ちながら、マイルストーンやゴールは、外界環境の変化に伴って柔軟にアジャイルに変えていく気概と勇気が必要になるだろう。そのためにも、前に向かって進んでいきながらフィードバックしていく新しいリーダーシップが求められ、その役を担うことができるのは言うまでもなく、クリエイティビティを持ち多様性を受け入れることのできる若い皆さんだと思う。

 日本の若手研究者が、個人と社会と世界をつなぐビジョナリーリーダーとなって、自己実現を果たすとともに新しいパラダイムへ向かって大いに活躍されることを確信している。

久能祐子(S&R財団 理事長兼CEO)
1982年京都大学大学院工学系研究科で工学博士号を取得。ミュンヘン工科大での研究員を経て、1980年代に株式会社アールテック・ウエノを共同創業。1994年に緑内障治療薬の開発・商品化に成功。その後アメリカで消化器系治療薬の開発・市販を行うスキャンポ・ファーマシューティカルズ社や、革新的ワクチン開発を目指すVLPセラピューティクスを共同創業。社会起業家としてS&R財団を設立。ジョンズホプキンス大学理事、マンスフィールド財団理事なども務める。

企画協力:筑波大学人文社会系助教 秋山肇、JST挑戦的研究開発プログラム部

関連記事

ページトップへ