レポート

《JST主催》未来の社会、あるべき姿は? ムーンショット「ミレニア」報告会で議論白熱

2021.07.26

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 私たちが実現したい2050年の社会は、どんな姿なのか。そのためにはこれから何に、どう取り組むべきなのか――。政府の大型研究開発プログラム「ムーンショット型研究開発制度」の新目標を検討する若手研究者らの21チームが、議論や調査の成果をまとめた。これを機に開かれた報告会のパネルディスカッションでは、奮闘してきた各チームのリーダーが、活動を通じて認識できた課題や解決策の探り方、未来の人材育成などをめぐり、熱い議論を交わした。

パネルディスカッションに参加したビジョナリーリーダー4人とチームリーダー21人=7月18日(配信画面から)

「将来の課題」追究した21チーム

 ムーンショットは「日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する制度」として2018年に創設された。昨年7月までに決まった7目標のうち、科学技術振興機構(JST)が4つを担当している。さらに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で変わる社会像を明確にし、情勢の変化に対応するために目標を加えることになり、将来の社会の課題やあるべき姿を策定する「ミレニア・プログラム」がスタート。129チームの応募からJSTが今年1月、検討を進める21チームを決定した。

 各チームは半年間にわたり検討を進めた。実現したい2050年の社会像、取り組むべき課題、同年からさかのぼって考える2030年の具体的な目標、達成に至るシナリオ、達成の基準などを報告書にまとめた。その調査研究報告会が今月17、18日に完全オンラインで開催された。初日に各チームリーダーが成果を発表し、翌日にはパネルディスカッションや質疑応答、名刺交換会に代わる個別面談会を行った。

 パネルディスカッションは21チームを3グループに分け約30分ずつ実施。ミレニア・プログラムを統括する「ビジョナリーリーダー」の副総括3人がそれぞれの進行役を務めた。

社会とのつながり、強く意識

天野浩さん(下段左)が進行役を務めたパネル(配信画面から)

 最初のパネルでは、ノーベル賞受賞者で名古屋大学未来材料・システム研究所教授の天野浩さんが進行役に。9人のチームリーダーに半年間を振り返ってもらい、社会実装や人材育成の考え方を尋ねた。その答えは、社会とのつながりを強く意識したものが目立った。

 「技術を社会に実装するには経済的なサポートだけでなく、人々の理解が重要だ。一方通行ではなく、社会とのコミュニケーションによってフィードバックを得ることが大切。次世代育成にもつながる」

 「学生が議論すると文系と理系の垣根がなかった。議論を授業に採り入れるなどして教育に、また社会貢献に生かすサイクルを作り、社会の理解を得ながら技術を開発していくのが一つの方法だ」

 「研究者が自分の考えていることとブレたり、ズレたりしている視点と交わることで、専門と関係のない新しい発想が生まれる。研究者は全能万能ではなく、できないことを他の人に聞いたり、連動したりすることが大切だ」

 「研究室にずっといるのはPI(研究代表者)だけだ。時代が変われば技術は更新され、重要な問題が変わっていく。代謝する、つまり入っては抜けていく若い人と連携しなければ発展しない」

 ミレニア・プログラムに参画したことの手応えも語られた。

 「普段は直近の課題ばかりに目がいってしまう。30年後、自分が定年になる頃に目指す世界というのは、機会がないとなかなか考えられないことだ」

 「3年後、5年後ではない。私が最後までやり遂げないであろう、世代を超えた研究プロジェクトを考える初めての機会になった。ミレニア・プログラムは教育プログラムではないか」

「究極の最適化」どう実現

足立正之さん(左上)が進行役を務めたパネル(配信画面から)

 続く5人のチームリーダーのパネルは、堀場製作所社長の足立正之さんが進行役。事前の議論を通じ「社会の究極の最適化と、個人の多様な暮らしを適度な分散で実現」との「共通メッセージ」を取りまとめたという。5人からは、議論を受けての率直な感想が相次いだ。

 「一極集中は市場原理の帰結であり、強制力をもって市場に介入しなければ分散は起こらないと思ってきた。しかしいろいろな方と話すうち、われわれが望む暮らしを求めるなら、結果的に分散にいくのでは、という視点の変化を得た」

 「21チームの社会のビジョンは全部良いと思う。社会の究極の最適化は、いろいろある中で、ほどほどの着地点を探していくことがポイントでは。時代とともに前提条件が変わり、最適化の解を見いだし続けなければならない。社会の変革は成長より、進化に近いのでは」

 変革は仕組みを変えることになり、既存の社会構造からは抵抗や反発もありそうだ。足立さんがこのことを指摘すると、チームリーダーらは、既存の権利がある中で新しい権利を作ることの困難や、導入する技術などのコストを下げることの重要性を語った。次のような意見も示された。

 「パラダイムシフトが必要になった時、新しいサービスや仕組みが回ると良いことがあると気づくことで、流れに乗れるようにするのがよい。オープンプラットフォームによって利益を考えて動ける仕組みが必要だ」

 「目に見えるものがあることで判断しやすくなる。理論だけではなく、実装が非常に大事だ」

「飛ぶ準備はできた」「将来に広がる思い」

久能祐子さん(左上)が進行役を務めたパネル(配信画面から)

 最後のパネルには7人のチームリーダーが参加した。進行役は米S&R財団理事長などを務める久能祐子(くのう・さちこ)さん。ビジョナリーリーダーを引き受けるにあたり「人類と地球を救う30年計画 日本は今、世界のフロンティアになる」とのキャッチコピーを作った。各チームとの間で、人と心と社会の未来を見つめながら議論を重ねたという。久能さんが「6カ月で一番印象に残ったことは。リープ(飛躍)する覚悟は湧いてきたか」と問いかけると、異口同音に意欲的な答えが聞かれた。

 「新しいものの見方を一緒に考えるだけで、研究開発が加速され得ることが、面白いと痛感した。リープできることは当たり前の感覚として感じつつある。これからの30年が楽しみだ」

 「4カ国2000人のアンケートで、心をつなぎたいという気持ちが出たことが非常に印象的。チームのメンバーやヒアリングをした専門家などが応援してくれ、飛ぶ準備はできている」

 久能さんが「イノベーションは基本的に、一握りの人の直観的なアイデアや偶然から起こる。議論の余地のあることに果敢に取り組む気持ちは。日本の何をどう変えたいか」と質問。これには、例えばこんな反応があった。

 「今回、日頃は会わないような研究者と話すことで、『今すぐには無理でも、そういう方向で(自身の研究に)使える』などと言ってくれる仲間が増えた。将来に広がる思いがした」

 ネット上などで特定の発言に批判が集中する、いわゆる“炎上”に関連した提言も。「一個人の意見として炎上するならよいが、所属組織に迷惑がかかるために思考を制約してしまう。所属を書かずに提案や企画ができるとよい」という。

「本物」にすべく、これからが本番

 3つのパネルの後、ビジョナリーリーダーを総括するトヨタ自動車前社長の渡辺捷昭(かつあき)さんが半年を振り返り「チームリーダーの人柄や本音もうかがえ、とても楽しかった。このプロジェクトは3つの大きな財産を得た」とあいさつした。

 その3つとは(1)21チームが2050年に向けて素晴らしい夢とビジョンを作ったこと、(2)互いに連携、相談するなどして相互交流したこと、(3)各チームのテーマが科学技術立国日本の大きな柱の一つになると強く感じられたこと――だという。

 渡辺さんはさらに「社会実装や事業化という本物にすることが、とても大事。人材育成も含め、やり方を考えなければ。そのことが日本や世界の大きな財産になる。そう確信を持って進めていかなければならない。これからが本番だ」と強く呼びかけ、パネルディスカッションを締めくくった。

 今後はビジョナリーリーダーが21チームの報告書を評価し、これらのうち数件を目標候補に選ぶ。さらに政府の「総合科学技術・イノベーション会議」が1~2件の目標を最終決定する。

 政府の目標として最終的に日の目を見るのは、21の提案のごく一部に限られそうだ。ただ、パネルではリーダーたちが自チームのアピールだけでなく、他チームからの学びにしばしば言及していたのが実に印象的だった。どんな目標が決まろうとも、21チームの力の結晶と理解してよいだろう。

 他方、パネルはこれまでの積み重ねを短時間に凝縮しており、リーダーたちは語り足りなかったのではないか。また、彼らの活動に直接触れていなかった一般の聴衆には、今回はやや難解な面もあったかもしれない。予測困難な未来に人類が豊かであるため、分野を超えた研究者同士や、社会の対話を深めることがますます重要になる。今回のパネルは、そんな思いを強めるひとときにもなった。

ムーンショット型研究開発制度の概要。現状の7つの目標に、新たに加わる目標の検討が進む(内閣府提供)

関連記事

ページトップへ