レポート

「持続可能な食の未来へ」をテーマに「ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2018」開催 世界中からの食の専門家が集結

2018.04.10

「科学と社会」推進部

 「The Future of Food(持続可能な食の未来へ)」をテーマにしたシンポジウム「ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2018」(日本学術振興会とスウェーデン企業「ノーベル・メディアAB」が共催)が3月11日、横浜市内のパシフィコ横浜会議センターで開催された。このシンポジウムは、ノーベル賞授賞式の時期に合わせてスウェーデンで開かれる「ノーベル・ウィーク・ダイアログ」にちなんで、2012年から世界各国で毎年開かれている。日本での開催は3回目で、今回のテーマは現在世界が抱えている食に関するさまざまな課題や課題解決に向けた糸口を探るために設定された。2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典氏(東京工業大学栄誉教授)ら5人のノーベル賞受賞者を含む30人が各国から参加。食の問題について科学、文化、健康、貧困、水など多角的な視点からさまざまなダイアログ(対話)を繰り広げた。

 会場となったパシフィコ横浜会議センターは1000人収容のホールで、当日は入場者でほぼ満席。中にはアジアやアフリカ諸国から来た100人を超える学生の姿も見られ、世界の国々で食への関心が高いことがうかがえた。プログラムは、「科学と食」「文化と食」「将来の食と持続的発展に向けた挑戦」の3部構成。パネルディスカッションやインタビュー形式で行われた。「将来の食と持続的発展に向けた挑戦」の部では分科会に分かれ、食のイノベーション、健康、持続的発展についてそれぞれ議論が行われた。分科会終了後、メインホールに全員が集結。「未来に向けて」をテーマに5人のノーベル賞受賞者によるパネルディスカッションでこの日の企画が締めくくられた。ノーベル・メディアABのアダム・スミス氏が全体の進行役を務めた。

写真1 プログラムガイドを務めるノーベル・メディアABのアダム・スミス氏
写真1 プログラムガイドを務めるノーベル・メディアABのアダム・スミス氏

食は人生を楽しむためにある

 この日のシンポジウムは午前10時開会。開会式に続いて大隅良典氏が「オートファジー研究から食について考える」と題して基調講演し、生物学者の視点から研究テーマの「オートファジー」を中心に食の重要性について語った。オートファジーは細胞内のタンパク質を分解して、アミノ酸にする機能のこと。人は1日に150〜300グラムのタンパク質を合成するが、そのうち食事として摂取しているのは70〜80グラム。足りない分は体内のタンパク質をアミノ酸に分解し、それを再合成している。大隅氏はパンや酒などの発酵食品に使われる菌類である酵母細胞におけるオートファジーの仕組みを解明した。

 「生命というのはタンパク質の合成と分解で成り立っている。人の体のタンパク質は約3ケ月ですべて置き換わる。顔や体の外観は変わらないがタンパク質は入れ替わっている。生命と機械との差はここにある。数日〜数週間、何も食べなくても生き延びることができるのは、リサイクルのためのタンパク質分解が行われているからで、飢餓の後に死が訪れるということは、オートファジーの活動が終わることを意味している」。

 大隅氏は、オートファジーが生命を維持する上でとても重要な機能であることを強調。その上で、オートファジーは亜鉛で誘導されること、鉄分の恒常性にも関わっていることなどを説明し、(栄養素によってその機能が強化されることから)オートファジーを強化することがQOL(クオリティ・オブ・ライフ、「生命の質」)にとってもプラスになると述べた。また、社会的な観点からの意見として、「食は社会的なイベントで、それぞれの民族は食べる物や調理法など伝統的な食文化を持っている。私たちは生きるために食べるのであって、食べるために生きているのではない。食というのは人生を楽しむためにあるもので、QOLにも重要な役割を果たしている」などと語った。

写真2 基調講演する大隅良典氏
写真2 基調講演する大隅良典氏

2050年には世界人口が100億人に

 第1部「科学と食」では「地球は100億人を養えるのか〜技術革新と持続的発展〜」をテーマにパネルディスカッションが行われた。パネリストはカリフォルニア大学サンタバーバラ校教授のフィン・E・キドランド氏、アフリカ開発銀行総裁のアキンウミ・A・アデシナ氏、フランス農学・獣医学・林学研究院アグリニウム会長のマリオン・ギュー氏。

 ディスカッションに先立ち、国際農林水産業研究センター理事長の岩永勝氏が講演し、「世界人口は現在既に75億人を超え、予測では2050年には100億人に達する」とした上で2つの問題をパネリストらに投げかけた。

 まず指摘したのは、「世界で飢餓に苦しむ人の数は徐々に減ってはいるものの依然として今でも8億人以上が十分な食料を得られていない。また、ビタミンやミネラルなどの微量栄養素の摂取が十分でない人が約20億人存在し、その人々は『隠れ飢餓』(と言える状態)で苦しんでいる。その一方で肥満に苦しむ人の数も増えている」。

 岩永氏は次に以下のように指摘した。「世界の農業は限りある(地球の)資源を大量に消費して環境を破壊し、そのために淡水や土壌が汚染されている。大量の温室効果ガスが畜産業によって放出され、世界で排出される量の約25%を占める。また生物多様性の損失、森林破壊も農業が原因だ。このように農業によって地球の環境が破壊され、それが気候変動につながっている。農業にとって最もリスクとなる干ばつ、熱波、洪水などを起こしているのが気候変動による異常気象だ」。そして、人口増加に伴い、農作物の生産量を上げる必要はあるものの、その反面で農業が原因で地球環境が破壊されて(異常気象として)農業に返ってくるだけでなく私たちの生活にも悪影響を与えていることに言及した。

写真3 第1部「科学と食」のパネルディスカッションに入る前に講演する岩永勝氏
写真3 第1部「科学と食」のパネルディスカッションに入る前に講演する岩永勝氏
写真4 岩永勝氏から提起された2つの食の問題について議論するパネリスト(右からマリオン・ギュー氏、アキンウミ・アデシナ氏、フィン・キドランド氏)とモデレーターのアダム・スミス氏
写真4 岩永勝氏から提起された2つの食の問題について議論するパネリスト(右からマリオン・ギュー氏、アキンウミ・アデシナ氏、フィン・キドランド氏)とモデレーターのアダム・スミス氏

農業の近代化を図り若い従事者を増やす

 キドランド氏によれば既に100億人分の食料は生産されているという。しかし、問題はそれをどうやって分配するか。さらに大きな問題は量の問題ではなく栄養不良の問題だと同氏は指摘。「ビタミンA、亜鉛、鉄などの微量栄養素の摂取不足は認知機能を低下させる」とし、子どもの知的発達にも大きく影響すると問題提起した。

 アデシナ氏は、ナイジェリアで農業大臣を務めていた当時、農民に肥料が届くようにするための大改革を行い、その結果、作物の生産性を上げることに成功した。農業従事者なしには100億人の食料を生産することはできないという。しかし、社会は急激な高齢化が進む中で、農業従事者の平均年齢も例外ではないと指摘した。「大事なのはもっと若い人たちが農業をすることで、農業が若い人たちにとって魅力的に映らなければならない。人工知能(AI)やロボティクス、ドローンといった技術を導入して近代化を図ることも大切だ」と提言した。

 これに対し、土壌を中心に農業科学の側面で研究してきたフランスのギュー氏は、「科学あるいは経済学の発展に伴い農業も少しずつ発展してきている。昔と比べると今は農業に興味を持つ若者が増えてきているように感じる」と述べた。

食は社会の中で生きるためにも重要

 第2部は「文化と食」をテーマにパネルディスカッションと2つのインタビューが企画された。

 パネルディスカッションでは「食の今昔と未来」のテーマで総合研究大学院大学学長の長谷川眞理子氏が進行役となり、パネリストとしてテキサス大学サウスウェスタン医学センター栄誉教授のヨハン・ダイゼンホーファー氏、フランス国立科学研究センター名誉上席研究員のクロード・フィッシュラー氏、オックスフォード大学社会文化人類学研究所ディレクターのスタンレー・ウリジャチェク氏が登壇した。

 まず、長谷川氏が「私たちが何を食べ、なぜ食べるのかをテーマに、社会的そして文化的活動に触れながら考えたい」と口火を切ると、植物の光合成の専門家であるダイゼンホーファー氏は、「植物は光合成によって糖や酸素を生み出し、寄生的な生物が使えるように過剰に生産している」と述べた。「寄生的な生物」とは植物が光合成で生み出した糖や酸素を使って生きている生き物のことで、人間も含まれる。そのため、ダイゼンホーファー氏は「私たち人間が環境をしっかりとケアしていかなければならない」と主張した。

 ウリジャチェク氏は「人間が2本足で立つようになり、草食から肉、そして魚を食べるようになったことと、いろいろな季節を経験するようになったことで、さまざまな場所でさまざまな食品を口にするようになった」と述べた。進化的な観点から見ると、「苦み」は元来毒のあるものを食べないようにするためのものであったが今では苦いものもおいしいと感じるようになってきていると述べ、「世界各地でそれぞれに好まれる味がある。食には文化的な側面が追加されて、社会的な面で食を楽しむようになった」と、食の多様性だけでなく食べる目的が人類の進化の過程で変化してきたことに言及した。

 フィッシュラー氏は食の社会的側面から食の重要性について語った。人間は狩猟生活が始まった時は肉を均等に分け合っていた。物理的に分けるだけでなく、共有する意識も存在したという。生き物として生きるためだけでなく、社会的集団の中で生きるために食は重要な位置を占める。同氏はその例として、家族が食事をする時、食卓で子どもは親から社会の倫理的ルールや価値観を教えられることを挙げた。長谷川氏は、「例えば電子レンジなどの技術の開発によって、最近では一人で食べることも多くなり家族の絆にも影響が出てきているように感じる」とコメントした。

写真5 「食の今昔と未来」をテーマに文化人類学・伝統・文化から見た食について議論するパネリスト(右からヨハン・ダイゼンホーファー氏、スタンレー・ウリジャチェク氏、クロード・フィッシュラー氏)と進行役の長谷川眞理子氏
写真5 「食の今昔と未来」をテーマに文化人類学・伝統・文化から見た食について議論するパネリスト(右からヨハン・ダイゼンホーファー氏、スタンレー・ウリジャチェク氏、クロード・フィッシュラー氏)と進行役の長谷川眞理子氏

宇宙でも食の役割は多様に変化

 パネルディスカッションの後、公開インタビューが行われた。日本学術振興会理事長の安西祐一郎氏がインタビュアーとなり、「宇宙食と未来の食」をテーマに宇宙飛行士の向井千秋氏の話を聞いた。向井氏は人類が宇宙に飛び立った最初のころの宇宙食は単にエネルギー補給としての食品だったと当時を振り返った。パッケージはアルミ製の歯磨き粉のようなチューブで、そのまま口に注入して食事をする形。その後、宇宙食の研究が進んでスプーンや食器を使って食事ができるようになったという。また食品そのものも、例えばクッキーやマヨネーズなど市販品がそのままパッケージを変えて宇宙食に使われるようになったという。向井氏が宇宙に行った当時は、飛行中に搭乗している宇宙飛行士が一緒に食事をする機会はほとんどなかったが、現在は一緒にテーブルを囲み、自国の食の紹介や意見交換などを行っており、食卓がコミュニケーションの場になっているなどと、宇宙飛行の世界でも食事の役割が変わってきたことを紹介した。そして「将来はキッチンも備えた設備で料理をするようになるかもしれない」。

 さらに向井氏は宇宙での食事で最も重要なのは、自国の食品を持っていくことであると強調した。「宇宙飛行士が自国の食事を他国の人に紹介できることは嬉しいし、また自国の食品を食べることで心理的にもいい状態となります」。和食の宇宙食は約30種類もあり宇宙航空研究開発機構(JAXA)が優れた食品を認証しているという。

写真6 宇宙食の今と昔について語る向井千秋氏(左)とインタビュアー役の安西祐一郎氏(右)
写真6 宇宙食の今と昔について語る向井千秋氏(左)とインタビュアー役の安西祐一郎氏(右)
写真7 JAXAによる宇宙日本食の展示
写真7 JAXAによる宇宙日本食の展示

クリエイティブとは何か

 第3部は複数の分科会に分かれて、分科会ごとに食のイノベーション、健康、持続的発展についてさまざまな議論が行われた。分科会終了後に再びメインホールに集まり、5人のノーベル賞受賞者がパネリストとなった総括パネルディスカッションが行われた。「クリエイティビティ(創造力)とは何か」がテーマだった。パネリストはドイツのヨハン・ダイゼンホーファー氏(1988年ノーベル化学賞)、イギリスのティム・ハント氏(2001年ノーベル生理学・医学賞)、ノルウェーのフィン・キドランド氏(2004年ノーベル経済学賞)、イスラエルのアダ・ヨナット氏(2009年ノーベル化学賞)、大隅良典氏で、進行役はスミス氏が務めた。

 ダイゼンホーファー氏は「研究する場所の雰囲気がクリエイティビティ(創造力)を生む」、ヨナット氏は「(同じ領域でない)外部の人のアイディアも(クリエイティビティには)非常に重要だ」、キドランド氏は「環境が人を作る」、大隅氏は「科学には好奇心が一番重要な要素」。そして最後にハント氏が「執ように解決可能な問題を見つけてそれに固執することが大切」とそれぞれの経験から導かれたメッセージを会場へ向けて送り、この日全てのプログラムが終了した。

写真8 最後を締めくくる5人のノーベル賞受賞者(右からティム・ハント氏、大隅良典氏、フィン・キドランド氏、アダ・ヨナット氏、ヨハン・ダイゼンホーファー氏)
写真8 最後を締めくくる5人のノーベル賞受賞者(右からティム・ハント氏、大隅良典氏、フィン・キドランド氏、アダ・ヨナット氏、ヨハン・ダイゼンホーファー氏)

(「科学と社会」推進部 早野富美)

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