レポート

シリーズ「日本の安全と科学技術」ー 「災害時の医療のあるべき姿とは」第1回「蓄えておくだけでは駄目」

2011.07.12

山本雄士 氏 / 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

仙台空港職員らにもストレス障害

山本雄士 氏 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー
山本雄士 氏 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー

 私は元々が医師で、救急医療や循環器(心臓)の内科医としてドクターヘリにも搭乗し、八丈島や大島などの患者さんの入院搬送などを行った経験もあります。3月11日の東日本大震災では、4月16、17日に被災地(宮城県仙台市、名取市、気仙沼市、南三陸町)を訪問し、医療状況などを調査してきました。最初に私が入った名取市の仙台空港にも、みなさんご存じの通り、津波が押し寄せました。空港施設の一部が遺体安置所になったことから、並べられた遺体を見た職員の中には急性ストレス障害の方も結構いらっしゃると伺いました。

 宮城県東沿岸の気仙沼市や南三陸町には、仙台市からいったん内陸側に北上し、岩手県一関市から入りました。仙台市からJRや車で石巻市まで行き、そこから北上するといったルートは不通になっていたからです。他の災害医療チームも、ほとんどが一関市で連泊しながら三陸沿岸の市町村に通うという支援パターンだったようです。

現場(避難所、診療所)への訪問
現場(避難所、診療所)への訪問

早く届けるロジスティックスを

 大規模災害では人や物、情報が量的、空間的さらには時間的に突然と無くなります。日本ではすぐに、「それでは備蓄しておこう」という話になりますが、実際に被災地に行くとそういうことではありませんでした。被災後1-2週間ほどで自動車道がある程度修復され、支援物資などの搬送ラインの確保は結構進みましたが、2カ月近くたっても被災地からは「あれが足りない。これが足りない」といった声が出てくる。「どうしてだろう」と現地に行ってみると、例えば南三陸町の体育館「ベイサイドマリーナ」には物資がたくさん積まれていました。おむつやカップ麺、さらには生鮮食品などもありました。

 つまり、大規模災害といっても全国のどこかには物資があります。従って、重要なのはためておくこと以上に、これらをかき集めて必要なところに「迅速に持っていくこと」が本質だろうと思います。医療についても、例えば「大きな病院を造り直して、そこに地域住民分の医薬品や食料を置いたらいいのでは」といった発想はすぐに出てきますが、今回のように巨大地震、巨大津波では病院ごとやられたりするので、被災する可能性のあるところに物資を蓄えておくことが必ずしも十分な対策ではありません。やはり、被災地に早く物資を届けるようなロジスティックスを組むことの方が大事だと思います。

重要な「災害医療現場のマネジメント」

 今回の震災を踏まえて、私たち(科学技術振興機構研究開発戦略センター「ライフサイエンス・臨床医学ユニット」)が提言をまとめました。

 1番目は「災害時の医療資源・技術の開発・確保」です。これは、すでにある医療資源や技術をきちんと有効活用すべきだという意味です。2番目は「災害医療に必要な情報の収集と発信」です。

 3番目の「災害医療現場のマネジメント」、これが実は大事です。先ほどもお話ししたように、災害時には物をたくさん蓄えておくだけでは駄目で、国全体として物を必要に応じて動かせるようにすること、それ自体がマネジメントです。しかも動的な意味での「マネジメント」です。つまり、いろいろな所に人を配置しました、物を送りました—では、全く意味がないことを後でまたお話しします。

 4番目が「災害前後での科学的な検証と発信」です。これについては、被災地の診療所などに行って聞いた話で、「健康調査」と称して物資、つまり医薬品が不足している状況で実験的な調査をしようとする研究者がいたということでした。今回の震災を契機とする科学研究のあり方というものを、当然私たちも考えなければならないと思います。

提言項目
提言項目

フェーズで変わる医療ニーズ

 次に、災害が起きたときの医療プロセスについて簡単にお話しします。

 医療プロセスは、大災害が起きてからの時間によってフェーズを区切るのが通常で、そのフェーズごとに医療ニーズも変わってきます。災害直後から1-2日は、重大な骨折や創傷、打撲などの外傷、火傷などといった、“時間との勝負”の人たちへの対応が求められます。それが一段落すると今度は透析などの生命維持のための医療機器が定期的に使えないでいる人たちへの対応が災害後1週間以内に起きてきます。

 災害後1-2週間には、情報が何とか入るようになり、生活もようやく落ち着きはじめますが、そうなると今度は高血圧や糖尿病などの薬を普段から飲んでいる人たちが、薬を求めて来るようになります。また、その間の栄養状態が悪かったり、避難所生活が長引いてくると、お子さんや高齢者の方は感染症を起こしたりします。それらも落ち着くと、次に出てくるのが、震災を思い出して眠られないといった急性ストレス障害や、さらにはPTSD(心的外傷後ストレス障害)のために、ちょっとした余震の揺れでも過剰に反応してしまうなどのメンタル面での症状です。

 これらに対し、どこが治療を提供するのか。当然、最初は現地でやるしかありません。その後、徐々に道路が整備され、人が投入されていくと、「より高度な医療機関に搬送しましょう」あるいは「より高度な医療機関から現場に人を送りましょう」というオペレーションになってきます。

山本雄士 氏 科学技術振興機構 研究開発戦略センター フェロー
山本雄士 氏
(やまもと ゆうじ)

山本雄士(やまもと ゆうじ) 氏のプロフィール
1974年札幌市生まれ、札幌南高校卒。99年東京大学医学部医学科卒。2005年から米国ハーバードビジネススクールに留学し、経営学修士(MBA)を取得。07年から現職。

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