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環境発電 - 微小エネルギーの有効活用(藤田孝之 氏 / 兵庫県立大学大学院 工学研究科 准教授)

2011.09.09

藤田孝之 氏 / 兵庫県立大学大学院 工学研究科 准教授

兵庫県立大学大学院 工学研究科 准教授 藤田孝之 氏
藤田孝之 氏

 われわれの生活を取り巻く環境にはさまざまなエネルギーがあふれている。太陽光は人に明るさと熱を与え、風や水流は涼しさをもたらしてきた。かつて人類は火を使うことで太陽の沈んだ後でも、明るさと暖かさを得てきた。現在では電灯やエアコンなど、これらのほとんどが電気エネルギーによっても享受でき、人の生活の発展は電気とともに歩んできたともいえる。電気エネルギーを得ることすなわち発電には、火力、原子力発電のような埋蔵資源を消費する「枯渇性エネルギー」を利用するものと、太陽光、風力、水力発電のような「再生可能エネルギー」を利用するものに分けられる。東日本大震災以降、再生可能エネルギー発電への期待が大きな高まりを見せているが、本稿では、より微小な規模で発電する小型電子機器用の自立型電源(自分自身で発電した電力で機器自身を動作させる)として注目されている環境発電技術について、その概要を解説し利用の可能性を探る。

環境発電とは

 環境発電技術とは、身の周りの捨てられていた微小なエネルギーを有効活用し、自立型電源として利用する技術である。海外ではEnergy harvesting(エナジー・ハーベスティング:エネルギー収穫)やEnergy scavenging(エナジー・スカベンジング:エネルギー回収)と呼ばれる。Parasitic power harvesting(寄生性電力収穫)と表現する研究者もいるが、まさに言い得て妙である。寄生虫は宿主に気づかれぬように宿主から栄養を分けてもらい生息するが、環境発電もまた環境からの非常に小さなエネルギーから電力を得ている。英語表現では日本語表現の「環境発電」に含まれる発電(Generation)を意味する単語が含まれないことからも、いわゆる再生可能エネルギー発電のような大規模発電では無いことが主張されている。環境発電技術の歴史は比較的古い。例えば太陽電池を自立電源とする電子機器が実用化されているが、これまでの使用例では電卓や時計などの、低機能であるが故に低消費電力であった機器に限られていた。このため環境発電で電力が回収できても、使い道の無い状態が続いていた。しかしながら、近年の電子デバイスおよび無線機器の超低消費電力化の実現や高効率の蓄電素子の開発によって、微小な電力であっても十分に利用可能な用途が広がっている。

エネルギー“収穫”方式

 環境エネルギーから電力を収穫する方式には、光、熱(温度差)、運動(振動)、電磁波の主に4種類に大別できる。原理的には大規模発電と同様の物も多いが、環境発電デバイスの特徴である小型で微小電力回収に適した方式も利用されている。

 まず光発電は最も効率よく電気エネルギーが収穫できる方式で、家庭用の太陽光発電などでお馴染みである。環境発電における光発電では、天候に左右されない室内光での発電効率が高い色素増感型太陽電池(DSSC)が主流である。DSSCを柔軟なフィルム状にすることで設置場所を選ばない発電が可能となる。

 次に熱(温度差)発電は、異種材料に熱(温度差)を加えると起電力が生じるゼーベック効果を利用したもので、装置発熱や廃熱から電力が得られる。人の体温と外気温の温度差でも発電可能であることからヒューマンヘルスケアのための電源としても期待されている。

 運動(振動)発電では、磁石とコイルを用いた電磁誘導、電荷の静電誘導による静電発電、ひずみを電荷に変換する圧電発電があげられる。建造物の振動や、工場機器の振動、人間の歩行振動などあらゆるところに存在する振動や歪みを電力に変換可能である。

 最後に電磁波発電は、環境に伝搬している電波をアンテナで受信し整流することによって電力を得、いわば鉱石ラジオの原理で発電を行う。テレビ放送などの電波は自然界に存在するものでは無いが、現代社会において電波の存在しない環境は考えられないため、環境エネルギーの一部として考えられている。

利用分野拡大のカギ

 現在、さまざまな方式の環境発電デバイスが実証実験を行っているが発電量はマイクロワット〜ミリワットレベルと低いため、携帯電話やパソコンの電源のような大電力用途には利用できない。また、リモコンや携帯電子機器の電池のようにメンテナンスコストが低い用途での電池との置き換えも当分の間、進むとは思えない。電池との単純な置き換えでは環境発電の必要性は低いといえる。

 では「電池不要、配線不要(無線)、メンテナンス不要、しかし多少高価で電力は微小」という特徴を持つ、環境発電デバイスに最適な利用分野は何か?

 まずセンサネットワークが思い浮かぶ。センサネットワークはMEMS(微小電気機械システム)センサやマイコン、無線モジュールを搭載した超小型のセンサノードを広範囲に散布し、ノードが収集した情報を無線ネットワークで集積するシステムで、広範囲かつ継続的な計測システムとして実現が期待されている。例えば、原発事故の放射線計測、地域ごとの地震計測、広大な農地の土壌計測、巨大建造物(高層ビル、橋、高速道路、トンネルなど)のヘルスモニタリング、など応用は多岐にわたる。センサネットワーク最大の課題は電源であったが、環境発電デバイスを用いることで、金銭、労力および危険性に対する膨大なメンテナンスコスト問題の解決が望まれている。

 環境発電技術は、身の周りの捨てられているエネルギーを有効活用して自立型電源を実現する技術であるが、得られる電力が微小であることから発電デバイス単体ではなく、発電から消費まで含めた全体システムを考える必要がある。それが実現すれば、かけがえのない技術となり得ると確信している。しかし現状の電池との置き換えに固執すれば、微小すぎて使い道のない捨てられるエネルギーになりかねない。

兵庫県立大学大学院 工学研究科 准教授 藤田孝之 氏
藤田孝之 氏
(ふじた たかゆき)

藤田孝之(ふじた たかゆき)氏のプロフィール
神戸市生まれ、兵庫県立舞子高校卒。1995年姫路工業大学工学部卒、97年同大大学院修士課程修了、2000年同博士課程修了。博士(工学)。01年姫路工業大学工学部助手、県立大学統合により04年兵庫県立大学大学院工学研究科助手。助教を経て07年から現職。08年から科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATO「前中センシング融合プロジェクト」のマイクロパワーグループリーダを兼務。11年から大学院工学研究科ナノ・マイクロ構造科学研究センターおよび同医療健康情報技術センター准教授を兼任。専門分野はMEMSセンサ、アクチュエータおよび環境発電デバイス。超小型ヘルスモニタリングシステム用の自立型電源開発に取り組む。

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