2010年の4月は日米の宇宙開発に関する重要な出来事が立て続けに起こった。一つは4月15日に行われたオバマ米大統領による「重要な宇宙政策(Major Space Policy)」演説であり、その5日後に山崎直子・宇宙飛行士が地球に帰還したことである。この二つの出来事はいみじくも日米の宇宙開発が抱える問題点を浮き彫りにしている。
有人宇宙事業は宇宙開発の中でも大きな割合を占め、社会的にも財政的にも雇用にも大きなインパクトのある事業である。故に日米共に「公共事業」として維持しなければならない、という圧力にさらされている一方、財政的に維持することが困難になっていく事業でもある。
そんな中で、山崎直子・宇宙飛行士が地球に帰還したのと日を同じくして発表された、前原誠司宇宙開発担当相の私的諮問委員会の提言書では、「国際宇宙ステーションは、費用対効果(外交・科学・利用)・出口戦略を明らかにして投資を決めるべきだ」との指摘がなされた。あくまでも諮問委員会の提言であるが、今流行りの「事業仕分け」同様、有人宇宙事業も「費用対効果」で判断するとの方向性が示された。これは「公共事業」としての有人宇宙事業の見直しにつながり、将来的な有人事業の廃止も含めた可能性があることを示唆している。
振り返れば、オバマ大統領の演説もブッシュ時代の有人事業を見直し、「コンスタレーション計画」を中止するという荒療治の結果、2030年代の火星到達という「公共事業」を打ちたて、激変緩和を図ったものであった。
では、日本の有人宇宙事業はどうなるのであろうか。有識者会議(宇宙開発担当相私的諮問委員会)の提言が受け入れられ、「費用対効果」を基準に有人宇宙事業を見直した場合、どのような結果になるのだろうか。まず、純粋に経済的な効果だけを見れば、有人宇宙事業は大きな効果を生み出すとは言いがたい。これまでスペースシャトルでの宇宙実験は1981年の初飛行以来、何度も行われたが、期待されていた化学や製薬分野での成果はほとんど上がっておらず、産業技術への波及効果も小さい。
長期滞在に関しても、冷戦時代、ソ連はミール宇宙ステーションを15年運用したが、そこから得られたものは極めて限られており、現在の国際宇宙ステーションでも、明確な経済的効果は見られない。しかし、純粋な科学的成果や無重力状況が生み出す人体への影響などに関する研究は一定の進歩が見られたし、外交的にも国際協力のシンボルとしての効果はあったといえよう。さらに、国内外に対し、日本の技術力の誇示や「理科離れ」を食い止める手段としての効果も期待できるかもしれないが、すでに述べたように、国際的にも国内的にも有人宇宙事業への視線は冷めており、その効果は限定的である。
これらの観点から見ると、有人宇宙事業にかかる費用を正当化することは極めて難しい。その意味では、有識者会議の提言が受け入れられれば、有人宇宙事業を継続することは極めて難しくなる。
しかし、有人宇宙事業を廃止すれば、雇用や技術の継続などに問題が起こる、といった批判も出てくるであろう。その際、オバマ大統領のように、意識的に「公共事業化」すべきであろうか。日本の宇宙産業は米国のそれとは規模が決定的に異なる。米国の宇宙産業には約8万人が雇用され(それでも10年前の半分)、米航空宇宙局(NASA)の職員も12,000人存在する。それに対し、日本の宇宙産業は約7,000人で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の職員は1,600人程度である。また、米国では宇宙を専業としている企業が多いのに対し、日本では重工業や電機産業のように、大きな企業の一事業として宇宙開発が行われている。
その点から考えると、雇用の柔軟性は日本の方が高く、雇用のための有人宇宙事業を行う必要はない。つまり、激変緩和措置として、意識的に「公共事業化」するだけの正当性は薄い。また、技術の継続性に関しても、有人宇宙事業そのものを止めるのであれば、技術を継続する必然性もなくなるだろう。
財政的な状況から考えても、経済・科学・外交的効果が乏しい有人宇宙事業を継続することは困難であろう。すでに政府債務が国内総生産(GDP)比の180%を超え、2010年度予算では税収よりも国債発行額が上回り、少子高齢化が進む日本において、財政的な余裕はほとんどないといって過言ではない。国際宇宙ステーションが完成しても、毎年400億円を運用費として支出しなければならず、そのコストを日本が負担し得るのかは疑問が残る。
費用を削減するため国際協力を推進すべきだ、との議論もあるが、米国の有人宇宙事業が「公共事業化」し、雇用を守ることを優先するのであれば、米国は主要なプロジェクトを自国内に発注し、国際的に協力するのは二次的な技術分野に限定する可能性が高いと考えられる。また、オバマ大統領はスペースシャトル退役後の国際宇宙ステーションまでの有人輸送を米国の民間企業に委託する方針を明確にしているが、これはすでに国際競争力を失いつつある米国企業の競争力向上政策として位置づけられており、その意味でも国際協力を進めるよりは、自国の企業の育成と雇用の保護を優先すると考えられる。
以上のことから、日本の有人宇宙事業を意識的に「公共事業化」することは難しく、その必要性も低いといえる。むしろ、日本はこれから有人宇宙事業以外の宇宙開発分野に特化し、限りある財政的、人的資源を有効に活用することを考えるべきである。しかし、メディアが有人宇宙事業を大きく取り上げ、「宇宙=有人事業」というイメージを発信し続ける限り、既得権益を持つ集団を維持するための、無意識の「公共事業」としての有人宇宙事業は継続され、多額の予算が広い意味での「費用対効果」の低い有人宇宙事業に投入され続けることになるだろう。
現在必要なことは、小手先のムダを省く「事業仕分け」で盛り上がることではなく、日本の置かれた国際的、財政的状況を踏まえて、何が国家と国民にとって必要な事業であり、どの程度の税金をその事業に投入すべきかをあらためて検討することなのだ。
鈴木一人(すずき かずと) 氏のプロフィール
1970年長野県上田市生まれ、89年米カリフォルニア州サンマリノ高校卒、95年立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、2000年英国サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了、筑波大学社会科学系・国際総合学類専任講師、05年から筑波大学大学院人文社会科学研究科助教授(後准教授)、08年から現職。宇宙航空研究開発機構・産業連携センター招聘研究員も。専門は国際政治経済学、欧州連合(EU)研究。主な著書・論文は、「グローバリゼーションと国民国家」(田口富久治共著)、「EUの宇宙政策への展開:制度ライフサイクル論による分析」、「経済統合の政治的インパクト」など。