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豊かな教科力身に付ける教員養成へ(橋本健夫 氏 / 長崎大学 理事・副学長)

2009.06.12

橋本健夫 氏 / 長崎大学 理事・副学長

「理科を教える教員の養成に関するミニシンポ」(2009年5月30日、理科教育支援センター主催)講演から

長崎大学 理事・副学長 橋本健夫 氏
橋本健夫 氏

 振り返ってみれば、教員養成にかかわって30年がたとうとしています。いい先生を育てよう、と思うのですがその域にはなかなか達しない、という忸怩(じくじ)たる思いがあります。今日はその現状をお示しし、これからの教員養成について皆様といっしょに考えていきたいと思います。

 私たちが2005-06年にかけて行った「子どもからみた学校の役割」についての調査結果を示します。小・中ともに一番多い回答が「友達をつくること」で約80%です。一方「理科や社会でいろいろな知識や方法を学ぶこと」は小学校では40%、中学校では20%ほどしかありません。仲間を作って集団生活に慣れ、集団のルールを守るという意識を持っていても、学校でさまざまな知識や方法に触れる、という感覚にはなっていないのです。これはどうしてなのでしょうか。

 そこで、「保護者の小学校に対する学校観」についても調査しました。「友達をつくる場」が90%近くであったのに対し、「学習方法を身に付ける場」が60%強でした。つまり、保護者が、子どもを“そういうつもり”で学校に送り出しているのです。学校に対する考え方が、「学び舎(や)」という役割から少しずれてきている状況があるのではないでしょうか。

 教員が感じる、子どもや学校の現状や問題点などが、他の調査からも見えてきます。「日本の教員はいろいろなものに対応していかねばならない状況になっている」とまとめることができます。学校内では、授業実施の前に、多様なニーズの子どもの理解や心のケアがあり、そしてクラブ活動の指導です。また保護者対応、学校運営(校務や行事)への参画、そして各種の研修などです。外部からは、子どもの学力低下の指摘がなされ、同時に教員としての資質向上(免許更新制度の導入、教職大学院など)も要求されています。つまり、時間が限られるなかでそれらに真面目に取り組めば取り組むほど、理科の授業・教科指導の充実が進まずに悩みが増えていくのです。

 では、どうすればよいのか。先生がやれること、すなわち守備範囲・役割を限定していくほかないでしょう。なんでもかんでも学校に押し付けるというのは、将来の教育をきっと駄目にしてしまうと思います。

 一方で、教員を目指す学生の教科力(理科の教科指導の力量)が危うい、と近年感じます。これは、教員養成大学(学部)自体の課題でもあります。基盤経費の大幅な減額によって、実験室設備の老朽化が進み、消耗品などの更新が滞っています。大学教員の補充もままなりません。

 それよりももっと大きな問題が、学生の教科専門単位取得の減少です。免許法の改正により、小・中学校課程ともに、以前の半分ほどの単位修得で済むようになったのです。学生に対して、もっと理科の単位を取るように指導しているのですが、中学校教員を目指す学生の平均修得単位数はこの7年間で、47単位から30単位に減少しました(理科関連の単位について、1998-2005年度入学生)。大変心もとない状況です。これは本当になんとかしなければならない。学習指導要領も変わったわけですから、それに従った形で免許法の改正を検討するなど、全国で統一した動きが必要になるはずです。

 また、現職教員に対しての研修は充実している、と言われますが、実際は研修の機会は少なく、希望をしてもなかなか順番が回ってこないのが現状です。そこで大学が中心となって、知識・技能の向上を目指す現職教員に対して研修を提供する「新科学教育センター」なるものを設置する必要があります。

 以上、現状と問題点を提起しました。学習指導要領が改定され、理科教育にとっては「追い風が吹いた」といえます。ただ、その効果がすぐに現れるか、というとまだまだ検討を要します。理科の充実のためには、「児童・生徒の興味関心の喚起」「教員の知識・技能の向上」そして「教員養成段階での教科力の向上」の3点が欠かせないものであると考えます。

長崎大学 理事・副学長 橋本健夫 氏
橋本健夫 氏
(はしもと たてお)

橋本健夫(はしもと たてお)氏のプロフィール
1969年広島大学理学部卒、76年同大学院理学研究科修了(理学修士)。77年長崎大学教育学部講師。同学部助教授、教授、副学長、教育学部長などを経て2008年から現職。専門分野は、理科教育学・環境教育学・高等教育学・生活科教育学で、近年では小・中学校の理科学習や大学の授業改善・キャリア教育などに取り組む。日本理科教育学会会長や日本教育大学協会理科部門代表も務める。著書に「理科教育 -理論と実践-」(東京書籍、共著)など。

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