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京都大学名誉教授 地球環境戦略研究機関シニアフェロー 松下和夫 氏「持続可能な開発目標(SDGs)とパリ協定実施に具体的進展の年に 〜長期脱炭素発展戦略の構築を<2回目>

2017.01.13

松下和夫 氏 / 京都大学名誉教授 地球環境戦略研究機関シニアフェロー

松下和夫 氏
松下和夫 氏

化石燃料関連投資の引き上げとグリーン・ファイナンスの広がり

 世界の主要機関投資家の間で、石炭等の化石燃料を「座礁資産」(2度目標の達成のための規制強化により使用できなくなるリスクがある資産)と捉え、企業価値へのリスク、気候変動のリスクを明示的に認識し、回収不能となる資産(座礁資産)である化石燃料関連への投資を引き上げる動き(ダイベストメント)が拡大している。たとえばノルウェー公的年金基金は保有する石炭関連株式をすべて売却する方針を決定した。化石燃料資産を保有し続けることが、中長期的にもビジネスリスクの大きいものになっているとの認識が高まったからである。

 このきっかけとなったのは、英国のシンクタンク、カーボン・トラッカー(注10) の2011 年の「カーボンバブル」報告書で、全球平均気温の上昇を産業革命前と比べて「2度」未満に抑えようとすると、世界が保有している化石燃料の8 割は実は燃やすことができない、とされている(図4)

図4(「世界の石炭ビジネスと政策の動向」自然エネルギー財団、2016年10月、同財団提供)
図4(「世界の石炭ビジネスと政策の動向」自然エネルギー財団、2016年10月、同財団提供)

 こうした背景から、座礁資産リスクに関連する情報開示の要求が高まっている。世界25カ国の財務当局、中央銀行などが構成する金融安定理事会では、「カーボンバブル」を含めた気候変動関連問題が金融システムにもたらすリスクを検討するタスクフォースを2015 年末に設置し、2017年始めには金融機関が投資リスクを判断できる財務情報開示への具体的提言と基準を定めることとしている。その財務情報開示基準には、企業が保有する化石燃料資産などの定量的データ、低炭素経済への転換計画などの定性的情報開示を含めて検討されている。

 公的金融でも気候変動への影響を考慮した投資指針が導入されている。すでに世界銀行をはじめ国際開発金融機関では、石炭火力に対する融資規制、また欧米諸国による途上国への石炭火力輸出規制を導入していた。さらに2015年11月には、「OECD公的輸出信用アレンジメント」の改定で、石炭火力に対する公的支援規制が合意された。これにより、原則としてCO2排出量の多い「亜臨界圧発電」や「超臨界圧発電」は融資対象外となり、実質的により高効率の「超超臨界発電」以上を融資対象の条件とすることとされた。

 民間金融でもグリーン・ファイナンスの新たな動きが顕著である。国際エネルギー機関(IEA)によると、再生可能エネルギーとエネルギー効率向上のための投資として、2035年までに53兆ドルが必要であり、特に脱炭素型技術の立ち上げのための資金が必要である。そのためには民間投資の役割が大きい。膨大な資金需要に応えるために、気候変動対策に資する事業に特化した、グリーン・ボンド(環境債)、グリーン・インベストメント・バンクなどが創設され、それらの活動が拡大している。東京都でもすでにグリーン・ボンドの発行を始めた。

写真 モロッコ・マラケシュのCOP22、CMA1会場に集まった締約各国の政府代表ら(国連提供)
写真 モロッコ・マラケシュのCOP22、CMA1会場に集まった締約各国の政府代表ら(国連提供)

パリ協定を受けた脱炭素の動きと日本経済

 わが国は、パリ協定に向けた約束草案(INDC)において、2030年までに、2013年比温室効果ガス排出26%削減との目標を掲げている。今後、2050年80%削減やそれ以降の長期大幅削減に向けて、長期ビジョンの検討と、それに基づく脱炭素長期発展戦略の策定が必要だ。

 COP22 の会期中にドイツの環境NGOのジャーマン・ウォッチが各国の気候変動政策を評価したランキングを発表した(注11)。これによると、日本は対象58カ国中下から2 番目という不名誉な位置を占めている。約束草案の目標値が野心的ではないこと、国内外で石炭火力を推進していることなどが低評価の要因と思われる。

 長期戦略は、パリ協定によって各国に2020年までに策定し提出することを求められている。昨年5月のG7伊勢志摩サミット首脳宣言では「G7各国は2020年の期限より十分早く、この長期戦略を策定、提出すること」を約束している。日本でも昨年夏から長期ビジョンの検討が始められた。すでにアメリカ・カナダ・メキシコ・ドイツの4カ国は、COP22期間中に長期戦略を公表している。長期戦略は単なる気候変動対策のための戦略ではない。将来の社会経済のあり方を展望した国家の発展戦略となるものである。望むべき未来のビジョンを展望し、その実現のための道筋を明らかにしていくことが望まれる。その策定にあたっては、いくつかのシナリオを考慮するとともに情報公開を徹底し、国民的対話を実施するなど幅広いステークホルダーの関与が不可欠であろう。

 長期戦略が目指すべき脱炭素経済の構築には、炭素に価格を付けること(カーボン・プライシング)が不可避である。カーボン・プライシングを通じて、CO2などの温室効果ガスの社会的費用を市場で内部化し、衡平かつ効率的に温室効果ガスの排出を抑制することができる。カーボン・プライシングによって新たな投資と需要が喚起され、脱炭素型のイノベーションが促進される。

 カーボン・プライシングの具体的手法には、炭素税と排出量取引がある。わが国の現行温暖化対策税(炭素税)は税率が非常に低いので、温室効果ガス抑制にはあまり効果を上げていない。本格的炭素税の導入が必要である。炭素税の税収は、所得税減税ないし社会保険料軽減にあて税収中立とする、あるいは社会保障政策の財源とするなど、他の政策目標との統合を図ることも有用だ。また、低炭素技術への投資支援、さらに今後の国民生活の安定的な基盤を構成する介護・医療などの人的資本、インフラなどの人工資本、農地・森林などの自然資本、など各種資本基盤の維持更新も重要な課題だ。

気候変動対策を梃子とした社会と経済のイノベーション

 現在、日本経済は、低金利で資金は潤沢にあり、むしろ需要不足が課題である。気候変動対策の推進とそれに伴うイノベーションの展開に資金と技術を投入することが、日本経済の基盤と国際的な競争力の強化にも繋がる。

 産業・社会面では、省エネルギーや再生可能エネルギーなどのグリーン産業への投資による産業構造・ビジネススタイルの転換、ゼロエネルギー住宅への転換を含む住宅投資とそれにより誘発される太陽光発電、家庭用コジェネレーション設備などの普及、それらとICTやIoT技術との結合によって、質が高く豊かで活力に富んだ社会を目指すことできる。

 COP22に出席した山本環境大臣は、その後の記者会見で、「COP 22に出席して脱炭素社会に向けた世界の潮流はもはや変わらないことを肌で感じた。環境省が先頭に立って脱炭素社会への取り組みを大胆に進めていく」方針と述べた(注12)。わが国の強みである優れた脱炭素技術を発掘・選定し、発信していくための具体策を検討するとしているのである。具体例として「LED」、「ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)」、「次世代自動車」、「再エネ利用による低炭素な水素製造・利用促進」、「電子機器の電圧制御等を行う部品を大幅に高効率化する窒化ガリウム半導体」、「鉄より5倍軽く5倍強度があり、車の軽量化等に役立つセルロースナノファイバ−」などの分野が挙げられている。

 気候変動対策を先導し、より省エネで省資源型の経済構造を構築することが、国際的低炭素市場での競争力を高めることになる。そして資源価格の変動による交易条件の悪化にも対処でき、発展途上国や新興国の脱炭素社会づくりに寄与することが期待できるのである。

(注)
10. https://www.carbontracker.org/jp/
11. https://germanwatch.org/en/CCPI
12. https://www.env.go.jp/annai/kaiken/h28/1129.html

松下和夫 氏
松下和夫 氏(まつした かずお)

松下和夫(まつした かずお) 氏のプロフィール
京都大学名誉教授、東京都市大学客員教授、(公財)地球環境戦略研究機関(IGES)シニアフェロー、国際協力機構(JICA)環境ガイドライン異議申立て審査役。1972年に環境庁入庁後、大気規制課長、環境保全対策課長等を歴任。OECD環境局、国連地球サミット(UNCED)事務局(上級環境計画官)勤務。2001年から13年まで京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)。環境行政、特に地球環境・国際協力に長く関わり、国連気候変動枠組み条約や京都議定書の交渉に参画。持続可能な発展論、環境ガバナンス論、気候変動政策・生物多様性政策・地域環境政策などを研究。主要著書に、「地球環境学への旅」(2011年)、「環境政策学のすすめ」(07年)、「環境ガバナンス論」(07年)、「環境ガバナンス」(市民、企業、自治体、政府の役割)(02年)、「環境政治入門」(2000年)、監訳にロバート・ワトソン「環境と開発への提言」(15年)、レスター・R・ブラウン「地球白書」など。

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